「ついたぁ!」
15歳にもなる高校生の青年が、道の真ん中でぴょんぴょん飛び跳ねる。
彼の名は、古賀 ミハイル。
伝説のヤンキー、『それいけ! ダイコン号!』のひとりである。
そんな半グレの男だが、可愛いものに目がない。
今も大きな猫の写真がプリントされた看板の下で、踊るように喜んでいる。
ジャンプしている際に、タンクトップがめくれあがり、ピンク色のナニかが見えそうになり、思わず目をそらす……。
席内市に新しくオープンしたネコカフェ。
その名も
『んにゃ!』
席内店である。
アホそうな店名だ。
これが全国展開しているという時点で、日本は終わっているな。
俺が呆れていると、ミハイルが興奮気味に腕を引っ張る。
「なぁなぁ、タクト! 早く入ろうよ☆」
彼の目は一段とキラキラしている。
宝石のように輝くエメラルドグリーンの瞳。
俺としては、こっちの子猫を指名したいもんだ。
「そんな急がなくても……」
俺がそう言いかけると、彼の小さな手が口を塞ぐ。
「ダメだゾ! 席内って新規開店すると、じーちゃん、ばーちゃん達がこぞって集まるんだからな!」
「んぐんぐ……」
唇を開けないため、首を縦に動かしてみる。
息はできないが、これはこれで心地よい。
ミハイルの小さくて細い指が、俺の唇に触れている。
彼の手からは、甘い石鹸の香りがした。
ハァ~ 香しい。
「タクト、席内の店だから、ここはオレに任せておけって☆」
そう言って親指を立てる。
いや、あなただって、今日初めて来る店なんでしょ?
地元は関係ないじゃん。
「ふごふご……」
未だ、俺は彼の華奢な指と接吻中。
せっかくだから、一瞬ぐらいペロッと舌を出して、食感を味わってもいいだろうか?
「よし。いい子いい子☆」
ミハイルは満足そうに、俺の頭を撫でる。
やっとのことで、口から手を離すと、今度は俺の手を握って、店の中に入っていく。
店舗としては、かなり大きな敷地だ。
席内市の顔と言ってもいい、ダンリブの目の前に開店した。
旧三号線の道路をまたいで、交番の隣りにある。
ネコカフェだが、それ以外にも猫の販売やいろんな商品を揃えている。
自動ドアが開くと、「んにゃ~♪」と猫の鳴き声が……。
通訳すると、「いらっしゃいませ」でいいんだろうか?
参ったな。俺はこう見えて犬派なんだが……。
そんな思惑とは裏腹に、隣りに立っているミハイルはテンション爆上がりだ。
「んにゃ! 許せない可愛さだな☆」
身震いを起してまで、喜びをかみしめている。
「良かったな……」
俺はちょっと引き気味。
大の男がネコ語使うなんて……好きだ!
ただ、やるならアンナモードの時でお願いします。
以前のネコ耳メイドがいいです。
俺が悶々としていると、店の中にいた若い女性店員が声をかけてくる。
エプロンを首からかけていて、肉球のイラストがプリントされていた。
「いらっしゃいませにゃん! 初めてのお客様ですかにゃん?」
「あぁ!?」
思わず、ブチギレてしまった。
いや、ミハイルは可愛いから許せるんだけど、成人したお姉さんが言うのはしんどい。
怒ってごめんなさい。
冷静さを取り戻して、答え直す。
「そうです、二人です……」
「にゃーん♪ ありがとうございますにゃーん!」
ブチ殺してぇ!
この店の社員は、一体どんな教育してんだ。
「あ、これ。チケットをもらったんすけど」
そう言って、毎々新聞の店長からもらったチケットを二枚取り出す。
「にゃ、にゃ! 株主様だったにゃんごねぇ~」
日本語で話せよ、クソが。
しかも、俺は株主じゃねぇ!
もらいもんだよっ!
「いや、職場でもらっただけで……」
俺がそう説明しようとするが、馬鹿なネコ店員は近くにあったマイクを片手にアナウンスを流す。
『株主様が来たにゃんよ~! みんなでおもてなしするにゃ~ん!』
ファッ!?
なにを言ってんだ、コイツ!
俺がその店員を止めようとするが、時すでに遅し。
どこから来たのか、俺たちの周りに気がつくと、同じくネコ語で話すおっさんやおばさんが集まってきた。
「んにゃ~ん!」
「にゃんにゃん♪」
「フゴロロロ……」
全員、真面目に演じているけど、頭が白髪なんだよなぁ。
そうか、地元住民の中年しか雇えなかったのか……。
席内も高齢化社会だものね。
「アハハ! カワイイ~☆」
ミハイルはそのおぞましい光景を見て、なんと喜んでいた。
これが可愛いんか?
ウソでしょ……。
※
しばしの洗礼を受けた後、(おっさんとおばさんに囲まれて、ネコ語を連発された)俺とミハイルは、カウンターに連れてこられた。
お姉さんが言うには、今回店長からもらったチケットで、1時間の利用が無料らしい。
こんな店に金を使うのは、もってのほかだ。
タダでよかった。
「んにゃ。にゃんこたちのおやつはどうするですかにゃん?」
「あぁ!?」
いかんいかん、またキレてしまった。
咳払いして、どういう事か聞いてみる。
「おやつってなんですか?」
「にゃんにゃんは、とっても繊細ですにゃん。シャイな子たちには、コレが一番仲良くなれるグッズにゃん!」
喋ってて、疲れません?
