プリクラを撮り終えたアンナは、満足そうにしていた。
スマホの時計を見れば、『12:34』
腹が減った……。
よし店を探そう!
と、いつもなら『一人のグルメ』を楽しむところだが、本日はアンナちゃんもいるからな。
ソロプレイはできない。
「アンナ、腹すかないか?」
「え? タクトくんにまかせる……」
なぜ顔を赤らめる?
普通に「腹が減った……」とつぶやき、ポカーンとすればいいのに。
「肉は嫌いか?」
「ううん、アンナは好き嫌いないよ☆」
へぇ、いい子でしゅねぇ~
ボクはチーズがきらいでしゅけど……。
「ならば、ハンバーガーにしよう」
「アンナ、大好き☆」
そら、ようござんしたね。
カナルシティの一階に向かう。
中央部には噴水があり、一時間に一度ぐらいで噴水ショーがおこるらしい。
正確なことは知らんけど!
噴水広場の目の前にその店はある。
可愛らしい女の子(JSぐらい?)が看板のハンバーガーショップ。
『キャンディーズバーガー』
お財布にも優しく、味も日頃通っている大手チェーン店などに比べれば、うまい。
「ここでいいか?」
アンナに訊ねると「うん」とニコッと笑顔で頷く。
まったく、ミハイルのときも、これくらい素直であれ!
「いらっしゃいませ~」
これまた取り繕ったような笑顔の若い女性店員が、お出迎えである。
「店内でお召し上がりですか?」
「ああ、俺はBBQバーガーセットで、飲み物はアイスコーヒー」
「え、タクトくん、もう決めていたの?」
そげん、驚かんでもよか。
なぜかと問われれば、俺がいつも映画帰りに寄る店の一つだからだ。
俺はここでは、これしか頼まん。
選択肢が広がれば、広がるほど人は時間を無駄にしてしまうものだからな。
「え、え……アンナはどうしよっかな」
あたふたするアンナ。
困った姿も見ていて、可愛らしいな。
「お決まりになっていないのでしたら、ほかの方にお譲りくださいますか?」
笑顔だが、ことを円滑に進めたいと、睨みをきかせる店員。
背後を見れば、確かに他にも若者の長蛇の列が……。
ここは紳士の俺が、どうにかせねば!
「アンナ、俺と同じのにしたらどうだ? BBQならば失敗はありえない」
「そ、そうだね☆ タクトくんの同じのください!」
若干、笑顔がひきつる店員。
確かにその頼み方はひどいぞ。
「すまんが、BBQセットを二つ。飲み物はどうする?」
「アンナはカフェオレで☆」
「だそうだ」
「かしこまりました」
笑顔だが、なんか威圧的だぞ?
まさかと思うが、俺とアンナがイチャこいているカップルにみえるんか?
~数分後~
一つのトレーに、二人分のハンバーガーとポテト、そして飲み物がのっていた。
厨房の奥からむさい男性店員が「ういっす」と体育会系な挨拶で、雑に差し出す。
なぜ男はいつも厨房なのだろうか?
男女差別じゃないですか!?
ま、そんなことはさておき、トレーは俺が持ち、対面式のテーブルに運ぶ。
二人分しかなく、いわゆるお見合いするような形でアンナと見つめあう。
アンナは時折、はにかんで、俺の顔色をうかがっている。
「さて、食うか」
「うん☆ いただきまーす☆」
俺はハンバーガーの包装紙をとると、てっぺんのバンズを持ち上げた。
パティのうえにフライドポテトをならべて、蓋をするようにバンズをのせる。
完成、『俺流なんちゃってニューヨークバーガー!』
これは某ハリウッドスターが映画の劇中で、ホットドッグとフライドポテトを、ケチャップとマスタードだらけにしていたシーンがあり、それからインスパイアされた俺流メニューである。
「タクトくんってそんな食べ方するの?」
首をかしげるアンナ。
「ああ、うまいぞ」
俺はバーガーを、手で軽くつぶしてから、ほおばる。
これも食べやすくたべるコツのひとつであり、どっかの某日本俳優が映画の劇中で語っていたものだ。
うろ覚えだがな。
「アンナにもしてみて」
目を輝かせるアンナ。
まるで、餌をほしがる犬のようだな。
ちょっと可愛いからほっぺを触らせなさい。
仕方ないからアンナにも『俺流なんちゃってニューヨークバーガー!』を作ってやる。
というか、はさむだけだから俺がやる必要性があるか?
「ほれ、食べるときに少しバーガーをつぶすのがおすすめだ」
「なんで?」
「食べやすいし、そのなんだ……アンナのような、小さな口でも入りやすくだな」
なんか言い方がエロいと、感じたのは俺だけか?
「そっか☆ じゃあやってみる」
俺の言われるがままに、食べるアンナ。
瞼をとじて小さな唇で、ハンバーガーをかじる。
男の俺とは違い、かじった部分が狭い。
それぐらいアンナの顎が細いということなのだろう。
「んぐっ……んぐっ……」とミハイルのときみたいな、エロい音をたてる。
「おいしーーー!」
「だろ?」
ドヤ顔で決める俺氏。
「タクトくんってなんでも知っているんだね☆ アンナの知らないことばっかり」
「そ、そうか?」
いわゆる、男子をすぐに「すごぉい」とほめちぎる清楚系ビッチにみられる言動である。
だが、いわれて嫌な気分ではない。
むしろ、他のメンズからの視線が突き刺さる。
「見ろよ? イチャつきやがって」
「ムカつくぜ!」
「金、暴力、せっかちなお母さん!」
なんか最後のやつは「イキスギィ~」だったな。
思えば、このハンバーガーショップにも、一人でしか食べに来た事ないな。
俺はアンナを見つめながら、不思議な錯覚に陥っていた。
目の前のこいつが、本当に彼ではなく、彼女に見える。
ミハイルの遊びに付き合っているとはいえ、俺はなぜ別人として、アンナとして接しているのだろうか?
どうかこの時が、永遠であってほしい。
そして、このままミハイルがアンナに、男が女に生まれ変わってほしいと願っていた。
俺とアンナは、夕暮れまでカナルシティのいろんな店を楽しんだ。
普段行かないようなアクセサリーショップや雑貨屋、あと夢の国ストア……。
個人的には、この店が一番つらかった……。
アンナが「あれ見て! ネッキーだよ☆」と大興奮。
俺は終始、温度差を感じながら、彼女の買い物に付き合っていた。
時が流れるのは早く、スマホを見れば『17:22』
一応、女の子の設定なので、そろそろ帰さねばな。
そういえば、年齢はいくつなんだ?
「ところでアンナ、お前は今年いくつなんだ?」
ネッキーの特大ぬいぐるみを抱えているアンナ。
「アンナ? 今年で16歳だよ? まだ15歳☆」
そこは設定変換せんのかい!
