いつか、出会ってしまうとは思っていたが……。
こんな早くに遭遇するなんて、俺には想像できなかった。
部外者だと言うのに、勝手に高校へ侵入するし。
全日制コースの女子高生たちの胸を揉みまくり、アンナを探すなんて……。
マリアを敵に回すと怖すぎ。
彼女がその場を立ち去ってから、ずっとミハイルは黙り込んでいた。
ショックを受けたのも事実だろうが、それよりもマリアへの怒りを抑え込むのに必死みたいだ。
とりあえず、午後の授業が始まるから、俺は彼に教室へ戻るように促す。
「ミハイル。あ、あの……とりあえず、授業に出よう」
「わかってるって!」
俺にキレなくても、いいじゃん。
足早に廊下を歩くミハイルを追いかけようとしたその瞬間だった。
背後から、肩を掴まれる。
それも、物凄い力でだ。
「いてて……」
振り返ると、ニコニコと笑うひなたの姿が。
だが、目が笑ってない。
これは……絶対に怒っている顔だ。
「センパイ。久しぶりに取材しませんか?」
「え……」
「マリアちゃんの胸を触ったなら、手が汚れているでしょ? 新宮センパイの身体を浄化しておかないと♪」
これは逆らえば、怖い。
「わ、分かった」
※
結局、その後もミハイルは黙り込んだままで、俺が何を言っても答えてくれなかった。
怒っているのは分かるが、一体、彼が何を考えているのかが、分からない。
ただ、俺に対して怒っているのではなく、マリアへの憎しみとだけは、理解できる。
その日のスクリーングは、静かに終わりを迎えた。
帰りの電車でも、無言。
ミハイルの地元である席内駅に着いて「バイバ~イ☆ タクト☆」と、天使のスマイルはもらえず……。
「じゃあな、ミハイル」
と声をかけても。
「……」
俯いたまま、駅のホームへと下りて行った。
こりゃ、重症だな。
※
後日、ひなたから電話がかかってきた。
次の取材についてだ。
『新宮センパイ、今度の日曜日に久しぶりの取材をしましょ♪』
この前、マリアに出会って機嫌が悪いと思っていたが。
偉くご機嫌な彼女に驚く。
「構わんが……どこへ取材に行く?」
『それなら、私もう決めておいたんです! ほら、前に水族館へ行った時。アンナちゃんにデートを邪魔されたじゃないですか~』
「ああ、あれね……」
もう少しで、アンナが人殺しするところだった回ね。
『私が動物好きって言ったでしょ? なら、誰にも邪魔されないで取材できる場所があるんですよ!』
「誰にも邪魔されない場所……。どこだ?」
『その、ちょっと恥ずかしいんですけど……』
「なんだ? ラブホか?」
『ち、違いますよ! 私の家です!』
「へ……?」
彼女が言うには、ペットを自宅で飼っているので、遊びに来ないかというお誘いだった。
なんだ、至って健全な取材だな。
正直、女の子の家に行くって、結構レアなイベントだと思っていたが。
小学生以下のレベルだな。
これなら、アンナも怒らないだろうと、俺は彼女の提案を承諾した。
そして、電話を切った直後、すぐにスマホのベルが鳴る。
流れ出した音楽は、アイドル声優のYUIKAちゃんの新曲。
『永遠永年』
う~ん、癒されるぅ~
着信名は、アンナだ。
『もしもしぃ☆ タッくん?』
お。あれ以来、連絡なかったのに、機嫌が良いな。
「ああ。久しぶりだな。アンナ」
スクリーングの時も話してくれなかったら、俺までテンションが上がる。
『この前は泣いちゃって……ごめんね』
「いや、こっちこそ悪かったな。傷つけて」
『ううん。いいの。アンナも落ち込んでいられないから☆』
やっと仲直りできた気がして、俺もホッとする。
『ところで、タッくん。今度の日曜日、空いてる? この前さ、なんか悲しい最後だったから、また取材したくて☆』
「ああ、それならもちろん……」
ヤベッ。日曜日はひなたと取材する約束で埋ってた。
せっかく、仲直りできたのに。
バレたらまた彼女の機嫌を損ねる。
「あのな……実はその日、仕事が入ってるんだ。悪い。また次回で良いか?」
自分で喋っていて、なんて歯切れが悪いんだと感じた。
『しごと? タッくんが?』
急に声が低くなった!