仕事のあと、絶対ロッカーとかブン殴ってるでしょ。
俺だったらこんなクソみたいな職場は辞めますね。
「つまりオプションですか?」
「んにゃ~」
ハイって言えよ、こいつ。
グッと拳を作って、怒りを堪えていると、隣りに立っていたミハイルが俺の腕を掴む。
「なあタクトぉ。オレ、ネコたちにおやつあげてみたい~ ダメェ?」
そう言って、下から俺を上目遣いする金髪の子猫ちゃん。
ふぅ……。
こんなことされたら、財布の紐も緩くなるってもんすよ。
「二人分お願いします」
「ありがとうございますにゃーん♪ お二つで1650円ですにゃんよ」
たっか!
人間様より、いいもん食ってんじゃねーか。
「あ、はい……」
仕方なく、金を払う。
チクショー! 今回のは『デート』じゃないからなぁ。
あくまでダチとのお遊びだから、担当の白金は経費で落としてくんないよなぁ。
痛い出費だ。
「それでは、お二人様ご入場~♪」
カウンターに置いてあって、鈴を鳴らす。
ていうか、今普通に喋ったぞ。
すでに疲労がピークに達した俺に対し、ミハイルは太陽のような晴れ晴れとした笑顔でこう言った。
「ありがとな、タクト☆」
ま、この可愛い笑顔を見れただけで、お釣りくるレベルか……。
俺とミハイルは、店のお姉さんに連れられて、カウンター隣りの個室に入った。
3畳ぐらいの小さな部屋で、ドアとドアに挟まれている構造だ。
奥のドアからは既に猫の鳴き声が聞こえてくる……。
部屋の中には、ロッカーと手洗い場、それに猫用のおもちゃが段ボールにたくさん入っていた。
お姉さんが「貴重品や靴を脱いで入ってくださいにゃんね♪ オプションのおやつを持ってくるにゃん」と説明して去っていく。
言われるがまま、靴を脱ぎ、ロッカーにリュックサックなどを入れ込む。
錠をかけて、紐つきのカギを手首に装着する。
ついでに石鹸で手洗いして消毒もしとく。
なんかあれだな。行った来ないけど、ピンク系のお姉さんに会う前の素人童貞みたい。
これで準備よしと、さっそく、個室の更に奥へと入っていく。
ドアを開いた瞬間だった。
「「「ふにゃ~!!!」」」
10匹以上もの小さな猫の大群が一斉に寄ってくる。
「な! こんなにいるのか!?」
精々が3、4匹ぐらいだと思っていたのに。
ちょっとした動物園じゃないか……。
俺の驚きとは反して、隣りにいたミハイルは明るい顔でお出迎え。
「うわぁ☆ にゃんにゃんがいっぱ~い☆ おいでぇおいでぇ!」
そう言うと、一匹のマーブル猫を抱きかかえる。
「ん~ん、許せない可愛さだな、おまえ☆」
嫌がる猫を無視して、頬ずりするミハイル。
わからんな、ヤンキーのくせして……。
動物保護団体に入れば?
いかんいかん、俺ってば、たかが小動物に嫉妬を覚えているぜ……。
だが、男のミハイルでも許せない。
なんだよ。いつも俺にくっついてくるせに。
そんなにこのマーブル野郎が好きなのか!?
あ、メスかオスかは知らんけど。
俺が葛藤していると、それを知ってか知らずか。
ミハイルが抱っこしていた猫を俺に差し出す。
「ほら、タクトも抱っこしてみなよ☆」
「え……」
参ったな、俺は犬派なんだよ。
そう腰は軽くないぜ?
「みゃ~」
なにやら不機嫌そうに俺を見つめるマーブル猫。
通訳すると、「おい、なにやってんだよ? あくしろよ!」と言っているようだ。
仕方なく、俺は言われるがまま、そーっと猫をミハイルから受け取る……。
と、その瞬間だった。
「んにゃぁ!」
急に鳴き叫ぶと、毛を逆立てる。
そして、ピョンとミハイルの手から飛び降りて、部屋の奥へと逃げていった。
「……」
「アハハ……恥ずかしがり屋さんなのかな?」
苦笑いでフォローするミハイル。
いいよ、俺は猫にすら嫌われるぼっちだってことを再確認できたのだから。
※
先ほどの個室と違い、この部屋はかなり広い。
自宅のリビングより奥行きがある。
テレビに本棚、ソファー、クッション、テーブル。
なんだよ、やっぱり人間様より快適な暮らしじゃねーか。
よし、俺が転生したら、この店に就職しよう。
ミハイルは床に座り込み、釣り竿のような猫じゃらしを持って、何匹かの猫たちとお戯れ。
「ほらほらぁ~ こっちだゾ☆」
楽しそうで何より。
当の俺はと言えば、ふてくされて、長いすに腰を下ろしている。
ふと、隣りを見ると、小型の冷蔵ショーケースがあることに気がつく。
ガラス製だから、中が外からでもよく見える。
小さな缶の飲料がたくさん入っていた。
上には『ドリンクバーです。何杯でもどうぞ』とポップが貼ってあった。
「ほう、これはいいな」
やることもないし、猫も俺になつかない。頂くとしよう。
ちょうど、俺の好きなコーヒー『ビッグボス』がある。
一本取り出して、プシュっと音を立てる。
香りを楽しみながら、一息つく。
すると、なぜかそれまで俺をガン無視していた猫たちが、一斉に集まってくる。
「「「みゃお!」」」
飛び掛かるように、足もとにくっつく。
「な、なんだ!?」
俺がなにか悪い事したか……。
困惑している俺にミハイルが声をかける。
「あ、タクト! コーヒーを飲みたがっているんだよ! あげちゃダメだからな!」
そういう事か……。
卑しい奴らめ。
誰がやるか!
