気になるあの子はヤンキー(♂)だが、女装するとめっちゃタイプでグイグイくる!!!


 俺とあいつが出会ったのは桜舞い散る頃だった……。

「おい、お前! さっきオレにガン飛ばしたろ?」
 あいつはいわゆるヤンキーで、初対面の俺にケンカを売ってきた。
 俺が勘違いじゃないか? と答えたが、あいつはそんな答えでは満足しない。

「じゃあ……じゃあ、なんでオレの方を見てた!」
 あいつは入学式だというのに、肩だしのロンT。中にはタンクトップが見える。そして、ショーパン。
 という……露出の激しい格好で来やがった。
 正直いって俺のどストライクゾーンだった。

「かわいいと思ったから」
「……」

 一言。そのたったひとことが俺の失敗でもあり、はじまりでもあった。
 
「オレは……オトコだぁぁぁぁぁ!」
「へ?」

 そうしてあいつは、俺めがけて奇麗なストレートパンチをお見舞いした。

「な、なにをする! 初対面の人間に向かって!」
「うるせぇ! お、お前がオレに……オレにか、かわいいとか言いやがるからだ!」
「かわいいと思ったことが何が悪い!」

 あいつが男だとは思えなかった。
 声も女のように甲高いし、見た目は100パーセント、女だ。

 俺だけがそう見えていたのかもしれない。
 こいつはまごうことなき、男子だったのだ。


 ~それから時は少し経ち~


「あ、あの……わたし……」


 目の前には妖精、天使、女神……どの言葉でも表現が足りないぐらいの美人が立っていた。

 胸元に大きなリボンをつけて、フリルのワンピースをまとった女の子。
 カチューシャにも同系色のリボンがついている。
 美しい金色の髪を肩から流すようにおろしていた。
 時折、風でフワッと揺れる。

「キャッ」とスカートの裾を手で必死に押さえる姿はとても女の子らしい仕草だ。



「わたしじゃ……ダメですか?」


 そう、あいつは女装すると男の娘に変身するヤンキーだったのだ。

 桜が舞い散る今日、俺の晴れ舞台……いや、黒歴史の創世とも言えよう。
 なぜこの天才である新宮(しんぐう) 琢人(たくと)がガッコウたる場所へと舞い戻ったのか。
 そして、非凡な俺が劣等人種たちと勉学を共にしなければいけないのか。
 俺には思い当たることは何1つない。

 別に勉学が嫌だから、高校受験を避けたわけではない。
 俺には差し当たって、『それ』を選ぶ理由が思い当たらないからだ。
 ガッコウなんてもんはメリットが感じられない。
 言わば、デメリットだらけの場所だからね。
 
 更に付け加えるならば、俺のような天才が、高校という枠に囚われていること自体が罪であり(天才だからね)、一介の教師風情では俺に知識を与えるにふさわしくない。

 高等学校というもの……巷ではリア充とかいうやつらが、のさばる場所と聞くではないか。
 非凡な俺がクラスなどに入って見ろ。
 それこそ、教室で浮くというものだ(ぼっち、ぴえん)

 そうだ、ほかのリア充の勉学の妨げになる。
 だって、あれだろ? 俺って普通に高校通っていたら3年生の年齢なわけだよ。
 今年でじゅう、はっさい! だからな。
 同級生なのに、年上というとっつきにくいキャラの出来上がり。

 俺には既に『居場所』があるんだ。
 肩書は社会人であり、ライトノベル作家、そして新聞配達もしている。
 超社会に貢献している十七歳だよね?

 なのに、俺は今こうして、親父から借りたスーツに袖を通し、巨大な白看板の前に立ちすくんでいる。
 なぜかって? べ、別に怖くなんかないんだからね! っと……自らを可愛くも思ったりもするのだが……。

 白看板にはでかでかとこう書かれている。

『第31回 一ツ橋(ひとつばし)高校 春期 入学式』

 そう書かれた看板のうしろには小さな白い建物がある。おそらく入学式会場だろう。
 ガッデム!
 この向こうに地獄が待っている。そうここは悪魔の巣窟に違いない。

「はぁ……」

 ため息をもらしながら、俺は入口に向かった。

 入口には、目の前に『巨大なメロン』を2つ抱えた長身の女が両腕を組んで、仁王立ちしていた。
 肩まで伸びた長い髪が風と共に揺れ、桜の花びらが彼女の背後で舞う。
 一見すると美人と言える部類なのだろうが、どうにも目が怖い。
 しかも不敵な笑みを浮かべている……。
 次のターンで即死技でも使うんですか?

