気になるあの子はヤンキー(♂)だが、女装するとめっちゃタイプでグイグイくる!!!


 地獄のような授業は一旦、休憩。
 そうおひるごはん!
 まってましたぁ~
 こちとら、十七歳の育ち盛りだからね。
 おまけに夜中に新聞も配達しているわけだ。
 腹なんて減りまくりだわな。

「いっただきま~す!」

 律儀に弁当箱の前で手を合わせる。
 左を見ると、眼鏡女子の北神ほのかが、黄色の小さな小さな弁当箱を机の上に出している。
 え? マジでそれで足りるの?

 俺、いやなんだよね。食事をちゃんと人前でできないヤツってさ。
 だってあれだよ。食事をするってのはその人の家柄がでるわけよ。
 作法だのなんだの……女の子は食事の時が一番、地が出るってね!
 まあ別に俺もそんなに作法的には良い方ではないのだが。


 しかし、あれだな。
 この一ツ橋高校も中々にブッ飛んだ高校だというのが、よくわかる。

 喫煙OK、レポートも丸写し、教師もアホ。
 そして現状もだ。
 俺や北神みたいな非リア充、つまり真面目なやつら……しかも女子のみ!
 が、弁当を持参していて、それ以外の奴らはみんな外食に出た。

 赤井駅近隣の定食屋やショッピングモールで昼食をとるのだろう。
 それはリア充グループだけではなく、非リア充の男子共も同様だ。
 今の教室内は俺と数人の女子だけという、とてもさびしいというか、うらやましい環境と言えるね。
 ハーレム、ひゃっほ~い!

 しかし、どこでもイレギュラーはいるものだ。
 右だよ、右。
 ムスッとした顔して、座っているのさ。

 例の女男のヤンキー、古賀 ミハイル。
「フン」
 飯も食わず、何をイラついているんだ。
 ダイエット中か?

「なんかこういうの。久しぶりでテンションあがるよね♪」
 嬉しそうに笑う、北神 ほのか。
「そうか? 正直、ひと段落しただけで、このあとの授業は体育だぞ?」
「あ……私、苦手なんだよね」
 くわえ箸よくないぞ、北神。

「まあなんだ、適当にやればいいだろ」
「でも、体育の指導って宗像先生なんでしょ?」
 ファッ!
「あのババアが!?」
「なんか、宗像先生って本当は日本史の先生みたいだけど……人が足りない? とか」
 いやいや、どんだけ貧乏なんだよ、この学校。
「そうか……」
「チッ」
 なぜそこで舌打ちする? ミハイル。

「あれ? 古賀くんは弁当食べないの?」
 気にかける北神。
「ほ、ほのかには……関係ないだろ」
 ミハイルさんまで下の名前で呼ぶの!?
「ごめんなさい……朝のこと、まだ気にしてるの?」
 例のミハイルがハーフってことさね。

「なんのことだよ?」
「え……だって……」
「北神、放っておけ。こいつはあれだ。いわゆる中二病全盛期なのだよ」
「それって差別じゃ……」
 可哀そうこの子……みたいな顔する北神。

「ちゅーにびょう? なんだそれ?」
 やはり理解できていない。かわいそうなミハイルちゃん。
「中二病っていうのはね。えっと、私も詳しくないけど、思春期とか反抗期とかに起こりやすい心境の変化みたいな?」
 北神センセイ! 教えなくていいから!
「日本語で話せよな」
 いや、話しているだろ。

「とりあえず、古賀。外でメシ食ったらどうだ?」
 俺の問いに、ミハイルは顔を赤くしてそっぽ向く。
「べ、別にタクトにはかんけーねぇじゃん……」
「おい、体育が次にあるんだ。空腹はよくないぞ」
「そ、そうだよ……」
 それって『何章』の話? 北神。
 野獣的なやつは、どこかでコソコソ話してあげてください。

「お財布忘れたんだよ……」
「なるほどな」
 俺が納得すると、彼は頬を赤くして机とにらめっこ。
 
「つまり、お前は金がなくて、俺たちの弁当を食っている様を眺めているわけだな」
「べ、別に見たくて見てるわけじゃないってば……」
「お腹すかない?」
「す、すいてないよ……」
 いや、めっちゃグーグーいっているよ。

「おい、古賀。俺のお手製弁当をわけてやる」
「はぁ? なんでタクトが作った弁当なんて!?」
「新宮くん、優しい」
 フッ、これぞ琢人マジック。
 やさしさと見せかけて女の子にアピールしておく。

「別にいらないって!」
「いいから食え、味は上手くも不味くもない。なぜなら、卵焼き以外、俺は作れん。その他は全部冷食だ」
「はぁ? タクト。マジでいってんのかよ」
 ミハイルは俺の料理下手がよっぽど気になるのか、食い入るように顔を寄せる。
 2つのグリーンアイズがキラキラと光り輝く。
 いやぁ、女だったらな……ときめくんだろうけど。

「そうだ。俺は料理が全くできん」
「ハハハ! 料理できないとか、ダッサ☆」
 今日はじめて見る笑顔だな!

「それで、タクトは他に作れないの?」
「ああ、卵焼きだけはプロレベルだ」
「え~ どれどれ……」
 北神が身を乗り出して、俺の弁当箱をのぞき込む。
 ちょっと北神さん、横乳。ひじぱいしているんすけど。

「うわっ! ホント、焼き方が超きれい」
「だろ? 俺は卵焼きだけを極めて早十年、もうあれだな。お店出せるレベルだぞ」
「ダッセ、他にもレパートリー増やせよな」
 ミハイルからそんなワードが出るとは……。

「いいから、お前も食え」
 弁当箱をミハイルの机に移す。
「やっ、マジでいらないって……」
「なぜそう頑なに拒む?」
 そしてまた顔を赤らめて、今度は俺の弁当箱が友達と追加されたか。

「正直、悪いって思うんだよ。タクトの分が減るだろ……」
「構わん。今の行為を止めることで、古賀が体育中に倒れてしまう方が俺は嫌だ」
 ミハイルは目を丸くして、俺を見つめる。
 エメラルドグリーンの瞳が輝く。
 うわぁ、キスしてぇ……。

「もういい!」
 そう言って弁当箱を取り上げた。
「あ……」
 ミハイルは取り上げられた弁当箱を名残惜しそうに、目で追う。

「こうなったら強硬手段だ」
 俺は箸で卵焼きを掴むと、ミハイルの口元まで持ってきた。
「ほれ、食え」
「なっ!」
 顔を真っ赤にさせて、にらめっこ。
 これってなんの罰ゲーム?

