俺とミハイルは仲良く、一ツ橋高校へと向かった。
校舎の入口にはいつも通り、環境型セクハラ痴女教師の宗像先生が立っていた。
腕を組んでガハガハと下品な笑い声が遠くからも聞こえてくるほどだ。
「おはよう! 新宮に古賀!」
えー本日の宗像ファッションチェックと参りましょう。
今日はかなり攻めてますねぇ。
下着のような肌の露出が目立つキャミソール。しかもスケスケのレース。
そして、ヒップにピッチリと食い込む超ミニ丈のショートパンツ。
ひどい立ちんぼガールですね。
あ、もうガールて表現がしんどいお年の方でした。
条例違反しているので、さっさと懲戒免職してください、学園長。
「おはようございます……」
俺はめんどくせって感じて挨拶を返す。
「あ、宗像センセ! おはよーございます!」
ミハイルは律儀にもしっかりと元気な声で挨拶。
こんな痴女教師に真面目にしなくてもよかろうもん。
「おう、古賀は元気だな。新宮は気合が入ってないな。よしケツを叩いてやろう!」
この教師は何かと俺のケツを叩きたがるな。
セクハラで訴えよう。
「いや、いいですから。そう言うの」
キッパリと断る。
セクハラはしっかり拒絶するのが一番効果的な対処法である。
「連れないなやつだな……というか、新宮と古賀はいつも一緒だな、仲良いな」
顎に手をやって、俺とミハイルを交互に眺める。
俺は脳裏にアンナが浮かんで、どこか居心地が悪かった。
ふとミハイルの方を見ると、顔を真っ赤にさせていた。
「ダ、ダチだからっすよ!」
「ほう、そんなもんか? ま、仲良き級友ができることは先生としても嬉しいゾ!」
なにを思ったのか、笑顔で俺とミハイルの頭をぐしゃぐしゃ撫でまわす。
これもセクハラとカウントしてもよろしいでしょうか?
「先生、ガキ扱いやめてください」
「センセ、ちょ、ちょっと……」
「お前らは今期入学生の中で一番気にかけている子たちだからなぁ。中退とか絶対許さないゾ!」
笑っているけど、謎の圧力を感じる。
つまり卒業するまで、宗像先生からは逃げられないってことだよな。
「じゃ、元気にいってみよう!」
そう言うと、俺とミハイルの尻を思いっきりブッ叩く。
「いって!」
「キャッ!」
ミハイルくん、たまにアンナちゃんが出てきてない?
俺とミハイルは叩かれた尻を摩りつつ、下駄箱に向かった。
上靴に履き替えて、階段を上る。
教室へ入ろうとした時だった。
ミハイルが俺に声をかける。
「タクト、ちょっと先に入ってて」
顔を赤らめてモジモジしている。
「ん? どうした? 忘れもんか?」
「いや、ちょっとトイレに……」
あ、ガチのモジモジだったのね。
「わかった、行って来いよ。俺は教室で待っているから」
「うん☆ 待っててね☆」
ミハイルは嬉しそうに小走りで廊下の奥へと去っていった。
ちょいちょい、ミハイルとアンナの境界線が曖昧になっていくと感じるのは俺だけだろうか。
教室に入った瞬間、俺の目に映ったのは衝撃の光景だった。
クラスの女子全員が薄いBL同人誌(18禁)を教科書のように机の上で広げていたからだ。
みんな真剣な顔で食い入るように眺めている。
これは間違いない。
変態JK、北神 ほのかの影響だろう。
前回の布教でここまでクラスの女子を腐らせるとは……。
「おはよう! 琢人くん!」
笑顔が眩しい。
だが、どうしても目が手元に行く。
机の上にはBL同人誌が大量に置かれていたからだ。
「ああ、おはよう。ほのか」
今日も相変わらず、中退した高校の制服で通学している。
「あ、この前の私のマンガどうだった? 抜けた?」
なんで俺がBLで抜くんだよ?
「朝から頭が痛くなるからやめてくれよ……」
家でも散々な思いをさせられていたるのに、学校でもBLかよ。
どうか俺を休ませてください。
ほのかはそんな俺の苦労を知ってか知らずか、同人誌を恥じることもせずに「これなんかどう?」と開いて見せつけてくる。
俺がため息をついたその時だった。
「新宮はいるか!」
全日制コースの制服を着たがたいの良い男子学生が教室に現れた。
一ツ橋高校に三ツ橋の生徒が現れるのは珍しい。
「俺のことか?」
「ちょっと面貸せ!」
ずかずかと教室に入り、俺の胸ぐらを掴むと無理やり立たせた。
かなり興奮した様子に見える。
どこかで見た顔だな。
えっと、確か……。
「お前、福間か?」
そうそう、俺この前こいつに赤坂 ひなたを助けるために殴られたんだったよな。
連日ラブホテルのことばっかで忘れてたわ。
「てめぇ、また俺のことを忘れてたのかよ!」
「いや、なんかすまんな……」
覚えはいい方なんだけど、野郎のことは基本どうでもいいかな。
「た、琢人くん! 大丈夫なの?」
心配そうにこちらを見つめるほのか。
「大事ない、福間とは知らない仲じゃないんだよ」
一応、ほのかも女子なので安心させておく。
「いいからついてこい!」
「お、おいおい……」
俺は福間に力づくで教室から連れていかれた。
「こっちだ」
かなり怒っているようだったので、俺は素直に従う。
また殴られるのは勘弁だしな。
普段は行かない3階へと向かう。
一ツ橋高校は元々生徒が少ないし、2階の教室だけで事足りるのだ。
3階の教室は日曜日なので滅多に人がいない。
全日制コースの連中も基本は部活棟にたむろしているし。
3階に入ってすぐの教室に入る。
すると以前見たことがある男子生徒が二人、待ち構えていた。
「こいつかよ、相馬くん!」
「オイラの姫たちを奪ったてのはおめーだべか!?」
誰だよ。
「ああ、そうだ。こいつが女ったらしの新宮だよ!」
ビシッと俺の顔面めがけて指を指す。
なにこれ、俺ってなんか犯罪でも犯したのかな?
「どういうことだ? 福間」
「とぼけるんじゃねぇ! 人の女に手を出しといて!」
え? もしかして、赤坂 ひなたのことを言ってんのかな?
あれは福間くんの勝手な思い込みで「付き合ってない」って言われてたじゃん。
まだ勘違いしてんの。残念なDKくんだ。
「あのな、俺はひなたとは恋愛関係に至ってないぞ?」
「ひなただ? てめぇ、もう下の名前で呼びやがって! あのあと、何発ヤリやがった!?」
「へ?」
「俺はあの後見てたんだよ! 赤坂をラブホに連れ込むお前をな!」
ちょっと待って。あれ、俺気絶してたんだよ?
俺が赤坂にラブホへ連れ込まれたのが正解だぜ。
というかずっと見てたの?
「それは誤解だ、福間」
「じゃあなんでラブホになんか連れていったんだよ!」
鼻息荒く俺に詰め寄る。
福間に便乗するようにモブDKも加わる。
「そうだそうだ! 答えろよ、一ツ橋のクズが!」
「赤坂ちゃんは水泳部の姫だべよ! 王子様の福間くんのもんだべ!」
オタサーの姫の間違いじゃない?
「お前らな……俺は福間がひなたを無理やりラブホに連れ込むところを助けたんだぞ? それに福間が俺を殴りやがったから、気を失った俺をひなたが担いで、ラブホで介抱してくれてに過ぎない」
「あれは合意のもとだろうが! 新宮が邪魔しなければ、俺は今頃……童貞を」
犯罪だよ、チェリーボーイ。
「安心しろ、福間。俺も列記とした童貞の一人だ」
胸を張って告白することでもないのだけど。
「じゃあ、何もしてないっていうのかよ!」
それでも疑いが晴れることはないようだ。
まあ理由が正当であれ、ラブホに入った事実は変わりないからな。
「そればっかりは信じてくれ。なんならひなた本人に確認しろよ」
「なんだと!? じゃ、じゃあ、次の日のカワイイ子はなんなんだよ!?」
「え……」
俺は脳内が完全に静止してしまった。
「次の日? な、なんのことだっけ?」
わき汗が吹き出る。
「おかしいと思ったからあの日からお前を見張ってたんだ!」
はぁ……ここにもストーカーが。
「見てたんだよ! 次の日、めちゃんこ可愛いハーフの女の子とラブホに入ったろうが! 赤坂と入ったくせに!」
それアンナじゃん。男だよ。
性別、間違ってるぜ。
なんか恥ずかしくなってきた。
「答えろ! あの可愛いハーフ美人は誰なんだ!? 付き合っているのかよ!」
福間 相馬は鬼の形相で俺に迫る。
なんだ、こいつ。
女装したミハイルに恋でもしたか?
