気になるあの子はヤンキー(♂)だが、女装するとめっちゃタイプでグイグイくる!!!


 あれから一週間が経とうとしていた。
 初めてのマリアとのデートは……メインヒロインであるアンナにより、大失敗となってしまう。
 正直、彼女への罪悪感で胸が締め付けられる。
 
 さすがにまずいと思ったから、毎日マリアへ電話をかけたが、不在ばかり。
 全然、電話に出てくれない。
 何度もかけたが、きっと無視されているのだと思う。

 メールにて謝罪の文章を送ったが……これも反応無し。
 完璧に怒っているな、これは。


 毎朝、スマホをチェックしているが、特に通知はない。
 仕方ないから、朝食を軽く済ませて、俺は地元の真島(まじま)駅へと向かった。
 今日が一ツ橋(ひとつばし)高校のスクリーング日だからだ。

 小倉行きのホームで列車を待っていると、ジーパンの右ポケットに入れていたスマホが振動し始める。
 急いで、スマホを取り出して着信名を確認する。
 しかし名前を見て、ため息が漏れてしまう。

「チッ……もしもし」
『ちょっと! DOセンセイ、なにイラついてんですか? 出てすぐに舌打ちとか……』

 相手が担当編集の白金だったから、ムカついてしまった。

「すまん。ちょっと相手がお前だったから、ガッカリしただけだ」
『え、フォローになってないんですけど……。まあ、いいや。今日はスクリーングの日でしょ?』
「ああ」
『学校前に悪いんですけど。お仕事の話、いいですか?』
「数分ならいいぞ」
『良かったぁ~ 実は、今度“気にヤン”の2巻と3巻が来月に同時発売が決定しまして……』

 それを聞いた俺はすかさず、ツッコミを入れる。

「はぁ!? 早すぎだろ! 入稿したの、ついこの前だろが!」
『いやぁ、編集長がアホみたいに売れているから、ブームに便乗しろってうるさいんですよぉ』
 クソが……俺の他作品はそんな扱いしなかったくせに。

「わかったよ……。で、俺への要件ってなんだ?」
『DOセンセイに直接のお仕事ってわけじゃないんですけど。ご協力をお願いしたいんです』
「協力?」
『ええ。今回のヒロインとなる現役JKである、ひなたちゃん。それから、腐女子のほのかちゃんの写真を提供して欲しいんです。イラストのモデルとして必要でして……』
「なるほど」

 絵師であるトマトさんが必要としているということか。
 メインヒロインであるアンナは、正体を隠しているから、モデルはギャルのここあに差し替えられてしまったが……。

『やっぱりダメですかね? DOセンセイのカノジョ候補になる大切な女の子たちですから……』
 俺はそれを聞いて、即答した。
「いいぞ。何枚いるんだ?」
『は、早っ! アンナちゃんの時はあんなに嫌がったくせに……。腐女子のほのかちゃんなら、まだしも……。ひなたちゃんの写真をトマトさんに貸すの、ためらいとかないんですか? おかずにされるかもですよ!』
 トマトさんってそんなに信頼できない男なのか?
 しかし、自分でもよく分からないが、何故かアンナ以外の女子なら、情報を差し出すのに抵抗はないんだよなぁ……。
「トマトさんがそんなことするわけないだろ……。あの人、好きな女の子? がいるし」
 相手がここあだから、疑問形になってしまった。
『へぇ。そうだったんですか。でも、本当に写真提供、許していいんですか』
「ああ、許可は本人達が決めることだ。俺じゃない。ま、大丈夫だろ。アンナはダメだけどな」
『な~んか、アンナちゃんだけ特別扱いしてません? DOセンセイ』
「いや。それはない。もう電車に乗るから、切るぞ」

 話はまだ終わっていなかったが、一方的に電話を切ってしまう。
 白金に全てを見透かされているような気がしたからだ……。

「アンナだけ……か」

 列車に入ってもしばらく頬が熱く、近くに座っていた女子高生の視線が気になった。
 別に嫌らしい目つきではなく、同族……。
 片想い同士、共感しているような顔つき。
 その証拠に相手も頬が赤い。

 違う、俺はノン気だ……。
 だから、そんな目をしないでくれ。

『次は席内(むしろうち)~ 席内駅でございます~』

 車掌のアナウンスで、意中の人物との再会することに気がつく。
 彼が住んでいる地元だからだ。

 プシューっと音を立てて、自動ドアが左右に開いた。
 視線を下にやれば、白く長い美しい脚が二本並んでいる。

「おはよ☆ タクト」

 ニカッと白い歯を見せて、元気に笑うミハイル。
 前回のスクリーングとは大違いだ。
 きっと、マリアのパイ揉み事件を克服したからだろう。

「ああ……おはよう」

 ただ挨拶を交わしただけ、だと言うのに……視線を逸らしてしまう。
 つい先ほど、白金に女装した彼のことを、特別視していると指摘されたからだと思う。
 ずっと頭の中は、アンナでいっぱいだった。
 今のこいつ……ミハイルは男だって言うのに、目を合わせれば、頬が熱くなり、緊張してしまう。

 違う。
 こいつのファッションが悪いんだ。

 今日だって、11月に入ったのに。
 相変わらず無防備なデニムのショートパンツ。
 トップスは肩だしのニットセーターにタンクトップ。
 足もとこそ、ボーイッシュなスニーカーだけど……。