「いいから、早く食え。級友としての命令だ」
「わ、わかったよ……」

 そう言うと、ミハイルは小さな薄紅の唇で、俺の卵焼きを頬張る。
 なにこれ? 超かわいいんですけど。
 あれだよ……あのグラビアアイドルとかのアメとかアイスとかペロペロしてるやつ、あるじゃん。
 疑似てきなやつ。
 そっくりなんだよね。
 しかも、こいつの口は女の北神より小さいくてさ。

「んぐっ、んぐっ……」と食べ方が小動物みたいでめっちゃ可愛い。
 しかも、卵焼きを食べ終えたあと、箸に唾液の糸まで垂らすといういやらしさ。
 こいつは女だったら相当やばい女だったろうな。

「うまっ……」
「だろ?」
「ああ! すごくうまい! こんなうまい卵焼き食ったの初めてだ!」
 そういうミハイルは子供のように「もっとくれくれ」と口を開いている。
 やべっ、別のものを入れたくなる。

「ほれ、今度は白飯と一緒にくえ」
「うん」
 いや、めっさ素直じゃないすか。古賀さん。
「今度は冷食なんてどうだ?」
「いやだ! 卵焼きがいい」
 駄々をこねるんじゃありません! 好き嫌いする子はダメですよ。

「わ、わかった……そんなに気に入ったか?」
「うん! 大好きになった!」
 それって俺のこと? いや、違うよね。違ってください。


「ほれ、これで最後だ」
「うん☆」
 ミハイルは結局、俺の卵焼きを全部平らげてしまった。
 ちくしょー! でもいいもん見られたから許してやろう。


「その、悪かったよ……」
「何がだ?」
「タクトの弁当、食べちゃってさ……」
 なんかいたずらしたあとの子供みたいに落ち込んでるな。

「別に構わん。俺がやりたくてやっただけだ」
「そ、そっかぁ☆」
 おいおい、お前また机と友達になっているぞ。

「尊い……」

「「は?」」
 
 俺とミハイルは思わず、息がピッタリになってしまう。
 北神 ほのかは頬に手を当て、うっとりと俺たちを見つめている。

「な、なんのことだ? 北神」
「お二人の関係が……」
「ほのか。なにを言っているんだ!?」
 席を立ちあがるミハイル。

「だって、男子と男子が『お口あ~ん』なんて中々見られるものじゃないもん……」
 こいつは『あっち』サイドだったのか。

「ほのか? 具合でも悪いのか?」
 くっ! やはり、リア充のミハイルでは理解できまい。

「いいか、古賀。北神は今、悦に入っている」
「えつ? なんか楽しいことでもあったのか?」
「つまりだな……この北神 ほのかというJKは腐っている」
「え? く、くさってんの!?」
 そんな真顔で心配せんでも……もう手遅れだろ。


「ほ、保健室に連れていこっか?」
 急に取り乱すミハイル。
「落ち着け。腐っているという意味が違う。こいつは女として腐っているのだ」
「え?」

「はぁ、尊い……ステキ」
 この高校は、やはりどいつこいつもアホばかりだな。


「古賀、ちょっと待ってろ。すぐに食べ終わる」
「なんで?」
「お前は知らない方がいい」
 残りの弁当をかっこむと、リュック片手に立ち上がる。

「次は体育だ。古賀も早くいこう」
「でも……ほのかの様子が」
「気にするな。あいつにとって俺たちはご褒美なんだよ」
「なんの?」

「尊い……」
 そう言いながら、俺たちを腐った目でみつめる北神。
 クッ! こんなところにも生息していたのか。

「早く逃げるぞ、古賀」
 ミハイルの細い腕を引っ張って、教室を出る。

 廊下に出たところで、「すまんな」と一応あやまっておく。
「べ、べつに……」
 だからなんでそんなに顔を真っ赤にしているんだ?

「さあ、武道館に向かうぞ」
「あ……待ってよ」
 非リア充の俺とリア充のミハイル。
 決して相容れない関係だと思っていたのに、まさか初日でここまで関わるとはな。
 まあ手を繋いで感触は悪くなかったけどね。
 小学校の遠足以来でしたけどね!

 俺とミハイルは腐女子の北神 ほのかの『ホモォォォ!』光線から逃れるため、教室棟をあとにした。
 次の授業はみんなが大嫌い体育だ。
 しかも2時間も。
 なんですかね~ やりたくありませんね~


「なぁ……なんでさっきオレに昼ごはんを分けてくれたんだ?」
 うつむいたまま、時折チラチラと俺の顔を伺う。
「え? だから言っただろ? 俺の気が済まん」
 ミハイルは目を丸くして言う。
「どういうこと?」
「俺は不平等であることが大嫌いだ。なんでも白黒ハッキリさせたい」
「?」
「わかりやすく言うとだな……俺とお前が体育でかけっこするよな?」
「うん」
「それで空腹のお前が本来の力を出せずに負けたら、俺がズルしたみたいだろ?」
「えぇ、そんなことで……」
 めっさひいてるやん、ミハイルさん。

「そんなことだから大切なのだ!」
「そ、そっか……」
 だからまた『ゆかちゃん』がお友達になっているよ? いや、今はアスファルトか。
 

 二人してとぼとぼ歩く。校舎を抜けて、武道館へと向かった。
 今日は全日制コースの部活動はなく、ありがたく利用していいんだとよ。
 仰々しいまでの入口を抜けると、地下に降りる。
 朝もらったスケジュール表にはそう示されているからだ。


「えっと……男子はA室か」
「うん」
 俺は一応、マナーとしてノックする。
 特に反応なし。
 入るか、ドアノブを回して扉を開く……。

「きゃあああ!」

「え?」
 目の前に現れたのは、制服組の女子。
 スカートを太ももの辺りで、静止していた。
 シマシマ、パンティーだ~ わぁい!

「なにやってんだよ、タクト! 早く閉めてやれよ!」
 ミハイルの注意がなかったら、30分は見ていたかもしれん。
 扉を閉めた後、とりあえず、深呼吸する。
 こういう時は落ち着いて対処するのが肝心だ。
 あくまでも紳士的に対応すれば、更によろしいですよ。

「なあ、俺。部屋、間違ってないよな?」
「オレが知るわけないじゃん! この変態オタク!」
「なんでお前が怒っているんだ? 怒るのは見られた彼女だろ?」
「うるさいっ!」
 超怖いけど、超かわいいなこいつの顔。

 俺らが会話を楽しむ間も、更衣室からはキンキン声が扉を叩く。
 しかも、なにかを扉に投げているようだ。
 なんで女ってのはものを投げたがるかね。

「おい! そこの女子! ここは男子更衣室だろが!?」

「〇☆✖§Δ\~!!!」
 なに言っているか、わかんねぇ。

「謝罪はする! だから堪えてくれないか!?」
「……」

 しばらくすると、制服を着たボーイッシュな女子が現れた。
 褐色でショートカット。
 しかも校則違反なミニ丈。
 どこかで見た顔だ。

「あっ! やっぱり新宮先輩じゃないですか!」
 そう言うと女は俺の頬をビンタする。

「いたっ……」
「お、おい! おまえ、何も殴ることないだろ!」
 いや、ミハイルに言われたくないんだけど。

「はぁ!? 女の子の裸見たんでしょうが! お嫁にいけなくなったらどうすんのよ!」
「おまえの裸なんて、誰も興味ないよ~ だあっ!」
 ん? そう言えば、なぜ俺以外の生徒たちはミハイルを女の子と間違えないのだ。

「なあ、コスプレ女子に問いたい」
「誰がコスプレですか!? この前言ったでしょ! 私は正真正銘のリアルJKです!」
 ああ、確か……赤坂 ひなただったか?

