「……私ですか!?」
「言い出しっぺだろ?」
「そうだね、スズランが垂れ下がる感じにすればどうだろう」
「腕を描き直す。目は閉じた方がいいな。範囲はここまで描けるから……」
「あ、あの!?」

 勝手に話が進められている。私は了承してないし、ただでさえ宮地さんが香椎先輩に依頼した大切なものだ。そこに私が割り込んで良いものじゃない。
 それでも香椎先輩は手早く腕を修正し、高嶺先輩はスマートフォンでスズランの花束が写っている画像を探す。

「香椎先輩、できません!」
「いつものスケッチ通りに描けばいい。高嶺が隣で助言する。小物や花は高嶺の得意分野だ」
「でもこれは先輩の絵です! 私が入ったら……」

「俺の絵じゃない。――これは、美術部(・・・)の絵だ」

 手を止めて、香椎先輩が私の目を見据えて言う。最初に顔をあわせた時と同じ、真っ直ぐで綺麗な目だった。

 香椎先輩はあと何枚、絵を描くのだろう。二年もしないうちに失明すると宣言され、受け止めているのかはともかく、先輩はいつも迷わなかった。――いや、迷っている暇なんてなかったのだ。
 高嶺先輩だって、卒業したら絵を描き続けるのか分からない。繊細なタッチで描かれるスケッチは、ページの中で今にも動き出しそうで、見ているだけで楽しい。

 非公認で在りながら活動を続ける美術部は、明日にも無くなってしまうかもしれない。

 だとしたら、私は何の為にここに来たのだろう?

「――やります。やらせてください」

 背負っていた鞄から使い慣れた鉛筆を取り出して、先輩に促されてカンバスの前に立つ。すでに描く範囲が薄く描かれている。

「気負うな。修正はいくらでもしてやる」
「それプレッシャーだから。佐知、これ見本ね」

 高嶺先輩がスマートフォンに表示された画像を拡大して見せる。そこにはスズランの花束を抱え、目を細めて嬉しそうに笑う女性の姿があった。鼻チューブをつけているのが恥ずかしいのか、花束で隠している。

「理事長と最後に撮った写真。宮地さんがくれたんだ」
「最後……」

 この数時間後に花井先生は息を引き取ったと、宮地さんが言っていた。もしかしたら、本当に最後の贈り物だったのかもしれない。
 私は震える手を抑えつけるように、カンバスに鉛筆を押し付けた。