勝手にインストールされ、勝手に設定された俺のスマホアプリ。
その名もL●NE。
巷では既読スルーが横行していると聞く。
ので、俺は10代だというのに、このアプリを使うことはなかった。
というか、断っていたのだ。
担当編集の白金も「ええ! L●NE使わないんですか?」と驚いてた。
毎々新聞店長も「シフトとかあるからさ、L●NE使おうよ」と新手の詐欺のように、勧誘する始末。
俺は人や時間に縛られるのが嫌いだ。
だから、今まで使わずにすんでいたのに、この女装男子、アンナにしてやられたのだ。
当の本人といえば、ニコニコ笑いながら、俺のスマホをタップしまくっている。
「はい☆ これでタッくんと繋がれたね☆」
その繋がりってのがエロくも感じるが、ストーキングにも感じる。
「そ、そうか。で、なにを送るんだ、これ?」
「スタンプとか送るんだよ。あとで、アンナからタッくんに送るね☆」
強制ですか?
「ならば、そろそろ帰ろう」
「うん☆」
アンナを博多駅まで、紳士的に送り届けることにした。
彼女はどうやら、俺が住んでいる真島より遠くに住んでいるらしく、博多駅でお別れだそうだ。
ま、そりゃ、そうだわな。ミハイルとアンナは、二人で一人。
「じゃあ、あとでね☆ タッくん!」
笑顔で手をふるアンナ。
「おう、またな」
博多口に一人彼女を残して、俺は改札口に向かった。
駅のホームで次の列車を待つ。
「まったく、なにがしたいんだ? ミハイルのやつは」
ひと段落ついたことで、何気なくスマホに目をやる。
通知が偉い数になっている。
その数、100件以上。
なにこれ? 新種のウイルスにでも侵入されたんけ?
8割はアンナ。
『今日は楽しかったね☆』
『アンナだよ?』
『(*´ω`*)』
『タッくん、いまなにしているの?』
『アンナはネッキーと一緒だから、帰りは心配しないでね☆』
あったま、おかしーんじゃねぇの!?
残りの2割は妹のかなでと母の琴音さん。
かなでから、
『ミーシャちゃんと会えましたの? おみやげは、男の娘でおなーしゃすですわ』
琴音から、
『かーさん、“かけ算”するのに材料が足りないの。帰りに本屋で新鮮なネタを買ってきてちょうだい』
クソがっ!
ともかく、俺のスマホが緊急事態宣言を発令しているので、後者の2人は捨て置いて。
アンナに返信することにした。
『今日は楽しかったぞ。気をつけて帰るがよろし』
すぐに既読のマークがつく。
早すぎてこわっ!
「L●NE!」と通知音が鳴る。
『タッくん、プリクラ大切にしてね☆ また今度取材しよ☆』
「……」
こ、こぇぇぇぇぇ!
プリクラを机やテーブルに貼ったら殺されそうだ。
大切にしまっておこう。
知らんけど。
そうこうしているうちに、ホームに列車がつく。
車内は夕方ということもあり、遊び帰りの若者、会社帰りのサラリーマンやOLで、座席は埋まってしまった。
俺は電車のドアにもたれながら、今日のことを振り返っていた。
『タッくんなら……タクトくんさえ良ければ、アンナを使って!』
あの夕暮れでの誓い。
胸にすごく響いた。
こんな俺を女装してまで、無理して、頑張って……。
さぞ辛かったろう。
もう彼女は、立派な取材対象だ。
アンナというヒロインは、他にいないだろう。
これでいこう。
主人公はどうする?
その時だった。
スマホがブブブ……と音を立てる。
画面に視線を落とせば、『ロリババア』
「チッ、白金かよ」
人が余韻にひたっていたのに……。
「俺だ。なんか用か? 今電車のなかだ」
ヒソヒソ声で喋るが、周囲の視線を感じる。
『あ、白金ちゃんです!』
「バイバーイ」
『ま、待ってください! ラブコメのプロットは、考えられましたか?』
クッ! 今考えてたところだよ!
「ああ、取材の効果が出た。ヒロインは決まりそうだ」
『本当ですか!? 童貞のセンセイにモテ期が来たんですか!?」
「うるさい! とりあえず、切るぞ」
『わかりました。では、明日打ち合わせしましょう!』
「おまっ、まだプロットはできて……」
ブツッと、耳障りな切られ方をしたので、スマホを床に叩き割ってやろうと思った。
「あ、俺……明日学校じゃん」
そうアンナとのデートで、浮かれていた。
明日が第二回目のスクーリングであることを、忘れていたのだ。
嫌な予感が不可避。
きょうはにちようび、ぼくのなまえは、しんぐう たくと。
ことしで18さいになる、こうこう1ねんせいだよ。
ぼくはおしごともやってる、えらーいにんげんなんだぞ!
「……」
プロットを書いていたら脱線してしまい、アホな文章になってしまった。
担当編集の白金から、『明日打ち合わせしましょう!』と身勝手な電話があった。
その後、電話をかけ直したが、着信を無視されているみたいだ。
メールでも『明日はやめくてれ』と送ったが、返信なし。
というか、日付変わってから、もう『今日』なんだけどな。
あと5分で午前7時。
朝刊配達を終えて、今日も眠気マックスだ。
妹のかなでは、まだ夢の中。
きっと母さんも仕事で疲れて……じゃなくて、ウイスキーでオンラインBL飲み会やってたから、自室で寝落ちしている。
なので、俺は物音を立てないように、静かにリュックサックを手にとった。
リビングで食パンを焼く。
地元の真島商店街で、買いだめしているコーヒーを淹れる。
「いい香りだ……」
余韻にひたりながら、というか、現実逃避しながら朝食を楽しむ。
久しぶりに徹夜で小説のプロットを書いていた。
未完成だが。
ピコン!
「またか……」
徹夜したもう一つの理由はこいつだ。
ピコン!
タップする間にも次々送られるL●NE。
ピコン! ピコッ……ピコン!
見たくない。もうお腹いっぱい。
アンナちゃん、数秒刻みで送ってくるから、スマホが熱々になっちゃったよ。
イキスギィな行為だよ。
「はぁ、なにやってんだか……」
朝食を終え、スタコラサッサーと真島駅に向かう。
もちろん、アンナのことは放置している。
付き合ってられん!
電車に乗り込むこと数分。
|席内駅についた。
プシューッという音と、共に一人の少年が同じ車両に入る。
「よ、よぉ、タクト……」
目の下、くまで酷いことになってるよ!