 金色の長い髪は首元で結い、纏まりきらなかった前髪は左右に分けている。
 エメラルドグリーンの大きな瞳を輝かせて、ニコニコ笑うその姿は、どんな女よりも可愛い。

「タクト? どうしたの?」

 見入ってしまった俺を不思議に思ったようで、前屈みになり、顔をのぞき込む。
 自然と胸元の襟が露わになる。
 中にタンクトップを着ているとはいえ、もう少しで彼の大事なモノが見えそうだ。

「な、なんでもない! 早く、隣りに座ったらどうだ!」
 つい口調が荒くなってしまう。
 照れ隠しのために。
「うん……変なタクト」

  ※

 俺の隣りにピッタリとくっついて、嬉しそうに笑うミハイル。
 やはり、この前のデートで自信が回復みたいだな。
 まあ……代わりにマリアのダメージがデカく残ってしまったが。

 車窓から陽の光りが差し込んでくる度に、ミハイルの耳元がキラッと輝く。
 違和感を感じた俺は、彼の小さな耳に触れてみた。

「なんだ、これ?」

 親指の腹で感触を確かめてみたが、結構硬い。
 よく見れば、反対側の耳にも同様の小さな装飾品が付けられていた。

「ひゃっ!? い、いきなり、なにすんだよ! タクト!」
「あ、すまん……なんか見慣れないものが耳についていたから、“できもの”かと思った」
 俺がそう言うと、彼は頬を膨らませる。
「違うよ! これはピアスなの!」
「ピアス? なんでまた、そんなもん付けたんだ? 男なのに……」
 その一言で彼の怒りのスイッチが入ってしまう。
「男とか女とか関係ないじゃん! カワイイから付けたかったの!」
「お、おお……確かに性別は関係ないもんな。すまん」
「分かってくれたなら、いいけど……」

 しかし、何故今になって彼がピアスを付けたのか、俺には理解できなかった。
 別にイヤリングでも、いいんじゃないかと思って。

「なぁ。ピアスを付けてるってことは……耳に穴を開けたってことだろ? そこまでして付ける必要性があったのか?」
 俺がそう言うと、彼は急に視線を床に落とし、頬を赤くする。
 もじもじして、ボソボソ喋り始めた。
「だ、だって……イヤリングより、ピアスの方がカワイイのいっぱいあるから。それで穴を開けたんだ」
「なるほど。ピアスの方が種類が多いってことか……」
「うん☆ ここあから聞いて、それでアンナと一緒に開けたんだ☆」

 言っていて、寂しくない?
 一人で開けたのに、友達アピールとか……。

「ピアスを開けるって言うと、やっぱりアレか? 耳の裏に消しゴムを置いて、安全ピンでブッ刺して、開けるのか?」
「そんなこと、するわけないじゃん!」
「え? 違うの?」
「ちゃんとした病院で手術したの! タクトみたいなやり方で開けたら、ばい菌とか、化膿とか、色々トラブルが多いんだよ!」
「悪い。知らん」
「だから、麻酔とかしてくれるお医者さんにやってもらった方が安全だし、手術のあと、穴が埋まったりしないし。慎重にしないとね☆」
 
 なんて、ウインクしてみせるミハイル。
 ヤンキーのくせして、そういうところは、めっちゃ慎重なんだね。
 根性焼きみたいな感じで、グサグサ刺して、開けまくるのかと思ってた。

 教室へ入ると、ただならぬ気配を感じた。
 
 ナチュラルショートボブのめがね女子、北神 ほのかが入口の前で立ちふさがっていたからだ。
 冬に入り、衣替えってことでいつものファッションはやめたようだ。
 といっても、中退した高校の制服だが。

 白いブラウスとプリーツが入った紺色のスカートは、そのままで。
 グレーのベストに、スカートと同系色であるジャケットを羽織っていた。

 本当に年がら年中、制服を使い倒す気なんだな、こいつ。


 いつもなら、鼻息を荒くして、BLか百合の話を押し付けてくるのに、今日のほのかはどこか元気がない。
 その場で突っ立って、頬を赤くし、俯いている。
 妙にしおらしい。

 顎に手をやり、チラチラと俺の顔を見つめる。

「お、おはよ。琢人くん……」
「ああ、おはよう。ほのか」
「……」
「?」

 謎の沈黙が続く。

 そして、彼女から熱い視線をビシビシと感じる。
 一体、何がしたいんだ?
 ていうか、教室の入口でずっと二人、見つめあっているから、気まずいんだけど。

 ミハイルが俺の背中から、顔を出してほのかに声をかける。

「ほのか、おはよう☆ どうしたの? 元気ないな」
「う、うん……」

 彼から声をかけられて、返答こそするものの、視線はずっと俺に向けたまま。

「あの……琢人くん。実は……話があるの」
「俺に? なんだ?」
「ここじゃ、言えないよ」
「は?」
「二人きりでしか、話せないことなの……」
 と身体をくねくねして、恥じらう腐女子。

 後ろで話を聞いていたミハイルが、一連の会話を聞いて身を乗り出す。

「ハァ!? なにそれ、ほのか! もしかして、こ、告白なの!?」
「そう、かも……」

 いや。この変態のことだ。
 絶対、そんな女らしい発想に至るわけがない。
 何か裏があるな……。


 とりあえず、告白と勘違いしているミハイルを、俺は落ち着かせる。
 一旦、廊下に出て、彼に俺なりの解釈を説明してみた。

「ミハイル。ほのかの言う告白は多分、俺を好きって意味じゃないと思うぞ」
「え、ホント!?」
「ああ。多分、彼女の趣味に関係するものだ」
 俺がそう言うと、ミハイルは小さな手のひらをポンッと叩く。
「あ! そうか、例の病気だな!」
「ま、まあ。そういうことだろうな……」

