僕は背後の何も無い空間を指して、彼女に詰め寄った。
「じゃあ、なんでコイツは僕に取り憑いたんだよ。僕は霊の影響を受けにくいんだぞ?」
「知らないわよ。まあ、少なくとも、リッカ君を地獄に引き入れようとしていることは確かだね」
 僕を、地獄に連れていこうとしている? 
 僕はすぐに言った。
「なあ、どうにかして、祓えないのか?」
「無理。無茶なこと言わないで」
 彼女は身を引いて首を横に振った。
 その証明をするためか、その場で、漫画とかに出てくる霊媒師のように、指で印を結ぶと、何やら意味の分からない唱え言葉を唱えた。
 その瞬間、僕の背後で、バチバチバチッ! と、電撃殺虫機の中に虫が飛び込んだ時のような音が響いた。
 思わず身を引き、腰を抜かす。
「…、何やったの?」
「お祓い」
「で、効果あったの?」
「全然、びくともしない」
 如月千草は、黒い髪を揺らしながら首を横に振った。
「私が祓えるのは、基本的に、『普通の悪霊』だけね。キミに憑いているような悪霊は、マジで無理。変な報復されるのも嫌だし」
「あ、そのことだ!」
 僕は十分前のことを思い出し、勝手に赤面した。
「な、な、な、なんでキスをしたんだよ!」
「あ、接吻のこと?」
「せっぷん言うな!」
 僕が声を荒げると、彼女はカラカラと笑った。
「除霊のためだから仕方がないじゃない」
「じょ、除霊のため?」
 僕が声を上擦らせながら言うと、彼女は、さっき僕の唇に触れた唇を尖らせた。
「なによ、そんなに恥ずかしがらなくてもいいでしょうが、大学生なんて、みーんな、好きでも無いやつと、性的快感を得るためにセックスしいているんだからさ」
「そ、そうだとしてもさ! 急にキスで除霊って…」
「何? もしかして、ファーストキスだった? あー、ごめんごめん、でも、あのままだと苦しかっただろうし…」
 すると、如月千草は何か良からぬことを考えるように、にやっと笑った。べッドから立ち上がると、腰を抜かしている僕の肩を掴む。そして、ぐっと体重を掛けて、押し倒した。
 バタンッ! はげしい音と共に、部屋に白い埃が舞った。
 さっきと同じように、僕の上に馬乗りになった彼女は、にやにやと、目を三日月のようにして笑いながら、僕の唇に触れた。僕は完全にあがってしまい、動くことができなかった。
 諭すように、からかうようにいう。
「いい? あの時、リッカ君の腹の中には、大量の悪霊が詰まってたの。ざっと数えて百体はいたね。あれを、言霊で鎮めるとなると、一週間はかかるの。その間に君は呪い殺されていたでしょうね」
 如月千草は、唇をキスの形にして、ぐっと僕の顔に近づけてきた。
「あの状況で、一瞬で悪霊を祓うには、こうやって、直接…、君の腹の中の悪霊を吸い出して、私の中で浄化させるしかなかったわけよ」
 唇と唇が触れ合う…、直前で、彼女は顔を離した。
 キスされないとわかった僕は、緊張の糸が切れ、ぷはあと息を吐いた。その息には、二酸化炭素だけでなく、落胆と安堵が混じっていた。
 如月千草はいたずらっぽく言う。
「わかった?」
「いや、わかったけど…」
 僕は身を起こして、赤くなった頬をぺちぺちと叩いた。
「もう少し…、その、心の準備をさせて欲しかった」
 だって、初キッスだったから。
 すると、如月千草は目をじとっとさせて、「馬鹿ねぇ」と言った。
「初キッスを奪われて悲しいのはわかるけど、これはノーカンでしょ。だって、性欲を満たすためじゃなくて、除霊をするためなんだから」
 それから、親指をぐっと立てる。
「大丈夫よお、この現場を見ているのは、私とリッカ君と、その後ろの悪霊だけ。君はこれからも、胸を張って『童貞』って言って、大好きな女の子と、キスでもセックスでも、初々しくすればいいんだから!」
「ど、童貞言うな!」
「あら? 童貞じゃないの?」
「童貞だけど!」
「童貞じゃん」