気になるあの子はヤンキー(♂)だが、女装するとめっちゃタイプでグイグイくる!!!


 知らない間に俺とミハイルが、汚されちゃったよ……。
 まあ、あくまでも創作物だから、大目に見てやるか。
 こちらに直接、危害があるわけでもないし。

 しかし、改めて表紙や絵のタッチを見ていると、どこか見覚えがある。
 ネームこそ、ほのかが描いたらしいが、この漫画家さんはかなり上手い。
 BLに詳しくないけど、何故か記憶にある……うーむ、どこかで見かけたのかな。

 ほのかに尋ねてみた。

「なあ、この作画を担当した人って、有名な漫画家さんか? どこかで見たことあるんだが……」
 俺がそう言うと、鼻息を荒くし、熱く語り始める。
「さすが琢人くん! よく気がついたわね。この作家さんは、まだ無名の新人だったけど、とあるインフルエンサーのおかげで、バズったのよ! それでBL編集部からスカウトされたの!」
「い、インフルエンサー? 誰だ?」
「BL界の四天王が一人。ケツ穴 裂子さんよ! あの御方のお目に叶うと書籍化、重版間違いなしなの!」
「……」

 それ、俺の母さんだよ。とは言えなかった。

 話を更に詳しく聞くと、作画を担当したのは、以前コミケで母さんが爆買いしたサークル“ヤりたいならヤれば”の同人作家さんだったらしい。
 確かに腐女子の界隈では、ケツ穴 裂子という読み専は有名人のようだ。
 そして、母さんがその作品を拡散すれば、商業デビューできたり、アホみたいに売れるらしい。
 
「琢人くん。実は私もツボッターでケツ穴さんに拡散してもらったのよ! 『変態女先生は才能ある』って。だから、めっちゃ売れたのよ! 処女作なのに!」
「えぇ……ちなみに、どれぐらい?」
「100万部!」
「……」
 俺も母さんに拡散してもらった方がいいのかな?
 でも、BLなんかと、一緒にされたくない。

  ※

 ほのかの告白は、しかと受けとめた……つもり。
 だが、どうしても許せない部分が1つだけある。
 それは俺が作中、受けにされているところだ。

「なぁ……ほのか。なんで、俺を受けにしたんだ?」
 そう問いかけると、彼女は真顔で即答する。
「え? だって、琢人くんって、絶対受け属性だもん」
「ハァ!?」
「気がついてなかったの? 琢人くんってさ。なんか色んな人や物事に文句とか、喧嘩腰に見えるけど……。基本は優しいし、押しに弱いでしょ。だから、私の中では受けかな♪」
「ウソだろ……?」
「ホント、ホント♪ ノン気ぶっても、界隈に入り込んだら、ズル剝け間違いなしの逸材だと思うよ♪」
「……」

 俺ってそんな風に見られていたの?
 嫌だ、絶対に嫌だっ!
 認めたくない……もし、ミハイルとそういう関係になったとしても、絶対に俺は攻めだ!

 ひとりで頭を抱えていると、ほのかが優しく肩を叩いてきた。
「そんなに難しく悩んじゃダメだよ、琢人くん」
 ニッコリと笑って見せる、ほのか。
 誰のせいで、こんなに悩んでいると思っているんだ。

「俺は……受け身じゃないぞ、ほのか。それだけは認めたくない」
「まあまあ、今すぐハッキリしなくても良いんじゃない? “リバーシブル”って可能性もあるし♪」
 その言い方だと、もう俺がそっち界隈に向かうの決定じゃないか。
「クソ。俺、ノン気なのに……なんでそんな風に見られるんだ……」
「琢人くんも往生際が悪いなぁ。じゃあ、試してみる? 攻めか、受けか」
「え?」
「簡単なテストで、琢人くんがどっちかすぐに分かるよ♪」
 (わら)にも(すが)る思いで、ほのかの手を掴む。
「頼む! 俺は全否定したいんだ、やってくれ!」
「オッケー♪」

  ※

 ということで、急遽、ほのかによるテストが始まった。
 彼女の説明によると、今から1つの指示を出すと言う。
 俺がそれに従えば、すぐに判明するらしい。

「琢人くん、ちょっと私に背中を向けてくれる?」
「え? こうか?」
 黙って、彼女に背を向けた瞬間だった。
 肛門に衝撃が走る。
 ジーパン越しとはいえ、なにか太くて硬いものを突っ込まれたようだ。

「痛ってぇ!」

 振り返ってみると、にんまりと微笑むほのかが、俺の尻にマジックペンの先っちょを、突っ込んでいた。
 上目遣いで、怪しく微笑む。
 眼鏡をキランと輝かせて。

「ほらぁ。やっぱ、受けじゃ~ん」
「なっ!?」

 ほのかは尻からマジックをひっこ抜くと、今行ったテストの結果と説明を始める。
「いい、琢人くん。このテストは、その人が受動か能動かを確かめるものよ」
 なんて人差し指を立てて、嬉しそうに語る。
 人のケツに、躊躇なくブッ刺しやがって……。
 尻をさすりながら、俺は反論する。
「なんで、そうなるんだ? ほのかが『背中を向けろ』って言ったから、それに従ったまでだろ」
 それを聞いたほのかが、鼻で笑う。
「私は言っただけよ? 黙って従ったのは琢人くんじゃない。反抗もできたはずよ。つまり相手の言いなり……だから受けよ。攻めなら、私に『なんでだ?』って問い詰める可能性があるわ。それにこのマジックだって、奪い取れたしね♪」
「そ、そんな……」

 彼女の言うことも、あながち間違っていないような気がする。
 この俺が受け属性だと?
 み、認めたくない……。

 俺はほのかに受けだと、決めつけられ、ちょっとした放心状態に陥っていた。
 それを見た彼女は、満足そうに微笑む。

「まあ、焦らずにじっくりとミハイルくんのために、お尻でも開発しておけば、良いと思うよ♪」
 クソが! 他人事だと思って……。
「ほのか……一旦、この話はやめよう。チャイムもなりそうだし……あ、そう言えば、お前に頼みたいことがあったんだ」

 担当編集の白金に頼まれた表紙や挿絵用のモデル写真。
 俺はそのことをほのかに説明すると、快く承諾してくれた。
 誰もいないし、この教室内で写真を撮ることにした。
 俺は自身のスマホを手に持って、ほのかにレンズを向ける。

「じゃあ、撮るけど……本当にそのポーズでいいのか?」
「うん! これが一番、私らしいと思うの♪」
「そうかもしれんが……」

 満面の笑みで、こちらを向いてくれているのだが……。
 両手にたくさんのBLコミックを扇子のように、広げている。
 まあ……腐女子だから、個性が出ていいのかな?

