唐突の兄妹出現に、俺は驚いていた。
このピーチと名乗るギャルが、あの豚……じゃなかった、オタク絵師のトマトさんの妹だと?
顔も全然似てないし、体型なんてもってのほかだ。
しかし、この子。誰かに似ているような気が……。
「あ!」
思わず声に出してしまった。
そうだ。
俺のクラスメイトであり、今回ラノベのイラストのモデルにもなったギャル。
花鶴 ここあに、どことなく雰囲気が似ている。
あそこまで、ビッチさはないが……。
小型版の花鶴と言った感じ。
マジか。にぃにってば、妹を性的対象にするタイプなのか。
キモッ!
トマトさんの性癖に絶句している俺を見て、白金が首を傾げる。
「DOセンセイ。ピーチ先生の顔をじっと見つめて、一体どうしたんですか? 惚れちゃいました?」
その一言で我に返る。
「アホか! ちょっと、トマトさんのことで思う事があってな……」
さすがに妹の前で暴露するわけにはいかんだろう。
「「?」」
顔を見合わせて、答えを探る白金とピーチ。
※
「スケベ先生、にぃには今度から先生と同じ高校に通うっす。色々と教えてあげてくださいっす」
相変わらず淡々と喋るな、この子。
「了解した。緩い高校だから、心配しなくていいぞ?」
誰でも入学できて、簡単に卒業できるバカ高校だからな。
「安心っす。自分も一応、全日制コースの三ツ橋に通っているので、ひょっとしたら、校内で会えるかもっす」
「え……ピーチも同じ五ツ橋学園の生徒だったのか?」
「ちっす。これ、自分の生徒手帳っす」
そう言って、取り出したのは、見覚えのある小さな手帳。
ずっと前、赤坂 ひなたと初めて出会った時、同じものを見せてもらった。
ちゃんと三ツ橋高校と明記してある。
中身を見せてもらうと、確かに写真と名前が書いてある。
『三ツ橋高校1年B組、筑前 桃』
「ん? ピーチの本名って、『もも』と言うのか?」
フリガナが無いので、そのまま読みあげる。
だが、彼女は首を横に振る。
「違うっす。自分の名前は、桃と書いてピーチっす。ペンネームじゃないっす」
ファッ!?
なんという、キラキラネーム。
「そ、そうなんだ……」
思わず言葉を失う。
ここであることに気がつく。
そう言えば、兄であるトマトさんの本名は、筑前 聖書だったよな。
バイブルとピーチ……。
うーん、どこかで聞き覚えが。
「はっ!?」
あ、察し……。
恐る恐る彼女に問いかける。
「もしかして、ピーチの親御さんって、ベイベだったりする?」
すると彼女の顔がパッと明るくなった。
「よく分かったすね! そうっす! マミーもダディーもバリバリのベイベっす! 聖書にぃにと自分の間にも、兄妹が何人もいるっす」
そう言ってスマホを取り出す。
画面に一枚の写真を写しだした。
一軒家の前で、大家族が勢揃いし、笑顔でピースしている。
総勢で12人ぐらいか?
「全員、年子で生まれたんで、一歳違いの兄妹っす。上から聖書にぃに。操ねぇね。『あの』ねぇね。僕にぃに。双子のロングにぃにとシュートにぃに……」
えぇ……まだ引用する気なの?
どれだけ産むんだ。
ピーチの話では、お母さんは現在、妊娠中らしい。
ベイベってスゴイなぁ。
コミカライズを担当してくれるピーチは、見た目こそ変わった女子高生だが、画力は兄のトマトさんよりも優れている。
何よりもアンナを忠実に描いてくれるのだから、安心して任せられる。
軽い自己紹介を終えると、彼女は「家に帰って原稿を描きたいから」と編集部を後にした。
その後、白金と今後の『気にヤン』の展開を話し合うことに。
編集長の熱い要望で、一巻も発売前だというのに、もっと続きを書いて欲しいと頼まれた。
初刊はメインヒロインであるアンナを重点的に描いた。
ヤンキーのミハイルが俺に振られて、女装……じゃなかった可愛らしい女の子に大変身し、主人公であるタクトに積極的なアプローチを試みて、初デート。
という流れだ。
今のところ、サブヒロインたちは活躍していない状態だ。
だから、続刊には現状候補に挙がっている赤坂 ひなたを出したいと考えていた。
俺はその案を白金に伝えると、快く承諾してくれた。
「いいですね! サブヒロインが活躍すれば、メインヒロインのアンナちゃんも嫉妬して、バチバチしそうです。楽しそう!」
なんて白金は嬉しそうに語るが……。
当の取材した本人は、あの二人のケンカは、全然楽しくない。
殺し合いに近いから、恐怖でしかない。
しかし、今サブヒロインとして使えそうなのは……。
現役女子高生のボーイッシュな赤坂 ひなた。
腐りきった変態の北神 ほのか。
自称トップアイドルの長浜 あすか。
ん? ほのかは使えるのか?
