気になるあの子はヤンキー(♂)だが、女装するとめっちゃタイプでグイグイくる!!!

「そのタクト……オレも今度、読んでいいかな?」
 顔を真っ赤にして、北神 ほのかが所持している小説を指差すミハイル。
 おいおい、お前さん。勘違いしてねーか? BL本じゃねーぞ。

「古賀くんもBLに興味あるの?」
 ログインすんな腐女子。
「ビーエルってなんだ? ほのか」
 あれ、ミハイルも既に下の名前で呼ぶ仲なの?
「BLとは尊き恋愛作品の総称のことだよ♪」
「ラブストーリーか……おもしろそうだな☆」
 やめろぉぉぉ! 北神、ミハイルの姉さんに謝れよ!

「ほうほう、DO先生には、BLのセンスがあるみたいですねぇ」
 メモすんな、ロリババア。

「うわぁ、タクオ……今度からトイレ一緒に入るのやめてくれ」
 引きつった顔するなよ、一緒に連れションしろよ、千鳥。
 寂しいだろが!
「あーしも、BLっての興味あるかな~」
 ええ!? ギャルの花鶴まで!

「この北神 ほのかにお任せください! DO・助兵衛(どぅ・すけべえ)先生の作品は全て揃えておりますから!」
 俺の作品はBLじゃねー。

「お、俺は遠慮しとくわ……」
 強制ログアウト、ユーザーネーム『リキ・チドリ』
「ふーん、帰りに貸してちょ。ほのかちゃん」
 もうやめて……。

 教室中で「ホモォォォ」で盛り上がる女性陣と、ドン引きする男性陣。
 ちな、これに関してはリア充と非リア充で別れたのではなく、性別で隔たれた。
 例外として、ミハイルだけは俺と一緒にいる。

 盛り上がる女性陣。
「ねえねえ新宮くん、どう絡めてるの?」
「書き専なの?」
「百合は? 百合もやらないの?」
 最後のやつは両刀使いかよ!

 それに屈する男性陣。
「やべーよ、新宮ってホモだったのか」
「もうひとりでトイレにいけないよな」
「ハァハァ、新宮くん……」
 モノホンがいるじゃねーか。

 クラスは俺の小説でガヤガヤしていると、突然、雷のような怒鳴り声が鳴り響いた。

「なーにをやっとるかぁーーー!」

 気がつけば、ひとりの痴女が教壇に立っていた。
 その名も宗像 蘭。

「ハッ! 蘭ちゃん!?」
 それを見た瞬間、白金の目が怪しく光る。
 宗像先生は顔をしかめた。
日葵(ひまり)か?」

 静まり返る教室。
 白金と宗像先生の間に出来ていた人波が左右へと分断され、彼女たちは互いに歩みよる。
 
「なにをしにきた? 日葵?」
「ここであったが百年目! らーんちゃん!」
 何を思ったのか、白金は宗像先生目掛けて、全速力で突っ走した。
 対して、先生は両腕を組んで微動だにしない。

「死ねやぁぁぁ、デカパイ!」
 身長差を無くすためか、先生の足元で思い切りジャンプする。
 顔面まで飛び上がり、頭突きをお見舞いする白金。

「甘いわ! クソちっぱいが!」
 白金の頭突きが当たる寸前で、宗像先生の左腕が動く。
 ワンチョップ。それだけだ。

「グヘッ!」
 脳天を突かれた白金は、空中から一気に床へと叩きつけられる。
「らんちゃんのバ、カ……」
 そう言うと、白金は泡を吹いて気絶した。
 ホラー映画みたいな白目でね。

 いい歳したアラサー女史同士でなにやってんねん。

「貴様ら! さっさと席につけ! レポートを返却するぞ!」
 宗像先生、足元、足もと! 白金を踏みつけとるがな。
 ピンヒールで背中をグリグリ刺しているけど、穴とかあかないのかな?

「「「ヒィッ!」」」

 俺たちはすぐに席を整えて、着席した。

「いいか、一ツ橋高校に関係のない不審者。こんなクソチビの相手はしてやるなよ。会ったら速攻ブッ飛ばせ」
 あんたそれでも教師か。

「「「はーい……」」」

 そのあとは静かに(恐怖で)みんな添削済みのレポートを受け取った。

 俺は安定のオールA。
 ミハイルといえば、顔色が真っ青。
 こいつは勉強を真面目にしてないのか?

「じゃあ、お前ら寄り道せずに帰れよ。ラブホにいったカップルはレポートを増やすぞ! 絶対にだ!」
 それ毎回言うんですか? セクハラでしょ。

「宗像先生。さよなら~」
 俺はそそくさと、リュックサックを背負いその場を去る……はずだった。
 リュックのひもを掴んで離さない女が一人。
 宗像先生がするどい眼光で微笑んでいる。

「古賀を置いて帰るなよ、新宮……」
 振り返れば、涙目のミハイル。
「は、はいっす……」
「あと、このバカが本校に不法侵入したことも『4人』で話そうじゃないか!」
 ええ……。

「タクト☆ なんかわかんないけど、オレは付き合うぞ!」
 マジで……。もう一緒に帰ろうぜ。
 俺は淫乱痴女教師、宗像先生により、下校することを強制停止された。
 なぜかミハイルも一緒だ。
 そして未だ白目で泡を吹いている白金もだ。

 宗像先生は気絶した白金を、ぬいぐるみのように片手で抱えると「ついてこい」と事務所まで案内した。
 一ツ橋高校の事務所には、奥に簡易面談室なるものがある。
 といっても、つい立もなく、事務所に入った者からは丸見えで丸聞こえ。
 プライバシーなんてもんはない。
 所々、破れた一人掛けのソファーが二つ。テーブルを挟んで反対側には二人掛けのソファーが一つ。
 今日はもう下校時間もあってか、事務所には俺たち4人だけだ。

 宗像先生は、乱暴に白金を床に投げ捨てる。

「げふっ!」
 
 衝撃でやっと目が覚める白金。
 ひどい起こし方だ。

 宗像先生はそれを見て舌打ちし、棚から賞味期限の表示も曖昧になりつつあるインスタントコーヒーの瓶を手に取った。

「お前ら、砂糖とミルクはいるか?」
「あ、俺はいらねーっす」
 以前飲んだらクソまずかったし、いろんな意味で怖いので。

「なんだと? 新宮……この美人教師のコーヒーが飲めないってか?」
 顔、顔! 生徒を見る目じゃねーよ。
 睨みつけるとか、どこの虐待教師だ。

「あ、俺はブラックで……」
「よろしい♪」
 その微笑み、脅しですよね。

「古賀はどうする?」
「オレはミルクも砂糖もたっぷりで☆」
「古賀は素直でいい子だなぁ♪ 甘ーくておいしいカフェオレをつくってやるぞ」
 センセー、カフェオレの意味わかってます?