「なるほどな……ならば、そろそろ帰らないか? 親御さんも心配されているだろうし」
「アンナ、親いないよ? ミーシャちゃんと同じで死んじゃった……」
そこも設定は一緒かよ! 2回も気をつかわせるんじゃないよ、ったく。
「それは済まないことを聞いてしまったな……」
これも二度目だけどな。
「ううん、私にはミーシャちゃんがいるから」
それって自分がお友達ってことだよ? 悲しくない?
「だが、もう夕方だ。博多駅まで送るよ」
「イヤァッ!」
彼女の叫び声が行き交う人々の足を止める。
「アンナ? またいつか会おう。それじゃダメか?」
「イヤイヤ、絶っ対にイヤ!」
ダダこねているよ、中身15歳のあんちゃんだろ?
めんどくせっ。
「じゃあ、最後にアンナの願いを一つだけ聞く。それでどうだ?」
「ホント!? なら……最後にあの川を見たい!」
アンナが指差したのはカナルシティの目の前にある大きな川。
『博多川』である。
「博多川か……別に構わんが?」
「やった☆」
そんなにでかい川が珍しいか?
カナルシティの裏口を出るとすぐに横断歩道があり、2分ほどで川辺につく。
長い川に沿って、ベンチが複数、横並びしている。
俺とアンナと、ネッキーは『二人と一匹』で座った。
「ねぇ、タクトくんってカノジョとかいないの?」
知っているくせに!
「俺は生まれてこの方、女と付き合ったことなんぞない」
事実上の童貞発言である。
「そっかぁ……あのね、ミーシャちゃんから聞いたんだけど、タクトくんって小説家なの?」
ソースはお前な!
「ま、まあ、そうだ。売れないライトノベル作家だ」
「ふぅん。今はどんな作品を書いているの?」
う! それ聞いちゃう?
「今は……はじめてのジャンルに手を出している」
「なぁに?」
とぼけた顔で食い気味に、身体を寄せるアンナ。
や、やめて! 博多川の対岸ってラブホ街なのよ!
このまま、お持ち帰りしたくなるからさ!
「ラ、ラブコメだ! それも王道のな」
「そうなんだぁ……ミーシャちゃんとタクトくんって仲いいの?」
自分で自分のこと聞いてどうすんの?
「まあいいな」
「そっか☆ よかったぁ☆」
嬉しそうに笑いやがって! そのための女装じゃないだろな!
「ねぇ、タクトくんってさ。どうして、ミーシャちゃんと同じ高校に入学したの?」
「そ、それは……」
俺のクソ編集、白金 日葵に言われたからだ。
『業務連絡です。取材してきてください!』
「取材だ……。ラブコメを書くためには、小説を書くには、『リアルな記憶が残らない』と俺は書けない作家なんだ」
「……」
なぜか肩を落とすアンナ。
そこ、俺がやるところだからね?
俺だって、なにが悲しくて年下のやつらと勉強してんだって話だよ。
しかも王道どころから、邪道なデートしちゃってるからね。
「ねぇ、タッくん……」
「へ?」
今、こいつ、あだ名っぽいこと言ったよな?
「アンナ……じゃ、ダメ?」
胸元で祈るように手を合わせるアンナ。
これは反則的だ。
女の成せる所業である。
「なにがだ?」
「アンナで取材しちゃダメ?」
「なっ!?」
血迷ったか。古賀 ミハイル。
クソッ、俺が小説家だということを見こしてのプランなのだろうな。
「アンナも、まだ誰とも付き合ったことないの……」
童貞と訳してもいいですか?
「タッくんなら……タクトくんさえ良ければ、アンナを使って!」
使ってって……あーた。違う意味に聞こえるよ?
しかし、その表情、真剣。ものすごくイケメン。イケメンすぐる。
「つまり、アンナの言いたいことを要約すれば、俺とお前が恋愛関係に至るということか?」
俺がそう言うと、彼女の顔はボンッと音を立てるかのごとく、真っ赤にさせる。
「付き合うんじゃなくて……その……あくまでも取材、だよ?」
おい、なにをモゾモゾとしている。
自分の言っていることが、わかっているのか?
「取材費はどうすればいい? 金額は?」
「そんなのいらない!」
恥ずかしがったと思えば、激怒。女子かよ。
「ならば、アンナに対する報酬は?」
「いらない……」
また床じゃなかった、コンクリートが友達になっているぞ。
「ダメだ。取材対象にはしっかりと報酬を与えるべきだ」
「そんなん、いらんもん!」
はじめて聞いたわ、お前の博多弁。
「いいか、アンナ? 俺は物事を白黒ハッキリさせないと気が済まないんだ。わかるか?」
「じゃ、じゃあ……もし取材が終わって、アンナのことを気に入ったら『ホントのカノジョ』にして」
「……」
なにこれ? 俺ってばハメられた?
マウントとられまくりじゃん。
「分かった」
「約束だよ☆」
俺とアンナは、小指同士で契約を交わした。
夕陽が彼女の瞳を鮮やかにさせる。
その瞳は気のせいか、潤って見えた。
これで、よかったのだろうか?
俺は確かにミハイルをフッてしまった。
だが、なぜアンナとはこんなにも簡単に、契約を結んでしまったのか?
疑似恋愛とはいえ、男だとわかっているのに……。
「あ、タッくんってL●NEやってる?」
切り替えはやっ!
「いや、やらん。既読スルーとかいう、いじめが横行しているツールの一つだろ?」
イジメ、ダメ、ゼッタイ!
「アンナは既読スルーとか、絶対にしないよ!」
「ふむ……しかし連絡先がサーバーと同期されれば、知り合いなどにバレると聞くが?」
そんなことになれば、変態母さんとバカ妹の繋がりが、俺にまで繋がっちまうぜ。
「設定で、アンナとだけ、L●NEできるようにしてあげる!」
なにそれ? ちょっと怖い。
「まあ、構わんが……」
「これも取材のうちだよ☆」
笑顔が可愛いけど、めっさ怖い!
取材って、危険がいっぱい!
勝手にインストールされ、勝手に設定された俺のスマホアプリ。
その名もL●NE。
巷では既読スルーが横行していると聞く。
ので、俺は10代だというのに、このアプリを使うことはなかった。
というか、断っていたのだ。
担当編集の白金も「ええ! L●NE使わないんですか?」と驚いてた。
毎々新聞店長も「シフトとかあるからさ、L●NE使おうよ」と新手の詐欺のように、勧誘する始末。
俺は人や時間に縛られるのが嫌いだ。
だから、今まで使わずにすんでいたのに、この女装男子、アンナにしてやられたのだ。
当の本人といえば、ニコニコ笑いながら、俺のスマホをタップしまくっている。
「はい☆ これでタッくんと繋がれたね☆」
その繋がりってのがエロくも感じるが、ストーキングにも感じる。
「そ、そうか。で、なにを送るんだ、これ?」
「スタンプとか送るんだよ。あとで、アンナからタッくんに送るね☆」
強制ですか?
