気になるあの子はヤンキー(♂)だが、女装するとめっちゃタイプでグイグイくる!!!


 一がリキに好意を寄せていると知ったミハイルは、態度を一変させ、ニコニコと笑っている。
 少し離れた場所……。玄関でリキと話す一を見て、何か思いついたようだ。手の平をポンと叩く。

「そうだ! タクトの手についた汚れは、落とせないけど……。一のお尻なら、落とせるよね☆」
 と瞳をキラキラと輝かせる。
 こういう時は、大体変なことをやらせるつもりだ。

「一の尻? なんのことだ?」
「だから、汚れだよ☆ タクトが手で触ったのなら、汚れがついてるじゃん。ちゃんと落とさないとね☆」
「……」

 それって、俺が汚物ってことかよ。
 酷いな、ミハイルくんたら。

  ※

 玄関に戻ると、すぐにミハイルは頭を下げて、一に謝る。

「ごめん。オレ、勘違いしてみたい」
 急に謝られたから、一も動揺していた。
「え、えぇ!? いえ、僕は別に……新宮さんのことでしたら、何とも思っていませんから。いつも空気みたいな存在だと思ってます」
「ハハハッ。だよな☆」

 おい、こいつら。
 なに俺のことを、ディスりやがっているんだ?
 空気だと……一の奴。今度、博多社で会ったら、覚えてろよ。
 ケツだじゃ、済ませねぇからな。

「ところでさ。一のお尻に、まだ汚れがついてるよね? ちゃんと落とした方が良いよ。タクトの手はべったりとして、汚いから☆」
 だから、何で俺だけ汚物扱いになってんの?
「え? 汚れ?」
 一は彼の言うことが理解できないようで、首を傾げている。
「ちょうど、オレのダチがいるからさ。そいつに落としてもらおうよ☆」
「はぁ……」

 ミハイルはリキの傍に近寄ると、背伸びして耳打ちを始める。
「こうして、あーやってね……」
「え? それで、俺が一のを触ればいいのか?」
「そうそう☆」
「ふ~ん。ま、いいぜ」

 この時、俺は彼らの行動を止めるべきだったと、のちに後悔することとなる。

 ~10分後~

「くっ、んあっ! いぃっ……」
「どうだ? 落ちたか?」
「あぁっ! だ、ダメですぅ! そ、そんな……」

 一体、何を見せられているんだ? 俺は……。
 サキュバスのコスプレをした少年が、スキンヘッドの老け顔に、尻を撫で回される。
 
 リキ自体はやましい気持ちなんて無いから、善意でやっているに過ぎない。
 全ては俺の隣りで、ニヤニヤ笑っているミハイルが計画したものだ。

「ハハハッ☆ 一のやつ、嬉しそうだな」
「……」

 確かに想いを寄せているリキが、優しく尻を触ってくれるから、悦んでいるようだが。

「だ、ダメですぅ! 僕とリキ様はまだ出会って2回目だと言うのに……こんなっ、んぐっ!」
 一の息遣いは徐々に荒くなり、頬を紅潮させ、瞳はとろ~んとしている。
 時折、身体をビクッと震わせて。
「別に良いだろ? 一がタクオのダチなら、俺のダチだよ。気にすんな。ところで、尻の汚れ……痛みは良くなったか? 今、どんな感じだ?」
「ハァハァ……心臓がバクバクして、今にも飛び出そうですぅ!」
「そりゃ、良くないな……。なんでそうなるんだろな?」

 お前が尻を撫で回して、感じさせているからだよ! とは言えないな。
 結果的にとはいえ、一の願望を叶えているし……俺は傍観者でいよう。

 2人の会話を聞いてたミハイルが、更なる追い打ちをかける。

「ねぇ、リキ。一はお胸が痛むんだよ。だから、お尻を触りながら、お胸も触ってあげてよ☆」
「えぇ……」
 一体、ナニをさせる気だ。この人……。

 それを聞いたリキは、「わかった」と答える。
 平然とした顔で。

 ~更に10分後~

「あああっ! そ、そんなっ! 上からも下からもだなんて……リキ様っ!」
「辛そうだな……。もっと触ってやるぜ。早く良くなるといいな」

 異様な光景だった。
 左手で一の胸を、右手で尻を……。円を描くように優しく撫で回すリキ。

 触っている最中、どうやらリキの指が“クリーンヒット”したようで、一が叫び声をあげる。

「あぁっ! そこは……ダメッ!」
「ここが悪いのか? じゃあ、もっとやってみるな」
「もう、僕……壊れちゃいそうっ!」

 高校の玄関で、俺たちは一体なにをやっているんだろうな。

  ※

 散々、身体を弄ばれた一は、床に腰を下ろす。
 息遣いはまだ激しく、横座りでうっとりとした顔だ。

「リキ様。ありがとうございました……すごく良かったです」
「そうなのか? なんか良く分からないけど、治ったなら安心したぜ!」
 とニカッと白い歯を見せて、親指を立てるリキ先輩。
「ハァハァ……あの、お手洗いは近くにありますか?」
「この廊下の奥にあるぜ」
「わかりました……ちょっと、お借りさせていただきます。コスが汚れてないか、確認を……」

 えぇっ……ウソでしょ?
 汚れを落とすはずが、コスのどこかが汚れたの?
 サキュバスが搾取出来ず、逆に搾り取られたとか……まさかね。
 
 一は、廊下の壁にもたれ掛かりながら、よろよろと奥へと進んでいった。

 
「アハハ! 面白かった☆」
「……」
 ホントに酷いよ。この人。
 人間で遊んでるじゃん。

 とミハイルの言動にドン引きしていると……。
 背後から、視線を感じた。
 振り返ってみると、階段の上。2階からスマホをこちらに向ける少女が一人。
 腐女子のほのかだ。

 鼻から真っ赤な血を垂らしながら、眼鏡を光らせている。
 どうやら、今まで起きた出来事を録画していたようだ。

「ヒヒヒッ。こいつは最高の逸材だわ……リキくん×一くんか。これだから、創作はやめられないのよっ!」

 お前の創作とは、一緒にして欲しくない。

 トイレから戻ってきた一は、何故かスッキリした顔でニコニコと笑っている。

「はぁ……リキ様のマッサージで、日頃のストレスが全てなくなりました♪」
 とハンカチで手を拭いている。
 一体、彼にナニが起きたんだ?

