「タクト……誰かのお尻を触ったの……?」
真っ青な顔で、こちらをじっと見つめるミハイル。
「み、ミハイル。それは違うんだっ! ちょっと事情があって……」
自分で言っておいて、苦しい言い訳だと思った。
「アンナのも触ったことないのに?」
怒っているというより、落胆している様子だ。
ていうか、アンナの尻なら夏にプールで、サンオイルをぬる時、しっかり撫で回したけど。
カウントされていないってか?
重たい空気の中、沈黙が続く。
しかし、隣りにいたリキは別だ。
腹を抱えて笑っている。
「ミハイル。聞いてたのか? タクオの奴さ、この一っていう年下の子のケツをいきなり、触り……揉みまくるんだぜ!? ビックリだよな、アハハ!」
こいつ、いらんことを教えやがって。
「揉みまくってた……?」
この世の終わりみたいな顔で、リキの話を聞くミハイル。
「ああ。多分、3分ぐらいは揉んでたと思うぜ」
そんなに触ってねーわ!
「さ、3分も……」
ヤバい。ミハイルが鵜吞みしている。
俺が弁解せねば。
「ミハイル! 違うんだ! あれは……俺とお前の関係に必要な行為で……」
と言いかけている最中で、ミハイルの目つきが鋭くなる。
「オレとタクトに必要? 知らない奴のお尻を触ることが?」
「それは……」
ヤバい。殺されそう。
黙り込む俺を無視して、怒りの矛先はリキに向けられた。
「ねぇ、リキ。その触った相手の写真とかないの?」
「ああ。一のか? あるよ。さっき、タクオから貰ったからな。ちょっと待っていてくれ」
そう言うと、先ほどの卑猥なコス写真を数枚、ミハイルに見せてあげる。
黙って一の写真を眺めるミハイル。
小さな唇を震わせて、スマホをスワイプする。
一の過激なコスプレを見て、ショックを隠せないようだ。
男とはいえ、かなり際どいコスプレを着ているからな。
しばらく、左右にスワイプを繰り返し、写真を何度も眺めるミハイル。
深いため息をついた後、リキに礼を言って、スマホを返す。
そして、俯いたまま、俺の元までゆっくりと近づく。
俺の右手を掴むと、ボソッと呟いた。
「こっち、来て……」
「え?」
彼から答えを聞く前に、俺の身体は強引に廊下を引きずり回されていた。
相変わらずの馬鹿力で、廊下の奥へと連れて行かれる。
先ほどまで、隣りにいたリキがもう遥か彼方だ。
一瞬にして、男子トイレへと連れてこられた。
入ったと思ったら、狭い個室の中へぶち込まれ、扉を閉めてカギをかける。
「ここに座って!」
「え、便座にか?」
彼に言われるがまま、洋式トイレの蓋を下ろして、座って見せる。
命令した本人は、何故か顔を真っ赤にしている。
怒っていると思ったが、どうやら恥ずかしいみたいだ。
身体を左右にくねくねと動かし、何かをためらっている……ような気がする。
視線は床に落としたまま、ボソボソと喋り始める。
「どうして、一っていう奴の……お、お尻を触ったの?」
片方の腕を掴み、どこか不安そうだ。
「そ、それは……触ったら……。ミハイルとどう違うのか、知りたかったからだ」
言っていて、めっちゃ恥ずかしい。
「オレと?」
「ああ……悪いが。もうこれ以上、聞かないでくれ。頼む……」
「分かった……」
何となくだが、理解してもらえた……? ようだ。
これで、一安心だな。
と思ったのも束の間、俺は忘れていたミハイルの拘りを。
『俺との初めて』を大事にする人間だってこと。
「触ったことは仕方ない……よね。オレが関わっていることみたいだから」
え、意外に心が広い。浮気がOKなタイプかしら。
「そうなんだ。これも取材みたいなもんで……」
「でも、汚れは落とさないとダメだよね?」
「は?」
俺は耳を疑った。
「許したくないけど、タクトだから信じる! でも、一の汚れは落として! オ、オレのお尻を触って!」
顔を真っ赤にして、至近距離で叫ぶミハイル。
「嘘……だろ? 俺たちは男同士じゃないか」
「ダッ~メ! すぐにでも落とす必要があるの! 早く触って、ここで。3分間!」
そう言って、フェイクレザーのショートパンツを俺へと突き出す。
黒のレザーだから、蛍光灯の灯りが反射して、キラリと輝いて見える。
今まで見たことのない、積極的なミハイルの姿に動揺してしまう。
思わず、生唾を飲み込む。
「本当に触るのか……?」
自分から言い出したくせに、ミハイルは尻だけ突き出して、トップスのパーカーで顔を隠している。
きっと、恥ずかしいのだろう。
「は、はやく……早くしてぇ!」
ダメだ……。
こんな密室で、可愛らしいヒップを突き出されたら、もう俺の理性が吹き飛びそう。
その証拠に、股間が見たことないぐらいパンパンに膨れ上がってしまった。
どうすればいいんだ、俺は。
「いいから、早く……触ってよ。タクト」
と自ら、可愛らしい小尻を突き出すミハイル。
だが、先ほどまでの勢いは無い。
恥ずかしくて、仕方ないようだ。
パーカーで顔を隠しているから、どんな表情かは分からないが。
きっと、真っ赤なんだろうな……。
「じゃあ……いくぞ?」
緊張しているミハイルの鼓動が、こちらにまで聞こえてきそうだ。
狭いトイレの個室で、二人きり。
辺りは静まり返っている。
聞こえるのは、俺とミハイルの荒い息遣いだけ。
生唾を飲み込み、ゆっくりと両手をフェイクレザーのショートパンツへ近づける。
試しに人差し指で、彼の尻を突っつく。
「!?」
なんて、柔らかいヒップなんだ。
程よい弾力……押したら、ぷにんと跳ね返ってくる。
もっとだ。もっともっと触りたい!
