※
僕と千草は病院に。千草の父親は警察に連れていかれた。
取り調べて、彼は「娘の身体に悪霊の呪いが憑いた」とか、「娘が神社を継がないから」とか、「娘は身の程知らずだった」って、意味のわからない供述をし続けために、、話の収集がつかなくなってしまった。
一応、僕にも非があったので、病院で手当てを受けた僕は、警察に直行して事情を説明した。「実は僕には悪霊が取り憑いていて」「その悪霊が周りに危害を加えていて」と、ありのまま、取り調べの刑事さんに言った。刑事さんは僕と父親を、狂人を見るような目で見ていた。
結局、千草が警察にやってきて、無難な嘘をつき、話を強引に解決させた。被害届は出さなかったが、父親はまだ話があると警察署に残された。僕と千草だけが、一足先に警察を出た。
外に出ると、すっかり暗くなっていた。
「ごめんね、私のお父さんが」
「いや…、こっちこそごめん…」
殴られ、地面に転がった時に、ウインドブレーカーの袖の部分が裂けていて、そこから風が吹き込んで寒かった。彼女に気づかれないように身震いをする。
千草は手に吐息を吹きかけて、下唇を湿らせてから言った。
「私、神社の娘なんだよ」
「ああ、うん、何となく気づいてた」
特に、二人でパワースポットめぐりをした時から。
「東北の方にあってね、そこまで有名な神社じゃないの。神主やっているお父さんも、並みの霊力しか持っていないし。母さんも嫁いだだけで、霊を祓う力は持っていない…。でもね、不思議なことに、私が生まれたの」
自分の鼻を指す。
「私の霊力って、すごいみたい。もう、生まれながらに、修行を積んで、極地に達した霊媒師並みの力があるんだって! だからね、並みの幽霊なんて、指を翳すだけで祓えちゃうの」
「…………」
千草が空気に向かって手を振り下ろす。何かを祓ったのだとわかった。
「お父さんはすごく喜んだの。私の霊力を使えば、たくさんの悪霊に悩まされている人を助けることができる…。神社を栄えさせることができるって。だからね、小学校に入るころには、友達付き合いも、世俗の誘惑も制限されて…、毎日、毎日修行を受けさせられたの。印の結び方とか、唱え言葉の詠唱とか…、山伏みたいな格好して、山の中に放り込まれて、動けなくなるまで走らされたりもしたね…。おかげで、私の霊力はさらに強くなったよ。ほんと、祓えない悪霊はいないって感じに」
千草はすっと息を吸い込んだ。
「中学生になったら、色々な場所に連れていかれたよ。悪霊のお祓いはもちろん、全国の神社に挨拶もした。パワースポットめぐりをした時に、神社の神主さんに顔を覚えられていたのはそのためね。みんな、お父さんのせいで、私が神社を継ぐと思い込んでいるみたいなの」
「あの旅館は?」
「ああ、赤霧旅館? あの旅館は、数年前まで廃業寸前のボロ旅館だったんだよ。原因は、商売敵の旅館に呪われていたことだったから、私が祓ってあげたの。そうしたら、みるみると業績が回復して、今は霊泉を全面に押し出した高級旅館になったね。おかみさんは私に感謝してるから、頼めば泊めてくれるんだ」
「お前…、すごいんだな」
僕はそんな感想しか言えなかった。
生まれながらにとてつもない霊力を持ち、数多の人間を救ってきた千草。そんな彼女が、どうしてこんな辺鄙な町の、底辺大学に通っているのか…。
僕の疑問を察したように、千草が答えた。
「大っ嫌いだったの。あの神社が…、お父さんが…」
わざとらしく、へらっと笑う。
「お父さんは、『世のため人のため』なんて言っているけど、結局は神社の再興、発展しか考えていない。自分に才能が無いくせして、娘に、無理難題ばっかり押し付けている。神社に霊的な相談にやってくる人間も大っ嫌いだったの。話を聞けば、みんな心霊スポットに行ったとか、お墓を粗末にしたとか、人に呪われるようなことをしたとかで、『憑かれて当たり前』のことをしているんだよ。自分の身の危機管理もできないくせして、『助けてくれ』だの、『祓ってくれ』だの好き勝手言ってくる人間を見たら。とにかくむかっ腹が立つんだ」
そして、彼女はぽつりと言った。
「だから、出ていったんだ」
「………」
「だから、あの家を出た。神社も出た。無理やり、実家から離れた大学に進学して…、『私は神主になる気なんて全く無い!』って吐き捨てたの。それ以来は、大嫌いなお父さんの顔を見ることもなかったし、辛かった修行もしなくて済んだし、幸せ尽くしだったよね」
「…そうか」
僕は歩きながらこくっと頷いた。
親のことが大っ嫌いな人間って、やっぱり存在するんだな。って、的外れな感想を抱く。
「でも、どうして…、僕に構ってくれるんだ?」
立ち止まって聞いた。
「千草は…、家を捨てた…、人を助けることを辞めたんだろ? だったらどうして、僕に、ここまでしてくれるんだ?」
千草は立ち止まって答えた。
「だって、リッカ君が困っていたから」
「………」
「初めてリッカ君の姿を見た時、『うわっ!』って思ったんだ。おしっこが洩れそうなくらい、恐怖したよ。その『何か』は、静かにリッカ君の背後に座り込んで、じっとリッカ君を地獄に引きずり込む機会を伺っていた…。その途中、小腹満たしに食べるおつまみみたいに、君に危害と関わった人間に呪いを付与して、地獄に引きずり込もうとしていたんだ…」
「周りの奴らが可哀そうだからってか? これ以上被害を拡大させないためか? だったら、良い心がけだな」
「ううん」
千草は首を横に振った。
「だって、リッカ君、『生きたい』って思っていたでしょう?」
「……語弊だな。『普通に生きたい』って思っていただけだよ」
「それが、すごく私の心を揺さぶったんだよ」
千草の心を?