あとは……。
俺は取材と称しデートに使った金。領収書の束をリュックサックから取り出す。
ゴムでまとめて、一番上にメモ用紙を貼っており、各ヒロインの名前を書いている。
人によって経費として落ちるか、分からないからだ。
アンナはメインなので、安心なのだが。
他の奴らが不安だ。
それらをデスクの上に並べて、白金に相談する。
「なあ。これ、最近の取材に使ったものだが、経費で落ちるか?」
「おお! DOセンセイ、こんなにデートされたんですか~ 童貞のくせしてやりますねぇ~」
童貞は関係ないだろ!
「で、どうなんだ?」
「どれどれ……ほうほう、花火大会に水族館、それに山笠も。うんうん、これは福岡を舞台にしているし、どれも経費で落ちそうですね」
ニッコリ笑う白金の顔を見て胸をなでおろす。
というか、変態ほのかもちゃんとサブヒロインとして、認められるんだな。
その後も一枚一枚、丁寧に領収書をチェックしていく白金。
どれも小説に使えるとOKをもらえた。
しかし、とある名前で指が止まる。
その名は……宗像先生。
「え、なんで蘭ちゃんがここで出てくるんですか?」
白金の目つきが鋭くなる。
「ああ。大人の女性として、自らヒロインを立候補してな。この前、取材したんだ」
破天荒でバカな人間だと思っていたが、純情乙女の側面も垣間見えたし、生徒のために時間と金を惜しまない良い教師だったことも知れたしな。
ラブコメの展開としては、どうかと思うが、キャラとして重要なポジションだと思った。
正直、使える取材だったと思う。
だが、俺の考えとは裏腹に、白金の顔はどんどん険しくなっていく。
領収書をパラパラめくっては、鼻息が荒くなり、肩を震わせる。
「なんですか、これ……パチンコに居酒屋、車のガソリン代、ウイスキー二瓶にチューハイ30缶……」
あ、ヤベッ。宗像先生、俺の経費目的で取材したんだった。
「白金、あのな。一応、意義のある取材だったと個人的には思う、ぞ?」
「これが!? どこにラブコメ要素があると言うんですか!? ただのアラサークソ女の日常じゃないですか! どうせアレでしょ。DOセンセイの経費目的でしょ! 却下です! 大体、ラノベの読者は10代の中高生ですよ? あんなクソ巨乳じゃ、童貞読者は萌えません! 処女が良いんです! ビッチはサブヒロインとして却下です!」
酷い……確かにもう処女ではないと思うが、10年以上も一人の男性に想いを寄せる純情乙女なのに。
白金は顔を真っ赤にさせて、宗像先生の領収書の束を近くにあったシュレッダーにかけた。
「DOセンセイ。今後、蘭ちゃんの言う事は聞かなくていいです! もしDOセンセイに経費として金を支払わせることがあれば、私に言ってください。三ツ橋高校の校長に伝えて給料から天引きしてやりますから!」
「りょ、了解した……」
じゃあ、何だったんだ。あの取材は…。
打ち合わせが終了し、リュックサックを背負って編集部から出ようとすると、白金に呼び止められる。
「あのDOセンセイ。良かったら新設されたBL編集部を見て行きませんか?」
「え? 俺が……」
そんな腐りきった所、興味ないね! といつもの俺なら吐き捨てる所だが……。
マブダチであるリキが脳裏に浮かぶ。
プロのBL作家、つまり北神 ほのかに引けを取らない変態さん達が一つの場所に集まっているということだ。
ここは知恵を借りたい……。
腐女子の落とし方を。
よし、勇気を持って取材してみよう。
「あ、そう言えば、倉石さんが編集長になったんだよな? ちょっと聞きたいこともあるし、寄ってみるか」
「ケッ! ただの受付のイッシーがいきなり編集長とか、マジ有り得ないですよ。私の方が『気にヤン』で功績をあげているっていうのに!」
と愚痴をこぼす万年平社員。
※
BL編集部は、ゲゲゲ文庫のすぐ上の階にあった。
エレベーターを使う必要もないので、初めて博多社の階段を使用した。
階段を昇り終える頃、なにやら甘ったるい香りが漂ってくる。
そして、悲鳴にも聞こえる喘ぎ声が流れてきた。