「付き合ってはいないよ……彼女は俺のビジネスパートナーだ」
俺がそう答えると福間は更に激昂した。
「んだと!? セフレってことかよ!」
いやそういうお仕事じゃないよ。
「あのな……彼女はちょっと特別なんだ」
「特別ってことは赤坂は遊びってことかよ!」
うーん、なんか言い訳する度に話がこんがらがってくるな。
「そういうことじゃない、ひなたとも別にラブホテルで何かをしたわけじゃない。アンナも同様だ」
「アンナちゃんていうのかよ!」
いや、お前にちゃん付けされるのはちとムカつく。
「とにかく、ラブホテルに入ったのは事実だが、赤坂は事故で、アンナは仕事の……ことかな?」
自分で言っておいて、なぜか疑問形。
「はぁ? 仕事でラブホとかアンナちゃんはそう言う店の子かよ?」
おい、アンナに謝れよ。
福間は俺の答えに納得することはせず、一向に怒りが治まる気配がない。
互いに睨みあって、奥歯に力を入れる。
その時だった。
「ここにいたのか、タクト!」
ヤベッ、当のご本人登場しちゃった。
「ミハイル……」
「教室で待っているって言ったんじゃんか! ずっと待ってたのに!」
めっさ怒ってはる。
寂しがり屋なんだな。
ずかずかと教室に入ると俺の手を掴む。
それを見た福間が止めに入る。
「おい、なんだお前! 俺は今、新宮に話があるんだ!」
言われて、ミハイルは福間を鋭い眼光で睨みつける。
俺に見せたこともないような顔つきだ。
「あぁ? 誰だよ、お前」
ミハイルくん、それ一番いっちゃダメなヤツだよ。
「俺は三ツ橋高校の福間だ!」
「だから?」
冷めきった声で凄む。
その間、俺の手を握り締めたままだが。
「あのな、こいつは俺の彼女に手を出したんだよ!」
ちょっと待って語弊が生まれます。
「ええ!? お前のカノジョにタクトが手を出したって!?」
口を大きく開けて、信じられないと言った顔で俺を見る。
酷くない?
「どういうことだよ! タクト、お前にはアンナがいるだろ!」
はぁ……もっとめんどくさい事になったよ。
ミハイルの怒りがこっちに向いちゃった。
「だろ? こいつはアンナちゃんがいるのに、俺の彼女、赤坂に手を出したんだよ!」
便乗する福間。
流れが変わってしまったよ。
「いや、ちょっと待ってよ、お前ら……」
ミハイルは握っていた俺の手をバシッと叩くように手を離す。
「説明しろ、タクト!」
「あのな、俺は福間が強引にひなたをラブホテルに連れ込もうとしたのを阻止したに過ぎない」
この説明、何回するの?
「違う! 合意のもとだろ!」
お前はまだ犯罪を犯したいのか。
「ん? ひなたをタクトが助けた……?」
首をかしげるミハイル。
「そうだ、その時に福間が……」
言いかけて、ミハイルの顔色が曇り出す。
「殴った」
俺の代わりに答える。
時すでに遅し、彼の拳はグッと力強く握られ、俺に背を向ける。
ミハイルの背中からは見えないはずの地獄のような赤く燃え上がった炎が見える。
気のせいか、金色の髪がざわざわと揺れ動く。
「お前か! タクトを殴ったヤツはぁ!」
ギロッと睨みつける。
その姿は俺がミハイルと初めて出会った入学式の時のような剣幕。
彼本来の姿、ヤンキーそのものだ。
ケンカを売っている。
「ああ!? あれは新宮が悪いんだ! 俺の邪魔したから……」
「うるせー! オレのタクトに手を出しといて、タダで帰すかよ、ボコボコにしてやる!」
退学するぞ、ミハイル。
止めた方がよさそうだな。
「はん、お前みたいな中性的なヤツがこの水泳部エースの俺にケンカ売るのかよ?」
福間は指をポキポキと鳴らし、どこからでもかかっこていと言わんばかりに挑発する。
確かに福間の方がミハイルより身長や体型は遥かに超える。
だが、ミハイルも見た目にそぐわずかなりの怪力だ。
「お前みたいなもやし野郎、ワンパンだ!」
久しぶりに聞いたな、ミハイルのおすすめのメニュー。
キムチの素で作るもやしだろ?
「誰がもやしだ! だいたい、ミハイルだっけか? お前になんで関係あるんだよ?」
まあ正論だよな。
「は? オレはタクトの唯一のダチだから……」
唯一とか言うな。ぼっちが目立つだろ。
「ダチってこんなヤリ●ンがか? ミハイルも友達を選べよ」
「お前にタクトのなにがわかる!?」
あれ、ケンカするんじゃなかったの……。
なんか話が俺のことだけになっているよ?
ひなたがかわいそう。
そこへモブDK達もヤジを飛ばす。
「そうだぜ? 新宮は福間くんの女に手を出しといて、ハーフ美人が本命らしいし」
「だべよ、水泳部の姫をホテルに連れ込んで、次の日にはめちゃんこ可愛い子としっぽりだべ」
おいおい、お前らもアンナを褒めてない?
水泳部の姫が置き去りじゃん。
「え……美人? 可愛い?」
ミハイルはカチンコチンに固まってしまった。
「そうさ、あいつらの言う通り、新宮は赤坂とラブホテルに行ったくせに翌日にはハーフで美人で可愛くて、妖精みたいな女の子と仲良くしてたんだ!」
力強い口調でミハイルに抗議しているようだが、実質は彼自身を褒めまくっている。
「よ、妖精……」
あらあら、耐性が少ないせいか、顔を真っ赤にして床ちゃんがお友達になっちゃったよ。
「妖精なんてもんじゃない! 天使だよ! 芸能人なんて目じゃないぐらい可愛かった!」
その言葉さ、ひなたに使ってやれよ。
「そ、そんなこと……ないだろ?」
ブツブツと小さく床ちゃんとお話中。
「いや、あるね! 俺はずっと福岡に住んでるけど、あんな美人みたことない!」
ねぇ、ひなたとアンナ、どっちが好きなの?
「……」
黙り込んで顔を真っ赤にさせるミハイル。
恥ずかしいったら、ありゃしないよな。
女装しといて、現役DKにここまで褒められるなんて。
目の前に本人がいるのに、気がついてないってのも奇跡と言うべきか、ただのバカと言うべきか。
「俺がもし赤坂を好きになる前にアンナちゃんと出会ってたら、恋してたかもしらんぜ……」
拳を作ってどこか悔し気に語る福間。
現役JKが女装男子に負けちゃったよ。
「お、お前ら……」
ミハイルは身体をガタガタと震わせている。
「言わせておけば」
ん? キレるんかな?
暴力する前に俺が止めに入るか。
はーめんどくさ。
「あの、ミハイル。もうやめてやったら……」
俺がそう言った時だった。
「お前ら、すっごくいいヤツらだな☆」
満面の笑顔で福間の手を両手で握るミハイルさん。
「え……」
絶句する福間。
「アンナのことを褒めてくれてありがとな☆ あいつ、俺のいとこなんだよ☆」
照れ笑いして、頬をかく。
「お前のいとこだったのか」
納得したらダメだよ、福間くん。
「そうなんだ! だからこれからもタクトとアンナのことを見守ってくれよ☆」
ちょっとなに勝手に話を盛り上げてんの?
「ああ、赤坂に手を出さないってんなら、別に構わんけど……」
おいおい、さっきまでの怒りはどこへ消えたんだ。
「大丈夫! 福間、タクトはアンナにぞっこんだから、ひなたに手は出さないよ、絶対に!」
俺の意思ってどこに行ったんだろう。
「そっか……じゃあ、ひなたはラブホテルで何もされてないのかな?」
いや、恋愛相談始まっちゃったよ。
「ないない! タクトに限ってそんな度胸ないよ☆」
酷いな、俺も男なんだけど。
「だよな……俺にワンパンで倒れるクソ弱い男だし」
「そうそう! オレがいないとタクトは生きていけないし」
お前らなに結託してんだよ。
「オレ、福間とひなたの恋愛をめっちゃ応援するよ! なにかあったら手伝うぜ☆」
ニカッと白い歯を見せて、親指を立てる。
「ミハイル、いいやつだな、お前。一ツ橋を差別していた自分が恥ずかしいよ」
気がつけば、モブDK二人も涙ながらに頷いていた。
ああ、優しい世界だ。
俺だけのぞいて。
ミハイルのお節介が上手くいったのか、俺は福間から解放された。
最後なんか、あいつら手まで振ってバイバイしたよ。
なんか知らんが、俺とアンナのことを応援することで利害が一致したらしい。
教室に戻ると、何やら騒がしい。
一人の生徒に円をなして取り囲む。
「なんの騒ぎだ?」
「さあ?」
俺とミハイルがポカーンとその景色を眺めていると、ほのかが声をかける。
「ねえねえ、知ってた?」
知らんがな。
「なんのことだ?」
するとほのかは人だかりを指差して、興奮する。
「芸能人だよ! 一ツ橋高校に入学してたらしいよ!」
「は、なんで芸能人がうちの高校にいるんだよ?」
「だって、通信制じゃない? だからでしょ」
「なるほどな、芸能活動をする際で全日制コースでは支障をきたすというわけか」
納得、というかそんな有名人が福岡にいたっけ?
「で、誰なんだよ?」
「アイドルの‟もつ鍋水炊きガールズ”のあすかちゃんだよ!」
なにその胃もたれしそうなグループ。
「誰だよ。ミハイル、知ってるか?」
「ううん、オレはアイドルとか知らないもん」
素晴らしい回答だ。
俺もアイドルは好きなほうだけど、そんなローカルアイドルは興味ない。
というか、存在を知らないんだからどうしようもない。
俺とミハイルの反応に不満そうなほのか。
「ええ、博多じゃ有名だよ?」
「博多だけだろ? 地元民の俺とミハイルが知らないってことは極々、狭い中で活動してんじゃないのか」
「琢人くんとミハイルくんが疎いだけだよ」
まあ俺ら歪な関係だし、変わっていることは認めるけど。
知らんもんは知らん。
「あ、ほのか! 今、タクトのこと、名前で呼んだろ!」
なんか今日は感情的ですね、ミハイルさん。
「うん、この前、琢人くんと天神の‟オタだらけ”で一緒に買い物してから仲良くなったんだよね」
いや絶対に仲良くなってない。
一方的に凌辱マンガを送られただけです。
「はあ!? 聞いてないぞ、タクト!」
怒りの矛先が俺に向けられる。
「ん? なんで俺がミハイルにいちいち報告しないといけないんだ?」
「そ、それは……オレだって天神に行ったことないのに、ほのかと遊んだからだよ!」
涙目でブチギレる。
ガキかよ。
そう言えば、今度のアンナとのデートは天神だったよな。
嫉妬ですか、みっともない。
「ほのかと出会ったのは偶然だよ」
「あっ! タクトもほのかのこと下の名前で呼んでる!」
いちいち、リアクションが忙しいな、こいつ。
「まあまあ、私と琢人くんとはただのホモダチだからね」
なにを言ってんだこのバカJK。
「ホモダチ?」
興味を持ったらいかんよ、ミハイル。
「そうそう、BL、百合、エロゲーを差別なく世界に布教するための同志ってことだよ。琢人くんの小説に必要なことなんだって」
勝手に話をまとめんなよ。
全然、俺の小説には必要ないジャンルだよ、バカヤロー!