「ミハイル……お前、寝てないのか?」
そう言う俺も、声がいつもより小さい。
「タクトだって、くまがひどいぞ」
「ま、まあな」
互いに強がる。
だって、朝まで遊んでいたしな。いとこの古賀アンナと。
「ねぇ、いとこのアンナはどうだった? 可愛かっただろ☆」
それって自分で自分のこと、可愛いってことだぜ。
「ああ……可愛かったよ。ミハイルに似ているな」
俺がそうツッコミを入れると、彼は苦笑いで答える。
「そっか? あんまり言われねーけど」
おい、床ちゃんとにらめっこすんじゃない。それに今日も風邪か? 顔が赤い。
「なあ彼女はどこに住んでいるんだ?」
「アンナ? えっとどこだろ……」
歯切れが悪いな、設定ちゃんと決めておけよ。
~30分後~
俺とミハイルは、いわゆる寝落ちしていた。
「赤井駅~ 赤井駅~」
車掌のアナウンスが流れて、咄嗟に目を覚ますが、何かが俺の行動を邪魔する。
視線を横にやれば、ミハイルが俺の腕にからんで「ムニャムニャ……タクトぉ」とニヤついている。
可愛いけど、起きろ!
「おい、ミハイル! 赤井駅だぞ!」
「え? あっ、下りないと……」
時すでに遅し。
プシューという音と共に、車内の自動ドアが閉まる。
「「あっ!」」
この時ばかりは、息がピッタリだった。
ちこく、ちっこく~
「ど、どうしよう……宗像センセって怖いよな?」
ヤンキーのくせしてビビるな。
「まあ次の駅で折り返そう」
~更に20分後~
やっと俺とミハイルは赤井駅に到着した。
二人して「ほっ、ほっ、ほっ」と走る。
赤井駅からランニングだ。
いい汗をかいている場合ではない。
あの宗像のことだ。
きっと鬼モード不可避である。
長い長い上り坂、通称『心臓破りの地獄ロード』も走る、走る、走る!
これは俺たちが宗像先生への恐怖から成せる所業だ。
「み、見えたぞ! ミハイル!」
「うん!」
わざわざ、校門の前に一人の痴女が待ち伏せていた。
一ツ橋に正門など存在しない。
全日制の三ツ橋高校の正門である。
一ツ橋高校の正門とは三ツ橋高校の裏口のことだ。
なので、正門に一ツ橋の教師が立つなんて、よっぽどのことだ。
「くらぁぁぁぁぁ!」
鬼の形相で両腕を組む。アラサー痴女、宗像 蘭。
「遅刻だぞ、お前ら!」
今日のファッションチェック♪
宗像先生は総レースのスケスケボディコンですね。
トータルホワイトコーディネート。
足元もヒールの高い、白のハイヒール
胸元を開いているわけではありませんが、レースの中が丸見え。
巨大なメロンが二つもお山を作っています。
どこの立ちんぼガールですか?
「す、すいません! 徹夜だったんで……はぁはぁ」
「オレもっす……ハァハァ」
さすがのミハイルも息を切らしていた。
「お前らぁぁぁぁぁ!」
これは殴られること不可避。
覚悟を決めた。
「よく来れました♪」
鬼の形相から一転、優しく微笑む宗像女史。
ど、どういうことだってばよ!
「え?」
「だから遅刻してもよく来れたな、えらいぞ♪」
そう言うと、先生は俺とミハイルを抱きしめる。
「なにを!?」
「センセ!?」
「いいからいいから……お前らは本当によく頑張っているな。先生は嬉しいぞ」
なにが? おっぱいがプニプニ当たってて、キモいのなんのって。
あ、でも、ミハイルともくっついているから、嬉しいと言えば嬉しいが。
「や、やめてぇ……センセッ、そろそろ放してぇ……」
おいミハイル。声色が女だよ……色っぽいのう。
「おう、悪かったな、古賀」
「べ、別にいいっすけど……」
顔を赤くして、何度か俺の顔をチラチラと確認している。
「じゃあ、二人とも元気にスクリーングはじめよー!」
そう言うと、変態教師、宗像は俺とミハイルのケツをブッ叩く。
「いってぇ!」
「あんっ!」
ミハイルだけ変な声だな!
俺とミハイルは逃げるように校舎へと向かった。
ブッ飛び~な高校で死にそう……。
鬼教師こと宗像 蘭から、どうにか難を逃れることができた勇者タクトと聖女ミハイル一行。
果たして、痴女魔王のセクハラから逃れ、一ツ橋高校に平和をもたらすことができるのか!?
「ふむ……ちがうな」
俺は机の上に置いていたノートPCに、くだらない文章を書き起こしていた。
隣りのミハイルは可愛らしい寝息とともに夢の中だ。
ちなみに現代社会の授業中である。
俺とミハイル以外も、各々が好きなことをしている。
当の教壇に立つ若い無精ひげの教師は、コトを見なかったかのように授業を進める。
そう、無法地帯と化したのだ。
教師の話すことも、ほぼ毎日、ラジオやレポートで習ったことばかりで、『学ぶ』必要性が皆無なのだ。
ので、俺は小説のプロット作成に勤しむ。
ミハイルは徹夜でL●NEしていたので、安眠す。
だが、まじめに勉強しているものもいた。
俺の左側に、眼鏡女子の北神 ほのかがいて、慌てて教師のいうことをノートに写している。
それ、やる必要ある?
また北神の近くには真面目グループ、つまりは非リア充の一派が色薄く存在していた。
頭を見ればわかる。
なぜならば、皆、髪の色が地毛。
つまり、黒なのだ。
おもしろいぐらいに真っ黒。
ま、俺もそのうちの一人なのだが。
「いやしかし……推しは『YUIKA』で決まりでしょう?」
「兄者。拙者は絶対に『AOI』でござる」
変な口調に話の内容は、おかっぱ頭の日田の双子だ。
奴らも二回目のスクーリングにして、飽きが来たようで、オタトークに華を咲かせている。
本当に酷いクラスだ。
俺も勉強なぞ、在宅で十分じゃ! と教師をバカにしている。
「で、では……みんなに聞きたいことがあるんだけど」
現代社会のモブ教師がわざとらしく、咳払いをする。
「きみたちは既に18歳になった人もいるだろう……あと数日で選挙だね」
なにが言いたいんだ。
俺もキーボードの手をとめる。
「このなかで選挙に行く人は?」
今日初めて見える笑顔だな、モブ教師。
そんなに選挙に行きたいのか、それとも自分の好きな『美人すぎる政治家』にでも一票、投票させたいのか?
一人が手をあげる。
俺の隣りにいた北神だった。
「わ、私……今月で18歳なので」
顔を真っ赤にして手をあげている。
相変わらずの白ブラウスに、紺のプリーツスカート。
まんま現役JKだよ。
全日制の三ツ橋高校の制服組に間違えられそうだ。
というか、こいつ。俺とタメだったのか。
「そ、そう! えらいね~ センセイ、関心しちゃう」
鼻のしたを伸ばして、うれしそうに教壇から北神をみつめる。
キ、キモッ!
「そっかぁ♪ ええと、名前は?」
わざわざ教壇から降りて、北神の席まで近づく。
「あ、あの……北神 ほのかですぅ」
「北神さんかぁ、キミ可愛いねぇ♪」
今、容姿を褒める必要性あるか?
生徒として見てないだろ。
止めるべきシーンでは?
このままでは、北神の貞操がヤバイってばよ!