これは人間様のコーヒーだ。お前ら下等生物にくれてやる飲み物はない!
水でも飲んでおけ!
このごくつぶしが。
俺は近寄ってきた猫たちを睨みつつ、ゴクゴク飲み続ける。
まったく、なんで俺がミハイルに怒られないといけないんだよ。
そうこうしていると、先ほどの店のお姉さんが部屋に入ってきた。
手に小さな皿と棒付きのキャンディーを持っている。
なるほど、オプションのおやつか。
あれが、1650円。
行った来ないけど、キャバ嬢に貢いでみるたいで嫌だな。
「さあおやつの時間ですにゃーん♪ どちら様がクッキーをあげますにゃん?」
と言って、小皿を俺に向けて見せる。
「ああ……ミハイル。どうする?」
正直、俺はどうでもいいので、彼に振る。
「オレ、クッキーがいい☆」
嬉しそうに手をビシッと上げる。
そんなに俺より、猫と遊ぶのが楽しいのか……。
んだよ、なんか俺が金払ってんのに、ホストと遊んでるみたいだぜ。
行った来ないけど……。
自ずと残った棒付きキャンディーが俺に手渡される。
「ハイ、アイスは株主様の方ですにゃんね♪」
誰が株主だ、クソがっ!
「あ、これアイスなんですね……」
手に持つと冷たいことを確認できた。
「そうですにゃんよ♪ にゃんこに上げるときは、お腹を壊さないようにゆっくりあげてくださいにゃん」
「は、はぁ……」
知らんがな。
お姉さんはそう注意すると、また部屋から出て行った。
どうしたもんかと、俺はアイスキャンディーを手に固まっていた。
これ……どうやってやればいいんだ?
しばらく、アイスとにらめっこしていると、ミハイルが叫ぶ。
「タクト! 自分が食べちゃダメだからな! にゃんこたちにあげろよ!」
また怒られちゃったよ……。
しかも、食うわけないだろ。
「りょ、了解……」
視線を床に下ろすと、一匹の猫が俺に向かって鳴いていた。
「んにゃ~お」
誰かと思えば、さっき俺が抱こうとした時、嫌がったマーブルさんじゃないですか。
今頃、なんだよ。人のダチに手を出しといて……。
「んにゃ~お」
なにかを必死に訴えているみたいだな。
「あ、これか」
どうやら、アイスキャンディーを欲しがっているようだ。
仕方ないので、この猫にあげるとしよう。
マーブルさんは、どこにも行く気配がなく、床にずっしりと座り込んでいる。
このアイスが好きみたいだ。
そして、ネコカフェでは上位種のようで、マーブルさんが俺のところに来てから、他の猫たちが一歩引き下がる。
コイツ。この店のボスか……。
よく見ると良い面構えだ。
気に入った。
にゃんこ博士! 俺はキミに決めた!
そう決意すると、恐る恐るアイスをマーブルさんに向ける。
爪で引っかかれたり、鋭い牙で襲い掛かるかもしれんからな……。
だが、俺の思惑とは裏腹に、マーブルさんは大人しく小さな舌を出す。
そして、アイスを美味そうにペロペロとなめまわす。
なんてこった!?
「カワイイ……」
俺のミハイルを寝とろうとした泥棒猫だというのに、なんという圧倒的な可愛さ!
「み~」
目をつぶって嬉しそうにアイスキャンディーをしゃぶっている。
「はっ!?」
気がつくとマーブルさんは俺の膝に前足をかけていた。
別に意識してやったわけじゃないが、アイスはちょうど俺の股間あたりにある。
そして、延々となめ回されるこの光景……。
「みゃ、みゃ……」
ゴクッ。
似ている、あのプレイに……。
クソッ! 俺は犬派なんだ。
だが、マーブルさんの可愛さにヤラれそうだ。
「みゃ、みゃ……」
そう言い続けて、俺のアイスを誰にも渡すまいと食い込んでくる。
他の猫が近づくと、「フゴロロロ!」と威嚇する。
そうかそうか……そんなに俺が好きかぁ。
愛い奴め。ちこう寄るが良い。
ついに俺にもモテ期、キターーー!
尚もマーブルさんは俺のホットキャンディー……ではなかった、アイスを堪能中だ。
時折「みゃーん」と可愛らしい鳴き声を上げて、舌先でペロペロする。
くっ! 可愛すぎだろ……お持ち帰りしてぇ。
「猫もいいもんだなぁ」
そう呟くと、ミハイルが満足そうに頷く。
「だろ☆ オレもにゃんこにおやつあげてみよっと☆」
ミハイルは床にお尻をつき、ぺったんこ座りしていた。
えぇ、男であの座り方してるやつ、初めて見たわ。
「ほらほらぁ☆ 今からクッキータイムだぞ~ おいでぇおいでぇ!」
そう手招きすると、散らばっていた猫たちが一斉に集まる。
だが、俺の嫁……じゃなかったマーブルさんは、振り返ることもせず、アイスを食べている。
さすが、ここのボスだな。
愛着がわいたので、この天才作家が名前をつけてやろう。
そうだな、マーブル猫だから、マーラーちゃんってのはどうだ?
