その日の私は、始業チャイムの音を聞きながら、廊下を早足で教室に向かっていた。
私、金田麻衣、16歳。
東京から電車で1時間半ほどのところにあるJR桜駅から、桜並木がずうっと続く大きな道路を20分ほど歩いたところにある、私立のエスカレーター式お坊ちゃん&お嬢ちゃん学校 聖レイジス学園の高等部1年生。
聖レイジスがある桜駅のロータリーには、小規模なモールと小さなチェーン店が数軒がある程度。この町を上下に分断する園町街道という大きな道路を隔てた桜北町と桜南町を合わせても、コンビニとスーパーが一軒ずつしかないっていう、ちょっと不便な場所なんだけど、その分、町全体がきれいに整備されていて、静かなところ。
聖レイジスは、園町街道を渡ってすぐ。私はこの学校の正門からさらに10分くらい歩いたところにある桜南町というところに住んでる。聖レイジスは幼稚園から大学まであるけど、大学だけ、隣の桜東駅にあって、幼稚園から高校までが今私が通っている場所にあるの。
ほとんどの子は幼稚園から通い始めるので、私が中2で編入してきたときには、すでに子供時代からの仲良しグループが出来ていて、結局、どこにのグループともうまくなじめず、これといった親友もできないまま、高等部まで進んできた。
これが、今の私の悩みといえば、悩み。
ただ、なんか、ぼっちというのとは、ちょっとニュアンスが違う。
「金田さん、おはよ!」
私はすごい速さで歩きながら、振り向いて朝の挨拶をしてくれる同級生たちと廊下ですれ違う。この学校は、1学年に4組み、各クラスは25人までしか入れないの。だから、空席が出ないと編入すら出来ない。
そうやって丁寧に教育されてきているからなのか、それとも比較的裕福な家の子で育ちもよい人が多いせいなのか、私のような中学から入った新参ものをからかったりするような人たちは過去にもいなかった。
だけど、ほらね、私はいまだに「金田さん」なわけ。
レイジスの教育理念は「清く高く」。つまり、何事もきちんとすることがとても大切だと小さいころから教えられている学校なので、すれ違った同級生たちは、誰もが模範的な制服の着こなしをしている。
男女とも灰色のツイードブレザーに、白シャツ。無地のチャコールグレーボトムスに、学校ロゴ入りの指定靴下のみ。靴は外履きは黒系の革靴なら自由、室内履きは、黒革で作られた学校ロゴ入りの靴がある。
ネクタイの色で何年生かがわかるようになっている。私は1年生なのでボルドー(濃い赤)、2年はマリンブルー、3年生はピーコックグリーン。ブレザーを着ない時には、ブレザーと同じ、これまたロゴ入りのニットベストを着るのがルール。
親から転校と引っ越しのことを知らされたとき、実は、全然乗り気じゃなかったんだけど、制服を見て気が変わった。だって、映画とかでみた、イギリスの超名門学校の制服みたいにデザインが洗練されてステキだったから。
それまで通っていた地元の中学校の制服は、よくある紺色のブレザー上下、悪くはないけどデザイン性もなく地味だったので、この制服が着られるのはうれしかったな。
ちなみに、中学はブレザーの色が濃紺ツイードで、学年別ネクタイは同じ。幼稚園と小学校は行ってないけど、明るいコバルトブルーのブレザー上下に小学生は同じ色のベレー帽、幼稚園生はヒヨコ色のベレー帽で、すごく可愛いの。
とまあ、うちの学校のことはだいたいこんな感じなんだけど、とりあえず今は、担任の高田が来るよりも先に、何としてでも教室の中に入っていなければならないので、これ以上細かな説明をしている暇はないのね。というわけで、ドアを開けるので、ちょっと失礼。
「あ、おはよう、金田さん。大丈夫、今日、高田は朝礼来ないってさ」
薄い灰色に塗られた教室のドアを、音がしないように慎重に開けて、ゆっくりと身体をかがめて左足を伸ばして入ろうとしたら、一番後ろの廊下側に座ってる多摩川さんが、椅子に座ったまま手を伸ばしてドアを開けてくれながら、そう説明してくれた。
「あ、そうなんだ。はあ~良かった、今日はかなりヤバかったわ」
先生来ないってわかって、普通の姿勢に戻す私。
「ふふふ。うちの教室、廊下の一番端だもんね、焦るよね」
「うん、多摩川さん、ありがとね、教えてくれて」
ほらね、こんな風に、誰とでも普通に会話は続いちゃうわけ。だから、学校生活自体は楽しくないわけではない。
でも、なんかこう、もう少しこう………ちゃんとスクールライフを満喫したいなって思うわけです。
前の学校の子ともまだ続いてはいるけど、あっちはあっちで、新しい友達やグループがあるし、離れていると、だんだん話すこともなくなってくる。
一回、昔の仲間でプチ同窓会みたいなのしたとき、なかなか深い友達出来ないって相談をしたら、なんか、ハブられてるみたいな解釈されて、それがなんか、恥ずかしかった。
だからそれ以来、誰にも言ってない。
だから余計に、誰とも自分のことを話さなくなって長い時間が経過しているってわけ。
私は、多分、とても我慢弱い性格なんだと思う。
なんでかっていうと、私が頑張ってどこかのグループに馴染もうとさえすれば、どこでも多分、入れてくれるんだと思う。
だけど、私が、自分がそうだと思っていないことを相手に合わせたり、興味のないことに笑顔で付き合ったりするのが、とても苦手なんだよね。すぐ顔に出ちゃうし、話してても、すぐ心がどっか行っちゃうの。
そういうのって、自分としては仕方がないんだけど、あんまりよくないじゃない?
きっと、多くの人って、仲間でいるために頑張って、1人でいないための努力をしていると思うのよ。
だけど、自分にはそうすることに、頑張ろうって気持ちが全くわいてこないんだな。そんなことするなら、面倒くさいから今のままでも良いなって、そう思っちゃうんだよね。
だから、きっと自分は、かなり我慢弱いんだろうって思ってるの。だから、学校生活がこのままでも仕方ないって思ってはいるんだけど。
(ちょっと、思ってたのと違うんだよなあ………)
そう思いながら、2時間目の国語の授業の途中からは、ずっと窓の外にたまに飛んでくる鳥と流れる雲を見ていた。