 彼女の服装と言えば、入学式なこともあってか。ジャケットにタイトスカートと至ってフォーマルな装いではあるが、何か違和感がある。
 上着のボタンは閉めておらず、合間から見えるインナーは胸元がざっくりと開いたチューブトップで、豊満なバストが零れ落ちそうだ。
 この人はいわゆるキャバ嬢というものだろう。それとも……いやらしいお店の呼び込みか?

「よお! やっと来たな!」

 彼女の名前は宗像(むなかた) (らん)
 この一ツ橋高校の責任者兼教師でもある。

 俺とこの女が会ったのはまだ2回目だというのに、妙に馴れ馴れしい。
 コミュ力というものが数値化されるのならば、平均値を五十としよう。
 この女は限界値を突破して、53万だろう……。

 対する俺は『コミュ障』と自認している。
 十九ぐらいだな。だが、時と場合による……。
 俺は曲がったことが大嫌いなんだ。
 だからその時は穏やかで純粋な心を持つ俺は激しい怒りで『スーパーコミュ人』へと変身してしまう。


「初日から遅刻とはいい度胸だな、新宮!」

 おーい、新宮さん~ 呼んでるよ?
 辺りを見回すが、俺の周りには誰一人としておらず、目に見えるのは校舎の前で駐車している車や、舞い散った桜の花びらがアスファルトを埋めているだけだ。

 俺がとぼけていると、女が俺の頭をガッシリと掴み、握力をかける。
「い、いだい……」
「新宮……お前、本当にいい度胸しているよなぁ」
 その目は百獣の王が草食動物を狙っているそれと同じだ。

「いえ……俺にそんな鋼のメンタルは持ち合わせていませんよ」
「いやいや、その歪んだ性格は私のお墨付きだ」
「俺ほど真っ当に生きているティーンエイジャーもいませんよ?」
「ふん! 可愛げのないやつだな。もうお前以外、既に集まっているぞ。こうやって若くて美人のセンセイがお前を待ってやっていたんだ。光栄に思え」
 と言いつつ、女の握力は増すばかり。あんまりだ。

 この女……以前のご職業はSMの女王様なのでしょうな。
宗像(むなかた)先生、暴力はいけませんよ。昨今、生徒に対する体罰は問題視されていると聞きますが……」
 俺が歯向かうと、自称美人教師の宗像先生は力を更に強めた。
 頭蓋骨が軋む音がする……俺は今日、死ぬのか?

「嫌だな~ これは可愛い生徒に対するスキンシップってやつだろ♪」
 といってウインクした。
 きっしょ! ホルスタイン女めが!

「わ、わかりました……遅くなったことは謝ります……。と、とりあえず、そのお手を放してから入場させてください……」
「お! 学生らしい良い返事だな。大変よくできました♪」
 ……と、満面の笑みを放っているが、俺の頭蓋骨に対する握力が弱まることはない。

「せ、先生? 俺、入りますから手を放していただけないと……」
「な~にを言っているんだ? 担任の私も入るんだからこのままでいいだろうが?」
 不敵な笑みで俺を見下している。
 悪魔だ! 児童虐待だ! あ、青年か?

「つべこべ言わずにさっさと入れ!」

 宗像先生はまるで俺をゲーセンのUFOキャッチャーの景品のごとく、片手で軽々持ち上げて、ポイッと会場内に投げ込んだ。

「うわっ!」

 俺の身体は会場内に投げ込まれるとボールのようにコロコロと転がり、途中柱にぶつかると静止した。
 漫画のように頭と両脚で4つん這い(3つん這いというべきか?)になり、お尻だけが宙に浮いているような状態だ。

 これが世にいう『リアル尻だけ星人』とでもいうのだろう。

 気まずい……なんという高校デビューなのだろうか。それもこれも全部『アイツ』のせいだ。
 『アイツ』とは先ほどの宗像先生のことではない。
 この学校入学を薦めた、クソ編集部のロリババアのことだ。
 忌々しいロリババアのことはまたいずれ話そう。
 (ムカつくから!)

