気になるあの子はヤンキー(♂)だが、女装するとめっちゃタイプでグイグイくる!!!


 その後、ばーちゃんはアンナに振袖を持ってくると。
「赤色なんだけど好きかしら?」
 なんて彼女の身体に当ててみる。
「あ、好きです! 大好きです!」
「そうなのぉ。じゃあ、これ。アンナちゃんにあげるわ。タッちゃんのお母さん、琴音にはもう会ったかしら? あの子が成人式で着たものなのよぉ~ 私も若い時に着たけどねぇ」
 聞けば、かなりの年代ものだ。
 というか、血こそ繋がってないとはいえ、孫娘のかなでにやらなくていいのか?
「え、タッくんのお母さまが着られたものなんですか? それをアンナに……」
 頬を赤くして、モジモジし出す。
「もちろんよぉ。アンナちゃんはもう、私の孫と同じ! いつでも中洲に遊びにおいでね! この店の浴衣でも振袖でもなんでも着せてあげるわ!」
「そ、そんなぁ……悪いです」
 だが、決して嫌そうな顔ではない。
 むしろニヤニヤが止まらないように見える。

   ※

 リキが目を覚ましたところで、俺たちは中洲から帰るとばーちゃんに告げる。
 それを聞いたばーちゃんが
「振袖は重たいから、あとでアンナちゃんの自宅に送るわね」
 と彼女に住所を聞く始末。
 アンナもちゃっかり教えちゃう。もちろん、席内市の古賀家だが。


 ばーちゃんの前では、緊張しっぱなしだったが。
 店から出るといつものアンナに戻る。
「タッくんのおばあちゃんから、振袖もらっちゃった☆ いつ着ようかな? あ、来年のお正月に二人で初詣に行こうよ☆ タッくんは毎年、初詣とか行かないもんね。しっかり取材しておかないと☆」
 あの、勝手に決めつけないでくれますか?
 初詣ぐらい行ったことあるわ! あ、でも何年も行っていないような……。
 アンナは随分浮かれているようだ。
 三人で地下鉄に乗り込み、電車の中で今回の取材を振り返る。

 リキの方も手ごたえを感じていたようで、かなり興奮気味だ。
「見ろよ! タクオ! ほのかちゃんから返事いっぱい届いたぜ!」
 そう言ってスマホの画面を見せてくれた。
「ほう。どれどれ……」
 二人のL●NEのやり取りを確認してみると。

『ほのかちゃん、中洲の映画館でたくさんのおじさんと仲良くなれたぜ! 50人も!』
『え!? ホント!? あの伝説の社交場に行ったの? しかも50人と仲良しに!?』
 かなり誤解されているようだが、まあ興味を持っているので良しとしよう。
『ネコ好きなおじさんと超仲良くなれたよ。L●NEも交換したから、これからも色々と教わろうと思うわ!』
『プギャー! 文章だけじゃ情報量足りない! 千鳥くん。来週、直接会ってお話聞かせて! は、鼻血が出てきた……』

「……」
 結果的に釣れちゃったよ。
「なっ! これって取材の効果だよな!? デートの誘いだろ、これって!」
「ま、まあデートちゃデートかもな……」
 それを聞いたリキは、感動のあまり泣き出す。
「うぐっ……マジでサンキューな。タクオ、アンナちゃん。二人のおかげだよ…」
 あなた本人の努力だと思います。
 だが、無慈悲なアンナは更に追い打ちをかける。
「気にしないで、リキくん。これで第一歩だね☆ でも、これで満足しちゃダメだよ。まだ、ほのかちゃんに興味を持ってもらえただけ。だからデートのあと、またおじさん達としっかり仲良くならないと☆」
 なんて優しく微笑む。
 悪魔に見えてきたよ、この人。
「アンナちゃん! これからもいっぱいアドバイスしてくれ!」
 真に受けるなよ。
「うん☆ たくさん相談してね☆」  
「……」
 もう俺のダチはどこか遠くへと旅立ってしまうようだ……。 
 でも、難攻不落の腐女子とデートするきっかけは、できたから良かったのか?