 彼の中で、BLという性癖は1つの症例なんだね。
 腐女子が可哀そう……。
 
  ※

 俺とほのかは、三階の教室へと上がった。
 スクリーングに使われるのは、二階の教室が主で。
 一ツ橋高校は100人にも満たない生徒たちだから、3クラスあれば、事足りる。
 日曜日だし、教室棟の3階は今、誰も使用していないということだ。

 だから、ここを選んだ。
 以前、全日制コースの福間(ふくま) 相馬(そうま)に言いがかりをつけられたのも、この場所だ。


 静まり返る教室の中、お互いの顔を見つめあう。

「……」

 やはり、何か今日のほのかは、おかしい。
 頬も赤いままだし、仕草が女の子っぽく感じる。
 本当に俺のことが好きなのか……?
 こいつが真っ当に恋愛できる人間とは思えんが。

「なぁ、そろそろ、話してくれないか? ホームルームもあるし」
「う、うん……。じゃあ言うね。私の本当の気持ちを……」
 瞳はどこか潤って、色っぽく感じる。
 思わず、俺も生唾を飲み込む。
 何を言い出すか、予想がつかないからだ。
「よし。言ってくれ」
「わ、私……実は……。初めて見た時から、琢人くんのこと、ずっと……気になっていたの!」
「え……マジか?」
「本当だよ。一目惚れってやつなのかも。入学式の時に出会って以来、琢人くんのことが頭から離れなくてね……」
「……」

 これ、マジの告白なのか。
 ウソぉ……困るんだけど。いろんな意味で。

 困惑する俺を無視して、ほのかの告白は続く。

「あなたのことがずっと好きだったの! これが私の本当の気持ち!」
「えぇ……」

 生まれて初めて? 女の子から告白されたのに、全然嬉しくない。
 だって、ゴリゴリの腐女子で変態のほのかだぜ……。
 むしろ吐き気を感じてしまった。

 生まれて初めて告白された女の子が、腐女子……。
 言葉にならなかった。
 
 なんなんだ、これ。
 母さんの呪いか?

 好きだと言われて、俺はなんて断れば良いんだ?
 わからん……今までほのかが、俺に惚れる要素がどこにあったというのか。
 それに、以前こいつの好みを聞いたが、特に当てはまるところは、ないはず。


 困惑する俺を無視して、ほのかの告白はまだまだ続く。

「あのね……琢人くん。私ってちょっと変わった女の子じゃない?」
「まあな」
 ちょっとどころじゃない、変態さんだけどな。
「実はもう一人、好きな男の子がいるの……」
「え……?」

 彼女が「男の子」という言葉を発した瞬間。
 一気に血の気が引く。
 俺の周り……いや、ほのかの交友関係で、男の子と言える年の若い雄は一人しか、思いつかない。

「み、ミハイルくんのことも出会った時から……ずっと好きだったの。きっと、一目惚れだと思う」
「は……ハァッ!?」

 思わず、ブチギレてしまった。

「私って罪深い女よね……同時に二人の男の子を好きになるなんて……」
 なんて言いながら、教室の窓に近づき、運動場を眺める。
 こいつ、一体なにを考えていやがるんだ。

 しかし……それよりも、俺は怒っていた。
 別にこいつが誰を好きになろうと構わない。
 二股でも自由にしたら良いだろう、知らんけど。

 俺が一番、許せないのは……。

 気がつくと、俺は叫んでいた。
「ふざけるな! あいつは……俺のミハイルだ! 誰にもやるか!」
 あくまでダチって、意味なんだけど。
 大事な友人がそんな風に軽々しく想われるのは、嫌だったのだと思う。
「琢人くん……。やっぱり、あなたとミハイルくんって、ただならぬ関係だったのね。私が少しも入れないような……濃密な関係」
「へ?」
 怒りも通り越して、アホな声で答えてしまう。
「前々から、思っていたの。二人はいつも一緒だし、出会ってすぐにお弁当とはいえ、“唾液交換”する間柄……だからこそ、好きなの!」
「な、なにが言いたいんだ……ほのか」
 そう問いかけると、彼女はふくよかな胸の上に、手をのせて深呼吸する。
 大きく息を吐きだしたあと、こう言った。

「ごめんなさい! 尊い二人が好きで、めちゃくそ絡めちゃったの!」
「は……?」

  ※

 ほのかの告白というのは、ただの創作活動における話だった。
 つまりBLのことだ。
 俺とミハイルが好き……というのは、あくまでも“素材”として。
 なんて紛らわしい奴だ。

 俺にカミングアウトしたことで、緊張は解け、いつもの彼女に戻る。
 鼻息を荒くして、激しく絡み合った表紙のBLコミックを見せつけてきた。

「これこれ、見てよ! 私が描いた作品、ついに商業デビューしたの!」
「え……ほのかって、確かうちの出版社で預かり扱いだったよな?」
「うんうん。それでね、リキくんの取材とかを元に描いたネームを持って行ったら、編集長の倉石(くらいし)さんが出版してくれたの。作画は他の先生だけどね♪」
「そ、そうか。なんか知らんが、良かったな」

