「お前も変わってるよなあ…」
新幹線に乗り換える時に買ったお弁当を頬張りながら、僕は言った。丁度そのタイミングで、新幹線の天井に取り付けられたスピーカーから、「次は○○に泊まります」と無機質な女性の声が流れた。窓の外では、灰色の町が左から右へと飛ぶように流れていく。
不意に後ろの方の席で、赤ちゃんが泣く声がした。それから少し遅れて、母親らしき女性の「おー、よしよし」という声が聞こえる。
その声を右耳から左耳に流しながら、如月千草が言った。
「私の何処が変わってるって?」
「人を強引に旅行に連れ出すところ」
「いいじゃない、どうせ、家に引きこもるだけでしょ?」
「あのねえ、僕の引きこもりは、社会不適合者のそれとは違うんだよ。人に迷惑を掛けないために、引きこもっているんだよ」
「あ、見てよ、あのビル、めっちゃ高い!」
「いや、聞けよ」
如月千草は、遊園地にやってきた子供のような顔をして、窓にべったりと近づき、外の景色を眺めていた。
「あ、ほら、あれ、観覧車が見えるよ? 今度行きたいなあ…」
はしゃぐ彼女を横目に、僕はスマホの時間を確認した。
アパートを出て最寄りの駅から鈍行に乗りこみ、隣町まで行ったのち、そこから特急電車に乗って県外に出る。ここで二時間。新幹線に乗り換え、さらに一時間が経過した。
結構な遠出に、僕は既に帰りたい気持ちに駆られていた。だが、もう後戻りはできない。
ああ、もう、やけくそだ。行った先で、悪霊テロを起こそうが何が起ころうが、楽しんでやるよ。記念写真撮って、お土産買ってやるよ。
僕は駅弁に食らいついた。
それから三十分新幹線に乗り、中国地方のある駅に到着した。
新幹線が停まると、如月千草は、慣れた足取りでホームに降りた。
平日の昼間だと言うのに、ホームにはスーツを着たサラリーマンや、おめかしをした旅行客で溢れかえっていた。如月千草はその混雑した人混みを抜け、迷うことなく改札を抜けて外に出た。
「如月、お前…、すごいな…」
「ここには何回か来たことがあるの。だから、駅の中は大体把握してるんだ」
「ああ、そう…」
如月千草は、入り口に置いてあった観光パンフレットを手に取ったが、見ることは無く、スカートのポケットに入れた。そして、駅の前に駐車していたタクシーに声を掛け、乗り込んだ。
「水奈森神社までお願いします」
「はいよ」
中年の運転手は、そんな返事をすると、ゆったりとタクシーを発進させた。
僕は隣に座っている如月千草の頭を小突いた。
「おいこら」
「何よぉ」
「お前…、神社には行かないって言ってただろうが」
「お祓いには行かないって言っただけで、別に神社には行かないとは言ってないよ」
如月千草はべえっと舌を出す。
さっき駅の入り口でもらった観光パンフレットを取り出すと、パラパラとめくり、あるページを僕に見せた。
「これ、今から行く水奈森神社ね」
「あ、うん…」
「ここの神社、パワースポットで有名なんだよ。山の中にあるんだけど、参道を進んだ先にある湧き水を浴びると、良いことがあるってさ」
「ふーむ…」
お祓いで効かないなら、パワースポットに行くってか。
腑に落ちない感じはしたが、せっかくなので行ってみるか…。
「あと、こことここと、ここを回ってみよう」
如月千草はそう楽しそうに言うと、観光パンフレットの地図を指でなぞった。彼女が示したのはどれも、神社か、パワースポットとされている場所だった。
「パワースポットが多いんだね」
「でしょ?」
如月千草は興奮したように頷いた。
タクシーの窓から、そこそこ高いビルが建ち並んだ町を指す。
「この町、こう見えて、地面から神聖な霊気が湧き上がっているんだ」
「僕は見えないけどね」
ふと、背中にいる「何か」が気になって、彼女に聞いた。
