「どうしました。さっきから全然動かれませんが?」
勝ったも同然の表情でイリスに、にやけた顔を向ける。
依然として動かない彼女を前にしてとる行動はひとつ。
"こちらも動かないこと"
(ふふふ、疑心暗鬼を生ずとはまさにこのこと。彼女は今、自分がどんな条件で死ぬかわからないでいる。ゆえに動けない。先ほど宣言した通り、屋根から落ちるか、それとも別の方法か。そうですよねぇ、わかりませんよねぇ? いつ死ぬかわからない……それが本来の命の在り方ですから)
イリスは沈黙を保ったまま、パプォリオを睨み続けている。
切っ先もずっと彼に向けたままだ。
表情は能面のような無機質さを宿し、攻めに転じる気配は未だ無し。
「……う~ん、そう熱い視線を向けられるのも悪くはないのですが、人目もありますし、これ以上はねぇ? ホラ、さっさと斬りかかってきてはどうですか? 私はさっきから、足がすくんで動けなくなってしまっているみたいなのでねぇ。できればアナタから近づいてきてくれると嬉しいのですが」
パプォリオは、肩を竦めながら笑んで見せる。
自分はただ突っ立ってしゃべっていればいい。
そうするだけで、相手は精神に濁りを生じさせる。
さらには冷静な判断が下せなくなるのだ。
(迷っていらっしゃいますね? ですが安心なさい。アナタを落とすなど……そんな生温い死に方をさせて楽園へ逝かせてあげるものですか。……アナタは罪深い、罪深いアナタには、最上の屈辱を与えてから死んでいただきます)
パプォリオが神託で定めた死の運命。
それは、『パプォリオに斬りかかろうとした直後に足を滑らせ、その刀が喉に刺さる』というものだ。
(死の運命の大幅な内容変更は、多大な神託エネルギーを消費する。できれば、これで決めたいですね)
覚悟を以てかかってきたとしても、死が待ち受けるのみ。
勝ったも同然と思ったその時。
「……随分とベラベラしゃべるのね」
「なに?」
イリスは毅然とした態度を貫いていた。
パプォリオの予想を超えた反応だ。
死の運命を前にして、イリスは戦意を失っていない。
「しゃべったり、待ったりするだけで人が殺せるなんて……アンタ随分楽な殺ししてるのね。羨ましいわ、楽をしてる人って」
今度は悪態をつきはじめる。
言葉もそうだが、なによりしゃべり口調がパプォリオの苛立ちを誘った。
「なにが言いたい?」
「アンタがベラベラしゃべってるうちに、アタシが対抗策を思いつかないとでも思った?」
パプォリオにとっては驚愕の一言だ。
これには彼も激昂する。
「ハッタリだ! 私のブラック・パレードに死角はない!」
「じゃあ、試してみましょうか? アンタの神託が、アタシには通用しないってところを!」
イリスが刀を構える。
パプォリオにとって、待ちに待った時間だ。
ブラック・パレードで定めた死の運命が、イリス・バージニアを殺害する。
「ならばくるといい」
「あら、そう!」
今にも走り出さんと身構える。
この行動に、パプォリオの口角が吊り上がる。
(来た、きたきたきたーッ! ついにこの瞬間がおとずれた。さぁこい。その剣で私に斬りかかってこい! それが貴様の最期だ!)
勝った!