「なぁ、マーラーちゃんよ?」
俺がそうたずねると、猫はこう言う。
「みゃあ~」
「そうかそうか、気に入ったか。もっとしゃぶっていいんだぞ? マーラーちゃん」
「んみゃ」
うむ、癒されるなぁ。
この空間、好き。
ネコカフェ、けっこういいじゃない。
そう思いにふけていると、何やら部屋の奥が騒がしい。
ミハイルの甲高い叫び声が、壁に響き渡る。
「イヤァッ!」
俺はビックリして、思わずアイスキャンディーを床に落としてしまう。
ミハイルの方に視線をやると、そこには驚愕の光景が……。
「あんっ! ダメだってぇ! 待ってよぉ! ん、んん!」
猫の大群に金髪の美少女が襲われとる。
違った、男の子だった。
おやつのクッキーを皿からこぼしたようで。
彼の身体中に、小さなエサが付着している。
それ目掛けて猫たちが、集団で飛び掛かった。
「んみゃ~」
「チロチロ……」
「フゴロロロ」
猫たちはミハイルのことなどお構いなしに、彼の身体をなめ回す。
白くて柔らかそうな素肌を、小さなピンク色の舌先で味を確かめる。
その度に、ミハイルは声を荒げる。
「あぁん!」
俺は童貞だ。
わかっているつもりだった。
しかし、なんなんだ。これは?
相手は男の子だってのに、女以上のいやらしい声をあげやがる。
「んんっ! もうっ! いい加減にしないと怒るゾ!」
そうは言うが、相手はか弱い小動物だ。
しかも、彼がなによりも好きなカワイイ生き物、ネコ。
伝説のヤンキーと言っても、人の子。
手を挙げたりはしない。
頬を赤くして、吐息をもらす。
「ハァハァ……もうダメッ」
俺はただその光景をボーッと眺めていた。
口を大きく開き、悶えるミハイルを見て自分の中に眠っていた何かが、目覚めそうだからだ。
この感覚……俺は一体どうしたんだ?
助けるべきなのだろうが、身体が動いてくれない。
頭では理解しているはずなのに、心が俺を止めてしまう。
気がつけば、猫の一匹がミハイルのタンクトップの中に潜り込む。
「ひゃっ!」
それに驚いた彼は、床に倒れ込んでしまった。
仰向けのまま、猫に身体を許す。
無抵抗なミハイルをいいことに、猫たちは更に勢いをつける。
「「「んにゃ~」」」
タンクトップの裾がめくれあがった。
もう少しで、ミハイルの大事なところが見えてしまいそう。
俺はそれをいいことに、目に焼きつける。
こんなエッチなシーンを生で見れることは、童貞の俺にはきっと二度と起きないだろう。
脳みそのHDDに保存だ!
「あっ……いやっ! そこは、らめっ…」
気がつくと、ミハイルの目には涙が浮かんでいた。
なんてこった。
俺は寝取られものが嫌いだ。
だが、相手は猫だ。動物、ドーブツだよ。
ノーカウント、マブダチの俺が許そう。
タンクトップに潜り込んだ猫はどんどん上へとあがっていく。
それにつれ、ミハイルの息が荒くなり、聞いたこともないような声で叫ぶ。
「あぁっ! らめらって言ってんのに……はっ!」
その瞬間、彼の目が大きく見開いた。
涙で潤ったエメラルドグリーンの瞳が輝く。
身体を大きくのけぞり、つま先をピンッと伸ばす。
頬は紅潮し、小さな唇から唾液を垂らしている。
彼はしばしの間、固まっていた。
「……」
ミハイルの異変に気がついた猫たちはビックリして、一目散にその場を逃げ去っていく。
「んっ……」
ひきつけを起こしたかのように、彼の身体は固まっている。
どうやら、猫の一匹がエサと間違えて、ミハイルのナニかをなめてしまったようだ……。
恐らく、彼も初めての経験なのだろう。
俺だってないもん!
パタッと音を立てて、背中を床に下ろす。
止めていた息を吐きだす。
「はぁはぁ……ひどいよ、みんなして……」
泣いていた。
集団で犯されたようなもんだからな。
一応、フォローしておこう。
「だ、大丈夫か? ミハイル……」
声をかけると、彼はめくれあがったタンクトップを直し、ゆっくりと起き上がる。
いわゆるお姉さん座りで、背中で息をしている。
猫になめ回された肩や太ももが、唾液で光って何ともなまめかしい姿だ。
「なんで、止めてくれなかったの?」
上目遣いで、泣き出すミハイル。
かわいそうなことをしてしまった。
だが、見ていたかったんだ……そう言うと怒るよね?