「お前……赤坂か?」
「そうですけど! し・ん・ぐ・う先輩!」
「あのな、こいつを見て“可愛い”と思うか?」
 言いながらミハイルの顔を指す。

「なっ!」
 ボッと音を立てて、顔が赤くなるミハイル。

「はぁ? 私、中性的な男子って嫌いなんですけど?」
 ふむ、やはり女の子としては認識していない……。
「それよりなんなんですか! この前はかっこつけて私のこと『認識した』とか言ってたくせに!」
「いや、覚えているとも……だが、その先ほど見てしまったパンティーの方がインパクト強くてな……」
 
 ダンッ!!!

「いっでぇ~!」
 なにこれ、両脚にダブル踏みつけとか信じられます?
 左右からミハイルと赤坂の攻撃、こうかはばつぐんだ!

「なんで……古賀まで……」
「タクトが悪いんだろ!」
「そうですよ! 女の子のパ、パ、パ……」
 皆まで言えずに顔を赤らめる。

「パンティーだろ?」
「最低っ!」
 そう言って、赤くなってない方の頬をビンタして、足早に去っていった。

「なんだったんだ……あいつは」

「おい! タクト、あいつは誰なんだよ!?」
 ミハイルが上目遣いで頬を膨らます。
 なんか、しかも涙目になっている。

「タクト! 聞いているのか!?」
「え……あいつは赤坂 ひなた。全日制コースの生徒だ」
「どこで知り合ったんだよ!」
 なんでそこまでムキになるんだ? そんなにあのパンティーのデザインが気に入ったか?

「この前、宗像先生に質問があってだな……その時に玄関で『不法侵入者』と因縁をつけられてな」
「んで? それでなんで、タクトの名前を知ってんだよ?」
「なぜと言われてもな……やつも俺と同じ白黒ハッキリさせたい性分らしいのだ。それで互いに生徒手帳を見せあったからな」
「……ッ」
 ミハイルはなぜかその場で顔を真っ赤にして、床を蹴り続ける。
 俺がしばらくその行為を見届けると、何を思ったのか、ミハイルはポケットから何かを取り出した。


「これ……」
「え?」
 目の前に出されたのはミハイルの生徒手帳。
「なんのつもりだ?」
「タクトがあいつと……その、白黒ハッキリさせたんだろ?」
「まあな」
「だから……オレもダチだから」
 ええ!? いつからダチ認定したの?
 意味わかんな~い。

「まあ古賀がそう言うなら……」
 俺は希望通り、まじまじとミハイルの証明写真を見つめてやった。
 ふむ、この時は髪を下ろしているな。やっぱ女にしか見えん。
 抱きたい、マジで。

「そんなに見るなよ……タクト。もういいだろ……」
 なぜ目をそらす?
「いや、もう少し見せてくれ」
「も、もういいでしょ……」
 ダーメ!
「いや、まだ見終わってない」
「まだ……なの?」
「もう少し」
「い、いやっ……恥ずかしい……」
 そんなエロゲみたいな声を出すな!
「まだまだ……」

 ガンッ!

 鈍い音が頭上で響く。
「なにをやっとるか! 馬鹿者が!」
 ズキズキと痛む、頭を摩りながら振り返ると……。

「宗像先生……」
 めっさ睨んでるやん。
 そういえば、体育と日本史を兼任しているんだったか?
 恐らくスポーツウェアなのだろうが、正直いって水着に近い。
 スカイブルーのランニング、ブルマ……?
 へそ出し、気持ち悪い巨乳のおまけつきだってばよ。
 これが今流行りの環境型セクハラというやつか。

「さっと着替えんか! 新宮、古賀」
「そ、それがですね……ここって男子更衣室ですよね?」
「は? そうだけど」
「なんか、さっき全日制の女子が着替えて、大変だったんですよ」

「だぁっはははははは!」

 相変わらずの下品な笑い方。
 しかも笑うたびにお乳がボインボインしてるから超キモい。

「結構! 結構! ラッキースケベ大勝利だな!」
「いや、顔見てわかりません? 殴られたんですよ? むしろ、こっちが被害者であることを訴えたいですね」
「どうしてだ? 女の裸を見たんだろ? それぐらい、なんてことないだろが!」
 と言って、爆笑する痴女は酒臭い。
 この教師は仕事とか言いつつ、事務所で酒飲んでじゃねーのか?
 あ、わかった。コーヒーに混ぜているな!

「とりあえず、着替えろ。たぶん、その女子は時間が間に合わなかったのだろうな」
「間に合わない?」
「ああ、以前も言ったように、我が一ツ橋高校は校舎がなく、更衣室が全日制と逆なんだよ」
「はぁ!? なんでそうなるんですか?」
「知るか! んなもん、こっちが決められる立場じゃないんだよ。だから今度からはあんまり早くに来て更衣室をのぞくなよ~?」
「のぞきませんよ!」
 
 隣りに目をやると、ミハイルは顔をまっかかにしている。
 ふむ、思春期とはわからぬものよ……。

 俺とミハイルはぎこちなく更衣室に入る。

 全日制コースの赤坂 ひなたのパンティーが気になって仕方ない。
 正直いって人生で、はじめてのラッキースケベだもんな。
 あ、ギャルの花鶴 ここあはチェンジで。

 対してミハイルと言えば、顔を赤らめたまま、Tシャツを脱ぐ。

「よいしょっと……」

 タンクトップとデニム生地のショートパンツ。
 どうやら、動きやすい服装になったようだ。
 だが、一番気になるのはその白い素肌。
 華奢な肩、動く度に胸元がチラチラと俺を誘惑する。

「タクト? 早く着替えろよ」

 キョトンとした顔でミハイルが俺を見つめている。
 正直、ドキッ! としたぜ。
 こいつが女だったら俺はのぞき魔だな……。
 いかんいかん! 目を覚ませ、琢人!