「おい……」
俺がいいかけた瞬間だった。
「うぃーす」
見かけたランプ……じゃなかったハゲ。
千鳥 力だ。
て、おい。もう授業はじまって、30分は経ったぞ?
それでも出席のために、途中からログインする気か。
「おはにょ~」
このアホな挨拶は奴しかいない。
伝説のヤンキー『それいけ! ダイコン号』が一人。
『どビッチのここあ』
つまりは花鶴 ここあだ。
「あれ? ほのかちゃん、どうしたんだ?」
困っている北神にハゲが、睨みをきかせる。
いいぞ、千鳥。もっと凄んでやれ。
「あ、おはよ。千鳥くん……」
ホッとして、膨らんだブラウスの山が揺れる。
彼女はいわゆる地味巨乳という奴で、俺からしたらどうでもいいスキルの保持者だ。
「え? 俺の名前を覚えてくれたの?」
ハゲが照れくさそうに後頭部をかく。
てか、後ろもツルッツル! そうめんでも流せそう。
千鳥が北神の席まで足を運ぶと、間に挟まれたモブ教師はうろたえだす。
公開セクハラを止められて、一安心。
「じゃ、じゃあ授業を再開しよ……」
言いかけた瞬間だった。
キンコーンカンコーン。
この教師はいつもこういう情けない教師なのか?
「あっ、俺たち出席カードもらってないっす」
「あーしも♪」
図々しいやつらだ。
「は、はい。二人分ね」
渡すんかい!
こいつら、何も習ってねーぞ。
終わっているなこの高校。
右手に視線をやると、ミハイルはスゥスゥと可愛らしい寝顔を見せてくれる。
癒されるわ……。
といって、俺はまたプロット作成に励むのであった。
学級崩壊してて草。
2時限目は、英語の授業。
この教師はけっこうまともな方で、勉強してないと出席カードをくれない。
さすがの俺もノートPCはしまい、真面目に授業を受けた。
まあリア充グループのミハイル、千鳥 力、花鶴ここあはグースカ寝ていた。
チャイムが鳴り、教師が去る。
尿意を感じた俺は、お花を摘みにいざ、お花畑へ!
廊下を歩いていると、制服組のグループが群れをなして行く手を阻む。
邪魔だわ~
この肉の壁どもが!
「悪いが通してくれないか?」
語気が強まる。
一人の男子が振り返って、俺の顔を覗き込む。
相手の身長は180センチ以上ありそうだ。
がたいもよく、筋肉の鎧でフル装備。
たぶん、部活のために日曜日だというのに、わざわざ登校する脳筋野郎だな。
「あ? なんか用?」
いきなりケンカ腰だよ。
制服組だからって威圧的なのはよくないと思うぞ、わしは。
「邪魔になっていると言っているんだ」
「あのさ、お前らこそ、俺たち三ツ橋高校の邪魔なんだわ」
両腕を組むと、俺の可愛らしいお花摘みを止めに入るガチムチ野郎。
気がつくと残りの数人も、俺に睨みをきかせ、何か言いたげだ。
「そうだよ! お前ら一ツ橋高校は、俺らの面汚しだよ」
なに便乗してんだ。
「俺らの校舎だべ? おめー達は遠回りでいくべ?」
どこの出身ですか?
「あのな……お前ら。学費は誰が払っている?」
俺は社会人兼高校生だぞ、えっへん。
「「「?」」」
3人共、顔を見つめ合わせると目を丸くしている。
数秒の沈黙のあと、腹を抱えて笑う。
「はっははは! なにいってんだこいつ。親が払うだろ、フツー」
体格のいいリーダー的存在のやつは、俺に指までさして笑う。
失礼なやつだ。
人に指をさしていいのは、某裁判のゲームのときだけだぞ。
「お前……いい根性しているな」
キレるスイッチが入ってしまった。
「あぁんっ?」
そちら様も同様のようで。
「俺の名は新宮 琢人。お前は?」
「タクトだ? オタクみてー」
なにこれ? 毎回、オタクいじりされるの?
名前でウケはとりたくないのに、ゲラゲラ笑ってしゃる。
「あー、ウケるわ。俺の名前は福間 相馬だぜ」
ニカッと笑う。
悔しいが清潔感あるイケメンだな。
身長も180センチ以上で体格もいい。
肌が少し日焼けしているし、活発そうな男子……ってイメージ。
オラってはいるが、女子ウケいいんだろうな、チキショウ!
「福間 相馬か……認識した。改めて言おう。そこをどけ。俺はこの一ツ橋高校の生徒であり、学費は自ら払っているんだ。文句があるなら、痴女教師の宗像先生に言え!」
「誰だ、そいつ?」
え? 知らないの?
あの変態教師を、環境型セクハラな生き物を。
「宗像 蘭先生だ」
「ハンッ、ババアくせー名前だな」
な、なんてことを! 俺は知らんぞぉ~
「何を言っている? 宗像先生はまだ20代だぞ」
一応、フォローしておく。
「アラサーじゃね? 四捨五入したら30代だろ? ババアじゃん、BBA」
NO~!
「あっ、センパイ!」
甲高い声が聞こえた。
制服組の男子もその声を辿る。
福間たちの背後に、一人のJKが立っていた。
「こんなとこにいたなんて、奇遇ですね♪」
笑顔で駆け寄るJK。
なんだ福間の知り合いか。
「おう、奇遇だな」
嬉しそうに笑う福間。
俺をチラ見して、勝ち誇った顔をしている。
ハイハイ、リア充。爆ぜろ。
「この前は、よくも私の裸を見てくれましたね!?」
福間たちを通り過ぎ、俺の胸を人差し指で突っつくJK。
よく見れば、ボーイッシュなショートカットに校則違反のミニスカ。
こいつは……。
「お前、赤坂 ひなたか?」
「あ、新宮センパイ。また私のこと忘れてたでしょ? ひどーい」
ミハイルくんとアンナちゃんでお腹いっぱいで、あなたという存在を消去していました。
「す、すまん。赤坂……なんか用か?」
「この前のこと、私、忘れませんから!」
「なにを顔を真っ赤にしているんだ? 熱でもあるのか?」
そういうと、胸の前で拳をつくり、顔を更に赤くする。
「だ、だって私のパ、パ、パ……」
「パンティーだろ?」
ダンッ!
「いってぇ!」
また俺の上履きを汚したな! 暴力JKめ!
「なにをする、赤坂!」
「セクハラ先輩! エッチ! ヘンタイ!」
言葉責めって嫌いじゃありません。
「おい、赤坂。こいつと知り合いか?」
なにやら不機嫌そうな顔で、こっちを眺める福間。
「あ、福間先輩。いたんですか?」
それ一番言っちゃダメなやつ。
「いたよ……ところで、赤坂。今日は部活か?」
「はい、ですよ」
「なあ……ちょっと、いいか?」
「いいですけど?」
赤坂はきょとんした顔で福間を見上げる。
福間が黙って、俺に首で「早くいけ」とサインを出す。
なんじゃ? 口説くんけ?