 俺が脳内フリーズしていると足音が近くなる。

「だ、大丈夫ですか?」

 そう手を差し出したのは、一人の少女だった。
 所謂、ナチュラルボブでめがね女子。ザ・素朴。俺のセンサーではコミュ力は三十五といったころか。
 着ている服は、白いブラウスに紺色のプリーツの入った膝丈スカート。
 まるでJKの制服だな。この高校は私服が認められているのに……なぜだ?
 だが、リア充ではあるまい。安全牌だ。

 さっきまでSMプレイを強要されていた俺には、女神のように見える。
 差し出された手を取り、俺が「ありがとう」というと少女は「どういたしまして」と女神の微笑みを見せてくれた。
 暴力教師、宗像よ……見習え! (切実な願いさ)

 初回からトラブル続きのスクールライフをおくるのに戸惑う俺は頭を掻きながら、女神少女の隣のイスに座った。
 イスに座ることでようやく会場内を一望できた。
 外から見ると小さな建物ではあったが、意外と中は広く感じる。
 壁一面に紅白幕がかけてあり、中央には『ご入学おめでとうございます! 教師一同』
 なんか見てるだけでこっちが恥ずかしくなる。たかが高校の入学式なのに。
 会場内は宗像先生の言った通り、新入生、保護者、教師、来賓の方々……みんな全員集合! といったところか。
 既に全員着席済みときたもんだ。

「おい! 新宮!」
 またお前か……宗像。

「今度はなんですか?」
「お前の席はそこではない! お前のは、ほれ……一番前の席だ!」
 なん……だと!
 コミュ力、十九の俺に一番前の席とはなんたる羞恥プレイか!

「マ、マジっすか……?」
「マジだ」

 宗像先生はまた俺の頭を片手で掴むと、一番前の席まで持っていかれた。(モノ扱い)
 確かにそのイスには俺の名前が書かれていた。
 宗像先生が「な?」と言いつつ、俺をゴミのようにイスにポイッと捨てた……。


 先生はため息をつきながら、壇上の隣り、おそらく司会と思われる机の前に立ち。
「あー あー、テステス……」
 ふむ、なんか懐かしい光景ですな。

「では、全員揃ったところで、今から、第31回、一ツ橋高校、通信制コース。春期入学式を始めます」

 そうコミュ力が底辺クラスの俺には通信制高校で十分だ。
 俺には全日制など程遠い。

 そう俺ぐらいのコミュ障は全日制などほど遠い。
 何が楽しくて、やかましい教師とリア充の級友、それも年下の少年少女たちと共に、三年もの時を無駄にせねばならぬのか?

 通信制ならば、二週間に1回のスクーリングと呼ばれる対面授業だけでいい。
 それ以外は毎日公式のラジオ放送を聞きながらレポートを書き、ポストに投函すれば、あとは人と出会うことなどないのだ。

 そうだ、先ほども述べたように俺は選ばれた天才であり、リア充が巣くう学校などという枠に収まる人間ではない。
 などと、俺が持論を心の内で語っているうちに、入学式は着々と進んでいき。
 司会の宗像先生が「全員起立! 校歌斉唱!」と言い放った。

「え? 校歌?」
 知らんがな、そんなもの。だって、聞いてないもの……。
 とりあえず俺も皆を真似て立ち上がる。

 視線を式のプログラムに合わせると校歌があった。
 まあ真面目な俺はとりあえず、周囲に聞き取れないような、かすれた声で歌って見せた。いわゆる、口パクに近い。

 隣りの席を見ると、真面目な俺とは対照的にやる気のなそうな、(ここは同じか)一人の少女がいた。
 てか、全然歌ってねぇ!
 俺だけ真面目に歌って、バカみたいじゃない?

 やる気のない少女は小柄で金髪、肌は白く華奢な体形で宗像先生とは大違いなほどに貧乳、いや絶壁ともいえよう。
 長い髪を全て首元で結い、纏まらなかった前髪を左右に垂らしている。

 「くだらない」と言った目で、だらしなく立っている。
 入学式だというのに、肩だしのロンT。中にはタンクトップが見える。そして、ショーパン。
 この俺も背が高い方ではない。一七〇センチもないほどなのだが、彼女は小柄すぎて胸が見えそうだ。
 正直いって俺のどストライクゾーンだ。貧乳、マジ大好き。
 俺が下心丸出しで彼女を見下ろしていると、やましい視線に気が付いたようで、目があってしまう。

