気になるあの子はヤンキー(♂)だが、女装するとめっちゃタイプでグイグイくる!!!


 散々な昼食タイムだった。ひなただけだが……。
 また彼女のテンションが下がってしまい、
「私ってなんか厄日なんですかね?」
 と嘆くので、俺は再度も盛り上げるために、今度は動物たちと身近に触れ合えることができる屋外エリア、かいじゅうアイランドを勧めた。

 アザラシやペンギン、イルカなどにエサをあげたり、自身の手で触れるという、動物好きからしたら、たまらないイベントも用意されていると聞く。

 それを提案すると、ひなたは大喜び。
「あ、私。そこ大好き! 早くいきましょ!」
 どうやら、気分が上がってきたようだ。

   ※

 地下のレストランから一階にあがり、水族館の一番奥へと進む。
 暗い館内を歩くこと数分後、ようやく明かりが見えてきた。

 かいじゅうアイランドは、屋外に建てられた円形の二階建てのプールだ。
 二階でエサを買い、水面からニョキッと顔を出すアザラシに食べさせることができる。
 と言っても、ポイッとトングで魚を放り投げるだけのなのだが。

「うわぁ、可愛い~!」

 かれこれ、3回もエサを買ってはアザラシの鳴き声に喜ぶひなた。
 しかし、あれだな。
 アザラシの鳴き声っておっさんみたいだな。
「うごおええ!」
 なんて、クレクレするんだから。

 アザラシにエサを与えて満足したひなたは、次は「一階へと降りたい」と言う。
 先ほどのアザラシおじちゃんたちは、基本エサをあげる時以外は、水面下の深いプールで泳いでいるからだ。
 らせん状のスロープを下っていくと。
 所々に小さな窓があり、そこから泳いでいるアザラシが見える。
 時折、ぬおっと顔を出してくれて。
「アハハ! 可愛い~」
 とひなたは手を叩いて喜ぶ。

 アザラシを堪能したあと、一旦外に出て、次は反対方向にあるペンギン達を観に行く。
 よちよちと歩いて、スタッフのお姉さんと戯れている。
「センパイ、一緒に写真撮りましょ!」
「おお……」
 ひなたがスマホを取り出し、自撮り棒を向けてペンギンたちを背景にパシャリ。
「やったぁ! センパイとペンギンさんたちの写真撮れたぁ! これって激レアじゃないですか?」
「え、なんでだ?」
「だって、センパイってこういう所、一人じゃ来ないでしょ? 多分、私が誘わなかったら、一生撮れない写真でしょ♪」
「そ、そうか?」
 なんだろ。軽くディスられた気が……。


 最後は、イルカと一緒に記念撮影が出来るプールに行ってみた。
 かなりの人気ぶりで、カップルや家族連れで賑わっている。
 俺たちも行列に、並んでみる。
「センパイ、ここで撮影するの初めてでしょ?」
「ああ、子供の頃に来たが、こういうのはやらなかったな。ていうか記憶が曖昧だ」
「ははは! やっぱりセンパイっておっさんくさい! 撮る時にイルカさんに触れるんですよ♪」
「ほう。それはなかなか経験できないことだな」
 ていうか、いちいち人をおじさん扱いすな!


 俺たちの番になった。
 イルカは水面から出てきて、プールサイドで大人しくスタンバっている。
 隣りにスタッフのお姉さんが座っていて、無賃労働のイルカさんに報酬として、小魚をあげている。
 床は水でかなりヌルヌルしていて滑りそうだ。歩くたびに転んでしまいそうになる。
 俺もひなたもペンギンのように、よちよち歩きで慎重に進んだ。

 やっとのことで、イルカとご対面。
 俺がイルカの背中側、ひなたは頭を撫でている。
「きゅ~」
 なんて声をあげている。
『早く終われや。わし、疲れとんじゃ』
 ていう意味なのだろうか?

 ひなたはスタッフの人にスマホを渡し、撮影をお願いする。

 俺もイルカの背中に恐る恐る触れてみる。
 柔らかい……そして、僅かだが鼓動を感じた。

「では、一枚目いきますよ~ 彼氏さんもこちら向いてくださ~い!」

 スタッフにそう言われて、視線を戻す。
 ひなたが「ピ~ス!」なんて言うので、俺も一生懸命、笑って見せる。

「はい、チーズ! あ、もう一枚いっときましょう! お二人ともスタンバイいいですか?」

「あ、は~い! センパイ笑って笑ってぇ~」
「に~!」
 なんだか作り笑顔していると、歯ぎしりしているみたいに感じる。

 二枚目の写真が終わり、撮影した写真をひなたが確認し「よく撮れている」と満足していた。
 記念撮影も無事に終わったので、俺たちはプールサイドから出ることにした。
 次の客が待っているし。

 俺はひなたが転ばないように手を繋いで、アシストしてみる。
「センパイ、優しい……」
 こういう待遇に慣れていないひなたは、相変わらず頬を赤くしていた。
 二人して歩いていると、次の客とすれ違う。

 ハンチング帽を被り、サングラスにマスク姿。夏だというのにトレンチコート。
「あ」
 思わず、声に出る。
 こいつ……ひなたを押した犯人じゃないか?
 そう思った時、もう全てが遅かった……。