いや、揉みまくりたい!
抑えていた理性が崩壊し、俺に残ったのは……野性のみ。
もう、どうなっても知らない。
今は目の前にある可愛らしい、ミハイルの尻をいかに愛すること。
改めて、しっかりと両手で小さなヒップを揉んでみる。
「んあっ!」
ミハイルが妙に色っぽい声で反応する。
背中を反らせて。
その声に俺も驚く。
「だ、大丈夫か? 痛いならやめるけど……」
「うぅん……痛くないよ。早く汚れを落として」
「了解した」
クソ。
反則的な可愛さだ。
こんなミハイルは、初めてに思える。
それがまた初々しくて、たまらない。
俺は……もう次に、ミハイルに触れた瞬間。
どうなるか、分からない。
だって、今いる個室は、誰からも見られないし。
狭いが密室だ。
レザーのヒップもたまらんが、ダイレクトで触ってみたい。
このまま、流れでミハイルのショーパンを下ろし……ドッキング。
「それはダメだ……」
ミハイルに聞こえないぐらいの小さな声で呟く。
初めては、白いベッドの上に赤いバラの花びらを散りばめ。
きっと彼が恥ずかしがって、今みたいに両手で顔を隠すだろう。
だから、俺がリードし、ミハイルの細い腕を枕元に抑え込む。
そしてあの美しいエメラルドグリーンの瞳を、見つめながら繋がる……。
って……妄想が爆発してしまった。
目の前の尻を突き出したミハイルは、プルプルと小刻みに震えていた。
自分から提案しておいて、恥ずかしいんだろう。
「ねぇ、タクト……」
「どうした?」
「やっぱり、無理かも」
「へ?」
俺は耳を疑った。
「おかしいよ、こんなの。オレたち男同士なのに……」
ミハイルのやつ。
恥が上回ったのか。
でも、俺の欲求は満たされていない。
まだまだ、触りまくりたいのに!
「おかしくない! まだ一の汚れは落ちていないぞ、ミハイル!」
すまん、一。
「でも……オレさ、今日……」
「今日がなんだ?」
次の瞬間、顔からパーカーを離して、振り返る。
思った通り、真っ赤な顔で、俺をじっと見つめた。
エメラルドグリーンの瞳は涙で潤んでいる。
「オ、オレ……今日はまだお風呂入ってないの!」
「はぁ?」
「だから、汚いし。汗臭いかもしれないの!」
「ミハイル? なにを言って……」
と言いかけている最中で、彼は俺に背中を向ける。
個室の鍵を開けて、扉を勢い良く開いた。
「悪いけど、汚れは手洗い場でしっかり落として! あと、ついでにアルコールで消毒してね!」
そう叫ぶと、振り返ることもなく、走り去ってしまった。
一人、個室に残された俺は、放心状態に陥ってしまう。
「さ、さ、触れなかった……ミハイルの尻」
※
「クソがーーーッ!」
小便臭いトイレのタイル目掛けて、拳を叩きつける。何度も何度も……。
汚いと分かっていても、俺の憤りをどこかにぶつけないと自分を保てないからだ。
触りたかった、もっと……。
いや、初めてが“後ろ”からでも、経験しておくべきだった。
でも……後悔しても遅いんだ。
ミハイルに拒絶されたから。
ていうか、お風呂に入ってたら、させてくれたの?
汚い便所の床で4つん這いになっていると、誰かがトイレの中に入ってきた。
「お、タクオ。こんな所にいたのか。急にミハイルといなくなるから、心配したぜ」
誰かと思えば、リキだ。
普段の俺なら彼の心遣いに、礼を言うところだが……。
「うるせぇ! 全部、てめぇのせいだ! 老け顔のクソハゲ野郎!」
「え、酷くね? 俺が何かしたか……」
「したわ! おめぇのせいで、初体験が台無しだよ!」
「タクオ……良く分かんないけど。謝るよ、ごめんって」
「一生、許すか! このハゲが!」
リキは何も悪くないのに、当たってしまった……。
でも、股間が暴走して、興奮が治まらないんだ。
「ぐ、ぐすん……」
「もう泣くなよ。タクオ、何があったか知らないけどよ。さっきミハイルと一緒だったから、ケンカでもしたんだろ?」
と優しく肩に触れるリキ先輩。
ケンカではないが……ミハイルとの性交渉が不成立になったので。
痴話げんかというべきか?
