ドクターフィッシュにより、ミハイルと夜臼先輩はその後も何回も『脳イキ』しまくっていた。
俺は肌がツルツルになって満足。
ミハイルは終わってもまだ、頬が赤い。
「ハァハァ……なんか変な気分だったけど、気持ち良かったぁ☆」
エロい魚だと誤認するなよ。
かわいそうだろう。
夜臼先輩はまだ残ると言っていたので、俺とミハイルは二階から階段で降りて、プールに向かう。
ビーチという表現が正しく、押しては返す白い波が目に入る。
プールサイドで、競泳水着を着たひとりの少女がいた。
巨乳の眼鏡っ子。
北神 ほのかだ。
泳ぐわけでもなく、大きなタブレットを片手に、何やら絵を描いている。
「うひひっ! 尊いでぇ~ ここには素材になるショタも豊富や~ あ、でも、あのキモデブおじさんもヒロインに使えそう~ ひゃっひゃっ!」
と、涎を垂らして、近くにいた親子をガン見している。
右手は、ペンを激しく揺らせて……。
「おい……ほのか、せっかくプールなんだから、泳いだらどうだ?」
すかさず、声をかける。
犯罪になりかねないので。
「あ、琢人くん! こんなにショタがいっぱい見れる機会ないから、これで絡めまくることができるわ!」
目が血走って怖いです。
そこにミハイルが、割って入る。
「ねぇ、ほのか。絡めるってなあに? さっきから、なに書いてんの?」
ミハイルが尋ねると、ほのかはニヤァと怪しく微笑む。
「観たいの~? ミハイルくんも~? 仕方ないなぁ~ 見せてあげるぅ」
頼んでもないのに、液晶画面をこちらに向けた。
「うえっ!」
俺たちのすぐ近くで、ビーチボールを楽しむ親子連れを、エロマンガにしていた。
『おじさん、らめぇ!』
『いいじゃないか……僕は君みたいな少年が大好きでねぇ。もう止まらないよ』
『あぁん! おじさん、好き好き~! もっともっとぉ!』
「どう! 琢人くん!? これ、今度、編集部に持っていこうと思うの! 採用されたら、私もこれで晴れて商業デビューね♪」
悪びれる様子は一切ない。
もうこの人、病院に連れていくべきでは?
「あのな……せめて、帰ってから描けよ。あの親御さんにバレたらどうする気だ?」
「別によくない? だってほら、あの子も作品みたいなこと言っているよ」
ほのかが指差すので、振り返る。
「パパァ~ ボール遊び楽しいねぇ~ パパのこと大好き!」
「そうだなぁ。パパも大好きだよぉ」
「……」
好きの意味が違う!
「頭痛くなってきた……」
俺がそうぼやくと、ミハイルは対照的に、じーっと黙って液晶画面を見つめる。
「うーん、男の子の方は上手く描けてる気がするけどぉ。おっさんの方がなんか、あんまりかな?」
それを聞いて、ほのかが鼻息を荒くする。
「え? どこが!?」
「オレには絵とかよくわかんないけど……ほら、あのモデルになってる人って、もっとすね毛とかヒゲとかさ、毛深いじゃん。ほのかが描いているおっさんは、ちょっとキレイすぎるんじゃない?」
モデルを目の前に、酷いことをサラッと抜かすミハイル編集長。
「なるほど! ヒロインはちゃんと忠実に描かないとね! ありがとう、ミハイルくん!」
「いや、オレなんかで、ほのかの漫画のお手伝いになれるなんて……エヘヘ」
「謙遜は良くないよ、ミハイルくん。フフフ」
全然笑いごとじゃない。
※
変態女先生は、放っておいて、俺たちはさっそくプールに入ることにした。
「キャッ! つめた~い!」
と悲鳴をあげるが、ミハイルの顔は嬉しそうだ。
「確かに冷たいが、楽しいな」
「うん☆ これでもうオレたち二回目のプールだもんな☆」
「え……?」
設定、設定忘れているよ! ミハイルさん!
この前はアンナモードだったじゃん。
「え……あ! い、いや、初めてだったよな☆ なんか、この前アンナがさ。タクトとプール行ったって聞いたから、それで間違えたみたい…ハハハッ」
笑ってごまかす女装癖のヤンキー。
「そ、そうか……まあ、奥まで行ってみようぜ」
「うん☆」
プールの波は一定の間を置いて、発生する。
30分に一回、特に激しい波が押し寄せてくる。
あまりに強い波なので、アナウンスで「小さなお子さんは離れてください」と注意されるぐらいだ。
まあ成長した俺とミハイルなら、大丈夫だろう。
どんどん、奥へ奥へと進む。
次第と波が深くなっていき、水が胸元まで浸かるほどだ。
「うわっ! けっこう、深いじゃん」
俺が胸元まで浸かるぐらいの深さだから、低身長のミハイルは水面から首を出すのがやっとだ。
「あんまり、無茶するなよ。ミハイル」
「大丈夫だよ☆ オレってタクトと違って運動しんけー良いからさ☆」
あーそうですか。
その時だった。
背後から、叫び声が聞こえてくる。
「ヒャッハー! いい波だぜぇ~!」
迫りくる超ど級の巨乳、ブルンブルンと左右に暴れまくっている。
今時珍しいハイレグのビキニを着ているビッチ、宗像 蘭。
サーフィンボードに両脚を乗せ、波の動きに合わせて、上手い事進んでいる。
海にいるヤンキーじゃん。
しかも、片手にハイボール缶を掴んでいた。
「どけどけぇ~ 今日はいい風じゃないかぁ!」
この波、人工で作られているんですけどねぇ。
教師のくせして、プールの禁止事項を全部破っている。
「ヒャッハ~!」
奇声をあげてどこかに行ってしまった。
嵐のようなクソビッチ。
「まったく、宗像先生にも困ったものだな……。なぁ、ミハイル」
隣りを見ると、そこには誰もいなかった。
「ミハイル? どこだ?」
はっ、まさか!
水中に潜って見ると、足をバタバタさせて苦しそうにもがく彼の姿を確認できた。
俺はすぐに泳いで、ミハイルを救いに行く。
抱きあげて、水中から出してやると……。
「ぷっは! ハァハァ……ごめん。溺れちゃったみたい」
「いや、俺は構わんが、ミハイルは大丈夫か? 水を飲んだか?」
心配で彼の顔を覗き込む。
水の中で暴れたせいか、結っていた長い髪がほどけている。
濡れた小さな薄い唇、キラキラと輝くエメラルドグリーンの瞳、頬を伝う雫。
どこか色っぽい。
「あ、ありがと……そのちょっとだけ飲んじゃったけど、オレは大丈夫」
頬を赤くする。
「そうか。ここは深いから浅いところまで戻ろう。それまで、俺にしっかり掴まっていろよ」
「う、うん」
俺は男のミハイルをお姫様抱っこで、波と同じ方向にゆっくり歩く。
抱きかかえられた彼は、顔を真っ赤にして黙り込む。
細い両腕を俺の首に回し、俯いている。
当の俺はと言えば、桃のような丸くて小さなお尻を手の甲で楽しむ。
股間がパンパンになり、激痛を覚える。
あれ……なんかデジャブを感じるのは、俺だけでしょうか?
波のプールで溺れたミハイルを、お姫様抱っこしてから、なんかギクシャクしてしまう。
二人して、ビーチの隅で体操座りする。
ボーッと放心状態で、宗像先生や千鳥、花鶴がプールではしゃいでる姿を、眺めていた。
というか、俺の場合は、股間が直立しちゃったから、動けないんだけどね♪
ミハイルといえば、頬を赤らめて、視線を下にやっている。
結局、その後も俺たちはプールで遊ぶことはなく、「そろそろ、あがるか」と更衣室に戻ってしまった。
更衣室の入口付近に、シャワールームが設置されていたので、俺はそのまま、身体を洗うことにした。
ミハイルはなぜか、「オレは自分の部屋で洗うから」と、一人ホテルに戻ってしまった。
なんでだろう? 裸になるのが恥ずかしいのか。
それを言ったら、このあとの温泉とか大浴場はどうする気だ?
身体と頭を洗い終えると、ムキムキのハゲマッチョに声をかけられる。
「タクオ! プール、楽しかったよな!」
「ああ……まあ、それなりに、な……」
股間くんはすごく楽しかったと言っています。
「てかよ、ミハイルと一緒にいたんじゃねーの?」
「さっきまでいたが、なんか先に部屋に戻ると言ってたぞ」
「ふーん。あ、タクオさ、水着は後で使うから、あそこにある脱水機を使って乾かしておけよな」
「何に使うんだ?」
「この『波に乗れビーチ』の上に、混浴温泉『クーパーガーデン』があんだよ」
なん…だと!?