 数枚、写真を撮り終えると、ちょうどチャイムが鳴った。
 俺たちは急いで、スクリーングが行われる二階へと駆け下りる。
 教室の引き戸に手をかけた際、ほのかが俺の肩をポンポンと叩く。
 振り返ると、彼女が「忘れものだよ」と自身の作品、『ゲイの国 福岡オムニバスクラブ』を二冊、差し出す。

「え、俺に?」
「うん♪ だって、素材に使ったし。琢人くんとミハイルくんの絡み、かなり人気だから。取材協力っことで。二人へのプレゼントかな」
 誰がお前の取材に協力したよ……。
 勝手に絡めたくせに。
 でも、一応受け取っておくか。

「すまんな……」
「気にしないで。ミハイルくんと仲良く読んで、参考にしたら、もっと嬉しいな。あ、もし琢人くんが“開通”したら、教えてね」
 この野郎……。

 しかし、この作品をミハイルに読ませたら、ヤバいことにならないか?
 純真無垢な彼だから、今まで性への知識が少ない。
 特にモデルが、俺とミハイル自身だ。

 彼が攻めという概念をインプットしてしまえば、愛情表現の1つとして、試したがるかもしらん……。
 それだけは、避けたい。

 恐怖から、俺はほのかのBLコミックを両方、家に持って帰ることにした。
 母さんにでも渡しておこう。

  ※

 授業が始まっても、ずっと頭に入らなかった。
 隣りに座るミハイルをチラチラと見つめては、想像してしまう。
 こんな可愛い奴が、俺を攻めるだと?
 有り得ないだろ……。

 だが、考えてみれば、俺は過去に別府温泉で事故とはいえ、リキにお尻処女を奪われたことがある。
 このことは、まだミハイルも知らない。
 女装したアンナにも言えることだが、彼という人間は、俺との初めてを大切にする奴だ。
 それこそ、この前のパイ揉み事件なんか、宿敵であるマリアと入れ替わってまで、復讐の鬼になっちまった……。

 じゃあ、リキの事故も同じように憤慨するのではないだろうか?
 ちょっと、想像してみよう。


『え……タクト。リキにお尻を掘られたの!? 初めてなのにっ!』
『すまない』
『イヤだっ! オレ以外の奴と初めてをするなんて……そうだ、汚れを落としてあげる!』

 そう言って、俺のズボンを無理やり下ろすミハイル。
 もちろん、自身が履いているショーパンも脱ぎ捨てる。
 重なる肌と肌……。
 立ったまま後ろから抱きしめられたが、身長差があるから、幼い子供が親に甘えているように見える。

『や、やめろ。ミハイル! 俺たち男同士のマブダチだろ?』
『関係ないよ! タクトの汚れをちゃんと落とさないと……う~ん、ここからどうするんだろう。オレ、分かんないよぉ……』
 

 イマジネーション、終了。
 結果は……めっちゃ可愛かった。
 逆に俺の方が興奮してしまう。
 その証拠に、股間がパンパンに膨れ上がってしまった。
 隣りのミハイルに気づかれないよう、必死に机へと押し付ける。
 
 挙動不審な俺に気がついたのか、彼がこちらに視線を向ける。

「どうしたの? タクト☆ なんか、今日はずっとオレのことばかり見てるけど☆」
 何も知らない彼は、エメラルドグリーンの瞳をキラキラと輝かせている。
「い、いや……その俺たち、ずっとマブダチだよな?」
「当たり前じゃん。オレとタクトの邪魔する奴が出てきたら、ぶっ飛ばしてあげる☆」
「それって、リキでもか?」
「う~ん……無いと思うけど。もし、オレとタクトの初めてを奪ったら、許さないかな☆」
「……」
 
 別府温泉の事故は墓場まで持って行こう。

 俺はほのかのせいで、かなりBLの影響を受けていた。
 常に脳内で、ミハイルとの絡みばかりを想像してしまう……。
 もちろん、裸体でだ。

 ほとんど、彼が攻めになってしまうが、知識が乏しいので、寸前で行為を止めてしまう。
 それがまた初々しくて、愛らしい。
 自ずと、俺の股間は爆発寸前であり、常にカチコチ。
 机に擦りつけて、どうにか午前の授業を終わらせた。

 名誉は守られたのだ……。
 しかし、元気すぎる股間のコイツは、未だに沈静化してくれない。
 お昼休みに入り、ミハイルが「一緒に弁当を食べよ」と言ってくれたが、トイレに行くと告げて、逃げるように教室から出ていく。
 前のめりで、コソコソと廊下を歩いていると……。

 全日制コースである三ツ橋高校の制服を着た女子高生が目に入った。
 一人は活発そうな、ボーイッシュなショートカット。
 赤坂 ひなただ。
 その隣りで喋っているのは、チャラそうな小ギャル。
 派手なピンク色に染め上げた長い髪を、後頭部で1つに丸くまとめている。