疑われているよ~
「そ、そう! ちょっと、編集に頼まれてな。参ったよ、ハハハ!」
毎度毎度、すまん。白金。
『ふーん、小説の取材なのかなぁ? どこに行くの?』
「えっと……梶木辺りです」
恐怖から、正直に答えてしまった。
しかし、梶木と言っても広いからな。
ひなたの自宅を見つけるのは、容易ではない。
俺が行く場所だけを知らせると、アンナは声が明るくなる。
『そっか☆ 分かった。タッくんはお仕事なんだから、絶対に邪魔しないよ☆ アンナ、宗像先生と約束したし☆』
「あぁ……仕事なので、配慮してくれると幸いです」
『任せて☆ アンナはタッくんの味方だから!』
俺の味方ってことは……他の女たちは全員、敵ってことですよね?
日曜日、ひなたに言われた通り、俺は梶木駅で降りて彼女を待つ。
駅の前には、大きな鳥居がある。
なんで、駅舎に建てられたのかは知らんが……。
きっと近くに『梶木宮』という古い神社があるからだろう。
スマホで時刻を確認すれば、『10:40』
約束の待ち合わせ時間より一時間近く遅れているぞ。
駅の前で一人立っているのもしんどい。
だって、民度が高い梶木の人間たちが目の前を歩いているからな。
着ている服もブランド物が多いし、高々商店街に買い物へ行くだけなのに、洒落た格好しやがって……。
俺の地元、真島なんて、おばあちゃんばっかだぞ!
と、地域差に憤りを感じていると、足音が近づいて来た。
その方向に目を向けると、一人の少女が嬉しそうに走っている。
デニムのミニスカートに白のニットセーターを着た活発そうな女子。
トップスに合わせて、足元も同じく白のスニーカーだ。
ボーイッシュなショートカットには、カチューシャをつけている。
シンプルなデザインで、色はブルー。
これもデニムに合わせたものか……。
偉く気合の入ったファッションだと、上から下まで眺める。
すると、その女の子に肩を思い切り叩かれる。
「も~う! センパイ! なに人のことジロジロ見ているんですかぁ!」
言いながらも満面の笑みだ。
「いや……なんか今日はいつも違うなと思ってな」
俺がそう言うと、ひなたは頬を赤らめる。
身体をくねくねさせて、「ホントですか」と俺の顔をチラチラ見る。
「ああ。その頭、髪飾りだろ? 普段は何もつけてないじゃないか」
「か、髪飾りって……センパイ、ホントにおっさん臭いですね!」
恥じらったと思えば、怒り出す。
「すまん。俺にはよくわからんが、似合ってると思うぞ」
「え……」
目を丸くするひなた。
そして、俺に小さな声で囁く。
「良かった」
何が良いのか、サッパリ分からない俺は首を傾げる。
「どうした? 慣れない髪飾りをつけて、偏頭痛でも起きたか?」
「もう! 最っ低!?」
そして、一発ビンタを頂く。
な、なんで……?
※
ひなたは怒って俺を叩きはしたが、終始ご機嫌だった。
梶木の街を案内してくれ、「この店、最近オープンしたばかりなんです」と嬉しそうに紹介する。
セピア通りを曲がり、キラキラ商店街を抜けて、国道3号線に出た頃。
海辺の近い梶木浜が見えてきた。
ここ最近、高層マンションが多く建設されたこともあって、民度は高くなるばかり。
要は金持ちが住む街ってことだ。
つまり、ひなたもそのセレブの娘。
だって目の前にそびえ立つ高層マンションが、それを物語っているもの。
見上げるけど、最上階が下からじゃ見えない。
ひなたが言うには、42階建てらしい。
そうまでして、天空の城に近づきたいのか……。
マンションに入ると、まるでホテルのような広いエントランスが見えた。
そして、しわが1つもないピシッとした制服を着用した若い男性が、奥に立っていた。
カウンターの後ろで、礼儀正しくお辞儀する。
「赤坂様、おかえりなさいませ」
どう考えても、このお兄さんの方が年上だと言うのに。
頭を下げられたひなたは、軽く手を振る。
「あ、ただいま~」
マジで、この子。お嬢様だったの?