 お盆休みに入り、地元の真島商店街はすっかり静まりかえっていた。
 普段なら営業している店もシャッターが下ろされている。
 きっと、みんな帰省したり、どこか遠くに旅行でも行っているのだろう。

 俺は生まれてから、ここ福岡県から出たことないし、夏休みなんて特になにもやることがない。行くところもない。
 中洲のばーちゃんはめんどくさいから、会いたくない。
 親父は無職だから家族サービスなんて皆無だ。
 今年もどこかでヒーロー業ってやつに励んでいるのだろう。

 さすがにミハイルもお盆は家族と過ごすらしい。
 なんか、俺と遊んでばかりいたから、姉のヴィクトリアが寂しいと不機嫌なのだとか。
 まあ、たまには一人の時間ってやつも悪くない。

 この前、パンパンマンミュージアムで大量にゲットできたアンナちゃん動画と写真を編集するので、右手が大忙し。
 学習デスクの上に置いてあるノートパソコンを使用しているのだが、かなり熱を持っている。
 外付けのハードディスクを繋いでいるが、処理が追いついてこない。

「うーん。高画質で保存しているから、重たいな……」

 これを機にハイスペックのデスクトップパソコンでも購入するかな。
 
 自室で一人、延々と編集作業をしている。
 妹のかなでは、母さんに言われて、リビングで監視付きの受験勉強中。
 この部屋にいると、勉強そっちのけで、すぐに男の娘のエロゲーをやるから、と注意されたからだ。
 おかげで、俺はアンナのパンチラ写真を堂々と楽しめる。
 最高だ。

「ふぅ……」
 モニターに映し出された純白のレースを拡大してみる。
 その美しい光景に見惚れていると。
「タクくん。ちょっといいかしら?」
 ノックもなしに母さんがドアを開けてきた。
「ちょ、ちょっと! 母さん! 部屋に入る時はノックしてくれよ!」
 咄嗟にノートパソコンを折りたたむ。
「あらあら。ひょっとして自家発電でもしてたの?」
「し、してないし!」
 近いことはしてたけど。
「あのね、タクくんにお客さんが来ているのよ」
「え? 俺に?」
「今裏口に来ているわよ。なんか可愛らしい女の子だったわ」
「女?」

 可愛らしい女の子が俺の自宅に来るなんて、エロゲーみたいなイベントあるわけないだろと思ったが……。
 最近はアンナやひなたとよく遊んでいたからな。
 頭に浮かぶとしたら、あの二人ぐらいだろう。

 自室を出て階段を降りる。
 一階の母さんの美容院はシャッターを下ろしているから、真っ暗だ。
 お盆休みでお客さんは誰もいない。
 裏口から外に出ると、一人の少女が立っていた。

 ゴスロリファッションの痛々しい女子。
 艶がかった長い黒髪。そして、眉毛の上で綺麗に揃えたぱっつん前髪。
 日本人形みたい。
 黙っていれば、美人の部類なのだろうが……。
「ちょっと! ガチオタ! なんで連絡してこないのよ!」
 開口一番がこれだもの。
 自称アイドルの長浜 あすか。

「ねぇ! 聞いているの!? ガチオタ!」
「……」
 なんでこいつが俺ん家を知っているんだ?
 怖っ! ストーカーがまた一人増えたよ。
「フンッ! このトップアイドル、長浜 あすかがわざわざ来てあげたのよ? 感謝しなさい!」
 絶対に感謝したくない。
「長浜……お前、何しに来たんだ? ていうか、どうやってここの住所を知ったんだ?」
「私を誰だと思っているの。芸能人なのよ! あんたみたいなガチオタの特定ぐらい、お茶の子さいさいよ!」
「すまん。帰ってくれ」
 恐怖を覚えた俺は扉を閉めようとする。
 だが、サッと長浜の脚が間に入り、静止させた。
 新手の勧誘ぐらい押し売りじゃないか。
「待ちなさいよ! アタシとの約束を忘れたっていうの!?」
「はぁ? お前との約束……そんなことあったか?」
 俺が首を傾げていると、長浜は顔を真っ赤にさせて、肩をぶるぶると震わせる。
「あんたねぇ……この前の別府温泉でアタシの名刺を渡してあげたでしょ! アタシの自伝を書くって約束よ!」
 ちょっと涙目になっている。
 ヤベッ、マジで忘れてた。