そう思った瞬間、意識の飽和が生まれる。
それが、僅かな隙を生んだ。
イリスはその瞬間を見逃さなかった。
イリスがとった行動。
それはパプォリオにとって、予想外のものだった。
「――――――――え?」
パプォリオが感じたのは、左胸部に広がる激痛。
そこからあふれ出るとめどない鮮血。
恐る恐る覗き見ると、左胸には、"木片"が突き刺さっていた。
「な、にぃ……ッ!?」
ワナワナと震えながらイリスに視線を戻すと、彼女は左手でなにかを投げたようなフォームをとっていた。
遠距離攻撃など無縁だろうと思ったパプォリオの思考の隙をついた攻撃。
即ち、『手裏剣術』
完全に意表をつかれたパプォリオは、その場に両膝をつく。
「さっきも言ったでしょ? 随分とベラベラしゃべるのねって。……アンタ、待ち伏せしてるのわかりやすすぎ」
「バカ……な、この、木片は……ッ!?」
よく見れば、これは荷馬車に使われていた木片だ。
一体どこで、どのタイミングでこれを拾ったのか。
パプォリオには皆目見当がつかなかった。
「……アンタが屋根の上にまで上がってきたとき、"あぁなにかあるな"と思って用心のために投げれるのひとつ拾ったのよ」
「な、んだ……と?」
「屋根から落ちるかも、なぁんて言われたときは焦ったわ。行動ひとつで、自分が死ぬなんてたまったもんじゃあないもの。でも、アンタはただひたすらしゃべり倒した。……そのとき、ピンと来た」
こちらの行動で、見破られたというのか。
パプォリオは、ショックを隠せない。
体の力が抜けていく中、彼の中を支配したのは屈辱感よりも夜のように暗い敗北感だ。
「さて、アンタを殺すわけだけど……」
「ぐッ……」
だが、彼にはまだ勝算があった。
まだブラック・パレードは発動している。
ゆえに彼女がこのまま近づき、刀を振るえば死がおとずれる。
自分ももう助からないだろうが、少なくとも相打ちだ。
敗北者という汚名は着せられない。
「で、この刀で斬るわけだけど……」
思った通り、近づいてくる。
そして完全に刀の間合いにパプォリオを入れた。
あとは、刀を振り抜くだけ。
(これで……奴も……死に……ッ!)
だが、ここでもイリスはパプォリオの期待を裏切った。
刀を鞘にゆっくりと納めたのだ。
そして、拳をポキポキと鳴らし始める。
「……え?」
「その反応をする、ということは、……どうやら、"刀で斬られること"を想定していたみたいね?」
「なッ! き、貴様ぁ!」
「さらに激昂するということは……そのブラック・パレードとやらの死の運命は、アタシの刀でアンタを斬ろうとすることで発動するみたいね? じゃあ、振らなきゃ発動しないってわけだ」
最悪の未来がパプォリオによぎる。
今から死の運命を変えようにも、エネルギーが足りない。
ブラック・パレードは防御面に関しては、まるでないに等しい。
「……その怯えた反応から察するに、死の運命とやらを変更できないみたいね?」
「よ、よせ……やめッ!!」
イリスの拳が、木片ごとパプォリオの左胸を貫く。
その衝撃で彼の身体は吹っ飛び、近くの家の壁に叩きつけられた。
真っ赤な十字架が、イリスの目の前に誕生する。
「……死後の世界、楽園だったかしら」
パプォリオの言葉をふと思い出す。
だが、彼女はすぐにそれを鼻で笑った。
「さぞや、素敵な場所なんでしょうね。穢れたアタシでも行かせてくれるなんて、方法は兎も角、素晴らしい条件だと思うわ」
磔にされた、既に事切れたパプォリオに語り掛けるように、歩み寄る。
「でもね、アタシにはいらないわ」
「死ななきゃ幸せになれない命なんて……アタシにはいらない」
抜刀一閃。
器用な刀捌きにより、パプォリオの首が削げ落ちた。
それを追いかけるように、ヒョイと軽い身のこなしで屋根から飛び降りる。
パプォリオ・ルネッサンス、撃破完了。