俺とひなたはエレベーターに乗り込む。
彼女は鼻歌交じりで、一番上のボタンを押した。
つまり、このマンションの最上階という事だ。
それだけ値段もお高いんでしょうねぇ……。
ポンッ! と音を立てて、目的地である階に着く。
驚いたことに、このフロアは一軒しか存在しない。
エレベーターの扉が開いたら、すぐに表札が見えた。
開いた口が塞がらない俺を放って、ひなたは玄関の前に立つ。
ドアの持ち手を、人差し指で軽く触れてみる。
すると、あら不思議。簡単にドアの鍵が開いた。
「な、なにが起きたんだ!?」
「え? 玄関ってこうして開けるでしょ」
「そんなわけあるか!? 鍵を使って開けるだろ!」
俺がそう指摘すると、ひなたは少し考えこんだ後。
手のひらを叩いて、何かを思い出す。
「ああ、これのことですか?」
そう言って、俺の前に差し出したのは、小さな端末だ。
「なんだ……これは」
「うち、ハンズフリーなんで、これさえあれば。家に入れるんですよ♪」
「……」
圧倒的な格差!
俺もこの家に住みたいよぉ……。
※
ひなたの家は、予想以上に広かった。
玄関から廊下を抜けると、異常なほどにだだっ広いリビングがお出迎え。
キッチンも最新のシステムキッチンだし、ふかふかのソファーがあるし。
本当にお嬢様なのね。
俺が自身の貧困レベルを再度確認できたところで、部屋の奥からタタッと足音が近づいてきた。
「ワンワンッ!」
大きな犬種だ。
ゴルーデンレトリバーか?
飼い主であるひなたへ、猛突進。
ちょうど、彼女の股間あたりに顔を埋める。
「ハハハッ! ピエール、元気にしてた?」
嬉しそうに、犬の頭を撫でるひなた。
このピエールってのが、彼女の言うペットか……。
なるほど、確かに見ていて、可愛いな。
だが、次の瞬間。
更に部屋の奥から、無数の鳴き声と共に、フローリングを激しく蹴る音が聞こえてきた。
「うおっ!」
現れたのは、10匹ほどの様々な犬種。
大型犬から小型犬まで。
あっという間に、リビングは犬で埋め尽くされてしまう。
ひなたを中心にして、皆おすわりする。
「へっへっ」
と舌を出して、飼い主の帰宅を喜んでいた。
なんか俺は、疎外感を感じて、数歩後退りする。
「ジャン、ミシェル。ロバートにジョン。トミーとケヴィン。アンソニーもビルもショーン。ただいま~!」
よくそれだけ、名前をつけたな。
てか、オスしかいないのか。
メスがいなくて、発情期が大変そう。
ん……でも、最後の一匹は?
「それに、敏郎!」
俺は思わず、その場でずっこけてしまった。
なんで、最後の子だけ渋い日本名なんだよ……。
しばらく、俺とひなたはリビングでたくさんの犬たちと戯れていた。
飼い主以外の人間が、この家に現れたのは、初めてらしく。
最初は警戒していたが、俺とひなたが雑談する姿を見て、安心したようで。
10分後には、膝の上に何匹も座り込み、寝だす犬までいやがる。
ま、可愛いから許すが。
そうこうしているうち、廊下の奥から何やら物音が聞こえた。
誰かが家に入ってきたようだ。
初老の男が一人、俺の前に立つ。
黒い髪は全てポマードでオールバックにしており、太い眉と口ひげが特徴的だ。
着ているスーツも恐らく、ブランド物。
身なりからして、相当なやり手のビジネスマンと言ったところか。
鋭い目つきで、上から俺を睨んでいる。
恐怖から敬語で挨拶してしまう。
「こ、こんにちは……お邪魔しています」
「君はひなたの、なんだね?」
ドスの聞いた低い声で、問われた。
「え……あ、あの学校の……友達ですが?」
俺がそう答えると、「フン」と言ってリビングから去って行った。
謎のおっさんに脅える俺を見て、隣りにいたひなたが、クスクス笑う。
「センパイ。なに緊張しているんですか?」
「え……あの人、怖すぎだろ。誰だ?」
「私のパパですよ♪」
「マジか……お前のお父さんって、ヤクザじゃないよな? インテリ系の」
ひなたは腹を抱えて笑う。
「ハッハハ! 違いますよぉ。ただの社長ですって!」
「……」
こいつ、今ただの社長って言ったよな?