しゃあないのう、じゃあわしは雪隠休憩じゃ。
「あっ、新宮先輩! 今度あったら責任とってくださいよ!」
「なにをだよ……」
ため息をついて、俺はその場を離れようとした。
その時だった。
「なあ赤坂、お前……あのオタクに裸を見られたのか?」
そんな名前じゃねぇ!
「え!? べ、別に。福間先輩には関係ないでしょ……」
歯切れが悪いぞ、赤坂。
まるで俺が盗撮犯みたいじゃないか。
あれは事故だったろ。
「関係ないことないだろ! 俺の可愛い後輩に……」
可愛いって告白に近いじゃん、バカじゃん。
不穏な空気が漂う。
俺はその場から去ろうと足を進める。
「だから一ツ橋は嫌いなんだ。生徒もバカ。教師もただのババア」
聞き捨てならなかった。
だが、今日の俺は急いでいた。小説の作成も控えている。
くだらない、相手にしてやるべき存在でもない。
リア充の戯言だと言いながらも、歯を食いしばった。
「だーれが、ババアだって?」
肩まで伸びた髪が、窓から流れる風と共に揺れる。
鋭い眼つきは獲物を狩る百獣の王のそれと同じだ。
「え? だ、誰だ。あんた?」
その女は身長180センチもある福間より背が低いのに、巨人のように感じる。
「私は一ツ橋のババアでBBAの宗像 蘭ちゃんだぁ~」
二つの大きなメロンがブルンブルン! キモッ!
不敵な笑みを浮かべている。
こ、こえええ!
聞こえてたんだ。
「ひ、一ツ橋の先生なら、関係ないっしょ?」
「大ありだぁ~ いいだろう、この機会に、みっちりと女性のすばらしさを教えてやる」
そう言うと宗像先生は、福間の襟元を掴み引きずって連れ去る。
「や、やめてぇぇぇ!」
「うるさい! 黙って私についてこい! 誰が30代はババアだ? 女は死ぬまで女だ、コノヤロー! 校舎でイチャイチャしやがって、クソ野郎が!」
「「「……」」」
沈黙で福間先輩を見捨てる赤坂とモブ男子ども。
「南無阿弥陀仏」
俺は手を合わせて、福間先輩が天国にいけるように祈った。
みんなを救ってくれた、それが福間 相馬!
忘れないぜ、この恩を。
この後、めちゃくちゃお花を摘んだ。
特に何事もなく、(福間 相馬は天に召されたが)午前の授業は終えた。
さあ楽しい楽しいお弁当タイムのはじまりだぁ!
前回と同じく、多くのリア充グループは教室から退出する。
きっと赤井駅周辺の飲食店で、外食するのだろう。
花鶴や千鳥もスタコラサッサーと出ていく。
が、金色のミハイルはまだ夢の中。
こいつは一日寝ていて、出席カードでさえ、教師が代筆していた。
L●NEのしすぎだ。
俺は彼らを無視して、リュックサックから弁当箱を取り出す。
リア充たちが出ていくのを待っていたかのように、非リア充グループの男子たちが席から立ち上がる。きっとヤンキーが怖いから待っていたんだろう。
対照的に女子たちは、俺と同様に弁当を取り出し、食べ始めた。
「真二よ、今日はなにを食べる?」
双子の片割れが問う。
「兄者よ、ラーメンが無難であろう。学割も使えますし」
なっ! そうか。生徒手帳を見せれば、そんなメリットがあったか!
「おい、日田兄弟」
ふと声をかけてみた。
「どうした? 新宮殿?」
「お前ら。弁当持ってこないのか?」
「「?」」
同じ容姿のおかっぱキノコが、互いの顔を見つめあう。
しばらくの沈黙のあと、兄の真一が答えた。
「拙者たちは料理ができませぬ。両親も共働きで、お昼は外食で済ますのが、暗黙のルールです」
「右に同じく。新宮殿は環境に恵まれておられるご様子」
いや、この弁当は俺がつくっているんだが?
作ったのは卵焼きとウインナーだけだ。あとは冷食をぶち込んだテキトー弁当だぞ?
「「では、失礼しまする」」
息がピッタリで草が生えそう。
「おう、またな」
弁当箱を開き、箸を手に取った瞬間だった。
「今日も卵焼き?」
隣りの席の北神 ほのかが微笑む。
彼女も既に弁当を開いている。
「ああ、卵焼きだけはプロレベルと言っただろ?」
「ふふ、そうだったね」
卵焼きで何が悪い! コスパよくて超うめーんだぞ!
「ほへ? たまごやき……」
夢の中から目を覚ますお姫様、じゃなかった古賀 ミハイル。
指で瞼をこすりながら、あくびをする。
お口ちっさい。可愛い。
「あっ! もうこんな時間か?」
「ミハイル、お前。なにを習っていたんだ」
「だ、だって……眠かったんだもん」
頬を膨らますミハイル。
「まあいいが……今日は財布忘れてないよな?」
「わ、忘れてねーよ」
と、言いつつミハイルのぺったんこなお腹から、ギューギューと音が漏れている。
「なんだ? また卵焼き食うのか?」
「い、いらねーよ! 外で食べてくる!」
顔を真っ赤にしたと思ったら、背を向けてしまう。だが、チラチラと俺の卵焼きを名残惜しそうに見つめる。
もどかしいのう!
「そうか……ならば、俺は一人で食うぞ?」
一応、確認しとく。
「た、食べればいいじゃん!」
の割に、一歩も前に進んでないぞ。
ガラッとドアが開く音が、教室内に響いた。
俺もクラスメイトも、一点に視線が集中する。
見慣れない姿だからだった。
「あっ、センパ~イ」
そう制服組のリアルJKこと赤坂 ひなただ。
つーか、さっき会ったばかりだろ。
「あ! あいつぅ!」
ミハイルはその場で拳をつくっていた。
なんだろ? 赤坂のパンティーがシマシマだったのが、ムカついたのかな?
「新宮センパイ! 一緒にお昼食べましょ」
弁当箱を片手に、俺の前の机へと座る。
そして、俺の机と合体させて、対面式テーブルの完成。
「俺と赤坂が? まあ……構わんが」
これが彼女のいう『責任』の取り方なのだろうか?
「じゃあ、いっただっきまーす!」
満面の笑みで俺を見つめる赤坂 ひなた。
わからん、最近のJKたるもの。これがパンティーを見た復讐とでもいうのか。
俺にはわからん。
「ふむ、ならば。いただきます」
俺も便乗する。
「うわっ、新宮センパイの卵焼き。超キレイ!」
目を輝かせる赤坂 ひなた。
「だろ? 俺の卵焼きはプロレベルだ」
「私の唐揚げと交換しません?」
なん…だと! 俺が卵焼きと同レベルに好むおかずだ。
「その提案、乗った!」
俺と赤坂は、互いの弁当箱からおかずを交換した。
「おいっ! タクト!」
あれ、外食にいかないの? ミハイルさん。
「どうしたんだ? ミハイル」
「誰です? この子?」
それ一番言っちゃダメなやつ!