「す、すまん。俺もビックリして……」
「グスン……身体中、びしょびしょだよぉ」
艶がかった白い肌が何とも美しい。
濡れているからこそのいやらしさ。
このまま直視していると、今度は俺が襲っちまうそうだ。
機転を利かせ、近くにあったタオルケットを手に取る。
そして、俺は優しくミハイルに話しかける。
「ほら、これでふいたらどうだ?」
「ひくっ……うん。ありがと」
猫の毛だらけのタオルで、濡れた身体をふく。
罪悪感でいっぱいになった俺は、ふと後ろを振り返る。
マーラーちゃんが、こっちには目もくれず、相変わらずアイスキャンディーをペロペロとなめていた。
さすが、ボスだ。貫禄が違う。
そうこうしていると、店のお姉さんが部屋に入ってきて、利用時間の終了を告げる。
帰る前に俺が、お姉さんに質問する。
「すいません、この子。いくつですか?」
マーラーちゃんを指差して。
「あぁ、まーくんですかにゃん? 2歳ですにゃんよ」
「え……オスだったんすか?」
「はいにゃん♪ 立派なモノがついてますにゃんよ~♪」
そう言って、マーラーちゃんを抱きかかえると、股間を見せてくれた。
俺よりもデカい……。
「んみゃ~!」
完敗です、負けました。
あなたのことは今度からマーラー皇帝とお呼びさせていただきます。
こうして、初めてのネコカフェ体験は終わりを迎えたのである。
ミハイルには悪いが、俺だけが癒されてしまった。
店を出て、旧三号線の道路をとぼとぼと歩き出す。
「なんか色々大変だったけど楽しかったな、タクト☆」
「う、うん……」
先ほどのなまめかしい姿をフラッシュバックしている俺は、ミハイルに視線を合わせることができない。
「タクト? 可愛かっただろ、にゃんこたち?」
俺の顔を下からのぞき込む。
「うん、すごく……」
「来て良かった☆ また今度遊びにいこうな☆」
「ぜひともお願いします……」
なぜか前のめりで歩く俺だった。
この天才。
新宮 琢人様が、なぜあんなおバカさんたちのガッコウに入学したのか……。
それは俺の仕事にある。
一ツ橋高校への入学も俺の仕事のために入ったようなものだ。
今更……俺はガッコウなんてもん、必要ない。
そう思っていたのに、あのクソ編集のせいで……俺は騙されたのだ。
被害者と言ってもいい。
俺はこの春から晴れて高校生という身分を得たのだが、その前に社会人だ。
未成年ではあるが、仕事は二つ抱えている。
一つは新聞配達。朝刊のみを生業としてもう6年も続けている。
そして、二つめは小説家だ。
別になりたくてなったわけではないのだが、オンライン小説を小学生からやり始め、俺の小説は一部のファンからは人気を得ていた。
そんなコアなファンが勝手に出版社へ打診し、今のクソ編集から連絡があった。
「センセイの小説を本にしてみませんか?」と……。
これが全ての間違いだった。
今から遡ること四年前、俺が中学二年生の夏だ。
正直、オンライン小説は趣味の一つであり、ライフワークにすぎない。
もちろん根強いファンがついてくれたことは感謝の極みだ。
だが、出版となると抵抗があった。
その理由は金だ。
金が関わると色々と面倒だ。
趣味の範囲内なら何も考えず、自分の書きたいものだけ書けばいい。
正直、それが楽しかったのに、編集にいろいろと口を挟まれるのは俺の美学に反する。
それでも俺の自宅には毎日電話がかかってきた。
『もしもし、先日もお電話しました。博多社の白金と申します』
「興味ない」
『え?』
ブチッ!
次の日……。
『あの! 博多社の……』
「死ね」
ブチッ!
また次の日……。
『あのぉ、白金ですけどぉ……』
「コノ、デンワバンゴウワ、ゲンザイ、ツカワレテオリマセン……」
『いや! ごまかされませんよ!』
ブチッ!
それが連日だ。ストーキング行為はやめてもらいたいものだな。
だが、ある日、タイミング悪くして母さんが電話に出てしまった。
「あ、はい? 出版社の方ですか? え、うちのタクくんがですか? まあまあ……」
母さんの眼鏡からは、輝きを感じる。
「ではお日にちはどうします? はい、はい……。わかりました、タクくんに伝えておきます」
受話器を切ると共に、母さんの眼鏡が輝きを増していく。
「タクくん、今日はお赤飯を炊きましょうね♪」
「いや、俺は女の子ではないぞ」
そう。周りの大人たちの思惑で勝手に作家デビューしたにすぎないのだ。
不本意ながら……。
あれから二週間後。
忌々しき『クソ女』と出会うこととなった。
俺は天神に来ていた。
福岡県福岡市における繁華街、中心部とも言える天神。
天神なぞコミュ力、十九の俺には無縁の地だ。
だってリア充の街だからな。
指示された場所に辿りつくまでに一時間もかかった。
母さんから借りた地図を見ながら、同じ場所をグルグルと周り、右へ左へ……「あれ? さっきと同じでは?」が何度も続き、やっとのことだ。
天神はたくさんのビルで連なっているが、目の前のビルは一際目立つ。
ビルの壁一面が銀色に塗装されており、鏡のように日光が反射し、下にいる俺はそれを直で食らっている。
「悪魔城……」
そう呟くと、自動ドアが開く。
すぐに目に入ったのは白い半円形の机、の上に花瓶。
後ろには、これまた白い制服をきた受付のお姉さんがいた。
「こんにちは、本日はアポを取られていますか?」
「アポなら勝手に強引に取られました。それよりも白金とかいうアホな女いますか?」
お姉さんは引きつった顔で「ア、アホ? し、白金ですね。少々お待ちください……」
アホで通ったぞ。やはり社内でもそういう認識なのだろうな。
「クソ。なんで、この俺が……」
俺はわざと聞こえるような舌打ちをした。
それを聞いた受付のお姉さんはあたふたしている。
別に俺の顔は特段、悪役面ではない。
性格が若者にしては落ち着きすぎて、その表情は女子曰く「十〇代に見えない~♪ ウケる~♪」
何がウケるんだ? 俺は顔芸などしていない。
だから、普段から黙っていると「何を考えているわからない」「不審者」しまいには「キモい、死んで」と女子に言われる始末だ。
なので、俺がイラつき沈黙さえすれば、その独特なオーラを受けた相手はキョドッてしまうらしい。
キモいのだよ、きっと。
特に独身の若い女に、こうかはばつぐんだ!