 真っ黒な頭のひなたとは、大違いの校則違反だ。
 化粧も濃ゆいし、カラコンやつけ爪。
 どこかで見かけた顔だな……。

 一生懸命、思い出していると、ひなたが俺に気がつき、声をかけてくる。

「あ、センパ~イ! 久しぶりですね♪」
 偉くご機嫌に見えた。
 ニコニコと笑って、俺に手を振る。
「おお……久しぶり」
 なんでか、分からないが……ひなたの姿を見た瞬間に、股間の熱が冷めてしまった。
 治まったことから、良かったんだけども。
 女を見ると、沈静化するコイツって、一体……。
 
「今日はスクリーングですか?」
「まあな……そうだ。ひなたに実は頼みたいことがあるんだ。お前の写真を何枚か、撮らせてくれないか?」
 今度の小説に使うモデル写真のためだ。
「え、しゃ、写真!? 私の身体を撮って、ナニをする気ですか!?」
 俺が答える前に、右の頬を一発、平手打ち。
 ひなたの得意技ですね。
「いって……」
「そ、そういうことは、付き合った恋人同士がするもんですよ!」
「ひなた。お前、なにを勘違いしているんだ……」
 頬をさすりながら、呆れていると、近くに立っていたピンク頭の女が間に入る。

「ひなたちゃん。スケベ先生はそういう意味で、言ったんじゃないっす。小説のためっす」
「え……小説? ていうか、なんでピーチちゃんが、センパイのことを知ってるの?」
 思い出した。
 俺のコミカライズを担当した新人漫画家、筑前(ちくぜん) (ピーチ)だった。
 ちなみに、ラノベ版の絵師。トマトさんの妹でもある。
 そういえば、三ツ橋高校に通う現役JKだったな……。

「自分っすか? スケベ先生とは、ただのパートナーっすよ。恋愛感情とかないっす。昔から推してる人なんで」
 勝手に二人で話を進めだした。
 ていうか、スケベ先生ていうの、やめてよ。
「ぱ、パートナー!? 恋愛感情がないのに? それに昔からって……何年前から?」
 あら、ひなたってば、また勘違いが暴走してない?
「えっと……スケベ先生とは、インターネット上で出会って、確か10年ぐらい前からだったと思うっす。自分が一目惚れして、勝手に推してるんで……。マジ、リスペクトしてるっす」
 それを聞いたひなたは、何を思ったのか、肩を震わせて、拳を作る。
「じゅ、十年前って……ピーチちゃんが幼女の頃じゃん」
「そっすよ。スケベ先生はマジでカッコイイんで。自分は人生を捧げてもいい、って思えるレベルっす。身体をボロボロにされても、余裕っす」
 と親指を立てるピーチ。
 彼女が話すことは、全て創作活動におけるものだが……。
 ひなたにとって、勘違いを更に助長させてしまう、説明になってしまったようだ。

 顔を真っ赤にさせて、俺の方に顔を向けると、ギロっと睨みつける。

「センパイ、最っ低!」
 そう言って、腫れてない方の頬をもう一発、平手打ち。
「いってぇ!」
「幼女の時からパパ活するとか、この超ド変態のロリコン! 死ねばいいのに!」
「えぇ……」
 
 こいつも想像力が豊かだなぁ。
 ていうか、ひなたに会う度、殴られている気がする。

 ピーチが詳しく説明して、なんとか、ひなたの誤解はとけた。
 自分の兄であるトマトさんが、イラストを描く時、モデルがいないと上手く描けないことも、補足してくれた。
 だから、ヒロインの一人であるひなたの写真が必要だと。

 それを聞いたひなたは、機嫌を取り戻し、嬉しそうに笑う。

「なぁんだ。そんなことか♪ 私もヒロインですからね、写真は必要ですよね」
 散々、人をブッ叩いておいて、よく言うよ。
「いいのか? 無理しなくてもいいぞ?」
「撮りますよ! 撮らせてください! 新宮センパイとの取材がいっぱい詰まった作品になるんですから~♪」
「そ、そうか……」


 それから、ひなたは自分のスマホをピーチに渡して、その場で撮影会を始める。
 こっちは何も言ってもないのに、色んなポーズ、角度で写真を撮りまくる。
 一々、ピーチに「加工して」だの「盛って」だの。要求が多い。
 だがどんな注文でも、撮影するピーチは、「ちょりっす」と言って、淡々と撮り続けた。


 撮り終わって、すぐに提供してもらえると思ったが……。
 厳選した写真を渡したいので、数時間後になると言われた。
 一体、何十枚くれる気だ?

  ※

 ひなたとピーチに礼を言って、彼女たちに背を向ける。
 もう少しすれば、午後の授業も始まるからだ。

 教室の方へ戻ろうと、廊下を歩いていたら……。
「あ、タクト☆ お昼ご飯も食べずに何をしてたの?」
 とミハイルが近寄ってきた。
 エメラルドグリーンの瞳をキラキラと輝かせて。
「ちょっと、野暮用でな……」
「ヤボ? なにそれ? 教えて☆」
 そんなことも知らんのか……。
「野暮ってのはな」
「うんうん☆」
 低身長だから、仕方ないのだが、上目遣いでグイグイと迫られるので、対応に困る。
 せっかく、沈静化した股間がまた動くと大変だ……。
 ここはちょっと話題を変えよう。
 彼と距離を取れるようなこと……そうだ。

「なあ、ミハイル。ちょっと頼みがあるんだけど、いいか?」
「え? オレに? なんでもいいよ☆」
「その……一枚、写真を撮ってもいいか?」
 言っていて、顔から火が出そうだった。
 女装しているアンナなら、女の子扱いできるけど、素のミハイルは完全に男だからな。
 恥ずかしくて仕方ない。
 
 俺の問いに、ミハイルも激しく動揺していた。
「お、オレの写真を!? いきなり、どうして……」
 顔を真っ赤にさせて、目を丸くしている。
「いや……今まで、ミハイルの写真はちゃんと撮ったことないだろ。だから、思い出というか。その……」
 言い出しっぺの俺が、緊張してしまう。
 まるで、告白する男子みたいだ。
 その緊張がミハイルにまで、伝わっているように感じる。
 彼もカチコチに固まってしまう。