「前に言ったでしょ? リッカ君が、二十歳になっても地獄に落とされないのは、君が酷く鈍感だからって。確かにそうなんだけど、他にも理由はあったんだ」
「他にも、理由が?」
「うん。君には『生きたい』っていう意思があったんだ。人の意思はね…、強いんだ。時には悪霊を浄化させるくらいに力を持つ。その意思が、悪霊の呪いを最低限妨げていたんだね」
「………」
「直感的に思ったよ、『私の力は。お父さんのためでも、命を大切にしない馬鹿につかうためでも無い。この人を助けるためにある』って」
「だから、僕にこんなにもしてくれたのか?」
「うん」
千草ははっきりと頷いた。それから、照れ臭そうに頭を掻く。
「でもね、思ったよりも悪霊の力が強力で…、二年間修行をサボったことを後悔したね」
「千草みたいな霊能力者でも、ダメだったのか?」
「ダメじゃないよ。この数か月で、悪霊の特徴を把握してきたんだ。色々な除霊方法を試してきた…、もう少しなんだ。もう少しで、祓えるはずなんだ」
千草はそう言うと、目の下に隈を浮かべたまま頷いた。
「もう少しだからね…、もう少しで、君は自由に生きれるようになる…」
「その根拠は?」
彼女の言葉には説得力が無かった。目の下の隈だけではない。ランニングの後のように呼吸は早く、外灯に照らされた頬は青白い。心なしか、彼女の身体からは腐った水のような臭いがした。僕は霊感が無いからわからないけど、背後の『何か』の影響を受けていることは確実だった。
そして、昨日の西条加奈子。
「何か」は、確実に、僕の命を捕りに来ている。そう直感した。
ああ、僕は馬鹿だな。つくづくそう思う。
千草は「あははは」と、苦笑した。
「なに? 信用できないの?」
「うん、できない」
僕は千草の頬に触れた。
「前にも言っただろう? 僕は人が不幸になる様子を見るのが嫌なんだ。僕は、君を信じていた。君が『大丈夫』って言って笑うから…、その笑顔に賭けてみようと思ったんだ」
手を離す。
「だけど…、今の君は、『大丈夫じゃない』」
「だいじょうぶだよ…、少し疲れているだけだから」
千草がそう絞り出す。その瞬間、細足ががくっと折れて、彼女は黒髪を羽ばたいた鴉のように広げ、のけ反った。僕は反射的に手を伸ばし、腕を掴む。何とか、彼女が後頭部を地面に打ち付けることは回避できた。
「おい…、千草…」
彼女の名前を呼ぶ。
しかし、千草は返事をしなかった。
糸が切れた人形のように、身体の力を抜き、目を閉じて気を失っていた。
「………ああ、くそ」
僕は涙が出そうになるのを堪えながら、千草の背中と脚に手を回し、彼女の軽い身体を抱えて立った。
背後にいる「何か」に釘を刺す。
「おい、この女性を連れていったら、僕はお前を恨むからな。まあ、ずっと恨んでるけど」
当然、「何か」は何も言わない。
僕は舌打ちをすると、千草を抱えたまま歩き始めた。
その時、昼間と同じように、背後から、彼女の父親の声が聞こえた。
「おい! リッカ君!」
僕と千草は病院に。千草の父親は警察に連れていかれた。
取り調べて、彼は「娘の身体に悪霊の呪いが憑いた」とか、「娘が神社を継がないから」とか、「娘は身の程知らずだった」って、意味のわからない供述をし続けために、、話の収集がつかなくなってしまった。
一応、僕にも非があったので、病院で手当てを受けた僕は、警察に直行して事情を説明した。「実は僕には悪霊が取り憑いていて」「その悪霊が周りに危害を加えていて」と、ありのまま、取り調べの刑事さんに言った。刑事さんは僕と父親を、狂人を見るような目で見ていた。
結局、千草が警察にやってきて、無難な嘘をつき、話を強引に解決させた。被害届は出さなかったが、父親はまだ話があると警察署に残された。僕と千草だけが、一足先に警察を出た。
外に出ると、すっかり暗くなっていた。
「ごめんね、私のお父さんが」
「いや…、こっちこそごめん…」
殴られ、地面に転がった時に、ウインドブレーカーの袖の部分が裂けていて、そこから風が吹き込んで寒かった。彼女に気づかれないように身震いをする。
千草は手に吐息を吹きかけて、下唇を湿らせてから言った。
「私、神社の娘なんだよ」
「ああ、うん、何となく気づいてた」
特に、二人でパワースポットめぐりをした時から。