「ならば、そろそろ帰ろう」
「うん☆」
アンナを博多駅まで、紳士的に送り届けることにした。
彼女はどうやら、俺が住んでいる真島より遠くに住んでいるらしく、博多駅でお別れだそうだ。
ま、そりゃ、そうだわな。ミハイルとアンナは、二人で一人。
「じゃあ、あとでね☆ タッくん!」
笑顔で手をふるアンナ。
「おう、またな」
博多口に一人彼女を残して、俺は改札口に向かった。
駅のホームで次の列車を待つ。
「まったく、なにがしたいんだ? ミハイルのやつは」
ひと段落ついたことで、何気なくスマホに目をやる。
通知が偉い数になっている。
その数、100件以上。
なにこれ? 新種のウイルスにでも侵入されたんけ?
8割はアンナ。
『今日は楽しかったね☆』
『アンナだよ?』
『(*´ω`*)』
『タッくん、いまなにしているの?』
『アンナはネッキーと一緒だから、帰りは心配しないでね☆』
あったま、おかしーんじゃねぇの!?
残りの2割は妹のかなでと母の琴音さん。
かなでから、
『ミーシャちゃんと会えましたの? おみやげは、男の娘でおなーしゃすですわ』
琴音から、
『かーさん、“かけ算”するのに材料が足りないの。帰りに本屋で新鮮なネタを買ってきてちょうだい』
クソがっ!
ともかく、俺のスマホが緊急事態宣言を発令しているので、後者の2人は捨て置いて。
アンナに返信することにした。
『今日は楽しかったぞ。気をつけて帰るがよろし』
すぐに既読のマークがつく。
早すぎてこわっ!
「L●NE!」と通知音が鳴る。
『タッくん、プリクラ大切にしてね☆ また今度取材しよ☆』
「……」
こ、こぇぇぇぇぇ!
プリクラを机やテーブルに貼ったら殺されそうだ。
大切にしまっておこう。
知らんけど。
そうこうしているうちに、ホームに列車がつく。
車内は夕方ということもあり、遊び帰りの若者、会社帰りのサラリーマンやOLで、座席は埋まってしまった。
俺は電車のドアにもたれながら、今日のことを振り返っていた。
『タッくんなら……タクトくんさえ良ければ、アンナを使って!』
あの夕暮れでの誓い。
胸にすごく響いた。
こんな俺を女装してまで、無理して、頑張って……。
さぞ辛かったろう。
もう彼女は、立派な取材対象だ。
アンナというヒロインは、他にいないだろう。
これでいこう。
主人公はどうする?
その時だった。
スマホがブブブ……と音を立てる。
画面に視線を落とせば、『ロリババア』
「チッ、白金かよ」
人が余韻にひたっていたのに……。
「俺だ。なんか用か? 今電車のなかだ」
ヒソヒソ声で喋るが、周囲の視線を感じる。
『あ、白金ちゃんです!』
「バイバーイ」
『ま、待ってください! ラブコメのプロットは、考えられましたか?』
クッ! 今考えてたところだよ!
「ああ、取材の効果が出た。ヒロインは決まりそうだ」
『本当ですか!? 童貞のセンセイにモテ期が来たんですか!?」
「うるさい! とりあえず、切るぞ」
『わかりました。では、明日打ち合わせしましょう!』
「おまっ、まだプロットはできて……」
ブツッと、耳障りな切られ方をしたので、スマホを床に叩き割ってやろうと思った。
「あ、俺……明日学校じゃん」
そうアンナとのデートで、浮かれていた。
明日が第二回目のスクーリングであることを、忘れていたのだ。
嫌な予感が不可避。
きょうはにちようび、ぼくのなまえは、しんぐう たくと。
ことしで18さいになる、こうこう1ねんせいだよ。
ぼくはおしごともやってる、えらーいにんげんなんだぞ!
「……」
プロットを書いていたら脱線してしまい、アホな文章になってしまった。
担当編集の白金から、『明日打ち合わせしましょう!』と身勝手な電話があった。
その後、電話をかけ直したが、着信を無視されているみたいだ。
メールでも『明日はやめくてれ』と送ったが、返信なし。
というか、日付変わってから、もう『今日』なんだけどな。
あと5分で午前7時。
朝刊配達を終えて、今日も眠気マックスだ。
妹のかなでは、まだ夢の中。
きっと母さんも仕事で疲れて……じゃなくて、ウイスキーでオンラインBL飲み会やってたから、自室で寝落ちしている。
なので、俺は物音を立てないように、静かにリュックサックを手にとった。
リビングで食パンを焼く。
地元の真島商店街で、買いだめしているコーヒーを淹れる。
「いい香りだ……」
余韻にひたりながら、というか、現実逃避しながら朝食を楽しむ。
久しぶりに徹夜で小説のプロットを書いていた。
未完成だが。
ピコン!
「またか……」
徹夜したもう一つの理由はこいつだ。
ピコン!
タップする間にも次々送られるL●NE。
ピコン! ピコッ……ピコン!
見たくない。もうお腹いっぱい。
アンナちゃん、数秒刻みで送ってくるから、スマホが熱々になっちゃったよ。
イキスギィな行為だよ。
「はぁ、なにやってんだか……」
朝食を終え、スタコラサッサーと真島駅に向かう。
もちろん、アンナのことは放置している。
付き合ってられん!
電車に乗り込むこと数分。
|席内駅についた。
プシューッという音と、共に一人の少年が同じ車両に入る。
「よ、よぉ、タクト……」
目の下、くまで酷いことになってるよ!
「ミハイル……お前、寝てないのか?」
そう言う俺も、声がいつもより小さい。
「タクトだって、くまがひどいぞ」
「ま、まあな」
互いに強がる。
だって、朝まで遊んでいたしな。いとこの古賀アンナと。
「ねぇ、いとこのアンナはどうだった? 可愛かっただろ☆」
それって自分で自分のこと、可愛いってことだぜ。
「ああ……可愛かったよ。ミハイルに似ているな」
俺がそうツッコミを入れると、彼は苦笑いで答える。
「そっか? あんまり言われねーけど」
おい、床ちゃんとにらめっこすんじゃない。それに今日も風邪か? 顔が赤い。
「なあ彼女はどこに住んでいるんだ?」
「アンナ? えっとどこだろ……」
歯切れが悪いな、設定ちゃんと決めておけよ。
~30分後~
俺とミハイルは、いわゆる寝落ちしていた。
「赤井駅~ 赤井駅~」
車掌のアナウンスが流れて、咄嗟に目を覚ますが、何かが俺の行動を邪魔する。
視線を横にやれば、ミハイルが俺の腕にからんで「ムニャムニャ……タクトぉ」とニヤついている。
可愛いけど、起きろ!