   ※

 長浜に詳しく事情を聞くと、ここの住所は宗像先生から聞いたらしい。
 所属している事務所の社長が進めている彼女の自伝を早く出版したいとのこと。
 文章力に自信がないから、アイドルである長浜の芸能活動に密着して、俺がゴーストライターとして、まとめて欲しい。
 それが今回の彼女の要望だ。
 また、原稿料も頂けるみたいだ。
 一本仕上げて、10万円。
 悪くない話だ。
 ハイスペックパソコンが買える!
 そしたら、アンナの秘蔵動画や写真をサクサク楽しめるではないか!

 良いだろう……結ぶぞ。その契約!
 全てはアンナのために!

「了解した。納期はどれぐらいだ?」
「フン! 一週間ぐらいよ!」
「い、一週間!?」
 なんて作家泣かせの期間だ。
「来週、博多の事務所に来なさい! そこで本物のアイドルをタダで見せてあげるわ! ガチオタなんだから、ご褒美でしょ!」
 こんの野郎、本当にムカつく女だ。
 男だったら殴ってやりたい。
 だが、10万円という大金をくれる負と太客だ。
 堪えるんだ、琢人。
「い、いいだろう……で、仕上げるにあたってもう一つ聞いておきたいことがある。本にするのなら、文字数は決めているのか?」
「は? それぐらい、ググりなさいよ!」
 ググってどうにかなる問題じゃないんだよ!
 あ~ ムカつく。
 こいつ、本当にアイドルか?
 全然、男に媚びを売らないじゃないか。
「あのな……文字数を決めておかないと、オチとかもしっかり考えないといけないんだよ。それに納期は一週間程度なんだろ? それは依頼主である長浜か社長が決めることだろう」
「仕方ないわね。これだから一般人は無知で嫌いなのよ!」
 お前に言われたくないし、お前も一般人に近いと思う。

 スマホを取り出す長浜。
 どうやら社長と電話しているようだ。
 
「あ、もしもし~♪ 社長ですかぁ? あのぉ~ 例のアタシの自伝小説なんですけどぉ~」
 こいつ、人で態度が全然違うのか。
「なんかぁ~ 雇うライターが文字数決めろってうるさいんですぅ~ どれぐらいにしたらいいですかぁ~」
 
 しばらくブリブリ女を演じたあと、通話をやめる長浜。
 先ほどまでの態度から一変して、俺には女王様レベルの上から目線で話し出す。

「社長と相談したら、20万文字ですって。一週間で仕上げなさい!」
 ファッ!?
 たった七日間で20万文字だと……。
 ラノベ二巻分を仕上げるなんて。
 だ、だが……どうしても、ハイスペックパソコンが欲しい。
 カクカク動画のアンナは辛すぎる。

「や、やろう。俺はこう見えてプロの作家だからな」
 尻軽作家でごめんなさい。

 翌日、俺は博多へと向かった。
 行きがけの電車内で、以前長浜からもらった名刺を確認しておく。
 電話番号とメルアドを登録しておくために。
 L●NEも書いてあったが、アンナさんとの不可侵条約があるから、無視しておいた。

