如月千草と組むときになった時、リュウセイが言った言葉をもう一度思い出した。

 「あの女、顔は良いし、成績もいいんだけど…、時々、変な方向を見つめたり、変な方向に話しかけたりするから、他の女子には気味悪がられて、避けられているんだわ。霊感少女ってやつ? 顔はいいんだけどなあ…、大学生にもなって『霊感少女』は似合わないさ」

 僕の、如月千草に対する認識は、ほぼ「それ」だった。
 変な壺を売りつけられないように注意しよう。もし固執されても、うまく躱してやろう。本当にヤバいときは、警察を呼ぶなりして対処しよう。
 そう思っていた。
 
 その偏見が間違っていたことを痛感した。
 僕の背後にいる「何か」が「本物」であるように。
 如月千草も、「本物」なのだ。

「はい、これで落ち着きなさいよ」
 近所の自販機でミネラルウォーターを買ってきた如月千草は、それを僕に放り投げた。
 僕は「ありがとう」と言ってそれを受け取り、一口飲んだ。冷たい液体が喉を滑り落ちる感覚が、たまらなく心地いい。
 僕が安堵の息を吐くのを見ると、彼女はベッドに腰を掛けて話してくれた。
「大丈夫?」
「いや、まあ、マシになったよ」
「そう、良かった」
 如月千草はほっと息を吐いた。
 それから、僕の背後をちらっと見る。
「いやあ、すごいね。コイツ、何処から拾ってきたの?」
「やっぱり、見えてるの?」
「そりゃもちろん。だって、私、霊感があるんだもん」
 自信満々に頷く。
 隠しても無駄だと思い、僕はうなだれながら頷いた。
「何処で拾ったのかはわからない…、多分、生まれながらに僕に憑いているんだと思う」
 如月千草は顎に手をやって考えながら、「うーん」と唸った。
「コイツは、『厄災』に近い存在だよ。邪気ってやつが、そんじょそこらの悪霊と桁違いだね。もう、真っ黒で、どんな姿をしているのかさえわからない…。うん、やばいね。関わるのもやばい」
「さっきの、身体の痛みは、コイツがやったの?」
「うーん、そうっちゃそうなんだけど…」
 如月千草は難しい顔をした。そして、傍に置いてあった、ナイロン袋を手に取った。
「今回は、リッカ君が悪い」
「僕が?」
「うん、色々原因はあるんだけど、一つは、リッカ君が除霊グッズを大切にしなかったことだね。どうぜ、もらってきた護符を、所かまわず貼り付けたり、鈴も、塩も、めちゃくちゃな量を置いたんでしょう? で、私が来るからって、それを一斉に撤去…、ありがたみの欠片も無いじゃない」
「だ、だって」
 僕は頬が熱くなるのを感じながら反論した。
「こ、効果が無かったんだよ」
「馬鹿ね、効果はあったよ」
 彼女は黒くなった護符を振りながら言った。
「特にこの護符。嫌なものを寄せ付けないくらいには効果を発揮してたよ」
 護符を挟んだ指で、僕の後ろの方を指す。
「まず、その厄災みたいな悪霊がこのアパートの周辺を漂っている悪霊を集めていたみたいだけど、護符や鈴があるせいで、一向に部屋の中に入れなかったようね。護符や塩が黒くなってたのは、悪霊が結界を破ろうと触ったから。もう少し丁寧にしなきゃだけど、今のままでも、十分な効果はあったはずよ」
「それなのに、僕が、一斉に取り外したから?」
「そうだね、リバウンド現象って言うか…、護符が作り出した結界の周りを漂っていた悪霊が、一斉に部屋に雪崩こんで、リッカ君に取り憑いたの。だから、さっきの身体の激痛は、『厄災』と言うよりも、厄災に引き寄せられた低級悪霊の仕業だね」
「………」
 僕は何もいえなくなり、そっと振り返った。 
 だが、そこには何もいない。
 如月千草は呆れながら続けた。
「すごいね、本当に見えてないの? それだけ邪気の強い悪霊なら、霊感が無い人間でも気配は感じるし、姿だって見えると思うんだけど」
「いや…、見えない…」
 見えない、本当に見えないんだ。
 如月千草は手を叩いた。
「ってことは、リッカ君って、めちゃくちゃ鈍感なんだね」
「鈍感?」
「うん、霊の影響を受けにくい体質。鈍感ってレベルじゃない。皮膚表面の神経を根こそぎ剥がしたみたいに、何も感じてない。流石に、さっきの大量の悪霊による霊障は受けたみたいだけど…、まあ、あれだけの量が腹の中に入ってたら、常人は即死だけどね」
「つまり、霊感が無いってことだよな?」
「そうだよ」
 あっさりと頷く如月千草。