「お、思い出か……そ、そうだね。ならいいかも。で、でもさ……ホントにオレなんかでいいの?」
「え……どういう意味だ?」
「女のアンナじゃないし、可愛くないもん。それにオレは……男だよ?」
 そう指摘されたことで、俺も脇から大量の汗が滲み出るのを感じた。
 彼の言う通りだ。
 男にカメラ目線で写真を一枚求めるなんて、気持ち悪いこと……なのかもしれない。

 やはり……俺が間違っていた。
「そ、そうだよな。悪い、無かったことにしてくれ」と苦笑いするはずが。

 俺は黙って、ジーパンのポケットからスマホを取り出す。
「ミハイルの写真だから、欲しいんだ。マブダチのお前だからだ」
 自分でも驚いていた。
 こんなに恥ずかしいことをスラスラと喋っていることに。
「オレだから……なの? じゃあ、うん。と、撮ろうか☆」
 今までに見たことないぐらいの優しい笑顔だった。
 アンナの時よりも……可愛く感じるほどに。
 
  ※

 写真を撮ると言っても、アンナの時ほど余裕がない。
 お互いにだ。
 ガニ股で格好悪く立つ俺と、廊下の壁にもたれるミハイル。
 彼も頬を赤く、視線は床に落としたまま。
 落ち着かないのか、首元から垂れているポニーテールを撫でている。

 なんて、可愛いんだ。そして、絵になる。

「タクト……早く撮って。誰か来たら恥ずかしいよ」
「おお……だが、ミハイル。こちらを向いてくれないと、撮れないぞ?」

 そう指摘すると、彼は潤んだ緑の瞳を俺に向ける。

「こう?」
「バッチシだ」

 一枚。
 たった一枚の写真を撮るだけだと言うのに、物凄く長い時間を感じた。
 そして、俺は撮った写真をすぐに、クラウド上へとアップロードする。
 この写真は、もう二度と撮れない気がしたからだ。
 大事にしたい……そう思えた。

 ただ、その後の俺たちはしばらく、目を合わせることができずにいた。

「「……」」

 なんでか分からないが、事後のような恥ずかしさを感じていたから。
 経験したことも、ないくせに。

 午後の授業は体育だ。
 かなり、久しぶりに感じるな。

 一旦、校舎から出て指定された場所、武道館まで向かう。
 もちろん、隣りにはミハイルもいるのだが……。
 先ほどの写真撮影が恥ずかしかったようで、えらく大人しい。
 頬を赤くしたまま、黙って地面ばかり見ている。

 こりゃ、悪いことしたかな? と彼の横顔をチラ見する俺も大して変わらない。
 親友とは言え、男が男に写真を求めても良いのだろうか……。
 今、考えてみると……かなりヤバい行動だったのでは? そう、思い返していた。
 異性だとしても、一緒にツーショット写真を撮るのなら、分からないでもないが……。
 被写体がミハイルだけっていうのが……まるで「お前だけを撮りたい」と告白したようなもんじゃないのか?

「「……」」

 結局、二人とも黙り込んだまま、武道館へとたどり着いた。
 地下に降りて、更衣室へ入る。
 ロッカーに荷物を入れたら、すぐに体操服へと着替え始める。

 以前、宗像先生が全日制コースの生徒たちから、無断で体操服をパクったので、本来なら私服でもOKなのだが、仕方なく見知らぬ名の制服を着用している。
 もちろん、ミハイルもだ。
 ただ、彼の場合……サイズの問題で、下半身は女子のブルマだが。

  ※

 着替え終わると、武道館の中央に、のろのろと一ツ橋高校の生徒たちが集まり出した。
 しかし、何やら様子がおかしい。
 今日の予定表では、午後の授業は2時間、体育をする予定だった。
 確か種目は、バスケットボールをやるはず……。
 でも、肝心のバスケットコートが誰かに使われている。

 全日制コースの三ツ橋高校の生徒たちだ。
 どうやら、バスケット部の部員みたいで、他校と試合をやっているようだ。

「回せ、回せ! 絶対、負けるなよ!」
「おっしゃ! ドンマイ!」
「全国行くぞ! 俺たちはキセキの世代だからな!」


「……」

 呆然と、彼らの熱い試合を眺める陰キャ達。
 対照的にニヤニヤと嫌らしく笑うのは、ヤンキー共だ。
「こいつら、全然なってねーわ」とバカにしている。
 まあ、かく言う俺もバスケに興味とか、全然ないから、どうでも良いんだが……。

 チャイムが鳴り響くと、武道館の入口から、ツカツカと音を立てて、一人の女性がこちらに向かってくる。
 宗像先生だ。
 頼んでもないのに、俺たちと同様の体操服を身に纏っていた。
 アラサー教師でブルマ姿とか、見たくない。
 サイズが合ってないから、ハミパンしている……紫色のレースが丸見え。

「お~い! 一ツ橋の生徒たちは私の前に集まれ~!」

 先生に呼ばれて、黙って従う。言うことを聞かないと、後が怖いから。

 俺たちが先生の前に集合すると、歯切れ悪そうにこう話し始めた。
「悪いが、今日のバスケットボールは中止だ。急遽、三ツ橋の親善試合が決まったからな」
 またか……前も、全日制コースの都合で、場所を変えられたもんな。
 生徒たちから、冷たい視線を感じた宗像先生は、咳ばらいをして、話題を変える。
「まあ、前にも言ったように、本校はここの校舎を使わせてもらっているに過ぎない。なので、こういうことは、幾度もあるだろう。我が校が彼らに合わせるしかない。ということで、今日はマット運動に変更する」

 えぇ……いきなり、授業のレベルが高校生から小学生以下に落ちたような気がする。

  ※

 宗像先生の指示のもと。
 俺たちは、武道館の一番端っこ……。つまり壁に沿って、一列に運動マットを並べた。
 運動と言っても、簡単なストレッチぐらいだ。
 特に先生も、「あれをしろ、これをしろ」なんて命令は出さない。

