「――花井、先生……？」

　途端、宮地さんががくん、と膝から崩れ落ちた。驚いた表情を浮かべ、目にはうっすらと涙が浮かんでいる。慌てて高嶺先輩が駆け寄って支えると、声を振るわせて問う。

「どうして、先生を描いたんだ……？」
「――本当は描くつもりなかったんですよ」

　香椎先輩がカンバスを見ながら言う。

「長年使われてきたベンチだから、生徒がいた方がいいと思って下書きを描いてたけど、誰かまでは思いつかなくてさ。そんな時に佐知からスズランの花束を提案されたんです。気になって調べたら、理事長はウチの学校に吸収される前にあった女学校出身だった。戦争を終え、教師になって赴任し、理事長まで昇りつめた。……そんな人が、宮地さんの作ったベンチを気に入ってくれた人だから、きっとベンチも喜ぶと思って」

　制服を型の古いセーラー服にしたのも、当時花井先生が着ていたものを見つけて揃えたという。
　話を聞いて、宮地さんは納得したように何度か頷いた。

「さすがに俺も先生の学生の時は知らねぇけど、少なくとも戦時中の話を生徒に伝えて繋げようとする、真面目な先生だった。あのベンチを先生が見つけてくれなかったら、俺は今頃工房なんて持っていない。……本当に、世話になったんだ、あの人には」

　ありがとう、と。呟いた宮地さんの頬を涙が伝う。それは先輩たちではなく、カンバスの中で嬉しそうに笑う彼女へ向けられていた気がした。