 そんなことより、気になることがある。
 一ツ橋高校の関係者でもない彼が、この校舎にいたことだ。

「なあ、一。お前、なんでこの高校にいるんだ?」
「あ、それでしたら、“ツボッター”を見て来ました。今日はクリスマス会なので、生徒じゃなくても遊びに来ていいと……」
「え? ツボッターに?」
「はい、こちらです」
 そう言って、自身のスマホを見せてくれた。

 SNSのツボッターだ。
 アカウント名は、一ツ橋高校、福岡校。(公式)

 だが、高校の写真なんて、一切載っていない。
 アイコンは、ウインクしている宗像先生の顔。
 ヘッダーも高校とは無関係の写真。
 際どい水着を着て、事務所のソファーで寝そべるアラサー教師……。
 どこかのピンク系アカウントみたい。

 そして、一週間前ぐらいから、宗像先生が毎日呟いていたようだ。
 見学も兼ねて、今年最後のスクリーングに、クリスマス会をやるから、遊びに来て欲しいと。
 

「なるほどな……だから、一はここに来たのか?」
「はい! リキ様にお会いしたいし、まだイブじゃないですけど。クリスマス会ですから、気合を入れて、コスを着て来ました!」
 聖夜にサキュバスかよ。
「てことは、お前。ずっとそのコスでここまで来たのか?」
「はい。電車を使ってきましたよ♪ 途中、何人か知らないお姉さんに、身体を触られたりしましたけど」
「そ、そうか……」

 まあ、リキ様に汚れを落としてもらったから、良いんだろうな。

  ※

 授業が全て終わり、俺とリキは宗像先生に言われて、ミハイルの手伝いをすることになった。
 クリスマス会をやる場所は、1階の玄関奥。
 入学式の時に使用した自習室だ。

 基本、一ツ橋高校が使っていいのは、2階の事務所と、この自習室だけだ。

 机を全て、後ろに片づけ、イスだけを並べる。円を描くように。
 こうすることで、自ずとお互いの顔を見られるように……と、宗像先生が提案したのだ。
 俺とリキは黙って、それに従う。

 宗像先生と言えば、ミニスカのサンタコスを着て、場を盛り上げようと必死だ。

「よし、ここはクリスマスぽい曲でもかけてやるか。最近の若い奴らは何が好きかな? アレか。『ワモ』の『ラズド・クリスマス』がいいよな」

 そう言って、教壇の上にラジカセを置き、名曲を流し始める。
 しかし、一緒に飾りつけを手伝ってくれた男子生徒たちは、この曲を知らないようで、無反応だ。
 黙って机を片づけたり、イスを出してくれたり……。
 鼻歌でクリスマス気分を味わうのは、宗像先生のみ。

 かわいそう……。まあ俺はあの曲、好きだけど。

 中央に机を4つくっつけて、テーブルクロスをかける。
 そこへミハイルが調理したオードブルを並べてくれた。

 朝5時から作っているということもあって、いつもより豪華だ。
 ローストチキン、ミートパイ、ビーフシチュー。パエリア、チーズフォンデュ。
 それにスイーツとして、ブッシュ・ド・ノエルまで……。

 こんな出来る嫁、他にはいないぜ。
 おまけに可愛いし、一緒になれたら、毎日この料理を食えて、ヒップも触り放題か。
 キッチンで調理するミハイルを後ろから、邪魔したいものだ。色んなことをして……。


 30分後。ようやくパーティーの会場が完成した。
 黒板にはチョークで大きく『第31回、一ツ橋高校。クリスマス会』と書かれている。
 女子も協力してくれたから、辺りの壁は色とりどりの折り紙で作られたハートやサンタさん。星なんかも飾られている。
 ついでに、宗像先生が「近所のゴミ置き場から拾ってきた」とボロいクリスマスツリーまで。
 中央に並べたテーブルに、ミハイルの作った料理やスイーツが並べば、そこだけ別の空間。
 豪華なクリスマスパーティーのはじまり。

 ミハイルの作った料理を囲うように、円状に並べられたイスへ各々が座る。
 そして、紙皿を手に持ち、オードブルから好きな料理を移す。
 席に戻り、みんな口に入れた瞬間、優しい笑顔になる。

「おいしぃ~! 古賀くんの料理、レベチだよね」
「ほんと。作り方、教えて欲しいぐらい」

 それを聞いたミハイルは、俺の隣りで「うんうん」と頷く。
 本当にこいつは、ヤンキーのくせして、人に美味しいものを食わせるのが好きなんだな。
 でも、なんかムカつく……俺だけに作ればいいのに。

  ※
 
 司会役の宗像先生がマイクを持って、教壇に立つ。

「えぇ~ みんな今日のために、色々とありがとう! 今回のスクリーングで今年は終わりだ。来年まで会えないと思うと、先生も寂しい……」
 絶対にウソだろ。
 その証拠に、もう片方の手にハイボール缶を持っている。
「お前たちも、いろいろとプライベートで問題があったろうに、よくぞ一年間頑張った! だからパーッとやろう! と、乾杯したいところだが……」
 わざとらしく、咳ばらいをする宗像先生。
「実は、今日はだな。見学も兼ねて、客が来ている。そろそろ、入ってもらおう」
 一のことだろう……そう、思っていたが、入口の前に現れたのは、意外な人物だった。

 黒を基調としたシンプルなデザインのミニワンピース。
 胸元には白くて大きなリボン。
 細く長い2つの脚は、黒いタイツで覆われている。
 金色の美しい長い髪は肩に下ろし、碧い瞳を輝かせていた。
 
 一ツ橋高校のみんな……生徒たちは、驚いていた。
 もちろん、彼女の美貌に見惚れているのだろうが……。
 それよりも、似ているからだ。
 俺の隣りに座っている……彼に。

