※        

 中学の時に、一番苦痛だったのが班での活動だった。
 国語の授業…、英語の授業…、数学の授業…、歴史の授業…、理科の授業…、「グループワーク」が重視されるようになった頃だったというのもあるのかもしれない。
 とにかく、それは唐突に訪れる。
 先生がチョークをパチンと、置いて、「じゃあ、この問題について、班で話し合ってみて」と言うのだ。
 その言葉に、クラスの生徒は一斉に反応する。椅子を床に擦り付けながら立ち上がり、机の端を持って、ズズズ…、と動かし、班の四人が向かい合えるようにする。僕も、数秒遅れて机を動かした。
 グループ学習は、僕以外の生徒には好評だった。問題は大して難しくないから、すぐに解ける。それからは、話し合っているフリでくだらない話をし、退屈な時間を潰せるからだ。
 昨日のアニメ、見た? 今日の給食なんだっけ? 部活がだるくてさあ…。しっ! 声が大きすぎると、先生に気づかれるよ? 
 そんな、楽し気で中身の無い言葉が飛び交う中、僕の班は通夜のような空気だった。
 女の子は泣きそうな顔をし、男子はちょっと怒ったような顔をしている。
 僕は顔面蒼白になりながら、「え、ええと…、じゃあ、この問題は…」と、真面目に問題について考え始める。誰も、僕の声に反応する者はいなかった。 
 まあ、そりゃそうか…。と内心苦笑した。

 中学での僕の印象は最悪だった。
 「彼と喋ったら呪われる」「彼のことを攻撃すると呪い殺される」「実際、小学生の時に、カホって女の子と、その母親が死んだ」「彼に向けてカメラのシャッターを切ると、必ず何かが写る」
 これは噂じゃない。「事実」だった。
 入学当初、僕の噂を聞きつけた上級生三人が、「生意気だ!」って言って、僕をぼこぼこに殴ったことがあった。あれは痛かったよ。歯が三本欠けた。買ったばかりの学ランが破れた。次の日、上級生は民家に放火して、その火が自身に燃え移って大きな火傷を負った。命に別状は無かったが、あのゾンビのような顔では、一生、キスも結婚もできないだろう。
 他にも、カホちゃんの件を恨んでいる男子が、みんなの前で僕を罵ったことがあった。「バケモノ」とか、「悪霊」とかって言って。すると、彼は突然、ペンケースから鋏を取り出すと、僕やみんなの前で、自らの喉をかき切った。これも死にはしなかったが、彼が三年間学校に来なくなった。その後、高校にも進学せずに、実家でニートをやっていると聞く。
 僕に関わった人間が、次々と不幸な目に遭う。
 それは「疑惑」から「確証」に変わった。
 人は、自分と違う者に対して、防衛本能から攻撃してしまう習性があるようだが、あれらの一件から、誰も僕のことを殴ったり蹴ったりする者はいなくなった。もちろん、話しかけてくる者もいなかった。
 彼らの防衛本能は、「攻撃」ではなく「防御」を指示したのだ。
 僕の存在が、「災厄」であることを、誰もが言葉を交わさずとも理解したのだ。
 僕に攻撃すれば呪われる。喋りかけても呪われる。「触らぬ神に祟りなし」という言葉を知った彼らは、中学の三年間、全く僕に関わらなくなた。もちろん、攻撃してくる者がゼロだったというわけではない。年に、四、五回は怖いもの知らずに囲まれて暴行を受けた。みんな、何かしらの厄災に巻き込まれた。交通事故にあったり、屋上から飛び降りてみたり、給食を喉に詰めて窒息してみたり…。

 僕と会話をしただけでアウト。
 だから、言葉を交わさなくてはならないグループ学習にて、僕たちの班はいつも地獄だった。
 誰も喋りたがらない。
 僕も喋ったら周りに影響を与えてしまうようで喋れない。
 しかし、話合わないことには、グループ学習にならない。
 仕方がなく、僕一人が喋りだす。
 女の子は、耳を押さえると、わんわんと泣き出した。「呪われる!」って、涙を流しながら叫んだ。すると、彼女は過呼吸を起こし、窒息して意識を失った。その日のうちに彼女の親御さんが怒鳴り込んできて、僕の胸ぐらを掴んで滅多うちにされた。「娘に何をしたっ!」って。慰謝料を請求されそうになった。僕の親も呼び出されそうになった。だけど、そうなる直前で、女の子の親御さんらは、道路に飛び出して、乗用車に撥ね飛ばされた。死ぬ直前、彼らは「黒い影を見た」と証言した。
 あーあ…って思う。
 僕は、普通に生きたいだけなんだよなって。
 友達百人もはいらない。欲張らない。せめて、十人くらい、一緒に馬鹿騒ぎができて、心の内をさらけ出し合える仲間が欲しかった。それだけあれば、僕は生きていけると思った。
 今まで生きてきた二十年間、「親友」と呼べる人間は何人いただろうか? うん、誰もいない。ゼロ人だ。小学生の時に、「親友」と呼び合った男子は三人ほどいたけど、みんな、中学になると僕の前から姿を消した。ここ十年は、まるで腫れ物に触るかのような扱いばかりを受けてきた。
 僕が喋れば、僕が歩けば、僕が触れれば、誰かが不幸になる。
 本当は、喋るのも好きだし、じゃれ合うのも好きだ。ないものねだりなのかもしれない。

 あーあ、ほんと、変なものに憑かれちゃったよ。って思う。
 僕の背中にいる「何か」のせいで、僕の人生はめちゃくちゃだ。特に、可愛い女の子と話す時、その子に泣きそうな顔をされるのは、苦痛以外なにものでもなかった。