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 教室に戻れなくなった私は、香椎先輩から予備の体操着と軍手を手渡された。何をするかは先程の笑みで何となく察したけど、確実に制服が汚れる作業らしい。美術室で着替え終えると、香椎先輩と合流して校庭に向かう。

 他のクラスが授業をしていたが、お構いなしに掻い潜り、つい先日新しく設置されたベンチに辿り着いた。今までは木製だったが、軽くて丈夫なアルミに変わったらしい。まだ傷一つもついていないベンチを見て、ぼそっと聞こえた。

「味がねぇ」
「それは……設置されたばかりですから」

 設置されたばかりのベンチに何を期待したのだろうか。
 すると、後ろから高嶺先輩が駆け足でやってきた。先程の恐ろしい笑みはどこにもなく、いつもの先輩だった。

「悪かったな、二人とも。ちょっと手こずった」
「あの、早紀は……」
「教室に送り返したよ。ちゃんと説得できたと思うんだけど……なんか喚いてた」

 爽やかな笑みで高嶺先輩が言うと、香椎先輩が目を逸らした。何を言って説得したのか、怖くて聞けない。

「とりあえず行こうか。もう宮地(みやじ)さん、始めているんだよね?」
「時間過ぎてるからな。行くか」
「ちょっと待ってください、話が追いつかないんですけど……宮地さんって?」

 先を行こうとする二人が顔を見合わせてキョトンとする。どうやら二人とも話した気になっていたらしい。目的地に向かいながら、高嶺先輩が教えてくれた。

「今から行くのは学校近くの工房。芸術コースもよく世話になっていて、資材や特殊な機材を使わせてもらってる。そこの作業員であり、卒業生の宮地さんに会いに行くんだ」
「工房?」
「宮地さんはその中でも特殊だからな。まぁ、行ってみたらわかるよ」