いやいや、違う。
俺たちはまだ”そういう”関係じゃない。
「泣いてないもん……」
「いや、さっきからボロボロ涙が出ているじゃねーか。ほら、ハンカチ貸してやっから」
「あ、ありがと」
なんか、リキって見た目と反して、意外と優しいから、モテるのかも。男にだけ。
彼から借りたハンカチで、涙を拭う。
「まあ、ミハイルとのケンカは俺が間に入ってやるから。元気出せよ」
「いや……それは」
尻を触る、触らないで揉めたとは、言えないからな。
「良いってことよ。マブダチのケツぐらい、俺が拭いてやっからさ!」
と満面の笑顔で親指を立てる。
まあ、リキのことだから、特に意味はないと思うのだが。
なんか、仲直りと称して。ミハイルが俺の尻を攻めて……。
濡れたケツを綺麗に拭き上げるという表現に感じる。
※
涙も枯れた頃、リキと一緒に高校の事務所まで向かうことにした。
ミハイルとの仲直りに協力してくれるそうだ。
正直、今あいつと合わせる顔がない。
トイレとは言え、必死に個室で尻を突き出してくれたのに。
俺はビクついて、なにも出来なかった。
理由はどうあれ、恥をかかせてしまった……気がする。
3階から降りて、2階の右奥へ向かう。
事務所の扉にノックしようとした瞬間。
何やら下から叫び声が聞こえてくる。
「おまえだろ! タクトに、お、お尻を触らせた……イケない奴は!?」
階段の下を見下ろすと、1階の玄関でミハイルが誰かに怒鳴っている。
こちらからでは、相手の顔は確認できないが。
エナメル素材のレオタードを身に纏った卑猥な……男。
その証拠に、股間がふっくらしている。
「そ、そんな……僕と新宮さんは、ただの仕事仲間で」
「はぁ!? おまえみたいなエッチな奴とタクトが、ダチになるもんか!」
ヒートアップする彼を見て、俺とリキは互いの顔を見つめると、黙って頷く。
急いで、ミハイルを止めに入るためだ。
階段を駆け下りて、俺がミハイルを後ろから羽交い締めにする。
「やめろ! ミハイル!」
「放せ! た、タクトをエッチな目にさせたこいつが悪いんだ!」
と目の前のサキュバスくんを指差す。
「ぼ、僕はそんな……気持ちではコスしていません!」
そう言うと涙を浮かべて、リキの背中に隠れる。
博多社の受付男子。住吉 一だ。
なぜ、こいつがうちの高校に?
「嘘だ! タクトはアンナにしか、エッチな目にならない奴だぞ! おまえがそんなエッチな服を着るのが悪いんだ!」
エッチ、エッチって連呼するのをやめませんか。
なんだか、俺が色摩みたいじゃん。
「酷い! これは立派なコスです!」
とか、一も反論しているが、ちゃんとリキの背中にピッタリと身体をくっつけている。
話の内容が全然理解できていないリキが、キョトンとした顔で俺に言う。
「なぁ、さっきから何の話で、ケンカしているんだ?」
「お、俺にも分からん……」
※
とりあえず、興奮しているミハイルを落ち着かせるため、一旦その場から離れるように説得した。
渋々、彼もその提案に応じてくれた。
リキに一を任せて、俺は玄関近くの下駄箱で、説明を始める。
彼……住吉 一は、俺を男として見ていないこと。
そして、何よりもマブダチであるリキに惚れていることも……。
だからと言って、俺が彼の尻を触ったことは説明になっていないのだが。
しかし、その話を聞いたミハイルは、急に顔色が明るくなる。
「それって、ホントなの!? タクト!」
「え?」
「あのエッチな奴が、リキを好きだってことだよ☆」
急に瞳の色がキラキラし出したよ。
「一がリキのことを? ああ、かなり好きみたいだぞ」
「おもしろ~い☆」
小さな胸の前で、両手で拳を作る。
どうやら、一の恋バナが気に入ったようだ。
「おもしろいって……ミハイル。リキはほのかが好きなんだぞ? 一の恋心はどうなるんだ。永遠に叶うことのない恋愛だ。かわいそうだろ?」
「全然っ☆ むしろ、最高な展開だよ☆ どうせだから、一ってやつもリキにくっつけてやろうよ☆」
「……ミハイル。ちゃんと話を聞いていたのか?」
「うん、聞いていたよ☆ とりあえず、タクトに近づく奴らは全員、他の人間にくっつけた方が楽しいもん☆」
いや、怖いよ。
この人、マジでサイコパスじゃん。
一がリキに好意を寄せていると知ったミハイルは、態度を一変させ、ニコニコと笑っている。
少し離れた場所……。玄関でリキと話す一を見て、何か思いついたようだ。手の平をポンと叩く。
「そうだ! タクトの手についた汚れは、落とせないけど……。一のお尻なら、落とせるよね☆」
と瞳をキラキラと輝かせる。
こういう時は、大体変なことをやらせるつもりだ。
「一の尻? なんのことだ?」
「だから、汚れだよ☆ タクトが手で触ったのなら、汚れがついてるじゃん。ちゃんと落とさないとね☆」
「……」
それって、俺が汚物ってことかよ。
酷いな、ミハイルくんたら。
※
玄関に戻ると、すぐにミハイルは頭を下げて、一に謝る。
「ごめん。オレ、勘違いしてみたい」
急に謝られたから、一も動揺していた。
「え、えぇ!? いえ、僕は別に……新宮さんのことでしたら、何とも思っていませんから。いつも空気みたいな存在だと思ってます」
「ハハハッ。だよな☆」
おい、こいつら。
なに俺のことを、ディスりやがっているんだ?
空気だと……一の奴。今度、博多社で会ったら、覚えてろよ。
ケツだじゃ、済ませねぇからな。
「ところでさ。一のお尻に、まだ汚れがついてるよね? ちゃんと落とした方が良いよ。タクトの手はべったりとして、汚いから☆」
だから、何で俺だけ汚物扱いになってんの?
