ひとしきり泣いた宮地さんが落ち着いてきたところで、香椎先輩はカンバスを慎重に専用のバッグに詰め込む。この絵は児童館に寄付されるらしい。

「本当に世話になったな」
「いいえ。いつもお世話になっているのはこっちですから」
「ところで……嬢ちゃんは新しい部員かい?」

 宮地さんが私を見ながら問う。高嶺先輩と香椎先輩はしまった、と顔を合わせていた。部員は受け付けないと言っていた手前、どう誤魔化すか考えているようだった。

「ええっと……あのですね、宮地さん、実は――」
「高嶺先輩、これお願いします」
「へ?」

 ポケットから折り畳んでいた入部届けを差し出す。項目は先生に美術部を否定された時から記入済みだ。
 まさか出てくると思っていなかったのか、高嶺先輩は目を丸くして驚いた。

「佐知!?」
「だって私、仮入部中(・・・・)でしたから。そろそろ受け取っていただけませんか?」
「でも……」
「私、やっぱり美術部に入りたいです。ここで絵を描きたい。コースとか学校とか関係なく、ただ先輩たちと絵が描きたいです」

 一目惚れに似たこの感情を忘れたくない。手放していた絵を描く楽しさ、見たことのない視界を、ここでもう一度見つけたい。一人よりも、先輩たちと一緒に描けたその時はきっと、私の世界は変わる気がしたのだ。

 意地でも動かない私を前に、困り果てた高嶺先輩は知らぬふりをして片付け始めた香椎先輩に助けを求める。しかし、香椎先輩は鼻で嗤うだけだった。

「香椎!」
「いいじゃん。佐知だって覚悟決めてんだ」
「でもさぁ!?」
「この絵は佐知がいなければ完成しなかった。……だろ?」
「……ああもう!」

 葛藤を越えて、高嶺先輩が入部届に手を伸ばす。内容をざっと確認して、大きな溜息をついた。

「ボロボロになるまで持ってるってことは、諦めてなかったってことだよな。……わかったよ」
「つか、高嶺は最初から入れる気だっただろ」
「そりゃそうだよ! 待望の部員だったんだから!」

 香椎先輩と高嶺先輩が言い合う姿も、すっかり見慣れてしまった。思わず笑ってしまうと、見つかって先輩たちに頭をわしゃわしゃとかき回される。

「改めて宜しくな、佐知」
「はい!」

 先輩たちに、私はいつか追いつけるだろうか。

 いや、追いつけなくても、その姿を目に焼き付けておこう。
 平和を願う少女の絵に魅入られ、想い焦がれたように。
 願いを込めて灰を撒く先輩の姿を、私はきっと忘れない。

「さて、次は何を描こうか」

 新たに始まるこれからの日常に、私は心を躍らせた。


【 カンバスに灰を撒く 】   完