「あいだだ……蘭ちゃん、わたぢも同じのお願い……」
 白金は地面を這いつくばって、一人掛けのソファーまでどうにか辿り着いた。

「日葵。お前は水だ。生徒でもなければ、客人でもあるまい」
 正式名称、不法侵入者だろ。
「蘭ちゃんのアホ」
 

 ~数分後~

「で? なにしにきた。日葵」
 宗像先生は白金の隣りのソファーに座り、まずそうなコーヒーをすする。
「なにって、私はお仕事だよ、蘭ちゃん」
「仕事……。ああ、新宮のことか?」
「打ち合わせだってば」
 いや、打ち合わせする場所を考えろよ。

「はぁ……日葵。お前は仮にも一ツ橋の卒業生だろが。生徒たちの見本になるような、大人の行動をとれ。いつまでも在校生気取りでいるな」
 至極、真っ当な意見だが、宗像先生から言われるとなんかムカつく。

「じゃ、さっさと終わらせろ……」
 ため息をつくと、宗像先生はスマホを取り出した。
 おいおい、お前が俺たちを事務所に呼んだ理由はなんなんだよ。
 ネットサーフィンするぐらいなら帰らせろよ。
 わかった! この女、寂しいんだろ。
 俺たちが帰ると、事務所でも家でも一人きりのアラサーだからな。


「では、DOセンセイ! プロットを拝見してもいいですか?」
「む……それがまだキャラ作りの途中で未完成なんだ」
 俺はミハイルの横顔をチラッと見た。
 ミハイルは得体の知れないコーヒーをおいしそうに飲んでいる。

「あら、筆の早いセンセイにしては珍しいですね。未完成でもいいので見せてください」
「か、構わんが……今度、白金と二人きりで打ち合わせじゃダメか?」
 額に汗が滲む。

「なんでです?」
 白金はキョトンとした顔でたずねる。

「もったいぶるな、新宮!」
 そこへ暴力教師がログイン。
 入ってくんなよ、一生スマホとお友達でいろよ。

「そうだよ、タクト!」
 ミハイルまで。しかもめっさ顔を真っ赤にしている。
 どこが怒るポイントだったの?

「この女子小学生とそんなに二人きりになりたいのかよ!」
 ダンッとテーブルを拳で叩く。
「ミハイル、勘違いするなよ。白金はこう見えて成人しているんだ」
「ウソだ! こんな大人みたことないもん!」
 ダダをこねるんじゃありません。

「失礼な! この白金 日葵ちゃんはれっきとしたレディーですよ」
 自分で自分のことを、ちゃん付けしてる時点で精神面が成人できてないな。
「まあ日葵は、体形がガキなのは見ての通りだ。こんなちっぱい女、放っておけ。それより新宮。なぜお前の小説を出さない? あれか、18禁の作品か?」
 ファッ!

「俺の作品はライトノベルです! ライトな作品じゃなくなってますよ」
「じゃあなんだ? 北神がほざいていたBLとかいうやつか?」
 くっ、宗像先生も腐りはじめたのか!
「違いますよ。俺のは真っ当なライトノベル」
「ジャンルは?」
「ら、ラブコメ……」

「……」
 なぜ沈黙する宗像女史よ。

「蘭ちゃん、今回、センセイが一ツ橋高校に入学した理由は知ってる?」
「は? 勉強だろ?」
 そうか、この人は知らなかったのか。俺の入学動機。

「違うよ、蘭ちゃん。センセイが初挑戦するラブコメ……でも、作家『DO・助兵衛』先生は取材しないと書けないタイプなのよ~」
 白金は『うちの子ダメなのよ~』みたいな世間話のように話す。
 かっぺムカつく!

「なに? じゃあ新宮は恋愛を体験しに一ツ橋高校に入学したのか?」
 宗像先生……そんなに大きな口開けて驚かないでくださいよ。
 俺に恋愛経験ないのが、おもしろいですか?

「タクトは取材対象がいるもんな☆」
 ミハイルが割って入る。
 こいつ……アンナのことは筒抜け設定なのか?

「なにを言っているんだ? ミハイル」
 俺が問い返すと、ミハイルは「あっ!」と声を出して、小さな唇を両手でふさいだ。
 誤算だったらしい。
 まったく。
「なにか知っているのか? 古賀」
 宗像先生の目つきが鋭くなる。
 ミハイルはガクブル、こうかはばつぐんだ!

「あ、あの……オレのいとこがタクトに恋愛を教えてくれるらしくて……」
 ファッ!
 アンナはそこまで言ってないぞ。
 墓穴を掘りすぎているぞ!
「ほう、古賀のいとこか……可愛いのか?」
 ニヤリと笑うと宗像先生のターゲットはミハイルへ向けられた。
「た、たぶん……」
 だって自分のことだもんな。

「センセイ! そんな話聞いてませんよ!」
 思わず身を乗り出す担当編集。
「お、落ち着け! まだ取材すると決まったわけじゃない相手なんだ……」
「なにをいうんだ、タクト! アンナは本気だぞ!」

「「アンナ?」」
 宗像先生と白金は息がピッタリ。
 見知らぬ女性の名前を聞いて、二人は目を合わせる。
 無言で「知っているか?」と問いたいのだ。

「古賀 アンナ……それがオレのいとこっす」
「ミ、ミハイル」
 もう知らねえぞ、俺は。

「よし。恋愛を許そう……」
 お前はどっから目線なんだよ、宗像。
「業務連絡です! 必ず恋愛を成就させてください!」
 その時ばかりは、白金の目は真っ直ぐだった。
 だからさ、その取材対象も彼女候補も男なんだってば。
 この隣りにいるやつ……。

「良かったな、タクト☆」
 なにを嬉しそうに笑ってやがんだ。
 可愛いな、ちくしょう!
「で? そのラブコメのプロットは?」
 宗像先生が目で殺しにかかる。
 これは出さないとレポートを増やされる……。
「わ、わかりましたよ……てか、宗像先生は関係なくないですか?」
「あぁん!?」
 だからその恐ろしい眼光を放つのをやめてくれよ。
「だ、出します……」
 観念した俺はリュックサックからノートPCを取り出した。
 もち、校則違反だけど。

 起動すると、すぐに書きかけのテキストファイルを開く。
 すると白金、宗像先生、ミハイルが顔を寄せてモニターをのぞき込む。


 タイトル:未定
 
 主人公:オタクの高校生。
 ヒロイン:同級生でハーフ美人の女の子。普段はショーパンにタンクトップとボーイッシュだが、
 デートするときは主人公好みな女の子らしいガーリーなファッションを好む。
 備考:主人公だけが大好き。