「そっか……タクトの小説に必要なことなんだ」
納得しないで、ミハイルくん。
「うん、だから琢人くんとはただのホモダチ」
「ならいいぜ☆ ダチなんだろ? ホモダチってのがわかんないけど」
はぁ、ミハイルはどうしてこんなにも無知なんだろうか。
3人で話が盛り上がっていると、そこへ一人の少女が割り込む。
「あなたたち! アタシを差し置いてなにを盛り上がってんのよ!」
そこにはゴスロリファッションの痛々しい女の子が立っていた。
艶がかった黒い髪で肩まで流すように下ろしている。
前髪はちょうど眉毛の上で奇麗に揃えられている。
顔立ちはいい方だが、それよりも表情がきつい。
美人の部類なのだろうが、我の強い人間だということが一瞬にしてわかる。
「誰だおまえ?」
「はぁ!? アタシを知らないの?」
「知らん」
「オレも初めてみた」
ポカーンとゴスロリガールを眺める底辺作家とヤンキー。
超興味ない。
「琢人くん、ミハイルくん……それは酷いよ」
フォローに入るほのか。
だが、俺は曲がったことが大嫌いだ。
知らんやつは知らんと言ってあげたほうがいいだろう。
「アタシは……」
俯いて肩を震わせる。
どうやら癪に触れてしまったようだ。
「アタシは芸能人の長浜 あすかよ!」
「「……」」
俺とミハイルは互いに顔を見つめあい「ねぇ、知ってる?」と問う。
「なによ、その反応!」
「すまんが、知らんな」
「オレも」
俺たちの一言が彼女の逆鱗に触れてしまったようだ。
「なんですって!?」
顔を真っ赤にして睨みつける。
そこへ宗像先生が教室に入ってくる。
「おーい、楽しい楽しいホームルームやるぞ~」
相変わらず、無駄にデカい乳をブルンブルンと揺らせながら入ってくる。
「ん? 久しぶりだな、長浜」
どうやら宗像先生は彼女のことを知っているらしい。
ま、生徒だから当然だよな。
「あ、先生……」
バツが悪そうに視線を落とす長浜。
「芸能活動も大変だろうが、ちゃんとスクーリングには来いよな」
ニカッと笑って長浜の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。
「は、はい……」
さっきまでの勢いはどうしたもんか、大人しくなる芸能人。
「さ、席につけ~」
俺たちは宗像先生に言われて黙って各々の席に散らばる。
長浜とすれ違いざまに、俺にだけ聞こえるような小さな声で呟いた。
「覚えておきなさいよ…」
「え?」
俺が振り返ると、長浜は足早に去っていった。
一ツ橋って本当に変な高校だよな。
席に着くと宗像先生が何やら嬉しそうに話を始める。
「ところで今週からゴールデンウイークだよな!」
クラスの生徒たちはどこか冷めた様子で聞く。
きっとアラサー女子の寂しい生活でも想像したんだろ。
「だからしてだな、ゴホン!」
わざとらしい咳払い。
「今日は放課後、みんなでパーティをするぞ!」
唐突だし、なにを言いだすんだ?
そんなもん予定に入ってないだろ。
「全員参加だ! 逃げたやつは今日のスクーリングの出席を欠席扱いとする!」
なんて酷いブラック校則だ。
じゃあこのまま帰ろうかな。
「以上、朝のホームルーム終了だ!」
ホームルームって必要?
この人の愚痴とかわがままに生徒が振り回されているだけじゃん。
宗像先生が教室から去っていくと俺は授業が始まる前に、トイレに向かおうと思った。
席を立つ際、先ほどのように長浜にたくさんの生徒が群がっていた。
「ねぇねぇ、あすかちゃん、この前のテレビ観たよ」
「長浜さんって本当にキレイだよね、モデルもやってるし」
「はぁはぁ、あすかちゃん、カワイイよ、カワイイよ……」
あれ、ガチオタがいるな。
遠目から見ても確かに美人だが、俺からしたら「あいつが芸能人?」ってレベルに感じる。
そんな思いで長浜を見つめていたせいか、彼女は俺に感づいてギロッと睨みをきかせる。
変わったやつだ。
俺は鼻で笑って、教室を出た。
トイレに入り、小便器の前に立ってチャックを下ろすと長いため息が出る。
事に移すと朝からトラブル続きでもう既にクタクタだ。
「朝から元気なやつばかりだ」
珍しく独り言も出る。
「元気で悪かったわね!」
空耳かな? なんか女の声が聞こえるんだけど。
ここって女子トイレじゃないよね?
左に目を向けると間違いなく女子生徒が仁王立ちしていた。
その際も俺はまだ放尿中だ。
やけに今日は水量が多い。
コーヒー飲み過ぎたかな?
「お、おい……ここは男子トイレだぞ?」
「だからなによ!? あなた、さっきアタシのことを見下してたでしょ!」
正解だ、だって自称芸能人の長浜さんじゃないですか。
「長浜、とりあえずここから出てっくれよ。お前が今やっていること犯罪に近いぞ」
だってずっと人が小便しているのに話を続けるんだもん。
「関係ないわ! アタシは‟もつ鍋水炊きガールズ”のセンターで芸能人の長浜 あすかなんだから!」
なにその傲慢な理由。
「認めなさい! アタシがトップアイドルだってことを!」
「なあ、話の最中で悪いんだけど、あとにしてくんない?」
俺の小便は延々終わることがなく、女子生徒に局部を見られるという羞恥プレイを強要された。
もうお嫁にいけない……。
俺の小便は止まることなく、トップアイドルの長浜 あすかちゃんに放尿行為を見つめ続けられるという羞恥プレイは続行中だ。
「アタシは福岡でも……いや九州で一番有名なアイドルなのよ!」
まだ言うか、知らんのだから仕方ないだろう。
トップアイドルなのに九州限定なんすね。
観光客の方にお土産としていいんじゃないですか?
「あのな、長浜だったか? 俺はお前をテレビやネットで見たことなもない、芸能人と言えばタケちゃんぐらいのビッグネームを出されないとピンと来ないな」
そう言うと、長浜は更にブチギレる。
「はぁ? タケちゃんとかBIG3じゃん!」
うむ、いい子だ。
「お前が福岡を歩くとして何人が芸能人として把握できる? 身内である一ツ橋や近所のおばさんぐらいじゃないか?」
「言わせておけば……じゃあ一回芸能人やってみなさいよ!」
なんでそうなる?
俺はただの作家だよ。
というか、小便止まらないな。
その時だった。
「なにしてんだよ! お前!」
男子トイレに入ってきたもう一人の女子……じゃなかったミハイルさん。
顔を真っ赤にして激おこぷんぷん丸じゃん。
「アタシ? アタシはトップアイドルの長浜 あすかよ!」
こいつ、いちいち自己紹介したがるよな。
よっぽど売れたいんだろう。
「そんなこと聞いてないだろ! ここは男子トイレだぞ!」
ミハイルにしては実に正論だ。
「関係ないわよ、芸能人はどこにいようと芸能人でいられるんだから」
なんか芸能人がみんなブラックな人に見えてくる発言だ。
「オレが言いたいのは、その……タクトの…お、おしっこ中になにしてんだって言いたいんだよ!」
叫びながら照れてやんの。
そう言えば、こいつとは風呂まで入った仲だが、局部を見られたのは初めてだった。
いやん。
「フン、アタシは悪くないわよ! この男が勝手におしっこしているんじゃない」
酷い言い様だ。俺の人権はどこにいったんだ。
ミハイルが長浜とケンカしてくれている間、おかげさまで小便がやっと終わり、チャックを閉める。
「なあお前ら、トイレに用がないなら出てけよ」
すると二人は息ぴったりで答えた。
「「あるよ!」」
じゃあ用をたせよ!