「オレはタクトのダチのミハイルだっ!」
めっさキレてはるやん。
「ミハイル、なにを怒っているんだ? やはり俺の卵焼きが恋しいか?」
「ち、ちげーよ! なんで三ツ橋のやつが、きょーしつに来てんだよ!」
そこぉ? キレるポイント。
「ハァ? 元々、この校舎は三ツ橋のものですよ? それに私たち同じ学園の生徒じゃない?」
清ました顔で、俺の卵焼きを食する孤独のJK。
満足そうに「うーん、おいし~」と頬に手をやる。
その姿を見たミハイルは、いつも大事にしているお友達の床ちゃんをダンダンッと踏み続ける。
良くないよ? 友達は大事にしないと。
「それなら、タクトのおべんとうは、一ツ橋のオレも食べていいじゃん!」
え? なにそのルール?
俺の弁当は、一ツ橋のものでも、三ツ橋のものでもねーよ。
「タクト! オレにも弁当、この前みたいに食べさせて!」
その顔、正にイケメン。そして可愛い。
「まあ構わんが……」
「は? ミハイルくんは、自分の弁当を食べたらどうなの?」
眉間にしわを寄せる赤坂。
「うるせぇ! おまえ、名前は!?」
「赤坂 ひなただけど」
「ひなたか……じゃあ、ひなた。おまえはタクトとダチじゃねぇ!」
でしょうね。
「だから、なんなの? 私とセンパイは、生徒手帳を見せあった仲だけど?」
「フン! オレはタクトん家に泊まったことあるもんね!」
「はぁ? 新宮センパイ。ホントですか!?」
「ホントだよな! タクト!」
その時なにか、俺のボタンにスイッチが入った。
「お前らなぁ……なんでもいいからメシを食え」
「「はい」」
「ほれ、ミハイル。箸がないんだろ。食わせてやる」
また、あーんして食べさせてやった。
相変わらず、食べ方がエロい。
んぐっ、んぐっ……ごっくん! と何かを連想しそうな租借音だ。
「うまい! うまいぞ、タクト☆」
「あっ! ずるい! ミハイルくんだけ」
「仕方ないだろ? こいつは箸を持ってないんだから」
「ひなたは自分のあるじゃん。オレは忘れたからさ☆」
それ誇るところかね?
キーッと顔を真っ赤にさせる赤坂。
対して満足そうなミハイル。
次をくれくれと、可愛いお口を開く。
思わず、俺は生唾をガブ飲みしてしまった。
「尊い……」
この言葉、どっかで聞いたことある。
俺とミハイル、それに赤坂の3人は、恐る恐るその声の持ち主を探す。
「尊すぎる……男の子同士でお口であーんして、それに怒る女子。『今晩のおかず』になりそう」
眼鏡が輝く。その名は北神 ほのか。
「な、なにをいっているの……あなた?」
いかん! 赤坂はそういう免疫を持ってないのか。
「ほのかのやつ、また調子悪いの?」
ミハイルも同様だ。
ここは俺がしっかり守ってやらんと。
「お前ら全力で昼飯を食え!」
「「?」」
その時ばかりは、ミハイルと赤坂は首を傾げて、仲良く見つめあっていた。
第二回目のスクリーングも無事に? 終わりを迎えようとしていた。
生徒全員の顔が明るくなる。
理由はただ一つ。帰れるからな。
って、それは非リア充グループやぼっち共たちの定番。
逆にリア充のやつらは『このあとめちゃくちゃゲーセンとかで遊んだ!』とほざくのだろう。
雑談で各々が盛り上がる。
「なあ、タクト☆ 今日はオレん家来いよ」
「は?」
エメラルドグリーンの瞳を輝かす少年、ミハイル。
「だって『やくそく』したろ?」
「ああ、ミハイルの姉さんに挨拶する……んだったか?」
そーいや、この前、ミハイルが家に遊びに来た時、うちのブッ飛び~な母さんが提案してきたな。
「ねーちゃんと遊ぶんじゃなくて、オレと遊ぶんだろ!」
なーに顔を真っ赤にさせとるんじゃ、ボケ。
「まあ構わんが……」
ピシャーン! と豪快に教室の扉が開く。
皆が一斉に視線を向けるが、期待した人物ではなかった。
小学生が好んで着るような、可愛らしいさくらんぼ柄のワンピース。
ツインテールで胸はぺったんこ。
身長は120センチほどか。
「あんのバカ……」
俺がそう呟くと、その気持ちの悪い生き物は、教壇の前に立つと息を大きく吸った。
「センセーーー!」
キンキン声で窓が揺れる。
俺もミハイルも耳を塞ぐ。
もちろん、他のみんなも同様の対応。
「やかましい!」
思わず反応してしまった。
無視したかったのに。
「あ♪ DOセンセイ! ここにいましたか」
そう言うと、低身長のロリババアは、他の生徒など気にせず、俺の席まで足を進める。
「おい、お前。何しにきた?」
「へ? プロットの打ち合わせでしょ」
首をかしげているので、そのままへし折ってやりたい。
「白金……わざわざ学校まで来なくていいだろ」
「ダメです! さっさとプロットぐらい書き上げないと。DOセンセイは我が博多社から追い出されますよ? 実際に編集部の会議でも『あのオワコン作家に払う経費はない』って言われているんですから」
それ、みんなの前で言う?
「タ、タクト! 誰だよ、この子!?」
気がつけば、拳を作るミハイルさん。
顔がこえーよ。
「ああ、えっとだな……こいつは」
「私、博多社の白金 日葵と申します♪」
頭を垂れる社会人。
律儀に名刺も差し出している。
「え? 大人なの……この子?」
おバカさんのミハイルでは、脳内が大パニックだ。
受け取った名刺と、白金の顔を交互に見て、真っ青になっている。
「一体、誰なんだよ?」
思わずログインしてしまうハゲのおっさんこと千鳥。
「あーしも気になるぅ」
歩くパンチラこと花鶴もか。
「あ、あの、私も気になるかも」
腐女子の北神まで。
気がつけば、俺と白金の周辺にはギャラリーが円陣を組んでいた。
「えっへん、生徒諸君! 私は白金 日葵ちゃんですよ? 一ツ橋高校の卒業生ですから、みなさんのちょっと先輩ですね♪」
ちょっとじゃねぇ、一回りぐらい違うだろ。
「おお~」と歓声があがる。
「それでタクオとはどんな関係なんすか? 先輩」
よく素直に受け入れられたたな、千鳥。
このキモいロリババアを。
「私とDOセンセイは、担当編集と作家様の関係です」
「ドゥ? それがタクオのペンネームか?」
「ノンノン、後輩くん♪ DOセンセイのフルネームは……」
そう言いかけた瞬間、俺は白金の気持ち悪い小さな唇を塞ぐ。
「なにするんだよ、タクオ? 邪魔すんなよ」
少し不機嫌そうな千鳥。
「あーしも続きが気になる。どんな漫画家なん?」
マンガとは言ってねーよ、花鶴。
「オ、オレも知らないよ……」
なぜか寂しげに肩を落とすのはミハイル。
少し涙目だ。
「それはな……俺のペンネームはだな……」
あれぇ? なんか春だというのに暖房入ってません?