 なんということか、俺はギャルか、ヤンキーなどの類だと思っていたが、この娘は違う。
 外国人かハーフというやつだろう。
 その瞳はエメラルドのように透き通った色で、美術館に飾りたいほどに美しい。
 小柄、色白、華奢な体形、天然の金髪、緑の瞳、そして、貧乳……。
 最高かよ。
 なにこの娘? 天使? リアル天使なの?
 いや~、高校も捨てたもんじゃないですね。

「てんめ……なに、さっきからジロジロ見てんだよ」




 その天使ちゃんは押し殺した声で俺を脅した。
 前言撤回。こやつはやはり、リア充グループであり、俺のセンサーではコミュ力、1万を超えているぜ。
 しかも、言い回しからしてヤンキーなのだろう。

「すまない……」
「フンッ!」

 ツンデレなのか……。ヤンキーですが、これも中々に萌えますな。

 そうこうしているうちに、地獄のような入学式は終わりを迎えた。
 学校関係者や保護者たちが退場していく。
 俺も帰路につこうと、立ち上がろうとするが、宗像先生に呼び止められた。

「新宮! まだ帰るなよ! 今から生徒たちは別室で説明会をする」

 げっ! まだ終わんねーのかよ……。

 入学式が無事に終わったかと思うと、どS先生の宗像教師に呼び止められた。
 今から説明会があるそうだ。
 宗像先生の案内のもと、会場から校舎に移動させられた。
 入る前に「本校の玄関だ」と宗像先生は言う。

「これが?」

 学校の玄関と言うにはあまりにも狭く、ただの引き戸式の扉で我が家のベランダのそれと同じやつ、いやそれよりもボロい。
 これって裏口でしょ?

 続いて「これがお前らの使う靴箱だ」と歩きながら指差す。
 超ちっせーし、ボロボロ。恐らく金属製なのだろうが、ところどころ錆びている。
 靴箱を抜けると、小さな部屋の前で足を止めた。
 入口のプレートには『自習室』とある。

 宗像先生が「この教室は全日制コースの生徒が普段使っているのだが、三ツ橋(みつばし)高校の校長の好意で貸してもらっている」と説明。
 貧しいのね、お宅の学校。

「通信制コースだけが校舎を使っているわけではない。全日制コースの生徒も利用している。迷惑をかけないようにしろ」
 全日制ってそんなに偉いの? いじめに近いぜ……。
「それからすぐ上の事務所だけが我が一ツ橋高校が所有するものだ」
「貧乏すぎ……」
 俺が微かな声で呟くと宗像先生がそれを聞き逃さない。

「新宮! 何か文句があるなら大きな声で話せ!」
「いえ、滅相もございません」
 宗像先生が怒鳴り声をしかける。こうかはばつぐんだ!
 どこからか失笑が聞こえる。笑いたいやつは笑え。

 『借り物』の自習室に各々が入っていく。

 俺はそこで1つ気が付いたことがある。
 遅れてきたから他の生徒を見ていなかったのだが、全員、私服だ……。
 いや俺だけスーツとかバカみたいに浮いてるじゃん……。

 イスに座って、辺りを見渡すと、明らかに二極化されている。
 教室の真ん中から分断され、非リア充(オタク、根暗)とリア充(ギャル、ヤンキー)
 陰と陽のように対となしている。

 俺はその丁度、境界線。分断される席についた。(そこしか空いてなかった)
 つまり非リア充派とリア充派の境目に座っているのだ。
 居心地が悪いったらありゃしない。

 宗像先生が教壇につき書類を配り終えると、説明を始めた。
「えー、これでお前たちは晴れて本校に入学できたのだが……皆には伝えておかねばならないことがある」
 ドSな宗像先生が、更に鋭い目で俺たち生徒を睨みつける。

「お前らはバカだ! だからシンプルに2つしか言わん!」

 え? この人、今バカって言った?
 俺たちついさっき入学したばっかだよ?
 成績も出てないのに、バカにされちゃったよ……ウケる~!


「1つ、喫煙を認める! 2つ、レポートは絶対に貸し借りするな! 以上!」
 俺は一瞬、この教室。いや生まれ故郷である福岡から飛びぬけ、大気圏さえも突破するほど、頭が真っ白になった。
 レポートの件は良いとして、喫煙って……俺たち未成年やん。法律で禁止されてますがな。

「お前ら半グレのようなやつらは約束を守らん! なので、最初から約束を破ってやる! こっちからな!」
 人間不信にも程がありますよ、先生……。
 それにちょい待て! 半グレって俺たち非リア充ってコミュ力は低いけど、基本真面目でしょ?
 一括りにしないでくれる?