 
 半ば強制的に、ほのかの初商業作品を渡されてしまった。
 タイトルを見れば……。

『ゲイの国 福岡オムニバスクラブ』


 酷い作品名だ。

 パラパラとページをめくって見る。
 ほのかが隣りで、一々説明してくるのがウザい。

「これねぇ。リキくんと仲の良いおじさんから聞いた体験談なんだ♪」
「……」

 確かに言われると、描写が妙に生々しい。
 腐女子の妄想だけでは、描けないリアルを感じる。

 そして、肝心の俺とミハイルの話まで読み飛ばすと……。

 サブタイトルは。
『ヤンキーくんがオタクに恋をした』

 まんまだな……。

 出会いはほぼ、俺とミハイルの間に起きた出来事を忠実に再現していた。
 しかし、違うところがあると言えば、その立場だろう。


『タクトが悪いんだ。オレのことをカワイイとか言うから……』
『だからって、やめてくれ! こ、こんな……』
『いいじゃん。タクトのお尻が良すぎるんだもん。オレ、もう我慢できないよぉ☆』
『あああっ! い、痛いっ! もう12回目だぞ、ミハイルッ!』


「……」

 クソがっ!
 なんで、俺が受けなんだよ!
 百歩譲っても、攻めの方にしろよ……。

 しかも、この漫画のミハイル。
 おてんてんが、デカすぎる……。
 実物はすごく可愛らしいサイズだというのに。妄想だから仕方ないけど。
 まあ、本物を知られたら、危険だから、このままにしておこう。

 知らない間に俺とミハイルが、汚されちゃったよ……。
 まあ、あくまでも創作物だから、大目に見てやるか。
 こちらに直接、危害があるわけでもないし。

 しかし、改めて表紙や絵のタッチを見ていると、どこか見覚えがある。
 ネームこそ、ほのかが描いたらしいが、この漫画家さんはかなり上手い。
 BLに詳しくないけど、何故か記憶にある……うーむ、どこかで見かけたのかな。

 ほのかに尋ねてみた。

「なあ、この作画を担当した人って、有名な漫画家さんか? どこかで見たことあるんだが……」
 俺がそう言うと、鼻息を荒くし、熱く語り始める。
「さすが琢人くん! よく気がついたわね。この作家さんは、まだ無名の新人だったけど、とあるインフルエンサーのおかげで、バズったのよ! それでBL編集部からスカウトされたの!」
「い、インフルエンサー? 誰だ?」
「BL界の四天王が一人。ケツ穴 裂子さんよ! あの御方のお目に叶うと書籍化、重版間違いなしなの!」
「……」

 それ、俺の母さんだよ。とは言えなかった。

 話を更に詳しく聞くと、作画を担当したのは、以前コミケで母さんが爆買いしたサークル“ヤりたいならヤれば”の同人作家さんだったらしい。
 確かに腐女子の界隈では、ケツ穴 裂子という読み専は有名人のようだ。
 そして、母さんがその作品を拡散すれば、商業デビューできたり、アホみたいに売れるらしい。
 
「琢人くん。実は私もツボッターでケツ穴さんに拡散してもらったのよ! 『変態女先生は才能ある』って。だから、めっちゃ売れたのよ! 処女作なのに!」
「えぇ……ちなみに、どれぐらい?」
「100万部!」
「……」
 俺も母さんに拡散してもらった方がいいのかな?
 でも、BLなんかと、一緒にされたくない。

  ※

 ほのかの告白は、しかと受けとめた……つもり。
 だが、どうしても許せない部分が1つだけある。
 それは俺が作中、受けにされているところだ。

「なぁ……ほのか。なんで、俺を受けにしたんだ?」
 そう問いかけると、彼女は真顔で即答する。
「え? だって、琢人くんって、絶対受け属性だもん」
「ハァ!?」
「気がついてなかったの? 琢人くんってさ。なんか色んな人や物事に文句とか、喧嘩腰に見えるけど……。基本は優しいし、押しに弱いでしょ。だから、私の中では受けかな♪」
「ウソだろ……?」
「ホント、ホント♪ ノン気ぶっても、界隈に入り込んだら、ズル剝け間違いなしの逸材だと思うよ♪」
「……」

 俺ってそんな風に見られていたの?
 嫌だ、絶対に嫌だっ!
 認めたくない……もし、ミハイルとそういう関係になったとしても、絶対に俺は攻めだ!

 ひとりで頭を抱えていると、ほのかが優しく肩を叩いてきた。
「そんなに難しく悩んじゃダメだよ、琢人くん」
 ニッコリと笑って見せる、ほのか。
 誰のせいで、こんなに悩んでいると思っているんだ。

「俺は……受け身じゃないぞ、ほのか。それだけは認めたくない」
「まあまあ、今すぐハッキリしなくても良いんじゃない? “リバーシブル”って可能性もあるし♪」
 その言い方だと、もう俺がそっち界隈に向かうの決定じゃないか。
「クソ。俺、ノン気なのに……なんでそんな風に見られるんだ……」
「琢人くんも往生際が悪いなぁ。じゃあ、試してみる? 攻めか、受けか」
「え?」
「簡単なテストで、琢人くんがどっちかすぐに分かるよ♪」
 (わら)にも(すが)る思いで、ほのかの手を掴む。
「頼む! 俺は全否定したいんだ、やってくれ!」
「オッケー♪」