「ああ……ところで、古賀。お前は体操服を所持してないのか?」
「たいそーふく? オレの中学はいつも私服だったぞ?」
「……そうか」
 あえて突っ込むのはやめておこう。

 俺もせかせかと着替えだす。
 その間、チラチラとミハイルの視線が気になる。
 俺の中学時代の体操服がそんなに珍しいか?
 ブルマではないけどな……。

「じゃ、いくか」
「う、うん……」
 なぜ顔を赤らめる? 床ちゃんと会話するなよ……かわいそうに思っちゃうぜ。


 武道館には俺とミハイル以外、全員揃っていた。
 いや、あの数分でみんなどんだけ瞬間移動できたの?
 まあ女子はともかく、男子は……。

「なるほどな」
 俺は生徒たちを見渡すことで理解できた。
「なにが?」
 ミハイルが上目遣いで尋ねる。
 頼むからそんなに見つめないで……キスしたくなっちゃう。

「いやな……体操服を着ているのは俺と女子ぐらいだな」
 そうミハイルと同じく、男子は体操服に着替えておらず、私服のまま授業に参加しているのだ。
 酷いやつは恐らく上履きも履き替えておらず、土で汚れたスニーカー。
 これで体育を受ける態度と言えるのか……。

「そんなにおかしいことなのか? タクト」
「おかしいに決まっているだろ……体育とは運動しやすい格好しないと危険なんだぞ?」
「へぇ……」
 珍しく俺の高説に耳を傾けてくれるやん、ミハイルさん。

「それにだ。体育館も一見きれいにみえるが、けっこう汚いんだぞ? 私服では汚れが付着し、中々に洗濯しづらいのだ。それからケガのリスクも少しは……」

「やっかましい!」

 また鈍い音が俺の頭上で聞こえる。
 妙に暖かさを感じるんですが、出血してませんかね?

「新宮! さっさと列にならべ!」
 クッ! パワハラ+環境型セクハラ教師の宗像か……。
 教師であるお前がブルマ姿ってどんな罰ゲームだ、バカ野郎!
「うっす……」
 殴られた頭をさする。


「ミーシャ! こっちこっち~」
「おう! ミハイル!」
 そう呼び止めるのは『それいけ! ダイコン号』のお二人じゃないですか。

「あ……」
 ミハイルは俺の顔と、花鶴&千鳥コンビを交互に見つめる。
「この子ぼっちなの……」みたいな顔するな、ミハイルさん。
 なんだよ、俺が可哀そうにみえるだろう?

「俺のことは気にするな。一人でも体育はできるからな」
「ご、ごめん……」
 そう言うとミハイルは寂しげに肩を落とした。
 足早に『それいけ! ダイコン号』へとしゅっぱーつ!

「さて……」
 俺は一人非リア充グループの列に並んだ。
 ぼっち? フッ、俺クラスになればスナック感覚だぜ!
 ぴえん!

「ふむ……」
 授業の時といい、なぜリア充と非リア充はこんなにも分断されるのか……。
 俺たちは紛争状態なのか?

「おっほん!」

 咳払いしたと同時にセクハラ教師のメロンが、上下左右に踊り出す。
 やめて……きついっす!

「今日は初めてのスクリーングの生徒もいるからな……簡単に説明するぞ」
 そう言うと、宗像先生はバレーボールがたくさん詰まったカーゴを持ってきた。
 げっ! よりによってバレーか……。
 俺は自慢じゃないが、生まれつき球技は苦手なんだよ!
「いいか! よく聞けよ、半グレども!」
 だから『俺たち』は半グレじゃねーーー!

「今日はこれからこのボールで2時間遊び倒せ!」
「ウソでしょ……」
 呆れる俺とは対照的に、リア充グループから歓声があがる。
 おいおい、お前ら授業ではえらく不真面目なのに、遊びに関しては勤勉なことですね。

「ミーシャ♪ 一緒にやろ」
「シャーーー! やるぜ! ミハイル」
「う、うん!」

 ミハイルさんまで、えっらい元気じゃないっすか……。
 さすが伝説の『それいけ! ダイコン号』の三忍だとこと。

 と……思いにふけている間に、俺は一人ぼっちになっていた。
 しまった!
 クソ……もう既に皆(非リア充)はグループを作ってしまった……。
 このままでは、宗像先生とイチャイチャバレーになってしまう。
 それだけは回避したい。

「あの……」
 か細い声が俺を呼ぶ。
 振り返るとそこには見かけたことのあるキノコ! じゃなかったおかっぱ男子が一人。

「確か……日田だっか?」
「え? なぜ拙者の名を?」
 男二人で互いの顔を見つめあう。
「おまえ、さっきトイレで話しかけただろ? 日田(ひた)?」
「いえ、拙者は遅刻してきたので、先ほど校舎に着いたばかりですが……」
「いやいや、お前は確かに日田なのだろ? ほら、さっき古賀のことを……」
「なりませぬ!」

 日田が俺の口を塞ぐ。
「ふぐぼごご……」
「申し訳ない、がっ! その名を口に出してはなりませぬ。殺されますぞ!」
「ふご、ふご」
 首を縦に振る。

「ぶっは! なにをする!? お前は日田 真一だろうが!」
「失礼をば。氏の身を案じたが故の無礼を……ですが、拙者は真一ではありません」
「なんだと!? じゃあお前は?」
「……拙者は日田真二(しんじ)です。真一の弟です。兄ならそちらに」
 そう言って指差した壁に、縮まったおかっぱがもう一人。
 どうやら病欠らしい。つまり見学。
 一ツ橋高校は病弱な生徒も熱心に入学させていると聞いた。
 きっと兄の真一もその類なのだろう。

「あ……本当だ」
「拙者たちは一卵性の双子です。日田家が次男、真二と申します。以後よろしく」
 ご丁寧に頭をさげる。
「そうか……真二か。認識した。俺は新宮 琢人だ」
「新宮殿、拙者とバレーボールしませんか?」
「まあ構わんが……」

  ~10分後~

「ではいきますぞ~」
「来いっ!」
 日田 真一ではなく、弟の真二が「はーい」と律儀にも掛け声とともに優しいサーブ。
 俺も影響を受けたのか「はーい」と返す。
 続けること1時間……なにが楽しいのこれ?

「はぁはぁ……やりますな。新宮殿」
「やるもなにも……二人でやってるだけだろ……」
「確かに……では次こそ、本気でやりましょう!」
「構わんが……」
「いきますぞ!」
 真二の強烈なサーブが俺の横っ面をかする。
 見事な豪速球! いや、当たってたらケガしてだろ……。
 本気すぎて、ドン引きだわ。

「ああ! 新宮殿!?」
「え?」
 真二の慌てぶりを見て、振り返る。
 豪速球はリア充グループに向かって、一直線!
 やばい……ほぼヤンキー軍団に直撃すること不可避……。

「いがん! よでろ!」
 普段大声を出さないせいか、痰がらみで上手いように喉が鳴らない。
 ただ、俺の叫び声に何人かの生徒たちは気がつき、危険ボールを察する。

「逃げて!」
「危ない!」
「死ぬぞ!」

 人波が掻き分けられ、最後に残ったのは伝説の……金色のミハイル!