「おい、ミハイル! 赤井駅だぞ!」
「え? あっ、下りないと……」
時すでに遅し。
プシューという音と共に、車内の自動ドアが閉まる。
「「あっ!」」
この時ばかりは、息がピッタリだった。
ちこく、ちっこく~
「ど、どうしよう……宗像センセって怖いよな?」
ヤンキーのくせしてビビるな。
「まあ次の駅で折り返そう」
~更に20分後~
やっと俺とミハイルは赤井駅に到着した。
二人して「ほっ、ほっ、ほっ」と走る。
赤井駅からランニングだ。
いい汗をかいている場合ではない。
あの宗像のことだ。
きっと鬼モード不可避である。
長い長い上り坂、通称『心臓破りの地獄ロード』も走る、走る、走る!
これは俺たちが宗像先生への恐怖から成せる所業だ。
「み、見えたぞ! ミハイル!」
「うん!」
わざわざ、校門の前に一人の痴女が待ち伏せていた。
一ツ橋に正門など存在しない。
全日制の三ツ橋高校の正門である。
一ツ橋高校の正門とは三ツ橋高校の裏口のことだ。
なので、正門に一ツ橋の教師が立つなんて、よっぽどのことだ。
「くらぁぁぁぁぁ!」
鬼の形相で両腕を組む。アラサー痴女、宗像 蘭。
「遅刻だぞ、お前ら!」
今日のファッションチェック♪
宗像先生は総レースのスケスケボディコンですね。
トータルホワイトコーディネート。
足元もヒールの高い、白のハイヒール
胸元を開いているわけではありませんが、レースの中が丸見え。
巨大なメロンが二つもお山を作っています。
どこの立ちんぼガールですか?
「す、すいません! 徹夜だったんで……はぁはぁ」
「オレもっす……ハァハァ」
さすがのミハイルも息を切らしていた。
「お前らぁぁぁぁぁ!」
これは殴られること不可避。
覚悟を決めた。
「よく来れました♪」
鬼の形相から一転、優しく微笑む宗像女史。
ど、どういうことだってばよ!
「え?」
「だから遅刻してもよく来れたな、えらいぞ♪」
そう言うと、先生は俺とミハイルを抱きしめる。
「なにを!?」
「センセ!?」
「いいからいいから……お前らは本当によく頑張っているな。先生は嬉しいぞ」
なにが? おっぱいがプニプニ当たってて、キモいのなんのって。
あ、でも、ミハイルともくっついているから、嬉しいと言えば嬉しいが。
「や、やめてぇ……センセッ、そろそろ放してぇ……」
おいミハイル。声色が女だよ……色っぽいのう。
「おう、悪かったな、古賀」
「べ、別にいいっすけど……」
顔を赤くして、何度か俺の顔をチラチラと確認している。
「じゃあ、二人とも元気にスクリーングはじめよー!」
そう言うと、変態教師、宗像は俺とミハイルのケツをブッ叩く。
「いってぇ!」
「あんっ!」
ミハイルだけ変な声だな!
俺とミハイルは逃げるように校舎へと向かった。
ブッ飛び~な高校で死にそう……。
鬼教師こと宗像 蘭から、どうにか難を逃れることができた勇者タクトと聖女ミハイル一行。
果たして、痴女魔王のセクハラから逃れ、一ツ橋高校に平和をもたらすことができるのか!?
「ふむ……ちがうな」
俺は机の上に置いていたノートPCに、くだらない文章を書き起こしていた。
隣りのミハイルは可愛らしい寝息とともに夢の中だ。
ちなみに現代社会の授業中である。
俺とミハイル以外も、各々が好きなことをしている。
当の教壇に立つ若い無精ひげの教師は、コトを見なかったかのように授業を進める。
そう、無法地帯と化したのだ。
教師の話すことも、ほぼ毎日、ラジオやレポートで習ったことばかりで、『学ぶ』必要性が皆無なのだ。
ので、俺は小説のプロット作成に勤しむ。
ミハイルは徹夜でL●NEしていたので、安眠す。
だが、まじめに勉強しているものもいた。
俺の左側に、眼鏡女子の北神 ほのかがいて、慌てて教師のいうことをノートに写している。
それ、やる必要ある?
また北神の近くには真面目グループ、つまりは非リア充の一派が色薄く存在していた。
頭を見ればわかる。
なぜならば、皆、髪の色が地毛。
つまり、黒なのだ。
おもしろいぐらいに真っ黒。
ま、俺もそのうちの一人なのだが。
「いやしかし……推しは『YUIKA』で決まりでしょう?」
「兄者。拙者は絶対に『AOI』でござる」
変な口調に話の内容は、おかっぱ頭の日田の双子だ。
奴らも二回目のスクーリングにして、飽きが来たようで、オタトークに華を咲かせている。
本当に酷いクラスだ。
俺も勉強なぞ、在宅で十分じゃ! と教師をバカにしている。
「で、では……みんなに聞きたいことがあるんだけど」
現代社会のモブ教師がわざとらしく、咳払いをする。
「きみたちは既に18歳になった人もいるだろう……あと数日で選挙だね」
なにが言いたいんだ。
俺もキーボードの手をとめる。
「このなかで選挙に行く人は?」
今日初めて見える笑顔だな、モブ教師。
そんなに選挙に行きたいのか、それとも自分の好きな『美人すぎる政治家』にでも一票、投票させたいのか?
一人が手をあげる。
俺の隣りにいた北神だった。
「わ、私……今月で18歳なので」
顔を真っ赤にして手をあげている。
相変わらずの白ブラウスに、紺のプリーツスカート。
まんま現役JKだよ。
全日制の三ツ橋高校の制服組に間違えられそうだ。
というか、こいつ。俺とタメだったのか。
「そ、そう! えらいね~ センセイ、関心しちゃう」
鼻のしたを伸ばして、うれしそうに教壇から北神をみつめる。
キ、キモッ!
「そっかぁ♪ ええと、名前は?」
わざわざ教壇から降りて、北神の席まで近づく。
「あ、あの……北神 ほのかですぅ」
「北神さんかぁ、キミ可愛いねぇ♪」
今、容姿を褒める必要性あるか?
生徒として見てないだろ。
止めるべきシーンでは?
このままでは、北神の貞操がヤバイってばよ!
「おい……」
俺がいいかけた瞬間だった。
「うぃーす」
見かけたランプ……じゃなかったハゲ。
千鳥 力だ。
て、おい。もう授業はじまって、30分は経ったぞ?
それでも出席のために、途中からログインする気か。
「おはにょ~」
このアホな挨拶は奴しかいない。
伝説のヤンキー『それいけ! ダイコン号』が一人。
『どビッチのここあ』
つまりは花鶴 ここあだ。
「あれ? ほのかちゃん、どうしたんだ?」
困っている北神にハゲが、睨みをきかせる。
いいぞ、千鳥。もっと凄んでやれ。
「あ、おはよ。千鳥くん……」
ホッとして、膨らんだブラウスの山が揺れる。
彼女はいわゆる地味巨乳という奴で、俺からしたらどうでもいいスキルの保持者だ。
「え? 俺の名前を覚えてくれたの?」
ハゲが照れくさそうに後頭部をかく。
てか、後ろもツルッツル! そうめんでも流せそう。
千鳥が北神の席まで足を運ぶと、間に挟まれたモブ教師はうろたえだす。
公開セクハラを止められて、一安心。
「じゃ、じゃあ授業を再開しよ……」
言いかけた瞬間だった。
キンコーンカンコーン。
この教師はいつもこういう情けない教師なのか?