「……」
 ミハイルが顔を真っ赤にして、口を真一文字にする。
 そりゃそうだろな、これってミハイル=アンナのことだからな。

「ほう……新宮。お前、女を自分色に染めるタイプか?」
 宗像先生がニタニタと笑う。
 これはいじめだ!
「い、いえ。あくまでもフィクションですよ……やだな、先生」
 苦笑いが言い訳を助長させる。
「DOセンセイ! なんですか、このヒロイン!」
 白金はテーブルを叩いて、眉間にしわを寄せていた。
「なんだ? やはり、ボツか?」
「……いえ、このヒロインは合格です! センセイの作品の中で一番、キャラ立ちしていて、なによりライトノベルの読者がほぼ童貞というリサーチ結果をふんでの構想。実にすばらしいです!」
 おまえ、読者様になんてことを言ってんだ!
 非童貞もいるだろ! 知らんけど。

「そ、そうか……じゃあ主人公はどうする?」
「うーん、こんな可愛いヒロインさんが、べた惚れになる男なんてこの世にいます?」
 ここにおるんだが。

「日葵。お前、本当に出版社の人間か?」
 横から入る外部の人間。
「なぁに? 蘭ちゃんは素人じゃん。黙っててよ。それともなんかいい案があるの?」
 白金がムキになっていると、それをあざ笑う宗像先生。

「だってあれだろ。フィクションだろうと、新宮は取材しないとダメな作家なんだろ?」
「……?」
 なんか嫌な予感。

「こうしろ、主人公は新宮本人をモデルにすればいい」
「はぁ? DOセンセイを?」
「ヒロインもモデルがいるんだろ? なら主人公は新宮でいいじゃないか?」
 クッ、俺が一番危惧していた展開だ。

「なるほど……DOセンセイ! それでいきましょう! 主人公はDOセンセイ本人で!」
「嫌だと言ったら?」
 俺が震えた声で尋ねる。

「断ったら、これまでの数々の経費を却下しますよ!」
 経費、それはなんてすばらしい言葉なのだろう。
 仕事に関わるものであれば、なんだって所属している出版社が支払ってくれるのだ。
 ちなみに俺の今月の経費はほぼ映画の料金だ。
 たぶん3万ぐらい……。

「や、やるよ……」
「これで決まりですね! 引き続き、その取材対象の方に恋愛を教わってください♪ これは業務連絡ですからね♪」
 ニコリと笑う白金。しかし、目が笑ってねぇ。

「了解した」
 ミハイルに目をやると顔を真っ赤にして、床ちゃんとお友達している。
 ふむ……これは面倒なことになったな。


 ~帰り道~

「なあ本当に良かったのか、ミハイル?」
 うなだれる彼に声をかけた。
「え、え……オレ?」
 額から汗が尋常じゃないぐらい流れているぞ。
「ああ、お前の……いとこに迷惑かけてないか?」
 なんか言葉遊びになってない?

「アンナのことか? なら、大丈夫! タクトのこと気に入っているらしいから☆」
 なに、この遠回しな『I・LOVE・YOU』わ。

「まあアンナがいいなら構わんが」
「大丈夫だって☆ オレのいとこなんだから」
 お前にいとこがいたら、ヒドイ目にあっているんだろうな。

「そうだ☆ 今朝、アンナからオレにL●NEが届いてさ……」
 自分から自分にL●NEって、病んでない?
「タクトとアンナって、一緒にプリクラ撮ったらしいじゃん?」
 可愛らしい夢の国のネッキーがショーパンからニョキッと現れる。

「やぁ、ボクの名前はネッキー。今日はとっても天気がいいね! 一緒にひきこもろう!」
 なんていいそうだな。

「なに言っているんだ? タクト?」
 ネッキーをおもちゃにしたせいか、ミハイルさんに睨まれた。

 スマホを手にとると、スワイプする。
 待ち受け画面がでた瞬間、俺は愕然とした。

「タクトの写真だから待ち受けにしちゃった☆」
 しちゃった☆ じゃねー!
 引きつった笑顔の俺と女装したミハイル……つまりはアンナとのツーショット写真。
 情報がダダ漏れじゃないか。

「そうか……なあ、その写真、どうやって送られてきたんだ? アンナがスマホでプリクラを撮ったのか?」
 いわゆるデジタルフォトに近いものであったので、興味がわいた。

「これ、知らないの。タクト?」
「え? なにがだ」
「プリクラ撮ったらIDとか書いてあるじゃん? バーコードとか」
「そんなものあったか?」
「あったよ! そのIDとかバーコード使うと、無料でサイトからダウンロードできるんだよ☆」
「なるほどな……俺も帰ってダウンロードしてみるか」
 そう言うと、ミハイルは嬉しそうにニッコリ笑った。

「オレの写真、メールで転送してやるよ☆」
「す、すまんな……」
 その作業はアンナちゃんにやらせてよくね?

 色々と手順が面倒な多重人格さんだな。
 駄弁りながら、俺とミハイルは赤井駅に向かった。

 そして電車に乗ると、今回は真島(まじま)駅で降りるのではなく、席内(むしろうち)駅で二人して降りた。

「さあ、タクト☆ オレが席内を案内してやるよ☆」
「了解した」
 案内されるまでもないだろ……。
 席内(むしろうち)駅から降りると、右手に大型のショッピングモール、左手にはさびれた商店街があった。

「タクトは席内は初めてか?」
「いや、何回か買い物にきたことある」
 ミハイルの住む、席内市とは福岡市に隣接する町だ。
 福岡県の北東部あたりか。
 個人的にはお年寄りが多い印象だ。

「じゃあ席内の『ダンリブ』はいったことあるか?」
 ダンリブとは大型のショッピングモールのことである。
「だって駅の目の前だろ? あそこぐらいしか遊べないだろ」
 俺がツッコむとミハイルはブーッと頬を膨らます。
「そんなことないぞ! ダンリブ以外にも醤油の工場とか、大きな図書館とか、大根川(だいこんがわ)があるんだぞ!」
「へぇ……」
 これはいわゆる福岡市外民の妬みである。
 俺の住んでいる真島(まじま)はギリギリ福岡市内である。
 福岡市と福岡県では都会ぽさが段違いなのだ。

「他にもオレが知らないだけで、もっともっといっぱいあるんだからな!」
 郷土愛が強いんだね、知らなかった。
「わかった、落ち着け。とりあえず、お前ん家に行くんだろ?」
「そ、そうだったな☆」
 機嫌を取り戻して、鼻歌まじりで行進するミハイル。

 駅から左手に向かい、商店街の門構えが見えてきた。

『席内商店街』

 何件かシャッターを下ろしている。
 真島と同じく、時代の波か……。
 悲しいものだな。

 商店街を歩いているとミハイルは「この店はうまい」とか「あの店はプラモデル屋」とか丁寧に説明してくれた。
 『真島への恩返し』か?