 博多駅について、駅前広場に出る。
 スマホを取り出し、初めて長浜へ電話をかけてみた。
『もしもしぃ~? アイドルの長浜 あすかですぅ~ テレビ局の方ですかぁ~?』
「……」
 甘ったるい営業トークで電話に出られたので、吐き気を感じた。
『あのぉ~ 取材ですよねぇ?』
「いや、俺だ。新宮だ」
 すると態度を一変させる。
『チッ! だったら最初から名乗りなさいよ! アタシは芸能活動で忙しいのよ!』
 クソがっ!
 今すぐ帰りたい。でも、10万円のためだ。
「わ、悪いな……お前の携帯番号、まだ登録してなくてな。今かけた番号が俺のだ。登録しておいてくれ」
『フンッ! なんでガチオタの電話番号をこのトップアイドルが登録しないといけないのよ!』
 殴りてぇ! 今すぐこいつの顔面ボコボコしてぇ……。
「でも、これから自伝小説のことで連絡手段が必要だろ?」
『そうだったわね。ならいいわ! 特別に許してあげる!』
 俺が許したんだよ。
「ところで、お前の事務所はどこだ?」
『それぐらい、ググりなさいよ!』
「……」

   ※

 結局、ウィキペディアで彼女の所属している芸能事務所を調べた俺は、そこから更に検索を重ねて、どうにか住所を特定した。
 俺が今いる駅前広場から歩いて数分の所にあった。
 はかた駅前通りを真っ直ぐと進み出す。
 よく利用している喫茶店、カフェ・バローチェが見えてきた。
 グーグルマップで確認するとその近くに事務所はあると表示されている。
 だが、辺りをきょろきょろ見渡しても、一向に見つからない。
 KYビルと言う建物の二階にあるようだが……。
 博多っていう土地柄からか、色んな建物や店がごちゃごちゃと隙もないぐらい密接して、並んでいるから、全然分からない。
「参ったな……」
 面倒くさいがまた長浜に電話をかけようかと、スマホを取り出した瞬間だった。
「ガチオタっ! いつまで待たせんのよ! さっさとこっちに来なさいよ!」
 上を見上げると、ビルの二階から長浜 あすかが顔を真っ赤にさせて叫んでいた。
 ここか。
「今そっちへ行く」
「早くしなさいよ! アタシの芸能活動の邪魔をしたいの!?」
 お前が邪魔してんだよ!


 エレベーターを使って二階に上がると、
 腰に両手を当てふてぶてしい態度の少女が立っていた。
 相変わらずのゴスロリファッション。
 艶のかかった黒くて長い髪を肩まで下ろして。
 綺麗な顔立ちをしている。

「ガチオタっ! 今からアタシの芸能活動に密着取材しなさい!」

 でも喋り出すと、殴りたくなるアイドルがいるんですよ……。

 自動ドアが開く。
 事務所の中はあまり広くはないが、比較的きれいな場所だった。
 白い壁には一面、 ローカルアイドルグループ、もつ鍋水炊きガールズのポスターで埋め尽くされている。
 入口の目の前に、大きな白いテーブルがあり、そこで長浜と同じアイドルメンバーの二人が何やら作業をしている。
 自己主張が激しすぎる長浜とは違い、かなり大人しそうな女の子たちだ。
 俺に気がつくと、ぎこちなく会釈する。

 初見の子たちだったので、自己紹介を始めようと思ったが、長浜が勝手に喋り出す。
「みんな! こいつが前に話していた作家よ! そしてアタシのガチオタなの! 前に席内でソロライブやった時なんか、こいつ3万円も支払ってまでチェキを撮りたがったキモオタなのよ、笑っちゃうわよね!」
 あれはミハイルというか、ヴィクトリアの買い物をしたら、たまたまお前がいただけだろ!
 長浜の嘘を真に受ける女の子達。
「す、すごいです。さ、さすがセンターのあすかちゃん」
「作家さんを推しにさせるなんて、リーダーかっこいい」
 なんて控えめな少女達なんだ。
 どうせなら、この子たちを推してあげたい。
「フンッ! アタシみたいなトップアイドルにかかれば、こんなヤツ。一回のライブでイチコロよ!」
 黙って言わせておけば……だが堪えろ。
 全てはハイスペックパソコンのためだ。
 アンナぬるぬる動画計画を頓挫するわけにはいかない。
 既にBTOメーカーに見積もりを出してしまった。
 SSD、大容量の5TBHDD、それにグラボまでつけておいたんだ。
 がんばれ、俺!

