今年初めて、宗像先生が出した課題。
 それは、俺が一ツ橋高校を……学校を楽しむということだ。

 正直、意味がよく分からん。
 元々俺という人間は、学校が好きじゃない。
 勉学が嫌とかじゃなくて、対人関係でトラブルが多く。
 あまり楽しい思い出がない。

 だから、幼い頃。学校外でマリアと仲良くなったりしたのだが……。

「先生。俺が学校を楽しむって、どういうことですか? 一体、何をすればいいんです?」
「ん? そうだなぁ~ 新宮が他の生徒たちと遊んだりして『いえ~い。俺ら青春なう~!』とかやってりゃ良いんじゃねーか?」
 すごく、テキトーな回答だ。
 俺はそんな陽キャ高校生じゃないっつーの。
 だから、ミハイルと一緒にいたんだ……。

「もうちょっと、具体的に話してくれませんか? 俺がミハイル以外の友人と、学校で遊んでればいいってことですか?」
 宗像先生は座卓に並べられた、たくさんのジョッキグラスを見て、豪快にゲップする。
「ゲフ~ッ! まあ、物事に正解なんて無いんだよ。大体、あれだけ新宮にこだわっていた古賀だぞ? お前が他の生徒……つまり、女子なんかと遊んでいたら、当然イライラするし。嫉妬もするんじゃないのか?」
 吐き出したゲップが、酒臭い。
 マジで女か、この教師。
「まあそうですけど……俺は、捨てられた身なんですよ?」
「分かってねーなぁ、新宮。そんなんだから、童貞なんだよ!」
 悪かったな、でも処女じゃないもん。

「じゃあ、俺が他の女子と楽しくしていれば、ミハイルは戻って来るんでしょうか?」
「簡単に言えば、そうだな。別に同性と仲良くしても、効果はあるだろう」
 てことは、ミハイル並みの男子を連れてきて、イチャつけば良いのか?
 思い当たるとしたら、リキに惚れている住吉 一ぐらいだ。

 俺が黙って考えこんでいると。
 宗像先生は大きく口を開いて、豪快に笑って見せる。

「だぁはははっははは! 新宮。お前は、もう終わったと思い込んでいるんだろ?」
「え? だって、アイツに絶交だって言われたし……俺のせいで、長い髪も切らせてしまって……」
「考えすぎだろ! 今時の奴らは、気分で長い髪も切る。それに本気で絶交したいやつが、プレゼントを大事にするか?」
 その言葉に、耳を疑った。
「プレゼント? なんのことですか?」
「なんだ? 気がついてなかったのか、ははは! そりゃ振られるわな!」
 一人だけ分かっているような口ぶりだったので、俺も苛立ちを露わにする。
「な、なんですか!? 教えてくださいよ!」
 力いっぱい拳で座卓を叩くと、近くにあったグラスが倒れた。
 それを見た宗像先生は笑みを浮かべ、自身の耳を指さす。

「古賀の耳元。ネッキーとネニーのピアスをつけていたぞ。あれ、お前が誕生日にプレゼントしたんじゃないのか?」
「あ……そうです。でも、なぜ俺がプレゼントしたって、分かったんですか?」
「そりゃ私は女だし。直感だよ。前後の話も聞いているしな。お前は古賀を抱きしめるぐらい、想いが強かったんだろ? ならプレゼントも高額になっても自然だもんな」
 普段からアホな言動が目立つ教師のくせして、こういう時だけは鋭い。

「あのピアスが高いって、分かるんですか?」
「うん。だって小さいけどダイヤが入ってたし。付き合ってもない関係なのに、数万円もかけるとか。正直見ていて、ドン引きしたけどな」

 クソッ、言いたい放題言いやがって……。

 でも、安心した。
 俺はまだミハイルに捨てられていない……のかもしれん。
 あの時、渡したプレゼントを大事につけているのだから。

  ※

「じゃあ、古賀に楽しいところを見せつけてやるか」
 そう言うと、宗像先生は怪しく微笑む。
 片手に、スマホを持って。
「な、なにを見せるんですか……」
 悪い予感しかない。
 こういう顔をしている時の宗像先生は。
「とりあえず、新宮。こっちへ来い」
 手招きされるがまま、俺は先生の方へ近寄る。
 隣りに座ると、先生が自身の太ももを指さす。

