『次は、箱崎~ 箱崎駅です』
車内からアナウンスが流れ、目的地へ着いたことに気がつく。
乗客の大半が、初詣だったようだ。
それもそのはず。俺たちも筥崎宮を目指しているからだ。
福岡県における三社参り。
学問の神様で全国的にも有名な太宰府天満宮。
それから、近年若者から人気を得ている、宮地嶽神社がある。
なぜ、若者から人気かというと……。
国民的なアイドルグループが、ここでCMを撮影した際。
その日は天気が悪かったにも関わらず。5人のメンバーが神社の参道を歩いた瞬間。
近隣の海岸から、眩い光りが差し込み。
ちょうど神社までの一本道を、神秘的な光景に変えてしまった。という伝説がある。
そのため、CMを見たファンや若者が殺到し、お正月とか関係なく。
平日でも多くの人で、賑わっている。
またパワースポットとしても、人気だ。
だから、宮地嶽神社と迷ったが、三つ目の筥崎宮を選んだ。
博多に近く、駅からも近い。
あと、出店が多いことも、狙いの一つだ。
大食いのアンナには、嬉しいことだろう。
と、駅から降りて、アンナに三社参りの意味や、神社の情報を説明したが。
聞いている本人はチンプンカンプンのようだ。
「えっと……今から行くのは、太宰府?」
「違うよ。筥崎宮」
「アンナ、違いがわかんない~ 福岡の歴史って、難しい~」
散々、かつお菜のことで、熱く語ったくせに。
興味がないものは、全然知識に入れないのか。
※
駅から10分ほど、歩いたところで目的地へたどり着く。
筥崎宮だ。
幼い頃に母さんと何回か来たことはあったが……。
元旦に来たことはない。
大勢の人々で、賑わっており。
境内に入ってみたが、どこも行列ばかりで、全然前へ進む気配がない。
たぶんアルバイトの神子さんだと思うが、プラカードを持って立っている。
『本殿に着くまで、約45分』
「マジかよ……そんなに待たないと行けないのか」
お賽銭して、お祈りするだけだってのに、1時間も拘束されるのかよ。
長すぎだろ。
深いため息をつくと、隣りに立つアンナが優しく俺の手を掴んだ。
「タッくん☆ 初詣、楽しみだね☆」
テンションの低い俺とは違い、アンナは笑顔だった。
「え?」
「だって……今年初めてを、タッくんと迎えられたんだよ? これ以上、嬉しいことはないと思うな☆」
「そ、そうだが……1時間も立って待つんだぞ? 苦じゃないのか?」
「全然、嫌じゃないよ☆ どんなところでも、タッくんと一緒にいることが大切だよ☆ それにその1時間は、こうやって手を繋ごうよ☆ 恋人ぽいでしょ?」
そう言って、繋いだ手を宙に浮かせてみる。
「ま、まあ……そうだな……」
頬が熱くなるのを感じた。
アンナの言う通りかもしれない。
この待機時間こそ、恋人同士の甘いひととき……かも。
~約1時間後~
やっと、俺たちの番になった。
とりあえず、千円札を取り出し、賽銭箱へ投げ込む。
そして、鈴を鳴らしてみる。
しばらく来ていないから、祈り方を忘れてしまった。
周りの人を見ながら、真似てみる。
ふと、アンナの方を見てみたが。既に瞼を閉じ、手を合わせていた。
ハーフの美少女が、和服姿なので、自然と絵になる……。
見惚れている場合ではなかった。
俺も瞼を閉じて、お祈りを始める。
「……」
願い。
今の俺には、そんなもの見当たらない。
ミハイルとアンナのおかげで、書籍化やコミカライズも出来たし。
一ツ橋高校に入学して、色んな奴らとダチになれた。
これ以上、俺が望むものなど……。
いや、一つだけあるか。
それは、今が無くなってしまうことだ。
『今年も一年間。ミハイルとアンナがずっと隣りに、居てくれますように……』
心の中で、そう願いを呟いた。
しかし、神様からの返答はなし。
ま、そりゃそうだろな。
と瞼を開くと、目の前に大きな緑の瞳が、じっととこちらを覗き込んでいた。
「うわっ!?」
「タッくん。お祈りが長かったね? そんなにたくさんあったの?」
どうやら、アンナの方が先に済ませたらしい。
「いや……俺の願い事は一つだけだよ」
そう答えると、アンナはパーッと顔を明るくさせる。
「え? 一つだけなのに、ずっとお祈りしてたの? じゃあ、それだけ大きな願い事なんだよね? なに? 教えて☆」
見透かされているような気がした。
恥ずかしさから、俺は拒絶する。
「ダメだ! こういうのは、人に言ってしまうと願いが叶わないって、聞いたぞ」
「そうなんだぁ……タッくんのお願い。知りたかったなぁ」
唇を尖がらせるアンナ。
別に教える必要ないだろ。
俺はただ……今を失いたくないだけだ。
去年のクリスマス会。
泣きながら会場を抜け出したあいつの顔。
もう、あの時みたいな痛みは、ごめんだ。