「だいたい、この女、変態じゃん! タクトの……その……お、おち、おちん……」
最後までは言えずにトイレの床ちゃんとにらめっこしてるよ、可愛いヤツだ。
「アタシはアイドルでもあって女優もやってんのよ! そんじょそこらの男の裸を見てもなんとも思わないわ!」
芸能人ならのぞきしてもいいってことですか。やっぱ変態じゃん。
俺は呆れてハンカチを咥えながら手を洗う。
その間も、後ろで二人のバトルは続く。
「タクトはオレのダチなんだ! お前なんかアイドルのくせに女らしくないし、全然可愛くないぞ!」
「言ったわね、アタシはこの前『福岡JKコンテスト』でも優勝したこともあるのよ! つまり全福岡民が認めた可愛さよ!」
今知ったよ、そんな犯罪めいたコンテスト。
というか、福岡にこだわるやつだ。郷土愛があるんだな。
「なんだそれ?」
ああ、ミハイルくん。その言葉が一番ダメージデカいと思うな。
「知らないの!? なんであの男もあなたもアタシのことを知らないのよ! こんなに可愛いのに!」
自己主張が激しいな。もうお腹いっぱい。
俺は手を拭きながら、あほらしいと思いながら彼女と彼の口論を見守っていた。
「じゃあタクト本人に聞けよ! お前が可愛いかを!」
ちょ、なにこっちに話を振ってんだよ。
「それはいい考えね」
便乗すんな。
「タクト、こいつ可愛いか?」
新鮮な質問ですね。
だが、そう言われても困る。
正直美人な部類なのだろうが、それよりも気の強さが先んじていて、見ていてうんざりする。
「それは見た目だけで決めればいいのか?」
「何を言ってんのよ、全部よ! ルックスも内面も!」
ねぇ、会ったのついさっきだよ。
そんな一時間も会話したことないのに、内面も見えるとかメンタリストじゃん。
「トータルでか? なら……フツー」
「……」
黙り込む長浜。
涙目で鼻をすすっている。
傷つけちゃったかな、てへぺろ。
「ほら見ろ、タクトは嘘をつけないヤツだからな」
なぜお前が自慢げに語る。
「ただ、顔は可愛いんじゃないのか? まあ黙ってればの話だがな」
一応フォローしておく。
まあお世辞は嫌いだが、ウソは言ってないので。
「可愛い……」
目を丸くして俺の方を見つめる長浜。
意外だったようだ。かなり驚いている。
「あくまで見た目だけだよ」
「そ、そう……」
珍しくしおらしくなっちゃって、顔を赤く染めて視線を落とす。
「タクト! お、お前、なに言ってんだよ!」
今度はミハイルがキレちゃった。
「なにが? ミハイルが言えっていったんだろ? 率直な感想を述べたにすぎん」
黙っていれば可愛いということは、人格を否定していることでもあるんすけどね。
「だからって女の子に可愛い……とか、告白じゃんか!」
「え?」
そうなの? 誰も好きとか言ってないじゃん。
「タクトにはアンナがいるだろ! アンナより……ひっぐ、可愛いのかよ!」
今度はあなたが泣き出すんですか?
この学校、情緒不安定な方が多いですね。
「はぁ……今はアンナは関係ないだろ」
「あるよ! タクトのアンナとあの女、どっちが可愛いんだよ!」
通訳すると「オレと長浜、どっちが可愛いか」ってことですよね。
こんなところでも俺は公開処刑にあうのか。
俺は呆れながらも答えてやった。
「それは俺の個人的な趣味でいいんだな?」
「う、うん……タクトの好みとかタイプとかってことだもんな」
言いながらどこか不安気なミハイル。
「ま、俺はアンナの方が可愛いな。見た目も天使だし、優しいし、遊んでいて楽しいし、料理も上手いし、なんだって俺好みの女の子だし」
「タクトぉ☆」
涙を流しながら両手を合わせて喜ぶ。
ってか、トイレの中でなにを言わすんだよ。
女の子の前で。
それを聞いていた長浜がすかさず、話に割り込む。
「なんですって!? 芸能人のアタシより可愛い子がいるの?」
めっちゃキレてる。
まあこんだけ芸能人にコンプレックスを抱いているのなら当然か。
「そうだ、タクトには可愛い彼女がいるんだぞ☆」
ない胸をはるな、女装男子めが。
「証拠を見せなさい! 写真とかないの?」
俺に詰め寄る長浜。
ちょっと近くね? 主張が激しい子だってのはわかってんだけど、至近距離で見つめられるとちょっと照れちゃう。
それからよく見ると長浜って胸がデカいんだな、キモッ。
「見せてやれよ、タクト」
なぜか完全勝利UCと化すミハイルくん。
「さあ早く見せなさい!」
なんで上から目線なんだよ、こいつの年っていくつだ?
「わかったよ」
俺はジーンズのポケットからスマホを取り出して、以前アンナとプリクラで撮った画像を長浜に見せてやった。
すると長浜は肩を震わせて、顔を真っ赤にしていた。
「なによこれ……ハーフとかチート級に可愛いじゃない!」
あれ、なにこのデジャブ。
いつだったか、どこかのボーイッシュJKがアンナを見た時に反応したコメントに似ているような。
ああ、赤坂 ひなたちゃんか。
「ふ、ふふ……ど、どうだ!? 可愛いだろ?」
言いながらめっちゃ嬉しそうじゃん、ミハイルさん兼アンナちゃん。
これで満足ですか?
「ええ、芸能人レベルで可愛いわ……」
認めるんかい。
「で、でもハーフってことは言っちゃダメだぞ。その子はハーフで小さなころからその事で辛い思いしてたんだからな」
急に辛い過去を暴露するハーフさん。
だから以前、北神 ほのかにハーフであることにキレていたのか。
納得である。
「でも、ハーフってことは誇っていいんじゃないの?」
「ど、どうして?」
「人間誰だって、ハーフじゃない? 他人同士が結婚して子供を産めばハーフよ。今の時代、俗に言うハーフはルックスや身体能力、全てにおいて私たち日本人からしたらすごい人たちよ」
先生みたいに語ってて草。
道徳の授業かな。
「あなたは生んでくれたお母さんに感謝すべきよ」
「そ、そうだよな……」
激しいケンカしたと思ったら、急に友情が芽生えだしたよ。
忙しいやつらだ。
ミハイルと自称芸能人の長浜 あすかはケンカしたかと思えば、なぜか意気投合していた。
「このアンナって子紹介できないかしら?」
「え、どうして?」
嫌な予感。
「この子、本当に芸能人向きな顔だわ、アタシの『もつ鍋水炊きガールズ』に入れたいわね、ハーフ枠は今空席だもの」
そんな地下アイドルにアンナをくれてやるか。
「む、無理だよ。アンナは田舎の子で遠いし、内気な子だし……」
どこがだよ! ストーカー大好きでアグレッシブな子じゃないか。
「そうかしら? アタシにはけっこう芯の強い子に見えるわ」
当たってます。
「とにかく、アンナは芸能活動とか興味ねーから!」
顔を真っ赤にして恥ずかしがるミハイル。
ここは少し助け船を出しておくか。
「長浜、とりあえず、その辺にしておいてくれないか?」
「はぁ? なんであんたに名前で呼ばれないといけないのよ!」
てめぇが何回も自己紹介をするから嫌でも覚えただんだ、バカヤロー。
「じゃあアレか、名無しか? それともジェーン・ドゥと呼べばいいか?」
「それって死人の呼び方でしょう!」
察しがいいね。
「だいたいあなたたちの名前は? 聞いてないわよ!」
お前が自己主張が激しすぎるから人の話を聞かないんだろう。
「俺は新宮 琢人。んでこっちの金髪っ子が古賀 ミハイルだよ」
やる気ゼロで自己紹介。
「覚えておいてあげたわ!」
なんでこうも上から目線なんだよ。
そうこうしているうちに始業のチャイムが鳴る。
「お、一時間目が始まるぞ」
「あら、もうそんな時間? じゃあアタシは帰るわね」
ファッ!?
「お前、何しに来たんだよ! まだ授業受けてないだろが!」
「はぁ、バッカじゃない!」
ふてぶてしく肩まで下りた長い髪を手ではらう。
「言ったでしょ! アタシはトップアイドルの長浜 あすかよ! 今から仕事に決まってんじゃない。一般人のあんたたちとは住んでいる世界が違うのよ!」
「長浜、お前。そんなんでよく一ツ橋にいられるな、単位取れているか?」
「単位? そんなもん芸能活動に必要?」
質問を質問で返されたよ。
その通り、芸能活動には必要ない、けど学生としては必要じゃん。
「待て、お前。今いくつだ?」
「そんなこともしらないの! 長浜 あすかでググリなさいよ!」
クソが! めんどくせーなこいつ。
俺は言われた通り、スマホで検索する。
奇跡的にヒットした。
「あ、俺より一つ下か」
つまり17歳。
本来なら高校2年生の年齢だ。
「そうよ! まだピチピチのセブンティーンなんだからね!」
ググる必要あった?
「お前はいつから一ツ橋に入学している?」
「ググりなさいよ!」
そんな個人情報までネットに出てたら大問題だろ。
「仕方ないわね、2年前かしら? 芸能活動しながら高校生やれるって聞いて入ったのよ」
「なるほどな」
話を続けていると思いだしたかのように、腕時計を見て慌てだす長浜。
「もうやだ! あんたがバカだから説明してやってたらこんな時間! 今日は生中継が入ってんだから、アタシはもう行くわよ!」
「ああ、なんかすまんな」
俺は悪くない。
「じゃあお昼の12時ごろ、ネットでも見れるからこのトップアイドルのご尊顔を拝見しなさいよね!」
お前は何様だ!
「ま、見れたらな」
「はあ、急がし急がし」
とボヤきながら慌てて長浜は去っていった。
取り残されたミハイルに視線をやると、床とにらめっこしながら何やらブツブツと呟いている。
「どうした? もう授業始まってるからいこうぜ?」
するとミハイルは困った顔をして、俺にこう言った。
「芸能人ってラブコメの取材になるのかな? アンナに芸能人すすめたほうがいい?」
なに真に受けてんだよ、こいつ。
「やめとけ、アンナには向いてない。確かに長浜より可愛いことは認めるが、アンナは優しい子だからな。あれだけ自己主張の激しい人間じゃなきゃ務まらんよ」
「だ、だよな☆ アンナはタクトで忙しいし」
うん、俺も忙しいよ。
俺たちは急いで、教室へ戻った。
一時間目の授業は英語。
教壇には既に中年の女性教師が立っていた。
少し太っていて、眉毛がキリッとした表情から気の強さが現れていた。
「あなたたち! もうチャイムなってたでしょ!」
「すんません」
一応、頭を下げておく。
なるほど、他の教師と違い、けっこうまともな人だなと思えた。
一ツ橋高校は単位制なので、出席はカードで自分の名を書き、それを終業後に教師に渡すことでスクリーングとして成り立つ。
だが、実際は授業の途中からヤンキーとかが平気で入ってきても教師はほぼ必ずといって、苦笑いしては出席カードを手渡す。
それが例え授業が終わる5分前でもだ。
真面目にやっている俺たちからするとバカみたいに思えてくる。
「さ、席に座って」
「はい」
「ちっす」
俺とミハイルはピリッとした空気の中、気まずそうに自分の席に座る。
教室に座っていたヤンキーたちもどこかいつもと違う様子だ。
いつもならもっとだらしない格好で駄弁っていたり、平気でスマホを触ったり、授業を真面目にうける姿を見ないのに、皆が真面目に教科書を開いてノートまで出している。
それだけこの教師は厳しいということか?