  ※

 ということで、急遽、ほのかによるテストが始まった。
 彼女の説明によると、今から1つの指示を出すと言う。
 俺がそれに従えば、すぐに判明するらしい。

「琢人くん、ちょっと私に背中を向けてくれる?」
「え? こうか?」
 黙って、彼女に背を向けた瞬間だった。
 肛門に衝撃が走る。
 ジーパン越しとはいえ、なにか太くて硬いものを突っ込まれたようだ。

「痛ってぇ!」

 振り返ってみると、にんまりと微笑むほのかが、俺の尻にマジックペンの先っちょを、突っ込んでいた。
 上目遣いで、怪しく微笑む。
 眼鏡をキランと輝かせて。

「ほらぁ。やっぱ、受けじゃ~ん」
「なっ!?」

 ほのかは尻からマジックをひっこ抜くと、今行ったテストの結果と説明を始める。
「いい、琢人くん。このテストは、その人が受動か能動かを確かめるものよ」
 なんて人差し指を立てて、嬉しそうに語る。
 人のケツに、躊躇なくブッ刺しやがって……。
 尻をさすりながら、俺は反論する。
「なんで、そうなるんだ? ほのかが『背中を向けろ』って言ったから、それに従ったまでだろ」
 それを聞いたほのかが、鼻で笑う。
「私は言っただけよ? 黙って従ったのは琢人くんじゃない。反抗もできたはずよ。つまり相手の言いなり……だから受けよ。攻めなら、私に『なんでだ?』って問い詰める可能性があるわ。それにこのマジックだって、奪い取れたしね♪」
「そ、そんな……」

 彼女の言うことも、あながち間違っていないような気がする。
 この俺が受け属性だと?
 み、認めたくない……。

 俺はほのかに受けだと、決めつけられ、ちょっとした放心状態に陥っていた。
 それを見た彼女は、満足そうに微笑む。

「まあ、焦らずにじっくりとミハイルくんのために、お尻でも開発しておけば、良いと思うよ♪」
 クソが! 他人事だと思って……。
「ほのか……一旦、この話はやめよう。チャイムもなりそうだし……あ、そう言えば、お前に頼みたいことがあったんだ」

 担当編集の白金に頼まれた表紙や挿絵用のモデル写真。
 俺はそのことをほのかに説明すると、快く承諾してくれた。
 誰もいないし、この教室内で写真を撮ることにした。
 俺は自身のスマホを手に持って、ほのかにレンズを向ける。

「じゃあ、撮るけど……本当にそのポーズでいいのか?」
「うん! これが一番、私らしいと思うの♪」
「そうかもしれんが……」

 満面の笑みで、こちらを向いてくれているのだが……。
 両手にたくさんのBLコミックを扇子のように、広げている。
 まあ……腐女子だから、個性が出ていいのかな?

 数枚、写真を撮り終えると、ちょうどチャイムが鳴った。
 俺たちは急いで、スクリーングが行われる二階へと駆け下りる。
 教室の引き戸に手をかけた際、ほのかが俺の肩をポンポンと叩く。
 振り返ると、彼女が「忘れものだよ」と自身の作品、『ゲイの国 福岡オムニバスクラブ』を二冊、差し出す。

「え、俺に?」
「うん♪ だって、素材に使ったし。琢人くんとミハイルくんの絡み、かなり人気だから。取材協力っことで。二人へのプレゼントかな」
 誰がお前の取材に協力したよ……。
 勝手に絡めたくせに。
 でも、一応受け取っておくか。

「すまんな……」
「気にしないで。ミハイルくんと仲良く読んで、参考にしたら、もっと嬉しいな。あ、もし琢人くんが“開通”したら、教えてね」
 この野郎……。

 しかし、この作品をミハイルに読ませたら、ヤバいことにならないか?
 純真無垢な彼だから、今まで性への知識が少ない。
 特にモデルが、俺とミハイル自身だ。

 彼が攻めという概念をインプットしてしまえば、愛情表現の1つとして、試したがるかもしらん……。
 それだけは、避けたい。

 恐怖から、俺はほのかのBLコミックを両方、家に持って帰ることにした。
 母さんにでも渡しておこう。

  ※

 授業が始まっても、ずっと頭に入らなかった。
 隣りに座るミハイルをチラチラと見つめては、想像してしまう。
 こんな可愛い奴が、俺を攻めるだと?
 有り得ないだろ……。

 だが、考えてみれば、俺は過去に別府温泉で事故とはいえ、リキにお尻処女を奪われたことがある。
 このことは、まだミハイルも知らない。
 女装したアンナにも言えることだが、彼という人間は、俺との初めてを大切にする奴だ。
 それこそ、この前のパイ揉み事件なんか、宿敵であるマリアと入れ替わってまで、復讐の鬼になっちまった……。

 じゃあ、リキの事故も同じように憤慨するのではないだろうか?
 ちょっと、想像してみよう。


『え……タクト。リキにお尻を掘られたの!? 初めてなのにっ!』
『すまない』
『イヤだっ! オレ以外の奴と初めてをするなんて……そうだ、汚れを落としてあげる!』

 そう言って、俺のズボンを無理やり下ろすミハイル。
 もちろん、自身が履いているショーパンも脱ぎ捨てる。
 重なる肌と肌……。
 立ったまま後ろから抱きしめられたが、身長差があるから、幼い子供が親に甘えているように見える。