「お前らバカどもは何回言っても、隠れてタバコを吸う! 特にトイレだ!」
 あー、確かに駅とかで大きな方してる時、隣の個室から臭うよね……。
 ウンコしながら吸っては吐いての繰り返し。正直、タバコよりもウンコ吸ってない? って思うけど。

「いいか! 本校、一ツ橋高校に校舎はない。あくまで全日制コースの三ツ橋高校の校舎を借りているに過ぎない」
 やっぱ、金がないんじゃん。俺が卒業する前に潰れるんじゃないのか?
 入学金を自分で払っているんですけど。返金制度とかありますかね……。

「よって、お前らが隠れて吸うたびに、吸い殻が校舎に捨てられている。スクーリングの度に私が三ツ橋高校の校長に叱られるのだ! それだけは絶対にイヤだ!」
 なんか私情がめっちゃ入り込んでない?
「だから喫煙所を設けている。この自習室の窓から見えるだろう」
 と、先生が窓を指差す。確かに外には手書きで『喫煙所 絶対にここで吸え! by宗像』とダサい看板がある。
 その下には恐らく灰皿代わりなのだろう。ペンキ缶らしきものがあり、隣にはベンチがある。


「レポートも写してはいかんが、タバコだけはちゃんと決められた場所で吸え!」
 なにここ? 俺、来ちゃいけない所にきたの?
「あと、スクーリングには絶対に来い。ちゃんと来ないと単位をやらんぞ」
 あれ? 今の3つ目じゃない? 先生もバカなの?

「では、ここまでで質問があるものはいるか?」
 宗像先生がそう言うと、辺りは静まり返った。

 俺は周りを見渡すと非リア充派は『タバコ』というワードで縮こまっている。
 対して、リア充派は宗像先生の話自体聞いておらず、各々がスマホを触ったり私語をしたり、居眠りまでしている。

 ここは動物園だ。
 ヤバい、ヤバい、間違いなくヤバい!
 入学先を間違えた。クソ編集の『ロリババア』がここを薦めたから入ったのに、まるで人間として扱われてない。
 やはり俺のような非凡な人間は『あの場所』に還るべきだ。


「質問、いいっすか?」
 俺の隣りにいた席から手が挙がった。入学式で隣りにいたヤンキー少女だ。
 少女は宗像先生を真っすぐな目で見つめている。
 入学式ではやる気ゼロだったのに、初日から質問とは勇気あるな。やっぱツンデレ娘じゃないか!

「なんだ?」
 宗像先生が問うと、少女は黙って席を立ち、教壇にいる宗像先生の前まで歩み寄った。
 その姿はとても堂々としており、ヤンキーでなければ、天使の行進といったところか。
「あの……」
 先ほどの威勢はどこに行ったのか。か細い声で先生に耳打ちする。
 なるほど……天使さまの聖水かな。

「はあ!?」
 驚きと共に宗像先生が顔をしかめる。
「ったく、これだからお前らは全日制コースに通えないんだ……」
 ん? どういうことだ? おしっこしたらあかんのか? それともウンコなのか?
「コイツが言うには今タバコを吸いたいんだと」
 ファッ!
「いいぞ、吸ってこい……」
 先生は呆れた顔で少女を手で追い払うように、喫煙を促す。
 少女は宗像先生のことなど気にせず、タバコを片手に自習室から出て行った。

 続けて、先生は「他にもタバコ吸いたいヤツいるか?」と生徒に尋ねると、「俺も私も」と生徒の大半が教室から出て行った。
 ま、リア充グループだけだがな!

 俺はバカバカしくなっていた。
 なんのために、行きたくもない高校に願書を出し、親父からスーツまで借りて入学式に挑んだのか。
 つくづくこの学校に嫌気がさす。

 本当にこんな高校で三年間もやっていけるのだろうか?
 そう思うと俺は席を立っていた。

「なんだ? 新宮、お前もタバコか?」
 疑いを俺にまで向けられたことに腹が立つ。
「違いますよ……お手洗いです!」
「ハハハ、そりゃそうだろな! お前にタバコは似合わんからな!」