汗が滝のように流れる。
「タクオ、あくしろよ!」
早くって言い直せよ。
「オタッキー、ダチじゃん?」
あなたみたいな、どビッチとは友達じゃありません。
「オレも聞きたい……よ?」
だから、なぜ涙目で上目遣い? ミハイルさん。
「DO・助兵衛!」
その名を叫んだのは一人の少女だった。
俺は一瞬にして汗が止まり、今度は悪寒を覚える。
「こんなところにいたなんて! 新宮くんがあの『DO・助兵衛』先生なんて……ハァハァ」
なぜか息が荒い眼鏡少女、北神 ほのか。
「ドゥ・スケベェ……?」
驚愕の顔でかたまる千鳥。
「スケベって、アッハッハッハ!」
床に笑い転げる花鶴。パンツ丸見えだから男子諸君は良かったら、どうぞ。
「す、すけべ?」
ミハイルは『この人可哀そう……』みたいな顔して、俺を見つめている。
「そうですよ、皆さん! 新宮くんこと、BLライトノベル作家のDO・助兵衛先生ですよ」
ファッ!
「「「……」」」
一瞬にして男子生徒たちは、俺から逃げていった。
「ち、違う! 俺はただのライトノベル作家だ! 北神、いい加減にしろ!」
「サインください!」
俺の発言は無視し、自身の鞄から単行本を取り出してきた北神ほのか。
タイトル『ヤクザの華』。
表紙はガチムチマッチョなおっさんが、上半身裸体で拳銃を構えている。
イラストからして、確かにBL向けにも見える。
「タクオ! お前ソッチだったのかよ!?」
突っ込む前に、なぜそんなに離れているんだよ、千鳥。
もうちょっとこっちに近寄れ! 辛いだろ!
「お前は何かを勘違いしているぞ、千鳥!」
「否定しねーから、余計に怖いんだよ!」
「なつかしー、しかも、これ初版本ですね♪」
言い争う俺たちを無視して、白金が北神の単行本を眺める。
「そうなんです♪ 幻の初版本です♪ これで絡めるのがたまらないんです」
「なるほどぉ……DOセンセイにはBLの需要があるのですね。一考してみます」
白金のやつ、冷静に俺の作品を分析しやがって。
BLなんて母さんの同人だけでお腹いっぱいなんだよ!
「タ、タクト……オレはタクトの書いた本なら読んでみたいな☆」
その笑顔守りたい!
ミハイルがこの日ばかりは女神さまに見えた。
「スケベっていう、ペンネームもいい…名前だな」
口がひくひくしていますよ? ミハイルさん。
なんだろ、涙が……。
「そのタクト……オレも今度、読んでいいかな?」
顔を真っ赤にして、北神 ほのかが所持している小説を指差すミハイル。
おいおい、お前さん。勘違いしてねーか? BL本じゃねーぞ。
「古賀くんもBLに興味あるの?」
ログインすんな腐女子。
「ビーエルってなんだ? ほのか」
あれ、ミハイルも既に下の名前で呼ぶ仲なの?
「BLとは尊き恋愛作品の総称のことだよ♪」
「ラブストーリーか……おもしろそうだな☆」
やめろぉぉぉ! 北神、ミハイルの姉さんに謝れよ!
「ほうほう、DO先生には、BLのセンスがあるみたいですねぇ」
メモすんな、ロリババア。
「うわぁ、タクオ……今度からトイレ一緒に入るのやめてくれ」
引きつった顔するなよ、一緒に連れションしろよ、千鳥。
寂しいだろが!
「あーしも、BLっての興味あるかな~」
ええ!? ギャルの花鶴まで!
「この北神 ほのかにお任せください! DO・助兵衛先生の作品は全て揃えておりますから!」
俺の作品はBLじゃねー。
「お、俺は遠慮しとくわ……」
強制ログアウト、ユーザーネーム『リキ・チドリ』
「ふーん、帰りに貸してちょ。ほのかちゃん」
もうやめて……。
教室中で「ホモォォォ」で盛り上がる女性陣と、ドン引きする男性陣。
ちな、これに関してはリア充と非リア充で別れたのではなく、性別で隔たれた。
例外として、ミハイルだけは俺と一緒にいる。
盛り上がる女性陣。
「ねえねえ新宮くん、どう絡めてるの?」
「書き専なの?」
「百合は? 百合もやらないの?」
最後のやつは両刀使いかよ!
それに屈する男性陣。
「やべーよ、新宮ってホモだったのか」
「もうひとりでトイレにいけないよな」
「ハァハァ、新宮くん……」
モノホンがいるじゃねーか。
クラスは俺の小説でガヤガヤしていると、突然、雷のような怒鳴り声が鳴り響いた。
「なーにをやっとるかぁーーー!」
気がつけば、ひとりの痴女が教壇に立っていた。
その名も宗像 蘭。
「ハッ! 蘭ちゃん!?」
それを見た瞬間、白金の目が怪しく光る。
宗像先生は顔をしかめた。
「日葵か?」
静まり返る教室。
白金と宗像先生の間に出来ていた人波が左右へと分断され、彼女たちは互いに歩みよる。
「なにをしにきた? 日葵?」
「ここであったが百年目! らーんちゃん!」
何を思ったのか、白金は宗像先生目掛けて、全速力で突っ走した。
対して、先生は両腕を組んで微動だにしない。
「死ねやぁぁぁ、デカパイ!」
身長差を無くすためか、先生の足元で思い切りジャンプする。
顔面まで飛び上がり、頭突きをお見舞いする白金。
「甘いわ! クソちっぱいが!」
白金の頭突きが当たる寸前で、宗像先生の左腕が動く。
ワンチョップ。それだけだ。
「グヘッ!」
脳天を突かれた白金は、空中から一気に床へと叩きつけられる。
「らんちゃんのバ、カ……」
そう言うと、白金は泡を吹いて気絶した。
ホラー映画みたいな白目でね。
いい歳したアラサー女史同士でなにやってんねん。
「貴様ら! さっさと席につけ! レポートを返却するぞ!」
宗像先生、足元、足もと! 白金を踏みつけとるがな。
ピンヒールで背中をグリグリ刺しているけど、穴とかあかないのかな?
「「「ヒィッ!」」」
俺たちはすぐに席を整えて、着席した。
「いいか、一ツ橋高校に関係のない不審者。こんなクソチビの相手はしてやるなよ。会ったら速攻ブッ飛ばせ」
あんたそれでも教師か。
「「「はーい……」」」
そのあとは静かに(恐怖で)みんな添削済みのレポートを受け取った。
俺は安定のオールA。
ミハイルといえば、顔色が真っ青。
こいつは勉強を真面目にしてないのか?