「東北の方にあってね、そこまで有名な神社じゃないの。神主やっているお父さんも、並みの霊力しか持っていないし。母さんも嫁いだだけで、霊を祓う力は持っていない…。でもね、不思議なことに、私が生まれたの」
自分の鼻を指す。
「私の霊力って、すごいみたい。もう、生まれながらに、修行を積んで、極地に達した霊媒師並みの力があるんだって! だからね、並みの幽霊なんて、指を翳すだけで祓えちゃうの」
「…………」
千草が空気に向かって手を振り下ろす。何かを祓ったのだとわかった。
「お父さんはすごく喜んだの。私の霊力を使えば、たくさんの悪霊に悩まされている人を助けることができる…。神社を栄えさせることができるって。だからね、小学校に入るころには、友達付き合いも、世俗の誘惑も制限されて…、毎日、毎日修行を受けさせられたの。印の結び方とか、唱え言葉の詠唱とか…、山伏みたいな格好して、山の中に放り込まれて、動けなくなるまで走らされたりもしたね…。おかげで、私の霊力はさらに強くなったよ。ほんと、祓えない悪霊はいないって感じに」
千草はすっと息を吸い込んだ。
「中学生になったら、色々な場所に連れていかれたよ。悪霊のお祓いはもちろん、全国の神社に挨拶もした。パワースポットめぐりをした時に、神社の神主さんに顔を覚えられていたのはそのためね。みんな、お父さんのせいで、私が神社を継ぐと思い込んでいるみたいなの」
「あの旅館は?」
「ああ、赤霧旅館? あの旅館は、数年前まで廃業寸前のボロ旅館だったんだよ。原因は、商売敵の旅館に呪われていたことだったから、私が祓ってあげたの。そうしたら、みるみると業績が回復して、今は霊泉を全面に押し出した高級旅館になったね。おかみさんは私に感謝してるから、頼めば泊めてくれるんだ」
「お前…、すごいんだな」
僕はそんな感想しか言えなかった。
生まれながらにとてつもない霊力を持ち、数多の人間を救ってきた千草。そんな彼女が、どうしてこんな辺鄙な町の、底辺大学に通っているのか…。
僕の疑問を察したように、千草が答えた。
「大っ嫌いだったの。あの神社が…、お父さんが…」
わざとらしく、へらっと笑う。
「お父さんは、『世のため人のため』なんて言っているけど、結局は神社の再興、発展しか考えていない。自分に才能が無いくせして、娘に、無理難題ばっかり押し付けている。神社に霊的な相談にやってくる人間も大っ嫌いだったの。話を聞けば、みんな心霊スポットに行ったとか、お墓を粗末にしたとか、人に呪われるようなことをしたとかで、『憑かれて当たり前』のことをしているんだよ。自分の身の危機管理もできないくせして、『助けてくれ』だの、『祓ってくれ』だの好き勝手言ってくる人間を見たら。とにかくむかっ腹が立つんだ」
そして、彼女はぽつりと言った。
「だから、出ていったんだ」
「………」
「だから、あの家を出た。神社も出た。無理やり、実家から離れた大学に進学して…、『私は神主になる気なんて全く無い!』って吐き捨てたの。それ以来は、大嫌いなお父さんの顔を見ることもなかったし、辛かった修行もしなくて済んだし、幸せ尽くしだったよね」
「…そうか」
僕は歩きながらこくっと頷いた。
親のことが大っ嫌いな人間って、やっぱり存在するんだな。って、的外れな感想を抱く。
「でも、どうして…、僕に構ってくれるんだ?」
立ち止まって聞いた。
「千草は…、家を捨てた…、人を助けることを辞めたんだろ? だったらどうして、僕に、ここまでしてくれるんだ?」
千草は立ち止まって答えた。
「だって、リッカ君が困っていたから」
「………」
「初めてリッカ君の姿を見た時、『うわっ!』って思ったんだ。おしっこが洩れそうなくらい、恐怖したよ。その『何か』は、静かにリッカ君の背後に座り込んで、じっとリッカ君を地獄に引きずり込む機会を伺っていた…。その途中、小腹満たしに食べるおつまみみたいに、君に危害と関わった人間に呪いを付与して、地獄に引きずり込もうとしていたんだ…」
「周りの奴らが可哀そうだからってか? これ以上被害を拡大させないためか? だったら、良い心がけだな」
「ううん」
千草は首を横に振った。
「だって、リッカ君、『生きたい』って思っていたでしょう?」
「……語弊だな。『普通に生きたい』って思っていただけだよ」
「それが、すごく私の心を揺さぶったんだよ」
千草の心を?