 嫌味のつもりですか?
 ワロスワロス。

 悪魔のようなニコニコチンな説明会に呆れた俺は、自習室をあとにする。

「まったく、クソみたいな高校だ」

 教室を出る際、宗像先生にトイレの場所を尋ねると、「中央玄関の隣り」だという。

 この一ツ橋高校、いや三ツ橋高校の校舎は三階建て。ちょうどアルファベットでYの形をした校舎で、中央玄関を点にして、3つに分かれている。

 北西が特別棟、理科室、音楽室、美術室、パソコン室などの実習室。
 北東が部室棟、主に部活動する際に利用される。
 南が教室棟。平日は三ツ橋高校の生徒の教室であり、休日に俺たちがスクーリングに使う場所だ。
 可も不可もないただの教室だらけの平凡な棟。


 南側の教室棟は春だというのに肌寒く感じる。スリッパを履いていても床の冷たさを感じる。
 中央玄関の曲がり角が、トイレだ。
 だが、その前に誰か立ちふさがる。

「おい、おまえ!」
 甲高い声が俺を呼び止める。

「おまえ、さっきオレにガン飛ばしてただろ?」
 そう俺に詰め寄ってきたのはさっきのヤンキー少女だ。
 しかも『オレっ子』キャラか、濃いキャラ立ちだな。

「なんのことだ?」
「とぼけてんじゃねーよ! てめえ、式の時も教室でもオレを睨んでただろ!」
 は? この娘は電波系ですか?

「いやいや、なんで俺が君を睨まないといけないんだよ? そもそも俺に何のメリットがある」
「メリット!? なんだそりゃ!」
 え? 今ので伝わらない? シャンプーじゃないよ?
「だから俺は君を睨んだりしてないし、君に敵意を向けたつもりはないよ」
 ヤンキー娘は「ぐぬぬ」と俺の言葉にイラついているように見えた。
 まるで腹をすかせた子猫のようだな。かわいいぜ、ちくしょう。

「じゃあ……じゃあ、なんでオレの方を見てた!」
 え、自意識過剰なの? そんなに自分のこと「ワタシってカワイイもん☆」とか思っちゃっている子なの?
 残念だな~ 俺、そういう女の子嫌いなんだよね……。

 しかし、「なぜだ?」そう言われると確かにそうだな。
 ここは答えてやらねば、俺もこいつも白黒ハッキリできんよな……。
 1回しか言わんからな……。

「かわいいと思ったから」
「……」

 一言。
 俺はある種性癖を暴露するかのような羞恥プレイを楽しむ。
 ヤンキー娘は黙り込む。
 顔を赤らめて、身体をプルプルと震わせている。
 フッ、やはり俺のような天才はこんなツンデレ娘に惚れられる運命なのか。

「オレは……」
 彼女は必死に何かを言いたげそうにしている。

「は?」
「オレは……」
 オレオレ詐欺にでもあったのかな。

「だからなにが言いたい?」

「オレは……オトコだぁぁぁぁぁ!」
「へ?」

 刹那、彼女は色白で細い手が拳をつくると、俺の顔面めがけて奇麗なストレートパンチをお見舞いした。
「ふんげっ!」

 少女のパンチはその華奢な体形とは思えないぐらい、強烈だった。
 小さな拳からはまるでトラックが衝突してきたかのような威力だ。
 俺は倒れながら人生で初めて鼻血を体験した。いや、殴られたこともない、親父にだって!
 入学式と同じく、床に転がり、またケツを頭にした例の『3つん這い』になる。
 ケツだけぶりぶり~♪ 誰か笑って……。

 視界がグラグラと揺れる。床に座りなおすことはできたが、未だに立ち上がることはできない。
 それでも、俺は憤りを堪えることができず、相手に牙を向く。

「な、なにをする! 初対面の人間に向かって!」
「うるせぇ! お、おまえがオレに……オレにか、かわいいとか言いやがるからだ!」
「かわいいと思ったことが何が悪い!」
 だが本当にこいつが男だとは思えない。声も女のように甲高いし、見た目は百パーセント、女だ。

 そう俺だけがそう見えていたのかもしれない。
 こいつはまごうことなき、男子だったのだ。

「おまえ! もういっぺんいってみろ!」
 少女のような少年は顔を真っ赤にして激昂している。

「だから、かわいいって思ったことが何が悪いんだ?」
「この……」
 拳を振りかざしたその瞬間だった。


「ミーシャ、こんなことでなにやってんのよ♪」
「おいおい、ミハイル。お前、初日からケンカかよ? 退学すんぞ」


 片方は赤色に染め上げた長い髪を右側で1つに結んだミニスカギャル。
 スカートの丈がミニすぎる。
 床に腰を下ろしている俺からはチラチラと言うよりはパンモロだ。

 もう片方は対照的に髪の毛一本もないスキンヘッド。ガチムチなマッチョで老け顔。
 四十代ぐらいに見える。

「ミハイル、こいつ。ヤンキーじゃねーだろ? ダメじゃないか。カタギに手出しちゃ……」
 カタギってあんた……。
「うるせー! こ、こいつはオレのことを……」
「なんだ? ケンカでも売られたのか? そんなヤツには見えんけど」
「それはその……」
 と言って顔を赤らめる。
 いやもう男と分かったからには、俺は萌えないよ。