「混浴だってぇ!? そ、それは本当か?」
興奮するあまり、千鳥に迫る。
「お、落ち着けよ。タクオ……混浴っても、水着で入るんだよ。だから、いるんじゃねーか」
チッ、クソみてーな温泉だな。
一気にテンションが下がる俺氏。
「なるほど。了解した。じゃあ、水着は乾かしておこう」
脱水機で、水着を乾かしている間、俺はロッカーを開く。
入れていたタケノブルーのTシャツは汗臭い、ジーパンも湿っている。
せっかく、シャワーで綺麗な身体になったというのに、これをまた着るのは、げんなりするな。
そう思っていると、近くのカウンターで立っていた男性スタッフから声をかけられる。
「あ、お客様! バスタオルと浴衣を無料でお貸しておりますよ」
助かったと俺は安堵する。
スタッフから、Mサイズの浴衣とバスタオルを受け取り、ロッカーで着替えをすます。
と思いたかったが……。
下着が問題だ。
ブリーフも汗まみれ。
ならば、選択は一つしかない。
アラサー痴女教師、宗像 蘭から借りたTバックを履くしかない。
覚悟を決めろ、琢人よ!
紫のレースのパンティーだが、履いてみたら、案外ダンディーな男に見えなくもない……気がする。
宗像先生が普段、履いている下着を広げて、俺の脚に『穴』を通していく。
両方埋まったところで、グイーッと股間にフィットさせる。
ふむ、サイズ的には問題なしだ。
ケツがスースーするが、案外いいもんだな。
一つ、気持ち悪いとするならば、前面から俺のヘアーが、もじゃもじゃとはみ出ているところか。
浴衣で隠せば、問題ない。
「よし、俺もホテルに戻るかぁ……」
なんだか、女の子の気持ちがわかってきちゃったかも。
※
ホテルに戻ると、腹の音が鳴る。
もう夕方の6時だ。
腹も減る頃合いか。
そう言えば、宗像先生が言ってたな。
一階にある食堂に集まれって……。
食堂に向かうと、もう既にみんな集まっていた。
バイキング形式で、好きな食べ物を自分で取って良いようだ。
「これはなかなかに豪勢だな」
ハンバーグ、刺身、ステーキ、天ぷら、カニ、カレー、ピザ……なんでもありだ。
よし、いざ実食!
トレーを持って、料理を取ろうとした瞬間だった。
華奢な白い腕が俺を静止させる。
「待ってたよ☆ タクト!」
浴衣姿のミハイル。
しっかり帯を巻けていないのか、襟元が随分、はだけている。
上から見ると、もうすぐ乳首が見えちゃいそう……。
サイズもあってないようで、かなり大きい浴衣を着ているようだ。
上前と下前が、左右に開けている。
彼が嬉しそうにぴょこぴょこ動く度、グリーンのボクサーブリーフが、チラチラと見えてしまう。
男装時は、防御力が低すぎんだよな……。
生唾を飲み込んでしまう。
「ねぇ、聞いている? タクト?」
潤んだ瞳が、一段と輝いて見えた。
「あぁ……なんだっけ?」
お前の浴衣姿に見惚れていた……なんて、言えるわけないだろう。
「も~う! だから、言ってるじゃん! タクトの夜ご飯は、オレが作ってきたから、バイキングする必要ないよ☆」
「は?」
「バイキングってさ、選んでテーブル戻っての繰り返しじゃん。疲れるじゃん。なら、最初から豪華な料理を、ダチのオレが作ってきたんだ☆ えっへん!」
ない胸をはるな!
そして、俺はそんなこと頼んでもないぞ!
バイキングしたいのに!
「ほら、こっちに来てきて! もうちゃんとテーブルに用意しているから☆」
そう言って、強引に手を引っ張られる。
俺の拒否権はないんですね。
ミハイルに連れてこられたテーブルは、大人が6人ぐらい座れる巨大なテーブル。
「こ、これは……」
見たこともないぐらいの、豪華な料理がずらーっと並んでいた。
伊勢エビのマスタード焼き、鯛の活け造り、ふかひれスープ、極厚ステーキ、フルーツの盛り合わせ、おまけに、パティスリーKOGAの名前が刻まれたケーキが10個以上……。
れ、レベチィ~っ!?
しかも、テーブルの上には、ネームプレートが置かれており、
『新宮様、古賀様。貸し切り』
と、予約されていたようだ。
蝶ネクタイをつけた品格のあるウェイターが、俺の前に現れる。
「ご予約されていた新宮様と古賀様ですね……こちらの席へどうぞ」
「は、はい……」
貫禄が違う。
思わず敬語になってしまった。
「タクト。これオレが全部、作ったんだゾ☆ すごいだろ!」
「ああ……」
もう、ドン引きしています。
席に二人して座る。ピッタリ並んで。
すかさず、ウェイターが俺の前にメニューを差し出す。
「新宮様、本日のおすすめは、白ワインの10年ものです……」
「はぁっ!?」
思わず、アホな声が出てしまう。
俺、未成年なんだけど。
「タクト、心配しなくてもオレが用意したノンアルコールのジュースだゾ☆」
「そ、そうか……なら、それをください」
「かしこまりました。少々お待ちください。古賀様も同じものでよろしかったですね?」
「うん、グラスも二つお願いね☆」
「承知いたしました」
一礼すると、ささっと静かに調理場へと戻っていった。
てか、何様なの? ミハイルって。
「なあこの根回しは……ミハイルがしたのか?」
「そうだよ☆ ここのホテルにねーちゃんがケーキとか卸してるから、ゆーづうがきくんだ☆」
ヴィクトリア、強し。
「なるほど……」
「そんなことより、早くオレの作った料理食べてよ☆」
「ああ、いただきます」
「どーぞ☆ 残さないで食べてくれよな☆ 徹夜して作ったんだから☆」
めっちゃ笑顔で俺の顔を覗き込んでいるんだけど。
脅しに聞こえます。
このあと、俺は死ぬ思いで、ミハイルのフルコースを一人で食べることになった。
彼と言えば、ジュース以外はホテルのバイキングを食べていた。
ミハイル曰く、
「タクトのために作った料理だから、オレは食べなくていいよ」
「食べるところとか、味の感想を聞きたい☆」
と言って、一緒に食べてくれなかった。
吐きそう……。
夕食を腹いっぱい食べた……というか、ミハイルに無理やり食わされたのだが。
吐き気を感じながら、一旦、ホテルの部屋に戻ることにした。
エレベーターで、ミハイルと別れを告げて。
部屋には、今晩一緒に過ごすことになっている千鳥 力がいた。
テレビをつけて、ソファーの上でゲラゲラ笑っている。
「よう、タクオ! ホテルのバイキング、超豪華だったよな! 俺なんか、一生分ぐらい食っちまったかもしれんぜ? もう腹がパンパンだ」
そう言って、自身のポッコリと出た腹をさする。
「そ、そうか……よかったな。俺も豪華すぎる料理を死ぬぐらい食べてきたよ……」
これ以上、喋ると吐きそう。
「ふーん。タクオって結構大食いなんだな」
違います。あなたのお友達に、無理やり食べさせられたんです!
※
一時間ほど、ベッドで寝込んでいた。
と言っても何回もトイレを往復していたので、身体は休めていない。
ようやく、身体が身軽になったころ、千鳥が声をかけてきた。
「なぁ、タクオ。ぼちぼち、『クーパーガーデン』に行こうぜ。今夜は花火もあがるらしいぞ♪」
「へ、へぇ……」
力なく答える。
「元気だせよ、混浴温泉だぞ?」
ヘラヘラ笑って、いやらしい。
だが、事前情報として、全員水着着用と知っているので、俺はなんとも思わん。
「さっきの、プールと変わらんだろう」
俺がそう言うと、千鳥は不敵な笑みを浮かべる。
「わかってねぇな。だから、タクオは一生童貞なんだよ」
「は?」
ガチでキレそうになった。
「あのな、夜景のキレイなプールとか、海とかはよ……ヤレちゃうんだぜ?」
ファッ!?
