「なんか…、ごめん」
「大丈夫だよ。浄化しちゃえばなんてことないし!」
「それでもなあ…、なんか、消費者に申し訳ないって言うか」
「大丈夫! 知らぬが仏だから!」
「はいはい」
 知らぬが仏ね。。

        ※
 
 十二月に入り、窓の外にちらちらと雪が舞う頃、僕は一日のほとんどを、千草と一緒にいるようになっていた。
 朝は、アパートの前まで彼女が迎えに来てくれて、一緒に大学に行く。
 肩を並べて授業を受ける。
 一緒に昼食を食べる。
 夕方は、ぶらぶらと帰宅し、向かい合って黙々とストラップを作った。
 一日のノルマは百個。二人で作れば、四時間程度で作り終えた。その頃には、窓の外は真っ暗。電車はまだ走っているし、帰れないことはない時間帯だったが、千草は色々めんどくさがって、僕の部屋に泊まった。
 その日も、彼女は「暗いし、今日は泊めてよ」と言ってきた。僕が「いや、今日も、の間違いだろ」と突っ込むと、「今日も泊めて」と言い直してきた。
 僕が「いいよ」と頷くと、千草は「やった!」と軽く飛び跳ねる。部屋にある五段の衣装ケースの上二段には既に、彼女の下着やら着替えやらが入っていた。それを彼女がいないときにこっそり覗く…、おっと、これ以上はいけないな。
 千草がお風呂に入っている間、僕はスマホでネットニュースを見て時間を潰していた。スクロールしていくと、今年の紅白歌合戦に出場する歌手が意気込みを語っている記事に行きついた。それではっとして、机の卓上カレンダーに視線を向ける。僕と千草が出会ってから、もう三か月以上が経過していることに気づいた。
「お風呂先にいただきましたあ…」
 風呂場から、バスタオルを巻いた千草が出てくる。
 僕は卓上カレンダーの方を見ながら、彼女に聞いた。
「ねえ、千草」
「なによ」
 背後では、千草が衣装ケースから着替えを取り出す音が聞こえる。
「千草って、僕と一緒にいて楽しいわけ?」
「……楽しいよ」
「なんだよ、その間は」
 咄嗟に、突っ込みを入れて振り返る。下着姿の彼女が目に入り、すぐに向き直った。
 薄ピンクのパジャマに着替えた千草は、僕の横に座った。
 そして、もう一度言った。
「楽しいよ? 急にどうしたの?」
「いや…、よく考えたらさ、悪霊に取り憑かれているとは言え、こんな面白みの無い人間と一緒にいられるよなあって」
 横目で、千草をちらっと見る。彼女の頬は赤く火照っていた。
「同情とかはやめてくれよな」
 そう言うと、唐突に頭を殴られた。痛くはない。コツンって感じ。
「馬鹿ねぇ、同情とかしてないから」
「ほんとに?」
「ごめん、半分嘘」
「やめろよ! 傷つくんだからさ!」
 僕のツッコミを華麗に躱した千草は、僕の頭をぺちぺちと意味も無く叩きながら言った。
「このまま放っておいたら、リッカ君の『何か』が、人を不幸にしちゃうでしょ?」
「ってことは、他の人間を護るためか? そりゃあ、立派なご覚悟だこと」
「いやいや…、ひねくれないでよ」
 頬をぺちっと叩く千草。もう完全に遊ばれているな。
「前に言ったでしょ? リッカ君の背後の『何か』は、リッカ君を狙っているって。そのために、周りの人間を不幸にして、リッカ君の魂を弱らせているんだよ」
 ツンっと、僕の胸を突く。
「リッカ君を助けるってことは、他の人間を助けることに繋がるし、他の人間を助けることは、リッカ君を助けることに繋がるの」
 そう言った彼女は、ふふっと、天使のような笑みを浮かべた。
「それにさ、『何処が楽しい』とか、無粋な質問、辞めてくれる? 私は私が『楽しい』って持ったから、リッカ君と一緒にいるんだからさ」
「……うん」
 なんかうまく言いくるめられた感じがしたが、僕は頷いた。まあ、「楽しい」って言われるのに、悪い気はしないか。
 千草は僕の背中をパンパンと叩いた。あ、今、ちょっと浄化したなって思う。
「ほらお風呂、入っておいでよ。私の出汁が出てるから」
「時々そういう気持ちの悪いこと言うよね?」
 立ち上がり、千草の方を見た時、あることに気が付いた。
「あれ…、千草?」
「うん? なによ」
「お前…、目に隈ができてるぞ」