   ※

 とりあえず、長浜に言われて近くの応接室に通された。
 小さなテーブルを挟んで向かい合わせに座る。
 そもそも自伝小説の内容を聞かされていない。
 俺はどういう風に書けばいいか、彼女に尋ねる。
「長浜。自伝小説だっけか? 20万文字も使う大作だ。お前のどこから書けばいいんだ?」
「そうねぇ……ずばり出生から現在に至るまでよ!」
「赤ん坊の頃から書くのか?」
「ええ! ファンなら絶対に買うでしょ!」
 誰が読むんだ。そんなの……。


 それから俺は延々と彼女の生い立ちを一方的に聞かされた。
 まあ取材も兼ねているから、一応ノートパソコンでテキストに記録しておく。
「アタシは福岡生まれの福岡育ち! そして芸能人になるようにして生まれたのよ! 赤ちゃんの頃からそれはもう可愛かったわ! 幼稚園の時なんて知らないおじさんによくスカウトされそうになったものよ!」
 聞いていて、タイピングしていた指が止まる。
「知らないおじさん? どこで?」
「確かスーパーだったわね。アタシが可愛すぎたのか、鼻息を荒くしながら『キミ、いくつ? おじさんの家に来ない?』なんてスカウトしてきたのよ」
 それ、スカウトじゃなくてただの変質者だろ……。
「で、その後どうなったんだ?」
「なんでか知らないけど、近くにいたアタシのおばあちゃんが怒り出して、そのスカウトはダメになったわね。まあ、アタシほどの可愛さになれば、スカウトしたがる事務所はたくさんいるのよね……芸能人って辛いわ」
 無知って怖い。

 三時間ほど経ったか……。
 延々と、長浜の出生から現在に至るまでのロングインタビュー。
 ていうか、一方的に俺が彼女から聞かされているだけのだが。
 口の動きは止まることを知らない。
「小学生の時なんて、運動会で毎年駆けっこで一位だったわね!」
「地元では、あすかと言えばアタシしか頭に思い浮かばないほどの有名人よ」
 などなど大半が自慢話。
 語り始めてまだ小学生の中学年なんだけど……。
 終わりが見えない。

 この間、俺はずっとノートパソコンに彼女の半生をタイピングしている。
 喋り方が尋常じゃないぐらいのスピードだから、キーボードを打ち込むのが苦行でしかない。
 ずっと黙っていたが、長浜の地元というワードが気になった。

「なあ。お前の地元ってどこだ?」
「アタシの地元? ググりなさいよ!」
 クソがっ!
 客なので怒りを堪えて、スマホで一々検索してみた。
 ウィキペディアには、俺たちが通っている一ツ橋高校がある白山(しろやま)市出身とある。
「ほう……長浜って一ツ橋高校の近くに住んでいるのか?」
「フンッ! 悪い? 田舎と言いたいわけ!?」
 急に怒り出しちゃったよ。
「いや悪いとか言ってないし、田舎とも言ってないよ。なんか意外だなと思ってな……アイドルってなんか都会に住んでいるようなイメージがあってさ。出身が白山でも売れるためには、博多辺りで暮らしてそうなもんだとばかり……」
 と言いかけた瞬間。
 長浜を更に怒らせてしまう。
「ハァ!? アタシは白山生まれの白山育ちなのよ! あそこに住んでいることが誇りなの! そんな地元を裏切るようなクソアイドルと一緒にしないで!」
「す、すまん……」
 この人。なんだかんだ言って郷土愛強いのね。

   ※

「長浜。大体の話は聞けた……が、1つ重要なことを聞けてない」
「なによ? そんなにアタシのことを知りたいの? キモいガチオタねっ!」
 別に知りたくないわ! 仕事だから聞いているだけだ!
「あのな……そう言う意味じゃなくて。お前が芸能活動を始めるきっかけを聞いていないんだよ。あと何故そこまでアイドルにこだわるのか、売れたいのか。お前の夢とする目標とか野望とか。物事には必ず始まりがあるはずだ。それを知らないことには、自伝小説も書きづらいんだよ」
 俺がそう説明すると、頬を赤くして視線を床に落とす。
 鬱陶しいぐらい自己主張の強い彼女にしては、珍しくしおらしい。