『あぁ~!? 部長、ダメですよ……ここは会社なのに……あああっ!』
『へぇ……そんなに感じておいてかい? 昨晩あんなに私を欲しがったくせに……しかし身体は正直だねぇ。君のここは元気そのものじゃないか?』
『アアアッ! ダメです! 部長、仕事中ですって! も、もう……』
舐めていた。
こんなにブッ飛んだ職場体験は初めてだ。
大音量でBLボイスドラマを流すとは……。
しかも入口には、裸体の男同士が激しく絡み合った等身大パネルが二つも飾られている。
その真上に『ハッテン都市 FUKUOKA』と看板が天井にぶら下がっていた。
俺が所属しているラノベ専門誌、ゲゲゲ文庫とは違い、マンガ家の編集部だから、パソコンだけじゃなく、ペンタブが設置されたデスクがズラリと並べられていた。
何人もの女性作家さん達が、編集部でネームを描き、その場で担当編集に指導を受けている。
その眼差しは、真剣そのものだ。
黒髪のショートカットの若い女性がペンの動きを止めて質問する。
「これ、受けが痔の設定なんですけど、どうすればいいですか? お口でフィニッシュですか?」
すると隣りに立っていた眼鏡の真面目そうな女性が一瞬唸りをあげ、顎に手をやり、こう答えた。
「うーん。上のお口だけじゃ、やっぱり攻めの欲求が満たされないと思うわ。それに読者もやっぱり最後は合体が欲しいと思うの。最初は口でやるけど、受けも痛くても、最終的に欲しくなり……掘られてフィニッシュがベストかしら?」
「わかりました。じゃあ、それで絡めておきます」
ファッ!?
至って真面目に仕事をこなしているのだが、会話の内容がエグい。
他のデスクも皆似たようなやり取りを続けている。
こ、怖いよぉ~ 腐女子のみなさんって!
恐怖で震えあがっていると、一番奥のデスクに座っていた女性がこちらに視線を向けてきた。
「あらぁ~ 琢人くんじゃない? 久しぶりね~」
俺に気がつき、立ち上がる。
そしてこちらへと向かってきた。
元受付嬢の倉石さんだ。
だが、もう以前の面影はない。
いつもなら真っ白な制服を着ているのに、今日は私服だからだ。
ラフな白いTシャツとワイドパンツにスニーカー。
ここまでなら、優しそうなお姉さんなのだが。
Tシャツのど真ん中には、デカデカと卑猥な言葉がプリントされていた。
『福岡にノンケのリーマンなんておらん! 88.8パーセントがゲイですばい!』
なんて酷い偏見だ。そして、同性愛者にも謝れ!
しかも、最後の博多弁。バイセクシャルの人も匂わせてるだろ。
「く、倉石さん……昇進おめでとうございます……」
「ありがとぉ~ これからたくさんの新人作家さんと絡めまくって、読者を昇天させようと思っているわ! あ、あとね。作品を読んでくれたノンケを界隈に誘いたいわね♪」
倉石さんってこんな人だったけ……。
もっと常識ある良い大人だった気がするのは、僕だけでしょうか?
BL編集部は、女性ばかりだった。
社員も漫画家もみんな。
30人以上はいるだろうか?
ゲゲゲ文庫より活気があるように感じる。
俺と白金は、倉石編集長に案内されて、応接室に通された。
いつも俺たちが打ち合わせしている薄い仕切りだけの簡素な場ではなく、分厚い壁で覆われた一室。
鍵付きのドアで厳重に管理されている。
これなら会話を他の人に聞かれる心配もない。
なんかラノベ作家より待遇が良すぎない?
部屋の中に入ると、ガラス製のローテーブルが目に入った。
それを囲むように大きなソファーが二つ。
見るからに座り心地が良さそう。
テーブルの上には、花瓶が一つ。真っ赤なバラが飾られていた。
「さ、琢人くん。適当に座って♪」
「ありがとうございます……」
「ケッ! 洒落た所だな、イッシー。編集長になったからって、調子こいてんじゃねーぞ」
なんて隣りに座る白金。偉そうにソファーに肩を回し、膝を組んで鼻をほじる。
テーブルを挟んで向い側に座る倉石さんは、謎の余裕でにこりと微笑む。
「ガッネー。大人げないわよ。所で今日はどういった要件? 琢人くんもBLデビューしたいの?」
誰がするか!