「はい、では、エブリワン? ハワユー?」
なにそのへったくそな英語。
「「「アイムファイン!」」」
クラス全員で叫ぶ。
なんだろう、真面目に授業やっているんだけど、幼児向けの英会話教室レベルに感じる。
「イエス、イエース! では教科書を開いてください」
教師は嬉しそうに話す。
教科書を開くと俺は驚きで口が開いたまま、言葉を失う。
「今日はアッポーとアンットゥについて勉強しましょう」
小学生以下じゃねーか!
「「「はーい!」」」
そこは日本語かよ!
「では、ミスター古賀? 英語でリンゴは?」
バカにしてんのか?
ミハイルは少しうろたえながら席を立つ。
「ど、どうしよう、タクト」
かなり困っているミハイルくん(15歳)
「わかるだろ?」
俺はミハイルがそこまでバカだと信じたくない。
「ミスター古賀? ワカラナイデスカァ?」
なんでお前が外国人風な日本語してんの。
「えーと、アップルジュース?」
おしい!
信じた俺が浅はかでした。
さすがヴィッキーちゃんの弟。
「ノンノー! 正解はアッポーです」
「あ、そっか。アッポーだったのか……」
なんか違くね?
それからしばらく俺は低次元な英会話をただ黙って聞いていた。
ここは高校じゃなくて、幼稚園じゃないですかね?
チャイムが鳴ると、ミハイルは胸を撫でおろしていた。
「むずかしかったよ……タクト」
「そうか、大変だったな」
バカで。
左に座っていた北神 ほのかが俺に話しかける。
「ねぇ、あすかちゃんと話してたの?」
目をキラキラと輝かせるほのか。
「話してた……というかあいつが一方的に喋り倒した感じかな」
「すごいねぇ、芸能人が同じ高校にいるなんて!」
俺は今日初めて知ったよ、長浜 あすかって芸能人のことを。
ウィキペディアに登録されているぐらいのガチオタがいることも。
「そうか? あいつただのローカルタレントだろ?」
「けっこう有名だよ? あすかちゃんって」
少し不満げなほのか。
「じゃああいつの出てる番組ってなんだ?」
「えっと、深夜にやっているやつで『ボインボイン』ってのがあってね……」
すごく卑猥な番組に聞こえる。
「なあ、長浜って水着でテレビに出てんのか?」
心配になってくる。
「違うよ! ただのバラエティー番組」
「へぇ、深夜なら俺は寝ているから観たことないな。ミハイルは知っているか?」
「オレ? オレは毎日ネッキーとかデブリのDVDばっか観ているからテレビは興味ないかな」
そうだったね、君はやることなすこと全部可愛いもんね。
「二人とも酷くない? 福岡で有名な子なのに……」
福岡限定の時点で有名とは言えないような。
「ま、昼に生中継やるとか言ってたからあとで観てみるか」
「ホント? じゃあお昼ご飯食べながら3人で観ようね」
「オレも観るの?」
ミハイルは超興味なさそう。
まあ俺もすごくどうでもいい。
午前の授業は全部終了し、昼休憩に入る。
いつものごとく、俺は自分で作った弁当を取り出す。
ミハイルは珍しく弁当を持ってきていた。
可愛らしいネッキーとネニーのプリントが入った弁当袋。
そこからハート型の弁当箱が出てくる。
「珍しいな、ミハイルが弁当を持ってくるとか」
すると彼はどこか自信たっぷりな顔で語り出す。
「今日は朝早く起きて作ったんだぞ☆」
偉いじゃん。
「なら今回は俺の弁当はやらなくてもいいわけだ」
毎度、卵焼きをアーンしてやっていたもんな。
「そ、そのことなんだけど……」
顔を赤くしてモジモジしだす。
「なんだ?」
「オレの弁当とタクトの弁当、交換しない?」
「え?」
「だ、ダメかな?」
潤んだ瞳で見つめるその姿にアンナを重ねてしまう。
思わずドキッとしてしまった。
「まあ構わんけど」
「やった☆」
俺はミハイルの可愛らしい弁当と自分の素っ気ない弁当を交換した。
蓋を開けると、俺はドン引きした。
「こ、これは……」
白飯にでっかいハートで桜でんぷでデコってある。
おかずはタコさんウインナー、ハートの形のニンジン、ポテトサラダ、スパゲティ、ミニトマト、ピーマンの肉詰め。
色どりが良すぎ。
「ミハイルが作ったのか?」
「そだよ☆」
そう言えば、アンナモードも料理上手かったもんね。
忘れてました。
「じゃあいただきます」
「あ、スープもあるぞ☆」
ミハイルは水筒を取り出すと、コップに何かを注ぐ。
渡されると温かみを感じた。
「これは?」
「トマトスープだよ☆ 身体があったまるしリコピンも取れるし」
OLかよ。
「ああ、すまんな。ありがとう」
「これぐらい、なんてこないよ☆ タクトが料理苦手なだけだろ」
いや、あなたが意識高すぎなんでしょ。
俺はスープをふうふうと冷ましながらすする。
ほのかな酸味と甘みが俺の疲れを癒す。
スープが喉に入ると全身が暖まっていく。
「うん、うまいな」
「よかった……」
ミハイルはなぜかまたモジモジしながら恥ずかしがっている。
「じゃあオレもタクトのご飯いただきまーす☆」
俺の弁当は相変わらず卵焼き以外は全部冷食の手抜きなんだけどな。
めっさ嬉しそうに食べるミハイル。
やだ、なんか泣けてきた。
「おいしー☆」
ダメなお母さんでごめんなさい……。
俺は半分涙目でミハイルの弁当を食べだした。
すると左隣りに座っていた北神が話しかける。
「ねぇ、お昼にあすかちゃんの生中継あるんでしょ? 見ようよ」
あ、すっかり忘れてた。
ミハイルの弁当が美味しすぎて、超どうでもいい。
「ああ、そうだったな」
すごく冷めきった声で囁いた。
「あすかってアイドルなんだよね?」
え、ミハイルさん、もう呼び捨ての仲になったの?
「そうそう、福岡で有名なアイドルグループ『もつ鍋水炊きガールズ』のセンターをやっているんだよ」
北神が説明するけど、もう嫌なぐらい覚えているよ。そのダサいユニット。
「ふーん」
ミハイルも聞いといて大して興味なさそう。
「じゃあそんな有名人を生で見てみるか」
俺はスマホを取り出して、横向きにして机に立てる。
テレビモードにしてチャンネルをポチポチと適当に変えていく。
一つの番組が目に入った。
『日曜日の午後は天神野郎! はじまります~!』
やけにテンションが高いローカル芸人が司会をはじめる。
隣りには笑顔の女子アナ。
天神のメインストリート、渡辺通り近くにある公園。
警固公園でロケをしている。
何人かのギャラリーがカメラを見ている。
まあ大半がテレビに映りたいという輩ばかりだが。
『今日はゲストに福岡発のアイドル、もつ鍋水炊きガールズの皆さんに来てもらいました!』
「きたきた!」
興奮する北神。
「ほう、本当にテレビで出演するのか。俺はケーブルテレビとかだと思ってたが」
「この番組、初めて見た」
ミハイルはボーッと画面を見ている。
ていうか、この人本当にテレビ見ないんだな。
『では、自己紹介をどうぞ!』
司会の芸人に振られ、カメラがアイドル達に向けられる。
そこには3人の女の子が立っていた。
ミニ丈のワンピースタイプの衣装を着ていて、もつ鍋のプリントがされている。
頭にはカチューシャをしているんだが、水炊きの装飾があった。
ピアスは左がもつ鍋、右が水炊き。
こいつらのスポンサーは福岡の鍋業界じゃないか?
『あ、あの……もつ鍋、み、水炊きガールズです!』
噛みまくりの幸先悪いスタート。
長浜 あすかは俺と話している時とは違い、かなり緊張しているようで、お得意の自己紹介ができていない。
「なんだ、長浜のやつ。緊張してんのか?」
トップアイドルじゃなかったのかよ。
『もつもつ、グツグツしちゃうぞ! 福岡生まれ福岡育ち、明太子大好き、あすかちゃんでーす!』
額の前で可愛らしくピースしてウインク。
痛々しいな。
『おお、さすがアイドルですねぇ、可愛いですね』
この司会、本当にそう思っているんだろうか?
『あ、よく言われますぅ~』
そこは否定しとけ。
『じゃあ、今日はあすかちゃんたちの新曲を披露してくれるんだよね?』
『はい、今週発売の15thシングル、シメはチャンポンor雑炊です!』
「ブフッ!」
思わず吹き出してしまった。
クソみたいな曲名だ。
『じゃあ、もつ鍋水炊きガールズの皆さんで、シメはチャンポンor雑炊でーす』
司会の芸人は特に突っ込むこともなく、さらっと曲紹介。
すると天神のど真ん中で歌いだす。
スピーカーが用意されていたが、かなり音が悪く割れている。
長浜とその二人が音楽と共にダンスを始めるが、かなりキレが悪い。
歌いだすとこれまた下手くそな歌声、クオリティが全体的に低い。
よくこんなんでデビューしているよな。
何よりも観ていて辛いのは彼女たちの歌っているバックが気になる。
警固公園を何人もの人が長浜を目にとめるわけでもなく、素通りしていく。
たまに足を止めてチラッと数秒ぐらいは見てくれるけど途中で飽きて、どこかへ行ってしまう。
本当にトップアイドルなの?