 ハンチング帽を被り、サングラスにマスク姿。夏だというのにトレンチコート。
「あ」
 俺がこいつだと思った瞬間、物凄い力で手を引っ叩かれた。
 ひなたと繋いでいた方の手だ。
 強制的に二人の手は遮断される。

「いってぇ!」
「痛い!」
 互いにその痛みに驚いているのも束の間。

「フン!」
 とハンチング帽がドスの聞いた声をあげると……。

 ズボン! と何かが水の中に落ちる音が背後から聞こえてきた。
 振り返ると、後ろにいたはずのひなたがいない。

 イルカさんが「クエ?」なんて首を傾げている。
 一匹しかいないはずのプールにもう一匹、活きのいい大きなメスが。

「きゃあああ! うぼぇ! ぐ、ぐえぇええ!」

 ひなたがプールから顔を出して、泳いでいた。口から水を吐きながら。
 かなり深いのに、上手いことバタバタ手足を動かして、どうにか水中に浮いている。顔だけ。

「ひなた! 今助けるぞ!」

 咄嗟に俺がプールサイドに駆け寄ろうとしたが、脚がピクリとも動かない。
 なぜならば、誰かが俺の左腕をがっしりと掴んでいるから。
 そして、グイッと強引に出口へと引っ張られていく。

「ちょ、ちょっと! なんなんだ! お前は誰だ! 俺は連れを助けに行かないとならないんだ!」
「……」
 だが相手は沈黙を貫く。
 物凄い力で、俺の腕をがっしりと掴み、自由を許されない。
 なんて馬鹿力だ。
 女の握力じゃないぞ?

 気がつけば、かいじゅうアイランドから出て、水族館に戻ってきてしまった。
 両足はずっと地面に擦り付けられて。

 ようやく、解放された俺は、犯人の女に向かって激怒する。
「お前! 一体なんなんだ! 俺たちに恨みでもあるのか!? 事によっちゃ、警察を呼ぶぞ!」
 俺が威嚇してみるが、相手は一切動じることはない。
「ふふ……」
 不気味に笑い、余裕さえ感じる。

 しばしの沈黙の後、何を思ったのか、その女は被っていたハンチング帽を取って見せる。
 すると、隠されていた美しい金色の長い髪が肩にかかる。
 サングラスもマスクも取る。
 キラキラと輝く宝石のようなグリーンアイズ。
 ピンク色の小さな唇。

「タッくん、アンナだよ☆」
「え、えええ!?」

 不審者は、僕のメインヒロインでした。

 なんと、このマリンワールドで起きていた、ひなたの災難は全て、この目の前に立っているブロンドの美少女。
 アンナが犯人だったようだ。

 俺はあまりに酷い仕打ちに対し、ドン引きしていた。
 だが、当の本人は悪びれるわけでもなく。
「タッくん、今から水族館でも取材しよっか?」
 なんて笑っている。
「いや……ダメだろ。アンナ、今日ずっと俺達のこと、追っかけ回していたのか? しかも、ひなたに起きた不幸は全部……」
 言いかけた途中で、彼女の小さな指が俺の唇に触れる。
「違うよ☆ ひなたちゃんは日頃の行いが悪い子ちゃんだから、多分あんなことになったんだよ☆」
「えぇ……」
 あくまでも白を切るつもりか、この子。


「でもさ、ひなたちゃんって小説の世界ではサブヒロインなんだよね?」
 急に話題を変えてきやがった。
「まあな。だが、それと何の関係があるんだ……」
「アンナもね、一生懸命考えたんだよ?」
「なにをだ?」
「小説の世界☆ メインヒロインが居れば、あとのモブヒロインはきっと読者の人も。いらないなぁって思うんじゃないかってね……。だから、殺せばいいんだよ☆」
 なんてカワイイ顔して、恐ろしいことを言い出すんだ。この人。

「だ、誰を?」
「ひなたちゃんを殺すに決まってるじゃん☆」
 人差し指を立てて、まるで「今晩のおかずを決めたよ☆」ぐらいの軽い口調で、提案してきた。
 スナック感覚で殺人を考えるとか、怖すぎる。
「なにを言っているんだ? そんなことしたら、犯罪だろ……俺が逮捕されていいのか?」
 そう言うと、アンナは白い歯を見せて笑い出す。
「タッくんたら、そんなわけないじゃん! ははは、カワイイ~☆」
 え、今俺ってなんか愛らしいことしたかしら?
「どういうことだ……」
「作品の中で殺す、死なさせるってことだよ☆ さっき事故でプールに落ちたでしょ。溺死ってことにすればいいよ☆」
 良くない、全然よろしくない。

 仮にもラブコメで死人を出すとか、笑えないし、胸キュン要素は殺され、読者は胸が痛みだしちゃうよ。

「良くない! アンナ、俺はひなたを助けに行かないと!」
 さすがの俺も、溺れた彼女が心配だったので、かいじゅうアイランドに戻ろうと、アンナに背を向ける……とアンナが俺の肩に触れて。
「大丈夫だよ~ タッくんたら、優しいんだね。ひなたちゃんって、水泳部なんでしょ? じゃあ放って置いても全然OKだよ☆」
 悪魔のような囁き声が背後から聞こえてきた……。

