――――遠くで、悲鳴と炸裂音らしき音が聞こえた。
その瞬間、ミラの直感が背筋を凍らせる。
最悪の未来が待っているような気がしてならなかった。
「ミラ、どうしたの?」
「……イリス。フレイム・ダッチマン卿は……アナタの知るあの方は……平気で人を殺すような方ですか? そんなわけ、ないですわよね? ちょっと態度が悪いだけで……子供に手をかけるような方では、ないですわよ、ね?」
乱れた呼吸で、不安定な笑みを向けながらイリスの肩を揺さぶる。
イリスは終始無表情だった。
そして、気だるく言い放つ。
「殺すでしょ多分」
この言葉に、ミラの瞳孔が一気に収縮しワナワナと震え始める。
そして、一気にその音がした方向へと駆けだした。
黙ってイリスも追いかける。
(お願いッ! 無事でいて!)
全力で駆け抜け、カイウスの無事を祈る。
だが、たどり着いた先に目にしたのは、ミラが望むはずのない光景だった。
かの少年はフレイム・ダッチマンの足元で、ぐったりと倒れていたのだ。
フレイムの右手にはべっとりと血がこびりついている。
ミラは、悲しみと同時に、燃え上がるほどの怒りを抱き始めた。
「やれやれ、ガキ連中を連続で殺すことになるとはな。だがまぁ仕方あるまい。これも戦いだ」
「なにが……"戦い"ですか……」
「おぉ、ミラ。それにイリスも。今回の事件の黒幕とその弟、私が始末しておいたぞ。……ただ、彼らは賞金首ではない。よって賞金は出ない。タダ働きも大変だまったく」
「ごまかすなッ!!!!」
ミラの怒号が響く。
同時に、フレイムは眼光鋭くミラを一瞥する。
「殺す必要はなかった……。彼は、まだ小さな子供なんですよ? 心を改めれば、ちゃんと教えることを教えれば、まだ明るい未来だってあった……。なのに、なぜ殺したんです!?」
涙ながらに訴えるミラに、フレイムは軽くため息。
そして、返答は意外なものだった。
「君の言っていることを間違いというつもりはない。むしろ、君のその慈愛の精神に敬意を評するくらいだ」
「……え?」
「人外でありながら、人間以上に隣人を愛することの出来る心。最早信仰で得られるレベルを超えている。恐らくは天性の優しさからくるモノだろう」
1歩、また1歩とミラに近づく。
ミラはフレイムの雰囲気に吞まれそうになった。
気を抜けば、彼のペースに引き込まれてしまうのではないかと。
「だが、私の考えは違う」
そして、彼は続ける。
ミラから一瞬たりとも視線を外さず、答え続ける。
「このご時世、10にも満たぬ異能者の子供が、非異能者で構成された軍隊を一瞬で消し飛ばすなど、さほど珍しい話ではない。――――子供と油断すれば殺される。子供と侮れば泣きを見る。我々は常にその中で戦っている。わかるか? 君のような、『至極まともな精神』では、我々は生き残れない。少なくともこの時代ではな。――――"同情"は忌むべき感情だ」
フレイムは左目の傷跡を親指で撫でてみせる。
だが、ミラも負けじと言い返した。
「なんですかそれ……。そんな理由で殺したと? そんなものはタダの、戦闘者の屁理屈ですわ! 簡単に命が奪われていい理由にはなりません!」
「そうだな、屁理屈だろうな。……その屁理屈でカイウスもエーディンも死んだ。そして、そのエーディンにより君の仲間も殺された。……皆殺しだった」
仲間のことを言われた途端、ミラは言葉を詰まらせる。
彼はあの異空間の中の惨劇を事細かに話した。
仲間たちと騎士がどのように死んだのかを。
ミラは反論することが出来ない。
そして、フレイムは彼女の前で立ち止まり、両手を広げた。
「……サキュバスというだけで迫害を受け、サキュバスというだけで容赦なく処刑される。見ろ、まるで呼吸をするが如く、平然と心と肉体への殺戮が行われ続けているのだこの世界は」
「う……うぅ……ッ!」
ミラの表情が悲痛に歪み始める。
今にも泣きそうだ。
イリスは黙ってフレイムの話を聞いていた。
「なぁミラ、家族も同然の仲間たちが皆殺しにあうよりも、皆殺しにした黒幕の小さな弟の命ひとつ潰える方が、君にとって耐え難い悲劇なのかね?」