「そ、その……アイドルになりたい。なりたかった理由は……お、おばあちゃんが言ってくれたからよ……」
 予想だにしない答えに俺は驚きを隠せない。
「おばあちゃん!?」
「アタシって両親が幼い頃に離婚したじゃない?」
 いや、知らん。
 ウィキペディアに記載されている前提で話しやがる。
「ほう。おばあちゃん子ってやつか?」
「う、うん……離婚した理由はパパが浮気しちゃって。それでママが怒って別れるって言い出して……」
 案外重たい話だった。
「続けてくれ」
 タイピングを止めて黙って彼女の話を聞く。
「で、ママが白山にあるおばあちゃん家へアタシを連れて帰ってきたんだけどね……ママが『白山は田舎でつまらない』ってどっかへ行っちゃったの」
 まさかの毒親育ち!
 クソみたいな両親じゃないか。
 なんだか泣けてきた……。
「そうか……」
 反応にすごく困る。
「それから一人残されたアタシをおばあちゃんが大事に育ててくれたの……」
 身体をくねくねと動かして恥ずかしがる。
 なんだ。こいつにも可愛らしいところがあったんだな。
 ていうか、ハンカチないとこの話聞いてられないよぉ……。

 意外だった。
 あの、長浜 あすかが劣悪な環境で育った苦労人だったとは。

「結局……ママもどこかで知らない男の人と一緒に暮らしているって。後から聞いたんだけど」
 重い! 重すぎるっ!
「……」
 俺はなにも言えなくなっていた。
 この場はただ黙って話を聞くことが正解だと思ったからだ。
「でも、アタシはすごく幸せだわ。一人ぼっちになったアタシをおばあちゃんがパパとママに代わっていっぱい愛情を注いでくれたから。『あすかちゃんはお姫様だねぇ』って。可愛いお洋服とか買ってくれたし……」
 そりゃ捨てられた孫を見てたら可愛がりたくなるよなぁ。
 泣ける。
「それでね。アタシがテレビに映るアイドルの真似をして歌ったり、踊って見せたら、おばあちゃんが喜ぶの。『あすかちゃんはカワイイねぇ』『アイドルになれちゃうわぁ』って。たまにアタシのダンスを見て感動して泣いちゃうぐらいにね」
 感動の涙じゃない!
 不憫なだけだ。
「だからアタシはアイドルを目指したの。おばあちゃんが言ってくれたから!」
 俺の目をじっと見つめる。
 その眼差しは真剣そのものだ。
 一点の曇りもないキラキラと光る美しい瞳。
 壮大な夢を語るに相応しい顔つきだ。

 だけど……意味を履き違えてるよ、この子。
 辛いわ。

   ※

「つまり、おばあちゃんがアイドルになれると言ってくれたから、長浜は芸能人を目指したというわけか?」
「ええ、そうよ。これは多分ググっても出てこない話ね!」
 当たり前だろ!
 誰がそんな重たい話をウィキペディアに記載するんだ!
「なるほど……じゃあ今はアイドルになれたという夢は叶えたのだろ? 次の夢はなんだ? 最終目標とか」
 俺が問いかけると彼女は自信満々にこう答える。
「ズバリ! ハリウッド進出よ!」
「……」
 長浜のおばあちゃん。ちょっと孫を可愛がり過ぎたんじゃないの?
 自信過剰すぎて、変な方向に偏ってるよ。
「アタシには売れなきゃいけない理由があるのよ! たくさんのお金が欲しいの!」
「まあ。それなら誰だってたくさん欲しいだろ。なにか買いたいものでもあるのか?」

 俺がそう問いかけると、長浜は胸の前で両腕を組み、ふてぶてしい態度を取る。
 てっきり「世界中のブランドものをたくさん買いたいのよ!」なんて言うと思っていたら……。