「そういう問題じゃないだろ! アンナ、いい加減にしないと、今回は俺もちょっと怒っているぞ?」
 度が過ぎるカノジョには、ちょっとお説教しておかないとな。
 アンナは、初めて怒った俺の顔を見て、しゅんと落ち込んでしまう。
「タッくん……怒っちゃったの……」
 なんて瞳を潤わせ、上目遣いで顔色を伺ってくるので、俺の怒りは一瞬にして、冷めてしまう。
「あ、いや。怒ったというか、まあ……人間としてだな。やはり女の子は大事に扱わないと……」
「ぐすっ……ごめんなさい。タッくんのお友達を悪く言って……」
 いや、悪く言ったんじゃなくて、あきらかに殺しに来たんだろ。あんた。


 そんなことをしていると、誰か人影がこちらに寄って来る。
 びちゃん、びちゃんと……不気味な足音で。

「セ~ン~パ~イ。な~にやってんすか……。私を置いて、助けにも来ず、知らない女をナンパですかぁ~?」

 振り返ると、そこにはびしょ濡れになった女妖怪、雨女……ではなく。
 現役女子高生の赤坂 ひなたが立っていた。
 濡れて重たくなった前髪は、だらんと顔を隠すまで垂れている。
 そのせいで、彼女の瞳が確認できない。
 両腕はなぜか宙に上げて、力なく伸ばしている。
 まるで、ゾンビのようだ。

「ぎゃあああ!」

 俺はその姿を見て、思わず絶叫してしまった。

「センパイ……隣りのなんか、あざとい女……誰ですか?」
 凍りつきそうな冷え切った声で呟く。
「えっと、その……この子は……アンナちゃんです」
 なんとなく、紹介してみる。
 すると、ひなたは肩をブルブルと震わせて、手のひらを丸めて拳を作る。

「お前かぁ……お前があのクソチート女のアンナかぁあああ!?」

 殴りかかる彼女を俺は必死に抑えこむ。
「ひなた。すまん! 今回のことは俺が悪い!」
「センパイは悪くないでしょ! この女が犯人だぁ!」

 俺とひなたが揉み合っている姿を、ちょっと離れた所で、アンナはニコニコ笑って見ている。

「ほらぁ、言った通りじゃん。水泳部だから大丈夫だったね☆」
 その一言が更にひなたを興奮させてしまう。
「お前ぇ~ それでも人間かぁ!?」
 ひなたを落ち着かせるのに、30分間はかかった。

「ふぅ~! ふぅ~! こんのチート女ぁ!」
 ひなたは相変わらず、怒りが冷めないでいるようだ。
 これでも大分落ち着いてくれた方なのだが……。
 息を荒くして、拳にも力が入る。
 そして、俺の隣りにいるアンナをギロッと睨みつけた。
「ひ、ひなた……今日のことは俺が悪いんだ。だから許してやってくれないか?」
「センパイは黙っていてください! これは私とその子。女の子同士のケンカなんで!」
「は、はい……」(相手男の子だけど)

 俺はひなたの充血した真っ赤な目に恐怖を覚え、萎縮してしまう。 
 数歩下がり、二人のやり取りを黙って見届けることにした。

 今、この現場は殺気立っている。
 片方は怒りと憎しみで紅蓮の炎を身に纏い、もう片方はにこやかに微笑んではいるが、目が笑っていない。静かだが、相手を一撃で屈服させるような圧倒的な力、巨大な闇を纏っている。
 両者、一歩も譲ることはない。

 だが、ここはただの平和な水族館。
 ケンカすると迷惑なので、場所を移動した。
 おみやげ売り場の前。
 入口のすぐ近くだから、たくさんの家族連れやカップルが俺たちの周りを通り過ぎる。
 対峙する二人を見て、ざわつく。

 そんなことは眼中にない、ひなたとアンナは、ゆっくりと互いの距離を縮める。
 顔と顔がくっつきそうなぐらい接近すると、睨みあう。

「ねぇ、チート女さ。あんなことやっておいて、タダで済むと思ってんの?」
 額をゴンッと当てに行くひなた。
「なんのことかな?」
 物怖じせず、ニコニコ笑うアンナ。小さなおでこをグリグリとひなたにこすりつける。
 もう、あれだ。ヤンキー同士の喧嘩に近い。
「あんたがやったこと犯罪よ! ていうか、なんなの? その態度。ブリブリしやがって! ハンッ、ウンコ女がお似合いだわ」
「う、ウン……あ、アンナは、タッくんにカワイイって言ってもらえるのが一番だもん!」
 今の攻撃でひなたが少し有利だな。

「あと、あんたさ……なんか胡散臭いのよ」
「え、え、臭い? どこが?」
 なんかこのやり取り、この前にも見たような気が……。
「全部よ! なんていうのかな……非モテの童貞くんが考えたテンプレの痛い女って感じかな? アンナちゃんだっけ? 女に嫌われやすいよ、きっと」
「そ、そんなこと……ない、よ?」
 何故疑問形? そして半泣き状態だよ。
「トレンチコートの下も男に媚びまくったガーリーファッションで超地雷系。メイクもブリブリ過ぎて嫌い。水族館なのにヒールの高いローファーとかバカ丸出し。清楚系な尻軽女って感じかな?」
 むごい! そこまで言わなくても……俺の好みに合わせてくれただけなんだから。
「ひ、ひっぐ……ひなたちゃんって怖い」
 いや、どっちもどっちかな。