「いや……違います。白金に誘われて一度拝見したかったのと……あと、一つ相談があって」
隣りにいる面倒くさいロリババアをチラ見する。
案の定、白金が会話に入り込む。
「え? DOセンセイ。なんかラブコメの取材的なやつですか!?」
「ま、まあ。そんなところだ……俺のダチで腐女子に恋をしたヤツがいてな。一回振られているんだ。そこでBLのプロでもある倉石さんなら、何か答えが見つかると思ってな」
「うわっ……腐女子に恋したお友達ですか。ご愁傷様、ろくな恋愛できないですよ」
苦い顔して、目の前にいる倉石さんを見つめる白金。
だが倉石さんは、俺の話を聞いていて、とても嬉しそうだった。
「琢人くん。素晴らしいことだわ! 微力ながらこの私に任せて!」
グイッと身を乗り出して、鼻息を荒くする。
キモッ。
「お、お願いいたします……」
俺は、リキが恋した相手が、北神 ほのかであることを説明した。
ほのかは、この倉石さんが以前、コミケでマンガ家として才能を見出した腐女子でもある。
また、画力こそ低いとは言え、ストーリーを評価されたため、原作を担当することになった。現在、このBL編集部で彼女は預かり扱いだ。
今日は来ていないが、定期的に倉石さんから指導を受けているらしい。
「ふむふむ。変態女先生に恋をしたヤンキーくんか……」
そう言えば、そんなアホなペンネームだったな。
「あの……ほのかがリキの告白を断った時、今はBLで……絡めるのに忙しいと言ったんです。まだ脈はあるんでしょうか?」
俺の問いに倉石さんは眉間に皺を寄せて、しばらく考え込む。
沈黙を先に破ったのは、白金の方だった。
「くだらねっ。腐女子なんかのどこがいいんですか。あいつら、ルックスにうるさいでしょ? だからモテないっつーの」
と鼻をほじりまくる。
白金の暴言は止まらない。
「大体アレですよ。男なんて顔とかどうでもいいんですよ。玉と竿さえあれば、なんでもいいでしょ。あとは金」
こいつは男だったらなんでもいいのか。
ていうか、こいつこそ、誰からも相手にされない独身女のくせして。
倉石さんは白金の暴言を無視して、顎に手をやり、黙って考えこんでいる。
しばらくした後、何か思いついたのか、手のひらを叩く。
「琢人くん。今月、とある映画のリバイバルが上映されるのを知っているかしら? 古い映画なのだけど」
「え、映画ですか?」
「うん。“アルゼンチン愛レス”という作品。知っている?」
「ああ……見たことは無いですが、名作なので一応、知ってます」
それを聞いていた白金が俺に質問する。
「DOセンセイ、なんです? その映画って? 恋愛もの?」
「かなり古い映画だ。20年以上前の。確か同性愛者の純愛で。ラブストーリーに定評のある監督が制作してな。演じている俳優もイケメンで、当時かなり話題になったらしい」
「へぇ」
俺は倉石さんの狙いが分からなかった。
「倉石さん。あの映画と腐女子の攻略に何の関係があるんですか?」
「いい質問ね、琢人くん♪ 確かに腐女子はルックスに厳しい傾向があるわ。何を隠そう私の好みもかなりハードルが高いわ! 30代から40代の眼鏡が似合うサラリーマンが大好物。あ、ちなみにこれは受けのタイプね」
なんて人差し指を立てて笑う。
あれ? この展開、デジャブを感じる。
「ということは……攻めもあるんですか?」
「もちろんよ♪ 私なら60代ぐらいの執事がタイプね。中折れしそうなジジイをハイヒールでいじめぬいて、元気にさせるのが夢よ!」
とんだド変態だ。
しかもまさかの枯れ専。
「わ、わかりました……で、先ほどの映画は?」
「あら、ごめんなさい。ついタイプの話になると、びしょ濡れになりそうで……。話に戻るわね。聞く感じでは、きっとヤンキーくんのルックスでは、変態女先生は落とせないわ。ならば、ここは趣味で攻略すべきよ」
「趣味ですか?」
「うん。腐女子にとって一番辛い出来事。それは創作活動を許してもらえないことよ。でもパートナーがしっかりと、それを受け入れてくれたなら……いつかは隣りにいて、とても居心地の良い男性として、認めてくれる可能性があると思うの」
「なるほど」
一理あるな。
「で、上映される映画館なのだけど。中洲にある小さな映画館で、名前は『シネマ成り行き』だったわね♪」
ファッ!?
俺はその名前を聞いて、血の気が引く。
映画通なら一度は耳にする劇場だったからだ。
絶句する俺を見て、白金が首を傾げる。
「DOセンセイ? その映画館を知っているんですか? どんな所なんですか?」
「そ、それは……映画好きの俺でも行ったことのない所だ……。福岡市内の全劇場、シネコンを網羅した俺でも、あそこだけは……」
「ふーん。なんか芸術性の高いミニシアター系なんですかね」
倉石さん……何を考えているんだ?