「良くぞ聞いてくれたわ! ええ、アタシには大金が必要なのよ! 白山にあるおばあちゃん家を改築したいのよ! 土地は広いんだけど、古い木造建てだから、冬はすきま風が入って寒いし、廊下の板はよく外れるし、トイレなんて和式のボットン便所だから。おばあちゃんの膝が壊れちゃいそうだわ……バリアフリーも考えた豪邸を建てたいのよ!」
「うっ……」
 思わず涙腺が崩壊してしまう。
 今まで堪えていた気持ちが瞳から溢れ出る。
 急いでハンカチを取り出し、顔を隠すように涙を拭う。
 長浜に泣いているところを見られないためだ。
「どうしたのよ? 部屋が暑いわけ?」
「ひぐっ……ああ、ちょっと今日は……暑すぎるな」
 目頭がね。

 長浜の苦労話を聞いた俺は、しばらくハンカチが手放せないでいた。
 よし、なんだか可哀そうになってきたから、ちゃんと取材して自伝小説を書いてやろう。
 俺はぬるぬるアンナ動画計画のため、長浜はおばあちゃんの家を改築するための第一歩として。
 盛りに盛りまくってやろう。
 両親は二人とも遊び人で浮気しまくり、金に汚いやつらで、長浜を虐待する鬼畜。
 しかし、唯一彼女を守り育ててくれたのが、貧乏な祖母。
 うむ。これなら芸能人とか関係なく、小説に興味を持ってくれるかもしれない。
 ただ、今後彼女を可愛いアイドルとして見られなくなるだろう。
 可哀想なアイドルとして応援される。
 特に老人なんかに好かれるかもな。

   ※

 応接室のドアが2回ほどノックされた。
 扉を開いたのは先ほどの控え目なアイドルの一人だ。
「あ、あの……あすかちゃん。そろそろお仕事しないと納期に間に合わなくなっちゃうよ」
 か細い声で遠慮がちに話す。
 どうやら、俺に緊張しているようだ。
「例の仕事のことね! わかったわ、今行くわ!」
「あ、ありがと……あすかちゃんの分が一番多いから私たちだけじゃ、捌けなくて……」
「フンッ! 当然よ! なんせアタシがグループのセンター! 人気ナンバーワン! この前のグラビアもアタシがソロで何枚も特集されたほどだもの!」
 この我の強さがなければ、もうちょっと可愛げがあるんだけどな。
「そ、そうだよね……あすかちゃんはボンキュッボンで美人だし……」
左子(ひだりこ)! あなたも磨けばアタシに近づける素質あるんだから! がんばりなさいよね!」
「わ、私なんかじゃ……」
 ていうか、この子の名前。左子っていうのか。
 改めて見ると確かに芸能人らしくない風貌だ。
 長浜と同じ黒髪で統一しているが、おかっぱのショートヘアで前髪が長いため、目が見えない。
 芸能人と言われなければ、どこかそこら辺を歩いている一般人に見える。
 うーん……この芸能事務所。大丈夫か?


 俺は応接室に残って早速文字起こしを始めようとしたが。
 長浜が「まだ取材は終わってない」「今日は一日密着しなさい!」
 と相変わらずの上から目線の命令。
 ため息を吐いて、ノートパソコンを閉じた。
 
 応接室から出て、入口近くの大きなテーブルに通された。
 彼女曰く、滅多にお目にかかれないアイドル活動を見ていけるのだから、感謝しろとのこと。
 絶対にしないけど。

 テーブルの上には、大量のCDが山のように重ねられていた。
 先ほどの左子ちゃんともう一人の大人しい子が、なにやらディスクケースに小さなカードを一枚一枚入れ込む。
 気になった俺は「なにを入れているのか?」と尋ねてみた。
 すると、二人が声を合わせて答える。
「「と、特典です」」
 息がピッタリだ。
 しかしも左子ちゃんの隣りにいる子も同じ黒髪のおかっぱ。
 なんか双子みたい。
「特典? あれか? 握手会のチケットとかか?」
 すると二人は顔を真っ赤にさせて、両手をぶんぶんと振って見せる。
「?」
 黙り込んでしまう彼女たちを不振に思った俺は、近くにあったカードを1枚手に取ってみた。
「うっ!?」
 思わず変な声が出てしまう。
 ただのカードじゃなかった。