「あんちゃん、大丈夫かい? ほら」
 と言って、俺に手を差し出す。
 あれなにこのデジャブ。なんか今日で2回目じゃない、手を貸されるのって?

「あ、ありがとうございます……」
「ハハハ、敬語なんていらねーよ。タメ口でいいっての!」
 そう豪快に笑うハゲは頼もしささえ感じる。
「いや、でも年上の方は敬ないとですね……」
 俺がそう言うと赤髪ギャルが吹き出す。
「年上って! あんたこそ、年いくつ?」
 お前がタメ口かい!

「俺は十七だけど」
「あーしもこのハゲも十七だよ」
 と言って腹を抱えて笑っている。
「リキ。あんたがハゲてるからだよ!」
 いや、ハゲは関係なくて老け顔のせいだと思いますけどね。
「ああ? ハゲてねーよ! 俺は剃ってるって言ったろが!」
 タコがゆでダコになる……。
 心中お察しいたします。

「まあいいや、俺は千鳥(ちどり) (りき)。そんでこっちのバカ女は花鶴(はなづる) ここあ。そんでお前さんは?」
 いや聞いてもないし、なんなの。この身勝手な暴力からの自己紹介タイム。
 あのパンチはヤンキーになるための通過儀礼なの? 俺、ヤンキーとかなりたくないよ?

「俺は新宮。新宮(しんぐう ) 琢人(たくと)です」
「だからタメでいいってんだろ」
 そう言って俺の髪の毛をぐしゃぐしゃとかき回す。
「はぁ……」
 俺のセンサーではハゲの千鳥がコミュ力、2万5千。
 ギャルの花鶴が3万といったことろか。

「ねぇ、琢人ってさ。オタクでしょ?」
 花鶴はニタニタと意地悪そうな顔で俺を見る。
 てか、女子に初めて下の名前で呼ばれたわ。惚れちゃいそう。
「まあオタクとは自覚しているな」
「じゃあさ、今度からオタッキーね」
「それ悪口だろ。やめろ、断る」
「ダメダメ、もうあーしは決めたんだからさ♪」
 決めたんだからさ♪ じゃねー。返せよ、俺の純情。

「いや、俺もオタッキーには反対だな」
 なんか嫌な予感。
「俺が思うにオタクで琢人だろ? タクオでいいだろ?」
 よくねー。なんかもっとランク下がっている気がする。
「人の外見で遊ぶな。怒るぞ」
「ハハハ、お前。いい度胸してんな」
「それはこっちのセリフだ」
 なぜ俺は非リア充でありながら、ヤンキーやギャルとトークをしているのだろう。
 こいつらのコミュ力は半端ない。その力が要因か。

「そうだ、肝心のこいつを忘れてたぜ。タクオを殴った張本人」
「……」
 未だ女男は顔を赤らめて、うつむいている。

「おい、ミハイル。自己紹介して仲直りしろよ?」
「そうだよ、ミーシャ。オタッキーもこれからウチらと同じ高校じゃん」
 いや、一括りにしないで。

「……」
「しゃーねーな」
 そう言うと、千鳥は女男の頭を無理やり、下げさせる。
「悪かったな、こいつの名前は古賀(こが) ミハイルってんだ。年は俺らより二個下でまだ十五。これから三年間よろしくな!」
「……」
 黙ってうつむいている。
 こいつもコミュ障なのか?

