「……」
 悪霊は何も言わない。
 僕はもう一度言った。
「返せよ…、お前が連れていったやつら全員…、返せよ…!」
 黒い影の中にあったもの、それは、大量の人間の首だった。
 見知った首だ。父さん、母さん、姉貴、カホちゃん、カホちゃんの母親、学校の先生、お隣さん…、西条加奈子…。他にも、見知った顔があった。
 僕と関わったばかりに命を奪われた者たちが、悪霊の腹の中に押し込められ、ひしめき合っていたのだ。もちろん、実体ではない。彼らは半透明で、眼球の白目の部分が血のような色で染まっていた。口をぱかっと開けて、喉の奥から言葉にならない呻き声をあげている。
「くそ…」
 僕はうなだれた。
 こんなこと、こんなことがあるかよ。
 黒い影は少しずつ身体の形を変え、人の形になった。相変わらず腹は観音開きになっていて、そこから生首たちが僕に話しかけてくる。「アア…、ア、アア…」「アウウ…、アウウゥ」と、なんて言っているのかはわからない。
 人の形になった悪霊は、黒い腕を僕に向かって伸ばしてきた。
 動けない僕の胸に手が触れる。
 悪霊の手は僕の肉と胸骨をすり抜け、心臓…、いや、僕の「魂」に触れた。
 途端に全身に痺れるような痛みが駆け巡り、僕は断末魔のような悲鳴を上げた。
「ああああああッ! アアアッ! アアアアアッ!  アアあああッ!」
 悪霊が僕の魂を掴む。離れないように指を食い込ませ、強く圧迫した。
 バツンッ! バツンッ! と、まるで蛍光灯のように、光ったり暗転したりを繰り返す。激痛が波のようにやってきて、僕の思考を鈍らせた。
 悪霊の腹の中にいる生首たちが、一斉に笑い出した。
 きゃはははははっ! いひひひひひひひっ! と、辺りに響き渡る。その甲高い声すら、ナイフのような鋭さを持って全身に突き刺さった。
「あ、ああ…、あ、アアああ…」
 僕は何もすることができず、ただただ、悪霊に魂を握られ、生首たちの狂騒を聞くだけだった。
 もう駄目だ…。
 そう思った瞬間、頭の中に走馬灯が浮かんだ。