 要は適当にマットの上で、二時間過ごせと言うことだ。
 俺たちは所詮、通信制だから授業にさえ、参加すれば単位はもらえる。
 簡単な授業にしなければ、やる気のないヤンキーが辞めてしまう恐れもある……。
 だから、こんなおままごとレベルじゃないと、一ツ橋高校は経営が成り立たない。

 当然の如く、俺はミハイルとペアを組む。
 いつものことだし。
 この頃には、もう元の二人に戻っており、彼も笑顔で接してくれた。
「なあ、タクト☆ オレって、ストレッチが得意なんだ☆」
「ほう。初耳だな」
「今やるから、見ててよ☆」

 そう言うと、ミハイルはマットの上に尻を乗せ、股関節を左右に広げる。
 細く長い二本の足が、縦に真っすぐ伸びた。

「どう? スゴいだろ☆ タクトもこれができる~?」
「あぁ……お、俺には無理そうだな」

 確かに彼の身体が、柔らかいことにも驚いていたいたが。
 それよりも、正面から見ている俺からすると、とある部位が際立って見えてしまう。
 股関節を綺麗に広げきった事により、紺色のブルマが強調されているのだ。
 真ん中には可愛らしい、ふぐりがちょこっと顔を出して……。

「ごくんっ……」
 
 思わず、生唾を飲み込んでしまう。
 彼からしたら、無意識のうちにやっている行為なのだろうが、これは辛い。
 今、ここにスマホがあったら、俺はきっと連写モードと録画を交互に繰り返して、しまうのだろう……。
 
 くっ! これだから、ミハイルモードは嫌なんだ。
 無防備すぎる。

 せっかく、沈静化した股間がまた暴れ出しそうだ……。

 ミハイルから一通りのストレッチを見せてもらった後。
 流れで、俺も彼から習ったストレッチを挑戦することになった。

 自慢じゃないが、俺の身体は硬い方だから、ミハイルに無理だと断りを入れようとしたが。

「大丈夫☆ オレがちゃんとついているから。出来るようになるよ☆」

 と半ば強制的に、マットへ座らせられる。

 股関節を左右に開こうとするが、ミハイルのようには上手く出来ない。
 それを見た彼は、ニコッと笑ってこう言った。

「仕方ないよ☆ タクトは初めてだもんね。ちょっとオレがほぐしてあげるよ☆」
「え……? ほぐす?」

 嫌な予感しかない。

 ~10分後~

「う~ん……タクトって本当に硬いね。ガチコチだよぉ」

 ミハイルの小さな口から、吐息が漏れた。
 そして、俺の耳元に当たる。
 くすぐったいような、気持ち良いような……。
 
 現在の状態といえば。
 俺の背中を一生懸命ミハイルが小さな手を使い、押してくれている。
 後ろから抱きしめるように……。

 彼が言うには、普段からデスクワークが多いから、俺の腰と股関節も硬いらしく。
 今後の活動のためにも、しっかりと筋肉などを伸ばした方が良いとのこと。

 股関節を奇麗に開脚はできなかったが。
 責めて腰ぐらいは伸ばした方が良い、とミハイルに強く注意を受けた。
 まあ、俺の執筆活動を心配してくれているからだと思うが……。

 大きく息を吐いて、両手をマットの上に乗せて、前へと突き出す。
「ふぅ……」
 俺としては、だいぶ伸ばせたような気がするが、ミハイル先生は納得してくれなかった。
「あ~ ダメダメ。硬すぎるよぉ。タクトってさ。なんで、そんなにカチコチなの? 普段からやらないから、柔らかくなれないんだよ!」
「す、すみません……」
 怒られちゃったよ。
 ていうか、さっきから誤解を生むような表現ばかりしている気がする。
 カチコチとか、硬いとか……。


 見兼ねた彼が再度、補助に入る。
「いい、タクト。力をいれたらダメだよ。オレの呼吸に合わせて、ゆっくり前に腰を入れようね☆」
「お、おう……」

 言われた通り、彼の吐息に合わせて、ゆっくりと身体を前へ突き出す。
 ミハイルは優しく俺の腰を両手で押してくれた。
 超がつくぐらいの密着で。
 背中越しとは言え、彼の心音が伝わってくるほどだ。
 当たり前だが、女装していないので、ノーブラと思うと、興奮してしまう。
 ストレッチに熱中するミハイルは、恥じらいがないように感じた。
 頬と頬がくっついてしまうほどの至近距離で、俺に囁く。

「ほらぁ。ちゃんと入ったよ☆ タクト、すごいね☆」
「あ、ありがとう……」

 どことなく、ミハイルから甘い香りを感じた。
 きっと普段から使っているシャンプーだと思うが、その香りが更に俺をドキドキさせる。
 
 気がつけば、俺の股間もマットレスへ直進してしまった……。
 今の状態を隠したいがために、腰をどんどん前へと突き出す。
 
「すごいすごい☆ ちゃんと、マットに身体をつけられるぐらい、前に腰を入れられたねぇ☆」
「おお……ミハイルのおかげだよ」
 本当は股間が暴走したから、逃げただけなんだけど。
「気持ちいいでしょ? もうちょっと、押してあげたらいいかな☆」
 そう言って、彼は俺の身体に覆いかぶさる。
 もちろん、やましい気持ちなんて、全然ない。
 ただ、俺の身体を柔らかくしてあげたい、という一心で、伸ばしているだけだ。

 しかし、ミハイルの思惑とは裏腹に、傍から見れば、ヤバい男たちに見えるだろう……。

「よいっしょと。これで、う~ん……」
 
 ただ、背中を押しているだけなのだが、ついでに彼のブルマもお尻辺りに擦りつけられる。
 ミハイルが身体を前後に動かす度、俺の尻がペチペチと音を立てる。
 別に痛くはないが、彼の可愛らしい、ふぐりを思い出すと、なんか快感を覚えてしまいそうだ……。

「ふん。よいっしょ☆ どう? タクト☆ 気持ちいい? 痛くない?」
「ああ……すごく腰が楽になれた気がするよ」
「そっか☆ なら、良かった☆」
「……」

 そんな事を二人で仲良くやっていると、離れた場所から熱い視線を感じた。
 眼鏡をキランと光らせた女がこちらを見つめている。
 北神 ほのかだ。

「フッ。落ちたな」

 口角を上げて、そう呟く。

 クソがっ。
 誰も落ちてねーわ!

