※

「………」
 病院を出た帰り道、僕はあの日のことを思い出しながら、道端の小石を蹴り飛ばした。
 今でも頭から離れない。カホちゃんの泣き喚く顔と、「死神!」と叫ぶ声。母親の鬼のような顔と…、そして、二人の死体。
 カホちゃんと母親は、正門の前を横切る道路で、大型トラックに撥ね飛ばされて死んだ。駆け付けた救急隊は、頭部が無くなった二人の死体を回収した。そう、あまりにもの勢いに、二人の頭部は、胴体からすっぽ抜けて何処か遠くに飛んでいってしまったのだ。
 ちなみに、頭部を見つけたのは僕だった。何となく、事故現場から百メートルほど離れた場所にある茂みを探してみたら、そこに落ちていた。二人とも目を見開き、じっとこっちを睨んでいた。
 その時の僕は動揺していたのだろう。どうすればいいのかわからなくなり、でも、救急隊員には届けなければ、と思い、二人の髪の毛をむんずと掴んだ。抱えようと思ったのだが、頭蓋骨の感触がどうにも生々しく、まるでスーパーのレジ袋をもつみたいな格好になったと思う。そして、それを救急車が停まっている正門前まで運んだ。

「あーあ、畜生め!」
 そう白い空に向かって言うと、石ころを強く蹴り飛ばす。
 石ころは勢いよく飛んでいき、ゴミ置き場で残飯を漁っていた野良犬のお尻に直撃した。野良犬は「キャンッ!」と鳴いたあと、こちらの方を振り返り、姿勢を低くして威嚇する。
 お! やんのか? 一人でぬいぐるみ相手に練習したアルゼンチンバックブリーカーで受けて立つぜ? 
 と思って身構えたが、野良犬は、僕の背後に立っている「何か」に気づくと、一目散に走って逃げた。
「…………」
 僕はまた歩き出す。
 病院を出るとき、リュウセイはしくしくと泣きながら、僕に言った。

「ごめん…、本当にごめん、お前はいいやつなんだ…、だけど…、お前と一緒にいると…、うん、やっぱり、変なことが起きるんだよ…、今までは気のせいだと思い込むようにしてたし…、今日だって、タケルが事故って…、お前の力を借りずにはいられなかった…、うん、助かったよ…、タケルの荷物、オレ一人じゃ運べなかったし…、オレが階段から転げ落ちた時、オッ前がいないと救急車呼んでくれなかったもんな…」

 だけど、ごめん。
 リュウセイは絞り出していった。顔は、涙でぐちゃぐちゃになっていた。

「お前は多分、これ以上、人と関わったらダメだと思う…。本当に、ごめん、こんなことを言って、ごめんと思うよ…」

 ざっと数えただけで、リュウセイは「ごめん」という言葉を五回言った。はっきりと言わないあたり、あいつの優しさが染みだして嬉しかった。
「………」
 まあ、中学と高校の奴らと比べたらマシな方か。あいつらは、最初っから僕を悪霊呼ばわりして、近づきもしなかったから。
「さて…」
 リュウセイは良いやつだ。タケルも良いやつだ。あいつらがいたおかげで、大学生の二年間、孤独にならなくて済んだ。だけど、もう潮時かな…。どれだけ、「気のせいだ」と思い込むようにしても、僕の背後に付きまとう「何か」は、問答無用で周りに迷惑をかける。
 今回の件で、改めて実感した。僕は、人と関わっちゃだめなんだと。
「………」
 ふと立ち止まり、振り返る。
 そこには誰もいない。
「………」