ただの社長が、こんな高級マンションに住めるのか。
めっちゃ金持ちなんだろな。
※
今日が日曜日だから、普段忙しい両親は自宅に帰ってきたらしく。
昼ご飯を頂くことになった。
4人掛けのテーブルに、俺とひなたは並んで座る。
奥のシステムキッチンで、ひなたママが一生懸命、料理を作っていた。
テーブルに次々と並べられる豪華なメニュー。
カルパッチョ、パスタにピッツァ。それから、アクアパッツァ。
と横文字をスラスラと紹介してくれるひなた。
言っていて、舌嚙まないの?
俺が自宅へ遊びに来たことが、よっぽど嬉しかったようで、ひなたは終始、ご機嫌だった。
「新宮センパイ! いっぱい、食べて行ってくださいね♪」
「おお……でも、なんだか悪いな。せっかくの家族団らんな時間を奪っているようで……」
と視線を前に向ける。
さっきから、ずっと熱いまなざしを向けられているからな……。
ひなたパパだ。
スーツから、ルームウェアに着替えたとはいえ、ダンディな顔つきは変わらない。
ギロッと鋭い目つきで、俺の顔を睨んでいる。
テーブルの上に肘をつき、指を組む。
「……」
黙って、俺とひなたの会話を聞いているようだ。
超、怖い。
あれじゃないか? 初めて娘が男を自宅に連れてきたので、怒っている典型的なお父さんの。
※
「センパ~イ、パスタのソースが口についてますよぉ~」
「へ?」
「もう~ お子ちゃまなんだからぁ」
言いながらも、嬉しそうにハンカチで俺の口もとを拭いてくれる神対応。
しかし、目の前にいるパパさんは別だ。
眉間に皺を寄せ、身体をブルブルと震わせている。
手に持っていたフォークとナイフがテーブルに落ちるほどだ。
ママさんが俺とひなたのやり取りを見て、優しく微笑む。
「あらぁ~ ひなたがこんな女の子らしいことするなんてねぇ。よっぽど新宮くんのことが気になるのねぇ、ふふふ。ねぇ、あなた」
と話をパパさんに振る。
「……」
何も答えてくれない。
その手に持っているナイフで、俺は刺されるの?