 静まり返る生徒たちを無視して、彼女は壇上に立つと、丁寧に頭を下げた。

「どうも。私、冷泉 マリアと言います。婚約者の新宮 琢人がいつもお世話になっております」
 
 俺は思わず、飲んでいたジュースを吐きだす。
 
「ブフッーーー!」

 なんで、マリアがここにいるんだよ!
 嫌な予感しかない……。
 その証拠に、隣りから物凄い音で歯ぎしりが聞こえてくる。

「あ、あいつぅ……ガチガチッガチッ!」

 こんなクリスマス会は望んでいないよ……。

 突如、現れたマリアによって、会場は静まり返ってしまう。

「今日は婚約者として、タクトの学生生活を知りたく……一ツ橋高校に見学へ来ました」
 
 勝気な彼女とは思えない振る舞いだ。
 でも、俺の級友がいるからと、気を使っているだけだろう。
 その証拠に、2つのブルーサファイアの輝きは色あせない。
 何十人もいる生徒たちの中から、すぐに俺を見つけ出す。
 
 他の生徒たちなんて、気にもせず、こちらへと真っすぐ向かってきた。
 そして、俺の左隣が空いていることに気がつくと、ゆっくり腰を下ろす。

「ちょっと、早いけど……メリークリスマス♪ タクト」

 至近距離からのウインク。
 可愛い……けど、反対側から物凄い殺気を感じるので、何も言えない。

「ガチガチッ……勝手にタクトの隣りに座りやがってぇ!」

 両手に花だけど、生きた心地がしない!
 あ、ミハイルは男か。

  ※

 マリアの登場により、ムードが悪くなってしまったが。
 そこへ宗像先生が、彼女の事情を説明してくれた。

 マリアは俺の幼馴染で、前からずっと一ツ橋高校への見学を希望していたこと。
 そして、今日は誰でもクリスマス会に参加していいと、ツボッターで連日、宣伝していた。
 なんだったら、親や兄弟でも良かったとか。

 続いて、もう一人。パーティーに参加する人間を呼び出した。
 卑猥なコスプレイヤーの住吉 一だ。
 自分からサキュバスの衣装を着ているくせに、身体をくねくねとさせ、恥ずかしそうだ。

「あ、あの……住吉ですぅ…。きょ、今日はみなさんとご一緒に、楽しみたいと思います!」

 彼が自習室に入ってきた瞬間、身を乗り出すのは女子生徒たちだ。真面目な方の。

「なに、あの子!? めっちゃスケベやん!」
「撮影いいのかな……なんか興奮してきた。触っていいの?」
 ダメに決まってんだろ。
 しかし、そこへ割って入るのは、怪しく眼鏡を光らせる一人の女子だ。
「みんな! ダメよ! 彼はリキくんの所有物だからね! お触りは絶対にしたらイケないわ。ここは少し離れて見つめるのが、道理ってもんよ! 尊い光景が拝めるのだからっ!」
 それを聞いた他の腐女子たちは、納得したようで、頷いていた。
 キモッ……。

  ※

 女性陣の注目は、一気にマリアから一へと変わってしまったが。
 依然として、俺の周りだけは、殺気だっている……。

「ねぇ、タクト。この料理は誰が作ったの?」
 と紙皿にチキンを載せて、フォークで突っつくマリア。
「え? それか? 全部、ミハイルが作ってくれたんだ」
 そう言って、身を引き、右隣に座るミハイルを改めて紹介する。
 しかし、彼は背中を丸めて、膝の上で拳を作っていた。
 ギロッと鋭い目つきで、マリアを睨む。

「へぇ……本当にあなたが作ったの?」
「そうだよ。まずいとか、言いたいのかよ!?」
「いいえ。正直、驚いてたの……」
「は? なにが?」

 フォークを持ち上げて、自身の小さな口でチキンを頬張る。
 瞼を閉じて、味をかみしめているようだ。

「本当に……美味しい、と思って」
「なっ!?」
 その言葉にミハイルも驚いていたが、俺も彼女らしくない態度だと思った。
 ハイスペックなマリアのことだ。
 全ての料理に文句をつけそうなもんだと、思っていたが。

「古賀 ミハイルくんだったわね? こんなに料理が上手なのに、男なんて……勿体ないわね」
「はぁ!? 男だって、料理できた方がいいに決まってんじゃん!」
「いえね……あなたほどのルックスを持っていて、料理までこんなに上手な女の子だったら……。良いライバルだったろうにと思ったのだけど」
 言い終える頃には、口角を上げて、勝ち誇ったような顔つきで、ミハイルを見つめる。
「べ、別におまえに食べさせるために、がんばったわけじゃないもん!」

 そうは言っているが、エメラルドグリーンの瞳には、大きな涙を浮かべていた。
 心底、悔しそうだ。
 性別の壁だけは、どうにも出来ないからな。

 震えるミハイルの白い手を見て、俺は……優しく握ってあげたい……。
 と心では思っていても、行動に移すことは出来なかった。

 クリスマス会に参加した生徒たちの顔は、みんな明るかった。
 一足早く、聖夜を楽しんでいるかのように。
 それも朝早くから、ミハイルが一生懸命作ってくれた豪華なオードブルが並んでいるからだろう。
 談笑しながら、何度も紙皿を持って、中央のテーブルにおかわりするほど、彼の料理は人気だった。

 ただ、俺の周囲だけはシーンと静まり返っている。
 左隣のマリアは、黙々と料理を食べ続ける。
 対して、反対側に座っているミハイルは、一切口にすることはなく、ずっと俯いていた。

 俺も紙皿に料理だけは、一応載せているが……。
 この重たい空気に飲まれて、食べる気がしない。

 ~30分後~

 ウイスキーの瓶を片手に、しっかりと出来上がった宗像先生が突如、叫び声をあげる。

「おぉい~ お前らぁ! クリスマスプレゼントは、ほぢぃかぁ~!?」

 また宗像先生の悪ノリが始まったよ……。
 どうせ、用意してないくせに。
 仮に持ってきたとしても、どこからか盗んできた物だろう。
 俺と同じく、会場にいた生徒たちもどこか冷めた目で、宗像先生を眺める。