 咳払いして、改めて挨拶した。
「俺にも不手際があったかもしれない(知らんけど)。その事については謝罪する」
「いいってことよ!」
「そうそう、あーしらクラスメイトじゃん!」
 コミュ力たっけー。
「とりあえず、よろしく」
 依然として古賀 ミハイルは顔を赤らめたまま、床を見ている。
 床が友達なのかな?
 笑う千鳥と手まで振ってくれる花鶴を残して俺は教室に戻った。
 そこでやっと気がついた。

「トイレ、行き忘れた……」
 こうして、俺の最低最悪の入学式。
 高校生活がはじまったのだ。
 

 一ツ橋高校を後にした俺は駅のホームでクソ編集部の『ロリババア』に電話した。
 忘れているかも知らんが、一応俺はライトノベル作家。
『ロリババア』とはこの動物園(一ツ橋高校)を薦めた張本人であり、凶悪犯だ。
 怒りでスマホを持つ手が震えていた。
 しばらくベル音が聞こえはするが、一向に出ない。

「クソ、あのロリババアめ!」

 俺はメール作成画面に移り『クソ編集、騙しやがったな』と送る。
 するとすぐに返信があり『センセイ、ご入学おめでとうございます! センセイが高校とか、草生える』とあった。
 電話を無視したことにイラついた俺は『お前の身体(特に股間)には草は生えないだろ?』とディスる。

 よし、明日にでも退学しよう。

「ね~え、タッくん……タッくんてば……」
 目の前には一人の少女がいる。
「たっくん、起きてよ☆」
「ああ、ミーちゃんか……おはよう」
 俺がミーちゃんと呼ぶ彼女は緑の瞳を輝かせ、金色の髪はポニーテールにして大きな赤いリボンでまとめている。
 しかも、かわいらしいフリルのエプロンをかけている。
 これで猫耳つければ、最高かよ。

「おはよ☆ 朝ご飯できたよ?」
「もうそんな時間か」
「顔を洗っておいでよ。私、リビングで待ってるね☆」
 そう言うと彼女は俺の頬に軽くキスをする。

「お、おう……」
 俺は戸惑いながらも、言われるがままに歯磨きと顔洗いを済ませ、リビングに着く。

「うん! スッキリしたね☆ 今日もタッくんはタッくんだね☆」
「そういう君はミーちゃんだな」
「「ふふふ」」
 見つめあって互いを確認するとイスに座る。

「今日もあっついね~」
 そう言って彼女はエプロンを隣りのイスにかけると、胸元があいたキャミソール姿になった。ちなみにイチゴ柄。
 パタパタと襟元で仰ぐ。その度に透き通った美しい白肌が垣間見える。
 もう少しで胸が見えそうだ。
「……」
 俺が呆然と彼女を見つめていると、「タッくん、早く食べないとお仕事遅れちゃうよ」と朝食を早くとるように促される。

「あ、いただきます」
「どうぞ☆」
 テーブルに並べられたのはホットサンド、サラダ。コーヒー。
 ホットサンドに手をつけると、俺好みの卵の味付けだということがわかる。甘いやつ。

「おいしい?」
 彼女は俺のことを愛おしそうに両手で頬づいて眺めている。

「ミーちゃんは食べないのか?」
「私はあとがいい」
「なんで?」
「だって、タッくん。今からお仕事でしょ? 帰ってくるまで長いこと会えないじゃん、寂しいから目に焼き付けときたいの」
「そ、そうか……」

「ほら……ケチャップついてるよ」
 ミーちゃんは俺の口元からケチャップを細い指で拭う。
 それを自身の桜色の唇に運んだ。
「間接キス☆ って、もうこんなのじゃときめかない?」
「……」

「ねぇ、タッくん……私のこと、今でも愛している?」
「もちろん……だよ、君ほどかわいい子はこの世で見たことがない」
「もう!」
 そう言うと彼女は頬をふくらませた。
「なんだ?」
「なんだじゃないでしょ? 私の質問に答えてない! もう一度聞くよ? 私のこと愛している?」
 むくれる彼女に俺は苦笑する。
「すまない……言い忘れていたよ。俺はミーちゃんを世界で一番愛している」
「嬉しい☆」
 そう言うと彼女はテーブル越しに俺の唇を奪った。
「ん……」



「だぁぁぁぁぁ!」
 なんだ今のクソみたいな夢は!?
 俺がなぜ、あんなやつと……。
 あいつは……あいつは、まごうことなきヤンキーで正真正銘の男の子!
 古賀(こが) ミハイル。
 俺は「やりますねぇ~」の動画を見すぎた影響が出たのか? と自身を疑った。


 スマホを見ると午前3時を示していた。
 もう少しでアラームが鳴るところだ。
「仕事、行くか……」
 俺はアラームを解除すると、簡単に着替えを済ませ、家族を起こさないように静かに家を出た。