彼女は蔑むように笑った。それから、自分の胸を指して、「ちなみに、私は処女ね」と、衝撃の告白をした。まあ、そんなものか。
 そうやって僕を一通りからかったあと、如月千草は神妙な顔になった。
「この様子じゃ、周りに悪影響を与えてきたでしょ?」
「え…」
 やっぱりわかるのか。
 僕は隠さずに頷いた。
「まあ、そうだね…、僕と関わった人間、みんな不幸になったよ。交通事故に遭ったり、元気だったのに、急に自殺未遂を起こしたり…」
「ま、そんなものか」
 パチンと指を鳴らす如月千草。
「リッカ君の後ろの悪霊…、君が鈍感過ぎるからって、君の周りにいる人間に危害を加えているみたいだね」
「どうしてそんなことを? 狙うなら僕だけにすればいいのに」
「そりゃあ、もちろん、リッカ君を地獄に連れていくためよ」
「僕は鈍感なのに?」
「鈍感って言っても、限度があるの。大きな壁だって、何度も叩いていれば壊れるでしょ? そんな風に、この悪霊は、リッカ君の周りの人間を不幸にし、君の魂をすり減らし、弱らせた上で、地獄に連れていこうとしているみたい」
「じゃあ、僕と関わった君は…」
「ああ、私は大丈夫」
 如月千草はへらっと笑った。
「私を舐めないでくれる? 並みの法師とか、霊媒師よりも強力な霊力を持っているから、基本的に、コイツの霊障は受けないよ。まあ、だからと言って祓えるわけでもないんだけど」
 それを聞いて、心底安心した。僕を助けてくれた彼女までもが地獄に連れていかれるのは嫌だった。
 如月千草は、細い左手首に巻かれた腕時計の時刻を確認した。時間に余裕があることを確かめると、こくっと頷く。
「よし、じゃあ、行こうか」
「行くって?」
「決まってんでしょ。このお札を返しに行くのよ」
 彼女はさも当たり前のように言った。
「このお札はもうダメ。邪気を吸い込んだから、使い物になってない。例えるなら、粘着力が無くなったごきぶりホイホイと同じね」
 如月千草は、右手の人差し指と中指を立てると、爪の先にふっと息を吹きかけた。そして、その指を、黒くなった護符が入っているナイロン袋に翳す。おそらく、除霊をしたのだろう。
「とりあえず、応急処置はしておいたから、また悪霊が寄ってくる前に返しに行こう。でもって、新しいお札をもらうことね。今度は、ちゃんと作法に乗っ取って貼ろう」
「……」
 僕が茫然としていると、如月千草は苛立ったような顔をした。
「ほら、自分の問題なんだから、しっかりしなさいよ」
「あ、うん…、でも、レポートは…?」
「もちろんやらないと。だけど、命優先」
 彼女はそう言うと、顎で玄関の方を指した。
「さあ、行こうか」