『や、やめろ。ミハイル! 俺たち男同士のマブダチだろ?』
『関係ないよ! タクトの汚れをちゃんと落とさないと……う~ん、ここからどうするんだろう。オレ、分かんないよぉ……』
 

 イマジネーション、終了。
 結果は……めっちゃ可愛かった。
 逆に俺の方が興奮してしまう。
 その証拠に、股間がパンパンに膨れ上がってしまった。
 隣りのミハイルに気づかれないよう、必死に机へと押し付ける。
 
 挙動不審な俺に気がついたのか、彼がこちらに視線を向ける。

「どうしたの? タクト☆ なんか、今日はずっとオレのことばかり見てるけど☆」
 何も知らない彼は、エメラルドグリーンの瞳をキラキラと輝かせている。
「い、いや……その俺たち、ずっとマブダチだよな?」
「当たり前じゃん。オレとタクトの邪魔する奴が出てきたら、ぶっ飛ばしてあげる☆」
「それって、リキでもか?」
「う~ん……無いと思うけど。もし、オレとタクトの初めてを奪ったら、許さないかな☆」
「……」
 
 別府温泉の事故は墓場まで持って行こう。

 俺はほのかのせいで、かなりBLの影響を受けていた。
 常に脳内で、ミハイルとの絡みばかりを想像してしまう……。
 もちろん、裸体でだ。

 ほとんど、彼が攻めになってしまうが、知識が乏しいので、寸前で行為を止めてしまう。
 それがまた初々しくて、愛らしい。
 自ずと、俺の股間は爆発寸前であり、常にカチコチ。
 机に擦りつけて、どうにか午前の授業を終わらせた。

 名誉は守られたのだ……。
 しかし、元気すぎる股間のコイツは、未だに沈静化してくれない。
 お昼休みに入り、ミハイルが「一緒に弁当を食べよ」と言ってくれたが、トイレに行くと告げて、逃げるように教室から出ていく。
 前のめりで、コソコソと廊下を歩いていると……。

 全日制コースである三ツ橋高校の制服を着た女子高生が目に入った。
 一人は活発そうな、ボーイッシュなショートカット。
 赤坂 ひなただ。
 その隣りで喋っているのは、チャラそうな小ギャル。
 派手なピンク色に染め上げた長い髪を、後頭部で1つに丸くまとめている。

 真っ黒な頭のひなたとは、大違いの校則違反だ。
 化粧も濃ゆいし、カラコンやつけ爪。
 どこかで見かけた顔だな……。

 一生懸命、思い出していると、ひなたが俺に気がつき、声をかけてくる。

「あ、センパ~イ! 久しぶりですね♪」
 偉くご機嫌に見えた。
 ニコニコと笑って、俺に手を振る。
「おお……久しぶり」
 なんでか、分からないが……ひなたの姿を見た瞬間に、股間の熱が冷めてしまった。
 治まったことから、良かったんだけども。
 女を見ると、沈静化するコイツって、一体……。
 
「今日はスクリーングですか?」
「まあな……そうだ。ひなたに実は頼みたいことがあるんだ。お前の写真を何枚か、撮らせてくれないか?」
 今度の小説に使うモデル写真のためだ。
「え、しゃ、写真!? 私の身体を撮って、ナニをする気ですか!?」
 俺が答える前に、右の頬を一発、平手打ち。
 ひなたの得意技ですね。
「いって……」
「そ、そういうことは、付き合った恋人同士がするもんですよ!」
「ひなた。お前、なにを勘違いしているんだ……」
 頬をさすりながら、呆れていると、近くに立っていたピンク頭の女が間に入る。

「ひなたちゃん。スケベ先生はそういう意味で、言ったんじゃないっす。小説のためっす」
「え……小説? ていうか、なんでピーチちゃんが、センパイのことを知ってるの?」
 思い出した。
 俺のコミカライズを担当した新人漫画家、筑前(ちくぜん) (ピーチ)だった。
 ちなみに、ラノベ版の絵師。トマトさんの妹でもある。
 そういえば、三ツ橋高校に通う現役JKだったな……。

「自分っすか? スケベ先生とは、ただのパートナーっすよ。恋愛感情とかないっす。昔から推してる人なんで」
 勝手に二人で話を進めだした。
 ていうか、スケベ先生ていうの、やめてよ。
「ぱ、パートナー!? 恋愛感情がないのに? それに昔からって……何年前から?」
 あら、ひなたってば、また勘違いが暴走してない?
「えっと……スケベ先生とは、インターネット上で出会って、確か10年ぐらい前からだったと思うっす。自分が一目惚れして、勝手に推してるんで……。マジ、リスペクトしてるっす」
 それを聞いたひなたは、何を思ったのか、肩を震わせて、拳を作る。
「じゅ、十年前って……ピーチちゃんが幼女の頃じゃん」
「そっすよ。スケベ先生はマジでカッコイイんで。自分は人生を捧げてもいい、って思えるレベルっす。身体をボロボロにされても、余裕っす」
 と親指を立てるピーチ。
 彼女が話すことは、全て創作活動におけるものだが……。
 ひなたにとって、勘違いを更に助長させてしまう、説明になってしまったようだ。

 顔を真っ赤にさせて、俺の方に顔を向けると、ギロっと睨みつける。

「センパイ、最っ低!」
 そう言って、腫れてない方の頬をもう一発、平手打ち。
「いってぇ!」
「幼女の時からパパ活するとか、この超ド変態のロリコン! 死ねばいいのに!」
「えぇ……」
 