「ミーシャ! よこ!」
「よけろ、ミハイル!」
 危険を察知した花鶴と千鳥。

「え?」
 だが、ミハイルはキョトンとしながら花鶴と千鳥の顔を見つめている。
 なにをやっているんだ!? ミハイルのやつ!

「古賀ぁ!!! よけろぉぉぉ!」
「タクト……?」
 振り返った時、遅い……と俺は思わず目をつぶってしまった。
 怖かったんだ、目の前で可愛い子がケガするところを。
 彼女いや……奇麗なミハイルの顔に傷が入るなんて、ましてや出血するところなんてみたくない。

「クッ!」
 後悔から唇を噛みしめる。
「新宮殿……見てくだされ」
 真二の声でようやく瞼を開くとそこには、驚愕の映像が俺を釘付けにした。

 華奢で、女みたいな顔で、俺より身長も低いのに、古賀 ミハイルは豪速球を片手で静止させていた。
 なんなら、ボールを指上でクルクルと回して遊ぶ余裕っぷりだ。

「さすがは、金色のミハイル……」
 隣りにいる真二がそう漏らす。
「なあ、その金色っているか?」
 めっさ笑顔で俺に手を振っているよ……ミハイルさん。

 クソみたいな体育(ただの遊び)が終わり、教室へと戻った。

 イスに座るとため息と共に、安堵が生まれる。
 やっと解放されたのだ。
 この一ツ橋高校の校舎。いや、刑務所からな。

 各々がリュックサックに荷物をつめ、笑い声が聞こえる。
 そうリア充グループもつまらんのだ、この校舎が。
 彼らも高卒という資格が欲しいだけ。
 つまりは賃金アップや職務上の資格欲しさで入学したに過ぎない。
 まあ俺はちょっと『違う理由』で入学したのだが……。

「なあタクト!」
 あれミハイルさん? なんで満面の笑顔で俺を見てんの?

「どうした、古賀?」
「あ、あのさ……」
 なにをモジモジしている? また聖水か?
 お花を摘むなら、どこぞの花畑にでもいってこい。

「あの……一緒に帰らないか?」
「え……」
 一瞬、ミハイルの『帰らないか?』が『やらないか?』に聞こえたのは、俺が突発性難聴なのか?

「まあ……構わんが」
「じゃ、やくそくだゾ!」
 おんめーは小学生か!
 俺のポ●モンはやらんぞ?

 バシッ! と雑なドアの音が聞こえると、一人のビッチが現れた。

「それでは帰りのホームルームをはじめるぞ~」

 ボインボイン言わすな! 宗像!
 乳バンドをしっかりつけて固定しろ!
 つけてその揺れ方なら、整形してこい!

「はじめてのスクリーングは楽しかったか? お前ら!」
 なにを嬉しそうに語るのだ? 宗像先生よ。

 シーン……としたさっぶい空気。
 これはリア充も非リア充も同じである。
 草!

「なんだ? お前ら? 元気がないな? 私はこうやってお前らがスクリーングに来てくれたことが本当にうれしいゾ♪」
 キモいウインク付きか……。
 教育委員会に報告とか可能ですかね?

「じゃ、レポート返すぞ! 一番! 新宮!」
「はい……」
 席を立ちあがると、キモい巨乳教師の元へとトボトボ歩く。

「声が小さい!」
「はぁい~」
「たくっ! お前はケツを叩いてやらんといかんな、新宮」
 いや、セクハラじゃないですか……。

「ほい、よくできました!」
「ありがとうございます」

 用紙を覗けば『オールA』
 まあ当然だろな、ラジオでアンサーありきの勉強だからな。
 鼻で笑いながら着席する。

「じゃあ二番! 古賀!」
「っす……」
 いや、なんで俺だけ怒られたの? ミハイルも怒れよ! 宗像!

「古賀……お前、もうちょっとがんばれよ?」
 なんかめっさ『この子かわいそう……』みたいな憐みの顔で見てはるやん、宗像先生。
「っす……」
 青ざめた顔でレポートを見るミハイル。
 『私の年収低すぎ!』ぐらいの顔だな……。
 どれ突っ込んでやるか。


 席についたミハイルへ声をかける。
「おい、古賀。レポートどうだった?」
「え……DとかEばっかり……」
 そんな涙目にならんでも……。
 ちなみにD判定はギリギリセーフ。単位はもらえる。
 E判定はやり直しである。
 つまりアウト~! なのだ。
 だが、風にきいた噂だと、E判定はなかなかでないと聞いたが……。

「お前、ラジオ聞いたのか?」
「え? なにそれ?」
 驚愕の顔で俺を見つめるんじゃない!
 可愛すぎるんだよ、お前の顔。
 このハーフ美人が!

「ラジオ聞いてたら楽勝だぞ?」
「そうなんだ……タクトはどうだったの?」
「俺か? オールAだが」
「す、すごいな! タクトって!」
 え? 驚くところですかね?
 逆にバカにされた気分。

「な、なあ今度オレに、べんきょー教えてくれよ☆」
 えー、金もらえないならいやだ~
「ま、構わんが……正直ラジオ聞けば一発だぞ?」
「ラジオ? オレの家にはそんなのないけど?」
「そ、そうか……」
 あえて突っ込むのはやめよう。可哀そうなお家なのかもしれない。


「じゃあ、お前ら気をつけて帰ろよ!」

 気が付けば、レポートは全員に返却され、各々が素早く教室を出る。
 しかし、その動きを止めたのはセクハラ教師、宗像。

「あと! 帰りに遊ぶのは構わんが……ラブホ行ったやつはレポート増やすぞ! 絶対にだ!」

 みんな一斉に硬直しちゃったじゃないですか……。
 呆れた顔で帰る生徒に、苦笑いするリア充(いくつもりか!)、ドン引きする非リア充。

「なあタクト……ラブホってなんだ?」
「え……」
 それ童貞の俺に聞きます?
 ミハイルさん?


「ミーシャ、帰ろ」
 花鶴ここあか、なぜ俺の机の上に座る?
 お前の臭そうなパンティーが丸見えだ。
 そんなミニスカ、どこで売ってんの?

「イヤだ! 俺はタクトと帰る!」
「ミハイル、タクオと帰るんか?」
 千鳥のおっさん、タクオってもう定着しているんですか?
 やめません?

「そだね。オタッキーならいいっしょ」
 よくねーし、なにがお前らの中でいいんだ? ミハイルはお前たちの子供か?
 そう言い残すと『それいけ! ダイコン号』のお二人は去っていった。
 あの二人は付き合っているのかな?

