父親の顔がはっとする。
 僕は踵を返す。
「僕だって、人間の心はありますからね…。大好きな人間が傷つくところは見たくないんですよ。『幸せでいればそれでいい』って思う、そういう男です」
「じゃあ…」
 僕の言葉の裏に隠された真意を読み取ってか、彼女の父親が驚愕する声が僕の背中に張り付いた。
 父親は、うなだれながら言った。
「二年…、二年修行すれば…、何とかなるかもしれない…」
「もう、無理です」
 僕はそう言うと、すたすたと歩き始めた。
「僕といることで、千草が辛い思いをするのなら、僕は、もう二度と彼女に会いません」
 背後で父親が「待ってくれ!」と叫び、何やら言っているのが聞こえたが、何を言っているのかわからなかった。立ち止まって聞く余裕も、僕には無かった。

 さあ、全てを終わらせようか。

 僕はそう決心すると、誰もいないアパートに戻ったのだった。