「……では、始めましょうか。そして思い知るがいい。私のブラック・パレードが、この世において正しき道を示すに、どれだけふさわしいものであるのかをッ!」

「あらそ」

 平静を取り戻した神父パプォリオは指を鳴らす。
 それを合図に先程斬り刻んだ荷馬車の残骸が、さらにバラバラの状態になり、弾幕となって襲い掛かった。

「チィッ!」

 攻撃の初動速度が自分を上回った。
 イリスは身を躱しながら刀で防ぎ弾く。
 壁や地面にあたるたびに湧き上がる砂ぼこりの中、イリスは反撃の機を伺った。

「ふはははは、せいぜい当たらないようになさい。"荷馬車の残骸に触れて死ぬ"……。これが我がブラック・パレードの真骨頂、因果を捻じ曲げてでも、相手の死の運命を呼び寄せることできるのです」
 
 パプォリオは神父らしからぬ、邪悪な笑みを浮かべた。
 防戦一方のイリスに対し勝利を確信している。

 距離もあり、なにより神託の効力上、致死性の高い攻撃となっている。
 この神託能力は攻撃性に抜きんでている為、あらゆる状況下の戦闘に活用出来るのだ。

 こんな能力を持つ人間が、ほんの少しのピンチ程度で勝利を逃すだろうか?
 ――――否、ありえない。

 例えイリスが逆の立場でもそうだろう。

 そんな中、イリスは状況を見極める。
 零縮地を使い距離を詰めようとも思ったが、生憎この弾幕だ。
 躱しきれない可能性が高い。

「面白いコトしてくれるじゃない。……いい具合に身体が火照ってきたわッ!」

 イリス・バージニアは笑みを絶やさない。
 彼女には、いかにしてパプォリオの首を叩き落とすか、そのことしか頭になかった。
 そんな彼女が導き出した打開策。

「ほう、弾幕を回避しながら、屋上まで登りますか……」

 イリスは路地裏の壁を何度も蹴り上げ、瞬く間に家々の屋上にまでたどり着くや、身を隠す。
 パプォリオはその姿をほくそ笑みながら、次の手札を出した。

「逃がすとお思いか?」

 イリスに弾かれ転がる残骸の中で、ゴロゴロとなにかが蠢いた。
 それは斬り落とした馬の首だった。
 パプォリオは神託エネルギーで、首を先頭に残骸を組み合わせ、龍のように仕立てる。
 次に馬の目玉と自らの視界をリンクさせ、ちゃんと動くかどうか軽くチェックした。
 
 自らの神託能力でなんと"異形の化け物"を作りだしたのだ。

「よし、動くな……。では、これが最期ですッ!」

 


 そのころ、イリスは家々の屋根の上を移動しながら、斬り込む機会をうかがっていた。
 パプォリオに自分の居場所を気づかれてはいけない。

 遠距離からでは好き勝手に攻撃される。
 なんとかして接近し刃を突き立てなくてはと、陰に身を隠した刹那、雷のような轟音が迸る。

 なにごとかとそっと顔を出し見てみると、そこには信じられないものが飛来していた。

 ――――龍だ。

 だが、なにかがおかしい。
 ところどころツギハギだらけで、どこか動きもぎこちない。
 なにより、あれは生き物の肉ではない、"木材"だ。

 龍と言っても、全長はそれほど大きくない。
 なにより1番おかしいのは頭だ。
 あれはどう見ても馬の首だと思った瞬間、脳内で本能が警鐘をあげる。

「あぁまずい……ッ!」

 すべてを理解した。
 見つからぬようにと動こうとした矢先、馬とイリスの目が合う。

「ふふふ、見つけましたよ」

 馬の目を介して、イリスを捕捉。
 パプォリオは、不気味な笑みを浮かべながら、残骸の龍を操作する。

 あの気持ちの悪い浮遊物体が、蜷局(とぐろ)を巻きながら、高速でイリスに迫ってきた。

 突如として、イリスの白い肌が泡立つ。
 見るからにグロテスクな造形に、相手の神経を疑った。
 
(趣味悪すぎでしょあれ。アタシ以上じゃん)