「じゃあ……タクト、いこ?」
 なぜ上目遣いで誘うような顔をする?
「ああ……」
 なんか下校するのに、級友と一緒に歩くのなんて久しぶり……。
 え? 人生ではじめてか?
 ブッ飛び~!

「なあ、タクトってどこに住んでいるんだ?」
「俺か? 真島(まじま)だ」
「マジか! オレいったことあるぞ!」
「さいでっか……」
 駅のホームで博多行きの下り列車を待つ。

 なぜ俺はこの金髪ハーフで天使のような女の子……だったらよかったな。
 の、男の子。古賀 ミハイルと肩を並べているのだろうか?
 隣りに立っているこの子が、本物の女の子なら赤飯ものだが……。

 プシューッと列車が動きを止める。

 自動ドアが開くと旧式の列車、つまり横並びのイスタイプとわかる。
 こういう席並びは本当に嫌いだ。
 隣りにびっしりと人と人が肩をくっつけ、膝もすり寄せる。
 おまけに反対側の人間ともよく目があう。
 あと、俺が座っているとよく女子は「キモッ!」みたいな顔で座ることをやめ、直立不動を選びがちである。


「タクト? どうしたんだ? 座ろうよ」
 キラキラと輝くエメラルドグリーンの瞳が俺を誘う。
「ああ……」
 半ば言いなりになると、二人して座る。
 ため息をつき、リュックサックを床にドサッと置く。
 やはり肩がこっているな……。
 
 対してミハイルはリュックサックを隣りの席に置き、俺に膝をすり寄せる。
 なにこれ……噂に聞くキャバクラですか!?
 ピッタリとくっついて、スマホを取り出す。

「古賀。お前のスマホケースって……」
「これか? いいだろ☆」
 そう言って「宝物だよ☆」みたいに自慢げに見せるは、クッソ可愛いネズミのキャラだ。
 俗にいう『ネッキー』である。夢の国からきた救世主である。
 ピンクのズボン履いちゃってさ、超かわいいよな。
 こういうのってJKがよくしているヤツだよな。
 なんで男のミハイルがつけているんだ?

「お前、それって……『ネッキー』だろ?」
「うん☆ ネッキー大好きだからな」
 めっさ笑ってはるよ……。
「そ、そうか……」
「タクトはどんなケースしているんだ?」
 よくぞ聞いてくれました!

「フッ……俺はこれだ!」
 取り出すは、ビジネスマン向け、利便性重視の手帳型ケース。
 色は紺色。ザ・シンプル。
「うわっ……だっさ!」
「なんだと!? これは俺がアマゾンで2時間もかけて選んだコスパ良し、機能性良し、しかもカードが10枚も入るんだぞ!」
「だから? デザインがカワイくない」
「……」
 クッ! この天才少年の琢人様が、おバカなミハイルに論破されるとは!

「フン! お前にこの崇高なデザインはわからんのだ!」
「お、怒らなくてもいいじゃん」

 腹を立てた俺は、リュックサックからイヤホンを取り出す。
 スマホに接続するとお気に入りのプレイリストを流す。
 疲れた鼓膜にはこの音楽が最高だ。
 『パンプビスケット』『ランキンパーケ』『システムオブアシステム』など……。
 ラウドロックがズラリだ。
 
 日々の怒りが、うっぷんが……彼らのシャウトで俺を癒してくれる。
 重低音こそが聴く『抗うつ剤』だな。

「なあ……クト……」
 肩をチョンチョンと、遠慮がちにつつくミハイル。

「どうした?」
 片耳を外して、ミハイルの言葉を待つ。
「なに聴いているの?」
「フッ……今、聴いているのは最高のバンドの1つ。‟パンプビスケット”だ」
「ふ~ん。なんかすっごくいい顔で聴いているから気になるなぁ……」
 上目遣いをしてはいけません!
 思わず唇に触れたくなるでしょ!

「ほれ」
 片方のイヤホンを差し出す。
「ありがと☆」
 ニッコリ笑って、大事そうにイヤホンを自身の右耳にそっとつける。
 自然と肩と肩がくっつく。
 ミハイルの髪から甘いシャンプーの香りが漂う。
 思わず俺の心臓さんもバックバク……。
 と、余韻に浸っているのも束の間。

「うわっ!」

 ミハイルはイヤホンを投げ捨てるように放り投げた。
 そのせいで俺のイヤホンまで外れてしまった。
 耳に痛みを感じ、イラつく。

「なにをする!」
「わ、わりぃ……うるさすぎて……」
 申し訳なさそうにモジモジしている。
 聖水なら早くお花を摘みにいきなさい。

「うるさいだと? この崇高な音楽をお前は『うるさい』だと?」
 怒りの琢人がログイン!

「わ、わりぃって……まさかタクトが、こんなうるさい曲聴いているとか思わなくて……」
「おい、また『うるさい』といったな?」
「わりぃってば……」
 少し涙目になってはる。

 ギャラリーが『ざわざわ……』と音を立てる。

「ねぇ、アイツ。ヒドくない?」
「だよね……ドン引き」
 
 声の持ち主を辿れば、三ツ橋高校の制服組のJKね。

「ま、まあ音楽の趣味は人さまざまだからな……」
「う、うん……代わりにオレの曲も聞いてよ☆」
 え? そんなの望んでないから。
「ほら☆ いい曲ばっかり」
 そう言って、イヤホンもなしに音楽を大音量でかける。
 電車の中はおうちじゃないのよ? ミハイルさん。

「ん? この曲って……」
「そうだよ☆ 『デブリ』の『ボニョ』!」
 え~、可愛すぎません、オタクの趣味。

「ボニョ~ ボニョ~ ボンボンな子♪ 真四角なおとこのこ~♪」
 ニコニコ笑いながら大声で歌いだすミハイル。
 電車内では静かにしなさい!

「カワイイよね、あの子。ホモショタかな?」
「マジ? 尊いやん……」

 制服組じゃなくて、腐り組じゃねーか!

「なあ……古賀、なんでそんなカワイイもんばっか好きなんだ?」
「だってカワイイじゃん☆」
 んなことは見ればわかる。

「一応、お前もティーンエイジャーの一人だろ? もっとなんというか……男ならカッコイイものに憧れないか?」
「うーん……オレは小さい頃からねーちゃんと一緒にいて、ねーちゃんとDVDとか見て育ったからな。あんま、そういうのわかんないな」
 シスコンかよ。
 ねー、ちゃんと風呂入ってんの?
 わからんな……ヤンキーという生態は。

 BGM、名作曲家のジョーさん。

『次は席内(むしろ)駅~ 席内駅~』

「あっ……」
 ミハイルが困った顔で俺を見つめる。
「どうした?」
「オレの駅……」
「そうか。じゃあまた今度な」
「う、うん……」

 ドアから降りる金色のミハイルこと、ショーパン男子の白い肌は夕焼けと共にオレンジがかる。
 写真撮っときたい。

「じゃ、じゃあな! タクト……」
「おう」
 そう手を振るミハイル。
 なんで、そんな今にも泣きそうな顔で俺を見る?
 そんなに俺ん家でポ●モンでもしたかったか?

