古くて遠い夢を見た。
 あの胸糞悪い、気持ちの悪い。
 幼き日、平和な日々を一瞬にして砕いた神託者どもの夢。

 ――――どうしてお母さんを殺したの?



 いつもの日常の……はずだった。
 朝起きて、食事を食べ、その後の家事の手伝いやちょっとした勉強。
 昼食後は皆と遊び、お昼寝をしたら、また遊び。
 本当に幸せだった。
 憎しみも悲しみもない素敵な日常だった。

 ――――だが。

「お母さん!」

「いい、決して出てきてはダメよ、いいわね」

 ある日、いつものように母の居室で、遊んでいた。
 騎士だった父はすでに戦死。
 母とふたりで、田舎の片隅に住んでいた。

 だが、それがいけなかったのだろうか。
 3人組の少年に目をつけられたのだ。
 異能の力で血と欲に飢えて、それを満たすことを覚えた少年に。





「お母さん……?」

 母の居室からは、緊張で呼吸を乱す母の存在を感知できる。
 イリスがいるのは、居室にある衣装ダンスの中。

 やけに静かだ。
 恐る恐るタンスの戸を少しだけ開けた。
 次の瞬間、ドアが蹴り破られる音が響く。
 思わず声を上げそうになったが、言いつけ通り口を塞いで我慢した。

「おいいたぞ、女だ」

「へへ、金品の前に、コイツをいただくか」

「ヤれぇ!」

 まだイリスよりかは上の歳だろう。
 恐ろしいことまで口走り、震え上がって動けない母に襲いかかる。
 そして、少し開いた戸の先に広がる悪夢を目の当たりにした。

 艷やかな悲鳴と、衣服を破く音が響く。
 恐怖のあまり、イリスの呼吸が荒くなり、涙が流れた。

 隙間から見えるのは、3人によってたかられ乱暴にされる母の姿。
 破れた衣服からのぞく白い肌。

 柔らかな母性を包み上げる黒い下着に捲り上げられたスカートからのぞくガーターベルト。

 そして、そんな母に群がる蛆虫(おとこども)。
 荒い呼吸と飢えた欲望が肢体を貪り始める。

(やめて……やめて、やめて! お母さんに、ひどいことしないで!)

 祈りが届くことはない。
 目の前で蹂躙される母に、幼いイリスには成すすべがなかった。
 床に押し倒され、されるがままの姿は、もはや絶望しか映らない。

 普段の母からは聞いたこともない、恐怖に溢れた嬌声と、徐々に『女の快楽』で染まっていく母の表情に、イリスは呼吸が止まりそうになる。

 蒸した空気が流れるそれは第三者から見ても悲惨な光景だが、ある一種の性癖を持つ者なら『官能』という言葉で片付けられるだろう。

「イヤ……ッ、いやぁああ!!」

 必死に身を捩りふたりに抵抗するイリスの母。
 一方、その奥で少年の1人が、母のタンスの引き出しを漁っていた。
 取り出したのは、別の色の下着。

 ワインレッドの花柄模様が目を引く、美しいデザインだ。
 それを持って近づくやいなや、それで母の首を締め始める。

「ぐがっ!? ぁ゛……あ!」

「いいぞ、そのまま締め付けてろ!」

 快楽と恐怖の顔から一気に血の気が引く。
 苦しさのあまり、ビンッと足を跳ね上げる母の姿。

 構わず更に勢いを増して腰を振り続ける少年。
 互いの快楽の絶頂が聞こえた瞬間、イリスはなにも聞こえなくなった。



 気づけば、母はすでに事切れ、大の字で床に転がる死体となった。
 その死体すら玩ばまれているのが目に映る。
 
 醜い欲望で穢されていく母親は、完全に玩具と化していた。
 
 冒涜的ともいえるこの光景に、イリスの今まで培った思い出や感情が音を立てて崩壊した。

 そしてなにも感じれないまま、最後に映ったのは、少年達が金目の物を奪い、雷や火を掌からだして家を焼く姿だった。

 
 