「もう! ママぁ~ やめてよぉ! 私だって、女の子なんだからぁ!」
頬を膨らませて、恥じらうひなた。
だが、そんなことよりも、顔面を真っ赤にして、興奮気味のパパさんが気になる。
「ふぅ……ふぅ……」
絶対、怒っているだろ。
気がつけば、恋人同士ってぐらい、俺とパパは見つめあっていた。
正しく表現するのなら、恐怖で目が離せないだけなのだが。
「あ、あの……パパさん?」
俺がそう言うと、何を思ったのか。
テーブルの上にあったグラスを手に持ち、「乾杯しないか」と言う。
その提案に乗っかって、俺もオレンジジュースが入ったグラスを宙に掲げる。
しかし、グラスが重なることはなく。
代わりに紫の液体が、俺の顔面へと直撃。
香りからして、アルコール。
ワインだな。
「おっと……すまんな。新宮くん」
謝ってはいるが、絶対わざとだろ。
クソ。お気に入りのタケちゃんTシャツが、ワインで汚れちまった。
すぐにひなたとママさんが、タオルを持ってきたりしてくれたが。
ワインをぶっかけた本人は微動だにせず、じっと俺の汚れた顔を睨んでいた。
「新宮くん。すまないことをしたね。その格好じゃ帰ることはできないだろう。洗濯してあげるから、お風呂に入りなさい。私とね……」
「えぇ……」
俺、風呂の中に沈められるのかな。
急遽、ひなたの家で風呂に入ることになった俺氏。
真っ白でカビ1つないキレイなバスルームに二人の男が向かい合って、浴槽に浸かっている。
ラブコメ的な展開なら、相手は女子高生であるひなたが、バスタオルを巻いて。
「センパイ、お背中流しますね♪」
と期待していたが……。
目の前にいるのは、ひなたちゃんのパパさん。
ひなたから、彼の年齢は50歳と聞いていたが、ボディビルダーのような屈強な肉体だ。
そして、剛毛。
胸毛がもじゃもじゃ。
腕を組み、ジッと俺を睨んでいる。
「……」
かれこれ、30分間はこの沈黙が続いている。
一体、なにがしたいんだ? このお父さんは……。
仕方ないので、俺から話しかけてみる。
「あ、あの……パパさん?」
太い眉毛がピクッと動いた。
「新宮くん。私はね、ひなたを大事に育ててきたつもりなんだ」
「えぇ……そんな風に見えますよ」
この流れだと「だから娘に近づくな」的な感じで怒られるんだろな。
「私たち夫婦は中々、子宝に恵まれないでね。やっと生まれてくれたのが、ひなたなんだ」
「はぁ」
「妻も年だから、次の子は生めなくてね……」
一体、俺は何を聞かされているんだ。
パパさんの話はまだまだ続く。
「私という人間は、曲がったことが大嫌いなんだ。妻しか愛せない男なのだよ。でも、赤坂家の跡取りは欲しいんだ。だからといって、妾とか、不倫とか、ダメだろ?」
「ど、どういうことですか?」
「ううむ。当初、妻のお腹に赤ん坊が出来た時、私は絶対に男が生まれると信じていた。しかし、生まれたのは女の子のひなただ」
「?」
「だから、私はひなたを赤坂家の跡取りとして、男のように育ててしまったのだよ」
「はぁ?」
思わず、アホな声が出てしまう。
大の男同士が、素っ裸でなにを話し合っているんだ。
パパさんは、咳払いをして、俺の肩を掴む。
「新宮くん! 君に赤坂の男になってほしいんだ!」
「……なんですって?」
「だから、ひなたを嫁にもらって……いや、君が欲しいんだ! 赤坂の息子になって欲しい!」
「ちょっと、言っている意味がわからないんですけど」
その後、詳しい事情をパパさんから聞いたが。
夫婦が高齢のため、ひなたしか産めなかったから、悔いがあるそうだ。
そして、赤坂と言う家は、ああ見えて、福岡の有名な武将の子孫らしい。
だからパパさんは、跡取りが欲しいが。男勝りなひなたでは、婿を迎え入れることは、不可能だと思い込んでいたようだ。
しかし、最近になってから、急にファッションやアクセサリーなどに変化があり。
両親から見ても、好きな男が出来たと感じていたらしく。
少しでも早くその相手を見たくて、仕方なかったそうな……。
「新宮くん! 聞けば、君は作家なのだろう!」
「まあ……あんまり売れてないですけど」