「ついたぞ!」
「こ、これがミハイルの家か……」
 俺はバリバリのヤンキーママが立っているスナックかと思っていたが。

『パティスリー KOGA』

 色とりどりの花々が店の前を囲んでいる。
 一つ一つがよく手入れされている。
 入口の前にはイスが置いてあって大きなクマさんのぬいぐるみが座っている。(リボン付き)

 可愛すぎだろ! この店!
 ヤンキーが営む店じゃねぇ!

「入れよ、タクト☆」
 目を輝かせながら手招きするミハイル。
「あ、ああ……」
 ギャップに驚かされた俺は戸惑っていた。

 チャランと美しい鈴の音が鳴る。

 うちの店もこんな可愛らしい音に変えてくんねーかな……。
 腐向けのイケボボイスには毎回、悩まされるからな。
 配達員なんかドン引きだよ。


 店内に入るとケーキや洋菓子のあま~い香りが漂う。
 ショーケースのなかのケーキはフルーツがふんだんに使われており、宝石のようにキラキラ輝いて見える。
 他にもチョコレート、クッキー、マドレーヌ、などのお菓子が店中に並べられている。
 所々にクマさんのぬいぐるみが置いてある。
 ミハイルの趣味か?

「いらっしゃい!」

 ハキハキとした声で言われた。

 カウンターの前に立っていたのは、コックコートを着た長身の女性。
 ミハイルと同じく金髪でポニーテール。
 そしてエメラルドグリーンのハーフ美人。
 ただ違うところといったら、胸がパンパンに膨れ上がっているところだ。
 ここにも巨乳がいたのか……キモッ!
 
「なんだ、ミーシャか」
「うん、ただいま☆ ねーちゃん!」
 この人がミハイルのお姉さんか。
 
「おかえり。ん? そこのあんちゃんは?」
 鋭い眼つきで威嚇するお姉さま。
 まるで、狩りをする獅子のようだ。
 あれ、この感覚。なんだか誰か似ているような……。
 宗像先生か!

「あ、あの。俺、新宮(しんぐう) 琢人(たくと)と申します!」
 一応、姿勢を正して頭をさげる。
「ほう……お前が『噂のタクト』か?」
 顔を上げると、妖しく笑うお姉さまのお顔。

「よし、今日は店じまいだ! 酒を買ってこい、ミーシャ!」
「やったぁ~ パーティだな☆ ねーちゃん!」
「ああ、(りき)やここあ以外の人間は初めてだからな!」
 なにそれ? おたくのおねーちゃん、アル中なの?

 ミハイルはお姉さまから財布を預かると、「タクトは待っとけよ、ダンリブ行ってくる☆」と言って鼻歌交じりで店を出て行った。

「さあ……タクトくんとやらの話を聞こうか?」
 なんだろう、背後から『ゴゴゴゴゴ』というスタンドが見えるの俺だけですか?

「あたいの名はヴィクトリアだよ、ピチピチの二十代だぞ」
「ははは、俺は17歳です」
「へぇ、ミーシャの2個上か~ ちょうどいいね~」
 なにがいいの? 怖いよ、ミーシャのお姉ちゃん。

「今夜の酒の肴はお前だよ、坊主」
 こ、こえ~

「俺ですか?」
「ああ、だってあたいの可愛いミーシャを初めてお泊りさせやがった男なんだからなぁ」
 口からなんか漏れているよ、凍える吹雪じゃないですか?

「今日は泊まっていけ、坊主」
 これを拒否れば殺される。
「は、はい。お姉さま!」
「だーれがお姉さまだ? ヴィッキーちゃんと呼べ!」
 ちゃん付けできる年じゃねぇだろ。
「は、はい。ヴィッキー……ちゃん、さん」
「ああん?」
 やっぱりヤンキーだよ、こんなパティシエ存在したらあかん!


 その女は無言で店のシャッターを閉じると、振り返ってニヤリと笑う。
「さあ、これで時間はたっぷりできたなぁ、坊主」
 こ、こえ~
 なにこれ? 俺ってば今から殺されるの?

「は、はあ」
「なんだぁ? 男ならシャキシャキ喋れないのか、バカヤロー!」
 バカヤロー? お前の所属している組はどこだよ?

「す、すんません!」
「フン、こっちにこい」
 生唾を飲む。殺されるのかも知らんからな。

 お姉さまことヴィクトリアのあとに続く。
 店の裏に回る。
 どんどん奥へと入っていくと、少しさびた外付け階段が見えてきた。

「あがれ」
「はいっす……」
 どうやら、俺の家同様に店の二階が自宅のようだ。

 階段をあがると、『KOGA』と玄関の標識があった。
 その下には『ヴィッキーちゃんとミーシャ☆』とある。
 ヤンキーのくせして、可愛いことが好きなんだな。この姉弟。

 鍵をあけるヴィクトリア。
 だが、ドアノブに手を回すと舌打ちした。
「クソがっ、ポンコツのドアめが!」
 そう言うと、自宅のドアをガンッガンッ! と蹴りまくった。
「な、なにやってんすか?」
 振り向くその顔は鬼のそれと同じだ。

「ああん? オヤジが残した家だからボロいんだよ。こうやってたまに蹴らないと開かないんだ、よ!」
 ボカン!と何かが壊れた音がした。

「おし、開いたぞ」
 ええ……壊れただろ、絶対。

「ほら?」
 ヴィクトリアは「な☆」と言いながら、ドアが開くところを見せてくれた。

「じゃ、入れ。私はシャワー浴びるから、坊主は適当にくつろいでくれ」
「え?」
「なんだ? 一緒に入りたいのか、このスケベ坊主~」
 むっかつく女だな、コノヤロー!
「ま、ミーシャの部屋に入ってたらどうだ?」
「は、はあ……」
 
 俺は「お邪魔します」と一応、挨拶してから靴を脱ぐ。

 家の中もやはり店と同様のクマのぬいぐるみが一面に並んでいた。
 廊下には夢の国のネッキーのポスターやスタジオデブリのパズルアートが飾ってある。
 本当に男っ気のないところだな。

 そのポスターとポスターの間にトイレや洗面所がオセロのように挟まれている。
 ヴィクトリアは客人の俺を残して洗面所へと向かった。
 洗面所の奥は浴室が見える。
 先ほど俺に言った通り、シャワーを浴びるようで、服を脱ぎだした。
 気がつけば、ブラジャーとパンティーのみ。
 俺は思わず、彼女に背を向けた。
 ヴィクトリアは構わず、鼻歌交じりで浴室の扉を開いたようだった。
 
 どうして、俺の周りの女どもはこうも裸族ばかりなのだ?

