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 目を覚ました時、僕は冷たいアスファルトの上に、仰向けになって横たわっていた。
 トンカチで殴られた額がひりひりと痛い。そこから、生温かい液体が溢れだして、僕の耳の下あたりを伝ってアスファルトの上に滴っていた。
「復讐をしにきました」
 西条加奈子が僕の上に馬乗りになり、肩で息をしながら、僕の顔を睨みつけている。手にはトンカチが握られ、いつでも僕の頭蓋骨砕ける体勢に入っていた。
 四年前までは、海辺で拾い上げる宝石みたいに澄んでキラキラとしていたはず瞳だったが、今はその面影はない。真っ黒の眼球の奥で、赤い炎がメラメラと燃えているようだ。
 はあ、はあ、はあと、彼女は、空にかかる薄雲のような息を吐いた。
 そして、興奮を抑えながら言った。
「つい先日、私の、両親が死にました」
「………」
 ああ、そう。
「それは、ご愁傷様だな…」
「苦しみながらの死でした…」
 西条加奈子の目に、どろっとした涙が浮かぶ。
「ずっと血を吐くんです…、ずっと、ずっと血を吐くんです。身体中の血を吐いても足りないくらいに、毎日、毎時間、吐くんです。食事は喉を通らなくて、骸骨みたいにやせ細り…、死ぬ三日前には、盲目になりました…。骨粗鬆症を起こして、動く度に、パキパキッ! って、音を立てて砕けるんです…、骨が…!」
 彼女がトンカチを振り下ろした。
 僕は目をぎゅっと閉じた。
 右耳の傍で、ガツン! と鈍い音。僕には命中せず、アスファルトに当たったのだとわかった。
 西条加奈子は口の端から涎を垂らしていた。「僕を今すぐにでも殺したい」という気持ちと、「苦しませながら死なせたい」という気持ちがせめぎ合っているように見えた。
 西条加奈子は言った。
「私も…、もう、長くないの…、身体中に腫瘍ができて…、もう、取り除けない…。死を待つだけなんだ…」
 彼女の喉の奥から、ヒューヒューと、隙間風のような呼吸が洩れている。 
 そして、西条加奈子は、僕が一番言われたくなかったことを言った。

「君のせいだ…」

「……」
「君のせいで…、君に関わったせいで、私も、私のお父さんもお母さんも、『変なもの』に取り憑かれて…、人生を奪われた…!」
「悪いけど…、僕は何もしていない…」
「わかってるよ…。君は悪くない。君はいい人だもんね…。だけど…、どうしようもないのよ…、頭ではわかっていても…、この感情を…、人生をめちゃくちゃにされた怒りの持って行き場が…、見つからないのよ…」
「やめろ…」
 僕は、ギンッ! と目を見開く彼女に制止を促した。我が身可愛さではない。彼女のためのことを思っての事だった。
「僕を攻撃してみろ! 『何か』が、お前に反撃をするぞ!」
「わかってるわ…」
 西条加奈子の覚悟は決まっていた。お先長くないこの命、憎き男に復讐するために使おうとしていた。例え、返り討ちになって死のうとも。
 トンカチを振り上げる。
 その瞬間、彼女は天を仰いで、噴水のように血を吐いた。
 反吐のような臭いと共に、鮮血が僕の顔に降りかかる。
 血が喉に詰まったのか、西条加奈子は「ぐっ、ぐっ、ぐう…」と、カエルのような呻き声を上げて、その場に倒れこんだ。
 僕は咄嗟に、その場から飛びのく。そして怒鳴った。
「だから言っただろう! お前! また呪われたぞ!」