しばらく待っていると……。
「おっ待たせしました~」
と、ピンク地に白いドッド柄のワンピースを着たツインテールのロリッ娘が現れた。
「誰だ、お前」
「え?」
そう、これがクソ担当編集、白金 日葵との初めて出会った忌々しき日であった。
「誰だ、お前」
「え?」
「ここは子供の来るところじゃない。早く小学校に帰りなさい」
と俺は優しさから、少女を外へと追い出そうと背中を押す。
「ちょ、ちょっと待って!」
「うるさい、ママに言いつけますよ」
「イ、イヤー!」
俺と少女が自動ドアの前で来ると、受付のお姉さんが立ち上がった。
「あ、あの! そのちっこい人が白金です!」
「え……このガキが?」
俺は足元にいる未知の生命体を指さす。
「ガキとは失礼ですね! これでも私は成人した立派なレディーですよ♪」
そういって、自称成人ロリッ娘はウインクしてみる。
低身長で一三〇センチもないだろう。俺はこんな成人女性をこの世で見たことがない。
「お前が俺より年上だと言いたいのか?」
「ええ、そうですよ。新宮 琢人くん」
えっへんと偉そうに両腕を組む。
「じゃあ証拠を見せろ」
「え? 証拠?」
「そうだ、成人しているんだろ? もう第二次性徴は終えたのだろう? なら俺に見せてみろ」
俺がそう吐き捨てると白金は顔を赤らめて、自身の胸を両手で隠す。
「な、なにを言うんですか!? 女の子におっぱいを見せろなんて! あなたは変態さんですか!?」
「そんなことは自覚している。だが、お前の胸は貧乳とも呼べない。俺が見たい『大人の証拠』とは俗にいうおっぱいではない」
「じゃ、じゃあなんですか?」
白金が息を呑む。
「そんなもの決まっているだろうが。お前の股間。草原を見せろ」
「なっ!」
ボンッと音を立てて、顔が赤くなる。
「ほらどうした? 成人女性なら草が生えているのだろ? ちなみに俺は小学四年生の時、既にフサフサだったぞ?」
俺は自慢げに自身の股間を押し出した。
「そんなもの見せられるわけないでしょ! バカ!」
「ほう……ならやはり俺はお前をただのクソガキと認識するぞ」
白金は「ぐぬぬ」と悔しげそうにこっちを睨んでいる。
「み、見せればいいのね……」
「フン、だろうな」
「じゃあ……しかと見なさい!」
そう言って、彼女はワンピースの裾を豪快にたくし上げた。
俺の瞳に映るのは今時、小学生も履かないようなクマさんパンツ。
それを見た俺は鼻で笑う。
「やはりガキだな」
「本番はこれからよ。み、見てなさい!」
涙目でパンツに手を掛けようとしたその時だった。
「ストーップ!」
受付のお姉さんがデスクから飛び出し、俺と白金の間に入った。
「白金さん! あなたバカでしょ!?」
「だ、だって……この子が私のこと……」
「だってもクソもありません! 子供相手にむきになって……あなた大人でしょ?」
まるでダダをこねる子供を、お母さんが説教しているように見える。
ちなみに、白金の顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。きったね。
「あ、あなた……私の裸が目的だったの!?」
「お前の裸なんぞに興味などない。俺は物事を白黒ハッキリさせないと気が済まない性分でな。だから、お前みたいなわけのわからん生物は正直言って……キモい」
「う……うわ~ん!!!」
泣いたぞ、これ。やっぱどう見てもガキだろ。
「ちょ、ちょっと、白金さん! 泣かないでよ、もう……」
受付のお姉さんは泣きわめく迷子を慰めるように、白金の頭をさすっている。
なにこれ、なんの喜劇?