困惑する俺を無視して、倉石さんはニコニコと嬉しそうに笑う。
「ヤンキーのリキくんには潜入取材をしてもらおうと思うの♪ 女性の変態女先生では、なかなか体験し辛い所だからね。ほら、体験談を彼が話せば、彼女の創作活動にもすごく励みになるわ。そこまでされたら、変態女先生も徐々に心を開いていくと思うの♪」
えぇ……。
博多社を後にした俺は、帰りの電車の中で方針状態だった。
一体、これからどうやって、友達の恋愛に協力すべきか。
とりあえず、リキとアンナに電話してみよう。
自宅に着くと、すぐにスマホをタップする。
倉石さんから頂いた悪魔のような提案を、俺は試しにリキへと報告してみた。
どんな劇場かは伏せて、しれっと
「ほのかが好きそうな映画があるんだが、どうする?」
なんてスマホの向こう側にいる彼を誘惑。
無知なリキくんは、
『もちろん、行くぜ! サンキューな、タクオ!』
と意気込んでしまった。
「だが、今回はほのかは誘えないぞ? あくまであいつの創作……つまりマンガの取材ということだ。男同士の恋愛作品、それでもお前はほのかのために、危険を顧みず、単独で現地へ赴くのだぞ?」
一応、念を押しておかないと。
あとで恨まれたら嫌だからね。
『あったりめーよ! 俺のほのかちゃんへの想いは、地球……いや宇宙のように広くてデッカイんだぜ! あの子ためなら、どんな危険もこの俺がブチ破ってやるぜ!』
うーん……君がブチ破られるかもしれないが……。
でも、俺って前にリキに事故とはいえ、処女を奪われたしな。
ま、いっか。
「リキ。お前の想い、確かに俺の予想を上回るデカさのようだ。よし、じゃあ来週の日曜日、博多駅で集合だ」
『おう! 案内は任せたぜ、マブダチのタクオ』
あの……マジでダチと思っているなら、そろそろ琢人って呼びませんか?
次は協力者。いや、リキを陥れようとする小悪魔のアンナちゃんに電話をかける。
ベルの音が一回ぐらいの素早さで通話状態になる。
可愛らしい声が受話器から流れてきた。
『タッくん? 久しぶり~☆ どうしたの? また取材かな☆』
「ああ。久しぶりだな……実は今回、俺たちの取材ではなく。別府で出会ったリキのことを覚えているか?」
まあ一応、設定なので。
『もちろんだよ☆ 頭がツルピカのリキくんだよね? あ、ひょっとして、ほのかちゃんをデートに誘うとか?』
何気にマブダチをディスってんじゃん。
「違うよ。まだその段階じゃない。実はリキからアンナにも恋愛の相談を受けて欲しいと以前、頼まれてな。それで、今回、彼一人をとある映画館に案内するから、道中に話でも聞いてくれないかと思ってな」
『恋バナだね☆ アンナ、そういうの大好き~☆ ほのかちゃんが喜ぶことをするんでしょ? 男の子同士の恋愛作品に使えるような素材集め☆』
察しが良すぎる。
「ま、まあ。そういうことだ……」
なんだろう。急に罪悪感で胸が痛み出してきた。
『絶対にリキくんとほのかちゃんをくっつけようね☆ どんなことをしても二人がラブラブになれるようにしないとダメだよ。二人の恋路を邪魔する子は、アンナが許さないもん! そんな意地悪な子がいたら、ポコポコしてあげる!』
表現方法、間違えているだろう。
顔面をボコボコにしてやる、という脅しだろ?
