うーん、確かに、前々からそう思っていたけど、面と向かって言われるとなかなか衝撃だな。まあ、彼は悪くない。
 悪いのは、出会った人を次々に不幸にしていく僕の方だ。
 部屋の隅を見ると、今朝はたんまりと盛っていたはずの塩が真っ黒になっていた。僕は「ああ、くそ」と声を洩らすと、ベットから降りて、塩が盛られた皿に近づく。新しいものに取り換えようと、皿ごと持った瞬間、その小さな震動で、黒く染まっていた塩がドロリと溶けた。黒い液体が、床の上に零れ落ちる。
「………」
 僕は空気に向かって話しかけた。
「おい、いるんだろ?」
 僕の声は、狭い部屋の中に無機質に反響した。
 僕はもう一度言った。
「おい、返事しろよ。いるんだろ? 出て来いよ、姿を見せろよ」
 だが、誰も何も返してこない。
 これ以上大きな声を出したら、本当にお隣の女性を怒らせてしまいかねないので、僕は唇をきゅっと結んだ。傍にあった雑巾で黒い液体を拭い、黒くなった塩を台所の流しに捨てた。前までは、ちゃんと手順を踏んで捨てていたのだが、全く効果が無かったので、扱いが雑になっていた。
 塩の取り換え完了。
 僕は満足げに頷くと、またベットの上に寝転んで目を閉じた。
 目を閉じるとまた、同僚の言葉が頭の中を横切る。
 
 人と関わらない方がいい。

 人と関わらない方がいいって言ったって…、そう言うわけにもいかないんだよな。今は金に困っていなくても、いずれは生きるために金を稼がなくてはならない。大学に通っているから、単位を落とすわけにもいかない。ずっとこのアパートで暮らすことだってできない。
 息を吸っていれば、道を歩いていれば、必ず、『誰か』と関わることになるんだ。
「ああ、畜生め」
 目を閉じたままそう言う。
 夜風に当たって冷えた腕をポリポリと掻く。
 まあ、いいか。明日のことは明日考えよう。これまで、そうやって来たんだ、きっと、何とかなるはずだ。まあ、何とかなった覚えは無いんだけど…。
 そう、目の前に立ち塞がっている大きな問題を、無理やり楽観視して、僕は目を閉じた。
 その時だった。
 テーブルの上に置いてあった僕のスマホが震えた。
 せっかく夢の中に片足を突っ込んでいたと言うのに僕ははっと目を開け、上体を起こしてスマホを見た。メッセージを受信していた。
 こんな夜中にメール?
 安っぽい怪談でよくある展開を思い出しながら、僕は手汗でべたっとした右手をスマホに伸ばした。掴み、そして、起動する。
 受信したメッセージ。それは、大学の友人からだった。

『タケルが事故った。ちょっと手伝ってくれ』

「………」
 酒で火照っていた身体が、一瞬で冷えた。