「あっ、俺たち出席カードもらってないっす」
「あーしも♪」
図々しいやつらだ。
「は、はい。二人分ね」
渡すんかい!
こいつら、何も習ってねーぞ。
終わっているなこの高校。
右手に視線をやると、ミハイルはスゥスゥと可愛らしい寝顔を見せてくれる。
癒されるわ……。
といって、俺はまたプロット作成に励むのであった。
学級崩壊してて草。
2時限目は、英語の授業。
この教師はけっこうまともな方で、勉強してないと出席カードをくれない。
さすがの俺もノートPCはしまい、真面目に授業を受けた。
まあリア充グループのミハイル、千鳥 力、花鶴ここあはグースカ寝ていた。
チャイムが鳴り、教師が去る。
尿意を感じた俺は、お花を摘みにいざ、お花畑へ!
廊下を歩いていると、制服組のグループが群れをなして行く手を阻む。
邪魔だわ~
この肉の壁どもが!
「悪いが通してくれないか?」
語気が強まる。
一人の男子が振り返って、俺の顔を覗き込む。
相手の身長は180センチ以上ありそうだ。
がたいもよく、筋肉の鎧でフル装備。
たぶん、部活のために日曜日だというのに、わざわざ登校する脳筋野郎だな。
「あ? なんか用?」
いきなりケンカ腰だよ。
制服組だからって威圧的なのはよくないと思うぞ、わしは。
「邪魔になっていると言っているんだ」
「あのさ、お前らこそ、俺たち三ツ橋高校の邪魔なんだわ」
両腕を組むと、俺の可愛らしいお花摘みを止めに入るガチムチ野郎。
気がつくと残りの数人も、俺に睨みをきかせ、何か言いたげだ。
「そうだよ! お前ら一ツ橋高校は、俺らの面汚しだよ」
なに便乗してんだ。
「俺らの校舎だべ? おめー達は遠回りでいくべ?」
どこの出身ですか?
「あのな……お前ら。学費は誰が払っている?」
俺は社会人兼高校生だぞ、えっへん。
「「「?」」」
3人共、顔を見つめ合わせると目を丸くしている。
数秒の沈黙のあと、腹を抱えて笑う。
「はっははは! なにいってんだこいつ。親が払うだろ、フツー」
体格のいいリーダー的存在のやつは、俺に指までさして笑う。
失礼なやつだ。
人に指をさしていいのは、某裁判のゲームのときだけだぞ。
「お前……いい根性しているな」
キレるスイッチが入ってしまった。
「あぁんっ?」
そちら様も同様のようで。
「俺の名は新宮 琢人。お前は?」
「タクトだ? オタクみてー」
なにこれ? 毎回、オタクいじりされるの?
名前でウケはとりたくないのに、ゲラゲラ笑ってしゃる。
「あー、ウケるわ。俺の名前は福間 相馬だぜ」
ニカッと笑う。
悔しいが清潔感あるイケメンだな。
身長も180センチ以上で体格もいい。
肌が少し日焼けしているし、活発そうな男子……ってイメージ。
オラってはいるが、女子ウケいいんだろうな、チキショウ!
「福間 相馬か……認識した。改めて言おう。そこをどけ。俺はこの一ツ橋高校の生徒であり、学費は自ら払っているんだ。文句があるなら、痴女教師の宗像先生に言え!」
「誰だ、そいつ?」
え? 知らないの?
あの変態教師を、環境型セクハラな生き物を。
「宗像 蘭先生だ」
「ハンッ、ババアくせー名前だな」
な、なんてことを! 俺は知らんぞぉ~
「何を言っている? 宗像先生はまだ20代だぞ」
一応、フォローしておく。
「アラサーじゃね? 四捨五入したら30代だろ? ババアじゃん、BBA」
NO~!
「あっ、センパイ!」
甲高い声が聞こえた。
制服組の男子もその声を辿る。
福間たちの背後に、一人のJKが立っていた。
「こんなとこにいたなんて、奇遇ですね♪」
笑顔で駆け寄るJK。
なんだ福間の知り合いか。
「おう、奇遇だな」
嬉しそうに笑う福間。
俺をチラ見して、勝ち誇った顔をしている。
ハイハイ、リア充。爆ぜろ。
「この前は、よくも私の裸を見てくれましたね!?」
福間たちを通り過ぎ、俺の胸を人差し指で突っつくJK。
よく見れば、ボーイッシュなショートカットに校則違反のミニスカ。
こいつは……。
「お前、赤坂 ひなたか?」
「あ、新宮センパイ。また私のこと忘れてたでしょ? ひどーい」
ミハイルくんとアンナちゃんでお腹いっぱいで、あなたという存在を消去していました。
「す、すまん。赤坂……なんか用か?」
「この前のこと、私、忘れませんから!」
「なにを顔を真っ赤にしているんだ? 熱でもあるのか?」
そういうと、胸の前で拳をつくり、顔を更に赤くする。
「だ、だって私のパ、パ、パ……」
「パンティーだろ?」
ダンッ!
「いってぇ!」
また俺の上履きを汚したな! 暴力JKめ!
「なにをする、赤坂!」
「セクハラ先輩! エッチ! ヘンタイ!」
言葉責めって嫌いじゃありません。
「おい、赤坂。こいつと知り合いか?」
なにやら不機嫌そうな顔で、こっちを眺める福間。
「あ、福間先輩。いたんですか?」
それ一番言っちゃダメなやつ。
「いたよ……ところで、赤坂。今日は部活か?」
「はい、ですよ」
「なあ……ちょっと、いいか?」
「いいですけど?」
赤坂はきょとんした顔で福間を見上げる。
福間が黙って、俺に首で「早くいけ」とサインを出す。
なんじゃ? 口説くんけ?
しゃあないのう、じゃあわしは雪隠休憩じゃ。
「あっ、新宮先輩! 今度あったら責任とってくださいよ!」
「なにをだよ……」
ため息をついて、俺はその場を離れようとした。
その時だった。
「なあ赤坂、お前……あのオタクに裸を見られたのか?」
そんな名前じゃねぇ!