「じゃあ、お前ら寄り道せずに帰れよ。ラブホにいったカップルはレポートを増やすぞ! 絶対にだ!」
それ毎回言うんですか? セクハラでしょ。
「宗像先生。さよなら~」
俺はそそくさと、リュックサックを背負いその場を去る……はずだった。
リュックのひもを掴んで離さない女が一人。
宗像先生がするどい眼光で微笑んでいる。
「古賀を置いて帰るなよ、新宮……」
振り返れば、涙目のミハイル。
「は、はいっす……」
「あと、このバカが本校に不法侵入したことも『4人』で話そうじゃないか!」
ええ……。
「タクト☆ なんかわかんないけど、オレは付き合うぞ!」
マジで……。もう一緒に帰ろうぜ。
俺は淫乱痴女教師、宗像先生により、下校することを強制停止された。
なぜかミハイルも一緒だ。
そして未だ白目で泡を吹いている白金もだ。
宗像先生は気絶した白金を、ぬいぐるみのように片手で抱えると「ついてこい」と事務所まで案内した。
一ツ橋高校の事務所には、奥に簡易面談室なるものがある。
といっても、つい立もなく、事務所に入った者からは丸見えで丸聞こえ。
プライバシーなんてもんはない。
所々、破れた一人掛けのソファーが二つ。テーブルを挟んで反対側には二人掛けのソファーが一つ。
今日はもう下校時間もあってか、事務所には俺たち4人だけだ。
宗像先生は、乱暴に白金を床に投げ捨てる。
「げふっ!」
衝撃でやっと目が覚める白金。
ひどい起こし方だ。
宗像先生はそれを見て舌打ちし、棚から賞味期限の表示も曖昧になりつつあるインスタントコーヒーの瓶を手に取った。
「お前ら、砂糖とミルクはいるか?」
「あ、俺はいらねーっす」
以前飲んだらクソまずかったし、いろんな意味で怖いので。
「なんだと? 新宮……この美人教師のコーヒーが飲めないってか?」
顔、顔! 生徒を見る目じゃねーよ。
睨みつけるとか、どこの虐待教師だ。
「あ、俺はブラックで……」
「よろしい♪」
その微笑み、脅しですよね。
「古賀はどうする?」
「オレはミルクも砂糖もたっぷりで☆」
「古賀は素直でいい子だなぁ♪ 甘ーくておいしいカフェオレをつくってやるぞ」
センセー、カフェオレの意味わかってます?
「あいだだ……蘭ちゃん、わたぢも同じのお願い……」
白金は地面を這いつくばって、一人掛けのソファーまでどうにか辿り着いた。
「日葵。お前は水だ。生徒でもなければ、客人でもあるまい」
正式名称、不法侵入者だろ。
「蘭ちゃんのアホ」
~数分後~
「で? なにしにきた。日葵」
宗像先生は白金の隣りのソファーに座り、まずそうなコーヒーをすする。
「なにって、私はお仕事だよ、蘭ちゃん」
「仕事……。ああ、新宮のことか?」
「打ち合わせだってば」
いや、打ち合わせする場所を考えろよ。
「はぁ……日葵。お前は仮にも一ツ橋の卒業生だろが。生徒たちの見本になるような、大人の行動をとれ。いつまでも在校生気取りでいるな」
至極、真っ当な意見だが、宗像先生から言われるとなんかムカつく。
「じゃ、さっさと終わらせろ……」
ため息をつくと、宗像先生はスマホを取り出した。
おいおい、お前が俺たちを事務所に呼んだ理由はなんなんだよ。
ネットサーフィンするぐらいなら帰らせろよ。
わかった! この女、寂しいんだろ。
俺たちが帰ると、事務所でも家でも一人きりのアラサーだからな。
「では、DOセンセイ! プロットを拝見してもいいですか?」
「む……それがまだキャラ作りの途中で未完成なんだ」
俺はミハイルの横顔をチラッと見た。
ミハイルは得体の知れないコーヒーをおいしそうに飲んでいる。
「あら、筆の早いセンセイにしては珍しいですね。未完成でもいいので見せてください」
「か、構わんが……今度、白金と二人きりで打ち合わせじゃダメか?」
額に汗が滲む。
「なんでです?」
白金はキョトンとした顔でたずねる。
「もったいぶるな、新宮!」
そこへ暴力教師がログイン。
入ってくんなよ、一生スマホとお友達でいろよ。
「そうだよ、タクト!」
ミハイルまで。しかもめっさ顔を真っ赤にしている。
どこが怒るポイントだったの?
「この女子小学生とそんなに二人きりになりたいのかよ!」
ダンッとテーブルを拳で叩く。
「ミハイル、勘違いするなよ。白金はこう見えて成人しているんだ」
「ウソだ! こんな大人みたことないもん!」
ダダをこねるんじゃありません。
「失礼な! この白金 日葵ちゃんはれっきとしたレディーですよ」
自分で自分のことを、ちゃん付けしてる時点で精神面が成人できてないな。
「まあ日葵は、体形がガキなのは見ての通りだ。こんなちっぱい女、放っておけ。それより新宮。なぜお前の小説を出さない? あれか、18禁の作品か?」
ファッ!
「俺の作品はライトノベルです! ライトな作品じゃなくなってますよ」
「じゃあなんだ? 北神がほざいていたBLとかいうやつか?」
くっ、宗像先生も腐りはじめたのか!
「違いますよ。俺のは真っ当なライトノベル」
「ジャンルは?」
「ら、ラブコメ……」
「……」
なぜ沈黙する宗像女史よ。
「蘭ちゃん、今回、センセイが一ツ橋高校に入学した理由は知ってる?」
「は? 勉強だろ?」
そうか、この人は知らなかったのか。俺の入学動機。
「違うよ、蘭ちゃん。センセイが初挑戦するラブコメ……でも、作家『DO・助兵衛』先生は取材しないと書けないタイプなのよ~」
白金は『うちの子ダメなのよ~』みたいな世間話のように話す。
かっぺムカつく!
「なに? じゃあ新宮は恋愛を体験しに一ツ橋高校に入学したのか?」
宗像先生……そんなに大きな口開けて驚かないでくださいよ。
俺に恋愛経験ないのが、おもしろいですか?
「タクトは取材対象がいるもんな☆」
ミハイルが割って入る。
こいつ……アンナのことは筒抜け設定なのか?
「なにを言っているんだ? ミハイル」
俺が問い返すと、ミハイルは「あっ!」と声を出して、小さな唇を両手でふさいだ。
誤算だったらしい。
まったく。
「なにか知っているのか? 古賀」
宗像先生の目つきが鋭くなる。
ミハイルはガクブル、こうかはばつぐんだ!
「あ、あの……オレのいとこがタクトに恋愛を教えてくれるらしくて……」
ファッ!
アンナはそこまで言ってないぞ。
墓穴を掘りすぎているぞ!