こうして、腐女子ほのか攻略班が結成されたのであった。
我々、取材班は未知の領域に踏み込む。
ただし、持っていく切符は一枚のみだ。(リキだけ行かせる)
一週間後の日曜日。
俺とアンナは、博多行きの電車内で待ち合わせすることにした。
以前の花火大会で彼女の居住地がブレブレ設定になり、デートをする時はいとこのミハイルの家に遊びに来ている……ということに。
いつも通り、地元の真島駅のホームで待つ。
普通列車がゆっくりと到着し、自動ドアがプシューと音を立てて開いた。
事前に指定されていた、前から三両目の車内に、その子はいた。
Aラインの可愛らしいワンピースを着ている。
胸元には彼女の象徴ともいえる大きなピンクのリボン。
またハイウエストのデザインなので、自然と胸が目に入る。
決してふくよかな胸ではないのだが。
それでも視線が上にあがり、見ていると頬が熱くなってしまう。
金色の光り輝く美しい長い髪は耳元でリボンを使い、左右に分けている。
今日はツインテール美少女か。
生きてて良かった。
肩から小さなショルダーバッグをかけている。夏らしいカゴバッグだ。
足もとは涼しげな厚底サンダル。
透き通るような白い肌、細い二つの脚は国宝級だ。
「あっ、タッくん! おはよ☆」
俺を見つけた彼女は車内から大きな声で、その名を叫ぶ。
人目にも気にせず。
だが、言われて嫌ではない。
こんなに可愛い連れと仲良くしているなんて。
むしろ誉れ高き男だ、と周囲にアピールしたいぐらいだ。
「ああ。おはよう、アンナ」
軽く手を挙げ、車内に入り込む。
※
電車が動き出すと、アンナが手に持っているものに気がつく。
イチゴの形をした小型の棒……?
「アンナ。それ、なんだ?」
「これ? タッくん知らないの? 今若い子たちの間でバズってるんだよ☆」
すいませんね。俗世とは無縁の若者で。
「すまん。知らん」
「フフッ、タッくんのそういうところスキ☆」
なんて小さな口元に手を当てて嬉しそうに笑う。
あれ? 今告白された?
「?」
俺が首を傾げていると、アンナは何を思ったのか、自身の胸をグッと俺の腕に押し付ける。
ピッタリと身体を身体を合わせて、持っていた棒のボタンを押す。
次の瞬間、ふわ~っと冷たい風が頬にあたる。
「どう? 涼しいでしょ☆ これは扇風機なの」
「おお……これはすごいな! あのバカデカイ機械をここまで小型にし、尚且つ携帯できるとは」
「ホントに知らないんだね、タッくんたら☆ 一台しか持ってないから二人で仲良く使おうよ☆」
ギュッと俺の左腕に自身の右腕を絡めてくる。
これは……肘パイというやつか。
しかし、そう称するには余りにも硬すぎる。
だが、それでいい!
大の男が二人でベッタリとくっついて、車内でイチャついているこの光景。
カオスじゃないですか。
しかし、俺の肩に小さな顔を乗っけるパートナーに、周囲の人間は誰一人として違和感がないようだ。
むしろ仲のいい俺たちを見て、睨みつける奴らが多い。
「リア充が! 夏なのにくっついてんじゃねーよ!」
「私だって去年は彼氏いたし……」
「この電車、脱線させようかな」
最後のやつ、テロリストじゃねーか!
この空間、嫌いじゃないです。
むしろ心地よく、いつまでも……時を止めて欲しいぐらいだ。
束の間のイチャイチャタイムは、20分程度で終わりを迎える。
目的地である博多駅に着いたからだ。
二人で仲良く改札口を出ると、待ち合わせの相手がすぐ目に入る。
身長が高くガタイの良いアロハシャツを着たスキンヘッドのおっさん……じゃなかった千鳥 力だ。
今回の取材対象である。
俺とアンナを見るや否や、顔をぱぁっと明るくして、手をブンブンと振って見せる。
「おーい! タクオ、アンナちゃん~!」
これから地獄を見るかもしれない彼だ。優しく接してあげよう。
「おお、リキ。久しぶりだな」
マブダチとの再会を祝して固い握手を交わす。
アンナもその光景を見て、嬉しそうに微笑む。
「リキくん。別府以来だね☆」
嘘をつけ! お前らガキんちょの頃からの仲のくせして。
まさか親友が女装しているとも知らずに、リキはどこか恥ずかしそうに頭をかいてみせる。
「ア、アンナちゃん……前はダセェところ見せて悪かったね。きょ、今日も可愛いじゃん。タクトには勿体ないぐらい女の子だぜ」
「やだぁ~ リキくんったら! こんな人目のつくところで、タッくんとアンナのことを褒めてくれるなんてぇ~☆」
なんてツインテールをブンブンと左右に振り回す。
照れているのだろうが、男三人で何やってんだよって感じだな。
※
俺たちは中洲に向かうため、博多駅の地下街へと向かった。
市営の地下鉄に乗りたかったから。
倉石さんが紹介してくれた映画館は、ちょうど地下鉄の中洲川端駅が一番近く、初見のアンナやリキでも分かりやすいためだ。
バスでも良いが、今回は電車一本で行ける地下鉄を選ぶ。
地下鉄に乗り込み、三人でつり革に掴まって立ったまま、恋愛の相談が始まった。
「さっそくなんだけどさ。行きながらでいいからさ。アンナちゃんに聞きたいことがあるんだよ」
リキは珍しく弱気だった。
「うん。なんでも言って☆ アンナにできることなら、なんでもするよ☆」
本当に何でもさせる気だよ、この人。恐ろしい。
「あのさ。ほのかちゃんに告ってからさ。怖くて連絡が出来ないんだよ……」
随分とショックを受けているようだ。
やんわりと断られたとは言え、想いが伝わらなかったことは、彼に取ってさぞ辛かったのだろうな。
肩を落として、暗い顔をするリキを見て、アンナはニコッと優しく微笑む。
「アンナ。女の子だからほのかちゃんの気持ち分かるよ☆」
いや、お前は正真正銘の男だろうが。
「マジで? 俺、ほのかちゃんのL●NE交換してるんだけどさ。今一歩勇気出なくて……」
それを聞いたアンナは、彼の肩をポンポンと叩きこう言った。
「怖がってたら何も始まらないよ? アンナだったら、10分間に100通は送るかな☆」
ファッ!?