「え!? べ、別に。福間先輩には関係ないでしょ……」
歯切れが悪いぞ、赤坂。
まるで俺が盗撮犯みたいじゃないか。
あれは事故だったろ。
「関係ないことないだろ! 俺の可愛い後輩に……」
可愛いって告白に近いじゃん、バカじゃん。
不穏な空気が漂う。
俺はその場から去ろうと足を進める。
「だから一ツ橋は嫌いなんだ。生徒もバカ。教師もただのババア」
聞き捨てならなかった。
だが、今日の俺は急いでいた。小説の作成も控えている。
くだらない、相手にしてやるべき存在でもない。
リア充の戯言だと言いながらも、歯を食いしばった。
「だーれが、ババアだって?」
肩まで伸びた髪が、窓から流れる風と共に揺れる。
鋭い眼つきは獲物を狩る百獣の王のそれと同じだ。
「え? だ、誰だ。あんた?」
その女は身長180センチもある福間より背が低いのに、巨人のように感じる。
「私は一ツ橋のババアでBBAの宗像 蘭ちゃんだぁ~」
二つの大きなメロンがブルンブルン! キモッ!
不敵な笑みを浮かべている。
こ、こえええ!
聞こえてたんだ。
「ひ、一ツ橋の先生なら、関係ないっしょ?」
「大ありだぁ~ いいだろう、この機会に、みっちりと女性のすばらしさを教えてやる」
そう言うと宗像先生は、福間の襟元を掴み引きずって連れ去る。
「や、やめてぇぇぇ!」
「うるさい! 黙って私についてこい! 誰が30代はババアだ? 女は死ぬまで女だ、コノヤロー! 校舎でイチャイチャしやがって、クソ野郎が!」
「「「……」」」
沈黙で福間先輩を見捨てる赤坂とモブ男子ども。
「南無阿弥陀仏」
俺は手を合わせて、福間先輩が天国にいけるように祈った。
みんなを救ってくれた、それが福間 相馬!
忘れないぜ、この恩を。
この後、めちゃくちゃお花を摘んだ。
特に何事もなく、(福間 相馬は天に召されたが)午前の授業は終えた。
さあ楽しい楽しいお弁当タイムのはじまりだぁ!
前回と同じく、多くのリア充グループは教室から退出する。
きっと赤井駅周辺の飲食店で、外食するのだろう。
花鶴や千鳥もスタコラサッサーと出ていく。
が、金色のミハイルはまだ夢の中。
こいつは一日寝ていて、出席カードでさえ、教師が代筆していた。
L●NEのしすぎだ。
俺は彼らを無視して、リュックサックから弁当箱を取り出す。
リア充たちが出ていくのを待っていたかのように、非リア充グループの男子たちが席から立ち上がる。きっとヤンキーが怖いから待っていたんだろう。
対照的に女子たちは、俺と同様に弁当を取り出し、食べ始めた。
「真二よ、今日はなにを食べる?」
双子の片割れが問う。
「兄者よ、ラーメンが無難であろう。学割も使えますし」
なっ! そうか。生徒手帳を見せれば、そんなメリットがあったか!
「おい、日田兄弟」
ふと声をかけてみた。
「どうした? 新宮殿?」
「お前ら。弁当持ってこないのか?」
「「?」」
同じ容姿のおかっぱキノコが、互いの顔を見つめあう。
しばらくの沈黙のあと、兄の真一が答えた。
「拙者たちは料理ができませぬ。両親も共働きで、お昼は外食で済ますのが、暗黙のルールです」
「右に同じく。新宮殿は環境に恵まれておられるご様子」
いや、この弁当は俺がつくっているんだが?
作ったのは卵焼きとウインナーだけだ。あとは冷食をぶち込んだテキトー弁当だぞ?
「「では、失礼しまする」」
息がピッタリで草が生えそう。
「おう、またな」
弁当箱を開き、箸を手に取った瞬間だった。
「今日も卵焼き?」
隣りの席の北神 ほのかが微笑む。
彼女も既に弁当を開いている。
「ああ、卵焼きだけはプロレベルと言っただろ?」
「ふふ、そうだったね」
卵焼きで何が悪い! コスパよくて超うめーんだぞ!
「ほへ? たまごやき……」
夢の中から目を覚ますお姫様、じゃなかった古賀 ミハイル。
指で瞼をこすりながら、あくびをする。
お口ちっさい。可愛い。
「あっ! もうこんな時間か?」
「ミハイル、お前。なにを習っていたんだ」
「だ、だって……眠かったんだもん」
頬を膨らますミハイル。
「まあいいが……今日は財布忘れてないよな?」
「わ、忘れてねーよ」
と、言いつつミハイルのぺったんこなお腹から、ギューギューと音が漏れている。
「なんだ? また卵焼き食うのか?」
「い、いらねーよ! 外で食べてくる!」
顔を真っ赤にしたと思ったら、背を向けてしまう。だが、チラチラと俺の卵焼きを名残惜しそうに見つめる。
もどかしいのう!
「そうか……ならば、俺は一人で食うぞ?」
一応、確認しとく。
「た、食べればいいじゃん!」
の割に、一歩も前に進んでないぞ。
ガラッとドアが開く音が、教室内に響いた。
俺もクラスメイトも、一点に視線が集中する。
見慣れない姿だからだった。
「あっ、センパ~イ」
そう制服組のリアルJKこと赤坂 ひなただ。
つーか、さっき会ったばかりだろ。
「あ! あいつぅ!」
ミハイルはその場で拳をつくっていた。
なんだろ? 赤坂のパンティーがシマシマだったのが、ムカついたのかな?
「新宮センパイ! 一緒にお昼食べましょ」
弁当箱を片手に、俺の前の机へと座る。
そして、俺の机と合体させて、対面式テーブルの完成。
「俺と赤坂が? まあ……構わんが」
これが彼女のいう『責任』の取り方なのだろうか?
「じゃあ、いっただっきまーす!」
満面の笑みで俺を見つめる赤坂 ひなた。
わからん、最近のJKたるもの。これがパンティーを見た復讐とでもいうのか。
俺にはわからん。
「ふむ、ならば。いただきます」
俺も便乗する。
「うわっ、新宮センパイの卵焼き。超キレイ!」
目を輝かせる赤坂 ひなた。
「だろ? 俺の卵焼きはプロレベルだ」
「私の唐揚げと交換しません?」
なん…だと! 俺が卵焼きと同レベルに好むおかずだ。
「その提案、乗った!」
俺と赤坂は、互いの弁当箱からおかずを交換した。
「おいっ! タクト!」
あれ、外食にいかないの? ミハイルさん。
「どうしたんだ? ミハイル」
「誰です? この子?」
それ一番言っちゃダメなやつ!
「オレはタクトのダチのミハイルだっ!」
めっさキレてはるやん。
「ミハイル、なにを怒っているんだ? やはり俺の卵焼きが恋しいか?」
「ち、ちげーよ! なんで三ツ橋のやつが、きょーしつに来てんだよ!」
そこぉ? キレるポイント。
「ハァ? 元々、この校舎は三ツ橋のものですよ? それに私たち同じ学園の生徒じゃない?」
清ました顔で、俺の卵焼きを食する孤独のJK。
満足そうに「うーん、おいし~」と頬に手をやる。
その姿を見たミハイルは、いつも大事にしているお友達の床ちゃんをダンダンッと踏み続ける。
良くないよ? 友達は大事にしないと。
「それなら、タクトのおべんとうは、一ツ橋のオレも食べていいじゃん!」
え? なにそのルール?