 こいつも想像力が豊かだなぁ。
 ていうか、ひなたに会う度、殴られている気がする。

 ピーチが詳しく説明して、なんとか、ひなたの誤解はとけた。
 自分の兄であるトマトさんが、イラストを描く時、モデルがいないと上手く描けないことも、補足してくれた。
 だから、ヒロインの一人であるひなたの写真が必要だと。

 それを聞いたひなたは、機嫌を取り戻し、嬉しそうに笑う。

「なぁんだ。そんなことか♪ 私もヒロインですからね、写真は必要ですよね」
 散々、人をブッ叩いておいて、よく言うよ。
「いいのか? 無理しなくてもいいぞ?」
「撮りますよ! 撮らせてください! 新宮センパイとの取材がいっぱい詰まった作品になるんですから~♪」
「そ、そうか……」


 それから、ひなたは自分のスマホをピーチに渡して、その場で撮影会を始める。
 こっちは何も言ってもないのに、色んなポーズ、角度で写真を撮りまくる。
 一々、ピーチに「加工して」だの「盛って」だの。要求が多い。
 だがどんな注文でも、撮影するピーチは、「ちょりっす」と言って、淡々と撮り続けた。


 撮り終わって、すぐに提供してもらえると思ったが……。
 厳選した写真を渡したいので、数時間後になると言われた。
 一体、何十枚くれる気だ?

  ※

 ひなたとピーチに礼を言って、彼女たちに背を向ける。
 もう少しすれば、午後の授業も始まるからだ。

 教室の方へ戻ろうと、廊下を歩いていたら……。
「あ、タクト☆ お昼ご飯も食べずに何をしてたの?」
 とミハイルが近寄ってきた。
 エメラルドグリーンの瞳をキラキラと輝かせて。
「ちょっと、野暮用でな……」
「ヤボ? なにそれ? 教えて☆」
 そんなことも知らんのか……。
「野暮ってのはな」
「うんうん☆」
 低身長だから、仕方ないのだが、上目遣いでグイグイと迫られるので、対応に困る。
 せっかく、沈静化した股間がまた動くと大変だ……。
 ここはちょっと話題を変えよう。
 彼と距離を取れるようなこと……そうだ。

「なあ、ミハイル。ちょっと頼みがあるんだけど、いいか?」
「え? オレに? なんでもいいよ☆」
「その……一枚、写真を撮ってもいいか?」
 言っていて、顔から火が出そうだった。
 女装しているアンナなら、女の子扱いできるけど、素のミハイルは完全に男だからな。
 恥ずかしくて仕方ない。
 
 俺の問いに、ミハイルも激しく動揺していた。
「お、オレの写真を!? いきなり、どうして……」
 顔を真っ赤にさせて、目を丸くしている。
「いや……今まで、ミハイルの写真はちゃんと撮ったことないだろ。だから、思い出というか。その……」
 言い出しっぺの俺が、緊張してしまう。
 まるで、告白する男子みたいだ。
 その緊張がミハイルにまで、伝わっているように感じる。
 彼もカチコチに固まってしまう。

「お、思い出か……そ、そうだね。ならいいかも。で、でもさ……ホントにオレなんかでいいの?」
「え……どういう意味だ?」
「女のアンナじゃないし、可愛くないもん。それにオレは……男だよ?」
 そう指摘されたことで、俺も脇から大量の汗が滲み出るのを感じた。
 彼の言う通りだ。
 男にカメラ目線で写真を一枚求めるなんて、気持ち悪いこと……なのかもしれない。

 やはり……俺が間違っていた。
「そ、そうだよな。悪い、無かったことにしてくれ」と苦笑いするはずが。

 俺は黙って、ジーパンのポケットからスマホを取り出す。
「ミハイルの写真だから、欲しいんだ。マブダチのお前だからだ」
 自分でも驚いていた。
 こんなに恥ずかしいことをスラスラと喋っていることに。
「オレだから……なの? じゃあ、うん。と、撮ろうか☆」
 今までに見たことないぐらいの優しい笑顔だった。
 アンナの時よりも……可愛く感じるほどに。
 
  ※

 写真を撮ると言っても、アンナの時ほど余裕がない。
 お互いにだ。
 ガニ股で格好悪く立つ俺と、廊下の壁にもたれるミハイル。
 彼も頬を赤く、視線は床に落としたまま。
 落ち着かないのか、首元から垂れているポニーテールを撫でている。

 なんて、可愛いんだ。そして、絵になる。

「タクト……早く撮って。誰か来たら恥ずかしいよ」
「おお……だが、ミハイル。こちらを向いてくれないと、撮れないぞ?」

 そう指摘すると、彼は潤んだ緑の瞳を俺に向ける。

「こう?」
「バッチシだ」

 一枚。
 たった一枚の写真を撮るだけだと言うのに、物凄く長い時間を感じた。
 そして、俺は撮った写真をすぐに、クラウド上へとアップロードする。
 この写真は、もう二度と撮れない気がしたからだ。
 大事にしたい……そう思えた。

 ただ、その後の俺たちはしばらく、目を合わせることができずにいた。

「「……」」

 なんでか分からないが、事後のような恥ずかしさを感じていたから。
 経験したことも、ないくせに。

 午後の授業は体育だ。
 かなり、久しぶりに感じるな。

 一旦、校舎から出て指定された場所、武道館まで向かう。
 もちろん、隣りにはミハイルもいるのだが……。
 先ほどの写真撮影が恥ずかしかったようで、えらく大人しい。
 頬を赤くしたまま、黙って地面ばかり見ている。

 こりゃ、悪いことしたかな? と彼の横顔をチラ見する俺も大して変わらない。
 親友とは言え、男が男に写真を求めても良いのだろうか……。
 今、考えてみると……かなりヤバい行動だったのでは? そう、思い返していた。
 異性だとしても、一緒にツーショット写真を撮るのなら、分からないでもないが……。
 被写体がミハイルだけっていうのが……まるで「お前だけを撮りたい」と告白したようなもんじゃないのか?