「おい、俺はこんなバカに呼び出されたのか? 十代の貴重な青春時間だぞ? もう帰っていいか?」
そういって踵を返すと、小さな手が俺を止める。
「そ、そうはいかないんだからね、えっぐ……」
「たまごならスーパーで買え。俺の近所のスーパー『ニコニコデイ』がおすすめだ」
「そんなの、いらんもん! 私は仕事のお話がしたいの!」
「ほう、この天才の俺とクソガキが仕事の話ねぇ」
俺が笑みを浮かべると、白金は「バカー!」と言ってポカポカと殴りかかってきた。
「受付のお姉さん、らちがあきませんよ。俺、もう帰っていいですか?」
「あ、いや、ちょっと待ってね……コイツを大人しくさせるから……」
受付のお姉さんですら、『コイツ』呼ばわりか……。
しばらく待つこと数十分。
お姉さんにアメとムチで説教された白金は、瞼を大きく腫らせて戻ってきた。
「あ、あの、こちらから呼び出したのに……取り乱して申し訳ございませんでした」
「さすが、大人様だな。気持ちのいい謝罪だ」
白金は唇を噛みしめながら、エレベーターのボタンを押す。
「あの、なんで私のこと……外見を、そんなに疑ったりしたんですか?」
「さっきも言っただろ? 俺は白黒ハッキリさせないと気が済まないんだ」
「そうですか……じゃあ、ハッキリしたので、私のこと大人っぽいとか思いました?」
目を輝かせて、俺を見上げる未知の生命体。
「全く持って思わん。ただ、お前に対する第一印象は……」
「うんうん、きっとカワイイ! とか、キレイ! とか、彼女にしたい! とか……」
「キモい」
「……」
ひと時との沈黙をチーン! とエレベーターが目的の階についたことを知らせる。
「ふん! じゃあ、こっち来てください」
『ゲゲゲ文庫 編集部』とある。
「ゲゲゲ文庫? 聞いたことない名だ」
「ええ? 琢人くんって14歳でしょ? ライトノベルとか読まないんですか?」
「ライトノベル? ああ、なんか童貞に媚を売りまくりのイラストでどうにか売れている紙切れのことか」
「……いま、なんて言いました?」
この時ばかりは、彼女から凄まじい殺意の波動を感じ、それ以上は持論を持ち出すことはなかった。
「いや、忘れてくれ」
「そうですかぁ」
満面の笑みで俺を見上げる白金。
きっしょ!
「これが漫画とかでよく見る打合せ室か」
「えっへん! カッコイイでしょ?」
「いや、お前のことではない」
「むぅ。そこは素直に喜んでいいじゃないですか!」
イスに座るように促され、白金はポケットから小さなケースを取り出し、自己紹介をはじめた。
「えー、改めまして、私、ゲゲゲ文庫担当の白金 日葵です。よろしく、センセイ♪」
眼もとでピースしてウインク。
こいつの決めポーズか。
「キモいから、一々ウインクなぞすんな」
「かわいいって思ったくせに~ 嬉しいくせに~ 素直じゃないんだから、センセイは~」
「担当をチェンジで」
「うちはそういう店ではありません!」
言いながら、白金は名刺を俺に差し出した。
確かに博多社の社員であり、ゲゲゲ文庫の担当編集だ。
「その先生というのはやめろ。俺はこういうものだ」
お返しに中学校の学生証を見せる。
「いやいや、そんなの見ればわかりますし、センセイの本名は存じ上げております」
「そうか。だが、俺はまずこの……詐欺めいた話。出版だったか? 訳がわからん、それを説明しろ」
ガキ相手だと、偉そうになってしまうな。
「あのですね……さっきから年上に対して、偉そうですよ。私こう見えて二十四歳ですからね♪」
24歳? こいつがか? 嘘こけ。
「お前がか?」
「はい♪」
「キモッ……」
「……」
ジト目の白金を無視し、本題に戻す。
「大体、なぜ俺の本名や住所、それに電話番号まで知っている? あれか、出版社は個人情報を売買しているのか」
「んなわけないでしょ! まあそれについてはなんというか……」
どうも歯切れが悪い。
「ほれ見ろ、やはりやましいことでもあるんだろ」
「ないです! その……匿名のファンの方から推薦があったんですよ」
「推薦?」
俺は推されるほどのアイドルではない……。
「はい、センセイはオンライン小説で作品をずっと投稿されていますよね?」
「ああ。もうやり始めてかれこれ4、5年はな」
母さんにバレないようにコツコツと……。
だが、腐女子の力とコネクションには恐れ入る。
投稿し始めて、3日でバレた。
「一人の熱烈なファンの方からご連絡があり、センセイの作品をぜひ出版してほしいと……」
「……なるほど。だが、それと個人情報にどうつながる?」
俺がそう核心を突くと、白金の額は尋常ないほど汗が流れている。
おかしいな……もう俺はこのビルに入ってから、エアコンがガンガン聞いている部屋にいるせいか、汗なんざ乾いたぞ。
「そう来ましたか……」
「あれか? 探偵まがいのことして、俺の家の近所を徘徊……ストーキングしていたのか?」
「だからそんなことしませんってば!」
白金が机を叩きながら、身を乗り出す。
「その……本当にその個人情報の件については申し訳ないと思ってます……」
乗り出した身体を戻し、しゅんとした顔でうつむく。
「何か事情があるのか?」
「ええ、実はその匿名のファンは、センセイの個人情報を事前に入手していました」
「なにそれ、こわっ!」
「でしょ? ですから、このことはご内密でお願いします」
そう言って、白金は神頼みするかのように俺に手を合わせる。
俺はため息をついて、彼女の両手を膝に戻すように促した。
だが、一体誰が俺の個人情報を流した?
家族はありえない、友達なんざもう何年もいない。
クラスメイトか? それともバイト先か?