「な、なにを言っているんだ、千鳥?」
「女ってのはさ。星空とか、夜景とか、非日常的な光景に弱いもんなのよ。俺が小学生の頃さ、夜に近所の海岸へ遊びに行ったらさ……真面目そうなカップルが、暗いことをいいことに『アンアン』してたんだよっ!」
鼻息荒くして、俺の両肩を掴み、強く前後に揺さぶる。
「だ、だるほどぉ~」
振動で声が震える。
「だから、俺も今日にかけるぜ! ほのかちゃん、落としたいからよっ!」
そこで、ピタッと動きが止まる。
「え……?」
なんか、今さらっと、大事なお話をされたような気が。
千鳥はキランと輝くスキンヘッドを真っ赤にさせて、人差し指で鼻をこすっている。
「二度も言わせなんよ……俺、ほのかちゃんに告白しようと思っててよ」
俺は耳を疑う。
「なぁ、千鳥。お前、俺をおちょくってんのか? ほのかって、同じクラスの……アレのことか?」
汚物のような表現をしてしまった。
「ほのかちゃんったら、北神 ほのかちゃんしか、いねーだろ!」
胸ぐら掴まれて、睨みつける千鳥。
ん~ 確かに、今の彼は凄みを感じる。ヤンキーとして。
だが、キレている原因が、あの腐女子で変態の北神 ほのかなんだもん。
思わず、失笑してしまう。
「ブフッ!」
俺の唾を真正面から食らう千鳥。
「きったねぇな! 俺、マジなんだぜ……今回の旅行にかけてんだ!」
ハゲのおっさんでも、泣きそうな時ってあるんすね。
なんだか、かわいそうになってきた。
「そ、そうだったのか……てっきり、千鳥は、花鶴と付き合っていると思い込んでいたよ」
いつもバイクで二人乗りしているし、ていうか、基本セットで歩いているから。
俺がそう言うと、また顔を真っ赤にして激怒する。
「んなわけねーだろ! ここあとは、ガキからの腐れ縁で、ああいうビッチな女は苦手だよ……」
おいおい、ダチのくせして、ビッチ呼ばわりかよ。
花鶴、ちょっとかわいそう。
「な、なるほど。ちなみに、興味本位で聞くのだが、ほのかの、どういうところが好きなんだ?」
千鳥は照れくさそうに答える。
「ほのかちゃんってさ。なんか、一見すると、大人しそうな普通の女子高生じゃん? でもさ、時折見せるギャップ萌えってやつ? あれがすごくカワイイんだよ……バカなこと言わすなよ、タクオ」
言いながら、めっちゃ嬉しそう。
そして、自分のことのように、ほのかを絶賛している。
「ギャップて、どういうところだ?」
「なんかさ、ほのかちゃんって……普段、隠しているみたいだけど、本当は芯の強い女の子だと思うんだよ。俺にはまだよくわからないけど、ほのかちゃんの真っすぐな姿勢が見えた時、すげぇなって、感じたりしてて」
ちょっと、俺の脳内がフリーズしている。
わけがわからん。
どうやったら、あの変態が芯の強い女性なのだろうか。
「なあ……千鳥、お前マジで言ってるのか?」
「当たり前だろ! タクオがマブダチだから、相談してんじゃん!」
あ、これ恋愛相談だったんだ……カウンセリングかと思った。
「なるほどなぁ」
いつも、ほのかに優しく接していると思っていたが、まさかこんなにも片思いしちゃってるなんてな。
千鳥には悪いが、めっちゃ草生える。
「マブダチと言ったな? なら、俺も今日からお前への認識を改めよう。ダチの恋愛相談だ。しっかりと俺も応援させてもらうっ!」
この際だから、めんどくさい腐女子のほのかを、千鳥に押しつけよっと♪
「マジかっ!? サンキュな、タクオ」
そう言って、俺の両腕を掴む千鳥。
「ああ、絶対にっ! この恋愛を成就させよう、千鳥! いや、今日からリキと言わせてもらおうっ!」
「タクオ~! お前は今まで出会ったダチの中で、一番いいヤツだぁ!」
何を思ったのか、急に俺を抱きしめるリキ。
痛い痛いっ!
ミハイルに負けず劣らずの馬鹿力だ。
しかも、可愛らしいミハイルとは違い、見た目がゴツいハゲのおっさんに抱きしめられるとか、どんな拷問だよ。
その時だった。
「タクト~☆ なにやってんだよ、ずっと廊下で待ってたの、に……?」
気がつくと目の前に、浴衣姿の天使こと、ミハイルきゅんが立っていた。
太い両腕で背中を抱きしめられる俺を見て、絶句している。
「なに、やってんの……タクト?」
この世の終わりのような、絶望した顔で俺たちを凝視している。
「み、ミハイル。違うぞ? 今、リキの相談を受けていてだな……」
しどろもどろに言い訳をする。
「うわぁん! タクオ、俺さ。お前と今晩、一緒になれたことを……一生の思い出にするぜ!」
号泣して更に俺の身体を引き寄せるリキ。
本人はそんな気はないのだろうが、興奮しているせいか、俺の尻に右手が回っていた。
「リキ……ミハイルの前だ。堪えてくれ」
俺の声は泣き声でかき消される。
「タクオぉ! 好きだ、マジで感謝してるぜ!」
ミハイルは一連の行動を見て、引きつった顔をしている。
「タクトが『リキ』って言ってる……それに、リキもタクトのこと、好きだったの……?」
誤解ってレベルじゃねー!
マジで、俺とリキがホモダチになっちまうよぉ!
「ミハイル? これは違うからな? ダチ同士のスキンシップってやつだ」
「オレとも、したことないのに?」
冷えきった声で、睨みつけてきた。
「いや、それは……」
「タクトのバカッ! アンナに言いつけてやるからな! もう知らない! オレは先に温泉行ってるから。ゆっくり、マ・ブ・ダ・チのリキと来れば!? フンッ!」
バタンッ! と扉を閉める音が、部屋に響き渡る。
「タクトぉ、マジで好きだぜぇ!」
「あ、そう……俺もだよ。ダチとしてな」
こうして、俺と千鳥は兄弟よりも深い絆を結んだのであった。
その代償としてなにかを失った気がする。
マブダチの関係になれたリキだったが、同時にミハイルの恋敵になってしまった。
良かれと思って、彼の恋愛を応援したことが裏目に出てしまう。
クソがっ!
まあ、起きてしまったことは、悔いても仕方ない。
あとでミハイルに真実を伝え、謝罪しよう。
って、なんで、俺が悪いことになってんの?
そんな複雑な心境を知ってか知らずか、一緒に歩く浴衣姿のリキは、うちわ片手に嬉しそうだ。
「タクオ~ 混浴温泉楽しみだな♪ ほのかちゃんの水着、可愛いんだろうなぁ」
「水着なら、さっきも見ただろ……」
「だって、ほのかちゃん。プールじゃ泳がなかっただろ? 濡れた水着がいいんだよ。絶対、セクシーだぜ」
妄想しているのか、スキンヘッドが真っ赤になる。
想像力、豊かでいいですね。
俺とリキはホテルから出て、再度バスに乗り、松乃井ホテルの一番上にある建物、松乃井パレスに移動する。
この施設には、混浴温泉の『クーパーガーデン』と露天風呂の『タンス湯』がある。
別府の壮大な景色を眺めながら、疲れを癒すことが出来る、天国のような場所らしい。
入口を抜けると、すぐに見えたのは、広い売店。
主に別府で生産されている品物が、販売されている。
酒やらお菓子やら、伝統工芸品など。
そこを左に曲がってしばらく、奥へと進む。
次に目に入ったのは、ゲームセンター。
どうやら、温泉帰りに旅行客が遊んで帰るようで、まだ髪が濡れた子供たちが、キャーキャー騒ぎながら、遊んでいた。
行き止まりと思った瞬間、二階へと上がるエスカレーターを見つけた。
『この先、クーパーガーデンとタンス湯』
と大きな案内が、天井にぶら下がっていた。
エスカレーターを昇ってみると、右手に温泉への入口が見えた。
どうやら、まだ上にあがるらしい。
迷宮ってぐらい、先が長いなぁと、ため息を漏らす。
その時だった。
左側から怒鳴り声が聞こえてきた。
「なんだ、てめぇは!? さっきから、ガタガタうるせぇーんだよ! 私を田舎もん扱いしてんのか、コノヤロー!」
ウイスキーの角瓶を片手に、顔を真っ赤にして、相手を威嚇する水着姿の女性。
デカすぎる二つのメロンをおっぽりだして、股間がグイッと強調されたハイレグ。
こんな痴女はこの世に、一人しか存在しない。
宗像先生だ。
エレベーターから出て左側に、小さなパブがあった。
主に外国のお客さんが多い。
そういえば、ホテルマンが言っていたが、この近くで、ラグビーのワールドカップをやっていると聞いたな。
観戦のために、来日したのかもしれない。
「What's up? Are you a prostitute?」(どうしたの? 君は娼婦でしょ?)
相手は金髪の白人男性だ。
30代ぐらいのガッチリした体型。
「だから、日本語で喋れよ、バカヤロー! ここは日本の別府だぞ? なんで、あたしがお前ら進駐軍の言葉に合わせないといけないんだよ!」
進駐軍って……戦後何十年経ったって思ってんすか。
「I want to buy you tonight」(今晩、君を買いたい)
「バイ? トゥナイト? さっきから、なに言ってんだよ。私が好きなのか?」
「Yes~!」
「ほぉ、さすがは蘭ちゃんだな。まさか白人が一目惚れするとは……良いだろう。今晩、私の部屋に来な」
ごめん。多分、話噛み合ってない。
しばらく、その光景に絶句していると、リキが「なにやってんだよ。温泉はこっちだぜ?」と促された。
見なかったことにしよっと♪
エレベーターが終わったと思ったら、お次はエレベーター。
これに乗って、三階でようやく更衣室に入れるってわけだ。
小さなエレベーターだったので、10人ほどしか、移動できない。
その中で、偶然、北神 ほのかと、自称芸能人こと、長浜 あすかに出くわす。
「あ、千鳥くんと琢人くんじゃん」
小さく手を振るほのか。
「フン! 誰かと思えば、アタシのガチオタじゃない。今度からガチオタクトって呼んであげるわ。感謝しなさい!」
こんの野郎。俺の推しは『YUIKA』ちゃんだけだ!