「売れてようが、売れてまいが関係ない! 大事なのは君の繫殖能力だ!」
そう言って、俺の股間をダイレクトに掴む。
「ヒッ!」
思わず悲鳴をあげてしまう。
「うむ! 実に若々しい。君ならば、必ずひなたを落とすことができるだろう」
「えぇ……」
「今晩、泊っていきたまえ! 既成事実を作ってから、結婚しても良いじゃないか」
俺は呆れていた。
年上の親御さんとはいえ、正直に言いたかった。
「お前、バカだろ」って。
その後もひなたのパパから、あれこれ説得された。
自分の経営している会社の社長にしてやるとか。
その会社で働いても、なにもしなくていい。
小説でも書いて遊んで暮らせばいい。
大事なのは、娘のひなたと子作りすることだ……。
特に男子が欲しいだとか。
長い間、湯船に浸かったこともあってか、俺はのぼせていた。
フラフラになりながら、先に脱衣所へ向い、ママさんが用意してくれたパジャマに着替える。
俺の着てきた服は、今洗濯して乾かせているらしい。
リビングに戻ると、ひなたが一人でテーブルに座っていた。
ルームウェアに着替えて。
タンクトップとショートパンツの露出度高めなやつ。
聞けば、自身もシャワーを浴びてきたとか。
この家には、他にもバスルームが2つあるらしい。
なんて、お金持ちなんだ……。
確かに俺がこの家へ婿入りしたら、素晴らしいセレブ生活が送れるんだろうな。
そんなことを考えていると、テーブルに置いていた俺のスマホが鳴り出す。
手に取って、画面を確認すれば。
相手は、「アンナ」だ。
「いっ!?」
まさかとは思うが、ここ、梶木に来ているのか……。
恐る恐る電話に出ると。
『もしもし、タッくん?』
「はい……そうですが」
恐怖から敬語になってしまう。
『今ね。アンナ、梶木にいるの☆ タッくんのお仕事、そろそろ終わる頃かなって☆』
近くにあった時計を確認すれば、既に夕方の6時。
彼女の言う通り、普通の取材であれば、終わってもいい頃だ。
「アンナ……実はちょっと、予定があって。泊りの仕事になってな」
そう言うと、彼女の声色が急変する。
凍り切った冷たい声。
『なんで?』
怖っ!
「そ、その……えっと……」
一生懸命、言い訳を考えてみるが、なにもいい案が思いつかない。
しどろもどろになっていると、近くにいたひなたが、それに気がつく。
「センパイ? 誰と話しているんですか?」
自分の物みたく、パシッとスマホを奪い取る。
そして、画面を見て、一言。
「チッ……ブリブリアンナじゃん」
彼女のとった行動は、スマホの電源ボタンを長押し。
つまり、強制シャットダウン。
「お、おい! まだ通話中だったのに!」
しかし、ひなたはスマホをショートパンツのポケットに押し込み、ニコリと笑う。
「センパイ♪ ダメですよ、女の子の家へ取材に来たんだから、集中しないと♪」
「いや……電話ぐらいさせてくれても……」
ひなたは笑顔で断言する。
「絶対にダメです♪ パパから聞きましたよ♪ 今日はお泊り回なんでしょ?」
「はい……」
「ちゃんと取材してくださいね。そうじゃないと小説に使えませんよ? 私に集中してくださいね♪」
「……」
アンナさんがこの周辺を徘徊していないか、怖くて集中できないんですけど。
「恥ずかしいから、あんまり部屋の中をジロジロ見ないでくださいね」
とひなたは頬を赤くして、扉の前で恥じらう。
「大丈夫だ」
「私の部屋、あんまり女の子らしくないから……センパイにがっかりされたくないな」
なんて唇を尖がらせる。
しかし、両親が同じ部屋で泊れと、命令してきたのだ。
ここで泊るしか、あるまい。
パパさん曰く、「間違いがあっても構わん。むしろ起こしてくれ」だが。
俺としては、板挟みで息が詰まりそうだった。
目の前のひなたに、どこかを徘徊しているアンナ。
ギギっと扉がゆっくり開かれた。
何故か、部屋の中は真っ暗だ。
俺がひなたに灯りをつけるように頼む。
すると、そこには衝撃の光景が……。
バッサバッサと音を立てるのは、止まり木から俺を睨む大きなフクロウ。
それも三匹。
柔らかいクッションフロアをくねくねとうごめく、無数のヘビ達。