 体育の授業で二時間もミハイルと絡んで……いや、健全な“ストレッチ”を楽しんでしまった。
 彼にやましい気持ちは、無かったようだが。
 俺の股間は素直すぎるほどに、暴れまわってしまう。
 おかげで、更衣室に入ってもなかなか着替えることが出来なかった。
 ズボンを下ろせば、全男子生徒にバレてしまうからな……。
 理性を取り戻すために、しばらく深呼吸を繰り返し、どうにか着替えることが出来た。

  ※

 帰りのホームルームを終えて、各々が教室から出て行く頃。
 机の上に置いてあるリュックサックに、小さな白い手がポンと置かれる。
「タクト☆ 一緒に帰ろ☆」
「ああ。そうだな」

 もうこのやり取りが日常と化している気がした。
 俺の隣りに、こいつがいることが、当たり前のように感じる。
 ダチだから……だろうか?
 ミハイルが一緒にいてくれるだけで、安心する。
 半年以上の付き合いだから、他人みたく変な気を使わなくてもいい。
 何なら、腐女子の母さんより、居心地が良いかもな……。


 二人で仲良く駄弁りながら、校舎を出る。
 長い坂道を降りていると、ジーパンのポケットから、可愛らしい歌声が流れ始めた。
 俺の推し、アイドル声優のYUIKAちゃんが発表した新曲。
永遠(えいえん)永年(えいねん)』だ。

 着信名を見れば……。
 全日制コースに通っている現役JKこと、赤坂 ひなただ。
 その名前を見て、ピンときた。
 今日、学校で会った時に頼んだ写真のことだろう。
 小説のイラストモデルとして、提供してもらうため、俺が彼女に頼んだんだ。

「もしもし?」
『あ、新宮センパイ! お待たせしましたぁ~ 約束の写真、選び終わったんで、今から送信しますね♪』
 選ぶのに数時間掛かると言ってはいたが、本当に半日かかったよ……。
「そうか。悪いな」
『いえいえ。やっぱ私がヒロインなんで、ちゃんとお手伝いしないとですよ~』
 偉くご機嫌だな。
 別に俺が写真を必要としているわけではないのに……。


 電話を切ろうとした際、ひなたに1つ注意を受けた。
 それは送るデータが膨大な為、通信費がアホみたいにかかるかもしれないと。
 一体、何十枚送ってきやがるんだ?
 まあ今日はもう帰るだけだ。
 通信費は白金に経費として、請求すれば、問題ないし。
 歩きながら、適当に写真が受信されるのを待とう。

 ~20分後~

「ピコン……ピコッ! ピコッピコッピコッ!」

 手に持っていたスマホを思わず、地面のアスファルトに叩きつけるところだった。
 あまりのやかましさと、しつこさにぶちギレる。

 今のところ、ひなたから送られてきた写真は120枚以上……まだ終わりが見えない。
 何枚か、ファイルを開いたが、正直大して変わらないアングルや表情の写真ばかりだ。
 もっと絞れよと言いたい。

 だが後半の写真は、制服姿のひなたではなく……。
 日頃、自分で撮ったと思われる写真が多く感じた。

 自宅でたくさんのペットに囲まれて、嬉しそうに笑うひなた。
 クラスメイトのピーチと、ケーキを頬張る写真。
 他にも海辺で家族と仲良く佇む一枚など……情報量が多過ぎる。
 こんなに要らないのに。

 しかし、最後の写真を開いた瞬間、思わず生唾を飲み込んでしまった。

「す、スク水……」

 現役JKのスク水なんて、中々お目に掛かれないので、スマホにグイッと顔を近づて確かめる。

 どうやら、所属している水泳部の競泳水着だ。
 褐色肌で程よく筋肉がついている細身のひなた。
 とても健康的なスポーツ少女だ。
 何かの大会のようだ。
 表彰台の上で、嬉しそうにピースしている。

 ひなたからすれば、大会で一位を獲ったことが誇らしいのだろうが……。
 男の俺が見ると、スク水JKの全身写真。
 つまり、グラビアアイドルと大して変わらない。
 レアな写真だ。たまらん……。

「よ、よし……」

 当初、予定していなかったが、この写真だけはクラウド上にアップロードしておこう。
 いや別に、おかずにするつもりじゃなくて、こんな機会は滅多にないから……ね?
 と、スマホをいじっていると……。

「タクト☆ さっきから、ナニをやってんの?」
 満面の笑みで、ずいっと近寄ってくるのは、ミハイルさん。
 もちろん、2つの大きなエメラルドグリーンは、いつものように輝いていない。
 瞳の輝きは完全に消え失せ、ダークモードだ。
「あ、いや……これは」
「ねぇ? さっきから、ピコッピコッてさ。誰からなの? アンナじゃないよね?」
 ずっとニコニコと優しく笑ってくれるけど、目が笑ってない。
 ここは、嘘をつくと後が怖いぞ……。
 もう正直に話すしかない。

「こ、これはだな。小説に必要な写真なんだ! け、決して嫌らしいことじゃないぞ?」
 自分で言っていて、何故か疑問形になってしまう。

 大人しく、ミハイルにスマホを差し出して、説明を始める。
 彼は「うんうん」と黙って、俺の話を聞いてくれた。
 しかし、スマホの写真をしばらく閲覧したあと……。
 とある写真で、彼の額に太い血管が浮き出る。