「え? 汚れ?」
一は彼の言うことが理解できないようで、首を傾げている。
「ちょうど、オレのダチがいるからさ。そいつに落としてもらおうよ☆」
「はぁ……」
ミハイルはリキの傍に近寄ると、背伸びして耳打ちを始める。
「こうして、あーやってね……」
「え? それで、俺が一のを触ればいいのか?」
「そうそう☆」
「ふ~ん。ま、いいぜ」
この時、俺は彼らの行動を止めるべきだったと、のちに後悔することとなる。
~10分後~
「くっ、んあっ! いぃっ……」
「どうだ? 落ちたか?」
「あぁっ! だ、ダメですぅ! そ、そんな……」
一体、何を見せられているんだ? 俺は……。
サキュバスのコスプレをした少年が、スキンヘッドの老け顔に、尻を撫で回される。
リキ自体はやましい気持ちなんて無いから、善意でやっているに過ぎない。
全ては俺の隣りで、ニヤニヤ笑っているミハイルが計画したものだ。
「ハハハッ☆ 一のやつ、嬉しそうだな」
「……」
確かに想いを寄せているリキが、優しく尻を触ってくれるから、悦んでいるようだが。
「だ、ダメですぅ! 僕とリキ様はまだ出会って2回目だと言うのに……こんなっ、んぐっ!」
一の息遣いは徐々に荒くなり、頬を紅潮させ、瞳はとろ~んとしている。
時折、身体をビクッと震わせて。
「別に良いだろ? 一がタクオのダチなら、俺のダチだよ。気にすんな。ところで、尻の汚れ……痛みは良くなったか? 今、どんな感じだ?」
「ハァハァ……心臓がバクバクして、今にも飛び出そうですぅ!」
「そりゃ、良くないな……。なんでそうなるんだろな?」
お前が尻を撫で回して、感じさせているからだよ! とは言えないな。
結果的にとはいえ、一の願望を叶えているし……俺は傍観者でいよう。
2人の会話を聞いてたミハイルが、更なる追い打ちをかける。
「ねぇ、リキ。一はお胸が痛むんだよ。だから、お尻を触りながら、お胸も触ってあげてよ☆」
「えぇ……」
一体、ナニをさせる気だ。この人……。
それを聞いたリキは、「わかった」と答える。
平然とした顔で。
~更に10分後~
「あああっ! そ、そんなっ! 上からも下からもだなんて……リキ様っ!」
「辛そうだな……。もっと触ってやるぜ。早く良くなるといいな」
異様な光景だった。
左手で一の胸を、右手で尻を……。円を描くように優しく撫で回すリキ。
触っている最中、どうやらリキの指が“クリーンヒット”したようで、一が叫び声をあげる。
「あぁっ! そこは……ダメッ!」
「ここが悪いのか? じゃあ、もっとやってみるな」
「もう、僕……壊れちゃいそうっ!」
高校の玄関で、俺たちは一体なにをやっているんだろうな。
※
散々、身体を弄ばれた一は、床に腰を下ろす。
息遣いはまだ激しく、横座りでうっとりとした顔だ。
「リキ様。ありがとうございました……すごく良かったです」
「そうなのか? なんか良く分からないけど、治ったなら安心したぜ!」
とニカッと白い歯を見せて、親指を立てるリキ先輩。
「ハァハァ……あの、お手洗いは近くにありますか?」
「この廊下の奥にあるぜ」
「わかりました……ちょっと、お借りさせていただきます。コスが汚れてないか、確認を……」
えぇっ……ウソでしょ?
汚れを落とすはずが、コスのどこかが汚れたの?
サキュバスが搾取出来ず、逆に搾り取られたとか……まさかね。
一は、廊下の壁にもたれ掛かりながら、よろよろと奥へと進んでいった。
「アハハ! 面白かった☆」
「……」
ホントに酷いよ。この人。
人間で遊んでるじゃん。
とミハイルの言動にドン引きしていると……。
背後から、視線を感じた。
振り返ってみると、階段の上。2階からスマホをこちらに向ける少女が一人。
腐女子のほのかだ。
鼻から真っ赤な血を垂らしながら、眼鏡を光らせている。
どうやら、今まで起きた出来事を録画していたようだ。
「ヒヒヒッ。こいつは最高の逸材だわ……リキくん×一くんか。これだから、創作はやめられないのよっ!」
お前の創作とは、一緒にして欲しくない。
トイレから戻ってきた一は、何故かスッキリした顔でニコニコと笑っている。
「はぁ……リキ様のマッサージで、日頃のストレスが全てなくなりました♪」
とハンカチで手を拭いている。
一体、彼にナニが起きたんだ?