その特殊なスキルはあなただけの独占でしょ。
リキがやったら絶対に嫌われるし、ストーカーとして、怖がられるよ。
「え、マジ? アンナちゃんって、いつもそれぐらいメッセ交換するの?」
「うん。フツーフツー☆ むしろ相手が既読スルーしたら、ずっと通知画面と睨めっこしているぐらい☆」
怖っ!
「そっかぁ……女の子って、それぐらいL●NEしても余裕なんだ。知らなかったぜ。教えてくれてありがとな、アンナちゃん」
「ううん。なんだったら、今からほのかちゃんに送ってみたらいいよ☆」
マジでこの人、恋愛を応援しているんだよね?
なんかどんどん裏目になっている気がします……。
アンナの発案により、急遽リキはスマホを取り出すことに。
目的は撃沈したほのかにL●NEすることだ。
まだやめておいた方が良いと思うのだが……。
「なんて送ればいいかな? アンナちゃん」
目をキラキラ輝かせて助言を求めるリキ。
「そうだな~ アンナだったら、好きな人には自撮り写真を送るかな☆」
「ブフッ!」
思わず吹き出してしまった。
そりゃ、あんたがカワイイからだろと。
ガチムチ兄貴のリキの自撮り写真なんて、誰が喜ぶんだよ……。
「わかったぜ! じゃあ今から写真撮って送るわ!」
ファッ!? 真に受けるんかい!
「うんうん☆ いいと思うよ☆ 撮る時は出来るだけ上からにしたほうがいいよ。上目遣いでおでこにピースすると更に、良きかな☆」
悪きです……。
「さすが、可愛い女の子の言う事は違うな! よし、じゃあ電車の中だけどやってみるわ!」
そう言って、人目も気にせず、車内で自撮りするリキ。
近くにいた若い女子高生がその姿を見て苦笑していた。
「なにあのおっさん。乙女ぶってさ」
「あれじゃない? きっとLGBT的な?」
そういう偏見や差別は良くないと思います。
自撮りをしている最中も隣りに立っているアンナから逐一、指導を受けるリキ。
その大半が典型的なブリッ子のポージング。
見ていて辛い。
やる気マンマンで連写しているリキをボーッと眺める俺に対し、アンナが耳打ちしてくる。
(ねぇ。タッくん、これならイケそうだよね☆)
どこがだよ!
(まあ……何事も経験が大事だからな)
(だよね☆ ところで今日ってどこに行くの?)
そうだった。まだ彼女にちゃんと今日の取材を説明していなかったな。
(それなんだが……女のほのかでは行けそうにない映画館に、リキを行かせようと思っているんだ。腐女子のほのかを落とすには、リキのルックスでは無理だから。趣味で距離を縮めようと思っているんだ)
言いながらも、胸が痛む。
だが、それを聞いたアンナは瞳を輝かせて、喜ぶ。小さく拍手しながら。
(スゴイスゴイ! 知らないおじさん達と仲良くなれる場所だよね? タッくん、アンナの考えと一緒なんだ☆ 嬉しい……)
なんて頬を赤らめる。
全然一緒じゃないんだけどね。
何枚も写真を撮り終えた所で、リキが俺たちに質問する。
「なあ、これ送るのはいいんだけどさ。なんてメッセを送ればいいかな?」
うっ! 今から社交場に向かうなんてダチには言えないよぉ!