 だがアンナも負けてはいなかった。
 自分のファッション、ルックスをけちょんけちょんにされて、黙ってはいられない。

「で、でも! ひなたちゃんだって、あざといもん! アンナのタッくんに胸を押し付けたり、わざとらしくミニ丈のスカートをタッくんの顔に見せつけて。そんなにパンツ見られたいの? 変態さんだね!」
 女装するあなたに言われたらおしまいだ。
「はぁ!? あ、あれは……センパイが勝手に見ただけだし……」
 アンナの言う事も一理ある。
 いつも見せつけては引っぱたくからな。
「大体、ひなたちゃんは、サブヒロインなんだから、あんまり取材しなくてもいいでしょ?」
 サブという言葉が、ひなたの心にグサリと刺さったようだ。
 胸の辺りを手でおさえている。
「そ、そんなの関係ないじゃん! さ、サブヒロインだって、ラブコメでメインに昇格する作品もあるはずよ! 大体、アンナちゃんがメインって誰が決めたの? センパイ?」
「ふふん☆ その通りだよ☆ タッくんが決めてくれたの」
 いやいや、それについては、半ば強引にあなたが決めたんだよ。


「ていうかさ、アンナちゃんって……誰かに似てない?」
 ひなたは眉をひそめて、じーっとアンナの顔を眺める。
「え、え? 他人の空似じゃないかな?」
 ガクガク震えだしたアンナさん。
「前にセンパイから写真を見せてもらった時は、ハーフであざといチート女って思ったけど……いざ実物を見たら、偽物っぽい女の子って感じなんだよね。あ、ミハイルくんに似てない?」
 ひなたの反撃、こうかはばつくんだ!
 アンナは床に膝をつき、胸を手でおさえる。
「だ、だって。ミーシャちゃんとは、いとこだから……ね」
「ふーん。でも、いとこにしては似すぎじゃない? 双子じゃないでしょ? なんだかなぁ、女の子にしては、男の子に媚び売り過ぎてて、違和感を感じちゃう」
 だって、中身は健康な男子なんだよ。
 もう許してあげて!

「そ、そんなことないよ? アンナはタッくんの取材対象で、メインヒロインなんだもん……」
「ふーん。でもヒロイン候補の一人だよね? じゃあ、私もメイン候補の一人じゃん。とりあえず、センパイは返してもらうから! アンナちゃんは一人で帰ってよ!」
「イヤッ! アンナだってマリンワールドは、まだタッくんと一度も来たことないのに……ひなたちゃんがタッくんの初めてを奪うのは、絶対にイヤ!」

 そうだった。
 アンナという生き物は、俺との『初めて』にこだわる女の子だった。(♂)

「初めて、初めてって。別に私のあとで、センパイとマリンワールドに来ればいいじゃない!? どうしてそこまでこだわるのよ? だからって私とセンパイのデート……取材の邪魔する理由になってない!」
「タッくんの初めてはアンナが絶対なの! 今まで映画も遊園地もプールも温泉も花火大会も……全部、ぜ~んぶ! 初めてはアンナだもん! ひなたちゃんこそ、二番目にしてよ! 抜けがしてラブホに連れ込んだりしてぇ!」

 こんな低レベルの口喧嘩をかれこれ、30分近くも大声でやりあっているんです。
 しかも、入口の近くの売店で。
 たくさんのお客様が見世物のように集まり出しちゃって。
 もうね、公開処刑ですよ。俺は。

「ら、ラブホの件は……あれは仕方なくヤッちゃっだけよ! ていうか、なんでアンナちゃんがあの事を知っているのよ!?」
 なんかさ、二人してラブホの話題でも盛り上がってるけど、知らない人が聞くと、俺とひなたが関係持っちゃったカップルとして勘違いしちゃうよ。
「あのあと、タッくんから聞いたもん! だから、アンナも次の日連れて行ってもらったよ? スイートルームで可愛いハートのジャグジーで、タッくんと仲良く入ったもんね!」
 もう、やめてぇ!
 俺、どんだけヤリまくってる男なのよ?
 まだ童貞だよ……。

 人だかりが出来て、俺達を囲み、二人のケンカを見守る。

「おいおい、あのオタクっぽい奴があんな可愛い二人と……うらやま!」
「三角関係? 肉体関係? どっちにしてもあの野郎、マジ最高じゃんか!」
「女の敵ね。あんなに二人を困らせて、去勢するべきよ。ヤリ●ン野郎は」

 ほらぁ! 誤解されてるじゃんか!

 俺は一人、頭を抱え、もがいてはいるが、二人の口は止まらない。

「ハァ? そんなの聞いてない! ジャグジーで経験したの? なんてハレンチなの!」
「ひなたちゃんの方がエッチだよ。タオルだけで身体を隠してタッくんに馬乗りなんてさ」
「あれは……中に下着をちゃんと着てたし……アンナちゃんの方こそ、裸になってジャグジーでセンパイを誘惑したんでしょ?」
「し、してないもん! アンナはタッくんが決めたスク水を着てたし……」
 ぎゃあああ!
 もう穴があったら入りたい!

