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 昔の夢を見ていた。
 僕が学校の廊下を歩いていると、みんなが嫌な顔をして避けていく。試しに、一年の教室がある階に降りて廊下を闊歩してみた。案の定、一年たちは避けていった。僕の噂が、全校生徒に広まっていると実感した瞬間だ。
 耳を澄ますと、声が聞こえる。「あの人と関わったら、呪われるらしいよ?」「やだ、怖ーい」「なんで一年の階に来てるの?」「呪いを広げるためじゃない?」って。
 そんなわけないだろ? って意味を込めて、僕は筒抜けの会話をしている一年女子を睨みつけた。すると、女子は呪われたと思ったのかしら、その場でシクシクと泣き始めた。その後、僕は職員室に呼び出され、後輩を脅したとして、先生からこっぴどく叱られた。
 僕を叱った先生は、後日交通事故に遭って、一か月学校に来なかった。あの一年の女子は、季節外れのインフルエンザに感染し、彼女もまた二週間ほど学校に来なかった。ざまあみろってんだ。
 そう言う僕も、教頭から変な言いがかりをつけられ、二週間の停学処分を受けた。僕がいない間の学校は、さぞ平和だっただろうよ。
 二週間、薄暗い部屋で考えた。
 僕と関わったら、誰かが不幸になる? 呪われる? 

 そんなわけないだろ?

 本当は、これが事実だとわかっていた。だけど、僕はそれを認められずにいた。
 そんなはずがない。何かの勘違い、偶然だ。って、自分に強引に言い聞かせ、せめて人並みの生活は送ろうと努めた。
 人と会話をするときは、なるべく明るく振る舞い、くすっと笑える冗談をいつでも何処でも喋れるようにした。馬鹿にされない程度に身体を鍛え、馬鹿にされない程度に勉強をした。それも、全部無駄だった。僕の努力は、誰にも伝わらなかった。
 噂には尾ひれがつく。「彼は猫を殺している」「彼には殺人衝動があり、前に一度人を刺したことがある」「彼は毎夜毎夜、謎の儀式を行って人を呪っている」なんて、根も葉もないことを囁かれた。おかげで、何度も先生に呼び出され、その度に、「本当のことを言ってみろ!」って怒鳴られた。
 まともに生きようとすればするほど、僕は空回りした。
 人に馬鹿にされないように励んでいた勉強も、遂には、「普通の人間と思われるために、猫を被っている」なんて言われた。身体を鍛えても、「人を殺すために、力をつけている」と。
 今思えば、、僕も、僕に取り憑いている「何か」に影響を受けていたんだと思う。
 大して面白くないことが起こっても天を仰いで笑った。上級生に知り合いなんていないのに卒業式の時はハンカチを持って泣いた。体育祭では、別に思い入れのあるチームでもないのに、大声で「頑張れえええええ!」「いけるぞおおおおお!」って応援した。
 まるで、なぞるように「人間」を演じていたのだ。
 その僕の姿は、周りには奇妙に写ったのだろう。
 三年の秋に、不良たちに校舎裏に連れ込まれた僕は、「お前、人形見たいで気持ち悪いんだよ!」と言われ、散々殴られた。腕の骨を折られた時は本当に痛かった。しばらく立ち上がれなかったし、「人間」っぽく号泣した。僕を殴った不良たちは、無免許運転をし事故を起こした。一人が死んだ。一人が腕を切断した。一人が気を狂わせて自殺した。
 ほんと、最悪な中学校生活だったよ。
 心の底から笑ったことは一度も無かった。常に誰かに怯えられ、常に誰かから恨まれ、常に誰かが傷ついた。
 もう、周りにこんな目で見られるのは御免だ。
 そして結局、人を不幸にする。
 空回りの日々だった。