 頬が熱くなるのを確認すると、俺は勝手に廊下の奥へと進む。
 だって、ねーちゃんが「ミーシャの部屋に入ってたらどうだ?」とか言ってたしな。

 廊下を抜けるとリビングが中央にあり、左右に二つの部屋があった。
 
 左手の部屋の前には律儀にもネームプレートが貼り付けてあった。
 ハートの形で『ミハイル☆』とある。

 これか、ミハイルの部屋は……すまんが勝手に入るぞ。

 俺は心で一応謝っておきながら、無断で彼の自室に踏み込む。

「なんじゃこりゃ……」

 壁紙はピンク色でハートや星の柄入り……。
 なんかいけないホテルじゃねーか?

 部屋中、ネッキーやその愉快な仲間たちのぬいぐるみでいっぱい。
 もちろん、デブリのドドロやボニョも欠かせない。

 絨毯は安定のネッキーとネニーのチューショット。(キスしているだけに)

「どんだけラブリーなんだよ、ミハイル……」

 彼の趣味はわかってはいたが、いざ部屋にあがってみるとエグいな。
 だって彼女の部屋じゃないんだぜ?
 しかも、なんか甘ったるい匂いがする……。

 俺はリュックサックを床に下ろすと、近くに飾ってあったコルクボードに目をやった。
 たくさんの写真が貼ってある。
 幼いころのミハイル、制服姿のヴィクトリア、そして……。

「これは……あいつの」
 一つの写真が気になった。

 ヤンキーっぽい男性が中央に立ち、たくましい両手で二人の女性の肩を抱いている。
 眩しいぐらいな笑顔で。
 そして、左には制服姿のヴィクトリアらしき少女。
 最後は優しそうに笑う美しい女性。
 金髪でエメラルドグリーンの瞳。

「ミハイルの母さんか……」
 その証拠に女性の両手には生まれて間もない赤ん坊が大事に抱えられている。


「ただいま~っ☆」
 
 俺は慌てて、コルクボードから離れた。
 別にやましい気持ちがあったわけではない。
 だが、以前ミハイルから親は死別していると聞いた。

 勝手に入って、人様の大事なものを土足で踏みにじっているような感覚を覚えたからだ。

「お、おかえり。ミハイル……」

 ミハイルと目があう。
 彼はボンッ! と顔を真っ赤にさせて、俺を部屋から追い出す。

「なんで勝手に入っているんだよ! タクトのバカ!」
「いや、姉さんが入っとけって……」
「冗談に決まってんだろ!」

 そう言うと、彼は「ちょっと待ってろ!」と言って、部屋の扉を乱暴に閉めた。
 バタン! という音と共に、可愛らしいネームプレートがカランカランとゆれた。

 エロ本でも隠してたんか?

 そういうものは共有しようぜ!
「も、もういいぞ! タクト」
 顔を赤らめて、扉を開くミハイル。
 特段、部屋の見た目は変わってない。
 やはりエロ本の隠し場所でも変更していたのか?

「ああ……」
 俺は待つこと5分ほど。やっと許可が下りたので彼の部屋へ入ることにした。

「どこにでも座ってくれよ☆」
「すまんな」
 部屋の真ん中あたりに小さなガラス製のちゃぶ台がある。
 ちなみに形はハートである。

 ちゃぶ台を挟むようにして、これまたハートのクッションが二つ並んでいた。
 今日はバレンタインデーでしたかな?

 俺は右手にあるクッションに腰を下ろした。
 ミハイルが「飲み物はなにがいい?」と聞いてきたので「コーヒー、ブラックで」と答える。
 彼は俺の答えにニカッと微笑み、リビングまで小走りで去っていった。

 やけに嬉しそうだな。
 こいつもこう見えて、友達が少ない……可哀そうなやつなんだろうか?

 ちゃぶ台の前に目をやった。
 今時、珍しいブラウン管のテレビ。
 ベゼルが太すぎぃ~なせいもあってか、ハートのシールが貼りまくってある。
 これでは映像を見る際、ハートが気になって集中できないのでは?

「お待たせ☆ タクトのぶん!」
 ミハイルはネッキーのグラスを差し出した。

「あ、ありがとう」
 なんかコーヒーが似合わないよ!

 だが、俺好みのアイスコーヒーで旨い。
 スクリーングの疲れが吹っ飛ぶぐらいだ。

 ミハイルは俺の対面に腰を下ろすと、なぜか正座している。
 ショーパンを日頃から履いているせいもあってか、ヒップが更に強調され、白くてきれいな太ももが堪能できる。
 くっ! ヤンキーのくせしてお行儀が良すぎかよ!

「じゃあオレもいただきまーす!」
 そう言うと、ミハイルはネニーのグラスを両手で持ち上げた。
 俺と違い、いちごミルクでストローつき。
 まあこいつはお口がちっさいからな。

「んぐっ……んぐっ……」
 なんで、君が飲み食いしていると違う音に聞こえるかね。

「ぶはぁっ! はぁ、はぁ……おいしかった☆」
 それ、本当にいちごミルク?
 別のミルク入ってない?

「ところで、ミハイル」
「ん? なんだ?」
「お前の姉さんが『今夜は泊まっていけ』とか言っていたが……本気か?」
「え!?」
 ミハイルはボンッ! と顔を赤くする。

「ねーちゃんが、そんなこと言っていたのかよ!?」
「ああ」
「ど、どうしよう! タクトのパジャマがないよ!?」 
 そんなこと俺に言われてもな。
「ならば帰ろう。急に来て迷惑だしな」
 咄嗟に逃避フラグを立てておく俺、グッジョブ。

「え? か、帰るの!?」
 顔を赤くしたと思ったら、今度は驚くミハイル。
 表情豊かでいいですね。

「だって、母さんやかなでにも伝えてないしな」
「そ、それはそうだけど……かなでちゃんにはオレから電話しておくよ!」
 身を乗り出すミハイル。
 互いの唇が重なりそうなくらいな至近距離。

「却下だ。母さんはミハイルが我が家に泊まった時にこう言っていただろ?」
「?」
 俺はわざわざ母さんのものまねで答えてあげた。
「今度ミーシャちゃん家にお母さんのお菓子を持っていってちょうだい☆ ……とな」
「そっか……でも気にしなくていいよ☆」
 くっ、早くしないとおんめーのねーちゃんが風呂から上がるだろうが!

「いいか、ミハイル。大人には見栄ってのがあってな。菓子折りぐらい持っていかせるのが大人の常識……」
 と言いかけた瞬間だった。
 ミハイルの部屋の前で仁王立ちしている女を発見。

「いらねーよ、そんなもん」

 そのお人はまたもやブラジャーとパンティのみという防御力ゼロの装備で、俺の目の前に現れた。
 逃避フラグが折れた……。

「だいたい、あたいはパティシエだぞ? 菓子なんぞ、こっちが土産としていくらでもやるよ」
 背後から『ゴゴゴゴゴ』とスタンドが動き出す。

 これは……なにか口答えすれば、殺される。

「あ、今晩お世話になりまーす」
 苦笑いでごまかした。
「坊主、お前。飲み込みが早いな☆」
 きっしょ!