「長浜にほのかも混浴温泉入るのか?」
「もちろんよ、アタシは芸能人なのよ? 水着姿を一般人に拝ませてあげないと、盛り上がらないでしょ?」
だから、なんでそんなに上から目線なんだよ、ローカルアイドルのくせして。
「そ、そうか……」
「今日だって、ずーっと一般人からの視線をビシバシ感じるわ! 芸能人の定めよね」
自意識過剰だと思う。
その証拠にほら、今も隣りにいるリキは、素人のほのかに釘付けだ。
「なあ、ほのかちゃん。温泉終わったらさ……ちょっと、付き合ってくんないかな?」
「え、千鳥くんと私が? いいよ」
ニコッと優しく微笑むほのか。
「マジ? 超うれしぃわ!」
本当に惚れていたんだな、リキ。
しかし、ほのかのやつ。確かに俺の前では、変態度マックスなのに、リキの前ではなんかおしとやかって感じ。
心をまだ許していないのかもな。
俺がそう二人を見守っていると、エレベーターが三階に着く。
「じゃあ、着替えたらクーパーガーデンであいましょ♪」
「おお、ほのかちゃん。一緒に花火見ようぜ!」
ふむ。案外、いい感じじゃないか? この二人。
よし! このまま、くっけてしまおう。
一人頷いてると、左足に激痛が走る。
下を見れば、グリグリと踏みつけられていた。
「ガチオタクト! アタシのファンでしょ? こっちを見なさいよ!」
「いっつ……なんだよ」
超かまってちゃんだな、自称芸能人。
「宗像先生に聞いたんだけど……ガチオタクトって、作家なんだって?」
急にしおらしく縮こまってしまう長浜。
恥ずかしそうに、頬を赤らめている。
「ああ。そうだが」
売れてないし、絶版してるけど。
「あのさ、アタシの自伝を書いてくれない?」
「はっ?」
思わず、アホな声が出てしまう。
「ほら。アタシって超がつく芸能人じゃない? 今度、本を出すって社長に言われているけど、文才はないから……ガチオタさえよければ、雇ってあげてもいいと思ったの」
ファッ!?
自伝なのに、ゴーストライターつけるんかい!
てめぇで書けよ。
お前のことなんて、一ミリも知らんわ。
てか、俺のあだ名ってガチオタになったの?
咳払いして、やんわり断りを入れようとする。
「あのな、そういうのは文章とか表現とか、関係なく、長浜が思ったように書けばいいと思うぞ。ファンもそっちの方が嬉しいんじゃないか?」
「嫌よ! アタシ、国語だけは昔から苦手なのよ! もう決めたの! 事務所の社長にもガチオタを推薦して、契約結んだもの。ギャラあげるから、ちゃんと書きなさいよね!」
「えぇ……」
「これ、アタシの連絡先! あとで連絡しなさい!」
そう言って、強引に名刺を渡された。
電話番号にメルアド。それにL●NEまで、ご丁寧に記されていた。
「ちょ、ちょっと、長浜……」
言いかけている途中で、長浜 あすかは顔を真っ赤にして、走り去っていく。
「なんだったんだ。はぁ……」
とりあえず、名刺を浴衣のポケットに入れて、俺は一人更衣室に向かうのであった。
※
更衣室で先ほど、乾かした水着に再度着替える。
脱ぐときに、紫のレースのパンティーがバレないか、ビクビクしていたが、幸いなことに、お客さんは、みんなもうクーパーガーデンに行ってしまったようだ。
着替えが済むと、改めて、混浴温泉へと向かう。
上がったかと思うと、次は下へと階段を降りる。
長い廊下を歩いていくと、突き当たった場所で、男と女が合流する。
大きなガラスの自動ドアの前で、家族やカップルたちが集まっていた。
更衣室が別の場所にあったから、再会を喜んでいるようだ。
ほのかやリキの姿は、見当たらない。
また一人ぼっちか……そう落ち込んでしまう自分に気がつく。
思えば、最近、ひとりでいる時がない。
隣りにアイツがいたから……。
やはり、俺は孤独だ。
そう痛感した瞬間だった。
ドンッ! と腰を蹴られる。
振り返ると、そこには、ブロンドの長髪を首元で纏めた小さな女子……じゃなかった。
グリーンの瞳を揺らせる男の子、ミハイルが立っていた。
もちろん、彼も水着姿。
小さな胸には二本のペットボトルが抱えられていた。
「おっそいゾ! タクト!」
思わず、口角が上がってしまう。
「ああ、悪い」
「これ……温泉だから、喉乾くと思って、タクトの好きなアイスコーヒー買っておいてやったゾ!」
そう言って、雑に押し付ける。
まだ怒っているようだ。
「すまん」
「もういいから、早く入ろうぜ……その、花火終わっちゃったら、寂しいじゃん」
唇を尖がらせて見せる。
「そうだな……温泉の中で乾杯といくか?」
俺がそう言うと、彼はニコッと笑みが浮かぶ。
「うん☆」
機嫌を少しなおしてくれたミハイルと、二人で混浴温泉へと向かう。
大きな自動ドアが開くと、そこには別世界。
温泉というよりは、ナイトプールに近い。
外はもう真っ暗で、静かな別府の温泉街を一望できる展望スパが売りのようだ。
上から下に向け、段が設けられていて、前に座っている人の背中を気にせず、夜景を楽しめる。
どこからか、心地よい音楽が流れていて、水中は所々ライトラップされており、ランダムで光りの色が変わっていく。
空を見上げれば、都会の博多とは違い、たくさんの星々が地図を描いている。
なんて、きらびやかな世界なんだ。
おまけに、左手には、高らかに立ち上る何本もの噴水が、踊るようにショーを繰り広げている。
リキが言っていたことを思い出す。
『女ってのはさ。星空とか、夜景とか、非日常的な光景に弱いもんなのよ』
確かに一理ある。
これだけ、非日常的な光景を目の当たりにすれば、意中の女性を落とせそうな……妙な自信が湧いてくるってもんだ。
その証拠に、辺りを見れば……。
「なぁ、いいじゃん」
「も~う、部屋まで待てないのぉ~」
水着とはいえ、彼女の胸をまさぐる彼氏さん。
だが、その彼女も笑っていて、抵抗しようとはしていない。
そんなカップルばかりが、スパを貸し切り状態。
クソがっ!?
どこか、他でやれや!
俺が歯を食いしばって、拳に力を入れていると、柔らかい指が力んだ腕をほぐす。
「タクト? どうしたの?」
隣りに立っているこいつ。ミハイルは確かにカワイイ。
だが、男の子なんだ!
「いや……ちょっとな」
「しょーせつのことでも、考えてたの?」
下から上目遣いで、俺の顔色を伺う。
腰をかがめているせいか、胸の谷間が露わになる。
もう少しでトップが見えそうだ。
クッ! だから、男モードのミハイルは苦手なんだ。
防御力がなさすぎなんだよ。
「ま、まあな。この旅行も舞台として、いいかもな……。だが、今夜は取材対象が不在だからな」
つい、ぼやいてしまう。
そうだ。女装しているアンナとなら、デート気分を味わえたかもしれない。
「そ、そっかぁ……そうなんだ。ふーん、タクトって今、そんなこと考えてたんだ☆」
なぜか一人、嬉しそうに頷くミハイル。
あ、本人が目の前にいるのを忘れてた。
※
俺とミハイルはさっそく、展望スパに入ってみる。
水温は、思った以上に暖かい。というか、熱いぐらいだ。
ちゃんと温泉なんだなと感じる。
プールと同様、けっこう水深があったので、今度は溺れないように、俺はミハイルをおんぶしてあげた。
「うわぁ、キレイだなぁ☆ タクト!」
「あぁ、確かにこいつは、なかなか拝めないもんだな」
思えば、一ツ橋高校に入学して色々なことがあった。
ぼっちだった俺が、今では……後ろで、はしゃいでるコイツがいるからな。
何もかもが、一変してしまった。
生徒の中にはうるさいやつらもいる。だが、悪くない。
と、人が感傷に浸っているのも束の間、俺の背中に柔肌がプニプニと当たってくる。
ないはずの胸がなぜか気持ち良い。
絶壁最高!