そんなことより、気になることがある。
一ツ橋高校の関係者でもない彼が、この校舎にいたことだ。
「なあ、一。お前、なんでこの高校にいるんだ?」
「あ、それでしたら、“ツボッター”を見て来ました。今日はクリスマス会なので、生徒じゃなくても遊びに来ていいと……」
「え? ツボッターに?」
「はい、こちらです」
そう言って、自身のスマホを見せてくれた。
SNSのツボッターだ。
アカウント名は、一ツ橋高校、福岡校。(公式)
だが、高校の写真なんて、一切載っていない。
アイコンは、ウインクしている宗像先生の顔。
ヘッダーも高校とは無関係の写真。
際どい水着を着て、事務所のソファーで寝そべるアラサー教師……。
どこかのピンク系アカウントみたい。
そして、一週間前ぐらいから、宗像先生が毎日呟いていたようだ。
見学も兼ねて、今年最後のスクリーングに、クリスマス会をやるから、遊びに来て欲しいと。
「なるほどな……だから、一はここに来たのか?」
「はい! リキ様にお会いしたいし、まだイブじゃないですけど。クリスマス会ですから、気合を入れて、コスを着て来ました!」
聖夜にサキュバスかよ。
「てことは、お前。ずっとそのコスでここまで来たのか?」
「はい。電車を使ってきましたよ♪ 途中、何人か知らないお姉さんに、身体を触られたりしましたけど」
「そ、そうか……」
まあ、リキ様に汚れを落としてもらったから、良いんだろうな。
※
授業が全て終わり、俺とリキは宗像先生に言われて、ミハイルの手伝いをすることになった。
クリスマス会をやる場所は、1階の玄関奥。
入学式の時に使用した自習室だ。
基本、一ツ橋高校が使っていいのは、2階の事務所と、この自習室だけだ。
机を全て、後ろに片づけ、イスだけを並べる。円を描くように。
こうすることで、自ずとお互いの顔を見られるように……と、宗像先生が提案したのだ。
俺とリキは黙って、それに従う。
宗像先生と言えば、ミニスカのサンタコスを着て、場を盛り上げようと必死だ。
「よし、ここはクリスマスぽい曲でもかけてやるか。最近の若い奴らは何が好きかな? アレか。『ワモ』の『ラズド・クリスマス』がいいよな」
そう言って、教壇の上にラジカセを置き、名曲を流し始める。
しかし、一緒に飾りつけを手伝ってくれた男子生徒たちは、この曲を知らないようで、無反応だ。
黙って机を片づけたり、イスを出してくれたり……。
鼻歌でクリスマス気分を味わうのは、宗像先生のみ。
かわいそう……。まあ俺はあの曲、好きだけど。
中央に机を4つくっつけて、テーブルクロスをかける。
そこへミハイルが調理したオードブルを並べてくれた。
朝5時から作っているということもあって、いつもより豪華だ。
ローストチキン、ミートパイ、ビーフシチュー。パエリア、チーズフォンデュ。
それにスイーツとして、ブッシュ・ド・ノエルまで……。
こんな出来る嫁、他にはいないぜ。
おまけに可愛いし、一緒になれたら、毎日この料理を食えて、ヒップも触り放題か。
キッチンで調理するミハイルを後ろから、邪魔したいものだ。色んなことをして……。
30分後。ようやくパーティーの会場が完成した。
黒板にはチョークで大きく『第31回、一ツ橋高校。クリスマス会』と書かれている。
女子も協力してくれたから、辺りの壁は色とりどりの折り紙で作られたハートやサンタさん。星なんかも飾られている。
ついでに、宗像先生が「近所のゴミ置き場から拾ってきた」とボロいクリスマスツリーまで。
中央に並べたテーブルに、ミハイルの作った料理やスイーツが並べば、そこだけ別の空間。
豪華なクリスマスパーティーのはじまり。
ミハイルの作った料理を囲うように、円状に並べられたイスへ各々が座る。
そして、紙皿を手に持ち、オードブルから好きな料理を移す。
席に戻り、みんな口に入れた瞬間、優しい笑顔になる。
「おいしぃ~! 古賀くんの料理、レベチだよね」
「ほんと。作り方、教えて欲しいぐらい」
それを聞いたミハイルは、俺の隣りで「うんうん」と頷く。
本当にこいつは、ヤンキーのくせして、人に美味しいものを食わせるのが好きなんだな。
でも、なんかムカつく……俺だけに作ればいいのに。
※
司会役の宗像先生がマイクを持って、教壇に立つ。
「えぇ~ みんな今日のために、色々とありがとう! 今回のスクリーングで今年は終わりだ。来年まで会えないと思うと、先生も寂しい……」
絶対にウソだろ。
その証拠に、もう片方の手にハイボール缶を持っている。
「お前たちも、いろいろとプライベートで問題があったろうに、よくぞ一年間頑張った! だからパーッとやろう! と、乾杯したいところだが……」
わざとらしく、咳ばらいをする宗像先生。
「実は、今日はだな。見学も兼ねて、客が来ている。そろそろ、入ってもらおう」
一のことだろう……そう、思っていたが、入口の前に現れたのは、意外な人物だった。
黒を基調としたシンプルなデザインのミニワンピース。
胸元には白くて大きなリボン。
細く長い2つの脚は、黒いタイツで覆われている。
金色の美しい長い髪は肩に下ろし、碧い瞳を輝かせていた。
一ツ橋高校のみんな……生徒たちは、驚いていた。
もちろん、彼女の美貌に見惚れているのだろうが……。
それよりも、似ているからだ。
俺の隣りに座っている……彼に。
静まり返る生徒たちを無視して、彼女は壇上に立つと、丁寧に頭を下げた。
「どうも。私、冷泉 マリアと言います。婚約者の新宮 琢人がいつもお世話になっております」
俺は思わず、飲んでいたジュースを吐きだす。
「ブフッーーー!」
なんで、マリアがここにいるんだよ!
嫌な予感しかない……。
その証拠に、隣りから物凄い音で歯ぎしりが聞こえてくる。
「あ、あいつぅ……ガチガチッガチッ!」
こんなクリスマス会は望んでいないよ……。
突如、現れたマリアによって、会場は静まり返ってしまう。
「今日は婚約者として、タクトの学生生活を知りたく……一ツ橋高校に見学へ来ました」
勝気な彼女とは思えない振る舞いだ。
でも、俺の級友がいるからと、気を使っているだけだろう。
その証拠に、2つのブルーサファイアの輝きは色あせない。
何十人もいる生徒たちの中から、すぐに俺を見つけ出す。
他の生徒たちなんて、気にもせず、こちらへと真っすぐ向かってきた。
そして、俺の左隣が空いていることに気がつくと、ゆっくり腰を下ろす。
「ちょっと、早いけど……メリークリスマス♪ タクト」
至近距離からのウインク。
可愛い……けど、反対側から物凄い殺気を感じるので、何も言えない。
「ガチガチッ……勝手にタクトの隣りに座りやがってぇ!」
両手に花だけど、生きた心地がしない!