「あぁ!」
 突然、慌てるミハイル。
 そして、俺に飛びついて抱き着く。

「な、なにをする? ミハイル」
「だって、ねーちゃんが裸じゃんか!」
 絶壁の胸で俺の視界は真っ暗だ。
 だが、ミハイルの香りが心地よく、また彼の心音が聞けて、BGMは最高だ。

「ミーシャ、裸じゃないだろ~ 下着を着てるじゃん」
 ヴィクトリアの顔は見えんが、きっと意地悪そうな顔なのだろう。
「ねーちゃん! タクトは男なんだよ! 早く服を着て!」
 いや、お前もだろ。

「は? どうしたんだ、ミーシャ? (りき)だっていつもあたいの身体を見てるけど?」
「力はタクトと違うもん! あいつはちっさいころからねーちゃんの裸見てたもん!」
 ええ……ちょっと、ドン引きだわ。千鳥のやつ。

「はぁ? おかしなミーシャだな……ま、あたいは服でも着るべ」
 そう言うと、足音が遠くなる。
 その間、ずっと俺はミハイルの胸で暖められている。
 貧乳、ばんざ~い!
 
「も、もういいぞ……タクト」
 抱擁タイム、終了ですか?
 延長ってお願いできないんですかね。

「なんか色々とごめんな……」
 顔を真っ赤にさせて、モジモジしだすミハイル。

「まあ我が家もあんな感じだから、気にすんな」
「う、うん……」
 それが大問題なんだがな。

「じゃあ、お泊り決定だな! オレがかなでちゃんに電話しておくよ☆」
「いや待て……」
 話している途中だというのに、俺を無視して既にスマホで通話しだした。

「あ、かなでちゃん? うん、オレ☆ タクト、今日うちに泊まるからさ」
『了解ですわ。それより、ミーシャちゃん、ハァハァ……今日の下着は何色ですの?』
 隣りにいても聞こえてくる変態の声が(妹)。
「え? ブルーかな?」
『ハァハァ……そ、それでどんな形ですの? リボンは付いてますの?』
「普通だけど」
『ハァハァ、まだまだノーマルですのね。ミーシャちゃんは、デヘヘ……』
 俺はミハイルのスマホを取り上げると、電話をぶち切ってやった。
 人の友人になにを吹き込んでいるんだ、あの変態妹は。
「さあ食え! 坊主」
「あ、いただきます……」
 目の前にあるのはグツグツと音をあげる鍋。
 博多名物、もつ鍋。
 なんで、暖かくなってきたというか、暑くなりつつある春に?
 こういうのは冬に食うのがうまいと思うんだが……。

 リビングには年季の入った大きなローテーブルがある。
 傷やはがれかけのシールがチラホラと……。
 たぶん、ミハイルが幼いころから使っているんだと思う。

 ヴィクトリアはあぐらをかき、ストロング缶片手にニカッと歯を見せて笑う。
 ほぼオヤジじゃん。
 ショーパンをはいているんだが、サイズが小さすぎてパンツが『はみパン』しているよ……。
 タンクトップもゆるゆるで、ブラジャー丸見え。着ている意味あんの? ってなる。
「坊主、お前も酒を飲め!」
「いや……俺、まだ未成年っすよ?」
「ち、つまんねーやつだな」
 そこは守ろうぜ?

「タクト、乾杯しよう☆」
 俺とミハイルは仲良く、並んで座っている。
 気のせいか、いつも以上にミハイルとの距離が近い。
 太ももがピッタリとくっつけてくるから、それ以上のサービスを期待してしまう。

「ああ」
 俺の右手にはアイスコーヒー。ミハイルはいちごミルク。
 グラスとグラスが音を立てて、宴会のベルが鳴る。

「「「かんぱーい!」」」
 ヴィクトリアは宙にストロング缶を挙げている。

「ところで、ミハイル。お前、どうやって酒を買えたんだ?」
「え? ふつーに買ってきたけど?」
 くわえ箸は良くないぞ、ミハイル。

「どうやって? お前はまだ未成年だろ。年齢確認はどうした?」
「は? そんなもん、毎回やってねーよ?」
 なん……だと!?

「バカヤロー! 私たちの『ダンリブ』だぞ! 顔パスだ、んなもん」
 ヴィクトリアは一気にストロング缶を飲み干すと、新しい缶を開ける。

「いやいや、ミハイルは15歳ですよ?」
「なに言ってんだ、坊主。ヒック……生まれてからこの方、席内で育ってんだ。あたいが成人してるのを『ダンリブ』も知っているから問題ねーの」
 問題大ありだ、バカヤロー! ダンリブに謝れ!

「でもですね……」
「しつけーやつだな。ヒック、いいか? あたいの店は生まれる前からオープンしている。席内じゃ、ちょっとした老舗なんだよ……ダンリブより歴史が古いっつーの!」
 つまりコミュティとして、連携が取れていると言いたいのか?
「なるほど……しかし、ヴィクトリアさんが買いにいけば問題ないのでは?」
「ヴィッキーちゃんって言えったろ、坊主!」
「す、すんません! ヴィッキーちゃん!」
 怖いやつにちゃん付けできるかよ……。

「うし。ヴィッキーちゃんは毎日パティシエやって疲れているから、ミーシャはお使いするのは当然にゃの☆」
 そして、また新しいストロング缶を開けるヴィクトリア。
 ちなみに500ミリ、リットルのサイズ。
 それをジュースのように飲むおねーちゃん。

「オレのねーちゃん、優しいだろ☆」
 わざわざもつ鍋をよそうミハイル。
 あーた、気を使える子だったのね。
「ありがと、ミハイル」
 小皿を受け取ると、彼は嬉しそうに笑う。

「なあ……坊主」
 俺とミハイルのやり取りを不機嫌そうに睨むヴィクトリア。

「は、はい! なんでしょう?」
「お前、ミーシャとどういう関係だ?」
 なにそれ? 結婚前の親父発言じゃん。

「えっと……俺とミハイルは……」
「ダチだよな☆」
 なぜか俺の腕にくっつくミハイル。
 ちょっと、やめてくれる?
 今の流れだと変な関係に見られるじゃん。

「ダチ……ねぇ……」
 ストロング缶を一気飲みすると、今度はウイスキーをグラスに注いだ。
「ねーちゃん、タクトっていいやつだろ☆」
「ふーむ……あたいはまだ坊主とはダチじゃねーからな」
 いや、オタクとダチになる必要性あります?

「よし、こうしよう! 坊主と野球拳して、あたいに勝ったらダチとして認めてやる!」
 いやいや、根本的に間違っているし、セクハラだし。
「絶対に負けるなよ! タクト!」
 なんか拳つくって「センパイ、ファイト!」みたいな熱意がすごい。

「まかせろ、ミハイル」
「言ったな、坊主。てめぇの『ぞうさん』を丸見えにしてやんよ!」
 卑猥なお姉さんだな、もう!