「タクト! あれ、なんていう星かな?」
かなり興奮しているようで、グリグリと胸を頭にこすりつけてくる。
「あれか。オリオン座だな」
「すごいすごい!」
俺も股間がすごいことになってるよ。
※
少しのぼせた俺たちは、一度、スパから出た。
事前にミハイルが用意してくれていた飲み物で、喉を潤そうと。
スパの周りには、ビーチチェアがあったので、そこで寝そべって、乾杯することにした。
俺はアイスコーヒー、ミハイルはいちごミルク。
「じゃ、タクト。かんぱ~い☆」
「ああ。乾杯」
少しぬるくなってはいたが、火照った身体にはちょうど良い。
一気にがぶがぶ飲んでしまった。
「んぐっ、んぐっ……ぷはっあ! ハァハァ……おいし☆」
相変わらず、いやらしい飲み方するな、この人。
「でも、オレたち。本当にここまでやってこれたんだよね?」
嬉しそうに瞳を輝かせる。
「ん、なんのことだ?」
「一ツ橋高校でちゃんと単位取れたこと☆」
「ああ……」
天才の俺には、超普通というか論外な授業やレポートに試験だったが、おバカなミハイルには、かなり頑張ったということか。
「タクトのおかげだよ☆」
はにかんで見せるその笑顔に、思わず、ドキッとしてしまう。
「いや、俺は別に。なにもしてないさ……」
動揺を隠すように視線をそらす。
「そんなことないよ! タクトがいてくれたから、スクリーングもちゃんと来れたし、テストも頑張れたもん☆ ありがとなっ☆」
「う、うむ。まあ、来期も一緒に頑張るか……」
男同士だってのに、なんだか小っ恥ずかしい。
視線を戻すと、ミハイルは満面の笑顔でこう言う。
「ところでさ、リキのこと。いつから、マブダチになったの?」
笑ってはいるが、声が冷えきっている。
ヤベッ、まだ誤解されているよ。
「あ、あれはだな……」
必死に弁解しようとするが、グイッとミハイルの小さな顔が近づいて来る。
笑顔で。
「ねぇ。『スキ』ってどういうこと?」
目が笑ってない。狂気だ。
「それは……俺に向けられたものではないんだ。実はここだけの話だが、リキは今片思いしているんだ」
「タクトに?」
いつもはキラキラと輝いて、魅力的なグリーンアイズだが、今はとても暗く感じる。
まるでブラックホール。恐怖でしかない。
「ミハイル、あのな……ちゃんと話を聞いてたか? リキは俺が好きなんじゃない。同じクラスメイトの女子に恋をしている」
そこでようやく、彼の瞳が輝きを取り戻す。
「えぇ!? リキが女の子を好きになったの!?」
めっちゃ驚いている。
あいつだって、見た目おっさんだけど、俺たちと同じティーンエージャーなんだぞ。
誤解が解けた瞬間、身を乗り出して、質問攻めが始まる。
「だれだれ!? リキが好きになった女の子って? オレが知っている子?」
こいつって、けっこう恋バナ好きというか、意地悪いな。
「ほれ。あれを見てみろ」
とある二人の男女を指差して見せる。
少し離れたスパで、噴水ショーを楽しむハゲと、競泳水着を着た女子。
「あ、ひょっとして……ほのかが好きなの!?」
ミハイルも予想外の相手に驚きを隠せないようだ。
「そういうことだ。アレのなにがいいのか、わからんが。俺に相談されてな……腐女子の攻略方法なんざ、俺は……」
言いかけている最中で、ミハイルが俺の肩を掴んで、叫ぶ。
「さいっこうじゃん!」
「は?」
「あの二人、絶対くっつけようよ☆」
めっちゃ楽しそう。拳を作って、ガッツポーズ決めちゃってさ。
まだ、ほのかという、生態をちゃんと把握できてないのに。
「なんで、お前が乗り気なんだ。ミハイル?」
ちょっと、冷めた目で彼を見つめる。
「だってさ。ちょー、おもしれぇじゃん☆ オレも応援してるよ、リキのこと☆ で、いつ告白すんの?」
こいつ……人の恋愛だからって、楽しんでんな。
「さあな、今夜かもしれんし、明日かもしれんし、一生わからないな」
「ダメだゾ、タクト! マブダチの恋愛なんだから、ちゃんと本気になって、応援してあげなきゃ!」
あんた、さっきまで、そのマブダチのことで怒ってたじゃん。
「いや、こればっかりは、本人たちの意思というか、相性の問題だろ……」
「ダメダメ! 力づくでもいいから、リキがほのかと結ばれないと、な☆」
それって、犯罪だろ。
「あのな……」
俺たちが、他人の恋バナで言い合っていると……。
ドーンッ! と凄まじい轟音が鳴り響く。
色とりどりの花火が、一斉に打ち上げられていく。
「すごい! 花火だ☆」
「そういえば、そうだったな」
ドンッ! ドンッ! と次々に、大きな花火で夜空が明るく照らされていく。
花火なんて、小学生の時以来だな。
身体にまで響き渡るこの音さえ、心地よい。
「いいもんだな、たまには、旅行ってのも……」
ふと、隣りのミハイルに話しかけてみたが、花火の音で聞こえてないようだ。
彼と言えば、なにか考えごとをしているようで。
小さな唇に人差し指を当てて、ブツブツと独り言を漏らしていた。
途切れ途切れでしか、聞こえてこなかったが、なにやら変なことを口にしている。
「ふふっ、ほのか……と、リキをくっつけて……タクトの周りの……女たちは……全員消えて……」
ファッ!?
俺の視線に気がついた彼は、ニコッと笑って見せる。
「楽しいな、タクト。旅行ってさ☆」
「う、うん……とても」
花火が終わりを迎え、俺はそろそろ、混浴温泉であるクーパーガーデンから出ようと、ミハイルに提案する。
すると、彼はなぜか、ぎこちなく頷く。
「あ、うん……」
妙に元気ないな。
「どうした? 夏とはいえ、夜の温水プールだ。身体を冷やしたのか? なら、早く『タンスの湯』で身体を温めよう」
俺がそう促すが、彼は急に慌てだす。
「あ、お風呂ね……」
どうも、歯切れが悪い。
あれか? 男同士とはいえ、一緒に真っ裸で大浴場に入るのが、恥ずかしいのか。
※
クーパーガーデンを出て、また玄関で男女が別々になる。
先ほどの更衣室に向かうため、バラバラに行動せねば、ならないからだ。
左右に別れた階段を進んで、そのまま、更衣室で水着を脱ぎ、大浴場と露天風呂のあるタンスの湯に行ける。
行きは疲れたが、帰りはこりゃ楽だ。
「じゃあまたね」
どこからか、若い女性の声が聞こえてきた。
見れば、競泳水着に眼鏡の女子。
北神 ほのかだ。
リキに別れを告げて、奥の女子専用廊下へと進んでいく。
「うん。ありがとな、ほのかちゃん」
頬を赤くした力がオーバーに両手をブンブンと振って、別れを惜しむ。
「リキ、結構、順調みたいだな」
彼の背中に声をかけてみる。
「ああ、タクオ! こりゃ、イケるかもだぜ!」
拳を作って、はしゃぐリキ。
「だといいな」
「そうだ! 今から俺と一緒に露天風呂へ行こうぜ! マブダチとして!」
「ああ。俺もちょうど、ミハイルと行くところだったんだ……なあ、ミハイル?」
隣りに視線を戻すと……そこには誰もいなかった。
「なっ!? ミハイル? どこだ?」
心配になって、辺りを探すが、どこにもいない。
「タクオ、ミハイルのやつなら……ほれ。もうあっちに行ったぜ?」
リキの指差す方を見れば、階段を物凄いスピードで走り去るミハイルの姿が。
うむ、濡れた水着の小尻も最高……じゃなかった!
なんであいつ、逃げていくんだ?