「うわぁぁぁあああ!!」

 イリスが悪夢から飛び起きる。
 周りを見渡すと、そこは豪華な造りの部屋だった。

 上質なベッド、周りには幾人かのメイド。
 どう見ても、自分がとったボロ宿ではない。
 鎧のみ外されていたため、高級品の寝心地の良さが如実に伝わった。

「失礼、目覚めたかな?」

 部屋の扉が開くと、見知った男が顔を出す。
 フレイム・ダッチマンだ。

「ここは、貴族専用のホテルだ。平民である君には似つかわしくないだろうが、くつろぎたまえ。許可する」

 そう言って人払いをかけ、イリスとふたりきりになる。
 イリスは警戒の色を強め、思わず布団を握りしめた。

「そう怯えるな。なにも取って食おうなどとは考えちゃいないさ」

 部屋の端に陳列された、デザートの山から一皿。
 それを、イリスに持ってくる。

「ホワイトケーキはいかがかな? コーヒーもあるぞ?」

 目の前の男の仕草に、怪訝な顔をしながらも、掌で静止する。

「ごめんなさい、白い食べ物と飲み物はキライなの。……コーヒーはいただくわ。ブラックで」

「わかった、淹れよう」

 戦闘のときとはまるで違う。
 目の前の男は鼻歌交じりに、コーヒーを入れ始めた。

「ひどくうなされていたようだな。まぁ仔細は聞かんがね。……そう言えば、我々はお互いの名前を知らないな?」

「え、えぇ……、まぁ」

 淹れたてのブラックコーヒーを2つ。
 1つをイリスに手渡す。

「私の名は、フレイム・ダッチマン。暇潰しで賞金稼ぎをしている貴族だ。そして、君との勝負の勝利者だ」

「……イリス・バージニア。神託者を狙ってる。特に男」

 互いにひと啜り。
 少しの間を置き、フレイムが近くのチェアに腰かける。

「イリス・バージニア……なるほど、神託斬りと言われている少女とは君だな」

「えぇ」

「ではイリス、もうわかっているとは思うが……」

「わかってる、アンタの旅の連れになれってことでしょ」

 さらにひと啜り、……コーヒーの苦みが増した。
 負けた以上、筋は通す。
 自分の無力が招いた結果だ。

 イリスはベッドから立ち上がり、窓から街を見下ろす。
 色とりどりのネオンが集まる光景は、イリスの心を僅かに癒やした。

「キレイな街……」

「ストラリオ国、人口2000万人。昔から金や銀の採掘で栄えた結果、この街が生まれ、今では金と欲が渦巻く黄金の園となった。このホテルがその証だ。世界一巨大な建造物。現代文明の誇りだ」

「……それだけ飢えた神託者がよってくるということ。……お陰で30人は殺せたわ」

「旅の途中で、殺したい神託者がいたら、殺してもかまわんぞ。ただし、やめろという指示があったら従え」

「……止めないの?」

 イリスの言葉に、鼻で笑ってみせる。

「狂犬を飼い馴らすことは、貴族の間では高いステータスとなる。君のようなぶっ飛んだ考えを持っているほうが、スリルがあるのでね」

 イリスは呆れたように肩をすくめた。
 貴族の考えることは理解出来ない。

 もしかしたら、人斬りをやってる自分以上にぶっ飛んだ存在なのではないかと。
 フレイム・ダッチマンの神経を疑わざるを得ない。

「それで……、どこ行くのフレイム」

「ふ、いい質問だ」

 飲み干した空のコーヒーカップをテーブルに置き、今度は大きなソファーに腰かける。

「かけたまえ」

「どうも」

 向かい合うように、イリスもソファーに座る。

「これから話すのは、私が長年求めてきた……ある宝物のことだ」

「宝物……?」

 そうだ、とフレイムは頷く。
 敵意や殺意すらないが、その眼光は戦闘時より鋭い。

「私が求める物……『叡智の果実』だ」

「叡智の……果実?」

 フレイム・ダッチマンはゆっくりとイリスに語り始めた。