あ、ミハイルは男か。
※
マリアの登場により、ムードが悪くなってしまったが。
そこへ宗像先生が、彼女の事情を説明してくれた。
マリアは俺の幼馴染で、前からずっと一ツ橋高校への見学を希望していたこと。
そして、今日は誰でもクリスマス会に参加していいと、ツボッターで連日、宣伝していた。
なんだったら、親や兄弟でも良かったとか。
続いて、もう一人。パーティーに参加する人間を呼び出した。
卑猥なコスプレイヤーの住吉 一だ。
自分からサキュバスの衣装を着ているくせに、身体をくねくねとさせ、恥ずかしそうだ。
「あ、あの……住吉ですぅ…。きょ、今日はみなさんとご一緒に、楽しみたいと思います!」
彼が自習室に入ってきた瞬間、身を乗り出すのは女子生徒たちだ。真面目な方の。
「なに、あの子!? めっちゃスケベやん!」
「撮影いいのかな……なんか興奮してきた。触っていいの?」
ダメに決まってんだろ。
しかし、そこへ割って入るのは、怪しく眼鏡を光らせる一人の女子だ。
「みんな! ダメよ! 彼はリキくんの所有物だからね! お触りは絶対にしたらイケないわ。ここは少し離れて見つめるのが、道理ってもんよ! 尊い光景が拝めるのだからっ!」
それを聞いた他の腐女子たちは、納得したようで、頷いていた。
キモッ……。
※
女性陣の注目は、一気にマリアから一へと変わってしまったが。
依然として、俺の周りだけは、殺気だっている……。
「ねぇ、タクト。この料理は誰が作ったの?」
と紙皿にチキンを載せて、フォークで突っつくマリア。
「え? それか? 全部、ミハイルが作ってくれたんだ」
そう言って、身を引き、右隣に座るミハイルを改めて紹介する。
しかし、彼は背中を丸めて、膝の上で拳を作っていた。
ギロッと鋭い目つきで、マリアを睨む。
「へぇ……本当にあなたが作ったの?」
「そうだよ。まずいとか、言いたいのかよ!?」
「いいえ。正直、驚いてたの……」
「は? なにが?」
フォークを持ち上げて、自身の小さな口でチキンを頬張る。
瞼を閉じて、味をかみしめているようだ。
「本当に……美味しい、と思って」
「なっ!?」
その言葉にミハイルも驚いていたが、俺も彼女らしくない態度だと思った。
ハイスペックなマリアのことだ。
全ての料理に文句をつけそうなもんだと、思っていたが。
「古賀 ミハイルくんだったわね? こんなに料理が上手なのに、男なんて……勿体ないわね」
「はぁ!? 男だって、料理できた方がいいに決まってんじゃん!」
「いえね……あなたほどのルックスを持っていて、料理までこんなに上手な女の子だったら……。良いライバルだったろうにと思ったのだけど」
言い終える頃には、口角を上げて、勝ち誇ったような顔つきで、ミハイルを見つめる。
「べ、別におまえに食べさせるために、がんばったわけじゃないもん!」
そうは言っているが、エメラルドグリーンの瞳には、大きな涙を浮かべていた。
心底、悔しそうだ。
性別の壁だけは、どうにも出来ないからな。
震えるミハイルの白い手を見て、俺は……優しく握ってあげたい……。
と心では思っていても、行動に移すことは出来なかった。
クリスマス会に参加した生徒たちの顔は、みんな明るかった。
一足早く、聖夜を楽しんでいるかのように。
それも朝早くから、ミハイルが一生懸命作ってくれた豪華なオードブルが並んでいるからだろう。
談笑しながら、何度も紙皿を持って、中央のテーブルにおかわりするほど、彼の料理は人気だった。
ただ、俺の周囲だけはシーンと静まり返っている。
左隣のマリアは、黙々と料理を食べ続ける。
対して、反対側に座っているミハイルは、一切口にすることはなく、ずっと俯いていた。
俺も紙皿に料理だけは、一応載せているが……。
この重たい空気に飲まれて、食べる気がしない。
~30分後~
ウイスキーの瓶を片手に、しっかりと出来上がった宗像先生が突如、叫び声をあげる。
「おぉい~ お前らぁ! クリスマスプレゼントは、ほぢぃかぁ~!?」
また宗像先生の悪ノリが始まったよ……。
どうせ、用意してないくせに。
仮に持ってきたとしても、どこからか盗んできた物だろう。
俺と同じく、会場にいた生徒たちもどこか冷めた目で、宗像先生を眺める。
「なんだぁ!? いらないってか? ゲームに勝ったら……なんでも願いを叶えてやるんだぞぉ!」
「「「……」」」
誰もその問いに、答えることはなかった。
だって、同じようなセリフを随分と前に、聞いたからだ。
運動会の時、MVPはどんな願いでも叶えると……。
結局、あの時はミハイルが優勝したっけ。
彼の願いは、宗像先生に耳打ちして終わったから、知らないのだが。
黙り込む生徒たちを見て、宗像先生は顔を真っ赤にして、怒り出す。
「お前らぁ……この私を信用できないのか!? よし、じゃあプレゼントの内容を詳しく説明してやる。クリスマスと言えば、恋人たちの大イベント。ズッコンバッコンな一日だろう。ラブホの清掃員は大忙しだな!」
一体、なにを言っているんだ……この人は。
「つまり、お前ら未成年たちも、なんだかんだ言って、ヤリたくて仕方ないわけだな。それでだ、聖夜の権利をかけて、アームレスリング大会を開催したいと思う! 優勝すれば、この会場にいる好きな人間とデート……いや、ホテルにぶち込んでも良いのだ!」
熱弁する宗像先生とは対照的に、生徒たちは静まり返っていた。
というか、ドン引きしていた。
酔っているとはいえ、担任の先生から、ホテルだのヤるだの勧められたから。
特に真面目な生徒たちは、カチコチに固まり、俯いてしまう。
完璧なセクハラだな。
しかし、数人の生徒たちが真に受けて、席から立ち上がる。
「マジかよ!?」
「見学者でも……いいのでしょうか?」
鼻息を荒くして立ち上がるリキ。それに、頬を赤くして股間を抑える一だ。
彼は、まだ沈静化できないのか……?