「そ、それでも……、それでも私はッ!」
「……絶滅に追い込まれてなお、君はいつまでも隣人を愛し続けるのか? その行動もまた愛だ。だが、君の愛は誰も救えないし、誰も諭せない」
その言葉に、ミラの視界が一瞬真っ暗になった。
ふらつく彼女を、フレイムは優しげに問いかける。
「ミラ、さっきも言ったが、私は君の慈愛の心を尊敬している。尊敬に値するほどの高みにあるからこそ言うのだ。……このまま洞窟にこもり、最期の日が来るまで祈りを捧げても、全ては水泡に帰すだろう。君は、自らの足で歩かねばならない。洞窟の外、広大な大地を」
「大地を、歩く……?」
そうだ、とフレイムは頷く。
「我々と来るがいい。私は、なんらかの高みを持つ人材は放ってはおけない主義でね。行動をともにし、自らの道を切り開くのだ」
フレイムは左手を差し伸べる。
だが、ミラは曇った表情でその手を見ていた。
そして、こう切り返す。
「……人を殺すことになにも思わぬアナタ方を、信じることはできませんわ」
「当然の理屈だな」
「ですが、アナタは私を否定しなかった。迫害され、いつ殺されてもおかしくない私に……こうして手を差し伸べてくれた」
ミラの表情が穏やかなものになっていく。
差し伸べられた手を、そっと両手で包んだ。
「ひとりは、イヤです。……大切なヒトが目の前で消えていくのは、もうイヤです。アナタ方との旅路で、平和への道が切り開けるなら……。私は作りたい! 誰も迫害されることなく、平和に過ごせる世界をッ!」
フレイムは笑みをこぼしながら、ミラを迎えた。
新たな仲間として、サキュバス『ミラ』が同行することとなった。
その傍ら、黙って見ていたイリスは目を鋭く細めながら、フレイムを見る。
(アンタ……一体なにが目的なの?)
イリスからして、フレイムが善意のみであそこまでの台詞を吐くとは思えなかったのだ。
だか、今は知る由もない。
己とは正反対の精神を持つミラとフレイムをしばらくジッと見ていた。
その瞬間、ミラの直感が背筋を凍らせる。
最悪の未来が待っているような気がしてならなかった。
「ミラ、どうしたの?」
「……イリス。フレイム・ダッチマン卿は……アナタの知るあの方は……平気で人を殺すような方ですか? そんなわけ、ないですわよね? ちょっと態度が悪いだけで……子供に手をかけるような方では、ないですわよ、ね?」
乱れた呼吸で、不安定な笑みを向けながらイリスの肩を揺さぶる。
イリスは終始無表情だった。
そして、気だるく言い放つ。
「殺すでしょ多分」
この言葉に、ミラの瞳孔が一気に収縮しワナワナと震え始める。
そして、一気にその音がした方向へと駆けだした。
黙ってイリスも追いかける。
(お願いッ! 無事でいて!)
全力で駆け抜け、カイウスの無事を祈る。
だが、たどり着いた先に目にしたのは、ミラが望むはずのない光景だった。
かの少年はフレイム・ダッチマンの足元で、ぐったりと倒れていたのだ。
フレイムの右手にはべっとりと血がこびりついている。
ミラは、悲しみと同時に、燃え上がるほどの怒りを抱き始めた。
「やれやれ、ガキ連中を連続で殺すことになるとはな。だがまぁ仕方あるまい。これも戦いだ」
「なにが……"戦い"ですか……」
「おぉ、ミラ。それにイリスも。今回の事件の黒幕とその弟、私が始末しておいたぞ。……ただ、彼らは賞金首ではない。よって賞金は出ない。タダ働きも大変だまったく」
「ごまかすなッ!!!!」
ミラの怒号が響く。
同時に、フレイムは眼光鋭くミラを一瞥する。
「殺す必要はなかった……。彼は、まだ小さな子供なんですよ? 心を改めれば、ちゃんと教えることを教えれば、まだ明るい未来だってあった……。なのに、なぜ殺したんです!?」
涙ながらに訴えるミラに、フレイムは軽くため息。
そして、返答は意外なものだった。
「君の言っていることを間違いというつもりはない。むしろ、君のその慈愛の精神に敬意を評するくらいだ」
「……え?」