『あすかちゃんが普段履いている生下着♪ 13/500』

「……」
 絶句してしまう俺氏。
 それを見た長浜が胸の前で腕を組み、自慢げに語り出す。
「フンッ! さすがガチオタね! それはレアカードよ! アタシがパンツを500枚にハサミでちょきちょきしてバラバラにしたのよ! どうやら欲しくてたまらないようね! 特別にタダであげるわ!」
「長浜……お前のおばあちゃん。この仕事のこと知っているのか?」
「は? 知らないわよ?」
「そうか……このことだけは知らせないであげてくれ、な」
「?」
 ここまで育ててくれたおばあちゃんを泣かせたらあかん!
 寿命を縮めてしまうがな。

 長浜に無理やりブルセラカードを渡されてしまった……。
 マジでいらね。

 その後、何故か俺までCDの特典詰めをさせられることになる。
 人手不足らしい。
 なんでもこの芸能事務所、『明日か明後日か』はその名の通り、長浜 あすかをデビューさせるために設立された会社で、社長こそ名義上は存在しているが、普段は事務所にいないそうだ。
 社長は何個も会社を運営している成金で、長浜の地元である白山市で彼女を見つけて一目惚れ。
 そして現在に至る。
 だから金持ちの趣味で立ち上げた芸能事務所と言えるだろう。

 所属しているアイドルグループ、もつ鍋水炊きガールズも長浜のために結成したもの。
 だから他の二人は引き立て役。
 先ほど俺と話した控えめの女の子、左近充(さこんじゅ) 左子(ひだりこ)ちゃんは使い捨てのアイドル。
 それに双子ってぐらい見た目が同じおかっぱの右近充(うこんじゅ) 右子(みぎこ)ちゃんも同様の扱い。


 散り散りになったパンツの生地をカードに差し込み、ディスクケースに封入。
 しんどい作業だ。
 黙々と4人で内職をこなしていく。
 ひとり100枚のノルマ。
 やっと終わったと思ったら、長浜が今度はマジックでサインを書くと言う。
「ガチオタ! あんたも手伝いなさい!」
「いや、それはダメだろ……お前のサインをファンは欲しがっているんだろ? バレちまうぞ?」
「フンッ! キモオタにアタシのサインと素人のサインなんて見分けがつくわけないでしょ! 良いから黙ってやりさない! これがアイドルの仕事なんだから!」
 えぇ……。
 YUIKAちゃんのファンクラブで、以前当たった直筆サインを喜んでいた俺を幻滅させないでくれる?
 いや、長浜だけだ。YUIKAちゃんはあの可愛くて小さな指で一生懸命、徹夜で書いたに違いない!

   ※

 一連の作業が終わり、休憩することに。
 疲れた肩をマッサージしていると、左子ちゃんが「お、お疲れ様です。お茶を入れてきますね」と事務所の給湯室へと向かった。
 良い子だ。
 長方形の大きなテーブルに、俺、長浜と並んで座っている。
 向い側に右子ちゃんがいる。おどおどした様子で、どこか落ち着きがない。
「あ、あの……良かったら、こ、この前出演したテレビ番組を見てくれませんか? そ、その新宮さんは作家さんなんですよね? 是非プロの作家さんに私たちの歌と踊りを見て欲しいんです」
「まあ、俺でよければ」
 そう答えると、彼女はパーッと顔を明るくして喜ぶ。
「う、嬉しい……じゃあ今からDVD持ってきますね」
 と近くにあったロッカーへと走って行く。
 隣りで座る長浜は特に何をするわけでもなく、相変わらずふてぶてしい態度だ。
「フンッ! 右子も左子もガチオタに優しすぎよ! こいつはただの一般人なんだから、塩対応で良いのよ! それがファンサービスってやつだわ!」
 あ~! 殴りてぇ~!
 女じゃなかったら、ボコボコにしてぇ……。