「なんだぁ!? いらないってか? ゲームに勝ったら……なんでも願いを叶えてやるんだぞぉ!」

「「「……」」」

 誰もその問いに、答えることはなかった。
 だって、同じようなセリフを随分と前に、聞いたからだ。
 運動会の時、MVPはどんな願いでも叶えると……。
 結局、あの時はミハイルが優勝したっけ。
 彼の願いは、宗像先生に耳打ちして終わったから、知らないのだが。

 黙り込む生徒たちを見て、宗像先生は顔を真っ赤にして、怒り出す。

「お前らぁ……この私を信用できないのか!? よし、じゃあプレゼントの内容を詳しく説明してやる。クリスマスと言えば、恋人たちの大イベント。ズッコンバッコンな一日だろう。ラブホの清掃員は大忙しだな!」
 一体、なにを言っているんだ……この人は。
「つまり、お前ら未成年たちも、なんだかんだ言って、ヤリたくて仕方ないわけだな。それでだ、聖夜の権利をかけて、アームレスリング大会を開催したいと思う! 優勝すれば、この会場にいる好きな人間とデート……いや、ホテルにぶち込んでも良いのだ!」

 熱弁する宗像先生とは対照的に、生徒たちは静まり返っていた。
 というか、ドン引きしていた。
 酔っているとはいえ、担任の先生から、ホテルだのヤるだの勧められたから。

 特に真面目な生徒たちは、カチコチに固まり、俯いてしまう。
 完璧なセクハラだな。

 しかし、数人の生徒たちが真に受けて、席から立ち上がる。

「マジかよ!?」
「見学者でも……いいのでしょうか?」

 鼻息を荒くして立ち上がるリキ。それに、頬を赤くして股間を抑える一だ。
 彼は、まだ沈静化できないのか……?
 しかし、立ち上がったのは、男子だけではない。

「私もいいかしら?」

 そう言って、手を挙げたのは、俺の隣りにいたマリア。
 これには、俺も驚きを隠せずにいた。

「なっ!? マリア……宗像先生の言うことを鵜呑みにするなよ。どうせ、ウソだぞ?」
 俺がそう忠告しても、彼女は首を横に振る。
「ウソでもいいのよ。クリスマスは先約しておきたいの。どこかのブリブリ女が出しゃばる前に……ね?」
 そう言って、ミハイルを睨みつける。
 これには、沈黙を貫いていた彼も口を開く。
「ブリブリ……それって、アンナのことかよ!?」
「ええ。よく分かっているじゃない。さすが、いとこね。そうだわ……あなた、アンナにそっくりだから、代理で勝負しない?」
 目の前のこいつが、アンナなんだけどなぁ……。
 煽られて、ミハイルも席を立ちあがる。
「お、お前なんかにタクトを盗られてたまるか! クリスマスはアンナと過ごすんだ!」

 なんか知らないうちに、勝手に俺が賞品にされちゃったよ……。
 でも、イスに座っている俺からしたら、ちょっと嬉しい。

 2人とも上で、距離を詰めてバチバチと睨みあっている。
 つまり、互いの大事な所がぷにゅん、ぷにゅんと当たるわけだ。俺のほっぺたに。
 左はつるぺた。右はちょっとだけ、ふぐりが……。
 すごく気持ちいい……だが。
 どっちだ? 俺は今、どっちに反応しているんだ?
 両手で自身の股間を必死に抑えこむ……そうしないと、チャックが壊れそうだから。

 酔っぱらった勢いで、また宗像先生の下らないゲームへ参加することになった。
 ミハイルが作った豪華なメニューは、既に品切れ状態。
 大人気で30分もしないうちに、みんなが食べてしまった。
 俺ですら、あまり口に出来なかったぜ……クソがっ。

 もう中央に設置したテーブルは使わないだろう、と宗像先生がテーブルクロスを外した。
 2つの机を少し間隔をあけて並べる。
 そこへイスを4つほど持って来て、向かい合わせに置いた。
 どうやら、これが試合会場のようだ。

「これでよし。じゃあ、今から『聖夜の相手は誰だ!? びしょ濡れアームレスリング大会』を始めるぞ!」

 酷い名前の大会だ……。
 ドン引きする俺とは違い、ミハイルとマリアはやる気マンマンのようだ。

「オレが絶対、優勝してクリスマスはアンナとデートさせるからな!」
「ふん。いい度胸ね。10年分の想いの差を見せつけてあげるわ」

 話が勝手に進んでいるが……ちょっと待てよ。
 最近、俺もミハイルが可愛すぎて、女扱いしているけど。
 男子と女子は戦ったら、ダメなんじゃないのか?
 マリアも男に負けないぐらいの馬鹿力を持ってはいるが。
 さすがに今回は……。そう思った俺は、壇上に立つ宗像先生の元へ向かう。

「宗像先生。今回の大会って男女は戦ったらダメですよね?」
「そりゃそうだろな。ゴリラみたいな女でも、性別が違うからな」
 しれっと酷いこと言うなぁ。
「じゃあ、ミハイルとマリアは戦ったら、良くないでしょ? あの2人、試合する気マンマンですよ」
 俺がそう言うと、先生はしばらく考え込んだ後、こう答えた。
「ふむ……あの2人か。確かに双子ってぐらい似たような顔だし、それに体格も同じ。なら、良いんじゃないのか?」
「へ?」
「古賀は尻を叩いたら、女みたいなカワイイ声で叫ぶから、女子部門にさせよう! 面白そうだしな♪」
「えぇ……」

  ※

 結局、宗像先生の思いつきで、ミハイルだけは女子部門へ参加することに。

 アームレスリング大会については、強制ではない。あくまでも、任意だ。
 だから、消極的な真面目生徒たちは、やりたがらなかった。
 
 男子部門からは、リキと一だけ……では盛り上がらないと、宗像先生が怒り出し。
 俺とおかっぱ頭の双子、日田兄弟の片割れを無理やり参加させた。

 1回戦はリキと日田 真二。弟の方だ。
 兄は身体が弱いため、彼が参加したらしい。

 結果は、瞬殺。
 ほのかと聖夜を楽しみたいリキが、開始の合図と共に、腕をへし折るように机へ叩きつけた。
 悲鳴を上げて、机から転げ落ちる日田。
 かわいそう……。

