丸一日、泥のように眠った。そして、部屋に朝日が差すころ、彼女は身体を起こし、「うーん!」と、伸びをする。薄い皮の下で、背骨が鳴る音がした。
「よし! 治った!」
まだ目の下に隈が浮いていたが、僕を心配させまいとしてか、強がってそう言った。
顔色はだいぶマシになったが、青白いことに変わりはない。いつもは潤っている唇も、乾燥していた。呼吸も少し荒い気がする。
「じゃあ…、大学に行こうか」
「いや、もう一日休もうよ」
僕は彼女の体調を心配して、念には念を入れて休むことを提案した。しかし、彼女は髪を揺らして、首を横に振った。
「ううん、勉強、しないとダメだからね!」
にこっと笑って言う。その笑顔を見ると、何も言い返すことができなかった。
軽い朝食を食べ、十時まで二度寝してから、一緒に部屋を出た。
スマホの天気予報では、降水確率十パーセントだったが、空には墨汁を垂らしたような分厚い雲が広がっていた。冬には似合わない湿気た風がかすかな雨の臭いを運んできた。
天気予報を信じたいところだったが、念のために一度部屋に戻って、折りたたみ傘を取って出た。
肩を並べて歩いていると、千草の様子がおかしいことに気が付く。
いつもの、自信満々な足音が聞こえなかったのだ。
「千草?」
「うん?」
「やっぱり、しんどいの?」
「いや、全然!」
千草は目の下に隈を浮かべ、歯を見せてにいっと笑った。
それでも僕が不安な顔をしているのを見て、もう一度「大丈夫!」と言うと、厚底のサンダルでダンダンッ! と足踏みをした。
「そう…、か…」
「ほら、早く行かないと、授業に遅れちゃうよ?」
僕たちは足早に大学に向かった。
始業ギリギリに講義室に入り、一番後ろの席に並んで座る。丁度そのタイミングで、先生が入ってきて、日本文学歴史の授業が始まった。
ロマン主義について解説する先生の声に耳を傾け、ホワイトボードの丁寧な字を書き写していると、肩に硬い感触があった。見ると、千草の小さな頭が寄りかかっていた。彼女はうっすらと目を閉じ、半開きになった唇から、隙間風のような息を吐いていた。
「………」
やっぱり、疲れているんだ。
そう思った僕は、居眠りをする彼女をそのままにして、シャーペンを握る手を動かした。
三十分くらいが経った頃だったと思う。
突然、ガタンッ! という音が、広い講義室にこだました。
皆の視線が、一斉に、前から四番目の席に座っていた男に集中した。
椅子を押しのけて立ち上がった男は、顔を青くして、「あれ…? あれ? あれ?」と言いながら辺りを見渡していた。
遅れて、くすくすって笑い声が聞こえた。
男は青い顔を赤くして、「すみません…、気のせいでした」と言って、また席に座った。先生は「気を付けてくださいね」と言って、また授業を続けた。
なんだったんだろう…?
眠気も吹っ飛ぶような激しい音だったと言うのに、千草はまだ眠っていた。
彼女の目の下に浮かぶ黒い隈を見た時、僕はたまらない不安に襲われていた。
「よし! 治った!」
まだ目の下に隈が浮いていたが、僕を心配させまいとしてか、強がってそう言った。
顔色はだいぶマシになったが、青白いことに変わりはない。いつもは潤っている唇も、乾燥していた。呼吸も少し荒い気がする。
「じゃあ…、大学に行こうか」
「いや、もう一日休もうよ」
僕は彼女の体調を心配して、念には念を入れて休むことを提案した。しかし、彼女は髪を揺らして、首を横に振った。
「ううん、勉強、しないとダメだからね!」
にこっと笑って言う。その笑顔を見ると、何も言い返すことができなかった。
軽い朝食を食べ、十時まで二度寝してから、一緒に部屋を出た。
スマホの天気予報では、降水確率十パーセントだったが、空には墨汁を垂らしたような分厚い雲が広がっていた。冬には似合わない湿気た風がかすかな雨の臭いを運んできた。
天気予報を信じたいところだったが、念のために一度部屋に戻って、折りたたみ傘を取って出た。
肩を並べて歩いていると、千草の様子がおかしいことに気が付く。
いつもの、自信満々な足音が聞こえなかったのだ。
「千草?」
「うん?」
「やっぱり、しんどいの?」
「いや、全然!」
千草は目の下に隈を浮かべ、歯を見せてにいっと笑った。
それでも僕が不安な顔をしているのを見て、もう一度「大丈夫!」と言うと、厚底のサンダルでダンダンッ! と足踏みをした。
「そう…、か…」
「ほら、早く行かないと、授業に遅れちゃうよ?」
僕たちは足早に大学に向かった。
始業ギリギリに講義室に入り、一番後ろの席に並んで座る。丁度そのタイミングで、先生が入ってきて、日本文学歴史の授業が始まった。
ロマン主義について解説する先生の声に耳を傾け、ホワイトボードの丁寧な字を書き写していると、肩に硬い感触があった。見ると、千草の小さな頭が寄りかかっていた。彼女はうっすらと目を閉じ、半開きになった唇から、隙間風のような息を吐いていた。
「………」
やっぱり、疲れているんだ。
そう思った僕は、居眠りをする彼女をそのままにして、シャーペンを握る手を動かした。
三十分くらいが経った頃だったと思う。
突然、ガタンッ! という音が、広い講義室にこだました。
皆の視線が、一斉に、前から四番目の席に座っていた男に集中した。
椅子を押しのけて立ち上がった男は、顔を青くして、「あれ…? あれ? あれ?」と言いながら辺りを見渡していた。
遅れて、くすくすって笑い声が聞こえた。
男は青い顔を赤くして、「すみません…、気のせいでした」と言って、また席に座った。先生は「気を付けてくださいね」と言って、また授業を続けた。
なんだったんだろう…?
眠気も吹っ飛ぶような激しい音だったと言うのに、千草はまだ眠っていた。
彼女の目の下に浮かぶ黒い隈を見た時、僕はたまらない不安に襲われていた。