ちょっと、腹が立つわ。
「まあタクオ。ミハイルもなんか用事あんじゃね? 腹でも壊したとかよ」
「な、なるほど……」
それなら、確かにあの動揺した姿も頷けるか。
結構、あいつ。ああ見えて、恥ずかしがり屋だからな。
※
更衣室で、水着を脱ぎ、近くにあった小さなタオルを手に取ると、早速、大浴場に入って見た。
中はかなり賑わっている。
おじいさんや親子たちで、ガヤガヤと騒がしい。
全員フル●ンで、見ていてエグいがな。
俺は簡単にシャワーで身体を洗い流すと、まずは露天風呂である『タンス湯』へと向った。
別府の夜景を楽しみながら、塩水で温められた天然温泉らしい。
たまには、都会から離れた静かな高原で、リラックスしたいからな。
大浴場を抜けて、露天風呂に出た。
湯船は全部で、上から4段に別れた構造になっている。
一段目に屋根があり、二段目から完全に露天風呂。三段目が一番大きく、また足湯も完備。最深部が寝湯になっていて、石造の枕まで完備。
こりゃあ、日々の疲れが取れるってもんだ。
俺は迷うことなく、寝湯の方へ降りていく。
最近、自作『気にヤン』の執筆を追い込んだせいで、肩がかなり凝っているから。
少しでも肩こりをほぐしたい。
湯船につかり、仰向けになって、寝てみる。
枕もいい感じの高さで、ちょうど耳に水が入らないぐらいだ。
「ごくらく、極楽~」
なんて鼻歌が出るぐらい快適。
どうしても、身体の力を緩めると、足先が浮かんでしまうが、そんなこと気にならないぐらい、気持ちが良い。
上を見上げれば、星々がたくさん広がっていて、最高のプラネタリウム。
前方に目をやれば、別府湾や街の夜景が見渡せる。
ちょっと、熱すぎるぐらいの温泉だが、半身がどうしても、水中から浮かんでしまうので、濡れた素肌を、前方から吹きつける強い風が、火照った身体を冷ます。
これはこれで、気持ちが良いものだ。
「来て良かったなぁ」
と目を瞑って、呟いてみると……。
誰かが俺の言葉に同調してくる。
「だよな!」
瞼を開いて、声の主を探す。
左側には誰もいない。
じゃあ、逆の右を見てみるか……。
「うなぎぃっ!?」
水中にうなぎが泳いでいる。
「な、なんだこいつ!? どこから入ってきたんだ!」
パニックを起していると、大きな手が俺の肩をつかみ、静止させる。
「どこ見てんだよ、タクオ? 俺だよ」
「へ?」
うなぎの持ち主は、千鳥 力。その人であった。
「ああ……お前だったのか。未知の生命体がこの別府に落ちてきたかと思った」
「ハハハッ、宇宙人なんて信じてんのかよ、タクオってやっぱ変わってんな」
そう言って、俺の背中をビシバシ叩く。
いや、確かに君のおてんてんは宇宙人だよ。
だって、ごんぶとだし、長すぎるし、水中から顔を出すなんて……。
咳払いして、動揺を隠そうとする。
「お、おほん! お前のって、その……デカいんだな」
恐る恐る、彼の股間を指差す。
「はぁ? そうか。フツーじゃね?」
いや、異常だ! 見たことない! 信じたくもない!
馬並みだ。
「普通ではないだろう。リキ、お前のってさ。何というか、デカいというか、長さもあるし……」
怖いよぉ!
「そんなに驚くなよ、ハハハッ。タクオが小さすぎんじゃね?」
比較したことないけど、普通の部類だと思ってます。
「だって、浮かぶか? 普通……」
「え、タクオは浮かばないの?」
巨乳の人が浮かぶと聞くが、男の話は初めてだ。
「ないよ……」
「そっかぁ。まあ、俺もあんまり温泉とかこねーから、わかんねーや。うちの親父とかも浮いてるしな~」
家系だってか!
リキは俺のことなど気にせず、温泉を楽しんでいる。
だが、ここである疑問というか、不安を覚える。
ミハイルのことだ。
彼は幼いころから、リキやここあと一緒に遊んでいたらしい。
多分、お泊りとかも。
ならば……ミハイルのサイズも知っておかないと。
だって、怖いじゃん!
「なあ、リキは……ミハイルと風呂とか、入ったことあるのか?」
「え? ミハイルと? あるよ。近所だし、ヴィッキーちゃんにはお世話になってるしなぁ」
「じゃあ、そのミハイルってお前と同じぐらいの……そのサイズだったか?」
彼の回答に思わず、生唾を飲み込む。
「うーん」
しばらく考え込むリキ。
沈黙が怖い。
「最近は一緒に入らないからなぁ……多分、同じぐらいじゃね?」
ファッ!?
「そ、そうなんだ……」
あの華奢な身体で、どうやって、『ガンホルダー』におさめるというのだ?
と、ここで、また新たな疑問が俺の頭に浮かぶ。
「なあ。ところで、そんなに長いサイズのをどうやってパンツに入れるんだよ?」
「え? 太ももにゴムのバンドで折りたたんでるぜ。普通のことだろ?」
あっさり、爆弾発言をするリキ。いや、リキ兄貴。
「そ、そうですね。普通のことですよね。普通の……」
なぜか縮こまってしまう俺だった。
※
長い、長すぎる……なにがって?
この隣りの野郎のことだよ。
「それでよ、ほのかちゃんのどこがいいかってよ。まず、あの真面目そうな顔とは反したワガマボディ! それに眼鏡の奥からたまに見える鋭い眼差し。あと、毎回制服着てくるというこだわり! たまらねぇよな! あとさ、気づかいもできるし、芯が強い女の子だって思うわけ。自分の気持ちは曲げない潔さ! 全部、全部が可愛すぎて……」
うるせぇ!
お前がどれだけ、ほのかのことを想ってることは、もうわかったよ。
一時間近くも聞かせられるこっちの身にもなってくれ。
もうさすがに、熱さで身体のぼせてきた……。
「悪い、リキ。先にあがるわ」
ちょっと、熱で頭がふらつく。
フラフラと立ち上がろうとする……が、ごつい彼の大きな手が俺の腕を掴む。
「ちょ、ちょっと待てよ! タクオ! これからがいいところなんだ、もうちょっと付き合ってくれよ!」
「話なら温泉を出てからでいいだろ……」
「いや、俺の気持ちはこの夜景を見ながら、マブダチのお前と語り合いたいんだって!」
俺の腕を一向に離そうとしないリキ。
だが、もう相手をしてられん。
早く出ないと俺が倒れそうだ。
「悪いが出るぞ……」
必死の思いで、湯船から脱出しようとした瞬間だった。
見くびっていた。『剛腕のリキ』の異名を。
俺の意思とは反して、力づくで引っ張られ、地面に叩きつけられる。
「いってぇ……」
石畳の上でうつ伏せの状態に倒れてしまった。
心配したリキが咄嗟に立ち上がる。
「わりぃ! タクオ、大丈夫か!?」
急いで俺の元へ駆け寄ろうとするが、彼も長時間、湯船に浸かっていたせいか、思ったように足が動かず、フラついている。
「ありゃっ!」
リキのアホな声と共に、ドシン! とナニかが、乗っかかてきた。
「いってぇぇぇ!」
倒れこんでいる俺の背中に、リキの巨体がボディプレス。
あばら骨が折れたかも?
だが、そんなことよりも、気になるのは、俺の臀部あたりだ。
ナニかが、俺の割れ目にグニョグニョとうごめいている。
ま、まさか!?
「わりぃ、タクオ。こけちまった……」
「そんなことはいい! 早く俺から離れろ! こんなところ、誰かに見られたら……」
時すでに遅し。
目の前には、細い脚が4本。
見上げると、そこには、おかっぱ頭のキノコ頭が二人。
同じクラスの日田兄弟が立っていた。
「し、新宮殿! まさか、氏は、剛腕のリキとそのような関係……」
「兄者、ここは一つ……」
お互いの顔を見つめあうと、無言で頷く。
「「ぎゃあああ! ホモダチだぁ!!!」
「……」
終わったな、俺のスクールライフ。
先ほどのリキとの『ドッキング』疑惑で、俺は日田の兄弟ともう仲良くできないかもしれない。
まあ、いつか誤解は解けるだろう……知らんけど。
攻め役を演じてしまったリキ本人は、なんのことか、さっぱりらしく。
「変な奴ら」と首を傾げていた。
俺は受けの人だとは思われたくないので、リキに「話の続きはホテルの部屋で聞くから」と先に露天風呂から出た。
というか、逃げたんだけど。
※
浴衣姿になると、俺は更衣室を出て元の道を辿る。
エレベーターを使って、二階に降り、ゲームセンターと売店が見えたところで、スマホのベルが鳴る。
アイドル声優の『YUIKA』ちゃんの可愛らしい歌声……耳の穴から身体癒されるぅ~
じゃなかったと、着信名を確認すると、古賀 アンナ。
「ん!?」
思わず、スマホの画面を二度見してしまった。
だって今、俺たちがいるのは、福岡県から遠く離れた街、大分県別府だ。
古賀 ミハイルがここにいるのは、わかる。
だが、アンナはこの場にいない設定のはずだ。設定上。
とりあえず、電話に出てみる。
「もしもし?」
『あっ、タッくん☆ アンナだよ、久しぶり~☆』
偉くテンションが高いな。
「ああ、久しぶりだな。どうした? 取材の件か?」
『うん☆ 取材しよ! 今から……』
「は? アンナ、悪いが俺は今、別府に来ていて……』
言いかけている途中で、眼前がブラックアウトする。
そして、少し冷たくて柔らかい感触を感じた。
甘い石鹸の香り……。
「だーれだっ!?」
今日日、やらない行為だな。
「まさか……アンナか」
「せーいっかい☆」
俺が当てたご褒美に、視界が解放される。
瞼をこすってみる。
そこには、正真正銘の金髪美少女が立っていた。
長い金色の美しい髪を、肩から揺らせて。
頭には大きなピンクのリボンのカチューシャ。
上から真っ白なノースリーブのブラウス。
パールバックルベルトがついたミニ丈のフレアスカート。
白くて透き通るような細い脚を拝める。
足もとは、温泉には似合わないガーリーなデザインのリボンサンダル。
間違いない。
こんな天使はこの世に一人しか存在しない。
俺の大事な取材対象、アンナだ。(♂)
「タッくん☆ 来ちゃった!」
「は……?」
ちょっと、軽く脳内がパニックを起しているのだが?
