一泊二日の除霊旅行(?)から帰ると、如月千草は、真っ先に僕の部屋を訪れた。そして、この二日で得た護符やお守り、除霊アイテムなどの使い方を僕に教え込んだ。
「どれもご利益があるけど…、一度に使ってしまったら、前みたいになるからね…。一つ一つ、ありがたく使っていこうね」
「うん」
六つの神社を回って手に入れた大量の護符は、大半を部屋の結界に使うことにした。余ったものはお守りとして所持し、自分、及び、他者が邪気に当てられたときに使うと効果を発揮してくれる。
霊水や霊泉は、主に、邪気に犯された護符のお清めに利用する。と、彼女は言った。
「ただ…、腐らせると逆に変なもの呼び寄せちゃうから…、冷蔵庫で保管しよう。まあ、それでも持って一か月かな? 多分、それまでには全部使い切ると思う」
「お守りはどうするの?」
「そうだね、どれも種類が違うから…、全部一緒に持つのはダメだね。どうせ、この悪霊は強力だから、一週間も持たないと思うの。だから、一つのお守りを所持して、邪気にやられたらもう一つのお守りを持つ…、って感じにしよう」
「邪気に汚されたお守りの処分は?」
「私がしてあげる。護符と一緒に、もらってきたお清めの水を使えば、大丈夫だから」
「頼もしいな」
「まっかせなさい!」
如月千草は、ふんっと息を吐くと、控えめな胸を叩いた。
二日間で集めた護符やお守りは、全て強力な霊力を有していて、僕の力になってくれる。その証拠に、僕の背後にいる『何か』の動きが鈍くなっていること、周りに悪霊が寄ってきていないことを、彼女は教えてくれた。
これまでと変わらず、人と関わることは危険だったが、深くかかわらず、社交辞令程度にしておけば問題は無いらしい。つまり、大学にも授業を受けるくらいなら大丈夫だということだ。
「……」
彼女の言葉を信じて、僕は大学に行くことにした。
※
次の日。
リュウセイやタケルからは、相変わらず連絡は来なかった。もう二度と来ることはないだろう。大学に行ったって、「おう!」って挨拶して、それっきりだと思う。怖がられて、もう二度と近寄ってくれないんだ。悲しくはない。むしろ懐かしい。人を不幸にしてきた僕の人生はやっぱこうでないと。
リュウセイやタケルの他に、友達なんていなかった。友達付き合いは最低限に留めていたからだ。人と関わってはいけない僕にとってはこれで良いのかもしれない。
さて、独りで大学に通って、一人で授業を受けて、一人で学食を食べて、一人で帰宅するとしますか。
そう思い、支度を終えた僕がアパートを出ようと扉を開けた時だった。
扉の前に、如月千草がいた。
「……何やってんの?」
「やだな、様子を見に来たんだよ」
寒くなってきたからか、薄地のセーターとロングスカートを着た如月千草は、僕を見るなりにこっと笑った。
部屋を覗いて、満足そうに頷く。
「うん…、ちゃんと護符の結界が働いているね。『そいつ』の他に、悪霊はいないみたい」
「千草の言うとおりに、取り替えているからね」
「古くなった護符とかお守りは頂戴ね。私が浄化させるから」
「うん、じゃあ、大学から帰った後に頼むよ」
「任せなさい」
僕と如月千草は、肩を並べて歩き始めた。
通りは閑散として、秋の寂しげな風が吹き抜けていた。千草は「うう…、寒い」と、大げさに肩を竦める。風に靡く彼女の黒髪を見た時、僕は、ああ、そうか…。って思った。
僕は人と関わってはいけない。背中に「コイツ」がいるから。だけど、彼女となら、身に押し寄せる邪気を祓うことができる彼女となら、こうやって肩を並べて歩いたり、他愛の無い話をしたりすることができるのだ。
「リッカ君って、寒さに強い方?」
「いや、弱いよ…」
喉の奥に詰まっていた栓が、ポンッ! と音を立てて抜けるようだった。
「人と関わらないようにしているとね…、自然と部屋に引きこもるんだ。暖房でぬくぬくの部屋にね」
「いいなあ…、私の家、そう言うのが無かったから」
「貧乏だったの?」
「そう言うんじゃなくて、お父さんが使わせてくれなかったの。『軟弱者はダメだ』って」
「ああ、そういう」
その後は、本当にくだらない会話をしながら歩いた。
約三週間ぶりの大学だ。教室に入った時、既に来て雑談を交わしていた生徒らが、ぎょっとした顔で振り返り、またお互いに向き直って会話を始めた。耳を済ませると、「あいつ、大学辞めたんじゃなかったのか?」と、根の葉も無い噂が聞こえた。
誰かが言うのが聞こえた。「あいつに近づくなよ、呪われるぞ」って。
それを聞いた時は流石に、「おっと」と、言って足を止めていた。その声がした方を振り返ったが、すぐに歩き出す。
僕に近づくと呪われる。か…。
如月千草がため息混じりに耳打ちした。
「リュウセイ君らが広めたんじゃない?」
