「出口は玉座の真下にあります。急ぎましょう」

「女王様の足の下……か、イイ隠し場所ね」

 ここまでエーディンの神託に捕まることなく、難なく宮殿へと入り込めた。
 秘密の出口は女王の玉座、その下にある。
 ミラの案内もあって、女王の間にはすぐにつくことが出来た。

「あれが玉座ね」

「そうです。手伝っていただけますか?」

「……ま、見た目重そうだし、ね」

 石造りの重く冷たい玉座。
 それをふたりがかりで横へとずらす。
 
「下へと続く階段、ね」

「はい、ここを降りれば地下道に通じます。500mほど歩けば出口につくはずです。さぁ、ここから脱出を……ッ!」

 そう思い、イリスから入ろうとした。
 その直後に響くゴトリというなにかが動いたような音。

 ふたりは止まる。
 まだなにかがいる……。
 敵かそれとも味方か?
 
「今のは……?」

「わかりませんわ……。もしかしたら、ほかにもサキュバスが!?」

 希望の光を見出したようにミラは瞳を輝かせる。
 しかしイリスはそれを強く制止した。

「なに言ってんの。3ヶ月前にあの女が現れて、アナタ以外全員いなくなったんでしょ? じゃああれは単なる物音か、あの女が近くまできたか。そのどちらかと思うわ」

 だが、イリスの言葉をミラは跳ね除け、その音のした方向へ行こうとする。

「いいえ、もしかしたら私と同じようにずっと隠れていたのかもしれませんわ! 仲間を、助けないと……ッ!」

 そう言うとわき目も振らずに、その方向へと駆けていった。

「あ、こら! ちょっと待ちなさい! ……なんだってのよ一体」




 ミラは息を切らし懸命に走った。
 そしてある場所へとたどり着く。

「物置……ですわね。……誰かいますの? 怖がらないで、私は味方です」

 積み重ねられた大きな木箱。
 無造作に置かれた、なにかが詰め込まれた麻袋。
 棚には瓶に入った薬品や、古い本が所狭しと詰め込まれていた。

「どうか、お姿を……ッ。……気のせい、だったのかしら」

 すると、肩を落とすミラの視界にあるものが映る。
 木箱の陰からそっとこちらを覗いてくる小さな男の子だ。

「……アナタは? ……まぁいいわ、おいでなさい。大丈夫、怖くありませんわ」

 ミラはその場にそっと両膝をついてしゃがみ、少年に手招きする。
 男の子はミラをじっと見ながら、ゆっくりと姿を現した。
 白を主とした、汚れのひとつも見えないくらいの清廉さを際立たせた衣装だ。
 
「おねえさん、……もしかしてサキュバス?」

「えぇ、そうですわ。君は……人間の子供さん、でしょうか?」

「そうだよ。……ねぇ、おねえさん」

「ん?」

「怒らない?」

「怒る、とは?」

 少し俯くようにして、ゆっくりとミラに近づく少年。
 モジモジとしながらミラに語り掛けるその姿に、ミラは愛嬌を感じた。
 子供特有の無垢な姿が、新鮮であったからだ。

「ボクが勝手にここに入ったこととか、怒らない?」
 
 少し顔を赤らめながら、ミラをじっと見る。
 ミラはその姿をみてクスッと笑みを零た。
 なんと愛らしいのでしょう、と。

「ふふふ、大丈夫ですわ。私はアナタを怒ったりしません。でも、理由は教えてくださらない? ここへはなにをしに来たの?」

「ん、えっとね……お姉ちゃんを探しに来たの。今朝に、ついてくるなって言われたけど、こっそりついていったらここへ入っていったから……」

「え? お姉ちゃん? ……もしかして、"エーディン"という名前の人では?」

 ミラはあの女性の名前を出すと、少年はパァッと表情を明るくする。
 
「そう! お姉ちゃんやっぱりいたんだ……」

「アナタ、あの女の人の弟君?」

「うん、カイウスって言うんだ」

 よろしくね、とカイウスは右手を差し出す。
 ミラは悩んだ。
 エーディンが行ったことを知ったら、目の前の少年、カイウスはどんな気持ちになるか。

(こんな小さな子供を心配させて……自分はサキュバス狩りなどと……)

「おねえさん?」

 カイウスがミラの顔を覗き込む。
 ハッとして、心配そうにしているカイウスを見るや、すぐに微笑む。

「いえ、なんでもありませんわ。……私はミラ。よろしくね」

 そう言ってカイウスの手を握り、互いに握手を交わした。
 ふたりして笑顔になり、朗らかな空気が流れる。


 ―――――だが。



(え……? 体が、動かない……ッ!?)

 金縛りにでもあったかのように、ミラは体が動かせなくなったのだ。
 足に力が入らない。
 手も、首も、体の自由が封じられている。
 そして、目の前には……。

 先ほどの純真な笑みとは程遠い、それはあまりに子供らしい邪悪な笑みを浮かべたカイウスがいた。

「カイ……ウス? アナタ、なにを……?」 

 背筋が凍りつく。
 目の前の光景が信じられない。
 こんな、まだ小さな子供が、姉のエーディンのような獲物を狙い定めた際の眼光をするとは思わなかったからだ。

「ふはは、やった……サキュバスに触れた!」

 カイウスは喜々としながら、ミラに抱きつく。
 顔や肩、翼などを万遍なく触った。
 
「や、やめなさい! なにをしますの!」

 たまらなくなり、ミラは声を張り上げる。
 だが、カイウスは意にも返さずに笑みを零していた。

「ムダだよミラおねえさん。ボクの神託『レヴィアタン』からは逃げられないよ」

「神託!? まさか、アナタも……ッ!」

「フフ、ボクと一緒に遊ぼうね? ミラおねえさん」

 その姉あってその弟あり。
 ミラは窮地に立たされた。