なぜ、一ツ橋高校の卒業旅行にアンナが参加しているのだ……。
いや確かに、ミハイルが一緒なのはわかっている。
彼女がこの学校の情報を知っていると言うのは、解せん。
「タッくん、ここで取材していこ☆」
「ちょ、ちょっと待て! アンナ、どうして、ここにいるんだ?」
ここは設定を守らないと今後、おかしくなる。
「え……?」
額から滝のような汗を吹き出す。
「だって、ここは別府だ。同級生のミハイルは来ているが、何故、部外者のアンナがホテルにいる?」
そうじゃなきゃ、アンナちゃんストーカー説。
「そ、それはね……そう! ヴィッキーちゃんに教えてもらったからだよ☆ だから、ミーシャちゃんと一緒に来たの! ば、バスは別だったけどね……」
なんと苦しい言い訳だ。
「なるほどな。だが、今もう夜の9時だぞ? アンナ、今日はどこに泊まるんだ?」
「ミーシャちゃんと同じ部屋だよ☆」
ファッ!?
全て、謎は解けたぞ!
松乃井ホテルに着いた時、俺が宗像先生に、ミハイルの部屋を訊ねたら……。
『ああん? 古賀のことか。あいつは家族と一緒に泊まるって言うから、事前に部屋を決めておいたぞ』
と語っていた。
そして、登校時、異常に大きなリュックサックの中身は、この為だったのか!?
「ふむ……了解した。じゃあ取材と行くか」
「うん☆ タッくん、イルミネーションに観に行こうよ!」
「ああ」
まったく、困った取材相手だな。
※
俺とアンナは仲良く、ホテルのバスに乗り、長い坂道を下っていく。
外はもう真っ暗だが一際目立つ、煌びやかなイルミネーションが見えてきた。
松乃井ホテルの道路沿いに、キラキラと輝くライトアップされた美しい木々。
それに光りのトンネルや、お姫様が乗っていそうなかぼちゃの馬車。
可愛らしいクマさんやウサギさんがお出迎え。
色とりどりの鮮やかなイルミネーションが作りだしたこの場所は、まるで別世界。
日本ではない、ファンタジーの世界に迷い込んでしまう錯覚を覚える。
バスから降りると、アンナが俺の手を引っ張って、駆け寄る。
「タッくん、見て見てぇ! すごく、キレイだよ~☆」
「あ、ああ。確かに壮観だな……」
俺はイルミネーションよりも、その灯りに負けないぐらいに輝いている彼女のグリーンアイズに見惚れていた。
なんだか、変な気持ちになってきた。
リキが言っていたように、女が非日常的な光景に弱いってやつは、本当のことなのかもしれない……。
今日はホテルも背後にある。
あれ、俺ってば、今宵、童貞を捨てられるフラグ立っちゃった?
いや……無理だって。相手は男だよ。
煩悩を振り払うために、頭を左右にブンブンと強く振り回す。
「タッくん? どうしたの? 調子悪い?」
「いや、別府にまで、アンナと一緒に来れて……感激していたんだよ」
「そっかぁ☆ アンナも同じ気持ちだよ☆」
小悪魔的な笑顔を魅せてくる。
イケるの? 『いいよ』って合図出してるんの?
ど、ど、どうしよう……『大事なもの』も用意してないし……。
俺は一人頭を抱え、脳内で理性と野生が壮絶な戦いを繰り広げる。
その場で、ジタバタしていると、誰かが俺たちに声をかけてきた。
「お~う、琢人じゃねーか!」
光りのトンネルの奥に、かぼちゃの馬車の前で、一人の男が見えた。
長テーブルの上には、大きなクーラーボックスが何個も置いてある。
そして、テーブル下に白いのれんがかかっている。
『美味しくて冷たいアイス販売中♪ トッピング豊富♪ お肌にも優しいオーガニック』
そんな健康的な文言とは、似合わない販売員がテーブルの後ろに立っている。
ストライプに刈り上げた坊主頭に、両腕に龍と虎のタトゥー。
間違いない。見た目シャブ中の売人。善良な福岡市民の夜臼先輩だ。
「わぁ、アイスだって! 美味しそう☆ タッくん、一緒に食べようよ☆」
「え、ちょっ……」
アンナに手を引っ張られて、光りのトンネルを通り抜ける。
その先で、夜臼先輩は、怪しく微笑んでいる。
可愛らしいアイスのプリントされたエプロンをかけているのだが、余計に誤解されやすい。
だが、俺は戸惑っていた。
それは、今隣りにいるのが、古賀 アンナだからだ。
ミハイルを知っている人物に出会えば、女装しているとはいえ、正体がバレるのではないか……。
それだけは、避けたい。
彼女を傷つけたくないから。
「ヘッヘヘヘ……琢人も隅におけねぇじゃねーか? 童貞だと思ってたけど、こんなカワイイ彼女がいるんなんてよ、ウッヒヒヒ!」
笑い方が怖い!
俺の心配は必要なかったようだ。
「カワイイだなんて~☆ うれしい~」
恥ずかしがる女装少年。
「あ、いや。彼女ではないですよ……」
一応、弁解しておく。
「はぁ? 琢人……おめぇ、女の子に恥をかかせる気か! 俺りゃあ、そういう中途半端な野郎が大嫌いなんだよ!」
珍しく怒られちゃったよ。
「す、すみません。今、まだ彼氏彼女未満みたいな関係でして……」
「ほーう。そうかぁ……なら、好都合だべ!」
「え?」
「俺りゃあのアイスを食ってきな! この一つのアイスを二人で仲良くイルミネーション見ながら食えば……ヒッヒヒ。飛ぶぜ? 天国へな」
ドヤ顔してるけど、ただのお節介なおじさんじゃん。
夜臼先輩を見ても物怖じせず、アンナは注文を始める。
「えっと、アンナはチョコアイスが好きだけど、タッくんはバニラが好きだから……」
「アンナちゃんって言うのか? ヒッヒヒ……カワイイ顔して、経験済みなのか。こりゃあ、売人の血が騒ぐってもんだ」
アイスのね。
「俺りゃあ、琢人のダチでよ。夜臼 太一ってんだ。よろしくな、アンナちゃん。ウッヒヒヒ」
なんで一々、この人の喋り方って誤解を招くのだろう。
「あ、古賀 アンナって言います。ミーシャちゃんのいとこです☆」
「ほぅ、ミハイルの親戚か。なら、サービスだぜぇ。チョコとバニラを一つのコーンにダブルでいいかぁ? ヘッヘヘヘ、これなら、仲良く食べれるぜぇ?」
「じゃあ、それでお願いします☆ 夜臼先輩☆」
「ウッヒヒヒ、琢人。いい子じゃねーか」
あんたもいい人だね。
「あとよ、新作も売ってんだぜ? ヘッヘヘヘ……乾燥させた『野菜』だぁ、ウッヒヒヒ!」
そう言って、テーブルの下から出したのは、確かに乾燥野菜のニンジン、オクラ、レンコン、トマトなどなど。
「野菜本来の甘みだからよぉ、太りにくいし、健康的でよぉ。お肌にもいいんだぜぇ~ 今なら安くしてやるよぉ~ 末端価格にして100グラム88円だぜ、ヘッヘヘヘ!」
正当な価格では?
「お肌にいいんですかぁ☆ じゃあ、おみやげに1キロください☆」
交渉成立しちゃった、合法的に。
夜臼先輩から、合法的に買い物を済ませた俺とアンナは、仲良くかぼちゃの馬車の前で、アイスを食べることにした。
一つのアイスを交代でパクッと食べては、相手に「ハイッ」と口に向ける。
あれ……普通に、間接キスどころか。唾液交換してない?
な、なんだか、興奮してきた。
アンナと言えば、そんな俺のやましい気持ちなど知らず……。
イルミネーションを子供のように、喜んで見ている。
「キレイだねぇ、タッくん……。なんか『夢の国』の世界みたい~☆ こんな景色を見ながら、タッくんと一緒にアイス食べれて、幸せぇ☆」
そう言いながら、視線は落とさず。
「ペロッ、んふっ。ペロペロッ……ごっくん!」
というエロい咀嚼音。
ヤバいヤバい、俺の理性さんがどこかに旅立ちそうだぁ!
アイスは夜臼先輩の計らいで、左側がチョコ、右側がバニラだ。
だが、アンナの視線は、イルミネーションに釘付けのため、『境界線』からはみ出て、食べてしまう。
真っ白なバニラのクリームに、赤い口紅の色が混ざる。
こ、これは!