「そうかもな」
僕の背後の『コイツ』の影響を受けて、実害を受けたのはリュウセイやタケルだった。広めたのは彼しかいないと思った。
「なんだか裏切られた気分だよ」
「そんなものでしょ。気にしたら負けよ」
如月千草は僕の隣に座り、授業は始まるまでの間、三週間分の授業ノートを見せてくれた。その時間内では全て目を通すことができなかったが、また後で貸してくれると言った。ありがたい。
昼になると一緒に学食に行き、陰で人が少ない席に座ってご飯を食べた。僕は日替わり定食を、千草はチーズレタスのサンドウィッチを買った。案外小食なんだなっと思った。
午後の授業も一緒に受けて、夕方になると散歩がてら遠回りをして帰った。部屋に上がってもらい、使用済みの護符とお守りをその場で浄化してもらった。本当は作法に乗っ取って、神社で燃やさないといけないらしいが、彼女は霊力が高いのでそういうのはいらないらしい。「力技よ、力技」と、得意げに語る彼女は可愛らしかった。
次の日、千草は大きな段ボールを抱えて、僕の部屋に押し掛けてきた。「リッカ君と一緒に住むから!」という、くだらない冗談を言って僕を焦らせた後、その段ボールを開けて中を見せてきた。そこには、ストラップの組み立てキッドが大量に入っていた。
「接客業ができないからね、リッカ君は」
バイトを首になって、絶賛無職の僕を心配してくれて、内職を手配してくれたのだ。
「これ、ある神社で販売されている、お守りのストラップなんだよ。百個作ったら、五千円になるんだ。私も手伝うから、一緒に作ろう?」
僕は千草に、ストラップの作り方を教えてもらった。
千草のストラップを作るスピードは早かった。ゴマみたいに小さなビーズを、配色を間違えることなく、するするとに紐を通し、金具の部分をペンチで器用に曲げ、乱暴に扱うとちぎれてしまいそうな模造の羽根を取り付ける。ものの五分で完成した。
僕は説明書と千草の手元を交互に見ながら、賢明に作ったが、どれも不細工だった。千草は「仕方ない仕方ない!」と笑って、それを手直ししてくれた。段ボール箱に入っていた百セットはその日のうちに完成したが、ほとんど彼女が作ったようなものでふがいなかった。
さらに厄介なことに、僕が作った除霊ストラップには、必ず背後の「何か」の邪気が移ってしまうのだ。これでは商品にならない。買った者に呪いが伝染してしまうのだ。だが、千草は嫌な顔一つすることなく、それらを浄化していた。
「どれもご利益があるけど…、一度に使ってしまったら、前みたいになるからね…。一つ一つ、ありがたく使っていこうね」
「うん」
六つの神社を回って手に入れた大量の護符は、大半を部屋の結界に使うことにした。余ったものはお守りとして所持し、自分、及び、他者が邪気に当てられたときに使うと効果を発揮してくれる。
霊水や霊泉は、主に、邪気に犯された護符のお清めに利用する。と、彼女は言った。
「ただ…、腐らせると逆に変なもの呼び寄せちゃうから…、冷蔵庫で保管しよう。まあ、それでも持って一か月かな? 多分、それまでには全部使い切ると思う」
「お守りはどうするの?」
「そうだね、どれも種類が違うから…、全部一緒に持つのはダメだね。どうせ、この悪霊は強力だから、一週間も持たないと思うの。だから、一つのお守りを所持して、邪気にやられたらもう一つのお守りを持つ…、って感じにしよう」
「邪気に汚されたお守りの処分は?」
「私がしてあげる。護符と一緒に、もらってきたお清めの水を使えば、大丈夫だから」
「頼もしいな」
「まっかせなさい!」
如月千草は、ふんっと息を吐くと、控えめな胸を叩いた。
二日間で集めた護符やお守りは、全て強力な霊力を有していて、僕の力になってくれる。その証拠に、僕の背後にいる『何か』の動きが鈍くなっていること、周りに悪霊が寄ってきていないことを、彼女は教えてくれた。
これまでと変わらず、人と関わることは危険だったが、深くかかわらず、社交辞令程度にしておけば問題は無いらしい。つまり、大学にも授業を受けるくらいなら大丈夫だということだ。
「……」
彼女の言葉を信じて、僕は大学に行くことにした。
※
次の日。
リュウセイやタケルからは、相変わらず連絡は来なかった。もう二度と来ることはないだろう。大学に行ったって、「おう!」って挨拶して、それっきりだと思う。怖がられて、もう二度と近寄ってくれないんだ。悲しくはない。むしろ懐かしい。人を不幸にしてきた僕の人生はやっぱこうでないと。
リュウセイやタケルの他に、友達なんていなかった。友達付き合いは最低限に留めていたからだ。人と関わってはいけない僕にとってはこれで良いのかもしれない。
さて、独りで大学に通って、一人で授業を受けて、一人で学食を食べて、一人で帰宅するとしますか。