「前に言ったでしょ? リッカ君が、二十歳になっても地獄に落とされないのは、君が酷く鈍感だからって。確かにそうなんだけど、他にも理由はあったんだ」
「他にも、理由が?」
「うん。君には『生きたい』っていう意思があったんだ。人の意思はね…、強いんだ。時には悪霊を浄化させるくらいに力を持つ。その意思が、悪霊の呪いを最低限妨げていたんだね」
「………」
「直感的に思ったよ、『私の力は。お父さんのためでも、命を大切にしない馬鹿につかうためでも無い。この人を助けるためにある』って」
「だから、僕にこんなにもしてくれたのか?」
「うん」
千草ははっきりと頷いた。それから、照れ臭そうに頭を掻く。
「でもね、思ったよりも悪霊の力が強力で…、二年間修行をサボったことを後悔したね」
「千草みたいな霊能力者でも、ダメだったのか?」
「ダメじゃないよ。この数か月で、悪霊の特徴を把握してきたんだ。色々な除霊方法を試してきた…、もう少しなんだ。もう少しで、祓えるはずなんだ」
千草はそう言うと、目の下に隈を浮かべたまま頷いた。
「もう少しだからね…、もう少しで、君は自由に生きれるようになる…」
「その根拠は?」
彼女の言葉には説得力が無かった。目の下の隈だけではない。ランニングの後のように呼吸は早く、外灯に照らされた頬は青白い。心なしか、彼女の身体からは腐った水のような臭いがした。僕は霊感が無いからわからないけど、背後の『何か』の影響を受けていることは確実だった。
そして、昨日の西条加奈子。
「何か」は、確実に、僕の命を捕りに来ている。そう直感した。
ああ、僕は馬鹿だな。つくづくそう思う。
千草は「あははは」と、苦笑した。
「なに? 信用できないの?」
「うん、できない」
僕は千草の頬に触れた。
「前にも言っただろう? 僕は人が不幸になる様子を見るのが嫌なんだ。僕は、君を信じていた。君が『大丈夫』って言って笑うから…、その笑顔に賭けてみようと思ったんだ」
手を離す。
「だけど…、今の君は、『大丈夫じゃない』」
「だいじょうぶだよ…、少し疲れているだけだから」
千草がそう絞り出す。その瞬間、細足ががくっと折れて、彼女は黒髪を羽ばたいた鴉のように広げ、のけ反った。僕は反射的に手を伸ばし、腕を掴む。何とか、彼女が後頭部を地面に打ち付けることは回避できた。
「おい…、千草…」
彼女の名前を呼ぶ。
しかし、千草は返事をしなかった。
糸が切れた人形のように、身体の力を抜き、目を閉じて気を失っていた。
「………ああ、くそ」
僕は涙が出そうになるのを堪えながら、千草の背中と脚に手を回し、彼女の軽い身体を抱えて立った。
背後にいる「何か」に釘を刺す。
「おい、この女性を連れていったら、僕はお前を恨むからな。まあ、ずっと恨んでるけど」
当然、「何か」は何も言わない。
僕は舌打ちをすると、千草を抱えたまま歩き始めた。
その時、昼間と同じように、背後から、彼女の父親の声が聞こえた。
「おい! リッカ君!」