 次は俺の番だ。
 机に座り、右腕を差し出すと相手選手が優しく俺の手を握りしめる。
 とても柔らかい。

「あ、あの……新宮さん。あまり痛くしないでくださいね」
 視線を上げて、相手の顔をよく見る。
 そこには、頬を赤くしたサキュバスがいた。
「一か。まあゲームだからな、適当にやろうな」
「はい、クリスマス会ですもんね。楽しくしましょう」
 と優しく微笑んでくれたのだが……。

 宗像先生が俺たちの拳に手を当てて、「それでは2回戦、はじめっ!」と叫んだ瞬間。
 可愛らしいサキュバスの表情は失せ、鬼のような形相になる。
 眉をひそめて、俺の手をぐしゃっと握り潰す。

 その痛みに耐えられず、俺は力を緩めてしまう。

「フンッ!」

 普段はそんな低い声を出さないのに、この時ばかりは漢だった。
 それも戦に出るような、侍。

 反対方向に叩きつけられた俺の腕は、感覚が麻痺していた。
 これ……折れてるよね?

「勝者! 住吉 一! 決勝戦は、千鳥と住吉で決まりだ!」

 宗像先生が一の手を取り、試合の終わりを告げる。

「やったぁ~♪ リキ様と戦えるぅ~」

 可愛らしくその場で、ぴょんぴょんと跳ねてみせるサキュバス。

 だが、そんなことよりも見てよ。
 俺の右腕……ぶら~んとして、全然力が入らないの。
 痛みすら感じない。
 どうやったら、治るの?
 ねぇ、サンタさんたら……。

 反対側に曲がってしまった俺の右腕だが……。
 宗像先生が強引に元の形に戻してくれた。
 やっと腕に力が入るようになったのだが、肌の色が真っ青なんだよね。
 しかも、妙に冷たい……壊死じゃないよね?


 男子の決勝戦は、リキと一。
 お互い、テーブルに肘をつけると、相手の手をがっしり握る。

 最初に口を開いたのは、リキの方だ。
「なぁ、一。悪いけど、俺は本気なんだ。負けても泣かないでくれよ」
「え、えぇ……僕なんかじゃ、リキ様の相手になりませんよ……」
 そう言いながら、頬を赤くする。
「なら全力で行くぜ?」
「は、はい!」

 そこへ宗像先生が現れて、2人の拳に手をのせる。

「よぉし! これが男子の最終決戦だ! 勝った奴がイブを過ごす相手を選べるからな。出し惜しみするなよ!」

 まだ言っているのか。そんな権限ないくせに。

「始めぃ!」

 ~10分後~

「くぅぅ……」
「……」

 苦悶の表情をするのは……一ではなく、リキの方だ。
 スキンヘッドは、汗でびしょ濡れ。
 顔を真っ赤にして、一の腕を倒そうと必死だ。
 しかし、彼の華奢な細い腕は、ビクともしない。

 むしろ余裕すら、感じる。
 その証拠に、もう片方の腕で頬杖をついている。
 頬を赤くして、潤んだ瞳でリキを見つめる。

「はぁ……」

 とため息をつく。
 だが、試合に疲れているからではないようだ。
 多分……愛しのリキ様に見惚れているから。

 リキはそんなことも知らず……というより、相手の顔を見る余裕がない。
 瞼をぎゅっと閉じて、一を倒すことで精一杯のようだ。
 
「くっ、強えぇな……一」
「……」

 うっとりとした目でリキを見つめる一。
 左の小指を噛みながら、呟く。
「はぁ……このたくましい手で、僕は……」
 先ほどの“情事”を思い出しているのだろうか。
 なんだかこの2人の周りだけ、ピンク色に見えてきたよ。

 ~更に10分後~

「ぐあああ!」
「……」

 アームレスリングの試合を良いことに、愛しのリキをたっぷり堪能する一。
 しかし、このままでは、あまりにもリキが可哀そうだ。
 遊ばれているだけだからな。

 試合中だが、俺は一の方へ静かに近寄る。
 そして、彼に小さな声で耳打ちを始めた。

「おい、一。そろそろ、決めてやれよ。勝つのか、負けるか……」
 俺がそう言うと、ようやく我に返ったようで、いつもの彼に戻る。
 ビクッと震えて慌て出す。
「ひぃっ! し、新宮さん!? どうして、隣りに?」
「お前がさっさと試合を決めないからだろ……もう30分近くも戦っているぞ? リキを想うなら、真面目に戦ってやれ」
「あ……ごめんなさい」

 正気に戻ったことを確認した俺は、自分の席に戻ろうと、彼に背中を向ける。
 次の瞬間だった。

「勝者! 千鳥 力! 優勝は、千鳥だっ!」

 振り返ると、汗だくになったリキが、自身の拳を高々と天井に突き上げていた。
 一はと言えば、わざとらしく自身の腕を痛そうにさすっている。

 なんだっんだ、この茶番は?

  ※

 男子部門が終わったところで、次は女子だ。

 女子の第1回戦は、マリア対ほのか。

 どう考えても、マリアに武があるのだが……。
 ハイスペックな彼女でも、苦手なものはあるようで。
 怪しく眼鏡を光らせた腐女子のほのかを見て、顔を引きつらせていた。

「よ、よろしく。私はマリアよ……」
 そう言って、対戦相手に手を差し出す。
「うひょおー! 本物の金髪美少女やん! めっちゃ可愛い! ペロペロしたくなるわ!」
 机に大量の鼻血を垂らす変態。
 よっぽど、マリアのルックスが気に入ったようだ。
「あ、あなた。大丈夫なの? 鼻から血が出ているわよ?」
「気にしないでぇ! これは癖みたいなものだから……それより、ミハイルくんにそっくりだね。もしかして、双子とか?」
 鼻息を荒くして、身を乗り出すほのか。
 これには、さすがのマリアもドン引きだ。
「い、いえ。彼とは……他人よ?」
「ハァハァ……今日は大量の素材を手に入れたわ。一くんはBLに使えそうだけど、あなたは完璧に百合ね!」

 真面目な帰国子女には、理解できない世界のようだ。
 困惑した様子で、ほのかを見つめている。

「ゆ、ゆり? なんのこと? あなたはお花が好きなの?」
「ええ! もちろんよ! マリアちゃんみたいなお華を、びしょ濡れにさせて、咲かせまくるのが大好きなの!」
「え……もしかして、あなたレズビアン?」
 