「タクトの話だとさ。小説のイラストに使いたいだけだよね? ほのかは、いつもの病気写真で良いと思うよ。個性だからさ☆」
 腐女子は病気じゃないって……。
「お、おお。ほのかっぽい写真だろ?」
「うん☆ ほのかの良さが出てると思う☆ でもさ、ひなたの写真だけ、なんでこんなバカみたいに数が多いの?」
 ひなたという名前が出た瞬間、ドスの聞いた声で喋り始めた。
「そ、それは……ひなたが勝手に送りつけて……。本当は三枚ぐらいでいいんだが」
「じゃあさ、オレが三枚に選んであげるよ☆ タクトって写真選びとか、分かんないでしょ?」
「え……」
「特に、このさ。水着写真は絶対にいらないよね?」
 と、至近距離で脅されたので、俺はもう何も言い返すことが出来なかった。
「はい」
「じゃあ、消去しておくね☆ タクト、良かったね。こんな汚い女子高生の水着写真を持っているとね。今はお巡りさんに児ポ法だったけ? あれで捕まるんだよ?」
「……」

 こうして、ひなたの写真だけ、何故かブレた表情の写真ばかりを選別されてしまうのであった。

 薄暗い部屋の中、モニターの灯りだけを頼りに、検索を続ける。
 今、閲覧しているサイト名は……。
『これなら、女子も大喜び♪ クリスマスイブにヤレること間違いなし!』
 という怪しいサイトだ。
 まあ、主に付き合っている彼女へあげるクリスマスプレゼントを想定しており。
 ズラーッと写真が縦に並んでいる。
 アクセサリーだとか、バッグに化粧品。あとは女物の服。

 普段、見慣れないホームページを見ていて、頭が混乱してきた。
 目がチカチカする。
 かれこれ、3時間ほど女性向けのプレゼントを紹介するサイトばかり、検索しているせいだ。

 プレゼントをあげる相手の誕生日が近いから。
 来月、12月の23日が、“彼と彼女”の誕生日。

「まあ、貰ったからには、ちゃんと返すのが礼儀だよな……」

 デスクチェアに、もたれ掛かって、飲みかけのマグカップに手を伸ばす。
 ぬるくなったブラックコーヒーを飲み干すと、ひとり自室の天井を見上げた。

 思い返せば、生まれて初めて俺の誕生日を祝ってもらったもんなぁ……。
 相手は、男の子と女装男子だけど。
 でも、貰ったものがすごく高価で、尚且つミハイルの心がこもったプレゼントだ。

 あれから毎日、着ている手作りのパジャマと、胸ポケットに入れている万年筆。
 アンナは無職だからと夜なべして、上下セットのパジャマを。
 ミハイルは、わざわざ近所のスーパーで慣れないバイトまでして、高価なプレゼントをくれた……。
 正直、万年筆なんて、アナログなもんは使わんが。

 でも、この2つを身に纏っているだけで、なんだか元気が湧いてくる。
 ハードな執筆活動も難なくこなせてしまうから、不思議だ。
 
「やはり、ここはあれか? ミハイルが得意な料理系のプレゼントで、女の子のアンナは王道のアクセサリーか……」

 そう呟いた瞬間、背後から声が聞こえてきた。

「アクセサリーとか、ナンセンスですわ」

 振り返ると、青ざめた顔をした妹、かなでが立っていた。
 数ヶ月間に及ぶ受験勉強で、頬が痩せこけている。心労によるものだ。
 母さんに勉強を強いられたことが、苦なのではない。
 オナ禁ならぬ、男の娘もの同人を禁じられているためだ。

「か、かなでか……ちょっと、見ないうちにお前、ゾンビみたいな顔になったな」
「ヘッ、どうせ。あと数ヶ月すれば、受験が終わりますわ。そしたら、溜まりきった鬱憤を、男の娘とショタでぶっ放してやりますから!」

 と女子中学生が、拳を作って見せる。
 気になる点といえば、人差し指と中指の間に、親指が挟まれているところだ……。
 今日日、見ない卑猥なジェスチャー。

「そ、そうか……まあ勉強がんばれよ」
「こう見えて、かなでは頭良いので、余裕ですわ。それよりも、おにーさま。プレゼント選びということは、アンナちゃんのですか?」
「ああ……女の子にあげるプレゼントなんて、初めてだから。悩んでいるんだ」
 中身は男だけどな。
「それなら、この正真正銘の女子、かなでに任せてください!」
「え?」
「女の子が一番、喜ぶプレゼントを知っていますわ! 鉄板中の鉄板!」
 と鼻息を荒くするかなで。
 頬はこけているくせに、胸だけは無駄にデカく、腰を屈めたせいで、ブルンと揺れる。
 キモッ。

「それで、お前の考えるプレゼントってなんだ? 参考に聞かせてくれ」
 俺がそう言うと、かなでは腕を組み、自信満々といった顔でニヤつく。
「ズバリ! 指輪……リングですわ!」
「指輪か……確かにドラマとかで、よく見るよな」
 バカな妹が提案したこととはいえ、何故か腑に落ちる。
 しかし、相手は女装した男の子。アンナだぞ?

「う~ん……」
 その場で唸り声を上げる俺に対し、かなでは優しく笑いかける。
「おにーさま。リングをアンナちゃんにあげて、聖夜を楽しんでくださいまし。しっぽりとね♪」
「はぁ?」
「一年分の愛をイブに出しきってくださいまし!」
「……」
 ダメだ、こいつ。受験勉強で頭がイカレてやがる。
 
 ていうか、プレゼントに指輪とか……。
 俺って、完全にアンナをカノジョ扱いしてないか?