 瞳を閉じ、軽く溜息をひとつ。
 ゆっくりと瞼を開いた先に宿すのは、苦戦中の女剣士のそれではなく、血に飢えた狼が如き殺意。 

 右足を前に出し、中腰の片手下段。
 アレクサンド新陰流における『姫橘(ひめたちばな)』の構えである。

「さぁ、アタシはここよ? 馬の首と残骸ごときに、龍の気概が一片でもあるのなら、かまわずこの喉を噛みちぎってみな!」

 自然とにやける口元に、つい刀を握る手に力が入った。
 木の砕ける音と肉の捩れる音が混ざった雄たけびを上げながら、残骸の龍はそんなイリスに襲い掛かる。

 それを、ギリギリまで引き付けてから躱した。

 高速で通り抜けていく残骸の龍は、歯をガチガチと鳴らし木片や馬の臓物を周囲にぶち撒けながら、またイリスに向かってくる。

 それを幾度となく繰り返した。
 お互い1歩も譲らぬ攻防が、いつしか人々の目を引き始める。
 
「近くで見ると気持ち悪いけど、……所詮は"お人形"ね」

 残骸の龍もとい、お人形の放つ一撃。
 その長い胴を振り回し、鞭のように鋭い打撃。

 イリスはバンブーダンスでもするかのように、両膝を屈曲させながら独楽のように高速回転をしつつ、片手による斬撃を幾重にも浴びせた。

 精密な動きはできないようで、勢いのまま胴はバラバラになる。

 思わずパプォリオはゾッとする。
 彼女の中に巣食う怪物に、思わず背筋が凍った。
 
(……悪魔めッ!!)
 
 しかしなす術などなく、イリスはすかさず動いて、馬の頭蓋をカチ割りナカの物を噴出させる。

 姫橘の構えからの飛び上り、そして豪快なまでの刀捌き。
 極東の島国に伝わる『天狗飛斬(てんぐとびぎり)の術』である。

「……くッ、やられたか……」

 こうなったら、とパプォリオは自らも屋上へと舞い上がる。
 屋根の上に立つや、イリスを遠目に見据えた。

 そしてそれを、ようやく見つけたといわんばかりにほくそ笑みながら、イリスはパプォリオに歩み寄る。
 その間、おおよそ5m。

「……もう終わりかしら? 呆気ないものね」

「ふふふ、それはどうでしょう?」

 パプォリオは不敵に笑んで見せる。
 先ほど以上に冷静な様子だ。
 そして、イリスもまた笑みを崩さない。
 両者の睨み合いが続く。

「ここまで、私の攻撃をいなし続けるとは……いやあっぱれですよ。はっきり言って私の想像以上だ」

「そ、じゃあそれが遺言ってことでいいわね? 焦らされるのはもううんざりよ」

 切っ先を向け、ゆっくりと歩み寄ろうとした矢先。
 パプォリオは、なにかを思い出したように掌を叩く。

「あ~そうだ。君に言っておかなければならないことがあったんだ」

「……」

「ふふふ、そう睨むものではありませんよ。……先の戦闘では見事でした。私の"荷馬車シリーズ"をよくぞここまで滅茶苦茶にしてくれた」

 イリスは怪訝な表情でパプォリオを見始める。
 この男がなにをいいたいのか要領を得ない。

 だがこれこそパプォリオの狙いだった。
 今まさに流れはこちらに来ている、と。

「あとは……君が私を殺すだけだが……、あまり焦らぬように。 焦るとろくなことがない。……例えば、『足を踏み外して頭から地上へ落下してしまう』なぁんてことが起きかねませんからね」

 その言葉を聞いた瞬間、イリスの瞳が収縮し、見開いたまま身体を制止させた。
 
(この男……まさかッ)

 下手には動けない。
 もしも奴が言った通りに神託が発動しているのなら、例えどれだけ気を付けていても、"必ず"屋上から落下して落ちる。

 それがどんな状況でもだ。
 もしかしたら、こうして動かないだけでも危ないかもしれない。

 考えれば考えるほどに疑心暗鬼の深みに嵌ってしまいそうだ。

「おいおい、どうしました? ほら、私は腹をくくりましたよ。さっさと殺しに来なさいな」

(コイツめ、ぬけぬけとッ!)

 悪態をつきそうになると同時にイリスは猛省した。
 なにも荷馬車をぶつけたりするだけがパプォリオの神託ではない。

 あらゆる状況・条件を(・・・・・・・・・)死の運命として(・・・・・・・)操ることが出来る(・・・・・・・・)のがこの神託の特徴だ。
 一応デメリットや縛りなどはあるのだろうが、攻撃に回られたらとにかく厄介極まりない。

「もしかして、私が君を屋上から落とすつもりで神託を発動させたと思っているのでは? ……さぁてどっちでしょうねぇ? そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」

「……やってくれるわね、パプォリオ・ルネッサンス」

 一時は優勢を確信したイリスであったがここでまたひっくり返された。
 落ち着きと冷静さを取り戻したパプォリオは、またもや自信あり気な笑みを浮かべる。

「ひょっとしたら、私は本当になにもしてないかもしれないよぉ? 本当に君に殺されるつもりで、ここへ立ったのかもしれない。あるいは、君を殺すために神託を発動させたのかもしれない。さぁ、どっちかなぁ? 決断は早くしてもらえると嬉しいんですがなぁ?」

 勝ち誇った顔をするパプォリオ。
 イリスの首筋に嫌な汗が流れた。
 だが、イリスは"あること"に気づく。

(……試してみる価値は、ありそうね)

 イリスは見出した。
 この男を殺すための、勝利への一手を。