 ~10分後~

「ねーちゃん、もう許して!」
 泣き叫ぶミハイル。
「うるさい! ミーシャは黙ってろ!」
 既にウイスキーはグラスではなく、瓶を直で飲んでいるヴィクトリア。

「もうやめにしましょうよ……ヴィッキーちゃん」
「ああ!?」
 凄んでも無駄だよ。今のあんたの姿。

「ねーちゃん、もうパンツだけじゃん!」
 そうそう今のあんた、セクハラってレベルじゃねーぞ!
 パンティ一枚で重たそうなおっぱいがぶらんぶらん……。
 
「やかましい! まだ最後がある!」
 見たくないし、誰も得しないよ。この勝負。

「「ジャンケン、ポン!」」

「だぁ~、なんでそんなに強いんだ、坊主!」
 知らねぇよ、あんたが酔っぱらってからじゃね?
「しゃーねー、あたいの全部を見せてやんよ!」
 と言って、パンティに手をかけるヴィクトリア。
「ダメだよ、ねーちゃん!」
 それを必死に止めにかかる弟。
 健気だ……そして、グッジョブ!

「離せ、ミーシャ! 勝負に負けたらルールは守らんと気がすまん!」
「そんなこと守らなくていいよ、ねーちゃん」
 こんな家庭じゃまともに育つわけないよな……。

「あたいの名が廃るんだよ!」
 なにをこだわっているんだ。
「すんません、なにが言いたいんです?」
「あたいは『それいけ! ダイコン号』の総長なんだよ!」
「……」
 お前が犯人か!
「あたいは『それいけ! ダイコン号』の総長なんだよ!」
「……」
 だからなんだって話。
 それより早く服を着てあげて、ミハイルが可哀そうだぜ。
「ねーちゃん! おっぱい丸見えだって!」
「ミーシャ! 勝負は絶対に勝たないとダメなんだ!」
 ただの野球拳じゃん。 

 ~1時間後~

「ヒック……ミーシャはもう寝ちゃったか?」
 壁にもたれかかって、片足を伸ばすヴィクトリア。
 ミハイルより肉付きはいいが、色白で美脚だ。
 
 俺がおそだしジャンケンで負けてやって、どうにか納得したねーちゃん。
 ミハイルはヴィクトリアの相手に疲れてしまったのか、俺の隣りでスヤスヤ寝ている。
 やはり昨日の『アンナ』や『デート』、それに『徹夜L●NE』がこたえているのかもしらん。
 身体を丸くして寝ている。
 寒そうだな……。

「ほれ、これをミーシャにかけてやれ」
 ヴィクトリアがタオルケットを俺に投げた。
 手に取ると、これまた例の可愛らしいクマさん柄。
 このクマさんはお姉さまの推しか?

「あ、わかりました……」
 起さないようにそっと、タオルケットをかけてあげる。
「ううん……タクト…」
 寝言なんだろうが、なんだか恥ずかしくなる。

「よっぽど、坊主を気に入っているみたいだな?」
 お姉さん、ウイスキー瓶二本目ですよ?
 ラッパ飲みは良くないと思うんです。
「そうですか? 千鳥や花鶴もこんな感じでしょ?」
 俺がそう言うと、ヴィクトリアは眉間にしわを寄せる。
「全然違う!」
 激おこぷんぷん丸だよ。

「具体的には?」
「まずミーシャはあたいが可愛く可愛く育てていたんだぞ! おっ死んだ両親に代わってな!」
 これ説教だろ。しかも酔っぱらってから更にめんどくさい。
「は、はぁ……」
「だが、坊主に出会ってからなにやらコソコソとしやがって! つまんねーんだよ!」
 寂しいだけだろ! 思春期なんだからしゃーないよ。
「それはミハイルの年なら普通のことでは?」
 自家発電とかね!

「んにゃ! 全然違う! 坊主は劇薬だ!」
 そのお言葉、そのままお返しします。
「そういえば、『それいけ! ダイコン号』の初代総長とか言ってましたよね? ミハイルは2代目なんですか?」
「はぁ? なんでミーシャが関わってくるんだ?」
「なんか、一ツ橋高校で噂になってまして……」
「それはない。ミーシャはあたいが可愛く可愛く育てたんだ。確かにケンカは教えたが、人様の迷惑になるような弟じゃないよ」
 このブラコン姉貴!

「じゃあなんで……」
「知るか! あたいも蘭も日葵も『売られたケンカは買う』だけだったからな……」
「え?」
「は?」
 なんか今聞きなれた名前が……。

「その……蘭って」
「ああ、蘭は副長だったよ。今は一ツ橋の教師だったよな」
 ファッ!?
 元ヤンが教師かよ……そりゃあんなバカ教師になるわな。

「じゃあ白金は?」
「なんだ? 日葵と知り合いか? ヤツはああ見えて特攻隊長だったんだ。ちょっと待ってろ」
 ウイスキー瓶片手に自室へと入るヴィクトリア。
 戻ってくると一枚の写真を俺に差し出した。

「こ、これは……」
 俺の目に入ったのは、若かりし頃のヴィクトリア。
 紫色の特攻服を羽織っている。
 もち、『それいけ! ダイコン号』の刺繍入り。
 私たちバカですって言っているようなもんだろ。
 芸人にでもなればよかったのに。
 
 ウンコ座りして大根を担いでいる。
 この時から巨乳なんだな。チューブトップからはみ出る胸の谷間。
 キモッ!

「ん? こっちは誰ですか?」
 ショートカットの黒髪の少女。
 目つきがかなり鋭い。
 そして巨乳。
 大根を同じく担いでいる。
 食べ物は粗末にするなよ。
「ああ、それは蘭だ」
 やっぱね……。

「うげっ! なんすかこのオ●Qは?」
「それは日葵だ」
 ええ……。
 大根にかじりつく少女。
 顔面白塗りお化け……といったところで、誰かさっぱりわからん。
 しかも目の周りに真っ黒のアイシャドウ。
 パンダかよ。

「こ、これで特攻隊長だったんすか……白金の奴」
「ああ。『頭突きのお化け』で席内じゃ有名だったぞ?」
 これはいわゆる黒歴史というやつでは。

「白金もヤンキーだったんすか?」
「まあ、あたいたちがやってきたことが『ヤンキー』というのかは知らんが、さっきも言ったけど『売られたケンカは買う』てことだけをしていたからなぁ……」
 ウイスキーをガブ飲みは良くないと思われます。

「じゃあ自らケンカすることはなかったと?」
「まあそうだな、あとは弱いものいじめしているヤツらはボコボコにしてやったけど」
 それ、立派といえば立派だけど、ちゃんとしたヤンキー!

