「なあ、タクトってどこに住んでいるんだ?」
「俺か? 真島(まじま)だ」
「マジか! オレいったことあるぞ!」
「さいでっか……」
 駅のホームで博多行きの下り列車を待つ。

 なぜ俺はこの金髪ハーフで天使のような女の子……だったらよかったな。
 の、男の子。古賀 ミハイルと肩を並べているのだろうか?
 隣りに立っているこの子が、本物の女の子なら赤飯ものだが……。

 プシューッと列車が動きを止める。

 自動ドアが開くと旧式の列車、つまり横並びのイスタイプとわかる。
 こういう席並びは本当に嫌いだ。
 隣りにびっしりと人と人が肩をくっつけ、膝もすり寄せる。
 おまけに反対側の人間ともよく目があう。
 あと、俺が座っているとよく女子は「キモッ!」みたいな顔で座ることをやめ、直立不動を選びがちである。


「タクト? どうしたんだ? 座ろうよ」
 キラキラと輝くエメラルドグリーンの瞳が俺を誘う。
「ああ……」
 半ば言いなりになると、二人して座る。
 ため息をつき、リュックサックを床にドサッと置く。
 やはり肩がこっているな……。
 
 対してミハイルはリュックサックを隣りの席に置き、俺に膝をすり寄せる。
 なにこれ……噂に聞くキャバクラですか!?
 ピッタリとくっついて、スマホを取り出す。

「古賀。お前のスマホケースって……」
「これか? いいだろ☆」
 そう言って「宝物だよ☆」みたいに自慢げに見せるは、クッソ可愛いネズミのキャラだ。
 俗にいう『ネッキー』である。夢の国からきた救世主である。
 ピンクのズボン履いちゃってさ、超かわいいよな。
 こういうのってJKがよくしているヤツだよな。
 なんで男のミハイルがつけているんだ?

「お前、それって……『ネッキー』だろ?」
「うん☆ ネッキー大好きだからな」
 めっさ笑ってはるよ……。
「そ、そうか……」
「タクトはどんなケースしているんだ?」
 よくぞ聞いてくれました!

「フッ……俺はこれだ!」
 取り出すは、ビジネスマン向け、利便性重視の手帳型ケース。
 色は紺色。ザ・シンプル。
「うわっ……だっさ!」
「なんだと!? これは俺がアマゾンで2時間もかけて選んだコスパ良し、機能性良し、しかもカードが10枚も入るんだぞ!」
「だから? デザインがカワイくない」
「……」
 クッ! この天才少年の琢人様が、おバカなミハイルに論破されるとは!

「フン! お前にこの崇高なデザインはわからんのだ!」
「お、怒らなくてもいいじゃん」

 腹を立てた俺は、リュックサックからイヤホンを取り出す。
 スマホに接続するとお気に入りのプレイリストを流す。
 疲れた鼓膜にはこの音楽が最高だ。
 『パンプビスケット』『ランキンパーケ』『システムオブアシステム』など……。
 ラウドロックがズラリだ。
 
 日々の怒りが、うっぷんが……彼らのシャウトで俺を癒してくれる。
 重低音こそが聴く『抗うつ剤』だな。

「なあ……クト……」
 肩をチョンチョンと、遠慮がちにつつくミハイル。

「どうした?」
 片耳を外して、ミハイルの言葉を待つ。
「なに聴いているの?」
「フッ……今、聴いているのは最高のバンドの1つ。‟パンプビスケット”だ」
「ふ~ん。なんかすっごくいい顔で聴いているから気になるなぁ……」
 上目遣いをしてはいけません!
 思わず唇に触れたくなるでしょ!

「ほれ」
 片方のイヤホンを差し出す。
「ありがと☆」
 ニッコリ笑って、大事そうにイヤホンを自身の右耳にそっとつける。
 自然と肩と肩がくっつく。
 ミハイルの髪から甘いシャンプーの香りが漂う。
 思わず俺の心臓さんもバックバク……。
 と、余韻に浸っているのも束の間。

「うわっ!」

 ミハイルはイヤホンを投げ捨てるように放り投げた。
 そのせいで俺のイヤホンまで外れてしまった。
 耳に痛みを感じ、イラつく。

「なにをする!」
「わ、わりぃ……うるさすぎて……」
 申し訳なさそうにモジモジしている。
 聖水なら早くお花を摘みにいきなさい。

「うるさいだと? この崇高な音楽をお前は『うるさい』だと?」
 怒りの琢人がログイン!

「わ、わりぃって……まさかタクトが、こんなうるさい曲聴いているとか思わなくて……」
「おい、また『うるさい』といったな?」
「わりぃってば……」
 少し涙目になってはる。

 ギャラリーが『ざわざわ……』と音を立てる。

「ねぇ、アイツ。ヒドくない?」
「だよね……ドン引き」
 
 声の持ち主を辿れば、三ツ橋高校の制服組のJKね。

「ま、まあ音楽の趣味は人さまざまだからな……」
「う、うん……代わりにオレの曲も聞いてよ☆」
 え? そんなの望んでないから。
「ほら☆ いい曲ばっかり」
 そう言って、イヤホンもなしに音楽を大音量でかける。
 電車の中はおうちじゃないのよ? ミハイルさん。

「ん? この曲って……」
「そうだよ☆ 『デブリ』の『ボニョ』!」
 え~、可愛すぎません、オタクの趣味。

「ボニョ~ ボニョ~ ボンボンな子♪ 真四角なおとこのこ~♪」
 ニコニコ笑いながら大声で歌いだすミハイル。
 電車内では静かにしなさい!

「カワイイよね、あの子。ホモショタかな?」
「マジ? 尊いやん……」

 制服組じゃなくて、腐り組じゃねーか!

「なあ……古賀、なんでそんなカワイイもんばっか好きなんだ?」
「だってカワイイじゃん☆」
 んなことは見ればわかる。

「一応、お前もティーンエイジャーの一人だろ? もっとなんというか……男ならカッコイイものに憧れないか?」
「うーん……オレは小さい頃からねーちゃんと一緒にいて、ねーちゃんとDVDとか見て育ったからな。あんま、そういうのわかんないな」
 シスコンかよ。
 ねー、ちゃんと風呂入ってんの?
 わからんな……ヤンキーという生態は。

 BGM、名作曲家のジョーさん。