俺が言葉に詰まっていると、代わりにアンナが答える。
「えっとね。『今から知らないおじさん達とお話に行くお』『中洲なう』って送ればいいと思うよ☆」
軽すぎる! しかも何気にほのかなら、喜びそうなワードじゃん。
「へぇ……よくわかんねーけど、女の子のアンナちゃんが言うなら、多分それが正解なんだよな! さっそく送るわ!」
マジで俺にも答えが見つかりません。
L●NEを無事に? 送信したリキは、満足そうにしていた。
その後、アンナがこれからほのかを攻略する上で大事なポイントを説明し出す。
「リキくん。別府でほのかちゃんに告白した時のこと、覚えている?」
「ああ……忘れられないよ。今でも失敗だったって、毎日へこんでるぜ」
選んだ相手が、だろ。
「落ち込まなくて大丈夫だよ☆ ほのかちゃんが最後に言ったセリフ、そこにリキくんへのアピールポイントが含まれていたんだよ☆」
「え? あ、たしか……『キャラメル』『しょうた』『おじさん』で忙しいって言っていたような」
全然、理解できてない!
しょうたくんじゃなくて、ショタなの!
それを聞いたアンナは、深いため息を吐き、首を横に振る。
「リキくん。女の子の気持ち、全然わかってないね……」
「わりぃ……アンナちゃんなら分かるんだろ? 頼む、教えてくれ!」
「もちろんだよ☆ じゃあ今からその三つの言葉を説明するね☆ スマホでメモした方がいいよ☆」
「おし! メモの準備できたから、頼むわ!」
こうして、女装教師アンナによるBLの基礎を教わるリキくんなのでした。
スマホの画面に写し出された幼い少年が裸体でめちゃくちゃにされるイラスト。
おじさん同士で、突っつきあう生々しいマンガなどなど。
彼女がインターネットで検索した画像一覧を、リキは真剣に見つめる。
時にその画像を自身のスマホでも探してスクショするほど、真面目な態度。
「どう? これがほのかちゃんの趣味、生きる世界なの☆ リキくんがほのかちゃんとラブラブになるには、この世界を理解できないと無理だと思うよ?」
俺は絶対に理解したくない。
「よく分からないけど……女の子って、みんなこういうのがスキなのか? 男同士でキスしたり、なんか好きなのに、後ろから相手をいじめているように見えるんだけど」
そういう愛し方なんだよ。
「うん☆ 世の女の子はみ~んな! こーいうのが、だ~い好きなんだよ☆」
ファッ!?
一括りにしやがった! アンナのやつ。どこまで暴走する気だ。
「へぇ……じゃあさ。アンナちゃんもこのビーエル? ってやつ、読むの?」
巨大ブーメランがやってきた。
言われて、何故か身体をもじもじさせるアンナちゃん。
頬を赤らめて。
「う、うん……たまに、ね」
読んでいるのか。
あれ? ということは、ミハイルが愛読しているということでは!?
俺の不安は的中する。
何を思ったのか、スマホでコミックアプリを起動するアンナ。
それをリキに突き出す。
「今、読んでいるのはこういうのかな……」
なんて恥ずかしそうに、身体をくねくねさせる。
気になった俺もリキと一緒に画面を確かめた。
ハーフぽい中性的なショタッ子が、高校生ぐらいの細身の男子が耳をかぶりつき、ショタの胸元を両手で弄り倒す。股間は二人とも元気元気♪
受けは一見嫌がっているように見えるが、攻めの押しに負けて快楽に溺れているようだ。
タイトルは
『好きになったハーフ美少女が男の子でした。でも愛と穴があれば、問題なし』
「……」
絶句する俺氏。
「なんかさ……このえっと、ショタだっけ? 俺のダチに似ているな。なあ、そう思うだろ? タクオ」
「え……だ、誰の事だ?」
「ミハイルだよ」
「そ、そだね……」
アンナのやつ、というか、ミハイル。
ついにBLで勉強しやがったのか。それも熱心に。
「ところでさ。アンナちゃんはコレを読むと、どんな感じ、気持ちになんの? 俺さ、恋愛ものとかよく分からなくてさ。今後ほのかちゃんの趣味を理解するためにも教えてくれないかな?」
「う、うん……なんだか読んでいると、心がポカポカして、ドキドキして……。読みだすと夜も眠れないぐらい、胸がキュンキュンしちゃうの……」
と恥ずかしそうに性癖を暴露する。
「へぇ、なるほどなぁ。勉強になるよ」
そこはメモしなくていいって。
「ハァ……思い出したから、またドキドキしちゃった」
と小さな胸を両手で抑えて吐息を漏らす。
そして、何故かチラチラと俺の顔を見つめる。
いつも積極的な彼女にしては、珍しくしおらしい。
頬を赤くし、緑の瞳は僅かに潤んでいて、どこか色っぽい。
ハッ!?
そういうコトを想像しているのか、こいつ!?