そして、ガラガラとうるさいのは、ゲージの中で回し車をまわすハムスター。
他にもインコ。フェレット。チンチラにトカゲ。ハリネズミ……。
ちょっとした動物園よりも、ペットの数が多すぎる。
「……」
俺は言葉を失っていた。
これのどこが女の子らしくない、部屋なんだ。
もう、男女関係ないだろ……。
当の本人は、足をくねくねさせて、恥じらっているが。
「ね、女の子らしくないでしょ? この部屋に入ったの、センパイが初めてなんです」
「そうか……嬉しいよ」
こんな動物園。確かに男女関係なく、入れたくないだろう。
ていうか、入りたくない。
だって、今も俺の足元を無数のヘビさん達がまとわりつくんだもん。
「センパイ……ホントに今晩、私の部屋に泊るんですか?」
瞳をキラキラと輝かせるひなた。
きっと。一晩、同じ部屋で寝ることに緊張しているのだろう。
「ああ。泊るよ……」
今にもヘビに噛まれそうで、怖いから。
※
同じ部屋で泊ると言っても、ひなたは大きなプリンセスベッドでご就寝。
大好きなペット達と、一緒に夢の中。
可愛らしいフェレットが、布団に入り込むほど、飼い主が大好きなようだ。
俺はと言えば。床に布団を敷いてもらい、ひなたの隣りで寝ることに。
ひなたは、嬉しそうに「今日はいい夢が見られそう」と言っていたが。
すぅすぅと寝息をたてる彼女とは対照的に、俺はギンギンと目を光らせていた。
暗い部屋の中、一人で天井を見上げる。
若い女の子とひとつ屋根の下で、おねんねするからじゃない。
夜這いとか、そんな余裕は一切ない。
俺の布団の中に何人ものお客さんが、入り込んでいる。
先ほどのヘビさん達だ。
どうやら、珍しい男の客である俺を気に入ったらしく。
ずっと、俺の身体にまとわりついている。
何匹もだ。
時折、枕元に顔を出してきて、舌をチロチロと出す。
そして、ペロペロと首筋をなめてきた。
「あっ……」
冷たくて、ちょっと気持ち良いかも。
このあと。ヘビさんたちと、一晩中仲良しさせていただきました。
一睡も出来なかった……。
可愛いヘビちゃん達が俺を寝かせてくれなかったから。
ずっと、首筋をペロペロ舐めて、愛撫され続けた。
そりゃあ、誰だって興奮して眠れないだろう。
緊張し過ぎて……。
「うーん! よく眠れたぁ~ あ、新宮センパイ。おはようございます♪」
お姫様ベッドで背伸びをする、ひなた。
対して、俺は身動きが取れずにいた。
たくさんのヘビちゃん達で、重たいからだ。
それに嚙まれそうで怖い。
「おはよう……」
「あ、センパイ。ヘビちゃん達とすっかり仲良くなれたみたいですね♪」
「う……うん」
※
ひなたに「朝食を食べて行かないか」と誘われたが断った。
寝不足だし、リビングにはたくさんの犬でうるさいから、休めない。
帰り際、ひなたのパパさんに声をかけられた。
大きな紙袋を1つ持って、差し出す。
「新宮くん。これ、お土産だから持って帰ってくれないか?」
「はぁ……ありがとうございます」
「いやいや、そう気を遣わなくても良いのだよ。君はもう我が子のようなものだ」
そう言って、ニコリと笑う。
このおっさん。俺のことを種馬みたいに思ってない?
「じゃあ、センパイ! また学校で会いましょうねぇ~」
玄関から手を振るひなた。
俺はエレベーターに乗る際、手だけ振ってあげた。
疲れから、声を出すのもしんどかったからだ。
エレベーターの中に入ると、パパさんから貰ったお土産が気になった。
やけに重たく感じる。
袋の中を開いて見ると、3つの箱が入っていた。
1つ取り出し、包装紙を破ってみる。
『赤坂饅頭』と書いてある。
どうやら、あのパパさんが経営している和菓子店のようだ。
本当に金持ちなんだな。
いろんな会社を経営しているとは……。
どんな饅頭か、気になったので、蓋を開けてみた。
すると……。
「いっ!?」
見た瞬間、血の気が引く。
だって、予想していた和菓子なんて、どこにも入っていなかったから。
箱に入っていたのは、ただの紙切れ。
いや、福沢諭吉さんという偉人がプリントされた紙幣だ。
見たこともないぐらいの束。
これは……100万円だ!
