※
部屋に戻ると、僕は裸にされて、風呂場で冷水を浴びせられた。頭から大量の塩を被った。漬物になった気分だった。
それが終わると、ベッドの上に寝かされ、隣で彼女が何度も、唱え言葉を唱えていた。彼女の薄い唇から発せられる言葉は、僕の耳に入り、鼓膜を揺らした途端、頭蓋骨が割れんばかりの頭痛となって僕を苦しめた。
僕が唸るたびに、千草は「ごめんね」とだけ言った。
来の遠くなる時間、彼女は僕のお祓いを続けた。
※
いつの間にか眠っていた僕が目を覚ました時、窓の外はすっかり暗くなっていた。時計を見ると、あの一件から十時間が経過している。
ベッドから上体を起こし、指を閉じたり開いたり、目を閉じたり開いたり、唾を飲み込んでみたり、腹に触れたりしてみた。気分の悪いところは無かった。
「………」
ふと、隣を見る。
千草が倒れていた。
「あ…」
僕はベッドから飛び降り、彼女の肩を掴んで揺さぶった。
「おい…、千草…!」
「ん…、ああ…」
千草が目を開ける。蛍光灯の明かりに照らされていても、彼女の目の下にはくっきりと隈が残っていた。
「ああ、いてて…」
千草はそう言って身体を起こす。
「どう? 体調は?」
「大丈夫だよ。すっかりよくなった」
「そう…、お祓いは…、成功したね…」
「でも、千草は…」
「私のことは気にしなさんな」
千草は目の下に隈を浮かべたまま、へらっと笑った。
「霊力を使いすぎて、疲れているだけだから」
「でも…」
「ごめん…、気分悪いから…、ベッド貸して…」
千草は口に手をやり、軽くえづくと、青白く染まった身体を引きずり、僕のベッドに這い上がった。仰向けになり、浅い息を吐きながら目を閉じる。
「いやあ、ヤバかったね…。まさか、呪い返しをすると、『そいつ』じゃなくて、リッカ君に返ってくるとは…。邪気が強すぎて…、手こずったよ」
「ごめん…」
僕は千草の冷たくなった頬を撫でて。
「あいつ…、僕を襲ったあの女は…、高校の時の友達だったんだ」
「そっか…」
「彼女から逃げた僕が悪いんだ…」
「リッカ君は悪くないよ…」
千草はゼエゼエと言った。
「あの子…、一目見てわかった…。呪いに犯されていた…。もう手遅れ…、『頭がいっちゃった』って言うんだろうね…。君は悪くない…。だから、気に病むことは無いよ」
何度も聞きなれた「君は悪くない」。
僕が悪くなくても…、気にしてしまうんだよ。
「でも…、そのせいでお前が…」
「私は大丈夫だから」
千草の手が、僕の手に重なった。酷く冷たい手だ。
「私は霊力があるから…、大丈夫…。何とでもなるよ…。少し休んだ霊力も復活する…」
「……僕に、何かできることは無いか? なんでも買ってくるよ」
「そうだな…」
そう言うと、千草は僕の手を引き、弱弱しい力で僕を抱き寄せた。彼女の胸からは、水のような匂いがした。
「ちょっとだけでいいから、一緒にいてよ…」
「……わかった」
僕と千草は、同じベッドの上で眠った。
千草はまるで母親を求める赤子のように、僕に抱き着き、脚を絡ませ、今に死んでしまいそうな乾いた息を吐いていた。表情は苦しそうだったが、何処か、穏やかだった。
部屋に戻ると、僕は裸にされて、風呂場で冷水を浴びせられた。頭から大量の塩を被った。漬物になった気分だった。
それが終わると、ベッドの上に寝かされ、隣で彼女が何度も、唱え言葉を唱えていた。彼女の薄い唇から発せられる言葉は、僕の耳に入り、鼓膜を揺らした途端、頭蓋骨が割れんばかりの頭痛となって僕を苦しめた。
僕が唸るたびに、千草は「ごめんね」とだけ言った。
来の遠くなる時間、彼女は僕のお祓いを続けた。
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いつの間にか眠っていた僕が目を覚ました時、窓の外はすっかり暗くなっていた。時計を見ると、あの一件から十時間が経過している。
ベッドから上体を起こし、指を閉じたり開いたり、目を閉じたり開いたり、唾を飲み込んでみたり、腹に触れたりしてみた。気分の悪いところは無かった。
「………」
ふと、隣を見る。
千草が倒れていた。
「あ…」
僕はベッドから飛び降り、彼女の肩を掴んで揺さぶった。
「おい…、千草…!」
「ん…、ああ…」
千草が目を開ける。蛍光灯の明かりに照らされていても、彼女の目の下にはくっきりと隈が残っていた。
「ああ、いてて…」
千草はそう言って身体を起こす。
「どう? 体調は?」
「大丈夫だよ。すっかりよくなった」
「そう…、お祓いは…、成功したね…」
「でも、千草は…」
「私のことは気にしなさんな」
千草は目の下に隈を浮かべたまま、へらっと笑った。
「霊力を使いすぎて、疲れているだけだから」
「でも…」
「ごめん…、気分悪いから…、ベッド貸して…」
千草は口に手をやり、軽くえづくと、青白く染まった身体を引きずり、僕のベッドに這い上がった。仰向けになり、浅い息を吐きながら目を閉じる。
「いやあ、ヤバかったね…。まさか、呪い返しをすると、『そいつ』じゃなくて、リッカ君に返ってくるとは…。邪気が強すぎて…、手こずったよ」
「ごめん…」
僕は千草の冷たくなった頬を撫でて。
「あいつ…、僕を襲ったあの女は…、高校の時の友達だったんだ」
「そっか…」
「彼女から逃げた僕が悪いんだ…」
「リッカ君は悪くないよ…」
千草はゼエゼエと言った。
「あの子…、一目見てわかった…。呪いに犯されていた…。もう手遅れ…、『頭がいっちゃった』って言うんだろうね…。君は悪くない…。だから、気に病むことは無いよ」
何度も聞きなれた「君は悪くない」。
僕が悪くなくても…、気にしてしまうんだよ。
「でも…、そのせいでお前が…」
「私は大丈夫だから」
千草の手が、僕の手に重なった。酷く冷たい手だ。
「私は霊力があるから…、大丈夫…。何とでもなるよ…。少し休んだ霊力も復活する…」
「……僕に、何かできることは無いか? なんでも買ってくるよ」
「そうだな…」
そう言うと、千草は僕の手を引き、弱弱しい力で僕を抱き寄せた。彼女の胸からは、水のような匂いがした。
「ちょっとだけでいいから、一緒にいてよ…」
「……わかった」
僕と千草は、同じベッドの上で眠った。
千草はまるで母親を求める赤子のように、僕に抱き着き、脚を絡ませ、今に死んでしまいそうな乾いた息を吐いていた。表情は苦しそうだったが、何処か、穏やかだった。