 ざわつく水族館。
 スタッフや警備員まで出てきた。
「君たち! 小さなお子さんもいるんだ! 痴話げんかなら外でやってくれないか!」
 青い制服を着た中年に注意されるが、二人は逆ギレする。

「「邪魔しないで! ハゲのおじさん!」」
 こういう時は息がピッタリ。
「うっ……」
 ハゲで落ち込むおじ様。

「私の方がセンパイと付き合い長いし! だって入学して間もない頃からの仲よ?」
「あ、アンナだって! ミーシャちゃんに紹介されて、初めてのデートしたもん!」
 いや、お前は入学式に出会っただろ。ミハイルとして。
「ふん! 出会いは私の方が先みたいね!」
「で、でも、アンナはタッくんの好みに合わせられるもん! ニンニクだってラーメンに入れられるし、タッくんの好みのコスプレだって出来るよ。メイドさんもスク水も……タッくんが望むなら、なんでもやれる自信がある!」

「ぐはっ……」
 なんだろ、どんどんHPが削られていく。

 一向におさまらない騒ぎを聞きつけたのか、一人の女性が仲裁に入ってきた。

「お~い、お前ら……な~にを公共の場で、『ヤッただヤラないだ』『掘った掘られた』卑猥な言葉で人様のお耳を汚してんだ? コノヤロー!」

 俺達の前に現れたのは、超のつくどビッチ。
 ウエスタンブーツ、股に食い込むぐらいローライズのデニムのショーパン、そしてプルプルと左右に揺れる巨乳を支えるのは、アメリカ合衆国の国旗が描かれた派手な水着。
 頭には、カウボーイハット。

「小便臭いガキ共がイチャつくのは、10年早いんだよ、コノヤロー! 新宮。お前、この前の単位全部はく奪するぞ!」
 そう言って俺の胸ぐらを掴む女。
 僕の担任教師、宗像 蘭さんです。
「いや、それは……」
「うるせぇ! お前ら、覚悟はいいな? 全員ついてこい!」
 完全に脅しだが、誰も抵抗する勇気はなかった。

「「「はい……」」」

 宗像先生に一喝されたひなたとアンナは、しゅんとして黙り込んでしまった。
 そしてなぜか、俺の頭をげんこつでポカン! と殴りつける。
「いってぇ!」
「新宮。お前が悪い。とりあえず、ここから出るぞ」
 そう言って、俺達は強制的に水族館から退場させられた。

 宗像先生は近くの駐車場に車を停めているとのこと。
 まだびしょ濡れだったひなたの姿を見て
「車の中に着替えがある。それを着ておけ」
 と車内へ誘導した。

 宗像先生の所有する車は、なんとあの高級車ベンツのジープ。Gクラスというやつだ。
 窓はスモークガラスで外から中を見ることができない。
 とりあえず、残された俺とアンナは駐車場で二人して待つことになった。

 なんだか気まずい。
「アンナ……どうしてこんなことをしたんだ? そんなに俺が信用できなかったのか」
 彼女は暗い顔で俯いていた。
 どうやら少しは反省しているようだ。
「だっ、だって……。ごめん、タッくんが他の子と一緒にいるのが辛くて……胸がギューッて締め付けられちゃうの」
 緑の瞳にはうっすらと涙が浮かぶ。
「そ、そうか。配慮が足りなかったのかもな……だが、謝るなら俺ではなく、ひなたの方がいいと思うぞ?」
「うん……あとでちゃんと謝る」
 
   ※

 着替えが終わったひなたの登場。
 だが、その装いがどこか見慣れた衣服だった。
 白い体操服に紺色のブルマ。
 三ツ橋高校のものだ。

「って、なんで体操服にブルマなんですか!?」
「あん? 文句を言うな。私が日頃から三ツ橋高校で拝借しているものだ。寝巻きにちょうどいいからな。あとたまに部活帰りの生徒が、忘れていった汗臭いブルマを、ネットオークションに出品すると高く売れるからな、だぁはははっははは!」
「えぇ……」
 もう教師やめちまえよ、こいつ。
「なんだ? 新宮、お前も着たいなら車内に山ほどあるぞ?」
 誰が着るか!
「遠慮しておきます」

 四人でジープに乗り込む。
 もちろん宗像先生が運転席、その隣りの助手席は俺。
 後部座席にひなたとアンナが並んで座る。
 先生が俺のことでまた二人がケンカするからと遠ざけたのだ。

 窓を開けて海辺の道路を突っ走る。
 沈黙の車内、どうにも息苦しい。
 見兼ねた宗像先生がこう切り出す。
「で、そこのブリブリ女。お前、誰だ? 本校の生徒じゃないな?」
「ぶ、ブリブリって……アンナのことですか……」
 初対面の女性に、毎回言われるのか、それ。
 バックミラーで彼女を確認したが、かなり落ち込んでいる。
 対して、ひなたは、隣りのアンナを見て嘲笑う。
「アンナちゃん以外いないでしょ。そんな痛い女」
 視線は窓の外。手に顎を乗せて、他人事のようにぼやく。

「お前、アンナというのか? とりあえず、お前らメスガキ共は、このイカ臭い新宮で盗りあってケンカしていたな? 理由はなんだ?」
 しれっと人をディスりやがった。
 アンナがその問いに答える。
「あ、あの……タッくんは取材、デートをしないと小説の世界に活かせないんです。だから私……アンナが取材の協力をしていて……」
 それを聞いた宗像先生は、吹き出す。
「ブフッー! お前か!? この新宮に付き合っている物好きな女は!? だぁはははっははは! やべっ、超面白い!」
「あの、まだ付き合っては……いません」
 頬を赤くしてモジモジしだすアンナさん。
「なるほど。友達以上彼女未満てやつか? で、赤坂は?」
 話を振られたひなたは、嫌味たっぷりに答える。