「で、その神聖な霊気があふれるこの町にやってきて、『こいつ』はどうなったんだ?」
「うーん」
如月千草は眉間に皺を寄せて僕の背後を睨んだ。
「ダメねぇ、屁でもないって感じ」
「ま、そうか」
場所を変えたからって、長年僕を苦しめてきた「コイツ」が、そう簡単に浄化されてたまるかって話だった。
「大丈夫、これから行く神社は、もっと濃い霊力が充満しているから、もしかしたら効果があるかもしれないでしょ?」
「うーん、あんまり期待はしないでおくよ」
謎の会話をしている僕たちを見て、運転手は、「お二人さん、なんの話ですかな?」と首を傾げていた。話をややこしくするのもあれなので「いやあ、なんでも」と、適当にごまかしておいた。
曖昧な返事を聞いて、運転手さんは何かを察してくれて、そこからは何も言わなくなった。
十分ほど走った後、僕たちは目的地の神社に辿り着いた。
運転手さんに料金を払い、タクシーから降りる。
如月千草は「よし! 行こう!」と、長時間の移動による疲れを感じさせない勢いで言うと、厚底のサンダルで、神社への階段を駆け上っていった。
「おいおい…」
僕はリュックサックを背負いなおすと、馬の尻尾のように揺れる彼女の髪の毛を追いかけた。
二人で汗だくになりながら、百五十段ある階段を上りきると、そこには、この前に行った神社とは比べものにならない、広い石畳の参道が広がっていた。端には、たこ焼きや、焼きそばやら、射的やらと、出店が立ち並び、多くも少なくもない観光客が闊歩していた。これぞ「観光地」って感じ。
「おお…」
その楽し気な雰囲気に思わず目が輝く。それを見逃さなかった如月千草は「いこうか」と言って、僕の手を引っ張った。
「先にお参りを済ませちゃおう」
「そうだね」
歩いていると、右側にあった謎のTシャツを販売している出店から恰幅のいい男が、張りのある声で「そこのアベック! 寄ってかないかい? アベックTシャツ揃えてるよ!」と呼びかけてきた。
アベック? アベックってなんだ?
アベックの意味がわからずに首を傾げていると、如月千草だけは「やだあ、そんなんじゃないから!」と、冗談ぽい声で返していた。そして、男の声を振り切って、一気に本殿の方へと向かった。
途中、何人かの観光客とすれ違った。ちょっと汗ばんだ顔をしていたが、みんな楽しそうだった。
賽銭箱の前に立つと、二人で息を合わせて五円玉を投げ込む。
投げ込んだ後、如月千草が、「わかる?」と聞いてきた。
「わからない」
「じゃあ、真似してね」
如月千草はあやすように言うと、二回、腰を深々と折った。
僕もそれを真似して、二回、本殿に向かって礼をする。
それから、如月千草は二回手を叩いた。
僕もそれを真似して、二回手を叩く。
そして目を閉じ、とりあえず、「何とかなりますように」と祈っておいた。
顔を上げると、後ろに人が並んでいたので直ぐにその場から離れた。
「で、どうするの?」
「ああ、パワースポットの湧き水は、神社の裏にあるの」
そう言って、彼女はある看板を指した。確かに、ご丁寧に、「この先、湧き水」と示されていた。
「あっちか…」
「うん、もちろん行くよね? ってか、これが目的だし」
如月千草は僕の手を引っ張り、石畳の参道から離れ、砂利の道を進み始めた。
途中、湧き水のところに行っていたと思われる観光客三人とすれ違いながら、神社の本殿の裏に回り込む。そこには、「ここから二百メートル先 湧き水」と書かれた看板が立っていて、ひと一人がギリギリ通れるくらいの細道が続いていた。
「ここを行くの?」
奥を見渡してみたが、結構危険な道だ。舗装されていないし、落ち葉が降り積もって滑りそう。所々、木々の根が剥き出しになっていた。
「大丈夫、踏み外したって、死にはしないから」
「嫌な気持ちになるだろ」
