工房に訪れた一週間後、絵の具に混ぜる灰が出来上がった。
 私が美術室に行くと、すでに香椎先輩が絵の具に混ぜる作業に取り掛かっていた。いつになく真剣な表情に圧倒され、飲み込まれそうになる。少し離れた場所で、高嶺先輩が腕を組んで見守っていた。片手間に描いているクロッキー帳は近くの机に置かれている。

 今日は来ない方が良かったのかもしれない。これだけ集中されていると、私はかえって邪魔者になってしまう。
そっと外に出ようとドアに手をかけると、筆を置く音が聞こえた。

「佐知、ちょっと来てくれ」

 香椎先輩の声に振り向くと、高嶺先輩も絵を見て首を傾げている。気になって近寄ってみると、色はまだ塗っておらず、下書きが完成したと言っていた時には無かった、ベンチに女子生徒が座って遠くを見ている構図が追加されている。ベンチが目立たないから人物は描かないと言っていたのに。

「昨日追加した。お前なら、コイツに何を持たせる?」

 コイツ、とカンバスの中の女子生徒を指す。メッセージ性の強いものを描く先輩にしては、他人に聞くなんてちょっと不思議な感覚だ。
 なぜ女子生徒なのか。なぜ座っているのか。――ふと、頭に過ぎったのは宮地さんの話だった。

「スズランの花束、なんてどうでしょうか」
「スズラン?」
「はい、花井先生に持たせてみてはと」
「……お前、これが理事長だと思ったのか?」
「え? ベンチに関係した女子生徒って、花井先生しか思い当たらなくて……違う人でした?」

 香椎先輩は呆気とられた顔をすると、フッと笑みを浮かべた。そして高嶺先輩に向かって問う。

「高嶺、描けるか?」
「見本があれば。……ああ、でもこれは俺じゃなくて」

 二人して目を私に向けると、ニヤリと口元を緩めた。……いやいや。