俺の弁当は、一ツ橋のものでも、三ツ橋のものでもねーよ。
「タクト! オレにも弁当、この前みたいに食べさせて!」
その顔、正にイケメン。そして可愛い。
「まあ構わんが……」
「は? ミハイルくんは、自分の弁当を食べたらどうなの?」
眉間にしわを寄せる赤坂。
「うるせぇ! おまえ、名前は!?」
「赤坂 ひなただけど」
「ひなたか……じゃあ、ひなた。おまえはタクトとダチじゃねぇ!」
でしょうね。
「だから、なんなの? 私とセンパイは、生徒手帳を見せあった仲だけど?」
「フン! オレはタクトん家に泊まったことあるもんね!」
「はぁ? 新宮センパイ。ホントですか!?」
「ホントだよな! タクト!」
その時なにか、俺のボタンにスイッチが入った。
「お前らなぁ……なんでもいいからメシを食え」
「「はい」」
「ほれ、ミハイル。箸がないんだろ。食わせてやる」
また、あーんして食べさせてやった。
相変わらず、食べ方がエロい。
んぐっ、んぐっ……ごっくん! と何かを連想しそうな租借音だ。
「うまい! うまいぞ、タクト☆」
「あっ! ずるい! ミハイルくんだけ」
「仕方ないだろ? こいつは箸を持ってないんだから」
「ひなたは自分のあるじゃん。オレは忘れたからさ☆」
それ誇るところかね?
キーッと顔を真っ赤にさせる赤坂。
対して満足そうなミハイル。
次をくれくれと、可愛いお口を開く。
思わず、俺は生唾をガブ飲みしてしまった。
「尊い……」
この言葉、どっかで聞いたことある。
俺とミハイル、それに赤坂の3人は、恐る恐るその声の持ち主を探す。
「尊すぎる……男の子同士でお口であーんして、それに怒る女子。『今晩のおかず』になりそう」
眼鏡が輝く。その名は北神 ほのか。
「な、なにをいっているの……あなた?」
いかん! 赤坂はそういう免疫を持ってないのか。
「ほのかのやつ、また調子悪いの?」
ミハイルも同様だ。
ここは俺がしっかり守ってやらんと。
「お前ら全力で昼飯を食え!」
「「?」」
その時ばかりは、ミハイルと赤坂は首を傾げて、仲良く見つめあっていた。
第二回目のスクリーングも無事に? 終わりを迎えようとしていた。
生徒全員の顔が明るくなる。
理由はただ一つ。帰れるからな。
って、それは非リア充グループやぼっち共たちの定番。
逆にリア充のやつらは『このあとめちゃくちゃゲーセンとかで遊んだ!』とほざくのだろう。
雑談で各々が盛り上がる。
「なあ、タクト☆ 今日はオレん家来いよ」
「は?」
エメラルドグリーンの瞳を輝かす少年、ミハイル。
「だって『やくそく』したろ?」
「ああ、ミハイルの姉さんに挨拶する……んだったか?」
そーいや、この前、ミハイルが家に遊びに来た時、うちのブッ飛び~な母さんが提案してきたな。
「ねーちゃんと遊ぶんじゃなくて、オレと遊ぶんだろ!」
なーに顔を真っ赤にさせとるんじゃ、ボケ。
「まあ構わんが……」
ピシャーン! と豪快に教室の扉が開く。
皆が一斉に視線を向けるが、期待した人物ではなかった。
小学生が好んで着るような、可愛らしいさくらんぼ柄のワンピース。
ツインテールで胸はぺったんこ。
身長は120センチほどか。
「あんのバカ……」
俺がそう呟くと、その気持ちの悪い生き物は、教壇の前に立つと息を大きく吸った。
「センセーーー!」
キンキン声で窓が揺れる。
俺もミハイルも耳を塞ぐ。
もちろん、他のみんなも同様の対応。
「やかましい!」
思わず反応してしまった。
無視したかったのに。
「あ♪ DOセンセイ! ここにいましたか」
そう言うと、低身長のロリババアは、他の生徒など気にせず、俺の席まで足を進める。
「おい、お前。何しにきた?」
「へ? プロットの打ち合わせでしょ」
首をかしげているので、そのままへし折ってやりたい。
「白金……わざわざ学校まで来なくていいだろ」
「ダメです! さっさとプロットぐらい書き上げないと。DOセンセイは我が博多社から追い出されますよ? 実際に編集部の会議でも『あのオワコン作家に払う経費はない』って言われているんですから」
それ、みんなの前で言う?
「タ、タクト! 誰だよ、この子!?」
気がつけば、拳を作るミハイルさん。
顔がこえーよ。
「ああ、えっとだな……こいつは」
「私、博多社の白金 日葵と申します♪」
頭を垂れる社会人。
律儀に名刺も差し出している。
「え? 大人なの……この子?」
おバカさんのミハイルでは、脳内が大パニックだ。
受け取った名刺と、白金の顔を交互に見て、真っ青になっている。
「一体、誰なんだよ?」
思わずログインしてしまうハゲのおっさんこと千鳥。
「あーしも気になるぅ」
歩くパンチラこと花鶴もか。
「あ、あの、私も気になるかも」
腐女子の北神まで。
気がつけば、俺と白金の周辺にはギャラリーが円陣を組んでいた。
「えっへん、生徒諸君! 私は白金 日葵ちゃんですよ? 一ツ橋高校の卒業生ですから、みなさんのちょっと先輩ですね♪」
ちょっとじゃねぇ、一回りぐらい違うだろ。
「おお~」と歓声があがる。
「それでタクオとはどんな関係なんすか? 先輩」
よく素直に受け入れられたたな、千鳥。
このキモいロリババアを。
「私とDOセンセイは、担当編集と作家様の関係です」
「ドゥ? それがタクオのペンネームか?」
「ノンノン、後輩くん♪ DOセンセイのフルネームは……」
そう言いかけた瞬間、俺は白金の気持ち悪い小さな唇を塞ぐ。
「なにするんだよ、タクオ? 邪魔すんなよ」
少し不機嫌そうな千鳥。
「あーしも続きが気になる。どんな漫画家なん?」
マンガとは言ってねーよ、花鶴。
「オ、オレも知らないよ……」
なぜか寂しげに肩を落とすのはミハイル。
少し涙目だ。
「それはな……俺のペンネームはだな……」
あれぇ? なんか春だというのに暖房入ってません?