「修行が足りないね」
新幹線に乗り換える時に買ったお弁当を頬張りながら、僕は言った。丁度そのタイミングで、新幹線の天井に取り付けられたスピーカーから、「次は○○に泊まります」と無機質な女性の声が流れた。窓の外では、灰色の町が左から右へと飛ぶように流れていく。
不意に後ろの方の席で、赤ちゃんが泣く声がした。それから少し遅れて、母親らしき女性の「おー、よしよし」という声が聞こえる。
その声を右耳から左耳に流しながら、如月千草が言った。
「私の何処が変わってるって?」
「人を強引に旅行に連れ出すところ」
「いいじゃない、どうせ、家に引きこもるだけでしょ?」
「あのねえ、僕の引きこもりは、社会不適合者のそれとは違うんだよ。人に迷惑を掛けないために、引きこもっているんだよ」
「あ、見てよ、あのビル、めっちゃ高い!」
「いや、聞けよ」
如月千草は、遊園地にやってきた子供のような顔をして、窓にべったりと近づき、外の景色を眺めていた。
「あ、ほら、あれ、観覧車が見えるよ? 今度行きたいなあ…」
はしゃぐ彼女を横目に、僕はスマホの時間を確認した。
アパートを出て最寄りの駅から鈍行に乗りこみ、隣町まで行ったのち、そこから特急電車に乗って県外に出る。ここで二時間。新幹線に乗り換え、さらに一時間が経過した。
結構な遠出に、僕は既に帰りたい気持ちに駆られていた。だが、もう後戻りはできない。
ああ、もう、やけくそだ。行った先で、悪霊テロを起こそうが何が起ころうが、楽しんでやるよ。記念写真撮って、お土産買ってやるよ。
僕は駅弁に食らいついた。
それから三十分新幹線に乗り、中国地方のある駅に到着した。
新幹線が停まると、如月千草は、慣れた足取りでホームに降りた。
平日の昼間だと言うのに、ホームにはスーツを着たサラリーマンや、おめかしをした旅行客で溢れかえっていた。如月千草はその混雑した人混みを抜け、迷うことなく改札を抜けて外に出た。
「如月、お前…、すごいな…」
「ここには何回か来たことがあるの。だから、駅の中は大体把握してるんだ」
「ああ、そう…」
如月千草は、入り口に置いてあった観光パンフレットを手に取ったが、見ることは無く、スカートのポケットに入れた。そして、駅の前に駐車していたタクシーに声を掛け、乗り込んだ。
「水奈森神社までお願いします」
「はいよ」
中年の運転手は、そんな返事をすると、ゆったりとタクシーを発進させた。
僕は隣に座っている如月千草の頭を小突いた。
「おいこら」
「何よぉ」
「お前…、神社には行かないって言ってただろうが」
「お祓いには行かないって言っただけで、別に神社には行かないとは言ってないよ」
如月千草はべえっと舌を出す。
さっき駅の入り口でもらった観光パンフレットを取り出すと、パラパラとめくり、あるページを僕に見せた。
「これ、今から行く水奈森神社ね」
「あ、うん…」
「ここの神社、パワースポットで有名なんだよ。山の中にあるんだけど、参道を進んだ先にある湧き水を浴びると、良いことがあるってさ」
「ふーむ…」
お祓いで効かないなら、パワースポットに行くってか。
腑に落ちない感じはしたが、せっかくなので行ってみるか…。
「あと、こことここと、ここを回ってみよう」
如月千草はそう楽しそうに言うと、観光パンフレットの地図を指でなぞった。彼女が示したのはどれも、神社か、パワースポットとされている場所だった。
「パワースポットが多いんだね」
「でしょ?」
如月千草は興奮したように頷いた。
タクシーの窓から、そこそこ高いビルが建ち並んだ町を指す。
「この町、こう見えて、地面から神聖な霊気が湧き上がっているんだ」
「僕は見えないけどね」
ふと、背中にいる「何か」が気になって、彼女に聞いた。