いくら考えてもわからん……。
「まあお前の言い分はわかった。だが、なぜファンの一声だけで、俺の作品を出版することになるんだ?」
「それがセンセイの作品はなんというか……ごくごく一部のファンにはすごく人気があるのですが……」
聞き捨てならんセリフをサラッと吐きやがったな。
「私もセンセイの作品を読んだところ、何が面白いのかさっぱりわかりませんでして……」
苦笑いがちょっとリアルに傷つく。
ムカつくがこいつは仮にも出版社の編集だ。
プロからの意見を初めて聞いたこともあって、グサッと刺さるものがあるのな。
「ふん、お前のようなクソガキに、俺の崇高な作品の面白さがわかってたまるか」
虚勢でもここは対抗しておかねば。
けど、胸のハートはズタボロ……泣きそう。
「ふん、お前のようなクソガキに、俺の崇高な作品の面白さがわかってたまるか」
わざわざ天神まで来たのに、ボロカス言われるとか……。
児童虐待で訴えてやりたいわ!
「ええ、センセイの言い分はごもっともです。編集部でもごく僅かですが……センセイの作品にすごく惹きつけられた人もいるんです」
ごく僅か……なのがムカつくが、まあ良しとしよう。
「ほう。やはりお前のようなクソガキではなく、大人様はよくわかっていらっしゃる」
「だ~か~ら、そういうことを言いたいのではないです!」
左右のツインテールを獅子舞のように振り回す。キモいからやめろ。
「つまり?」
「センセイの作品は極端すぎるのです」
「……?」
白金はキモいほどに、童顔で小学生の女児にしか見えないのだが、その時だけは立派な大人の鋭い眼をしていた。
「センセイの作品は、主に暴力を題材とした作品が多いですよね」
「フッ、まあな。俺は『世界のタケちゃん』の崇拝者だからな」
世界のタケちゃんとはお笑い芸人でありながら、映画監督である。凄まじい暴力描写とその美しい映像に定評のあるお方だ。
「ハァ……いわゆる中二病ですね」
「はっ? お前、俺の作品に文句つけるのはいいが、タケちゃんの映画をバカにしたら許さんぞ」
タケちゃん、誹謗中傷。ダメゼッタイ!
「そこにこだわっているのが、中二病特有の症例ですね」
え、俺って入院したほうがいいの?
どこか、中二病の病棟とかありますかね……。
「だが、俺にも一定数の読者がいるのだろう? その人たちがいなければ、この場もなかったわけだ」
「まあそれに異論はありませんが、先ほども言った通り、センセイの過激すぎる暴力描写、表現はライトノベル界ではあまり受け入れられない傾向があります。今はどちらかと言うと、夢がある異世界ものとか……」
そのワードを聞いて、俺は鼻で笑う。
「異世界だ? あんなものはただの現実逃避だろ? 死んでまで、手に入れたいとは思わんな。自殺願望が強すぎるんだ……。現実世界で何かを成し遂げろ!」
だから、あなたも生きて!
「そんなの、流行なんだから仕方ないでしょ!」
机をバシンと強く叩いて、怒りを露わにする白金。
※
「ならば、なぜこの天才の俺がライトノベルの担当に呼び出される?」
「それが他の作家さんや下読みさんに読ませたら、半数の作家さんたちが声を揃えて『おもしろい!』と言うのです」
「ふむふむ、さすが大人作家さんたちだな。よくわかっていらっしゃる」
「しかも必ず『他の作品はないのか?』と皆さん、しつこく聞いてくるんですよ……めんどくさ!」
「お前……最後のわざとだろ?」
人が気持ちよく聞いていたのに、クソがっ!
「……つまり、これはある種、我々編集部の賭けでもあります。センセイの作品をおもしろくないという人は大半ですが、一部の読者はセンセイの作品に一度ハマるとそこから抜け出せないくらい、のめり込む魅力があります。ですので……どうか、センセイの作品をオンラインに留めることなく……私たちで『紙の本』にしませんか!」
「……」
悪い気分ではなかった、大勢の大人たちが俺の作品を読み、皆が「おもしろい」と言った。
少しだけど……。
だが、この趣味は俺のものだけであり、それを販売すれば、読者や編集部の気まぐれで作品のクオリティが下がってしまうリスクもある。
迷っていた。
でも、誰かの手のひらが俺の背中を押そうと必死に感じる。
俺と一緒に数年間、歩んできた小説。
読者のみなさんだ。
「センセイ、ダメ……ですか?」
そう、この呼ばれ方も心地よい。
齢十四にして、大の大人(クソガキだが)が俺のことを『センセイ』と呼ぶ。
「おもしろい……」
「え?」
俺は気が付くとその場で「ハハハハハ!」と高笑いしていた。
その大声に、編集部の社員たちから視線が集まる。
「あ、あのセンセイ? 何がおかしいんですか?」
「いや、すまん……これが笑わずしていられるか、ハハハハハ!」
白金は首をかしげて、俺を見つめている。
覚悟なら決めた。
「いいだろう、今日から俺は『センセイ様』だ。お前の会社で出版させてやろう」
偉ぶった発言に、白金はジト目でしらける。
「その話し方、辞めたほうがいいですよ……中二病満載ですし、それに出版するのって、たくさんの大人やお金が動くんですから」
「俺のために、人材や金をとくと使うがいい」
「いやいや、本当に皆さん狭き門に向かって、頑張っているんですよ? センセイみたいな人、初めてです……」