 結局、妹のかなでに言われたから……ではないが。
 ミハイルに料理系のグッズ。アンナには指輪をあげることにした。
 まあ、今考えているものなら、間違いないだろう。

 インターネットで注文してもよかったが、やはりここは直接、自分で店に足を運び、選んだ方が良いと思う。
 しかし、一体どこで買ったらいいのか、分からない。
 地元の真島(まじま)じゃ、そんな洒落た店はないし……。
 思いつく場所と言えば、最近なにかと頻繁に通っている博多駅周辺。
 それから、やはり若者の街である天神ぐらいだろうか。

 ぼっちである俺が買い物をしに行くのは、どちらの街も難易度が高い。
 だが、あいつの誕生日だからな。

「よし! 行くか!」

 自身の顔を両手で叩き、気合を入れる。
 そして、スマホとリュックサックを持って家から出ようとしたその時だった。
 手に持っていたスマホから、着信音が流れ出す。
 電話をかけてきた名前は……ロリババア。
 その名を見ただけで、舌打ちしてしまう。

「もしもし?」
『あ、DOセンセイ! 今、暇でしょ?』
 毎回、誰もがこう言うイメージを抱いていることに苛立ちを覚える。
「ハァ? 別に暇じゃないぞ。今から博多か天神あたりに買い物へ行くところだった」
 それを聞いた白金は、すごく驚いていた。
『えぇ!? 万年童貞のかわいそうなDOセンセイが、民度の高い博多と天神へ買い物に行くなんて、福岡に大災害が起こりそうですね!』
「……用がないなら、切るぞ?」
『あ、ありますよ! この前、頼んでおいたヒロイン達……。ひなたちゃんとほのかちゃんの写真は、用意できましたか?』
「ああ。それなら、しっかり許可を得た上で、用意できたぞ」
『それは、素晴らしい! じゃあ今から打ち合わせも兼ねて、博多社に来ませんか? どうせ、買い物もしたいんでしょ?』
「まあ……そうだな」
 白金の使いパシリってのが、気に食わないけど。
 でも、なんか仕事で天神へ行くと思えば、気が楽になった。

『じゃあ、写真を持って久しぶりに博多社でお会いしましょうねぇ~♪ ブチッ!』

 相変わらず、切り方が雑でイライラする。
 この際だ。白金にもちょっとプレゼントについて、相談してみるか。
 あいつも一応、女だし……。

  ※

 天神のメインストリートともいえる、渡辺通りをひとり歩く。
 平日だと言うのに、ここはいつも人でごった返している。
 おしゃれで尚且つ高そうな服を纏い、片手には“スターベックス”のフラペチーノを持ったマダムが、颯爽と通りを歩いて見せる。
 民度が違い過ぎて、死にそう……と思っていたら。
 目の前に場違いなハゲのおっさんが、キョロキョロと頭を左右に振って、何やら探している。
 くしゃくしゃに折れ曲がったメモ紙を持って。

「おっかしーな……ほのかちゃんから、教えてもらったのに」
「え……ほのか?」

 おっさんが発した女の名前に、ついつい反応してしまう。
 級友でもある、変態腐女子だから……。
 俺が「ほのか」と口から発した瞬間、ツルピカに禿げあがったスキンヘッドが、ゆでダコのように真っ赤に燃え上がる。
 どうやら、人の女にちょっかいを出した……と勘違いしているみたいだ。

 振り返ると、すぐさま俺の胸ぐらを掴んで、睨みをきかせる。

「てめぇ……ほのかちゃんに何する気だ!?」
「ぐはっ! リキ。お、俺だ……。マブダチの琢人だろ……」
「あ、タクオじゃねーか」


 喉元を抑えながら、息を整える。
「かはっ! 少しは加減しろ……」
「悪い。まさか、タクオとは思わずな」
 俺じゃなかったら、半殺しに合っていたのか?
 やっぱ、ヤンキーが好きになった相手へ近づくと、ボコボコにされるんだろうなぁ。

  ※

 人のことは言えないが、何故ヤンキーのリキが天神に来ているか、尋ねると。
「俺さ。ほのかちゃんの取材に協力したじゃん。あれが編集部で話題らしくてさ。発売したマンガも爆売れだから、もっとネタを提供して欲しいって、頼まれたんだ」
 なんて、武勇伝のように語られてしまった。
 まあ確かに、ほのかの処女作は100万部も売れたから、他の作家がリキの持っているネタを欲しても、おかしくはないか……。
 でも、正しくは彼のネタではない。
 ネコ好きのおじさんから、提供してもらった体験談だろう。

 つまり、リキはほのかに頼まれて、博多社にあるBL編集部へ向かっている最中だった。というわけだ。
 しかし天神なんて、彼もなかなか来ないため、迷子になっていたようだ。
 ならばと、俺が助け舟を出す。
 どうせ、目的地は一緒なのだから。

「リキ。俺も仕事で、博多社へ向かう途中なんだ。一緒に行こう」
「おお! ありがてぇ! バイクで来たけど、マジわかんねーよ。この街」
「だろうな……」
 分かる分かると、黙って頷く。

 天神って、呪いが掛かっているってぐらい迷路だから。
 方向感覚がバカになっちゃうし。

 仲の良いダチと二人で歩けば、正直そんなに民度の天神も怖くない。
 しばらく渡辺通りを歩いていると、一際目立つ大きなビルが見えてきた。
 ビルの壁を一面、銀色に塗装しており、ギラギラと光って、眩しい。

 自動ドアが開いた瞬間、俺は目を疑った。
 そこには、一匹のウサギが立っていたから……。

「お、お……お帰りなさいませだピョン! 博多社へようこそだピョン!」
「え……」

 可愛らしくロビーから飛び出てきたのは、一人のバニーガール……ではない。
 正しくは、バニーボーイと表現すべきだからだ。
 その証拠に、股間がふっくらと盛り上がっている。
 
 彼は博多社の新しい受付男子、住吉(すみよし) (はじめ)
 れっきとした漢だ……。

 訪れた客が俺と知った瞬間、顔を真っ赤にさせて、ロビーの隅に逃げ隠れる。
「ひぃ! ご、ごめんなさい、ごめんなさい! 新宮さんだとは思わず……BL編集部の倉石さんに言われて、やっていたんですぅ」
「……」

 この出版社は、ろくな大人がいないな。