「で、その神聖な霊気があふれるこの町にやってきて、『こいつ』はどうなったんだ?」
「うーん」
如月千草は眉間に皺を寄せて僕の背後を睨んだ。
「ダメねぇ、屁でもないって感じ」
「ま、そうか」
場所を変えたからって、長年僕を苦しめてきた「コイツ」が、そう簡単に浄化されてたまるかって話だった。
「大丈夫、これから行く神社は、もっと濃い霊力が充満しているから、もしかしたら効果があるかもしれないでしょ?」
「うーん、あんまり期待はしないでおくよ」
謎の会話をしている僕たちを見て、運転手は、「お二人さん、なんの話ですかな?」と首を傾げていた。話をややこしくするのもあれなので「いやあ、なんでも」と、適当にごまかしておいた。
曖昧な返事を聞いて、運転手さんは何かを察してくれて、そこからは何も言わなくなった。
十分ほど走った後、僕たちは目的地の神社に辿り着いた。
運転手さんに料金を払い、タクシーから降りる。
如月千草は「よし! 行こう!」と、長時間の移動による疲れを感じさせない勢いで言うと、厚底のサンダルで、神社への階段を駆け上っていった。
「おいおい…」
僕はリュックサックを背負いなおすと、馬の尻尾のように揺れる彼女の髪の毛を追いかけた。
二人で汗だくになりながら、百五十段ある階段を上りきると、そこには、この前に行った神社とは比べものにならない、広い石畳の参道が広がっていた。端には、たこ焼きや、焼きそばやら、射的やらと、出店が立ち並び、多くも少なくもない観光客が闊歩していた。これぞ「観光地」って感じ。
「おお…」
その楽し気な雰囲気に思わず目が輝く。それを見逃さなかった如月千草は「いこうか」と言って、僕の手を引っ張った。
「先にお参りを済ませちゃおう」
「そうだね」
歩いていると、右側にあった謎のTシャツを販売している出店から恰幅のいい男が、張りのある声で「そこのアベック! 寄ってかないかい? アベックTシャツ揃えてるよ!」と呼びかけてきた。
アベック? アベックってなんだ?
アベックの意味がわからずに首を傾げていると、如月千草だけは「やだあ、そんなんじゃないから!」と、冗談ぽい声で返していた。そして、男の声を振り切って、一気に本殿の方へと向かった。
途中、何人かの観光客とすれ違った。ちょっと汗ばんだ顔をしていたが、みんな楽しそうだった。
賽銭箱の前に立つと、二人で息を合わせて五円玉を投げ込む。
投げ込んだ後、如月千草が、「わかる?」と聞いてきた。
「わからない」
「じゃあ、真似してね」
如月千草はあやすように言うと、二回、腰を深々と折った。
僕もそれを真似して、二回、本殿に向かって礼をする。
それから、如月千草は二回手を叩いた。
僕もそれを真似して、二回手を叩く。
そして目を閉じ、とりあえず、「何とかなりますように」と祈っておいた。
顔を上げると、後ろに人が並んでいたので直ぐにその場から離れた。
「で、どうするの?」
「ああ、パワースポットの湧き水は、神社の裏にあるの」
そう言って、彼女はある看板を指した。確かに、ご丁寧に、「この先、湧き水」と示されていた。
「あっちか…」
「うん、もちろん行くよね? ってか、これが目的だし」
如月千草は僕の手を引っ張り、石畳の参道から離れ、砂利の道を進み始めた。
途中、湧き水のところに行っていたと思われる観光客三人とすれ違いながら、神社の本殿の裏に回り込む。そこには、「ここから二百メートル先 湧き水」と書かれた看板が立っていて、ひと一人がギリギリ通れるくらいの細道が続いていた。
「ここを行くの?」
奥を見渡してみたが、結構危険な道だ。舗装されていないし、落ち葉が降り積もって滑りそう。所々、木々の根が剥き出しになっていた。
「大丈夫、踏み外したって、死にはしないから」
「嫌な気持ちになるだろ」
「修行が足りないね」