「首……首……あったあった。あとはこれを入れる麻袋とかあればいいんだけど」
周りを忙しなく見まわす。
すると、視線上にフレイム・ダッチマンが、腕を組んで立っていた。
「あら、フレイム。遅かったわね。パプォリオ・ルネッサンスなら討ち取ったわよ。これが証拠」
「討ち取ったわよ……じゃないッ!」
そう言うと、早足で近づき、両の固めた拳をイリスの側頭部にあて、ゴリゴリと回し始める。
あまりの激痛に、イリスは断末魔を上げた。
「真昼間からこんな大規模な戦闘をぶちかます奴がいるか! なぜ夜まで待たなかったこのうつけ!」
「あだだだだ! だって仕方ないじゃない! あいつが急に現れたんだからぁ」
その言葉に、フレイムは拳を止めて、頭を抱えながらため息を漏らす。
「まったく仕方のない奴だ。……さて、そいつを運ぶわけだが」
「麻袋とか、箱が欲しいわね」
「そうだな、麻袋に入れてから箱に入れたい。血液が垂れる」
そう言いながらふたりは肩を並べ、路地裏を歩く。
その間にイリスは今回の戦いの仔細を詳らかに話した。
「……ほう、死の運命を確定させる力か。それを楽園への導きに」
「フレイム、アナタはどう? 死後の世界に行ってみたいって」
イリスの問いに、フレイムは軽く微笑んだ。
「興味がない、と言えばウソになるな。死後の世界、即ち別の世界があるとわかった以上、ちょっと確かめてみたいと思うのが、私という人間の性だ」
だがな、とフレイムは付け足す。
「そうまでして手に入れる幸せとやらに、私は興味はない。死の先にある概念より、私は"人間というモノの先"に、あるものを目指す」
これにはイリスもつられて笑う。
この男の評価を改めなければならない。
今の自分で殺すのは無理だ。
彼を見習い、さらなる力をつけないと、と。
一方、ストラリオ国では。
「……ん」
「おぉ! 目覚められた。御目覚めになったぞ!」
ひとりの少年が病院のベッドで目を覚ます。
体には血で滲んだ包帯がいくつも巻かれていた。
「俺は……生きていたのか?」
「もう、3日ほど眠っておられました……具合はいかがです?」
周りの人間の言葉が、耳に入らない。
そのかわり、耳に残るのは……。
「アイリ、リャン……ハンナさん」
かつての仲間の死を悼む自分の声だった。
「マルク殿、おいたわしや」
マルク・ザイルテンツァー。
イリス・バージニアの凶刃より、見事生還。
命と同時に得たものは、悲しみと怒りの慟哭だった。
勝ったも同然の表情でイリスに、にやけた顔を向ける。
依然として動かない彼女を前にしてとる行動はひとつ。
"こちらも動かないこと"
(ふふふ、疑心暗鬼を生ずとはまさにこのこと。彼女は今、自分がどんな条件で死ぬかわからないでいる。ゆえに動けない。先ほど宣言した通り、屋根から落ちるか、それとも別の方法か。そうですよねぇ、わかりませんよねぇ? いつ死ぬかわからない……それが本来の命の在り方ですから)
イリスは沈黙を保ったまま、パプォリオを睨み続けている。
切っ先もずっと彼に向けたままだ。
表情は能面のような無機質さを宿し、攻めに転じる気配は未だ無し。
「……う~ん、そう熱い視線を向けられるのも悪くはないのですが、人目もありますし、これ以上はねぇ? ホラ、さっさと斬りかかってきてはどうですか? 私はさっきから、足がすくんで動けなくなってしまっているみたいなのでねぇ。できればアナタから近づいてきてくれると嬉しいのですが」
パプォリオは、肩を竦めながら笑んで見せる。
自分はただ突っ立ってしゃべっていればいい。
そうするだけで、相手は精神に濁りを生じさせる。
さらには冷静な判断が下せなくなるのだ。
(迷っていらっしゃいますね? ですが安心なさい。アナタを落とすなど……そんな生温い死に方をさせて楽園へ逝かせてあげるものですか。……アナタは罪深い、罪深いアナタには、最上の屈辱を与えてから死んでいただきます)