ファンがいないじゃん。
「いや、なんか見ていて辛いな……」
見ちゃいけないものを見ている気がする。
「ええ、なんで可愛いじゃん。おかずになりそうな子たちじゃん」
お前はそれしか考えてないのかよ。キモいから近寄るな。
「ミハイルはどう思う?」
「ん、オレはアイドルとか詳しくないからわかんないけど、いいんじゃない?」
超適当じゃん。
数分間の地獄のようなパフォーマンスを終えると、息を切らして汗だくの長浜のアップ画面でCMに入った。
放送事故じゃん。
こんなレベルで公共の電波を汚すんじゃないよ。
「すごいねぇ、さっきまで一緒に勉強をしていた子がテレビに出てたんだよ」
ほのかはえらく感動しているようだ。
俺と言えば、黙ってスマホを閉じた。
「どうだった、あすかちゃんのテレビ?」
「どうもこうもないだろ……あれで芸能人なのかよ。シングルを15枚も出しておいてあのレベルじゃ売れないだろ」
というか、事務所が太っ腹すぎだろ、あんな下手くそな地下アイドルにそこまで金を使うとか。
俺が社長なら即契約解除だ。
「ええ、可愛いからいいんだよ」
出たよ、アイドル養護発言。
「だがな、あのレベルならもっと上がいるだろ? ルックスも歌もダンスも……」
「それはそうだけど……ミハイルくんはどう思う?」
「ん? ごめん、聞いてなかった」
酷い、残酷すぎるミハイルさん。
「だいたい長浜の目標ってなんなんだ? 福岡でてっぺん獲るのが夢か?」
「えっと……」
そう言うとほのかはスマホで何やら検索しだす。
「オフィシャルホームページにはあすかちゃんの夢が書いてあるよ」
「ほう」
「んとね、レコード大賞、紅白、月9ドラマ、朝の連ドラ、アカデミー賞、グラミー賞、ゴールデングローブ賞、あと……」
強欲すぎるだろ。
海外にいけるか、あんな奴。
「もういいわ、とりあえず志が高いアイドルだってのはよくわかった」
「タクトの弁当おいしかった~☆」
ミハイルの笑顔の方が一番輝いて見えます。
アイドルグループ、もつ鍋水炊きガールズの生中継は見るに耐えないものだった。
俺は呆れかえり、ミハイルは興味さえ持たない始末だ。
だが、テレビを見ていたほのかは未だに興奮が止まない様子。
「芸能人かぁ~ 憧れるよねぇ」
いやお前みたいな変態が芸能人になると布教活動が活発になるから絶対にやめろ。
「そうか? プライバシーがなくなって大変だろう」
「でも、たくさんの人に注目されたいって言う願望はあるでしょ? だから琢人くんは作家なんじゃない?」
「う、まあ確かに読者からの感想は嬉しいな。しかし、低評価の輩には殺意さえ覚える」
ウェブ作家時代のトラウマだ。
評価ボタンを全部星5だけにしてほしい。
「そ、それは琢人くんが変わっているからじゃない?」
「んなことない! すべての作家たちは低評価する奴らを断じて許さん!」
「器、小さいねぇ……」
「何とでも言え、これだけは作家のプライドが許さん」
と、芸能話から作家の話題に脱線したところへ、二人の少年が現れた。
おかっぱ頭に丸眼鏡。
双子の日田だ。
容姿が同一だからどっちが来たかわからん。
「話は聞いていましたぞ、新宮氏」
「お前は弟の真二か?」
「いえ、兄の真一です。あすかちゃんは拙者たちも推しているところです」
いや俺は推してないから。
「なんだ、真一も長浜に興味があるのか?」
冷めた目で見つめる。
「もちろんですぞ! 毎回ライブに行ってますし、CDは最低50枚買いますぞ」
集団詐欺にあってない? 早く目を覚ました方がいいよ。
「それに我ら兄弟はあすかちゃんに会いたいがために一ツ橋高校に入学したんですから」
ファッ!?
「マジかよ……」
あんな地下アイドルのために入学とか。
ガチオタの神だな。
「ところで今週の『博多ウォーカー』はご覧になりましたかな?」
「いや、どうしてだ?」
日田はフフッと笑みを浮かべると眼鏡を光らせる。
「なんとあすかちゃんたち、もつ鍋水炊きガールズのグラビアが特集されているのです」
「へぇ……」
興味ねーな。
「ホント!?」
思わず身を乗り出すほのか。
「ええ、こちらをご覧ください」
日田が頼んでもないのに俺の机の上に一冊の雑誌を置く。
『博多ウォーカー』とはその名の通り、地域に密着した情報を扱っている週刊誌のことだ。
俺は主に映画の情報ぐらいしか読まんが。
ページをパラパラめくると、日田の言う通り、かなり後ろの方にグラビアページが5枚ぐらいあった。
もつ鍋水炊きガールズの3人のショットが一枚。
みんな先ほどテレビに出演した時と同様にダサい衣装でポージング。
「普通だな」
「いえいえ、このあとが肝心ですぞ、新宮氏」
「な、なにが待っているの!?」
生唾を飲むほのか。
俺は恐る恐る2枚目を開くとそこには閲覧注意な被写体が。
「これは……」
「フフ、このグラビアは保存用と閲覧用と布教用に100冊は買いましたぞ」
「ハァハァ……」
息遣いが荒くなるほのか。
そう、長浜 あすかは際どいビキニ姿で写っていた。
両腕でふくよかな胸をさらに強調させている。
ちょっと恥ずかしそうな顔で。
「マジか……」
嫌なもん見ちまったぜ。
「くぅ~、何回見てもビンビンきますね」
するか!
「うう……」
ほのかの方を見るとなんと鼻血を漏らしていた。
「あ、あすかちゃんのパイオツ、最高っす……」
こいつは男でも女でもいけるのかよ。
さすがの俺もドン引きだわ。
その後のページもあすかが独占していた。
寝そべったり、胸をイスの上にのせたり、バランスボールの上に尻を置いたり、水をぶっかけられたり……。
センターだから事務所に強いられたんだろうか?
可哀そうになってきた。
「ああ! なにやっているんだよ、タクト!」
気がつくと俺の視界はブラックアウト。
なにも見えない。
だが、ほのかに甘い香りを感じる。
この柔らかい感覚、ミハイルの手だ。
「こんなエッチな本を持ってくるなよ! タクトに悪影響だろ!」
お前はお母さんかよ。
「な、なにを言われます、古賀氏」
かなり声が震えている。ヤンキーとして怖がっているんだろう。
「これ、エロ本だろ!? 18歳にならないと買っちゃダメなんだぞ!」
いや普通に一般コーナーに並べられている本ですけど。
「そんな……某はあすかちゃんの素晴らしさを新宮氏に伝えたかっだけで……」
「ダメだ! 法律は守れよ、ねーちゃんが『水着の女の子が出てる本は大人になってから』て言ってたぞ!」
それ何年前の話? ちゃんと教育方針を更新してあげてます?