「今日は私がデートの日だったんです! なのに、この隣りにいるブリブリアンナが邪魔してきたんですよ!」
 やめてあげてぇ、人のアンナちゃんをウンコぽくするの。
「それは良くないな。だからケンカになったわけか……くだらねぇ、ガキの痴話げんかだな、けっ!」
 ちょっと、この人。最後、私情持ち込んでいるだろ。

「ひなたちゃん、アンナ……私が間違ってました。本当にごめんなさい」
 律儀に頭を下げて、丁寧に謝罪する。
「わ、分かればいいのよ。でも、こっちだってセンパイを譲るわけにはいかないわよ!」
「うん☆ 命がけでタッくんを奪い合うんでしょ? わかってる☆」
「そうよ、先輩の取材は、相手を殺す勢いがないとね」
 なんか意気投合しちゃったよ? この二人。
 てか、俺を殺すのはやめてね……。

 隣りで運転をしていた宗像先生が舌打ちし、俺の腹を肘打ちする。
「くだらねぇもん、見せつけるな。新宮」
「す、すいません……」
 なんで、俺ばっか痛い目に合うの?

 ひなたとアンナが一応、仲直りしたところで、話を聞いていた宗像先生が今後、トラブルのないように、提案を出した。
「互いの取材、デートは邪魔しない。遭遇しても相手に譲ること」
「というか、そうじゃないと恋愛小説じゃない」
 正論を言われてしまい、二人のヒロインは渋々、それを承諾した。

 宗像先生が俺に
「どうしてそこまで取材する必要性があるのか?」
「また、そんなにデートすると金が足りないだろ」
 と質問された。
 だから、俺は
「ラブコメの話に使えることなら、大体、出版社が経費で落としてくれる」
「白金が特別に許してくれた」
 と説明する。

 すると、先生は走らせていた車を急停止する。
 キキーッ! という音に、俺は思わず耳を塞ぐ。
「はぁ!? デートして遊ぶくせに、経費で落ちるのか!?」
 なんて俺の目を見て、大きく口を開いて驚いている。
「は、はい……ていうか、危ないじゃないですか。急に道中で停まるなんて……」
 俺の言葉は宗像先生に聞こえていないようだ。
「なんてこった……盲点だった……」
 と独り言を呟いて、ハンドルの上に顎をのせ、頭を抱え込む。

 信号でもない一本道の車線だったので、背後に止まった車がクラクションを鳴らす。
「おい! 早く行けや! こんなところで停めてんじゃねぇ!」
 それを聞いた宗像先生は、窓から顔を出し、後ろの運転手に怒鳴り散らす。
「うるせぇ! こっちは死活問題なんだ! ブチ殺すぞ、コノヤロー!」
「す、すいません……」
 明らかにこっちが悪いのに、宗像先生の気迫に負けたのか、謝ってしまう。

 それからまた車を発進させたが、なにやら考え込んでいる。
「先生、どうかしたんですか?」
「……ああ、新宮。実はな。良いことを考えたぞ!」
 怒ったかと思ったら、急に目を輝かせて喜んで見せる。
「いいこと?」
「そうだ! 新宮、お前の書いている恋愛小説なんだが、ヒロインは何人いても困らないだろう? むしろ沢山いれば、童貞の読者もハーレムを味わえてウルトラハッピーだろ!」
 ラノベの読者様を、童貞と決めつけるのは、やめて頂きたい。
「ま、まあ、王道っちゃ、王道の設定ですよね……で、それとこれと、どういう意味が?」
 すると、宗像先生は、自信に満ち溢れた顔で、親指で自身のデカすぎる左乳をプニプニ押してみる。
「いるじゃないか!? ここに! セクシーで大人の魅力溢れるヒロイン候補がっ!」
「え……」
 俺は予想外の提案に絶句していた。

 後ろで話を聞いていたうら若きヒロイン達も、その提案にブーイングが飛び交う。

「宗像先生がヒロイン? 有り得ないですよ。だって、先生ってもうアラサーでしょ? おばさんに近いですよ。それに教師と生徒が恋愛なんて犯罪です!」
 とひなたが身を乗り出して、言う。
「アンナもそれは無理だと思うなぁ……読者の人って多分、10代の人ばかりだと思うもん。誰が好き好んでアラサーの婚期を取り逃した売れ残りに、胸キュンするのかな? やっぱりヒロインは、主人公と同年代じゃなきゃ、キュンキュンしないと思う」
 と控えめに言うのはアンナ。
 だが、その言葉は、宗像先生の大きな胸に、グサグサと突き刺さっているようだ。
「……」
 その証拠にハンドルを握る手が震えだした。

「アンナちゃんの言う通りだよ~ だってさ、もし商品化したとしてさ。グッズを販売するとして、私たち10代のヒロインは、即売り切れると思う。けど、宗像先生のキャラだけ絶対売れ残ると思う」
 グッズ展開までしっかり考えているのか。
「ひなたちゃんも同じことを考えてたんだぁ☆ 可哀そうだよね、そのキャラ☆ 多分、出版社の人、商品を開発する人、販売する人、全員からお荷物扱いだよ。あと、転売ヤーもそれだけは買わないで帰ると思うんだ☆」
「だよね~ やっぱり10代の女の子同士だと、話合うね♪」
「うん☆ ホント、その通りだね☆」
 と後部座席では、話が盛り上がっているが、俺の座っている助手席では生きた心地がしない。