「なるほど……ところで、ヴィッキーちゃん」
「あん?」
「この写真お借りしてもよろしいですか?」
「なんだ? あたいの写真でおかずにする気か? ヒック……」
 ニヤつくヴィクトリア。
 誰がこんなクソきもい写真で自家発電すっかよ。

「いや、ちょっと取材として……」
 これはいい素材だからなぁ~
「取材? 坊主、記者でも目指してんのか?」
 それよく言われるな。
「いえ、俺はこう見えて作家ですんで」
「作家? なるほど、繋がったな。だから、日葵と知り合いなんだな?」
 全部つながったよ、バカヤロー!
 こうなることも見通しての策略か、クソ担当編集、白金 日葵。

「ま、まあそうですね……」
「なぁ、坊主」
「はい?」
 ヴィクトリアは俺に近寄り、頭を撫でる。
 俺が彼女を見上げると、優しく微笑んだ。

「ミーシャと仲良くしてくれて、ありがとな。最近、よく笑うんだあいつ……」
「え……」

 当の本人と言えば……。
「ムニャ……タクトぉ……」
 とさっきから連呼しているんだが。
 気づかれてない? ヴィクトリアに。
「いいがぁ? ぼうず……」
 もう呂律が回ってないよ、ヴィクトリア。
 かれこれ、数時間も俺はこの酔っ払いにからまれている。
 寝ちゃダメなの、俺は?
 スマホをチラ見すると『2:58』。

「あの……」
「なんだぁ? あたいとエッヂなことでもじだいのがぁ?」
 はぁ、疲れるな、独身アラサーの酔っ払いは。

「俺、そろそろ帰っていいですか?」
 なぜならば、あと一時間で朝刊配達が始まるからだ。
「なんだと!? 泊っていけったろ、坊主!」
 急に立ち上がるヴィクトリア。
 なぜか巨大なクマさんのぬいぐるみを抱えている。
 よっぽど好きなんだな、クマさん。

「いや、俺。仕事があるんで……」
「仕事だぁ? こんな時間に働く仕事なんてあるのか?」
 あるわ、ボケェ!
「新聞配達やっているんです。朝刊と夕刊」
「……ほう、坊主。勤労学生だったのか」
 勤労って……。

「なら仕方ないな……だが、電車は動いてないぞ?」
 げっ! そうだった!
 ど、どうしよう? タクシー使ってもいいけど、金がかかる。
 ただでさえ、うちは俺の収入でどうにかやっているのに……。

「あ、歩いて帰ります……」
 泣きそう!
「席内からか?」
「はい」
 歩いて一時間くらいか。徹夜でウォーキングとか苦行すぎ。

「坊主、バイクの免許持っているか?」
「原付なら……」
「ならあたいのバイクを貸してやる」
 そう言うとヴィクトリアはよろけながら立ち上がる。

「ヒック……こっちこい」
「はぁ」
 手招きされて、家を出る。
 去り際、ミハイルの寝顔を拝んて行く。
 やはり、こいつは可愛いな……。

「ミーシャのことなら後であたいが伝えておくよ」
 見透かされたようにツッコまれる、俺氏。
 ヴィクトリアはミハイルの女装の件を把握しているのだろうか?

 家を出ると春先とはいえ、夜中だ。けっこう冷える。
 階段を下りて、裏庭に出ると物置が見えた。
 ヴィクトリアは物置を開くと、ビニールシートで覆われた大きな物体の埃を落とす。
「久しぶりだからな……動くかな?」
 なんか嫌な予感。
 彼女がビニールシートを勢いよく取り払うと、そこに衝撃のバイクが!

「こ、これは……」
 バイク全体がピンク色で塗装されており、所々にハートやおなじみのクマさんのステッカーが貼られている。
 痛車? 萌車? なにこれ?

「あたいの愛車、『ピンクのクマさん号』だ☆」
 まんまじゃねーか。
「懐かしいなぁ、さっき見せた写真あっただろ? あの頃に乗り回してたんだ」
 族車だった……。

「お借りしてもいいんですか?」
「は? やるよ?」
 いらねぇ!
「それはさすがに……」
 絶対にお断りしたい代物だからな。

「なんだと、坊主……あたいの宝物が気に食わないってのか!?」
 腰をかかがめて、睨むヴィクトリア。
 あの……キモい巨乳が露わになってます。『中身』も見えそうだから、やめてください。

「いえ、宝物ならなおさら……」
 俺がそう言うと、ヴィクトリアはニッコリと微笑む。
「だからだろ☆」
「へ?」
「あたいの宝物はミーシャ。そのダチなんだ……」
 ヴィクトリアは優しく笑いかけて、俺の頭を撫でる。
「だから坊主に託すよ」
 それ俺に託しちゃダメだろ。ミハイルに託せよ。

「ガソリンは入っているんすか?」
「ああ、こんな時のためにちょくちょくメンテしていたからな」
 クソッ! 歩いた方がマシじゃねーか。

「じゃあお借りします」
「やるっつたろ!」
 クッ、忘れてないのかよ。酔っぱらいのくせして!

 俺は痛い族車にまたがる。
 ヴィクトリアは満足そうに微笑む。
「よく似合っているぞ、坊主」
「は、はぁ……」
 バイクに鍵はつけっぱなしだ。
 鍵を回すとエンジンが音を立てて、俺に挨拶する。
 ものは悪くない。しかし、問題は見た目。

「また遊びに来いよ? 坊主」
「はい……何からなにまでお世話になりました」
 もう二度とお世話になりたくない。

「いいってことよ☆」
 俺はアクセルを回して、ゆっくり裏庭から発進する。

 店の前まで来ると、商店街は人っこ一人いないことが確認できた。

「坊主!」
 振り返ると、ヴィクトリアがわざわざお見送り。
「はい?」

 バイクに乗っている俺に近寄り、耳元でささやく。
「ミーシャを泣かしたら……おめぇ、殺すからな☆」
 一回泣かしたから死刑宣告かな?

「はは……俺とミハイルは仲良いですよ?」
「ならいいんだ☆」
 ヴィクトリアは数歩下がり、両手を腰にに回す。
 夜風に吹かれて、美しい金髪が揺れる。
 優しく微笑む彼女はまるで、映画のヒロインのようだ。

 やはり姉弟だな……。
 巨乳じゃなかったら惚れていたかもしらん。

「じゃあ、また……」
 俺はアクセル全開でエンジンをふかす。
 ヴィクトリアは笑顔で手を振っている。

 不思議な女性だ……。
 この人のもとで育ったからこそ、ミハイルはあんなにキラキラと輝く少年になったんだろうな。

 俺は夜道を族車で、走る。
 思い起こせば、こんなに人とちゃんと接したことはなかったろうな。

『そこの原付! 止まりなさい!』

 ミラー越しに背後を確認すれば、パトカーがサイレンを鳴らしている。

「あ……ヘルメットしてなかった」