それから香椎先輩のトンデモ話がニ、三個続き、ひとしきり笑ったところで、今度は私が持っているスケッチブックに目を向けた。

「浅野、俺たちの前でも描くようになったな」
「そうですね。といってもスケッチだけですけど」
「……やっぱり香椎の言った通りだったな」
「え?」

「香椎に、なんで強引に渡したのか聞いたんだ。『他人に欠陥品だと決めつけられるのは誰だって嫌だろ』ってさ。……それ聞いて納得した。アイツも色々あるからさ、見えなくても、聞かなくてもお前が気になったんだなって」

 以前、「私の絵は下手」だと伝えた時に香椎先輩の表情が歪んだのを思い出した。
 その時の私は、たかが一回の入賞というだけで「上手い」という認識で話を進める周りが嫌いだった。畳み掛けるように「何も出来ない人間」だと友達に言われても笑って流してきた。

 ――すべてが上手い下手だけで成立するものじゃないと、わかっていたつもりでいたのに、美術部の二人によって思い知らされたのだ。

 私だって下手でも絵が描きたい。

 知識がなくたって、落書きしか出来なくたって、誰かに咎められることじゃない。法律に違反するわけじゃない。

 衝動で志望校を変えたのだって、私がしたいと思ったからだ。

「今までと変わりたいって思ったから、いつもここに来てくれてるんだろ?」

 表現は自由で、上手い下手もどうでも良くて。
 他人のものさしで自分を図ろうとするのは愚かだと。

「……そうかも、しれません」

 私がそう呟くと、高嶺先輩は満足そうに笑った。