 プシューッ! と自動ドアの音が鳴る。
 これで彼ともしばしのお別れだな……。
 ん? なぜか胸がざわつく……この気持ちはさびしいのか?
 俺は……。

「やだっ!!!」
 その小さな細い手で軽々とドアは開く。
「ミハイル?」
 思わず下の名前でよんでしまった。

「オレ、タクトに……」
「俺に?」
「べ、べんきょう習うんだ!」
「は?」

 ギャラリーから歓声があがる。

「なにあの子? 超積極的! カワイイ!」
「うんうん。別れが惜しいんだよね……すっごくわかる いいな~」
 と騒ぐのは、やはり三ツ橋高校の制服組JKか。

「お熱いよね~ 受けか攻めか、知らんけど、相棒は迎えにいけよ! って感じじゃね?」
「それな! ショタコンなのにマジ空気読めねーわ」
 いや、なにが?
 勝手にショタコン扱いしないでください。

『ご乗車の方はお早めにお入りください!』

 車掌さんめっさ怒ってはるやん……。

「古賀! 早く戻れ! 他の乗客に迷惑だ」
「あっ……うん☆」
 目を輝かせて、俺の元へと戻るヤンキー少年。
 なにこの子、超カワイイんですけど。
 抱きしめたいぜ、ちくしょう。

「わ、わりぃ……」
「俺は構わんぞ?」
「そ、そっか! なら……タクトん家に行ってもいいか?」
「何故そうなる?」
「だってべんきょう教えてくれるんだろ?」
「あ~、別にええけど?」
「約束な☆」
 ニコニコ笑いながら、俺にピッタリとくっつくミハイル。
 やばいよ~ いろんな意味で……。
 元気になっちゃいそう!

「なにあの二人? もう事後じゃね?」
「うんうん、あの子ゾッコンじゃん! このあとむちゃくちゃ……」
 しねーから!
 お前ら腐ったやつらの席ねーから!

 ガタゴト揺れること数分、席内駅から3駅ほど通過すると、俺の故郷『真島(まじま)駅』が見えてきた。

 真島とは、福岡市の東部にある住宅街だ。
 それもギリギリ福岡市に入る地域で、真島駅も福岡市と福岡県の境目にある。
 かなり中途半端な福岡市民といえよう。
 だが俺はそんな真島という街が大好きだ。
 ここで生を受け、ここで育ち、今の俺がいる。
 感謝しかない。

『次は真島駅~!』

「おい、古賀おりるぞ?」
「……」
「古賀?」
 スゥスゥと可愛らしい寝息を立てて、お昼寝中でちゅか?
 電車内でお昼寝とは、お行儀がなってませんな。
 チューしてみよっかな?

「ねぇねぇ、そろそろ攻めがチャンスじゃね?」
「いけ! いっちまえ!」
 お前らの存在が『イキスギィ~』なんだよ。

「古賀、起きろ」
 軽く肩に触れると、本当に華奢な骨格であることが確認できた。
 こんな体格でどうやったらあんな馬鹿力が出せるんだ?

「う、う……ん、タクト?」
「真島駅だ、降りるぞ」
「うん☆」
 ミハイルの手をとり、気がつけば真島駅のホームにおりていた。
 その間、手は離さなかった。
 こいつときたらまた何をしでかすか、わからんしな。
 と、いうのは言い訳かもしらんが。

「チッ! あの攻めなってねーわ」
「こんのクッソチキンが!」

 制服組も真島駅だったのか……。
 去り際になんつーおみやげ捨てていきやがる?
 真島は、腐りはてた街に成り下がってしまったのかもしらんな。

「タクト……手」
「ん?」
 まだ手つないだままだった……てへぺろ♪

「悪い」
「ううん……」
 なぜ顔を赤らめる?
 今日ってそんなに暑かったか。

 真島駅から出ると、商店街へ向かう。
 駅近辺にはさまざまな居酒屋が並ぶ。
 きったない個人店から大手チェーン店。ほかにもさまざまな店舗が細々ある。
 初見の方々は、迷路のように感じるかもしらんな。

「まじまだ~ ひっさしぶり~☆」
 背伸びして空気を吸い込むミハイル。

「ただの真島だがな」
「なんか前に来たときより……だいぶ店変わった?」
「ああ、ここも時代でな。大手チェーン店に殺された街だ」
「そ、そうなのか!?」
「奴らは怖いぞ? くせの強いレンタルビデオショップ、旨いがクッソ固いパン屋、マダムたちが嗜む衣料店、やっすいのに尋常ないぐらいのスキルを持つ理髪店……全てが奪われた」
 限りなく実話だ。
「それって……ただ単に売り上げがわるかったとかじゃないのか?」
 クッ! ミハイルのくせして、鋭いじゃないか!
「だが未だに残っている店もたくさんあるぞ!」
 手のひらを掲げる。

『真島商店街』

 ボロボロに錆びた門構えがある。
 車一台通るのがやっとな道路に、びっしりと店が並ぶ。
 主に居酒屋と不動産屋が多く、他には洋菓子店や和菓子店などがある。

 メインストリートを歩きだすと、ミハイルは上下左右を丹念に見つめる。
 いや、ただの廃れた商店街なんだが?
 なんかちょっと地元民的に恥ずかしいわ。

「おもしろいな、まじまって!」
「そうか?」
 だが、言われると心地よいものだ。

「タクくん~!」

 甲高い声が響き渡る。
「この声は……」
 嫌な予感がした。
 前を見れば、セーラー服のツインテールが全速力で走ってくる。
 制服を着用しているくせに、宗像先生に負けず劣らずなメロンがバインバインと左右に揺れている。
 キンモッ!

「タクくん! おっかえり~」
 甘えた声を出すと思いっきり、抱きしめられる。
 巨大すぎる乳の谷間に俺は沈められた……。
 息ができない、ここは深海か!?

「なんだ! おまえ! タクトになにすんだよ!?」
「およ? 私のことですか?」
「ふごごご……」
 ジタバタすればするほど、少女のアームロック……じゃなかったハグが強まる。

「はなせ! タクトが苦しそうだろ!」
 見えんがもっと言ってやってくれ、ミハイル。
 乳が気持ち悪いんだよ、鳥肌たってきた。

「ええ? どうしてです? 『かなで』はいつものハグで遊んでいるだけですけど?」
「タクトで遊ぶな! いいから離せ!」
 ミハイルが力づくで救出してくれた。
 やはり伝説のヤンキー、金色のミハイルなだけはある。
 この『バカ巨乳』から力で勝つとは。

「あっ……タクくん……」
 気がつくと、俺の頭はミハイルの薄っぺらい胸に抱えられていた。
 なにこれ? 超気持ちいい!
 あ~ ずっとこのままでいたい。

「タクト、ダチなのか? あの子?」
「いいや。全く持って知らんな」
「ヒッド~い! 毎晩いつも同じ布団で寝ている関係でしょ?」
 オエッ!