 宗像先生の目つきがどんどん鋭くなり、険しい顔で運転が荒くなっているからだ。

「おい……小便臭いメスガキ共、お前らいい根性しているな。新宮は今から私と取材をする。お前らはここで降りて帰れ」
 ドスの聞いた声で、二人を脅す。
「「はぁ!?」」
 当然、アンナとひなたは、抵抗しようとするが、時すでに遅し。
 バス停も駅も見えない田舎の一本道に、放り投げられた。

「ひど~い!」
「タッくんを返して!」

 そんなことを隣りに座る、この破天荒教師が聞く耳を持つもわけなく。
「やかましい! お前らは歩いて帰れ! 新宮は私が責任を持って、取材の相手をしてやる!」
 こちらの意思なんぞ関係なく、勝手に取材が決まってしまう。
 そして、二人を残して、猛スピードで車を飛ばす。

「ははは! さ、新宮。大人の魅力ってやつをたっぷり教えてやるからな」
「……」
 俺、今夜無理やり襲われるのでしょうか? 絶対に嫌です。

 宗像先生とドライブすること、30分ぐらい。目的地に到着。
「よし、着いたぞ。さ、新宮。これが大人の女性のワンルームマンションだ♪」
「え……ここって」
 見慣れた光景、六角形の大きな武道館、Y字型の建物、駐車場。
 間違いない。
 俺が通っている高校、一ツ橋高校だ。
 いや、正確には、全日制高校の三ツ橋高校の校舎である。

 近くでは、
「はーい!」
 なんて、甲高い女子の掛け声が聞こえてきた。
 夏休みだが、部活動はやっているようで。
 運動場や色んな教室から、様々な声や音が漏れている。


「先生……ここ、うちの高校じゃないですか?」
 車を降りて、学び舎である建物を指差す。
「ああん? なに言ってんだ。私の我が家は一ツ橋高校の事務所だ!」
 白い歯をニカッと見せて、親指を立てる。
「ちょ、ちょっと、何をする気なんですか? 勝手に校舎使ったら怒られますよ」
「バカだな、新宮は。確かに三ツ橋高校の建物を無断で使用したりすれば、怒られるよな。でも、あの事務所だけは違う。我が一ツ橋高校が所有している唯一の場所だ。つまりその管理者、責任者であるこの私、宗像 蘭ちゃんなら、泊まろうがナニしようが、無問題なのだ!」
「……」
 
 その後、宗像先生の話を詳しく聞いてみたら。
 以前は近くの安いアパートに一人暮らししていたが、家賃を滞納しすぎて、追い出されたらしく、現在は事務所を自宅として、利用しているらしい。


 裏口から入り、俺は下駄箱に自分の靴をなおして、上靴に履き替える。
 先生は一足先に二階の事務所へと上がっていた。

 俺が下駄箱から階段を登ろうとすると、制服を着た男女数人と遭遇。
「おつかれさまでーす!」
 なんて労いの言葉を頂いた。
「ちっす」
 と軽く会釈して、事務所へと逃げ込む。

 だってもうスクリーングはないし、通信制の一ツ橋高校は終業しているからだ。
 本来なら、この校舎に来るのは、校則違反だと思う。

 久しぶりの事務所だが、相変わらずの殺風景で、全てがボロい。
 デスクやソファー、食器棚。
 貧乏なのが丸分かりだ。

 宗像先生は奥にあった小さな冷蔵庫から、ハイボール缶を二つ持って来て、応接室であるソファーにダイブする。
 二人がけの方だ。

 寝転がってグビグビ飲みだす。
「プヘ~ッ! うめぇなぁ。生徒から搾り取った金で飲む酒はよぉ~」
 最低な人間だ、こいつ。
 俺は宗像先生とは、反対方向の1人がけのソファーに腰を下ろす。
「先生……ところで、こんな環境なのに、よくあんな高級車を乗り回してますね。だって家賃払えないから、事務所で暮らしているんでしょ?」
 そう尋ねると下品な笑い方でこう答える。
「はーっははは! 私がベンツなんて買えるわけないだろ! あれは借りもんだよ」
「ん? 借りもの?」
 嫌な予感がしてきた。
「そうだよ? 三ツ橋高校の校長さ。金持ちなんだよ。あのオヤジ……ムカつくよな?」
「いや、それとこれと、どういう関係が?」
「あのおっさんがさ、自宅に何台も高級車持っててさ。多すぎてたまに高校の駐車場に置いておくわけ。その時にちょっとな♪」
 ちょっとってなんだよ。
「つまり?」
「スペアキー作って置いたんだよ。このこと、内緒だぞ~ 新宮!」
 誰にも言えるか!

 宗像先生が三本のハイボールを飲み終えた頃。
「さ、そろそろ……大人の魅力ってやつを取材に行くか! 新宮!」
「どこに行く気ですか?」
「そうだな。まずは、大人のデートを知りたいだろ? なら、パッチンコだ!」
「……」
 こいつ、そういうことかよ。なんとなく察してきた。
「もちろん、デートなんだから、経費で落としてくれよな♪」
 なんてウインクして、誤魔化そうとしていやがる。

 宗像先生は、アンナやひなたのようにデートを楽しむわけではなく、経費でタダになるからと、俺を利用したに過ぎない。
 クソがっ!