 とこちらに視線を向けてきたから、俺はそっぽを向いた。
 あんまり関わりたくないから……。

「ハァハァ……マリアたん。早く絡めたいわ……」
 鼻息を荒くして、自前の制服。白いブラウスは、血で赤く染まる。
 ただし、ケガによるものではなく、彼女が興奮しているからだ。
 
 対戦相手のマリアは、試合が開始したにも関わらず、硬直していた。
 きっと、どう接していいか、分からないのだろう……キモすぎて。

「あ、あの……ほのかさんだったかしら? もう始めてもいいの?」
「もちろんよ! まずはそっくりなミハイルくんを女体化させて……それから、マリアちゃんとベッドインさせましょ!」
「え……?」

 ほのかの脳内は、既に自身の創作でいっぱいのようだ。
 アームレスリングなど、どうでも良いのだろう。
 目の前にいる金髪ハーフの美少女を、如何にして、作品で絡めるか……そればかり考えている。
 全く持って、迷惑な生き物だ。

 マリアは困惑した様子で、ずっとほのかを見つめている。

「私、海外にいたから、そういう恋愛感情とか差別する気はないのだけど……。でも試合だから、倒すわね?」
 なんか、幼児に話しかける保育士さんみたいだ。
「うひょお~ 女体化したミハイルくんをベッドに押し倒すですって!? マリアちゃんは、攻めだったのねぇ!」
 暴走するほのかを見て、悲鳴をあげるマリア。
「ひぃっ! ごめんなさい!」
 そう言うと瞼を閉じて、ほのかの腕を倒した。
 
 しかし、負けた彼女は嘆くことなどない。
 眼鏡を光らせて、怪しく微笑んでいる……むしろ嬉しそう。
「うへぇ~、そのブルーサファイア。キレイだわぁ。ペロペロしたい♪」
「あ、あの……試合は終わったのだけど?」
 ほのかは倒されても、マリアの手をずっと離さなかった。
 白く透明感のある美しい肌を、スリスリと撫で回す腐女子。
 確かに、無知なマリアじゃなくても、恐怖を覚える。
 
 そこへ、宗像先生が間に入ってきて、ほのかの手を引き離す。

「勝者! 冷泉 マリア!」

 宗像先生はマリアの腕を上げて、笑っていたが。
 肝心のマリアは、全然喜んでいない。
 真っ青な顔で俯いている。
 なにやら、一人でブツブツと呟く。

「試合は勝ったのに……なぜか、あの子に負けた気がするのだけど」

 そりゃ、あの変態女先生に勝てる人間なんていないだろ。
 創作においてだが……。
 いや違うな。正しくは人間を辞めているから。

  ※

 女子部門の2回戦は、宗像先生とミハイルだ。

 腐女子が多いとはいえ、みんな根はまじめ……というか、基本陰キャばかりだ。
 だから、こういう時。自ら挙手するような女の子は少ない。

 仕方なく、ミハイルの相手は、宗像先生がすることに。

 ミニスカのサンタコスをしていると言うのに、机に肘をつくとガニ股になる宗像先生。
 試合を観戦している俺からすると、紫のレースパンティが丸見えだ。
 汚いので、早く股を閉じて欲しいものだ。

「よいしょっと☆」

 その汚物を隠してくれたのは、俺の嫁……じゃなかったダチのミハイル。
 レザーのショートパンツが、イスの隙間からはみ出る。
 ぷにんとして、柔らかそうだ。
 何かまた怒りが込み上げてきた……“あれ”が触れなかったことを。

 宗像先生が自身の口から試合の始まりを告げる。

「いくぞ、古賀!」
「オレ、負けたくない! 絶対に!」

 ~10分後~

「クッソ~! 強いよぉ~ 宗像センセー!」
「あ、あああ」

 お互い、プロレスラー並みの馬鹿力を所持しているため、なかなか試合が決まらない。
 五分五分と言ったところか。
 だが、宗像先生の様子が少しおかしい。
 唇をかみしめて、何かを我慢しているように見える。

「あああ……ヤバいぃ! 漏れるぅ!」

 これには、周りにいた生徒たちみんな、一斉に声を揃えた。

「「「え!?」」」

「だはぁ! ハイボールを飲み過ぎたぁ! もうダメ! おしっこが漏れちゃうよぉ!」

 アラサー教師がお漏らし発言とか……、しんど。

 
 結局、宗像先生がトイレに行かないと、自習室の床がびしょ濡れになる恐れがあったので、ミハイルの勝利となった。

 自ずと女子部門の決勝戦は、マリア対ミハイルに。
 両者、向かい合うと、お互いを睨みつける。
 双子ってぐらいそっくりの2人だが、やはりこうして並んでみると、違和感を感じる。
 ファッションの好みに、違いもあるのだろうが……。

 一番はその美しい瞳だ。
 特にマリアのブルーサファイアからは、持ち前の性格が現れている。
 決して目つきが悪いとかではなく、瞳が大きいので、目力がある。
 それに「この勝負に勝ちたい」という気持ちが強いからだろう。

 机の上に肘を載せて、ミハイルを待つ。
「さぁ、早く始めましょう?」
 と怪しく微笑む。
 余裕すら感じるマリアに、ミハイルは動揺していた。
「わかってるよ! おまえなんか、すぐに倒しちゃうゾ!」
「フフフ……面白いわ。あなたを見ていると、あのブリブリ女を思い出すの。男の子なんだから、全力でいいわよね?」

 マリアのやつ。アンナのことで、ミハイルに八つ当たりしているな。
 ていうか、張本人だから別にいいか。

 ミハイルは顔を真っ赤にして、安い挑発にのってしまう。
「アンナのことをバカにするな! タクトの大事なカノジョ候補なんだ!」
「フン。あんな地雷系の痛い女が? 笑わせるわね……」

 腕相撲の前に、取っ組み合いの喧嘩が始まらないか、ヒヤヒヤしていたが。
 おしっこから戻ってきた……宗像先生が2人の元へ近寄り、試合開始を告げた。

「女子の決勝戦! 始めぃ!」

 自習室は独特の緊張感が漂っていた。
 みんな、2人のピリッとした空気にやられているようで、静まり返る。
 俺もこの試合で、クリスマスイブが決まる……かもしれないので、一応気にはなる。
 ていうか、俺にイブの選択肢はないんですか?

