香椎(かしい)、ちょっと休憩しろー」

 高嶺先輩が画材を避けながら、香椎と呼んだ彼がいる中心に向かう。声が届いたのか、ぎろり、と目を私に向けた。
 睨んでいる、というより、よく見ようと目を細めているようだった。

「……高嶺、お前誰を連れてきたんだ?」
「可愛い可愛い後輩だよ。職員室で先生たちに絡まれてたから」
「……ちょっと、そこの人」

 睨みつけたままそう言って、私にこいこいと手を振ってくる。
 何の気なしに近付くと、突然両頬を包まれるように触れられ、ぐいっと首ごと引っ張って自分の顔に近付けた。
 鼻先があと五センチもしないで着いてしまう距離感に驚いて後ろに下がろうとしても、頭をホールドされていて動けない。

「ヒッ!?」
「逃げんな。怪我はさせねぇから」
「大丈夫だよ、さっきも言った通り食ったりしないから。でも香椎、さすがにそれは……」
「こ、こここんなに近くなくたって!」
「これくらいしないとわからない」

 手を緩めることなく、ただじっと見られ続ける時間が流れる。体感的には五分くらい経っている気がした。しばらくして「なるほど」と、何が分かったのかは知らないが、固定されていた両手から解放された。生きた心地がしなくて、深呼吸を繰り返す。
 この教室が物置同然で埃っぽいことを思い出したのは、二回目に空気を吸ってむせたときだ。

「高嶺、換気しといて。自販機行ってくる」
「開けてからいけよ、ったく……大丈夫?」

 ガラッと扉を開けて出ていく姿を横目に、高嶺先輩が近くにあった椅子を持ってきて座らせてくれた。呼吸を整えている間に教室の窓を開けて換気をする。

「すみません……あの、さっきの人は……?」
「アイツは香椎悠人(ゆうと)。俺と同じ三年生。すぐ戻ってくるけど……怖い?」
「いえ……あんなに距離が近いのは生まれて初めてだったので」
「悪かったな。アイツ、顔を覚えるのが苦手なんだ」

 しばらくして、香椎先輩がペットボトルの水を二本と、紙パックで売られているウーロン茶とミルクティー、いちごミルクを抱えて戻ってきた。教室に入って早々、ぶるっと肩を震わせる。