「人外でありながら、人間以上に隣人を愛することの出来る心。最早信仰で得られるレベルを超えている。恐らくは天性の優しさからくるモノだろう」
1歩、また1歩とミラに近づく。
ミラはフレイムの雰囲気に吞まれそうになった。
気を抜けば、彼のペースに引き込まれてしまうのではないかと。
「だが、私の考えは違う」
そして、彼は続ける。
ミラから一瞬たりとも視線を外さず、答え続ける。
「このご時世、10にも満たぬ異能者の子供が、非異能者で構成された軍隊を一瞬で消し飛ばすなど、さほど珍しい話ではない。――――子供と油断すれば殺される。子供と侮れば泣きを見る。我々は常にその中で戦っている。わかるか? 君のような、『至極まともな精神』では、我々は生き残れない。少なくともこの時代ではな。――――"同情"は忌むべき感情だ」
フレイムは左目の傷跡を親指で撫でてみせる。
だが、ミラも負けじと言い返した。
「なんですかそれ……。そんな理由で殺したと? そんなものはタダの、戦闘者の屁理屈ですわ! 簡単に命が奪われていい理由にはなりません!」
「そうだな、屁理屈だろうな。……その屁理屈でカイウスもエーディンも死んだ。そして、そのエーディンにより君の仲間も殺された。……皆殺しだった」
仲間のことを言われた途端、ミラは言葉を詰まらせる。
彼はあの異空間の中の惨劇を事細かに話した。
仲間たちと騎士がどのように死んだのかを。
ミラは反論することが出来ない。
そして、フレイムは彼女の前で立ち止まり、両手を広げた。
「……サキュバスというだけで迫害を受け、サキュバスというだけで容赦なく処刑される。見ろ、まるで呼吸をするが如く、平然と心と肉体への殺戮が行われ続けているのだこの世界は」
「う……うぅ……ッ!」
ミラの表情が悲痛に歪み始める。
今にも泣きそうだ。
イリスは黙ってフレイムの話を聞いていた。
「なぁミラ、家族も同然の仲間たちが皆殺しにあうよりも、皆殺しにした黒幕の小さな弟の命ひとつ潰える方が、君にとって耐え難い悲劇なのかね?」
「そ、それでも……、それでも私はッ!」
「……絶滅に追い込まれてなお、君はいつまでも隣人を愛し続けるのか? その行動もまた愛だ。だが、君の愛は誰も救えないし、誰も諭せない」
その言葉に、ミラの視界が一瞬真っ暗になった。
ふらつく彼女を、フレイムは優しげに問いかける。
「ミラ、さっきも言ったが、私は君の慈愛の心を尊敬している。尊敬に値するほどの高みにあるからこそ言うのだ。……このまま洞窟にこもり、最期の日が来るまで祈りを捧げても、全ては水泡に帰すだろう。君は、自らの足で歩かねばならない。洞窟の外、広大な大地を」
「大地を、歩く……?」
そうだ、とフレイムは頷く。
「我々と来るがいい。私は、なんらかの高みを持つ人材は放ってはおけない主義でね。行動をともにし、自らの道を切り開くのだ」
フレイムは左手を差し伸べる。
だが、ミラは曇った表情でその手を見ていた。
そして、こう切り返す。
「……人を殺すことになにも思わぬアナタ方を、信じることはできませんわ」
「当然の理屈だな」
「ですが、アナタは私を否定しなかった。迫害され、いつ殺されてもおかしくない私に……こうして手を差し伸べてくれた」
ミラの表情が穏やかなものになっていく。
差し伸べられた手を、そっと両手で包んだ。
「ひとりは、イヤです。……大切なヒトが目の前で消えていくのは、もうイヤです。アナタ方との旅路で、平和への道が切り開けるなら……。私は作りたい! 誰も迫害されることなく、平和に過ごせる世界をッ!」
フレイムは笑みをこぼしながら、ミラを迎えた。
新たな仲間として、サキュバス『ミラ』が同行することとなった。
その傍ら、黙って見ていたイリスは目を鋭く細めながら、フレイムを見る。
(アンタ……一体なにが目的なの?)
イリスからして、フレイムが善意のみであそこまでの台詞を吐くとは思えなかったのだ。
だか、今は知る由もない。
己とは正反対の精神を持つミラとフレイムをしばらくジッと見ていた。