 試合開始から、約30分が経とうとしていた。
 両者一向に引けを取らない。
 全てが互角だった。

 あの馬鹿力のミハイルと、同等に戦える人間……いや、女がこの世にいたとは。
 宗像先生はカウントしてない。あれは中身がオッサンだから。

「んぐぐぐっ……」
 ミハイルの額からは、たくさんの汗が流れ出る。
 それだけ、彼が本気だってことだ。
 対するマリアも同様だ。
 顔を真っ赤にして、相手の腕を倒すことに、全神経を集中させている。
「強いわね……」

 このままでは勝負が終わることがない……そう思っていた。
 だって、体格も力も全てが同じならば、引き分けしかない。
 持久戦だとして、スタミナでさえ互角なら、どちらも勝てるとは思えない。

 参ったなぁ、と後ろからミハイルを眺めていると……。
 マリアが苦しそうに話し始めた。

「あのね……良いことを、教えてあげるわ」
「は? 試合中だゾ……」
「あなた、あのブリブリ女のいとこでしょ? タクトの……小説で。あれが初めてのデートと、書いてあったけど。本当は違うわよ」
「なっ!?」

 マリアの言葉に一瞬だが、力を緩めてしまうミハイル。

「ど、どういうことだよ!?」
「本当の初めては……私よ」
 口角を上げて、怪しく微笑むマリア。

 そうか、マリアのやつ。
 力では勝てないと踏んで、心理戦に持ち込むつもりか。
 『初めて』を重んじるミハイルにとっては、辛いだろうな。

 
「はぁ!? タクトはアンナと初めて『しろだぶし節』の像で、待ち合わせて。それからカナルシティで映画を観て。“キャンディーズ”バーガーで食べた後、博多川でカノジョ候補になったんだゾ!」
 大きな声で過去を遡るのは、やめてくれるかな?
 クラスメイト全員が、聞いているんだよ。
 あと君は、いい加減に『黒田節の像』と覚えなさい。
「それ、全部。10年前にタクトが私へしたことよ? 小説の中でアンナは初めてだとか、喜んでいたからね……いとこに伝えておいて。『あなたは2番目よ』ってね」
 と意地悪くウインクしてみせるマリア。
「こ、このっ!?」

 怒りの余り、ミハイルは席から立ち上がりそうになる。
 しかし、試合中だということを思い出し、腰を下ろす。

 この間、彼の体勢は大きく崩れ、隙が生まれてしまう。
 マリアはこれを狙っていたのだろう。
 だが、まだミハイルに勝つには、更なる追い打ちが必要なようだ。

「あの作品でタクトが行ったデートのルートはね。私たちの定番だったわ。彼は、私という記憶を封印していたから、無意識のうちにやっていたみたいね」
「う、ウソだっ!」
「本当よ。疑うなら、タクトに聞いてごらんなさい。それとも、これから彼が描く『過去』を読んでみることね。そうすれば、真実だと分かるわ」
「そんな……」

 マリアのやり方は、汚い……だが、事実だ。
 逃れられない過去。
 10年前はミハイルやアンナなんて、いなかったから、ただの友達として付き合っているつもりだった。
 彼女からすれば、そういう風に見られても仕方ない。

 それに……マリアの言う通り、俺は無意識のうちに昔のデートをアンナにさせていたんだ。
 黒田節の像、カナルシティ、ハンバーガーショップ、博多川。
 全て、子供のころにマリアと初めて体験した場所。
 思い出だ。

 多分、マリアに出会っていなかったら、俺はあの場所へアンナを、連れて行くことはない。
 というより、そんな発想すら思いつかないだろう。


 対戦しているミハイルは、きっと大ダメージなのだろう……。
 だが、離れて見ている俺も何故か、心がえぐられるような胸の痛みを感じる。
 これは罪悪感……なのか。

「タクトは許してあげて。私以外、女の子との交流経験がないから。それで、私と似ているアンナを代用したのかも……ね。10年間、私を死んだと思っていたみたいだから」
 そうマリアが言い終える頃。ミハイルは項垂れて、黙り込んでいた。
 腕に力を入れるどころか、座っているのもやっと……というぐらい憔悴しきっていた。

「アンナは……おまえの、マリアの代わり?」
「そればかりは、彼に聞かないとわからないけど……。私からすると、そう見えるわね。もう私が日本へ戻ってきたのだし、代わりは要らないと思うのだけど?」
「いらない?」
「ええ、そうよ。もう私の代わりはいらないはず。だって、ちゃんと帰ってきたのだから、本当のメインヒロインがね」
「そ、そんな……アンナが。おまえの代わりだったのか……?」

 気がつくと、ミハイルの瞳からは、大きな涙がポロポロと零れ落ちていた。
 そして、試合中だというのに、視線をこちらに向けて、唇をパクパクと動かす。
 何かを俺に伝えたいようだ。
 しかし、ショックが大きすぎて、ちゃんと喋ることができない……。

「た、タクト……ウソでしょ?」

 子供のように顔をくしゃくしゃにして、泣き出すミハイル。
 俺はそんな彼を見て、胸に大きな矢が突き刺さったような激痛を感じた。

「ミハイル……すまん、本当のことだ」

 観客席から覇気のない小さな声で呟いた。
 正直、周りの生徒たちの耳にも聞こえたか、分からないほど。
 それでも、ミハイルは俺の表情を見て、なにかを悟ったようだ。

「アンナは……代わりだったの?」

 その時だった。バタンと何かが倒れる音がしたのは。
 マリアがついにミハイルの腕を、机へ叩き落としたのだ。
 時間はかかったが、心理戦は効果てきめんのようで、大ダメージを食らった。
 