 破天荒な宗像先生だが、さすがにハイボールを飲んだ直後なので、車には乗らず、徒歩で近くの赤井駅に向かうことにした。
 だが、片手にはストロング缶を持って歩く。

「ぷっは~! 良いよなぁ、こう暑い日に愛すべき生徒と共に、健康的なウォーキングデートか。新宮、ちゃんとここ覚えておけよ、小説に使えるだろ?」
 使えるか!
「いや……無理だと思いますよ。というか、本当にパチンコへ行くんですか? 俺、高校生ですよ」
 俺がそう苦言を呈したが、宗像先生は聞く耳を持たず、下品に笑う。
「はーっははは! 大丈夫だっての! この蘭ちゃん先生がそばにいるんだから、安心して、先生のおっぱいに顔を埋めなさい!」
 と言って、頼んでもないのに、気持ち悪い巨乳に俺の顔を押し付ける。
 水着だから、生乳だし、汗もかいている。
 より吐き気が増す。
「先生……ちょっと、やめてもらっていいですか……鳥肌が……」
「なんだぁ? もう興奮しちゃったのか? いいぞ~ 今夜、私がお前を男にしてやっても?」
 自分のことを良いように解釈するな!
「はぁ……」


 赤井町は福岡県の北東部、白山(しろやま)市の中央に存在する地区である。
 元々、福岡県白山郡赤井町だったのだが、色んな村や町が合併を繰り返し、近年、白山市となり、大きな街になった。
 多分、『市ブーム』だったのだと思う。
 福岡県は、福岡市と北九州市がビッグネームすぎて、他の地域は、何々郡というのがダサい、田舎臭い、じゃあ名前変えようぜ! 的なノリで、市になった気がする。
 ミハイルが住む席内市もそうだ。
「波に乗れ、市にぃ~」
 みたいな感じで、流行りだったのだと思う。

 けど、街自体は、とくに変わらない気が……。

 なんて福岡の歴史を振り返っていると。
 赤井駅にたどり着く。
 駅の長い跨線橋を渡って、反対側に降りると、『くりえいと白山』が目に入る。

 白山市の代表的な場所だ。
 20年ぐらい前に開発された複合商業地域であり、またそれを囲むようにたくさんの住宅街が並ぶ。
 赤井町で遊ぶなら、このくりえいと白山が一番だ。

 スーパーのダンリブ、ゲームセンター、100均ストア、飲食店、生活家電、文具……などなど、なんでもありの巨大ショッピングモールだ。

 もちろん、宗像先生の言うパチンコ屋も複数出店している。

「よぉし! 新宮! 勝ちに行くぞ! 酒のみ代が欲しいからな!」
 こんの野郎、やっぱり俺を財布代わりにしやがって。

 宗像先生は俺の腕を掴んで、強引にパチンコ屋へと連れて行く。
 店に入るや否や、すぐに台を決め、俺も隣りの台で一緒に打てと言う。
「ほら、取材だろ? 早く回せ!」
 俺の意思は関係なく、玉貸し機にお札をぶち込まれて、俺の台にも玉が転がってきた。
「先生、まずいでしょ……」
「バカヤロー! 昔から偉人には総じて特徴があるのを知らないのか? 新宮、お前はそれでも作家の端くれか? 飲む、打つ、買う。これを極めない限り、お前は文豪にはなれないぞ?」
 なに真顔で変なウソをついてんだ、このバカ。
「俺は別に、文豪なんて目指してないですよ……」
「ごちゃごちゃ言うな! さ、回すぞ! フルスロットルだ!」
 勝手に回転しとけよ


 しばらく、無言で回し続けること、30分。
 俺の台は大当たり。
 わんさか出るわ出るわ……。
「やるじゃないか! 新宮、お前センスあるわ!」
 隣りでガッツポーズをとる宗像先生。

 近くに立っていたスタッフが俺達に気がつく。
「ちょっと~ 宗像先生じゃないっすか~ 先生はもうこの店、出禁って店長から言われたでしょ?」
 金髪の若い男性が、嫌なものを見てしまったという苦い顔で、声をかけてきた。
「あぁん!? うるさいな、お前……私が来てやったんだ。儲かってしょうがないだろ?」
 どうやら、先生とは顔見知りらしい。
「そりゃ……宗像先生っていつも外ればっかだから、儲かるのは事実っすけど。何回も俺に玉をせびるじゃないっすか? だから店長が出禁にしたんでしょ?」
「なんだと、コノヤロー!? お前、それが恩師に対する態度か? 玉の一つや二つ。男だったら、わけないだろ。もっと出せ!」
 酷い恫喝だ。
「勘弁してくださいよ。俺、もうクビになりそうですよ。いつまでも、生徒と教師の間柄じゃないんですから……」
 どうやら、一ツ橋高校の卒業生のようだ。

「はっ! この店に就職させてやったのは、誰だっけ?」
「え、それは宗像先生っす……」
「だよな! じゃあ、玉をよこせ! はーっははは!」
 鬼だ。
 お兄さん、涙目で新しい玉をたくさん追加してくれた。無料で。
 その際、俺にだけ聞こえるぐらいの小さな声で囁く。

(君、一ツ橋高校の子でしょ? この人と付き合うとろくな人生おくれないよ)
(肝に銘じておきます、センパイ)
 俺は黙って頷き、その先輩と硬く握手を交わした。
 同じ被害者同士として……。