自然現象によって起きたラズベリーアイスだ。
思わず、生唾を飲み込む。
「ハイッ。タッくんの番だよ?」
コーンを口元に近づけるアンナ。
「ああ。い、いただきますぅ!」
なぜか敬語でかぶりつく。
舌の中でとろけるバニラクリームと、ほのかに残るルージュの香り……。
なんてこった。
超おいし~♪
「どうしたの、タッくん? やけに嬉しそうだね?」
見透かされたように感じたので、咳払いでごまかす。
「お、おっほん! いやぁ、幻想的な夜景と共に、食べるアイスは格別だと思ってな。小説の取材に使えそうだ」
そして、俺のおかずにも!
「なら良かったぁ☆ アンナも一緒に来た甲斐があったよぉ」
無邪気に笑う彼女に、妙な罪悪感を感じる。
※
アイスを食べ終えて、しばらくイルミネーションを眺めたあと、俺たちはホテルの中に入った。
ホテルにも土産屋が数件あって、アンナが見ていきたい、と言ったからだ。
彼女は店の中で、主にお菓子やぬいぐるみなどを物色していた。
俺と言えば、こういうのにあまり興味がないから、ちょっと離れた場所から、アンナを見つめている。
ふと、振り返ると、ロビーが目に入る。
夜の10時を過ぎたせいか、辺りは静まり返っていた。
フロントも夜勤のスタッフが一人いるぐらい。
客はみんな自室に戻ったのかも。
そう考えていると、二人の人影が目に入る。
フロントの反対側にチェックインなどの際に、客が待機するスペースがある。
ソファーがいくつもあって、そこで受付や会計を待つ時に使うものだ。
今は夜遅いから、もう客などいないのだが。
浴衣姿の男女が二人。
スキンヘッドの大男とショートボブの小柄な女。
少し離れた距離で、肩を並べて座っている。
「ん、あれ。リキとほのかじゃないか……」
そう呟くと、いきなり背後から誰かが囁く。
「ホントだ……リキじゃん」
振り返れば、怪しく微笑むアンナが。
「アンナ? お前、なんでリキの名前を知っている?」
さりげなく、突っ込んでおく。
俺の問いにうろたえだすアンナ。
「え、え、え? リキくんのことは、ミーシャちゃんから聞いてるから、ね。面識はないけど、昔から友達だって……」
「なるほど」
そういうことにしておいてやるか。
ということで、今から俺たちは、『ステルスミッション』を開始するのであった。
成り行きで、俺とアンナは、後ろから、一連の行動を見届けることにした。
というか、アンナが悪ノリして「ねぇ、あの二人。いい感じだって、ミーシャちゃんから聞いたよ☆ 応援してあげようよ☆」と提案したからだ。
だから、今の俺たちは、大きな柱の裏で姿を隠している。
首だけ出して。
上からアンナ、俺の順番で、目の前のソファーをのぞきこむ。
完璧ストーカーじゃん。
「あの、千鳥くん……。話ってなに?」
どことなく、ぎこちないほのか。
それに対して、リキは前のめりで興奮した様子だ。
「わ、わりぃな。ほのかちゃん。こんな夜中に呼び出してよ」
ツルツルのスキンヘッドが汗ばんでいて、蛍光灯の明かりに照らされる。
ピカピカでよく目立つ。
「いいけど……」
いつものほのかとは、どこか様子が違う。
なにか警戒してるように見える。
「いけいけっ! 今だよ、リキくん☆」
頭上でめっちゃ楽しそうなアンナちゃん。
「しかし、この感じ。まだ時ではないんじゃないか?」
「ダメだよ、タッくん! そんな弱気じゃあ! この恋、絶対に死んでも、相手を殺してでも成就させないと!」
「え……」
それ、もう心中じゃん。
死んだら相思相愛になれないでしょ。
彼女の発言に呆れはしたが、俺も見ていてドキドキしてきた。
他人が告白するシーンなんて、滅多に拝めないからな。
「あの……そのよ。俺、実は一ツ橋高校に入ってさ。あんまり、自信なかったんだよ。この高校にずっといれるかってさ。前の高校はケンカで中退しちゃって……」
うわぁ、なんか思ったより、重めな感じの告白だわ。
てか、ケンカで退学かよ。マジでヤンキーじゃん。
「うん」
「でも、ほのかちゃんと出会って、学校が楽しくてさ。ちょっとずつだけど、勉強とかスクリーングもやる気出てさ。卒業まで頑張れそうなんだよ……だからさ、だから……」
男らしくねぇな。バシッと言っちまえよ。
「うん……」
ほのかのテンションはどこか落ちているな。
嫌な予感がする。
「ああ、ごめん! 俺、ちょっとなに言っているか、わかんねーよな……」
「私も中退したから、気持ちはわかるよ」
真剣な顔でリキを見つめるほのか。
だが、彼も負けじと、じっと見つめ返す。
「シンプルに言うわ! 俺、ほのかちゃんが好きだ! もし良かったら、付き合って欲しい!」
「……」
静まり返るロビー。
なんだ? こっちにまで重たい空気が漂ってくる。
真夏だというのに、急に寒気が。
リキの男らしい告白に、黙ってうつむくほのか。
「どうかな? ダチからでもいいんだ?」
沈黙が続くためか、彼は場を和ませようと必死だ。
「……あのね、嬉しいんだけど」
視線は床に落としたまま、喋り出すほのか。
「う、うん! お、俺じゃ、やっぱりダメかな?」
「この際だから、千鳥くんにもハッキリ伝えておくね……」
そう呟くと、何を思ったのか、彼女は急に立ち上がる。
ソファーに残されたリキは、驚いた顔でほのかを見上げていた。
「え?」
「私ね……ずっと黙っていたの。宗像先生。琢人くんやミハイルくん。あの人たちには、なぜか自然と本当の自分をさらけ出していられるけど。普段は、隠しているの」
「な、なにを?」
グッと拳を作ると、ソファーに座っているリキを鋭い目つきで睨みつけた。
「私は……今。夢で忙しいの! 絡めることしか、考えてないの!」
「か、からめる? えっ? えっ……」
言葉の意味を理解できてないリキ兄貴。
柱の後ろで聞いていた俺も思わず……。
「ブフーーーッ!」
大量の唾を吹き出してしまった。
なに言ってんだ、ほのかのやつ。
あれじゃ、断ったことに気がついてないぞ!
俺とは違い、アンナは至って冷静で。
「チッ! 失敗しやがって、リキめ」
おいおい、ミハイルくんが漏れてるよ。
腐女子をカミングアウトしたほのかの目に、生気が湧き出す。
「千鳥くんには悪いけど、私。ショタっ子とおじさんでめっちゃ忙しいの!」
そう言い残すと、彼女は満面の笑みで、その場を去っていった。
「え、え、え? どういうこと?」
一人取り残されたリキは、困惑した様子で、やんわり断られたことに気がついてない。
ほのかがこちらに近づいてきたので、俺はアンナの手を引っ張って、別の柱にコソコソと逃げ移る。
エレベーターに向っていくほのかを、確認し終えると、リキの後ろ姿が目に入った。
「からめる? キャラメルのことか? しょうた? おじさん? なんなんだ?」
リキ兄貴、かわいそう!
だが、ここで俺が声をかけるのも、なんだか彼のプライドを傷つけそうだ。
そっとしておこう……と、思ったら、隣りにいたアンナが、ずいっと身を乗り出す。
なにを思ったのか、リキの方向へとツカツカと音を当てて、歩き始めた。
「ねぇ、リキくん」
「え……だれ?」
真っ青な顔したリキに対して、アンナは優しく微笑む。
てか、マブダチのくせに、女装がバレてない。
「はじめまして。私、古賀 アンナって言います。ミーシャちゃんのいとこです」
ファッ!?
あいつ、自ら墓穴堀りに行きやがった。
予想外の行動に俺もソファーに駆け寄る。
急いで止めないと、アンナの正体がバレてしまう。
「おい、アンナ! リキとは初対面だろ? 失礼じゃないか……」
設定を守れよ、と彼女の肩を掴むが、逆に冷たい視線で睨みかえされた。
「タッくんは黙ってて」
「は、はい」
こ、怖えぇ……。
「俺、フラれたのかな……」
ツルピカ頭を抱え込む剛腕のリキ。
「ううん! まだフラれてないよ☆」
ファッ!?
嘘つく気かよ。そこまでして、あの二人をくっつけたいのか!
「え、マジなの。アンナちゃん?」
「同じ女の子だから、あの子が言っていた意味がわかるよ☆」
お前は男だろ!
「ほ、本当に?」
すがるようにアンナの手を掴む、リキ。
「大丈夫、安心して☆ あの子が言いたいのは『絡めたい』てこと、つまり男同士の恋愛マンガを描きたいから、今は忙しいってことなんだよ☆」
間違ってはないけど……。
「つまり、どういうことなんだ?」
「リキくんが取材をすればいいんだよ☆ あの子が喜ぶこと」
「やるよ、なんでもやるから、頼む! 教えてくれ!」
「それはね……リキくんが知らないおじさんと仲良くなることだよ☆」
もうやめてあげてよ、俺のマブダチなんだからさ。