ヴィッキーちゃん。
「うう……」
日田の顔は見えないが、どこか悔しそうだ。
「じゃあ、このエロ本はオレが有害指定のポストに入れておくよ」
酷い、長浜のやつ、有害になっちゃったよ。
「そ、そんな殺生な!」
うろたえる日田。
「エッチなことはダメなんだからな!」
女装して俺とラブホに行ったやつに言われたくないよな。
「ちょっと待って、ミハイルくん」
ほのかが止めに入る。
「あ、ほのか……鼻から血が出てる。またいつもの病気?」
腐女子が病気になってる……。
「これは大丈夫…だけど、その本は私にちょうだい。今晩のおかずに必要だし」
ただの変態だった。
「え、おかず? 食べるの?」
「そうよ、美味しく料理して食べるの、女の私なら安心できるでしょ?」
お前が一番危険だよ。
「うーん、そだな。ほのかなら大丈夫だろ☆」
納得しちゃったよ……。
何やらガサゴソと音がした後、(恐らくほのかが本をもらった)俺はようやくミハイルから手を離してもらった。
「もういいぞ、タクト☆」
「え?」
「タクトも法律は守れよ☆」
俺、もうすぐ18歳だし、あれは健全な本だし。
きみにとやかく言われる筋合いはない。
日田は「まあ布教できたならいいでしょう」となぜか腑に落ちた様子で去っていった。
ほのかと言えば、本を鞄になおしたにもかかわらず、興奮が止まないようだ。
「ハァハァ……早く帰って、料理しないと」
溢れ出る鼻血をティッシュで抑えるが、止まりそうもない。
そこへガラッと教室のドアが開く音が聞こえた。
「ちーす」
「おはにょ~」
重役出勤かよ、千鳥と花鶴コンビ。
というか、もうお昼だぞ。
「あ、千鳥くんにここあちゃん!」
「よう、ほのかちゃん。あれ、なんで鼻血出してんの?」
心配そうに近寄る千鳥。
「これ? 料理しようと思ったらケガしちゃって」
嘘つけ。
「そっか、女の子だもんね」
納得すんなハゲ。
「ところでさ、ミーシャ」
ここあがミハイルへ近寄る。
「あんさ、最近どしたん?」
「え? なんのこと?」
「なんつーの、なんかコソコソしてるつーかさ。付き合い悪くない?」
腰をかがめて俺の隣りに座っているミハイルを見つめる。
こちらからするとミニすぎるスカートがまくり上げ、パンモロどころか尻が丸見え。
花鶴の存在の方が18禁に感じる。
「そ、そんなことねーよ……」
歯切れが悪い。そりゃ女装して俺とデートばっかしてたもんな。
「んならさ、たまには一緒にタバコでも吸おうよ」
忘れてた……ここ一ツ橋高校は無責任教師、宗像先生の公認で喫煙可な所だった。
そして入学式でタバコをいち早く吸いたいと言ったのはこのミハイルであったことを。
最近はいつも俺と一緒にいたがるばかりでタバコを吸う姿は見たことなかったな。
「え、あの……オレは」
回答に困っているようだ。
「前は3人で吸ってたじゃん?」
さっきのミハイルが言っていた「法律は守れよ」が華麗なるブーメランになったな。
「タクト、オレ……」
泣きそうな顔で俺を見つめる。
「吸ってきたらどうだ?」
どうせ止めたって吸うんだ、こういう人種は。
「ところでオタッキーはなんで吸わないのん?」
バカ発言するなよ、花鶴。
「はぁ? なんで俺がタバコを吸う前提なんだよ。俺はな法律を守らない人間は大嫌いだ。それにタバコなんて吸って入って何が楽しいんだ? 百害あって一利なしだぞ」
「ふーん……」
どこか納得していないという顔だ。
「じゃ、じゃあタバコ吸う女の子嫌いなのか?」
なぜかミハイルが俺に聞く。
「そりゃそうだな。女の子とか言う前にタバコの煙が嫌いだ。単純に臭い。タバコくさいヤツは男女問わず嫌いだ」
「……そうなんだ」
ミハイルはポケットからタバコを取り出すと、立ち上がる。
「決めた!」
何を思ったのか、日田の方へズカズカと向かう。
そして持っていたタバコを彼の机の上に叩きつける。
「お前にやるよ!」
「え……タバコ?」
絶句する日田。
「オレはタバコ吸うやつ嫌いだからな☆」
「某が嫌いということですか?」
かわいそすぎる。
昼飯を終えるころ、午後の授業を確認した。
一ツ橋の午後授業はほぼ体育(遊び)で終わるのだが、今日は選択科目だ。
音楽と習字があり、俺は字が汚いので音楽にした。
授業表には教室は特別棟の視聴覚室とある。
「なあタクトは何の授業にする?」
目を輝かすミハイル。
「え? 音楽だけど」
「じゃあオレもそっちにしようっと☆」
「は、今から授業を変えられるのか?」
俺がそう問うと代わりに左隣りの北神が説明してくれた。
「今日はお試しなんだよ」
「お試しだ?」
スーパーの試食じゃねーんだから。
「ううん、選択科目だから今日の科目を試しに受けて、どっちかを選べってことみたい」
「いや、その選考方法なら二回は試さないと比較にならんだろうが……」
宗像の仕業だな。
「そんな長い時間とってたらスクーリングがすぐに終わっちゃうよ。もう3回目でしょ? 今学期はあと4回ぐらいしかないよ」
マジ、もう折り返し地点なの?
超テンション上がるわ。
「ま、どうでもいいさ。一ツ橋の教師はやる気のなさでは全国一だからな」
学級崩壊なんてレベルじゃねーからな。
「だからいいんじゃん、オタッキー」
知らない生徒の机の上に勝手に座って片膝を立てるミニスカ女、花鶴 ここあ。
棒つきのキャンディをレロレロなめながら、アホそうな顔で俺に言う。
パンツ丸見えだから数人の陰キャ男子がパシャパシャと盗撮していた。
もちろん俺はどうでもいいので、彼らの犯罪を無視する。
「どこがだよ?」
「あーしらバカじゃん? そんな子たちが通う高校は先生もバカじゃないと気持ちわかんないじゃん」
俺はお前らとは違う!
「なんでそうなるんだよ」
「じゃあさ、オタッキーはバカの気持ちになって教えられる?」
なに、そのハイレベルなティーチャー。
「バカの気持ち?」
チュポンとあめを口から離すとそれを近くに座っていた陰キャ男子に手渡す。
男子はハアハア言わせながら「あ、ありがとう……花鶴さん」と礼を言い、高速舌ベロベロで味わいだす。
すごい餌付けだ。
「そーっしょ、1+1が2でわかりませんって言う子をオタッキーならどうやって説明すんのさ」
「う……」
もうそんな奴は動物園の檻にでも入れておけばいいのでは?
「ほら、できないじゃん? だからバカな先生が一番だって♪」
俺の机に両手を置いてニッコリ微笑む。
Vネックの胸元からヒョウ柄のブラジャーがチラっと見える。
キモッ。
「ここあ、タクトにあんま近づくなよ!」
頬を膨らませて、注意するミハイルかーちゃん。
「なんで? あーしとオタッキーはダチじゃん?」
「そ、そうだけど……タクトは女が苦手なんだよ」
いや、そんな表現されたら、俺がゲイみたいじゃん。
その言葉をすかさず反応するハゲこと千鳥 力。
「うげっ、確かにタクオはホモ小説書いていたしな……ダチだけど、俺は遠慮しとくわ」
遠慮すんな! 俺の横にこいよ!
後ずさりして、北神 ほのかの後ろに回る。
「あのな……」
呆れていると花鶴が微笑む。
「あーしはオタッキーの……なんつーの? ホモ恋愛応援するよ♪」
すんなボケェ!
「そ、そんな……ここあ、やっぱいいやつだな☆」
ホモ恋愛って言われて喜んでいるよ、ミハイルのやつ。
俺は逃げるように話題を元に戻す。
「しかし、それにしても一ツ橋の教師はやる気が全くないように感じるな。今日の英語教師は少しまともだったが」
俺の疑問に答えてくれたのは北神。
「それはね、噂なんだけど、一ツ橋専属の先生は一ツ橋の卒業生だかららしいよ」
ずぶずぶな天下りじゃねーか。
「マジ?」
「うん、だからさっきの英語教師の人は普段三ツ橋高校で先生をやっている兼任教師。ゆるっとした授業をしているのが専属教師だよ。だから兼任教師の人はけっこう厳しい人が多いらしいよ。だって休日出勤するようなもんじゃない? それだけ熱血教師なんだよ」
「なるほどな……温度差があるということか」
「だから私もいつか一ツ橋の教師を目指そうかなって密かに思ったりするんだ」
笑顔が怖い。
どうせ、ほのかのことだ。布教目的に違いない。
「それはちょっとやめておこう、ほのか。お前は漫画家目指すんだろ?」
「兼業作家でいいぜ!」
親指を立てる変態JK。
それから俺たちは各選択科目に分かれた。
俺とミハイル、ほのか、それから花鶴が音楽。
千鳥や日田兄弟などが習字に向かう。
教室棟から特別棟に向けて4人で廊下を歩く。
すると何人かの制服を着た三ツ橋生徒がこちらを睨むように見つめる。
どうやら私服の俺たちが気に入らないようだ。
確かに全日制コースの彼らはみんな黒髪で校則を守った身なりだ。
だが、俺たちは髪を金髪に染めている者もいれば、超ミニのギャルやピアスだらけのやつ、ダボダボパンツのヤンキーとか、個性豊かだ。
きっと嫉妬も少し入っているのだろう。
同い年で自由に生活できていることが。
実際はあちら側の方がよっぽど自由と思うがな。
一ツ橋の生徒は働いている者が多いときく。
所詮はガキの身勝手な妄想だ。
そこへ一際目立つ軍団が現れた。シャキシャキと規則正しく歩き、男女共に戦前か? というぐらいの髪型、坊主と三つ編みのグループ。
胸元には生徒会長と名札がある。
「こんにちはー!」
ムダにデカい挨拶だ。
そしてニコニコと怪しい宗教の勧誘のような笑顔。
「お、俺たち?」
「はい、一ツ橋の皆さん、日曜日なのにお疲れ様でーーーす!」
男の声にエコーがかかるように、真面目な取り巻きが叫ぶ。
「「「お疲れ様でーーーす!」」」
うるせー! 応援団じゃねーんだぞ。
思わず耳を塞ぐ一ツ橋の生徒たち。
なんだ、こいつら?
「僕は三ツ橋高校の生徒会長、石頭 留太郎でーーーす!」
自己紹介もうるせー!
「そ、そうか……石頭くんか、認識した」
柄にもなく、君付けする俺氏。
「あなたの名前はなんですかーーー!?」
「俺は新宮、新宮 琢人だ」
「覚えましたーーー! では午後の授業も頑張ってくださーーーい!」
「「「くださーーーい!」」」
実にやかましい生徒たちだ。
周りにいた全員が顔をしかめて耳を塞ぐ。
それは一ツ橋も三ツ橋も関係ない。
「あ、ありがとう……石頭くん」
「失礼しまーーーす、新宮センパイ!」
「「「失礼しまーーーす!」
うるせーし、勝手に先輩扱いすんなよ、コラァ!
そうして石頭くん率いる生徒会軍団は嵐のように去っていった。
なんだったんだ、あいつら。
ミハイルだけは耳を塞がずニコニコ笑っていた。
「なんか元気なヤツだな☆」
「そういう表現もあるよな……」
もう今度から石頭くんには要注意だ。
礼儀が良い子だが、うるさすぎる。
二度と会いたくない。
※
俺たちは視聴覚室にたどり着くと、ドアを開く。
中に入ると黒板に白い字でデカデカとメッセージが残されていた。
『一ツ橋生徒の諸君へ、部活棟の音楽室に来るべし!!!』
「ん? 視聴覚室じゃなかったのか?」
「変更されたんじゃない? 一ツ橋ってちょこちょこ変更の時が多いらしいよ、三ツ橋のお客さんとかイベントで変わるって噂で聞いたな」
やけに一ツ橋に詳しいよな、ほのかって。
まさか留年してる?