そう思い、支度を終えた僕がアパートを出ようと扉を開けた時だった。
扉の前に、如月千草がいた。
「……何やってんの?」
「やだな、様子を見に来たんだよ」
寒くなってきたからか、薄地のセーターとロングスカートを着た如月千草は、僕を見るなりにこっと笑った。
部屋を覗いて、満足そうに頷く。
「うん…、ちゃんと護符の結界が働いているね。『そいつ』の他に、悪霊はいないみたい」
「千草の言うとおりに、取り替えているからね」
「古くなった護符とかお守りは頂戴ね。私が浄化させるから」
「うん、じゃあ、大学から帰った後に頼むよ」
「任せなさい」
僕と如月千草は、肩を並べて歩き始めた。
通りは閑散として、秋の寂しげな風が吹き抜けていた。千草は「うう…、寒い」と、大げさに肩を竦める。風に靡く彼女の黒髪を見た時、僕は、ああ、そうか…。って思った。
僕は人と関わってはいけない。背中に「コイツ」がいるから。だけど、彼女となら、身に押し寄せる邪気を祓うことができる彼女となら、こうやって肩を並べて歩いたり、他愛の無い話をしたりすることができるのだ。
「リッカ君って、寒さに強い方?」
「いや、弱いよ…」
喉の奥に詰まっていた栓が、ポンッ! と音を立てて抜けるようだった。
「人と関わらないようにしているとね…、自然と部屋に引きこもるんだ。暖房でぬくぬくの部屋にね」
「いいなあ…、私の家、そう言うのが無かったから」
「貧乏だったの?」
「そう言うんじゃなくて、お父さんが使わせてくれなかったの。『軟弱者はダメだ』って」
「ああ、そういう」
その後は、本当にくだらない会話をしながら歩いた。
約三週間ぶりの大学だ。教室に入った時、既に来て雑談を交わしていた生徒らが、ぎょっとした顔で振り返り、またお互いに向き直って会話を始めた。耳を済ませると、「あいつ、大学辞めたんじゃなかったのか?」と、根の葉も無い噂が聞こえた。
誰かが言うのが聞こえた。「あいつに近づくなよ、呪われるぞ」って。
それを聞いた時は流石に、「おっと」と、言って足を止めていた。その声がした方を振り返ったが、すぐに歩き出す。
僕に近づくと呪われる。か…。
如月千草がため息混じりに耳打ちした。
「リュウセイ君らが広めたんじゃない?」
「そうかもな」
僕の背後の『コイツ』の影響を受けて、実害を受けたのはリュウセイやタケルだった。広めたのは彼しかいないと思った。
「なんだか裏切られた気分だよ」
「そんなものでしょ。気にしたら負けよ」
如月千草は僕の隣に座り、授業は始まるまでの間、三週間分の授業ノートを見せてくれた。その時間内では全て目を通すことができなかったが、また後で貸してくれると言った。ありがたい。
昼になると一緒に学食に行き、陰で人が少ない席に座ってご飯を食べた。僕は日替わり定食を、千草はチーズレタスのサンドウィッチを買った。案外小食なんだなっと思った。
午後の授業も一緒に受けて、夕方になると散歩がてら遠回りをして帰った。部屋に上がってもらい、使用済みの護符とお守りをその場で浄化してもらった。本当は作法に乗っ取って、神社で燃やさないといけないらしいが、彼女は霊力が高いのでそういうのはいらないらしい。「力技よ、力技」と、得意げに語る彼女は可愛らしかった。
次の日、千草は大きな段ボールを抱えて、僕の部屋に押し掛けてきた。「リッカ君と一緒に住むから!」という、くだらない冗談を言って僕を焦らせた後、その段ボールを開けて中を見せてきた。そこには、ストラップの組み立てキッドが大量に入っていた。
「接客業ができないからね、リッカ君は」
バイトを首になって、絶賛無職の僕を心配してくれて、内職を手配してくれたのだ。
「これ、ある神社で販売されている、お守りのストラップなんだよ。百個作ったら、五千円になるんだ。私も手伝うから、一緒に作ろう?」
僕は千草に、ストラップの作り方を教えてもらった。
千草のストラップを作るスピードは早かった。ゴマみたいに小さなビーズを、配色を間違えることなく、するするとに紐を通し、金具の部分をペンチで器用に曲げ、乱暴に扱うとちぎれてしまいそうな模造の羽根を取り付ける。ものの五分で完成した。
僕は説明書と千草の手元を交互に見ながら、賢明に作ったが、どれも不細工だった。千草は「仕方ない仕方ない!」と笑って、それを手直ししてくれた。段ボール箱に入っていた百セットはその日のうちに完成したが、ほとんど彼女が作ったようなものでふがいなかった。
さらに厄介なことに、僕が作った除霊ストラップには、必ず背後の「何か」の邪気が移ってしまうのだ。これでは商品にならない。買った者に呪いが伝染してしまうのだ。だが、千草は嫌な顔一つすることなく、それらを浄化していた。