しかし、立ち上がったのは、男子だけではない。
「私もいいかしら?」
そう言って、手を挙げたのは、俺の隣りにいたマリア。
これには、俺も驚きを隠せずにいた。
「なっ!? マリア……宗像先生の言うことを鵜呑みにするなよ。どうせ、ウソだぞ?」
俺がそう忠告しても、彼女は首を横に振る。
「ウソでもいいのよ。クリスマスは先約しておきたいの。どこかのブリブリ女が出しゃばる前に……ね?」
そう言って、ミハイルを睨みつける。
これには、沈黙を貫いていた彼も口を開く。
「ブリブリ……それって、アンナのことかよ!?」
「ええ。よく分かっているじゃない。さすが、いとこね。そうだわ……あなた、アンナにそっくりだから、代理で勝負しない?」
目の前のこいつが、アンナなんだけどなぁ……。
煽られて、ミハイルも席を立ちあがる。
「お、お前なんかにタクトを盗られてたまるか! クリスマスはアンナと過ごすんだ!」
なんか知らないうちに、勝手に俺が賞品にされちゃったよ……。
でも、イスに座っている俺からしたら、ちょっと嬉しい。
2人とも上で、距離を詰めてバチバチと睨みあっている。
つまり、互いの大事な所がぷにゅん、ぷにゅんと当たるわけだ。俺のほっぺたに。
左はつるぺた。右はちょっとだけ、ふぐりが……。
すごく気持ちいい……だが。
どっちだ? 俺は今、どっちに反応しているんだ?
両手で自身の股間を必死に抑えこむ……そうしないと、チャックが壊れそうだから。
酔っぱらった勢いで、また宗像先生の下らないゲームへ参加することになった。
ミハイルが作った豪華なメニューは、既に品切れ状態。
大人気で30分もしないうちに、みんなが食べてしまった。
俺ですら、あまり口に出来なかったぜ……クソがっ。
もう中央に設置したテーブルは使わないだろう、と宗像先生がテーブルクロスを外した。
2つの机を少し間隔をあけて並べる。
そこへイスを4つほど持って来て、向かい合わせに置いた。
どうやら、これが試合会場のようだ。
「これでよし。じゃあ、今から『聖夜の相手は誰だ!? びしょ濡れアームレスリング大会』を始めるぞ!」
酷い名前の大会だ……。
ドン引きする俺とは違い、ミハイルとマリアはやる気マンマンのようだ。
「オレが絶対、優勝してクリスマスはアンナとデートさせるからな!」
「ふん。いい度胸ね。10年分の想いの差を見せつけてあげるわ」
話が勝手に進んでいるが……ちょっと待てよ。
最近、俺もミハイルが可愛すぎて、女扱いしているけど。
男子と女子は戦ったら、ダメなんじゃないのか?
マリアも男に負けないぐらいの馬鹿力を持ってはいるが。
さすがに今回は……。そう思った俺は、壇上に立つ宗像先生の元へ向かう。
「宗像先生。今回の大会って男女は戦ったらダメですよね?」
「そりゃそうだろな。ゴリラみたいな女でも、性別が違うからな」
しれっと酷いこと言うなぁ。
「じゃあ、ミハイルとマリアは戦ったら、良くないでしょ? あの2人、試合する気マンマンですよ」
俺がそう言うと、先生はしばらく考え込んだ後、こう答えた。
「ふむ……あの2人か。確かに双子ってぐらい似たような顔だし、それに体格も同じ。なら、良いんじゃないのか?」
「へ?」
「古賀は尻を叩いたら、女みたいなカワイイ声で叫ぶから、女子部門にさせよう! 面白そうだしな♪」
「えぇ……」
※
結局、宗像先生の思いつきで、ミハイルだけは女子部門へ参加することに。
アームレスリング大会については、強制ではない。あくまでも、任意だ。
だから、消極的な真面目生徒たちは、やりたがらなかった。
男子部門からは、リキと一だけ……では盛り上がらないと、宗像先生が怒り出し。
俺とおかっぱ頭の双子、日田兄弟の片割れを無理やり参加させた。
1回戦はリキと日田 真二。弟の方だ。
兄は身体が弱いため、彼が参加したらしい。
結果は、瞬殺。
ほのかと聖夜を楽しみたいリキが、開始の合図と共に、腕をへし折るように机へ叩きつけた。
悲鳴を上げて、机から転げ落ちる日田。
かわいそう……。
次は俺の番だ。
机に座り、右腕を差し出すと相手選手が優しく俺の手を握りしめる。
とても柔らかい。
「あ、あの……新宮さん。あまり痛くしないでくださいね」
視線を上げて、相手の顔をよく見る。
そこには、頬を赤くしたサキュバスがいた。
「一か。まあゲームだからな、適当にやろうな」
「はい、クリスマス会ですもんね。楽しくしましょう」
と優しく微笑んでくれたのだが……。
宗像先生が俺たちの拳に手を当てて、「それでは2回戦、はじめっ!」と叫んだ瞬間。
可愛らしいサキュバスの表情は失せ、鬼のような形相になる。
眉をひそめて、俺の手をぐしゃっと握り潰す。
その痛みに耐えられず、俺は力を緩めてしまう。
「フンッ!」
普段はそんな低い声を出さないのに、この時ばかりは漢だった。
それも戦に出るような、侍。
反対方向に叩きつけられた俺の腕は、感覚が麻痺していた。
これ……折れてるよね?