「俺たちは学費を払ってんだぞ? ちゃんとやれよ」
「まーいいじゃん、オタッキー。テキトーだよ、テキトー」
花鶴はバカだが寛容な性格らしい。
俺たちは視聴覚室を出て、指示通り部活棟へ向かった。
3階に上り、音楽室へと向かう。
部活棟の一番奥にある教室だ。
何やらプープーと一定の調子で音が流れている。
俺がコンコンとドアをノックすると、中から野太い男の声が返ってくる。
「入りたまえ!」
「失礼します」
音楽室に入るとそこにはなぜか大勢の制服組の生徒たちが座っていた。
そして中央に立つのは中年の男性教師。
「なにをしている、早くそこの席につきたまえ」
教師が指差すのは生徒組の反対側にある窓側に設置されたパイプイス。
急遽並べたような感覚を覚える。
「は、はあ……」
俺たちは言われるがまま、パイプイスに座ると、制服組の生徒たちと対面するように目を合わせる。
どこか気まずい。
制服組の子たちはどこかピリッとした空気が漂う。
対して、俺たちは「一体なにがはじまるんだ?」と動揺を隠せない。
その時だった。教師が大きな声で叫んだ。
「今からコンクールの練習を始める! 用意はいいか、お前ら!」
俺たちに背を向けて、三ツ橋生徒に激を飛ばす。
そして振り返ると、俺たちにこういった。
「君たちはそこにある出席カードを取って、練習姿を見ててね」
と優しく微笑む。
ところでなんの授業?
辺りは静まり帰っていた。
一ツ橋の生徒たちは授業を受けに来たのに、なぜか全日制コースの三ツ橋生徒たちがいた。
イスを半円形に並べて、各々が楽器を持ち、教師の指示を待つ。
「なあタクト、なにがはじまるの?」
ミハイルが不思議そうにたずねる。
「俺にもわからん」
すると、教師がなにを思ったのか、服を脱ぎだす。
「うげっ」
ワイシャツを脱ぎ、床に放り投げる。
体つきはいい方だが、かなりの剛毛。
中年なので仕方ないが、たるみきった腹なんぞ見たくない。
そこで終わるかと思いきや、教師はズボンのベルトにまで手をかけた。
「な、なにやってんすか!?」
顔を赤くして立ち上がるミハイル。
「ん? ああ、君たちは私の授業は初めてだね? 私は裸にならないと上手く指導ができないんだ」
教師はニカッと笑うと謎の言い訳でミハイルを諭す。
「し、しどう?」
ミハイルはバカだが、困惑するのも無理はない。
かく言う俺も脳内が大パニックだ。
「パンツは履いているから問題ないよ」
優しく微笑むと教師はズボンを豪快に脱ぎすてる。
そこにあったのは黄金。
ゴールデンブーメランパンツ。
しかも尻がTバック気味。
しんどっ!
「では、一ツ橋、三ツ橋合同授業を始めます!」
そんな格好つけてもどうしても尻が気になる。
一ツ橋の生徒たちは何人かクスクスと笑っている。
ミハイルは顔面真っ青で吐きそうな顔をしていた。
かわいそうに。
花鶴 ここあはおっさんの生ケツを見て、指差してゲラゲラ笑う。
「ヤベッ、ちょーウケる」
あかん、俺も笑いそうになってきた。
北神 ほのかと言えば、なぜかスマホで教師の後ろ姿をパシャパシャ撮っていた。
「ほのか、何してんだ?」
「え? 同人のネタに使いそうでしょ? リアルでキモいし」
「ああ……取材ね」
確かに変態女先生には逸材です。
ここで一つ気がついた。
音楽を専攻しているのは皆、女子ばかりであった。
男と言えば、俺とミハイルぐらい。
セクハラじゃないですか? この授業。
だが、俺たちと違い、三ツ橋の生徒たちは教師がパンツ一丁になっても至って真面目な顔でいる。
真剣そのものだ。
「じゃ、はじめるぞ! お前ら、覚悟はできているかぁ!?」
熱血教師だな、変態だけど。
「「「はい!」」」
すると凄まじい爆音が狭い教室に響き渡る。
オーケストラがやる場所ではない。
反響音が半端なくて、俺たちは耳を塞ぐ。
「うるせぇ……」
だが、三ツ橋の生徒たちは気にせず、練習を続ける。
指揮者の教師は汗をかきながら、タクトをぶんぶん振り回す。
その度に、中年の尻に食い込んだTバックが踊り出す。
この音楽の授業としては三ツ橋の吹奏楽部の練習を見せることで、俺たちに単位を与えたいようだ。
つまり、見るべき対象は演奏する生徒たちなのだろうが、それよりもとにかく教師のケツが気になってしかたない。
さっきから激しく左右に腰をふるもんだから……。
誘っているんですかね? ノンケなのでお断りです。
授業と称しているが、これはゲイのストリップショーのようだ。
「ストーーーップ!」
急に教師が演奏を止める。
そして、数人の生徒の名前を呼ぶ。
「おい、お前ら! ちゃんと練習したのか!?」
ものすごい気迫だ。
まあ後ろから見ている俺からしたら、コントのようだが。
「あ、一応してきました……」
ビビるJK。
なんだろう、吹奏楽部じゃなかったら事案もの、いや事件レベルの場面ですよね。
「一応だと、この野郎! お前、そんな根性で全国コンクール目指す気か!?」
至極真っ当な答えなのだが、裸の指揮者の方がコンクール向きではない。
異常者だ。
「す、すみません!」
「いいか? お前、3年生は今年が最後なんだぞ! そんな気持ちなら出てけ!」
すごく熱意は感じる。だが、その前にあんたの方こそ、3年生を想うなら服を着ろ。
「嫌です、私も先輩たちとコンクール目指します!」
涙目で訴える女子高生。
「よし、その意気だ! しっかり来週まで仕上げてこいよ、絶対だからな!」
「はい、先生!」
青春だなぁ……一人の教師を除いて。
そんなやり取りが延々と、2時間も続いた。
熱血教師は度々、三ツ橋の生徒たちに激を飛ばし、演奏を繰り返す。
何とも言えない緊張感がある反面、一ツ橋の俺たちは笑いを堪えるのに必死だった。
花鶴は腹を抱えてゲラゲラ笑い、足をバタバタさせて、スカートの裾が上がっていた。
ので、パンツが丸見え。
数人の三ツ橋男子が演奏しながら花鶴のパンティーに気を取られて、教師に注意される。
まあ中年の黄金パンツより、ギャルのパンツの方がいいよな、知らんけど。
終業のチャイムが鳴ると、音楽の先生は汗でびっしょりだった。
息も荒く、はあはあ言いながら「今日はここまで!」と閉めに入る。
振り返って俺たちを見ると、ニッコリ笑った。
「はい、一ツ橋のみんなもお疲れ様。出席カードはイスに置いといてね」
なんでか俺たちには優しいんだよな、変態だけど。
地獄のような授業を終え、各自廊下に出る。
「いやあ、カオスだったな」
「オレ、気持ち悪い……」
口に手を当てるミハイル。
男の裸に免疫ないもんな、アンナちゃん。
清純だし。
「大丈夫か? 選択科目は習字にしたらどうだ?」
「う、うん……考えてみるよ」
かなり参っている。かわいそうに。
「あーしは超おもしろかった! 音楽にしよっと」
何かを思い出しようでまだゲラゲラ笑う花鶴。
まあ俺もけっこうあのケツがおもしろかった。
「私も絶対、音楽にする! あんなきっしょいおっさんは中々いないもんね」
授業中にもかかわらず、北神 ほのかは連写しまくっていたらしい。
持っているスマホの画面をチラッと横から見ると、教師の裸体ばかり。
肖像権とか大丈夫ですかね。
「オタッキーとミーシャはどうするん?」
「ふむ、習字を専攻した千鳥や日田兄弟の感想を聞いてから決めるかな……」
「オレも……」
階段を降りていくと、ちょうど千鳥と日田兄弟と出会った。
3人共、なぜか肩を落とし、元気なく歩いていた。
それもそのはず、顔に何やら黒く墨が塗られていた。
千鳥は「バカ」「ハゲ」「田舎者」
日田の兄、真一は「力量不足」「どっちかわからん」「真面目系クズ」
弟の真二は「メガネ」「ゲーオタ」「ドルオタ」
ひどい……ただの悪口ばかりだ。
「お前ら、どうしたんだ? その顔」
すると千鳥が答えてくれた。
「やべーよ、習字のじじいのやつ。ちょっと間違えただけで、顔に落書きしやがるんだ」
「ですな、酷い授業でした」
「ドルオタは悪くないでござる!」
まあね。
音楽も習字もどちらも酷い科目のようだ。
だが、必須科目であり、どちらかを受けないと卒業できない。
「タクオは音楽どうだった? 俺たちも音楽にすりゃーよかったかな……」
スキンヘッドをぼりぼりとかく千鳥。
「いや、やめておいた方がいい。音楽は音楽で相当カオスだぞ? 中年の生ケツを2時間も拝むんだから」
「ええ……マジ?」
かなりショックだったようだ。
どちらかというと「まだ俺たちの習字のほうがマシだ」とでも言いたげだ。
「俺、習字にするわ」
「拙者も」
「某も」
マジかよ……どうしよっかな。
「はあ、めんどくさいし、俺は音楽にするかな」
毎回、顔を汚されるのも癪だ。
それに比べたら2時間何もせず、ケツを見ているのも一興だろう。
「ええ、タクト。もう決めちゃうの?」
顔面ブルースクリーンで震えるミハイル。
「ああ、ミハイルは習字にしたらどうだ」
「ううん……タクトと一緒じゃなきゃ……」
言いながら目が死んでますよ。
結局、みんな最初に試した科目を選んでいる生徒が多かった。
本当に卒業に必須な授業なんすかね?