パプォリオが神託で定めた死の運命。
それは、『パプォリオに斬りかかろうとした直後に足を滑らせ、その刀が喉に刺さる』というものだ。
(死の運命の大幅な内容変更は、多大な神託エネルギーを消費する。できれば、これで決めたいですね)
覚悟を以てかかってきたとしても、死が待ち受けるのみ。
勝ったも同然と思ったその時。
「……随分とベラベラしゃべるのね」
「なに?」
イリスは毅然とした態度を貫いていた。
パプォリオの予想を超えた反応だ。
死の運命を前にして、イリスは戦意を失っていない。
「しゃべったり、待ったりするだけで人が殺せるなんて……アンタ随分楽な殺ししてるのね。羨ましいわ、楽をしてる人って」
今度は悪態をつきはじめる。
言葉もそうだが、なによりしゃべり口調がパプォリオの苛立ちを誘った。
「なにが言いたい?」
「アンタがベラベラしゃべってるうちに、アタシが対抗策を思いつかないとでも思った?」
パプォリオにとっては驚愕の一言だ。
これには彼も激昂する。
「ハッタリだ! 私のブラック・パレードに死角はない!」
「じゃあ、試してみましょうか? アンタの神託が、アタシには通用しないってところを!」
イリスが刀を構える。
パプォリオにとって、待ちに待った時間だ。
ブラック・パレードで定めた死の運命が、イリス・バージニアを殺害する。
「ならばくるといい」
「あら、そう!」
今にも走り出さんと身構える。
この行動に、パプォリオの口角が吊り上がる。
(来た、きたきたきたーッ! ついにこの瞬間がおとずれた。さぁこい。その剣で私に斬りかかってこい! それが貴様の最期だ!)
勝った!
そう思った瞬間、意識の飽和が生まれる。
それが、僅かな隙を生んだ。
イリスはその瞬間を見逃さなかった。
イリスがとった行動。
それはパプォリオにとって、予想外のものだった。
「――――――――え?」
パプォリオが感じたのは、左胸部に広がる激痛。
そこからあふれ出るとめどない鮮血。
恐る恐る覗き見ると、左胸には、"木片"が突き刺さっていた。
「な、にぃ……ッ!?」
ワナワナと震えながらイリスに視線を戻すと、彼女は左手でなにかを投げたようなフォームをとっていた。
遠距離攻撃など無縁だろうと思ったパプォリオの思考の隙をついた攻撃。
即ち、『手裏剣術』
完全に意表をつかれたパプォリオは、その場に両膝をつく。
「さっきも言ったでしょ? 随分とベラベラしゃべるのねって。……アンタ、待ち伏せしてるのわかりやすすぎ」
「バカ……な、この、木片は……ッ!?」
よく見れば、これは荷馬車に使われていた木片だ。
一体どこで、どのタイミングでこれを拾ったのか。
パプォリオには皆目見当がつかなかった。
「……アンタが屋根の上にまで上がってきたとき、"あぁなにかあるな"と思って用心のために投げれるのひとつ拾ったのよ」
「な、んだ……と?」
「屋根から落ちるかも、なぁんて言われたときは焦ったわ。行動ひとつで、自分が死ぬなんてたまったもんじゃあないもの。でも、アンタはただひたすらしゃべり倒した。……そのとき、ピンと来た」
こちらの行動で、見破られたというのか。
パプォリオは、ショックを隠せない。
体の力が抜けていく中、彼の中を支配したのは屈辱感よりも夜のように暗い敗北感だ。
「さて、アンタを殺すわけだけど……」
「ぐッ……」
だが、彼にはまだ勝算があった。
まだブラック・パレードは発動している。
ゆえに彼女がこのまま近づき、刀を振るえば死がおとずれる。
自分ももう助からないだろうが、少なくとも相打ちだ。
敗北者という汚名は着せられない。
「で、この刀で斬るわけだけど……」
思った通り、近づいてくる。
そして完全に刀の間合いにパプォリオを入れた。
あとは、刀を振り抜くだけ。
(これで……奴も……死に……ッ!)