生まれて初めて見る札束に、腰を抜かしそうだ。
「あのおっさん……なにを考えているんだ」
箱の隅に小さなメモ紙を見つけた。
何か書いてある。
『未来の息子である新宮くんへ。これはほんの気持ちだから、気にしないでね♪』
お気持ちってレベルじゃねー!
俺の遺伝子を金で買うってか……。
最後にもう一言。
『お母さんと妹さんがいると聞いたから、三人分のお土産を入れておいたよ。今度はみんなで我が家へ遊びにおいで。ていうか、もうみんなで一緒に暮らそう♪』
「……」
10代の若者が、一晩で300万円も手にしちまったよ。
どうしたら、いいの? これ。
エントランスから出て、ジーパンのポケットからスマホを取り出す。
ひなたの家にいる間はスマホを起動できなかったからな。
昨晩、アンナが梶木をウロウロしていたことも、気掛かりだ。
マンションから出て、アンナに電話をかけようとした瞬間だった。
付近の階段に人影を感じた。
華奢な体型の女?
長い金色の髪は首元で2つに分けている。
セーラーカラーのワンピースを着て、階段に腰かけている。
心なしか、背中がぶるぶると震えているように感じた。
こちらに気がついたようで、振り返る。
「あ……た、た、タッくん」
歯をカチカチと鳴らしながら、笑うのは……。
「アンナ! お前、なにやってんだ! こんなところで!」
思わず叫んでしまった。
急いで、彼女の元へと走る。
肩に触れてみると、服越しとはいえ、冷えきっていた。
長袖のワンピースを着ているが、既に11月も近い。
朝は冷え込む。
「た、た、タッくん……お、おはよ☆」
ニッコリと笑って見せるが、元気がない。
顔は青ざめているし、小さな身体は震えっぱなし。
「どうしたんだ、アンナ。まさか、一晩中ここで俺を待っていたのか!?」
「うん☆」
「……」
ヤンデレにも程がある。
※
とにかく、冷えきった彼女の身体を暖めるため、俺は近くの自動販売機で、コーヒーとカフェオレを買ってきた。
ホットの方だ。
甘いカフェオレは、アンナに飲ませて。
俺用に買ったブラックコーヒーは、飲まずに彼女の頬にあててあげる。
「あったか~い☆」
なんて喜んでいるが……。
俺は彼女の行動力に震えあがっていた。
どうやって、ひなたの自宅を特定したんだ?
その疑問を彼女にぶつけてみると……。
「え? ひなたちゃんの家? アンナ、一週間ぐらい前から梶木を歩き回っていたんだ☆」
「そ、それで……どうやって分かったんだ?」
「商店街のおばあちゃんとか。パン屋のお姉さんに、『ショートカットの女子高生来てますか?』って一軒ずつ尋ねたの☆」
探偵かよ。
「それだけで、ひなたの自宅がわかったのか?」
「うん☆ ひなたちゃんがよく行ってる、ペットショップがあってね。そこの店長がよく餌とか配達してるから、住所をコソッと見てきちゃった☆」
きちゃった☆ じゃないだろ……。
普通に犯罪だし、ストーカーだ。
アンナは特に悪びれるわけでもなく、むしろ誇らしげに語る。
「でもね。ちゃんと約束は守ったでしょ☆」
「え?」
「宗像先生に『お互いの取材を邪魔したらダメ』って言われたから、マンションの中には一歩も入らなかったよ☆」
「……」
俺ってそんなに信用できないのかな?
「ところでさ。なんで、ただの取材が泊りがけになったの?」
ずいっと顔を近づけて、笑う。
しかし、目が笑ってない。
怒ってるよ……その証拠に、エメラルドグリーンの瞳から輝きが消え失せてるもん。
また、いつもみたいにブラックホールのような底知れない闇を感じる。
「あ、あの……動物と泊ってきただけです」
「どんな?」
「ヘビです……」
「なんで、動物と泊るの? それって取材なの?」
「はい。一応、取材です……」
「一応ってなに? あとタッくん。お風呂入ってない? 石鹸の香りがプンプンするよ。誰と入ったのかな☆」
もう許して!
俺はこのあと、彼女に弁解するのに、数時間を要した。