突如、現れたマリアによって、会場は静まり返ってしまう。
「今日は婚約者として、タクトの学生生活を知りたく……一ツ橋高校に見学へ来ました」
勝気な彼女とは思えない振る舞いだ。
でも、俺の級友がいるからと、気を使っているだけだろう。
その証拠に、2つのブルーサファイアの輝きは色あせない。
何十人もいる生徒たちの中から、すぐに俺を見つけ出す。
他の生徒たちなんて、気にもせず、こちらへと真っすぐ向かってきた。
そして、俺の左隣が空いていることに気がつくと、ゆっくり腰を下ろす。
「ちょっと、早いけど……メリークリスマス♪ タクト」
至近距離からのウインク。
可愛い……けど、反対側から物凄い殺気を感じるので、何も言えない。
「ガチガチッ……勝手にタクトの隣りに座りやがってぇ!」
両手に花だけど、生きた心地がしない!
あ、ミハイルは男か。
※
マリアの登場により、ムードが悪くなってしまったが。
そこへ宗像先生が、彼女の事情を説明してくれた。
マリアは俺の幼馴染で、前からずっと一ツ橋高校への見学を希望していたこと。
そして、今日は誰でもクリスマス会に参加していいと、ツボッターで連日、宣伝していた。
なんだったら、親や兄弟でも良かったとか。
続いて、もう一人。パーティーに参加する人間を呼び出した。
卑猥なコスプレイヤーの住吉 一だ。
自分からサキュバスの衣装を着ているくせに、身体をくねくねとさせ、恥ずかしそうだ。
「あ、あの……住吉ですぅ…。きょ、今日はみなさんとご一緒に、楽しみたいと思います!」
彼が自習室に入ってきた瞬間、身を乗り出すのは女子生徒たちだ。真面目な方の。
「なに、あの子!? めっちゃスケベやん!」
「撮影いいのかな……なんか興奮してきた。触っていいの?」
ダメに決まってんだろ。
しかし、そこへ割って入るのは、怪しく眼鏡を光らせる一人の女子だ。
「みんな! ダメよ! 彼はリキくんの所有物だからね! お触りは絶対にしたらイケないわ。ここは少し離れて見つめるのが、道理ってもんよ! 尊い光景が拝めるのだからっ!」
それを聞いた他の腐女子たちは、納得したようで、頷いていた。
キモッ……。
※
女性陣の注目は、一気にマリアから一へと変わってしまったが。
依然として、俺の周りだけは、殺気だっている……。
「ねぇ、タクト。この料理は誰が作ったの?」
と紙皿にチキンを載せて、フォークで突っつくマリア。
「え? それか? 全部、ミハイルが作ってくれたんだ」
そう言って、身を引き、右隣に座るミハイルを改めて紹介する。
しかし、彼は背中を丸めて、膝の上で拳を作っていた。
ギロッと鋭い目つきで、マリアを睨む。
「へぇ……本当にあなたが作ったの?」
「そうだよ。まずいとか、言いたいのかよ!?」
「いいえ。正直、驚いてたの……」
「は? なにが?」
フォークを持ち上げて、自身の小さな口でチキンを頬張る。
瞼を閉じて、味をかみしめているようだ。
「本当に……美味しい、と思って」
「なっ!?」
その言葉にミハイルも驚いていたが、俺も彼女らしくない態度だと思った。
ハイスペックなマリアのことだ。
全ての料理に文句をつけそうなもんだと、思っていたが。
「古賀 ミハイルくんだったわね? こんなに料理が上手なのに、男なんて……勿体ないわね」
「はぁ!? 男だって、料理できた方がいいに決まってんじゃん!」
「いえね……あなたほどのルックスを持っていて、料理までこんなに上手な女の子だったら……。良いライバルだったろうにと思ったのだけど」
言い終える頃には、口角を上げて、勝ち誇ったような顔つきで、ミハイルを見つめる。
「べ、別におまえに食べさせるために、がんばったわけじゃないもん!」
そうは言っているが、エメラルドグリーンの瞳には、大きな涙を浮かべていた。
心底、悔しそうだ。
性別の壁だけは、どうにも出来ないからな。
震えるミハイルの白い手を見て、俺は……優しく握ってあげたい……。
と心では思っていても、行動に移すことは出来なかった。