だが、ここでもイリスはパプォリオの期待を裏切った。
刀を鞘にゆっくりと納めたのだ。
そして、拳をポキポキと鳴らし始める。
「……え?」
「その反応をする、ということは、……どうやら、"刀で斬られること"を想定していたみたいね?」
「なッ! き、貴様ぁ!」
「さらに激昂するということは……そのブラック・パレードとやらの死の運命は、アタシの刀でアンタを斬ろうとすることで発動するみたいね? じゃあ、振らなきゃ発動しないってわけだ」
最悪の未来がパプォリオによぎる。
今から死の運命を変えようにも、エネルギーが足りない。
ブラック・パレードは防御面に関しては、まるでないに等しい。
「……その怯えた反応から察するに、死の運命とやらを変更できないみたいね?」
「よ、よせ……やめッ!!」
イリスの拳が、木片ごとパプォリオの左胸を貫く。
その衝撃で彼の身体は吹っ飛び、近くの家の壁に叩きつけられた。
真っ赤な十字架が、イリスの目の前に誕生する。
「……死後の世界、楽園だったかしら」
パプォリオの言葉をふと思い出す。
だが、彼女はすぐにそれを鼻で笑った。
「さぞや、素敵な場所なんでしょうね。穢れたアタシでも行かせてくれるなんて、方法は兎も角、素晴らしい条件だと思うわ」
磔にされた、既に事切れたパプォリオに語り掛けるように、歩み寄る。
「でもね、アタシにはいらないわ」
「死ななきゃ幸せになれない命なんて……アタシにはいらない」
抜刀一閃。
器用な刀捌きにより、パプォリオの首が削げ落ちた。
それを追いかけるように、ヒョイと軽い身のこなしで屋根から飛び降りる。
パプォリオ・ルネッサンス、撃破完了。
「首……首……あったあった。あとはこれを入れる麻袋とかあればいいんだけど」
周りを忙しなく見まわす。
すると、視線上にフレイム・ダッチマンが、腕を組んで立っていた。
「あら、フレイム。遅かったわね。パプォリオ・ルネッサンスなら討ち取ったわよ。これが証拠」
「討ち取ったわよ……じゃないッ!」
そう言うと、早足で近づき、両の固めた拳をイリスの側頭部にあて、ゴリゴリと回し始める。
あまりの激痛に、イリスは断末魔を上げた。
「真昼間からこんな大規模な戦闘をぶちかます奴がいるか! なぜ夜まで待たなかったこのうつけ!」
「あだだだだ! だって仕方ないじゃない! あいつが急に現れたんだからぁ」
その言葉に、フレイムは拳を止めて、頭を抱えながらため息を漏らす。
「まったく仕方のない奴だ。……さて、そいつを運ぶわけだが」
「麻袋とか、箱が欲しいわね」
「そうだな、麻袋に入れてから箱に入れたい。血液が垂れる」
そう言いながらふたりは肩を並べ、路地裏を歩く。
その間にイリスは今回の戦いの仔細を詳らかに話した。
「……ほう、死の運命を確定させる力か。それを楽園への導きに」
「フレイム、アナタはどう? 死後の世界に行ってみたいって」
イリスの問いに、フレイムは軽く微笑んだ。
「興味がない、と言えばウソになるな。死後の世界、即ち別の世界があるとわかった以上、ちょっと確かめてみたいと思うのが、私という人間の性だ」
だがな、とフレイムは付け足す。
「そうまでして手に入れる幸せとやらに、私は興味はない。死の先にある概念より、私は"人間というモノの先"に、あるものを目指す」
これにはイリスもつられて笑う。
この男の評価を改めなければならない。
今の自分で殺すのは無理だ。
彼を見習い、さらなる力をつけないと、と。
一方、ストラリオ国では。
「……ん」
「おぉ! 目覚められた。御目覚めになったぞ!」
ひとりの少年が病院のベッドで目を覚ます。
体には血で滲んだ包帯がいくつも巻かれていた。
「俺は……生きていたのか?」
「もう、3日ほど眠っておられました……具合はいかがです?」
周りの人間の言葉が、耳に入らない。
そのかわり、耳に残るのは……。
「アイリ、リャン……ハンナさん」
かつての仲間の死を悼む自分の声だった。
「マルク殿、おいたわしや」
マルク・ザイルテンツァー。
イリス・バージニアの凶刃より、見事生還。
命と同時に得たものは、悲しみと怒りの慟哭だった。