「勝者、冷泉マリア! 女子部門の優勝者は冷泉だ!」
 
 宗像先生が試合終了の合図を叫んでいたが、俺とミハイルだけはずっと固まっていた。
 試合の結果に落ち込んでいるわけじゃない。

 俺たちの……アンナとの初デートが、2番目だったということが……。
 ショックだったんだ。お互いに。

 アームレスリングの優勝者が決まり、クリスマス会も終わりを迎えようとしていた。
 最後にみんなで黒板の前に立ち、集合写真を撮ろうと宗像先生が提案する。

 各自、まとまりの悪い集まり方で……。
 先生に言われた通り、真面目に黒板の前に立つ者もいれば、床の上であぐらをかく者もいる。
 こういうところが全日制コースと違い、集団行動が苦手と分かる。

 宗像先生が今時、なかなかお目にかかることがない、インスタントカメラを持ってきた。
 一生懸命フレームに収まるよう、撮影に必死だ。
 ガニ股になってまで、位置を測っているから、紫のレースパンティが丸見え。

 一応、先生も頑張っているので「しんどっ……」とは、言えなかった。

 それよりも、今の俺にとって……一番辛いのは、隣りに立っているマブダチのことだ。
 涙こそ枯れたものの、マリアの語った過去を未だに引きずっている。
 そして、彼の心理ダメージは、計り知れない。
 黙り込んで俯いているミハイルを見て、心配になり声をかける。

「なあミハイル……だ、大丈夫か?」
 しかし、彼は何も答えてくれない。
 というより、喋る気力がないように見える。
「……」
 これはかなりの重傷だ。
 そう思っている間に、集合写真の撮影は終わってしまったようだ。
 俺もそうだが、ミハイルも目線は、きっとカメラに向けられなかっただろう……。

 だが、これでようやくクリスマス会も終わりだ。
 この後、一緒に電車でミハイルと帰れる。
 2人きりになれば、話題を変えて彼をフォローできるかもしれない。
 しかし、次の瞬間。
 宗像先生から衝撃の一言が発せられた。

「よし。じゃあ、先ほどのアームレスリング大会で、優勝した千鳥と冷泉は前に出ろ。お互い、イブを過ごしたい相手を指名してな」
「えっ……」

 忘れていた。
 優勝した選手は、クリスマス・イブを一緒に過ごせる権利がもらえるんだった。
 これには、俯いていたミハイルも反応し、顔を上げる。

「クリスマス……イブ……」

 なんて、悲しい顔だ。
 長い付き合いだが、ここまで落ち込んだ顔は初めてだ。
 俺は……ミハイルの震える小さな肩を優しく掴むことすら、できないのか。

  ※

 サンタさんとトナカイが描かれた黒板の前に、宗像先生がイスを2つ並べて置く。
 まず、男子部門の優勝者であるリキが座り、インタビュー形式で、先生が彼に尋ねる。
「千鳥。イブを一緒に過ごしたい奴は、この教室の中にいるか?」
「はい! い、いますっ!」
 リキにしては珍しく、動揺していた。
「よぉし。じゃあその名前を叫べっ! そしたら、この蘭ちゃんサンタさんが叶えやろう!」
 
 またノリで無責任なことを言ってから……真に受けるじゃん。生徒たちが。
 その証拠に、リキはかなり緊張していた。
 まるで、告白する時みたいに。

「あ、あの……俺はクリスマス・イブを北神 ほのかちゃんと過ごしたいっす!」

 男らしく潔い告白……ではなく、公開処刑だと思った。
 夏休みに振られたのに、あいつ……。
 リキはほのかへの想いは変わらず、むしろ以前より大きくなっているように感じる。
 ま、俺からしたら「何がいいんだ?」って思う。
 ただの腐女子じゃないか。

 リキの告白により、静まり返る教室。
 みんなの視線は一斉に、ひとりの眼鏡女子。北神 ほのかへと向けられた。
 自身の名前を呼ばれたほのかは、黙り込んでいた。
 俯いて、肩を落としている。

 その姿を見た俺は、咄嗟に半年前の出来事を思い出す。

『私は……今。夢で忙しいの! 絡めることしか、考えてないの!』

 別府温泉でほのかが、リキを振った時の言葉だ……。
 またあんな風に、断られる。
 そう感じた。
 でも、俺には何も出来ない。
 特に今は……隣りに立っているミハイルが心配だ。


「おぉい! 北神ぃ! どうなんだ? 24日を千鳥と過ごす気はないか!?」

 デリカシーのない宗像先生が、追い打ちをかけるように、大きな声でほのかに返答を迫る。

 先生の大声でようやく、視線を上げるほのか。
 虚ろな目でリキを見つめる。
 この感じじゃ、また振られるだろう……そう思ったのだが。
 彼女の口から発せられた言葉は、意外なものであった。

「えっ? 24日……ですか!? あ、行きます。是非ともリキくんと一緒に行きたいです!」

 これには、告白した本人も大喜び。
 イスから立ち上がって、ガッツポーズを決める。

「よっしゃー! ほのかちゃんとイブを過ごせるなんて! 俺……諦めなくてよかった」
 余りの嬉しさに泣いているよ……。
 でも、なんか俺まで泣きそう。
 だって、これまでリキは、体当たりの取材をやってきたからな。

 まさかの「YES」をもらえたことにより、リキは喜んでほのかを迎えに行く。
 黒板の前に設置された撮影ブースへ連れて行くためだ。
 ハゲた王子さまと、腐った眼鏡のお姫さま。

「素敵よっ!」と心の中では叫びたかった……が。

 ほのかがイスに座った瞬間、現実へと突き落とされた。

「いやぁ。私も24日は絶対に外せない予定があってさ。まさかリキくんも行きたいとは思わなかったよ♪」
 俺は彼女の言う『予定』で、すぐに思い出した。
 そうだ。
 12月24日は、クリスマス・イブでもあるが……コミケも開催されるんだった。
 冬のやつ……。

 だが、そのことはリキに一切伝わっていない。
「そうなの? じゃあ、俺も一緒に連れていってくれる?」
「もちろんだよ~ 絶景の撮影スポットもあるから、楽しみにしていね♪」
 と親指を立てて笑う、ほのか。
 絶景ね……どうせ二次創作の裸体パレードだろ。男だらけの。

 お互い、意思疎通は取れていないが、まあイブを2人で過ごせることには違いないから……。
 良かったね、リキ先輩。