「タクト……誰かのお尻を触ったの……?」
真っ青な顔で、こちらをじっと見つめるミハイル。
「み、ミハイル。それは違うんだっ! ちょっと事情があって……」
自分で言っておいて、苦しい言い訳だと思った。
「アンナのも触ったことないのに?」
怒っているというより、落胆している様子だ。
ていうか、アンナの尻なら夏にプールで、サンオイルをぬる時、しっかり撫で回したけど。
カウントされていないってか?
重たい空気の中、沈黙が続く。
しかし、隣りにいたリキは別だ。
腹を抱えて笑っている。
「ミハイル。聞いてたのか? タクオの奴さ、この一っていう年下の子のケツをいきなり、触り……揉みまくるんだぜ!? ビックリだよな、アハハ!」
こいつ、いらんことを教えやがって。
「揉みまくってた……?」
この世の終わりみたいな顔で、リキの話を聞くミハイル。
「ああ。多分、3分ぐらいは揉んでたと思うぜ」
そんなに触ってねーわ!
「さ、3分も……」
ヤバい。ミハイルが鵜吞みしている。
俺が弁解せねば。
「ミハイル! 違うんだ! あれは……俺とお前の関係に必要な行為で……」
と言いかけている最中で、ミハイルの目つきが鋭くなる。
「オレとタクトに必要? 知らない奴のお尻を触ることが?」
「それは……」
ヤバい。殺されそう。
黙り込む俺を無視して、怒りの矛先はリキに向けられた。
「ねぇ、リキ。その触った相手の写真とかないの?」
「ああ。一のか? あるよ。さっき、タクオから貰ったからな。ちょっと待っていてくれ」
そう言うと、先ほどの卑猥なコス写真を数枚、ミハイルに見せてあげる。
黙って一の写真を眺めるミハイル。
小さな唇を震わせて、スマホをスワイプする。
一の過激なコスプレを見て、ショックを隠せないようだ。
男とはいえ、かなり際どいコスプレを着ているからな。
しばらく、左右にスワイプを繰り返し、写真を何度も眺めるミハイル。
深いため息をついた後、リキに礼を言って、スマホを返す。
そして、俯いたまま、俺の元までゆっくりと近づく。
俺の右手を掴むと、ボソッと呟いた。
「こっち、来て……」
「え?」
彼から答えを聞く前に、俺の身体は強引に廊下を引きずり回されていた。
相変わらずの馬鹿力で、廊下の奥へと連れて行かれる。
先ほどまで、隣りにいたリキがもう遥か彼方だ。
一瞬にして、男子トイレへと連れてこられた。
入ったと思ったら、狭い個室の中へぶち込まれ、扉を閉めてカギをかける。
「ここに座って!」
「え、便座にか?」
彼に言われるがまま、洋式トイレの蓋を下ろして、座って見せる。
命令した本人は、何故か顔を真っ赤にしている。
怒っていると思ったが、どうやら恥ずかしいみたいだ。
身体を左右にくねくねと動かし、何かをためらっている……ような気がする。
視線は床に落としたまま、ボソボソと喋り始める。
「どうして、一っていう奴の……お、お尻を触ったの?」
片方の腕を掴み、どこか不安そうだ。
「そ、それは……触ったら……。ミハイルとどう違うのか、知りたかったからだ」
言っていて、めっちゃ恥ずかしい。
「オレと?」
「ああ……悪いが。もうこれ以上、聞かないでくれ。頼む……」
「分かった……」
何となくだが、理解してもらえた……? ようだ。
これで、一安心だな。
と思ったのも束の間、俺は忘れていたミハイルの拘りを。
『俺との初めて』を大事にする人間だってこと。
「触ったことは仕方ない……よね。オレが関わっていることみたいだから」
え、意外に心が広い。浮気がOKなタイプかしら。
「そうなんだ。これも取材みたいなもんで……」
「でも、汚れは落とさないとダメだよね?」
「は?」
俺は耳を疑った。
「許したくないけど、タクトだから信じる! でも、一の汚れは落として! オ、オレのお尻を触って!」
顔を真っ赤にして、至近距離で叫ぶミハイル。
「嘘……だろ? 俺たちは男同士じゃないか」
「ダッ~メ! すぐにでも落とす必要があるの! 早く触って、ここで。3分間!」
そう言って、フェイクレザーのショートパンツを俺へと突き出す。
黒のレザーだから、蛍光灯の灯りが反射して、キラリと輝いて見える。
今まで見たことのない、積極的なミハイルの姿に動揺してしまう。
思わず、生唾を飲み込む。
「本当に触るのか……?」
自分から言い出したくせに、ミハイルは尻だけ突き出して、トップスのパーカーで顔を隠している。
きっと、恥ずかしいのだろう。
「は、はやく……早くしてぇ!」
ダメだ……。
こんな密室で、可愛らしいヒップを突き出されたら、もう俺の理性が吹き飛びそう。
その証拠に、股間が見たことないぐらいパンパンに膨れ上がってしまった。
どうすればいいんだ、俺は。