「「……」」

 結局、二人とも黙り込んだまま、武道館へとたどり着いた。
 地下に降りて、更衣室へ入る。
 ロッカーに荷物を入れたら、すぐに体操服へと着替え始める。

 以前、宗像先生が全日制コースの生徒たちから、無断で体操服をパクったので、本来なら私服でもOKなのだが、仕方なく見知らぬ名の制服を着用している。
 もちろん、ミハイルもだ。
 ただ、彼の場合……サイズの問題で、下半身は女子のブルマだが。

  ※

 着替え終わると、武道館の中央に、のろのろと一ツ橋高校の生徒たちが集まり出した。
 しかし、何やら様子がおかしい。
 今日の予定表では、午後の授業は2時間、体育をする予定だった。
 確か種目は、バスケットボールをやるはず……。
 でも、肝心のバスケットコートが誰かに使われている。

 全日制コースの三ツ橋高校の生徒たちだ。
 どうやら、バスケット部の部員みたいで、他校と試合をやっているようだ。

「回せ、回せ! 絶対、負けるなよ!」
「おっしゃ! ドンマイ!」
「全国行くぞ! 俺たちはキセキの世代だからな!」


「……」

 呆然と、彼らの熱い試合を眺める陰キャ達。
 対照的にニヤニヤと嫌らしく笑うのは、ヤンキー共だ。
「こいつら、全然なってねーわ」とバカにしている。
 まあ、かく言う俺もバスケに興味とか、全然ないから、どうでも良いんだが……。

 チャイムが鳴り響くと、武道館の入口から、ツカツカと音を立てて、一人の女性がこちらに向かってくる。
 宗像先生だ。
 頼んでもないのに、俺たちと同様の体操服を身に纏っていた。
 アラサー教師でブルマ姿とか、見たくない。
 サイズが合ってないから、ハミパンしている……紫色のレースが丸見え。

「お~い! 一ツ橋の生徒たちは私の前に集まれ~!」

 先生に呼ばれて、黙って従う。言うことを聞かないと、後が怖いから。

 俺たちが先生の前に集合すると、歯切れ悪そうにこう話し始めた。
「悪いが、今日のバスケットボールは中止だ。急遽、三ツ橋の親善試合が決まったからな」
 またか……前も、全日制コースの都合で、場所を変えられたもんな。
 生徒たちから、冷たい視線を感じた宗像先生は、咳ばらいをして、話題を変える。
「まあ、前にも言ったように、本校はここの校舎を使わせてもらっているに過ぎない。なので、こういうことは、幾度もあるだろう。我が校が彼らに合わせるしかない。ということで、今日はマット運動に変更する」

 えぇ……いきなり、授業のレベルが高校生から小学生以下に落ちたような気がする。

  ※

 宗像先生の指示のもと。
 俺たちは、武道館の一番端っこ……。つまり壁に沿って、一列に運動マットを並べた。
 運動と言っても、簡単なストレッチぐらいだ。
 特に先生も、「あれをしろ、これをしろ」なんて命令は出さない。

 要は適当にマットの上で、二時間過ごせと言うことだ。
 俺たちは所詮、通信制だから授業にさえ、参加すれば単位はもらえる。
 簡単な授業にしなければ、やる気のないヤンキーが辞めてしまう恐れもある……。
 だから、こんなおままごとレベルじゃないと、一ツ橋高校は経営が成り立たない。

 当然の如く、俺はミハイルとペアを組む。
 いつものことだし。
 この頃には、もう元の二人に戻っており、彼も笑顔で接してくれた。
「なあ、タクト☆ オレって、ストレッチが得意なんだ☆」
「ほう。初耳だな」
「今やるから、見ててよ☆」

 そう言うと、ミハイルはマットの上に尻を乗せ、股関節を左右に広げる。
 細く長い二本の足が、縦に真っすぐ伸びた。

「どう? スゴいだろ☆ タクトもこれができる~?」
「あぁ……お、俺には無理そうだな」

 確かに彼の身体が、柔らかいことにも驚いていたいたが。
 それよりも、正面から見ている俺からすると、とある部位が際立って見えてしまう。
 股関節を綺麗に広げきった事により、紺色のブルマが強調されているのだ。
 真ん中には可愛らしい、ふぐりがちょこっと顔を出して……。

「ごくんっ……」
 
 思わず、生唾を飲み込んでしまう。
 彼からしたら、無意識のうちにやっている行為なのだろうが、これは辛い。
 今、ここにスマホがあったら、俺はきっと連写モードと録画を交互に繰り返して、しまうのだろう……。
 
 くっ! これだから、ミハイルモードは嫌なんだ。
 無防備すぎる。

 せっかく、沈静化した股間がまた暴れ出しそうだ……。

気になるあの子はヤンキー(♂)だが、女装するとめっちゃタイプでグイグイくる!!!

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