「なんすか? どうするんですか?」
「いいから、さっさと来い! 古賀を取り戻すためだ!」
 そう言うと、宗像先生は俺の首を掴み、強引に太ももの隙間へと突っ込む。
 鼻と口を抑えられて、息が出来ない。
「ふごごご……」
 アラサー教師の股ぐらに、顔を突っ込んで、何が嬉しいのやら。
「よし! 今から撮影するぞ~ 新宮、お前もこっちを見て笑え! 楽しそうにするんだよ♪」
「へ?」

 顔を上げた瞬間、フラッシュがたかれた。
 口角をあげる暇もなく、撮影は終わってしまう。

「おぉ~ 良い感じに撮れたじゃないか~♪ みんなの蘭ちゃん先生を独占とか、うらやましいな。新宮」
 スマホの画面に映っていたのは、顔色の悪い生徒と酔っぱらったアラサーの女性教師。
 事故とはいえ、俺は宗像先生に膝枕をされている。
 周りに食べ散らかした中華料理と、グラスが並んでいた。
「……」
 これのどこが、楽しそうなんだ?

「じゃあ、私のというか……本校の公式”ツボッター”で、写真を投稿しておくぞ。古賀も見ているかもしれん」
 ファッ!?
 今、そんなことしたら。ミハイルの怒りが治まるどころか。
 火に油を注ぐような行為だ。

「ちょっ、先生! やめてください! もしミハイルが見たら、絶対良い気分しないでしょ!?」
「なーにを言っておるか! 恋は駆け引きというだろう。使えるもんは全部使うんだよ、バカ野郎!」
「そんな……」

 完全に酔っぱらった、おっさんだよ。

「ヘヘヘ、投稿してやったぞ。ほれ、新宮も確認しろ」

 仕方なく先生のスマホを覗いてみると。

『友人に捨てられた生徒を、グラマラスな太ももで癒す私』
『癒された生徒は、もう宗像先生がいないと生きていけない! と元気が出たようだ』
『私のような美人教師がいるのは、一ツ橋高校の福岡校だけ。随時、生徒募集中!』

 結局、ただの広告じゃねーか!
 いいように使われただけじゃん。

  ※

 宗像先生が言うには、俺が学校で楽しく生活していれば。
 ミハイルが、戻ってくる可能性が高いそうだ。
 実際、過去にヤンキーの生徒たちがケンカして、退学した時も。
 残った生徒たちの楽しそうな話を聞いて、戻ってきた事例があるようだ。

 一応お悩み相談は、解決というか。
 安心できたので、俺と宗像先生は店を出ることに。
 外に出ると、空はもう真っ暗だ。
 ミハイルのことで、午後の授業もサボってしまった。
 だが宗像先生の計らいで、出席扱いにしてもらえた。

 これは俺だけでなく、ミハイルも同様で。
 真面目に出席している俺たちだから、特別に……とのことだ。
 テストは後日、彼の家に郵送するらしい。

 
「お、珍しく。私の投稿にリプが届いてるぞ?」
「本当ですか?」

 二人して、スマホの画面をのぞき込む。

 先ほどの先生の投稿に対し、こう書かれていた。

『アラサー教師の太ももとか、エグい』
『ばばあ、無理すんな。必死すぎ』
『こんな高校行きたくない。写真の生徒がかわいそう』

 結構、責めた内容だな。
 ん? 投稿主の名前が気になった。
 “ボニョ大好き☆”

 これは……まさかミハイル!?
 一発で釣れたのか?
 
 驚く俺とは対照的に、宗像先生は顔を真っ赤にして、スマホへ怒鳴り散らす。

「誰が、ばばあだ! ネットから出てこい、クソガキ!」

 でも……本当に彼なら、俺はまだ信じてもいいのだろうか?