「ね、寝ているだと! お、お前……ちゅ、ちゅー学生に何をしているんだ!?」
 急に投げ捨てられた俺氏。
「なにを勘違いしているんだ、古賀」
「だって……この子が」
「ふむ、自己紹介しろ。かなで」
 なんだよ……もう少し絶壁海峡を味わいたかったのに!

「ハイ、おにーさま♪」
 なーにが兄さまだ!
 スカートの裾を左右に広げると、姫様のように頭を軽く下げる。

「私、新宮 かなでと申します。よしなに」

「え……どういうこと?」
「つまり俺の妹だ」
 残念なことにな。

「タ、タクトに妹がいたのかっ!?」
「ああ」
 驚きすぎだろ。

「こんにちは♪ おにーさまが人様を連れてくるなんて、初めてですわね♪」
「おい、かなで……お前、あとで覚えてろよ?」
 女じゃなっから往復ビンタですぞ。

「そ、そっか、タクト……本当にダチがいなかったんだな☆」
 なに笑ってんの? ミハイルさん?
 ひょっとして、これ同情されてない?
 いやいや、やめてね。

「はい♪ おにーさまはいっつもぼっちで非リア充で、彼女もなし。夜な夜な『妹を使う』クズ男子です♪」
「つかう? ゲームでもすんの?」
「はい♪ エロゲーですね♪」
 頭痛い……。

「ところでまだお名前をうかがってませんね」
「あ、オレはミハイル。タクトのはじめてのダチだゾ☆」
「え!? おにーさまにおっ友達がっ……」
 貴様、そんなアゴが外れぐらいの大口開けやがって!

「ちょ、ちょっとお待ちください……ううっ……」
「かなで、お前。なぜ泣いている?」
「だって……おにーさまにおっ友達ができるなんて……奇跡ですわ」
「お前な」

「しばしお待ちを! ミハイルさん!」
 なにを思ったのか、スマホを取り出すと電話をかけ出すひなた。

「おっ母さま! 大変ですわ! おにーさまが……」
『ど、どうしたの? かなでちゃん! タクくんが痴漢でもしたの!?』
 声が漏れている……。

「違いますわ! 痴漢ならまだしも……」
 痴漢はダメだろ!
『いったいどういうことですってばよ!?』
「お、お、お……」
『オ●ニーを学校でしたの?』
 爆ぜろ、この親子。

「おっ友達を連れてきたんですのよ!」
『……わかったわ。かなでちゃん、すぐにパーティーの準備よ!』
「御意ですわ!」

 ひなたは俺とミハイルに背中を見せると、イケメンばりに親指を立てた。
「あとはこの私、かなでにお任せください!」
「は? お前、どこに行く気だ?」
「決まっていますわ! 駅前5分の『ニコニコデイ』ですわ!」
 近所のスーパーのことだ。
「お二人はお先に我が家に!」
 走り出す妹。
 かえってくんな、永遠に。

「なあ今日って、かなでちゃんのお祝いでもすんのか?」
「いや……俺たちを使って遊びたいだけだ」
「そ、そうなのか! オレもあそんでいいのか!?」
 君は勉強にきたんじゃないの?

 ミハイルは目を輝かせて、真島商店街を眺めて「あれはなんだ?」「こっちは?」と俺に質問の嵐。
 それに対し、俺は各建物や店の情報を教える。
 答える度にミハイルは「すごいな!」と喜ぶ。

 歩くこと数分、我が家についた。
「ここが……タクトのいえか……」
 ミハイルさん、顔が真っ青……。
「悪いがそうだ」
 知人が俺の家へ中々遊びに来ないのは。俺自身の性格、ぼっちだからではない。
 我が家の敷居が高すぎるのだ。

貴腐人(きふじん)

 ブルーの看板には、裸体の男と男が接吻する寸前の環境型セクハラが描かれている。
 店の中には痛いなんてもんじゃないぐらいのBL雑誌、推しのポスター、コミック、小説、映像作品、同人誌で溢れている。
 ここでオタクショップと思った初見の方は、まだまだである。
 そんな腐れ果てた店内は、なんとただの美容院なのだ。

 ドアノブに手を掛けると自動で『どうしてほしいの?』とイケボ声優の甘ったるい声がささやかれる。
 これがその界隈の女性陣からは身震いを起こすらしいのだ。
 俺としては『イキスギィ~』の方がインパクトあっていいと思ったが却下された。

「タクくん~!!!」
 
 『かけ算』している痛い自作エプロンをした母が両手を広げて出迎える。
 満面の笑みで眼鏡が光っている。
「母さん……やめないか」
「え? やらないか!?」
 クソがっ!

「まあまあ可愛らしい、おっ友達ね! あなたは受けかしら?」
「え? ウケってなんすか?」
 ミハイル。お前まで腐ってしまっては親御さんに謝罪せねば。
「あらあら……最近の子たちは『かけ算』もしらないの?」
「かけ算はガッコウで一応ならったすけど」
「時代ねぇ、最近の学校は進んでいるのね~」
 会話になってねぇ!

「母さん、この子は古賀 ミハイル。俺のクラスメイトだ」
「かなでちゃんから話は聞いているわ! ミハイルちゃん! あなた可愛いわね!」
「か、かわいい……」
 顔を赤らめてまた床ちゃんとお話しちゃったよ……。
 ただ我が家の床ちゃんは痛男(イケメン)だがな。

「ええ、記念に写真をとりましょ!」
「は? なんでそうなる?」
 ここは入学式会場ですか。

「はーい、もっとからんでからんで!」
 息子になにをいってんだ! ババア!

「からむ? こうかな?」
 命令通り、俺の左腕を組むミハイル。
「こ、古賀?」
 貧乳……じゃなかった絶壁が俺の肘にあたる。

「うひょ~ 尊すぎるぅ~ デヘヘヘ……」
 悦に入るなクソババア!

「は、早く撮ってくれ、母さん!」
「なにを怒っているんだ? タクト」
 首をかしげて上目遣いすんな! こんな至近距離だと色々とドキドキキュアキュアだぜ。

「はーい! BL!」
 ちな、ピースの意味な。
 どこにログアウトの選択肢があるんでしょうか?

気になるあの子はヤンキー(♂)だが、女装するとめっちゃタイプでグイグイくる!!!

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