汗が滝のように流れる。
「タクオ、あくしろよ!」
早くって言い直せよ。
「オタッキー、ダチじゃん?」
あなたみたいな、どビッチとは友達じゃありません。
「オレも聞きたい……よ?」
だから、なぜ涙目で上目遣い? ミハイルさん。
「DO・助兵衛!」
その名を叫んだのは一人の少女だった。
俺は一瞬にして汗が止まり、今度は悪寒を覚える。
「こんなところにいたなんて! 新宮くんがあの『DO・助兵衛』先生なんて……ハァハァ」
なぜか息が荒い眼鏡少女、北神 ほのか。
「ドゥ・スケベェ……?」
驚愕の顔でかたまる千鳥。
「スケベって、アッハッハッハ!」
床に笑い転げる花鶴。パンツ丸見えだから男子諸君は良かったら、どうぞ。
「す、すけべ?」
ミハイルは『この人可哀そう……』みたいな顔して、俺を見つめている。
「そうですよ、皆さん! 新宮くんこと、BLライトノベル作家のDO・助兵衛先生ですよ」
ファッ!
「「「……」」」
一瞬にして男子生徒たちは、俺から逃げていった。
「ち、違う! 俺はただのライトノベル作家だ! 北神、いい加減にしろ!」
「サインください!」
俺の発言は無視し、自身の鞄から単行本を取り出してきた北神ほのか。
タイトル『ヤクザの華』。
表紙はガチムチマッチョなおっさんが、上半身裸体で拳銃を構えている。
イラストからして、確かにBL向けにも見える。
「タクオ! お前ソッチだったのかよ!?」
突っ込む前に、なぜそんなに離れているんだよ、千鳥。
もうちょっとこっちに近寄れ! 辛いだろ!
「お前は何かを勘違いしているぞ、千鳥!」
「否定しねーから、余計に怖いんだよ!」
「なつかしー、しかも、これ初版本ですね♪」
言い争う俺たちを無視して、白金が北神の単行本を眺める。
「そうなんです♪ 幻の初版本です♪ これで絡めるのがたまらないんです」
「なるほどぉ……DOセンセイにはBLの需要があるのですね。一考してみます」
白金のやつ、冷静に俺の作品を分析しやがって。
BLなんて母さんの同人だけでお腹いっぱいなんだよ!
「タ、タクト……オレはタクトの書いた本なら読んでみたいな☆」
その笑顔守りたい!
ミハイルがこの日ばかりは女神さまに見えた。
「スケベっていう、ペンネームもいい…名前だな」
口がひくひくしていますよ? ミハイルさん。
なんだろ、涙が……。
「そのタクト……オレも今度、読んでいいかな?」
顔を真っ赤にして、北神 ほのかが所持している小説を指差すミハイル。
おいおい、お前さん。勘違いしてねーか? BL本じゃねーぞ。
「古賀くんもBLに興味あるの?」
ログインすんな腐女子。
「ビーエルってなんだ? ほのか」
あれ、ミハイルも既に下の名前で呼ぶ仲なの?
「BLとは尊き恋愛作品の総称のことだよ♪」
「ラブストーリーか……おもしろそうだな☆」
やめろぉぉぉ! 北神、ミハイルの姉さんに謝れよ!
「ほうほう、DO先生には、BLのセンスがあるみたいですねぇ」
メモすんな、ロリババア。
「うわぁ、タクオ……今度からトイレ一緒に入るのやめてくれ」
引きつった顔するなよ、一緒に連れションしろよ、千鳥。
寂しいだろが!
「あーしも、BLっての興味あるかな~」
ええ!? ギャルの花鶴まで!
「この北神 ほのかにお任せください! DO・助兵衛先生の作品は全て揃えておりますから!」
俺の作品はBLじゃねー。
「お、俺は遠慮しとくわ……」
強制ログアウト、ユーザーネーム『リキ・チドリ』
「ふーん、帰りに貸してちょ。ほのかちゃん」
もうやめて……。
教室中で「ホモォォォ」で盛り上がる女性陣と、ドン引きする男性陣。
ちな、これに関してはリア充と非リア充で別れたのではなく、性別で隔たれた。
例外として、ミハイルだけは俺と一緒にいる。
盛り上がる女性陣。
「ねえねえ新宮くん、どう絡めてるの?」
「書き専なの?」
「百合は? 百合もやらないの?」
最後のやつは両刀使いかよ!
それに屈する男性陣。
「やべーよ、新宮ってホモだったのか」
「もうひとりでトイレにいけないよな」
「ハァハァ、新宮くん……」
モノホンがいるじゃねーか。
クラスは俺の小説でガヤガヤしていると、突然、雷のような怒鳴り声が鳴り響いた。
「なーにをやっとるかぁーーー!」
気がつけば、ひとりの痴女が教壇に立っていた。
その名も宗像 蘭。
「ハッ! 蘭ちゃん!?」
それを見た瞬間、白金の目が怪しく光る。
宗像先生は顔をしかめた。
「日葵か?」
静まり返る教室。
白金と宗像先生の間に出来ていた人波が左右へと分断され、彼女たちは互いに歩みよる。
「なにをしにきた? 日葵?」
「ここであったが百年目! らーんちゃん!」
何を思ったのか、白金は宗像先生目掛けて、全速力で突っ走した。
対して、先生は両腕を組んで微動だにしない。
「死ねやぁぁぁ、デカパイ!」
身長差を無くすためか、先生の足元で思い切りジャンプする。
顔面まで飛び上がり、頭突きをお見舞いする白金。
「甘いわ! クソちっぱいが!」
白金の頭突きが当たる寸前で、宗像先生の左腕が動く。
ワンチョップ。それだけだ。
「グヘッ!」
脳天を突かれた白金は、空中から一気に床へと叩きつけられる。
「らんちゃんのバ、カ……」
そう言うと、白金は泡を吹いて気絶した。
ホラー映画みたいな白目でね。
いい歳したアラサー女史同士でなにやってんねん。
「貴様ら! さっさと席につけ! レポートを返却するぞ!」
宗像先生、足元、足もと! 白金を踏みつけとるがな。
ピンヒールで背中をグリグリ刺しているけど、穴とかあかないのかな?
「「「ヒィッ!」」」
俺たちはすぐに席を整えて、着席した。
「いいか、一ツ橋高校に関係のない不審者。こんなクソチビの相手はしてやるなよ。会ったら速攻ブッ飛ばせ」
あんたそれでも教師か。
「「「はーい……」」」
そのあとは静かに(恐怖で)みんな添削済みのレポートを受け取った。
俺は安定のオールA。
ミハイルといえば、顔色が真っ青。
こいつは勉強を真面目にしてないのか?
「じゃあ、お前ら寄り道せずに帰れよ。ラブホにいったカップルはレポートを増やすぞ! 絶対にだ!」
それ毎回言うんですか? セクハラでしょ。
「宗像先生。さよなら~」
俺はそそくさと、リュックサックを背負いその場を去る……はずだった。
リュックのひもを掴んで離さない女が一人。
宗像先生がするどい眼光で微笑んでいる。
「古賀を置いて帰るなよ、新宮……」
振り返れば、涙目のミハイル。
「は、はいっす……」
「あと、このバカが本校に不法侵入したことも『4人』で話そうじゃないか!」
ええ……。
「タクト☆ なんかわかんないけど、オレは付き合うぞ!」
マジで……。もう一緒に帰ろうぜ。