「ほう、古賀のいとこか……可愛いのか?」
ニヤリと笑うと宗像先生のターゲットはミハイルへ向けられた。
「た、たぶん……」
だって自分のことだもんな。
「センセイ! そんな話聞いてませんよ!」
思わず身を乗り出す担当編集。
「お、落ち着け! まだ取材すると決まったわけじゃない相手なんだ……」
「なにをいうんだ、タクト! アンナは本気だぞ!」
「「アンナ?」」
宗像先生と白金は息がピッタリ。
見知らぬ女性の名前を聞いて、二人は目を合わせる。
無言で「知っているか?」と問いたいのだ。
「古賀 アンナ……それがオレのいとこっす」
「ミ、ミハイル」
もう知らねえぞ、俺は。
「よし。恋愛を許そう……」
お前はどっから目線なんだよ、宗像。
「業務連絡です! 必ず恋愛を成就させてください!」
その時ばかりは、白金の目は真っ直ぐだった。
だからさ、その取材対象も彼女候補も男なんだってば。
この隣りにいるやつ……。
「良かったな、タクト☆」
なにを嬉しそうに笑ってやがんだ。
可愛いな、ちくしょう!
「で? そのラブコメのプロットは?」
宗像先生が目で殺しにかかる。
これは出さないとレポートを増やされる……。
「わ、わかりましたよ……てか、宗像先生は関係なくないですか?」
「あぁん!?」
だからその恐ろしい眼光を放つのをやめてくれよ。
「だ、出します……」
観念した俺はリュックサックからノートPCを取り出した。
もち、校則違反だけど。
起動すると、すぐに書きかけのテキストファイルを開く。
すると白金、宗像先生、ミハイルが顔を寄せてモニターをのぞき込む。
タイトル:未定
主人公:オタクの高校生。
ヒロイン:同級生でハーフ美人の女の子。普段はショーパンにタンクトップとボーイッシュだが、
デートするときは主人公好みな女の子らしいガーリーなファッションを好む。
備考:主人公だけが大好き。
「……」
ミハイルが顔を真っ赤にして、口を真一文字にする。
そりゃそうだろな、これってミハイル=アンナのことだからな。
「ほう……新宮。お前、女を自分色に染めるタイプか?」
宗像先生がニタニタと笑う。
これはいじめだ!
「い、いえ。あくまでもフィクションですよ……やだな、先生」
苦笑いが言い訳を助長させる。
「DOセンセイ! なんですか、このヒロイン!」
白金はテーブルを叩いて、眉間にしわを寄せていた。
「なんだ? やはり、ボツか?」
「……いえ、このヒロインは合格です! センセイの作品の中で一番、キャラ立ちしていて、なによりライトノベルの読者がほぼ童貞というリサーチ結果をふんでの構想。実にすばらしいです!」
おまえ、読者様になんてことを言ってんだ!
非童貞もいるだろ! 知らんけど。
「そ、そうか……じゃあ主人公はどうする?」
「うーん、こんな可愛いヒロインさんが、べた惚れになる男なんてこの世にいます?」
ここにおるんだが。
「日葵。お前、本当に出版社の人間か?」
横から入る外部の人間。
「なぁに? 蘭ちゃんは素人じゃん。黙っててよ。それともなんかいい案があるの?」
白金がムキになっていると、それをあざ笑う宗像先生。
「だってあれだろ。フィクションだろうと、新宮は取材しないとダメな作家なんだろ?」
「……?」
なんか嫌な予感。
「こうしろ、主人公は新宮本人をモデルにすればいい」
「はぁ? DOセンセイを?」
「ヒロインもモデルがいるんだろ? なら主人公は新宮でいいじゃないか?」
クッ、俺が一番危惧していた展開だ。
「なるほど……DOセンセイ! それでいきましょう! 主人公はDOセンセイ本人で!」
「嫌だと言ったら?」
俺が震えた声で尋ねる。
「断ったら、これまでの数々の経費を却下しますよ!」
経費、それはなんてすばらしい言葉なのだろう。
仕事に関わるものであれば、なんだって所属している出版社が支払ってくれるのだ。
ちなみに俺の今月の経費はほぼ映画の料金だ。
たぶん3万ぐらい……。
「や、やるよ……」
「これで決まりですね! 引き続き、その取材対象の方に恋愛を教わってください♪ これは業務連絡ですからね♪」
ニコリと笑う白金。しかし、目が笑ってねぇ。
「了解した」
ミハイルに目をやると顔を真っ赤にして、床ちゃんとお友達している。
ふむ……これは面倒なことになったな。
~帰り道~
「なあ本当に良かったのか、ミハイル?」
うなだれる彼に声をかけた。
「え、え……オレ?」
額から汗が尋常じゃないぐらい流れているぞ。
「ああ、お前の……いとこに迷惑かけてないか?」
なんか言葉遊びになってない?
「アンナのことか? なら、大丈夫! タクトのこと気に入っているらしいから☆」
なに、この遠回しな『I・LOVE・YOU』わ。
「まあアンナがいいなら構わんが」
「大丈夫だって☆ オレのいとこなんだから」
お前にいとこがいたら、ヒドイ目にあっているんだろうな。
「そうだ☆ 今朝、アンナからオレにL●NEが届いてさ……」
自分から自分にL●NEって、病んでない?
「タクトとアンナって、一緒にプリクラ撮ったらしいじゃん?」
可愛らしい夢の国のネッキーがショーパンからニョキッと現れる。
「やぁ、ボクの名前はネッキー。今日はとっても天気がいいね! 一緒にひきこもろう!」
なんていいそうだな。
「なに言っているんだ? タクト?」
ネッキーをおもちゃにしたせいか、ミハイルさんに睨まれた。
スマホを手にとると、スワイプする。
待ち受け画面がでた瞬間、俺は愕然とした。
「タクトの写真だから待ち受けにしちゃった☆」
しちゃった☆ じゃねー!
引きつった笑顔の俺と女装したミハイル……つまりはアンナとのツーショット写真。
情報がダダ漏れじゃないか。
「そうか……なあ、その写真、どうやって送られてきたんだ? アンナがスマホでプリクラを撮ったのか?」
いわゆるデジタルフォトに近いものであったので、興味がわいた。
「これ、知らないの。タクト?」
「え? なにがだ」
「プリクラ撮ったらIDとか書いてあるじゃん? バーコードとか」
「そんなものあったか?」
「あったよ! そのIDとかバーコード使うと、無料でサイトからダウンロードできるんだよ☆」
「なるほどな……俺も帰ってダウンロードしてみるか」
そう言うと、ミハイルは嬉しそうにニッコリ笑った。
「オレの写真、メールで転送してやるよ☆」
「す、すまんな……」
その作業はアンナちゃんにやらせてよくね?
色々と手順が面倒な多重人格さんだな。
駄弁りながら、俺とミハイルは赤井駅に向かった。
そして電車に乗ると、今回は真島駅で降りるのではなく、席内駅で二人して降りた。
「さあ、タクト☆ オレが席内を案内してやるよ☆」
「了解した」
案内されるまでもないだろ……。