「勝者! 住吉 一! 決勝戦は、千鳥と住吉で決まりだ!」
宗像先生が一の手を取り、試合の終わりを告げる。
「やったぁ~♪ リキ様と戦えるぅ~」
可愛らしくその場で、ぴょんぴょんと跳ねてみせるサキュバス。
だが、そんなことよりも見てよ。
俺の右腕……ぶら~んとして、全然力が入らないの。
痛みすら感じない。
どうやったら、治るの?
ねぇ、サンタさんたら……。
反対側に曲がってしまった俺の右腕だが……。
宗像先生が強引に元の形に戻してくれた。
やっと腕に力が入るようになったのだが、肌の色が真っ青なんだよね。
しかも、妙に冷たい……壊死じゃないよね?
男子の決勝戦は、リキと一。
お互い、テーブルに肘をつけると、相手の手をがっしり握る。
最初に口を開いたのは、リキの方だ。
「なぁ、一。悪いけど、俺は本気なんだ。負けても泣かないでくれよ」
「え、えぇ……僕なんかじゃ、リキ様の相手になりませんよ……」
そう言いながら、頬を赤くする。
「なら全力で行くぜ?」
「は、はい!」
そこへ宗像先生が現れて、2人の拳に手をのせる。
「よぉし! これが男子の最終決戦だ! 勝った奴がイブを過ごす相手を選べるからな。出し惜しみするなよ!」
まだ言っているのか。そんな権限ないくせに。
「始めぃ!」
~10分後~
「くぅぅ……」
「……」
苦悶の表情をするのは……一ではなく、リキの方だ。
スキンヘッドは、汗でびしょ濡れ。
顔を真っ赤にして、一の腕を倒そうと必死だ。
しかし、彼の華奢な細い腕は、ビクともしない。
むしろ余裕すら、感じる。
その証拠に、もう片方の腕で頬杖をついている。
頬を赤くして、潤んだ瞳でリキを見つめる。
「はぁ……」
とため息をつく。
だが、試合に疲れているからではないようだ。
多分……愛しのリキ様に見惚れているから。
リキはそんなことも知らず……というより、相手の顔を見る余裕がない。
瞼をぎゅっと閉じて、一を倒すことで精一杯のようだ。
「くっ、強えぇな……一」
「……」
うっとりとした目でリキを見つめる一。
左の小指を噛みながら、呟く。
「はぁ……このたくましい手で、僕は……」
先ほどの“情事”を思い出しているのだろうか。
なんだかこの2人の周りだけ、ピンク色に見えてきたよ。
~更に10分後~
「ぐあああ!」
「……」
アームレスリングの試合を良いことに、愛しのリキをたっぷり堪能する一。
しかし、このままでは、あまりにもリキが可哀そうだ。
遊ばれているだけだからな。
試合中だが、俺は一の方へ静かに近寄る。
そして、彼に小さな声で耳打ちを始めた。
「おい、一。そろそろ、決めてやれよ。勝つのか、負けるか……」
俺がそう言うと、ようやく我に返ったようで、いつもの彼に戻る。
ビクッと震えて慌て出す。
「ひぃっ! し、新宮さん!? どうして、隣りに?」
「お前がさっさと試合を決めないからだろ……もう30分近くも戦っているぞ? リキを想うなら、真面目に戦ってやれ」
「あ……ごめんなさい」
正気に戻ったことを確認した俺は、自分の席に戻ろうと、彼に背中を向ける。
次の瞬間だった。
「勝者! 千鳥 力! 優勝は、千鳥だっ!」
振り返ると、汗だくになったリキが、自身の拳を高々と天井に突き上げていた。
一はと言えば、わざとらしく自身の腕を痛そうにさすっている。
なんだっんだ、この茶番は?
※
男子部門が終わったところで、次は女子だ。
女子の第1回戦は、マリア対ほのか。
どう考えても、マリアに武があるのだが……。
ハイスペックな彼女でも、苦手なものはあるようで。
怪しく眼鏡を光らせた腐女子のほのかを見て、顔を引きつらせていた。
「よ、よろしく。私はマリアよ……」
そう言って、対戦相手に手を差し出す。
「うひょおー! 本物の金髪美少女やん! めっちゃ可愛い! ペロペロしたくなるわ!」
机に大量の鼻血を垂らす変態。
よっぽど、マリアのルックスが気に入ったようだ。
「あ、あなた。大丈夫なの? 鼻から血が出ているわよ?」
「気にしないでぇ! これは癖みたいなものだから……それより、ミハイルくんにそっくりだね。もしかして、双子とか?」
鼻息を荒くして、身を乗り出すほのか。
これには、さすがのマリアもドン引きだ。
「い、いえ。彼とは……他人よ?」
「ハァハァ……今日は大量の素材を手に入れたわ。一くんはBLに使えそうだけど、あなたは完璧に百合ね!」
真面目な帰国子女には、理解できない世界のようだ。
困惑した様子で、ほのかを見つめている。
「ゆ、ゆり? なんのこと? あなたはお花が好きなの?」
「ええ! もちろんよ! マリアちゃんみたいなお華を、びしょ濡れにさせて、咲かせまくるのが大好きなの!」
「え……もしかして、あなたレズビアン?」
とこちらに視線を向けてきたから、俺はそっぽを向いた。
あんまり関わりたくないから……。